伊藤若冲派 「樹花鳥獣図屏風」 静岡県立美術館

静岡県立美術館
「伊藤若冲派 - 樹花鳥獣図屏風 - 」

静岡県立美術館所蔵の伊藤若冲(1716-1800)派「樹花鳥獣図屏風」です。美術館の図録に伊藤若冲派(ITO Jakuchu School)と紹介されていたので、拙ブログでも則っておきました。

一目見て真っ先に感じたのは、作品の状態が良くないと言うことです。表面は所々剥げ落ち、升目も絵具によって潰れている箇所が目立ちます。また、升目の彩色自体も粗く、升目の中に描かれた四角形がかなり崩れていました。どうやらこればかりは、先日拝見したプライス展の「鳥獣花木図屏風」の方が優れているようです。おそらくそちらの方が全体的に色付きが良く、また傷みも少ないのではないでしょうか。今後の保存や展示の行く末が心配になりました。これでは公開される機会が少ないのも仕方ありません。



画題はほぼ「鳥獣花木図屏風」と同じです。ただしその構図感は圧倒的に「樹花鳥獣図屏風」の方が優れています。特に鳳凰を取り囲んだ左隻は一目瞭然です。中心で構える鳳凰は目も艶やかで、その胴体もまさに筋肉隆々。緑のマフラーを巻いたような首筋から、美しい色のグラデーションを描く股の部分まで、非常に引き締まった体つきをしています。そして羽がダイナミックに靡く様子も圧巻です。特に後方へと伸びる二枚の羽が、まるで大蛇のように生々しくうねるのは見事でした。それに羽の一部は、体の方へと折り返すような表現を見せています。この半ばオーバーアクションとも言える羽の描写は、例えば動植綵絵の「旭日鳳凰図」などと良く似ています。これでこそ若冲の鳳凰と言えるのではないでしょうか。



左隻の核である鳳凰を取り囲む孔雀や鶏などの配置も適切です。鶏は大きく足を広げ、鳳凰を鋭い眼差しで見つめています。そして長く伸びる孔雀の羽や雉の尾は、まるで刃物のように尖った鋭く描かれていました。また、首を奇妙に傾げて鳳凰を覗き込む鵞鳥(?)も、あたかもそれを引き立てているかのように存在しています。それに鳳凰を見ていない鳥も、例えばその左下にて尾を伸ばす雉のように、睨みつけるような目でこちらを向いているのです。そして背景の水辺へ浮かぶ水鳥も、それこそ動植綵絵の「秋塘群雀図」のような一定のリズムを示しています。さらに付け加えれば、ここには「鳥獣花木図屏風」の左隻にあるような、画面構成上、殆ど不要とも思える鶴は描かれていません。動物をたくさん詰め込むことよりも、全体の構図感の方が優先されています。(絵の中に登場する動物や鳥の数も「鳥獣花木図屏風」より少ないようです。)この作品の見通しが良いのも、動物の配置が決して散漫になっていないからではないでしょうか。ようは、構図に、若冲ならではの緊張感を見出すことが出来るのです。



右隻でまず印象的だったのは、両端にある鹿と木の描写でした。鹿の首が「鳥獣花木図屏風」よりも二倍ほど長く突き出しています。そして木の表面を覆う色のグラデーションです。まるで流水紋様のような曲線が美しく描かれています。頭上を飾る緑をしっかりと支えていました。



中央にてどっしりと構える白象を中心に、右隻の動物は総じて険しい表情をしています。白象から首を突き出す猪は牙を剥き、その上の熊も、まるで何かを睨みつけるかのように振り返っていました。また動物の目は、それぞれまるで青い宝石をはめたように輝いています。どうやら動物たちの可愛らしさという点に関しては、「鳥獣花木図屏風」の方に軍配があがるようです。ば「樹花鳥獣図屏風」は全体的に線が鋭く、動物たちの体つきはかなりシャープです。丸みをあまり帯びていません。左上にて木からぶら下がる獣も、その細長い手を伸ばし、まるでブランコのようにぶら下がっていました。ただし白象の下にいる二匹の子犬だけは例外です。これだけは応挙の犬も真っ青なほどに可愛らしい姿を見せています。コロコロと転がるような丸い犬が戯れ合っていました。

「鳥獣花木図屏風」では目立っていた白象の上の敷物がありません。白い巨体をそのままに露にしています。ちなみにプライス展ではこの敷物の存在を、「ここが野生そのものの楽園ではないことがわかる。」として、それを仏教的意味の観点から定義付けていました。ただ私には、むしろ単にない方が白象の異様な存在感、ひいては人為的なもののない動物たちだけの楽園という印象が増すのではないかとも思います。如何でしょうか。

 

色のコントラストが「鳥獣花木図屏風」より優れています。カラフルな色に動物たちが埋もれることはありません。また「鳥獣花木図屏風」よりもはるかに立体的でかつ艶のある花々が、まるで絵の額のように画面を取り囲んでいます。それに背景の透き通るような青みも適切です。色付きは良くなくとも、その薄い青が手前のカラフルな動物や鳥を際立たせています。どうやら「鳥獣花木図屏風」の青は強過ぎるようです。あれでは色に動物が潰されてしまいます。

いわゆる升目描の作品は、散逸してしまったものを含めて僅か4点しか確認されていないそうです。当然ながら、若冲の手が入っているかどうかについては専門家の判断を仰ぐ他ありませんが、少なくとも絵自体は断然「樹花鳥獣図屏風」の方が魅力的だと思います。ただし今回この二点を拝見して改めて感じたのは、升目描の作品は決して若冲の最高峰ではないと言うことでした。この技法による作品が結果的に少なかったのは、あくまでも一種の創作の実験として作られたものに過ぎなかったからではないでしょうか。確かに驚くべき技法ですが、奇想天外な構図の中に冴え渡る線が渦巻く「動植綵絵」には遠く及ばないと思います。

今年の「樹花鳥獣図屏風」の公開は既に終えています。次の公開は、来年のゴールデンウィーク期間中を予定しているそうです。(他館への貸し出し予定も当分未定だそうです。)
コメント ( 7 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
Unknown (遊行七恵)
2006-09-13 14:16:39
升目描きを見ていると、刺繍をしたくなります。それもフランス刺繍の手法で。(私には出来ませんけど)

構図を見ていると、更紗にしても素敵だろうなと思ったり。



プライスさんのもこちらのも、やっぱり「なんだか楽しいゾ」がいいですよね。



ところで私は若冲の鸚鵡やインコの版画を高く評価しています。
 
 
 
Unknown (tsukinoha)
2006-09-13 21:19:37
こんばんは。

興味深く拝読させていただきました。ありがとうございました。

似て非なるもの・・という感じがいたしました。

それにしても今や天下の若冲が、一地方の美術館にひっそりとあるのがなんとも良いですね。
 
 
 
Unknown (はろるど)
2006-09-14 01:18:35
@遊行さん



こんばんは。コメントありがとうございます!



>刺繍をしたくなります



そうですよね。

西陣の方で、どなたかこれを元にした織物を作っていただくという話などないのでしょうか。

無理な注文ではありますが…。



>やっぱり「なんだか楽しいゾ」



華やいだ色と形にはやはり驚かされますよね。

プライスの方は動物たちが丸くてカワイイのも多いです。





@tsukinohaさん



こんばんは。コメントありがとうございます。



>似て非なるもの・・という感じ



そうなのです。長々と拙く書いてしまいましたが、

要はそれを言いたかったもので…。



>一地方の美術館にひっそり



一枚ずつ購入したというのがまた謎めいていますよね。

にわかに若冲ブームということでしたが、

静岡の方は実にひっそりとしておりました。

作品もあれなら大丈夫ではないでしょうか。



次回は来年の5月です!
 
 
 
若冲インスパイアド (mizdesign)
2006-09-14 01:54:06
こんばんは。

興味深く読ませていただきました。

若冲スクールという呼び方が新鮮です。

「鳥獣花木図」は若冲インスパイアドで良いじゃないかと思ってしまいます。

世界で4枚しか確認されていない、恐ろしく手間のかかる技法ですし、真贋論争はあまり意味がない気がします。



それにしても、何が若冲を升目描へと駆り立てたのでしょうね。千人を超える弟子を擁したといわれる応挙ならともかく、人付き合いの苦手そうな若冲が人手を動員してまで描いたかと思うと興味が湧きます。
 
 
 
Unknown (はろるど)
2006-09-15 01:01:15
mizdesignさん、こんばんは。

コメントありがとうございます。



>「鳥獣花木図」は若冲インスパイアドで良い



そうですね。

仰る通り升目描は4枚しかないわけですから…。

まずは一つずつ無心でじっくり楽しみたいところです。

白象図もはやく拝見したいです!



>何が若冲を升目描へと駆り立てた



不思議です。

弟子はいたのでしょうが、

それでもあれだけ手間のかかる作品をどうして作ったのでしょう。

しかもとりあえず4枚という中途半端な形で…。

謎はつきません。
 
 
 
Unknown (いづつや)
2006-09-16 22:05:41
はろるどさん、こんばんは。やっと新しい回線が開通しました。ネットに入れない生活は結構キツイものがありますね。これだけ長いとこたえます。



昨年2月、静岡県美で開催された“若冲と京の画家たち展”が江戸絵画ブームに火をつけたような気がします。ここが所蔵する桝目描き“樹花鳥獣図”にでてくる鳥や動物には生気が感じられるのですが、プライス氏の生き物は単なるデザインのように見えます。カレンダーに貼るサルのシールみたいです。



絵としては断然、静岡県美のほうに惹きつけられますね。モザイク画ですが、鳳凰はゴージャスで気品があり、鴛鴦は美しいです。
 
 
 
Unknown (はろるど)
2006-09-18 00:39:37
いづつやさん、こんばんは。

コメントありがとうございます!



>鳥や動物には生気が感じられるのですが、プライス氏の生き物は単なるデザイン



同感です。

升目の精密さなどはプライスの方に軍配があがるのかと思いますが、

如何せん構図感がどうも…。

動物たち同士の緊張感が薄いですよね。



>絵としては断然、静岡県美のほうに惹きつけられます



プライスの方は以前、森美でも拝見しているのですが、

その時は何故か全く記憶に残りませんでした。

静岡のは一目見て「おお!」という感じです?!
 
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