KYOKUKENZO'S WORKSHOP 2017

「道」は自ら切り開くもの。
他人の後追いは「道」にあらず。

名古屋メシ。

2016年02月29日 | 中華料理
友としての
役割を果たすため

予定を切り上げ、
帰札することにした。

でもその前に、ここだけは

連れて行って下さい。

大きな中華店だが

1階も2階も満席。

名古屋は景気が良いね。

私の好物、花枝丸。

ビールおかわり。

空芯菜と

ビールもう一本。

次は紹興酒。

ニラタマゴは私のソールフード。

心と体を癒すには

やはり友と美味しいもの。

出ました。

名古屋メシ。

台湾ラーメン。

唐辛子増量の激辛は

なぜかイタリアンと言う。
kyokukenzo
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名古屋のひと。

2016年02月28日 | 和食
名城を望むホテルでの
仕事を終えた。

傷心と睡眠不足とビールで
倒れそうになったが
なんとか乗り越えた。

どうしても会いたい人。

名画を鑑賞して

美味しいコーヒーを

ご馳走になった。

良いひと時だった。

そしてもうひとり

会いたい人と会う。kyokukenzo
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食は楽しく。

2016年02月27日 | 和食
名古屋のお城が
見えるホテルで

メーカーさんの
今期方針を聞いた。

やはり

食は楽しく。

さて。実食!

傷心と睡眠不足で

ボロボロだが

それはそれで

食は楽しく。kyokukenzo
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旅立つ人。

2016年02月26日 | 歳時記
深夜

連絡があった。


彼を看取り

小雪降る中

彼を見送った。


そのまま一睡もせず

予定の便で

名古屋に向かった。

名古屋についても

一睡もできぬ。


これほど飲んでも


一睡もできぬ。kyokukenzo
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発寒の名店。

2016年02月25日 | 中華料理
発寒。

新道の手前に
中華の名店あり。

なにを食べても

まちがいありませんが

特にバンバンジーは

必ず注文するひと品。

漢字で書くと

棒棒鶏です。kyokukenzo
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かしう。

2016年02月24日 | 中華料理
中華料理「香州」。

看板には
「かしう」のふりがな。

56年前、札幌の地で創業。

以降

札幌市民のみならず
多くの人々に

本当の大衆中華を
提供して下さいました。

松花ピータン。

レバニラ炒め。

醤爆肉片と冷えた

サッポロ黒ラベル。

焼き餃子3人前。

塔牌紹興酒5年ものを

ストレートで。

なまこの煮込み。

しめのワンタンメン。

これぞホンモノの雲呑。

ふわふわして。

雲を呑むがごとく。kyokukenzo
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美味しいの基準。

2016年02月23日 | 社長のことば
美味しい=口にあう。

不味い=口にあわない。


人によって好みはいろいろ。

十人十色を英訳すると

Tastes differ.(味覚は異なる。)

高校時代に暗記した構文です。

どんな料理も

心がこもっていれば

美味しいに決まっている。

日本料理に限らず

世界中のどこの料理でも。

そして、誰かのために

作る料理はなおのこと

絶対に美味しいのです。

自分の口が最高と勘違いして

ネットやSNSで

不味い、塩っぱい、もう行かないと

酷評する方がいます。

できればご自分の感想として

胸に仕舞っておくか

友だちと飲むときのネタ程度に

お留めいただきたいと思います。kyokukenzo
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円は縁。

2016年02月22日 | 歌は友だち
2月15日の投稿 から
昨日、21日の投稿まで

宿屋の飯盛
というグループの
飛んでみたのさ という歌を

思い出したことを
きっかけにして
いろいろ書いてきました。

ほとんどが思いつきで
書いているので

辻褄が合わなかったり
しつこく同じことを
繰り返したりして

大変読みづらい文章に
なっていると思うけど

気持ちを
そのまま書きました。

私を中心とした私の世界。

私の大好きなあの人を
中心としたあの人の世界。

それぞれの人を中心とした
それぞれの世界があって、

円でイメージされる
そのひとつひとつの世界が

重なり合って
大きな世界を形成している。

おそらく私の小さな円は
世界中のすべての円と
直接間接で繋がっている。

いや、

この世の人ばかりか
あの世の人とも
心が繋がっている。


大好きだった兄さん。

大いなる父。

今も心から尊敬する最愛のひと。

友だち50年の親友。


先に旅立っていった人たちと

いまも
互いの円は交わっている。

喜びや哀しみを
今も共有し続けている。

そして

その円は、縁とも
言い換えることが出来る。


この世界観をもってすると

人はすべての人と何らかの
関わりを持っており

心と心で繋がっている。
必ずどこかで繋がっている。

すなわちその世界観では
貧富の差や人種差別など、
見下しやヘイトはあり得ない。

なぜなら人は

必ずどこかで繋がっている。
心と心が繋がっているから。

人と人の心の繫がりは、

金銭の多寡や社会的地位、
民族間の差異に優先する。

見下しやヘイトする人に
やめろと言っても
多分やめないだろう。

自由にするが良い。
他の行いを笑わば笑え。

その言葉は必ず自分に返る。
人の心は必ず繋がっている。


この1週間

宿屋の飯盛
飛んでみたのさ

旋律を思い出してから
考えがアタマを巡った。

しつこい私の拙文に
今回もお付き合いいただき

誠にありがとうございます。kyokukenzo
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どこかで必ず。

2016年02月21日 | 歳時記
と、ここで
宿屋の飯盛 に話は戻る。

私の円のなかに
宿屋の飯盛
飛んでみたのさ はあるけど

宿屋の飯盛 の人の
円の中に、私はいない。

ひょっとしたら
なにかの関係で

私のことを知っていて
下さってるかも知れぬが、
円の重なりはないだろう。

これは
私と中島みゆきさん
繫がりと同じだ。

でも少なくとも
宿屋の飯盛 の人は
私の妻の友だちの友だち。

人は

どこかで必ず繋がっている。kyokukenzo
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繫がっている。

2016年02月20日 | 歌は友だち
私は中島みゆきさんの
ファンなので

私の世界には・・・

私の円の中には
中島みゆきさんがいて

笑顔でカッコよく
ギターを弾きながら

「時代」や
「宙船」や
「麦の歌」

などを歌っている。

でも私は
中島みゆきさんと
面識がないから

中島さんの円の中に
私はいないと思う。
きっといない。

でも・・・

でも、大学の先輩K地さんは
中島さんと高校が同窓で

彼女のことを
良く知っているという。

K地さんと中島さんは
きっと円が重なっている。

K地先輩のお話しが
ホラでないことが前提。


・・・K地先輩。

先日お会いした時も
くち約束はあてにならないが
Kくち約束は
もっとあてにならない

みんなを笑わせていた。

優しい先輩。
私の大好きな先輩です。


・・・話をもどして。


すなわち私の円と
K地先輩の円は重なっていて

K地先輩の円と
中島みゆきさんの円は
重なっているわけだから

私と中島さんは
間接的に繋がっている。

友だちの友だちは友だち

チーターの歌の意味を
いまになって改めて考えてみる。kyokukenzo
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