KYOKUKENZO'S WORKSHOP 2024

「道」は自ら切り開くもの。
他人の後追いは「道」にあらず。

夢の微笑。

2018年02月06日 | 中華料理
世の中は
誤解で渦巻いている。

昨夜の夢にでてきた
学者(のような人)は
私に言った。

誤解。

誤った解釈。
誤った理解。

誤解が誤解を呼ぶ。

決めつけや思い込み。
ああに違いない。
こうに決まっている。

人づての話やウワサ。
○○さんがこう言った。
✕✕さんはああ言った。

こんなことから
人間関係が壊れていく。

よくあることだ。

では、誤解に対して

相手を正しく
理解することは
なんと言うのだろう。

正誤表ってあるから
誤解の反対は正解かな。

なんか違うような
気もするが、まあいい。

ここでは「誤解」の対語は
「正解」としておく。

人を誤解する。」
人を正解する。」

人づての話は信じない。

でも、だからと言って
人づての言を疑って
直接聞いたとしても

果たしてそこに
正解は得られるのか。

人は時に他人とも書く。

「その気持ち判るよ!」
って、よく言うけど

他人の気持ちを
完全に理解することって
出来るんだろうか。

言葉のやりとり。

言った人の気持ち。
受け取る人の気持ち。
厳密に言うとそこには
「ずれ」がある。

しかも、

自分のことでさえ
実は正しく理解できて
いなかったりもする。

自分の行動を
説明できないことも
ままあることだ。

では。

正解(正しく理解する)の
正解(正しい解答)はなにか。

人と人はお互い
99.9%誤解しあいながら
付き合っている。

最初からお互い
誤解しているのだから

他人の一挙手一投足に
喜憂などいらぬ。

誤解が当たり前なら
その人がイヤになったり
恨んだりしなくていい。

ことばは「ずれる」。

その「ずれ」を補う正解は
お互いを「信じること」だ。

言葉では足りぬもの。
正解の正解はなにか。

それは「人を信じる心」だ。

学者(のような人)と
そこまで論を交えたとき

短い夢から目が覚めた。kyokukenzo

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