田舎おじさん 札幌を見る!観る!視る!

私の札幌生活も10年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

ブログの効用

2007-02-27 19:56:38 | その他
 「禁煙」が続いています。
 私にとっては予想外の自分の健闘に驚いているのです。
 何がそうさせているのかを考えてみたら、私の場合はこのブログ上で「禁煙」を宣言したことが全てであると思っています。ともかく、「ブログ上で宣言したのだから…」と自分にプレッシャーをかけ続けているのです。

 恐る恐るブログ上で宣言したのが2月18日でした。
 そして「飲み会は煙草の誘惑との戦いである」と記しましたが、これまで3度(昨日飛び入りのがあった)の飲み会では、パーフェクトに勝利を獲得しています。
 まだまだ自分の体の中では、煙草を恋しがっているところがあるのです。しかし、その気持ちを押しつぶすくらいブログ上の宣言は私を縛っています。

 さらにブログの効用として、禁煙体験者からコメントが寄せられ、体験談を聞かせていただき、激励されることも効用の一つです。私からみると、彼らはまた私の監視者のような役目も務めてくれています。

 さあ、これが永遠の勝利に繋がるのか、それとも一時の気休めで敢えなく敗退するのか、予断は許しません。
 とりあえず怒涛の六連戦(23日の私のブログ参照)を勝利することを短期的な目標として、ここを乗り越えてから次の目標設定をすることにしたいと思っています。
 
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氷上ウォーキング

2007-02-25 20:06:22 | 札幌ウォーク & Other Walk
 今日も恒例のウォーキングを終えてきました。
 恒例と記しましたが、毎日とはなかなかいかず、週に平均して4~5回の実施率といったところです。

 ところでそのウォーキングですが、今の時期は一年間の中でも最も条件が悪い時期なのかもしれません。
 なぜなら、夕方になると融けた雪が凍ってツルツルとなっていて、歩きにくいことこのうえありません。まさに氷上ウォーキングです。注意を怠ると危険ですから、細心の注意を払いながらのウォーキングです。
 そうかと思えば、先日は気温が高く雪氷は融けたままで、路面を水浸しにして靴の中にまで水が侵出してきます。

 さてこのウォーキングを指して私の友人は「散歩」とのたもうた。断じて散歩などというゆるいものではありません。私は「速歩」と表現したいと思います。
 約1時間のウォーキングを終えて帰ってくると、私の肌着は汗にまみれ、肌着の上のシャツにも汗が伝わり洗濯機に直行です。

 11月下旬から始めたウォーキングの効果ですが、体重は当初と比較しマイナス2~3㎏を上下しています。体重より私がこだわっているのは、体脂肪率の変化です。当初は25~6%だったのですが、最近は20%前後を行き来しています。最小値は18.5%を示した時もありましたので、当面は常時20%を切ることを目標としたいと思っています。

 路面から雪や氷が完全に消えて、ウォーキングに最適な時期を迎える頃、私は札幌の街を歩いていることでしょう。 


 
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六連戦

2007-02-23 18:12:09 | その他
 六連戦・・・、プロ野球の話でも、オープン戦の話でもありません。
 今夕から金・土、金・土、金・土と、週末の6日間は飲み会が連続するという話なのです。
 私はそれほど多くの機関や団体に加わってはいないのですが、それでもこの歳になるといろいろなしがらみが出来てきます。
 いざ退職、転居となると、さまざまな方面から声がかかります。
 今夕は若い頃職場を共にした元同僚と、明日は私が新米校長として赴任した時の職員と、そして次は大学の同窓会の仲間と…、というように6日間のスケジュールが埋まってしまったのです。
 3月はその他にも、管内的な行事、学校の職員との会、PTA役員との会などが入ってきます。また、日程は決まっていないもののすでに声をかけられているものが3~4件あるといった状態です。

 こうなると問題は体力(対アルコール体力?)です。
 せっかく有り余る自由な時間を獲得するわけですから、宴会続きで体を壊してしまうなどという体たらくだけは避けたいものです。
 体と相談しながら、アルコールとの距離感を適切に保つよう努めたいと思います。

 また、この6日間は煙草の誘惑との戦いでもあります。
 私としては意外なほど順調にこの10日間禁煙を継続できています。
 失敗した人は、やはり飲み会において「ついつい誘惑に負けてしまった」と述懐しています。
 私としては、この六連戦は文字どおり戦いであり、煙草の誘惑と戦う六連戦と位置づけ、勝利を目ざして(?)頑張りたいと思います。
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講演会

2007-02-22 21:01:17 | その他
 人には向き、不向きがあるという。
 その言い方を借りると、私にまったく不向きなのが講演会の講師という役である。
 なのに私はその似つかわしくない役を務めざるをえなくなり、渋々その役を務めたという話です。

 2月19日(月)夜、私は近くにある〇〇保育園の保護者研修会で教育講演会なるものの講師をやっちゃいました。
 経緯を簡単に述べると、〇〇保育園の園長さんと私は、これまで仕事上のお付き合いをする中で意気投合したところがありました。そこまでは良かったのですが、どうも園長さんは私を買いかぶり過ぎていたようなのです。
 私がいくら拒否しても、けっして引き下がってくれないのです。最後は根負けして引き受けざるをえなかったというのが実状なのです。

 私がなぜ講師などが不向きかというと、話そうとすることに対して適切な言葉を即座にそこに置くことのできる能力に欠けていると自己診断するからなのです。このように書いて表す文章では、何度も言葉を置き換えたりして適切な言葉を探すことができますが、話す表現ではそうはいきません。ですから、私は何かを話した後は、必ずと言っていいほど自己嫌悪に陥るのです。

 そこで私は考えたのです。
 話そうとすることを全てを文字に表記して用意しようと・・・。
 昨年も講演という形ではないにしても、何度か人の前で離さねばならないことがありましたが、その都度は話すことの全てを文字表記して用意することにしたのです。そうすることによって、自己嫌悪に陥ることが少なくなり、それなりに自分の言いたいことを伝えることができそうだな、と感じられたのです。

 今回の保育園の場合も、もちろん同じ手法を取りました。
 テーマは、近隣の幼稚園・保育園と連携して進めている「『早ね・早おき・朝ごはん』を広めましょう!」というものでした。
 A4版18枚に用意した原稿と共に、額から汗を流し、緊張に喉がカラカラになりながら一時間の務めを終えました。
 果たして聞いていただいた皆さんはどのような感想をもたれたのでしょうか?
 まあ、本日の話題も退職する者にとっては、思い出の一つになりそうですけれどもね…。
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東京マラソン

2007-02-20 20:44:32 | スポーツ & スポーツ観戦
 血が騒ぐのだ。
 素質も、何もないのに血が騒ぐのです。

 2月18日、3万人の市民ランナーが東京の街中を駆け抜けたという。
 その様子を聞くにつけ、やっぱり血が騒ぐのです。

 たった1度だけ・・・、たった1度だけの経験だけれど、フルマラソンを完走した私の体の血が騒ぐのです。 
 あれは今から22年前、1985年(昭和60年)11月23日、当時日本で最大の市民マラソン大会と言われていた山梨県河口湖マラソン大会(日刊スポーツ新聞社主催)に私は参加したのです。
 ゴールタイム3時間58分??秒。
 無事にゴールできた歓びは何にも代えがたいものがありました。
 私にとってはたった1度だけの体験でしたが、何にも勝る勲章なのです。

 あの感激を再びと、それから何度再起を期したことでしょう。
 寄る歳の波には勝てず、膝痛がでたり、腰痛に侵されたり、その度に挫折し、再びフルマラソンを走る歓びに浸ることはできないでいるのです。
 ところがリニューアルされた(?)東京マラソンは、制限時間が7時間と大幅に緩和され、市民ランナーに門戸を広げたのです。
 素質のない私の血が騒ぐ要因なのです。

 リタイア後の有り余る時間を工夫して、練習を重ね、再びあの感動を味わいたい。それも東京の街中を駆け抜ける「東京マラソン」で・・・、などという夢を持ってしまいました。
 もっとも、今回でも申込は9万人が申し込み、出場できたのは3万人。
 おそらく次回以降は市民ランナーの憧れの大会というステータスを確保するでしょうから、出場権を得ることがとても難しい大会になりそうですが、挑戦する価値のある大会として私の血が騒ぎ始めました。


 ちょうど、今回の話題と軌を一つにするように【セカンドライフ】に私の投稿記事が掲載されました! 
 できれば覗いてみてください。
 入り方は、Yahoo!(ヤフー)のHP上にある【セカンドライフ】をクリックしてください。
 そして、今回は【健康と介護】のカテゴリーをクリックしますと、<田舎おじさん>の『60才の体力』という記事が目に入ると思います。
 どうぞよろしく!

 

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教師冥利余話 禁煙宣言

2007-02-18 16:49:47 | その他
 教え子との宴の最中に、私はおもむろにポケットから煙草を出しました。
 すると、「えっ、先生は煙草を吸うの?」そんな声が聞こえました。
 「実は・・・」と言いながら、何度も禁煙に失敗していることを話しながら、紫煙を燻らせる私であった。

 先のブログで「禁煙サポート講座」に参加したことを投稿しましたが、その時指導いただいた保健士の方から「何かのイベントを期して禁煙すると良い」とのアドバイスをいただき、「2月11日の教え子との会合を期して禁煙する」と約束したのです。
 そこで11~12日にかけてはしっかり煙草を吸って、実質的には13日から禁煙生活に入りました。
 今日で6日目、一番つらい時期かも知れません。
 煙草が目の前に浮かんできます。

 禁煙失敗の経験者が言うには、一ヶ月経とうが、三ヶ月経とうが、ちょっとした気の緩みが失敗に繋がるということですので、私の場合もまだまだどうなるか分かりません。
 しかし、禁煙を意識して6日も続いたのは、これまでで初めてです。
 う~ん、これは可能性があるのかな???

  ブログ上で禁煙を宣言することは、自分自身へのプレッシャーになりますが、反対にそのことを支えにしてなんとか喫煙生活にお別れしよう
と思います。

 それにしても、33年ぶりに再会した教え子たちの中で、女の子に喫煙族が多かったのは意外だったなぁ…。
 これも時代の変遷なのだろうか???
 
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教師冥利 Ⅳ

2007-02-15 18:22:53 | その他
 33年ぶりの宴は、もちろん一次会にとどまらず、二次会、三次会と続き、このシリーズの最初に記したように私が住宅に帰還したのは午前3時となってしまいました。
 
 二次会、三次会と徐々に酔いが回ってくるにつれ、45歳の本音を聞くことができたのは興味深いことでした。
 まず聞かされたのが、生きがいや老後の過ごし方についてでした。私の中のマイブームとなっているTV番組の「人生の楽園」の話が出てきた時には思わず苦笑いを隠せませんでした。なんてことはない。私と興味関心がそれほど違わないではないかと…。
 続いて出てきたのは、健康問題でした。人生45年。走り続けてきた体は、そろそろ各器官のメンテナンスが必要な時期になってきたということでしょうか。このことも同様に、私にとって大きな関心事の一つです。

 酔いはさらに回り、話題も展開します。
 親として今日の教育事情に対する不安を口にする人、あるいは地域の過疎や疲弊状況の悩みを口にする人、などなど…。
 私の酔いも回り、記憶が定かではないのですが、話題の中心は、たとえ温度差はあれ、誰もがなんとなく抱いている将来への不安感を背景としたもの
だった、と思ったのは私が酔いすぎたからだろうか???


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教師冥利 Ⅲ

2007-02-14 20:01:26 | その他
  遠い世界に 旅に出ようか 
  それとも赤い風船に乗って 雲の上を歩いてみようか ♪

 私の世代の方たちなら知っているに違いない。
 五つの赤い風船が歌う『遠い世界に』というフォークソングです。

 33年前、私はピアノやオルガンをまともに弾けず、音楽の時間になるとギターを持ち出し、お茶を濁していました。
 そして、時間を稼ぐ意味もあり、音楽の時間の最後には必ずといっていいほどこの『遠い世界に』をみんなで歌っていたのでした。
 そのうちにこの歌はいつの間にかクラスの愛唱歌になっていました。

 卒業式の日でした。
 卒業式を終え、教室に戻り最後のお別れをする時に、この歌を最後に歌おうということになりました。
 私のギターの演奏で歌い始めた子どもたちの中から、すすり泣きの声が聞こえ始めました。それは周りに瞬く間に伝わり、全員が泣きながら歌い終えたことが鮮明な記憶として残りました。

 この会を教え子が開いてくれると知った時、私からのお願いとしてぜひこの歌を再び歌いたいとリクエストしました。
 11日の宴の最後にリクエストは実現し、私の下手なギターの伴奏で全員が声高らかに歌うことができたのです。

 『遠い世界に』の最後は、
 若い力を体に感じて みんなで歩こう長い道だが
 一つの道を力の限り 明日の世界を探しに行こう ♪
という歌詞です。
 時代を感じる歌詞ですが、当時の若者がこうした歌を声高らかに歌っていたところに日本自体の若さがあったのかもしれません。
 
 この歌を再び歌うことができ、私は33年前にプレイバックし、教師冥利を感じた瞬間でした。


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教師冥利 Ⅱ

2007-02-13 21:33:16 | その他
 33年ぶりの再会は、やはりそれなりの歴史を感じさせる再会でした。

 何せ別れたときが12歳、そして現在が45歳なのですから、それぞれが心身ともに大きく変貌していたことは言うまでもありません。
 久しぶりの再会に、どこかに面影を残している人、当時とはまったく変わってしまって名札を見てようやく思い出せる人、とさまざまでした。
 特に少年の顔から、大人の顔に変貌したした男の子のほうがその変わりようが激しいように思いました。

 また、心の変化にも著しい違いをみせる人もいました。
 当時は引っ込み思案だった女の子が「先生、私今は営業が得意なんです」などという子がいたり、けっこう反抗的な態度で私を困らせた子が誠実な受け答えをする紳士に変貌していたりと、その変化はまさに歴史を感じさせるものでした。

 33年という歴史の中で、人の変化はさまざまだなぁと感じた次第です。
 特に心の部分については、おそらく、33年の長い時間の中で、さまざまな出会いがあり、さまざまな体験を積み、その中で影響を与えたり、受けたりする中で、現在のそれぞれが形成されたものでしょう。
 はたして彼らから見た私はいったいどう映ったのだろうか???

 挨拶の中で私は、「みなさんと比べ、私はいたずらに歳を重ねただけで、当時の感性のままで何の進歩もしていないのが恥ずかしい」と述べたのだが…。
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教師冥利

2007-02-12 11:20:36 | その他
 Ⅰ氏は言う。
 教師冥利というけれど、私にとっては教え子冥利なのだと・・・。

 自宅に帰還したのは、今朝の3時近く、私にとっては、ここ10数年経験したことのない朝帰りでした。

 昨夕、私が新卒当時に教えた、いや教えさせてもらった子たち(と言っても既に45歳となっているが…)との33年ぶりの会合があったのです。
 名称は一応、私の「退職を祝う会」ということでした。
 その中で、今回の発起人の一人であるⅠ氏が冒頭のようなことを全体の中で話したのです。
 私はそのように考えてくれる、そのように表現してくれるⅠ氏の言葉に感動しました。
 しかし、私にとってはやはり、教師の端くれに過ぎない私のような者のために集まってくれるような子(人)たちに出会えたことが何よりの僥倖であったと思うのです。
 このような素晴らしい子(人)たちに囲まれて私は教師生活をスタートできたのだという幸せを感じずにはいられませんでした。
 中には私のクラスではなかった人たちも、教室以外で私と触れ合うことができたと出席してくれた人もいました。

 歓談の中で、私の破天荒な教師ぶりが次々と暴露され、私は穴があったら入りたいくらいに赤面のしどうしでした。
 楽しく、長い夜は続きました。
 
 ブログ上でこのシリーズをしばらく続けてみようと思います。
 
 
 
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