都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「ゴッホ展」 東京国立近代美術館 5/17
東京国立近代美術館(千代田区北の丸公園)
「ゴッホ展 -孤高の画家の原風景- 」
3/23~5/22(会期終了)
かなり前のことになってしまいましたが、近代美術館で開催されていたゴッホ展を見てきました。会期最終週ということもあってか大変に混雑していましたが、ともかくも作品一つ一つの存在感が大変に重くて、深く印象に残った展覧会でした。
言うまでもなくゴッホは大変な人気を誇る画家で、過去に日本でも無数の「ゴッホ展」が開催されています。私は今回が初めての本格的な「ゴッホ体験」でしたが、決して「好きな画家」とはならないにしろ、自己の魂を被写体へ強く吹き込むような凄まじい表現力にはひたすら圧倒されるものを感じました。これまでは東郷青児美術館の「ひまわり」もそんなに良いとは思えなかったのですが、今後は目の色を変えて鑑賞するかもしれません。(「ひまわり」は、「ゴッホ展」巡回先の愛知県立美術館で展示されます。)
「アルル-ユートピア」のコーナーでは、「夜のカフェテラス」(1888年)が一際人気を集めていました。写真や図録で拝見するよりも、色合いが非常に暗く感じます。白い花のような星が散りばめられた夜空も、黄色い明かりが煌めくカフェも、思っていたより鮮やかではありません。社交的な場で華やかであるはずのカフェが、重苦しく暗鬱な表現で示されています。ゴツゴツとした味わいの独特な石畳も、不気味な夜空と対になって何やら異様な雰囲気でした。
暗鬱な気配は、同じく「アルル」に並んでいた「黄色い家」(1888年)でも感じられました。白みのかかった黄色い建物に、黒に限りなく近いような青で描かれた空が、強烈な重厚感を感じさせながら、家を押しつぶすようにのしかかっています。また、家の周囲には何名かの人物も描かれていましたが、家の中はまるで空っぽのような空虚さです。不思議なまでに生活感がありません。建物と空の奇妙なコントラストが心に残りました。
「アルル」で私が最も印象に残ったのは、「子守女」(1889年)でした。目を下へ向けたやや厳格な顔立ちの女性が、力強く堅牢な構成感を示しながら描かれています。女性が羽織っている服の黒みをおびた「緑」、カーペットか何かを示す薄気味悪いねっとりと塗られた「赤」。鮮烈な対比でした。それに、背景に描かれている曲然が印象的な草花は、下から妖気が立ち上ってくるような気配すら感じさせます。また、この女性から唯一感じられた穏やかな表情は、スカートの前で合わさっていた温かみのある両手です。茶色が目立つ顔の色遣いと比べれば、随分とアンバランスに感じられる明るさですが、ゴッホはこの手に何らかの意味を込めていたのかもしれません。私にはとても魅力的な「手」に見えました。
「糸杉と星の見える道」(1890年)は、そのあまりにも不安定な構図感に、軽い目眩すら覚える作品でした。万物の全てが既に喪失してしまったかのように流れていて、風景そのものをバラバラに解体するかのように描かれています。道も人も木も星も何もかもが、このままどこかへ飛び去ってしまうような気配です。見ていると次第に絵に飲み込まれて、立ち上がる糸杉と共に、大きく不気味な月と星のある天へ打ち上げられてしまいそうになります。
不安感を通り越した恐怖感を喚起させたのは、最後に飾られていた横長の作品である「夕暮れの風景」(1890年)です。この作品を前にするともはや言葉も失いますが、誤解を恐れずにあえて言えば全ての「美感」が完全に喪失しています。何度も見たいとは思わないものの、一度見ただけで目の奥に一生焼き付くような衝撃的な作品でした。彼の最後の壮絶なエピソードが、この作品へ投影しているかどうかは私にはわかりません。ただ、この作品を見ていると、何もかもが嫌になった時に思うような「焦燥感を伴った絶望」を感じました。正視することすら阻まれるような存在感です。
もちろんいくつかの作品は「美しい」と感じましたし、ジャポニズムとしての作品は興味深く拝見することができました。しかし、この展覧会での一通りの作品を見ると、大変な虚脱感に襲われます。確かに会場の大混雑ぶりには疲れました。しかし、作品を前にした時に感ずる疲労感は、それ以上であるどころか、もはや美術作品を見たときに得られる感覚を超越しています。何故あんなに多くの方を惹き付けるのかは、私にはまだ分かりません。しかしながら、作品が何かの象徴を伴うように深く語りかけてくるのには驚かされました。色々な意味では今年一番衝撃を受けた展覧会だったかもしれません。
「ゴッホ展 -孤高の画家の原風景- 」
3/23~5/22(会期終了)
かなり前のことになってしまいましたが、近代美術館で開催されていたゴッホ展を見てきました。会期最終週ということもあってか大変に混雑していましたが、ともかくも作品一つ一つの存在感が大変に重くて、深く印象に残った展覧会でした。
言うまでもなくゴッホは大変な人気を誇る画家で、過去に日本でも無数の「ゴッホ展」が開催されています。私は今回が初めての本格的な「ゴッホ体験」でしたが、決して「好きな画家」とはならないにしろ、自己の魂を被写体へ強く吹き込むような凄まじい表現力にはひたすら圧倒されるものを感じました。これまでは東郷青児美術館の「ひまわり」もそんなに良いとは思えなかったのですが、今後は目の色を変えて鑑賞するかもしれません。(「ひまわり」は、「ゴッホ展」巡回先の愛知県立美術館で展示されます。)
「アルル-ユートピア」のコーナーでは、「夜のカフェテラス」(1888年)が一際人気を集めていました。写真や図録で拝見するよりも、色合いが非常に暗く感じます。白い花のような星が散りばめられた夜空も、黄色い明かりが煌めくカフェも、思っていたより鮮やかではありません。社交的な場で華やかであるはずのカフェが、重苦しく暗鬱な表現で示されています。ゴツゴツとした味わいの独特な石畳も、不気味な夜空と対になって何やら異様な雰囲気でした。
暗鬱な気配は、同じく「アルル」に並んでいた「黄色い家」(1888年)でも感じられました。白みのかかった黄色い建物に、黒に限りなく近いような青で描かれた空が、強烈な重厚感を感じさせながら、家を押しつぶすようにのしかかっています。また、家の周囲には何名かの人物も描かれていましたが、家の中はまるで空っぽのような空虚さです。不思議なまでに生活感がありません。建物と空の奇妙なコントラストが心に残りました。
「アルル」で私が最も印象に残ったのは、「子守女」(1889年)でした。目を下へ向けたやや厳格な顔立ちの女性が、力強く堅牢な構成感を示しながら描かれています。女性が羽織っている服の黒みをおびた「緑」、カーペットか何かを示す薄気味悪いねっとりと塗られた「赤」。鮮烈な対比でした。それに、背景に描かれている曲然が印象的な草花は、下から妖気が立ち上ってくるような気配すら感じさせます。また、この女性から唯一感じられた穏やかな表情は、スカートの前で合わさっていた温かみのある両手です。茶色が目立つ顔の色遣いと比べれば、随分とアンバランスに感じられる明るさですが、ゴッホはこの手に何らかの意味を込めていたのかもしれません。私にはとても魅力的な「手」に見えました。
「糸杉と星の見える道」(1890年)は、そのあまりにも不安定な構図感に、軽い目眩すら覚える作品でした。万物の全てが既に喪失してしまったかのように流れていて、風景そのものをバラバラに解体するかのように描かれています。道も人も木も星も何もかもが、このままどこかへ飛び去ってしまうような気配です。見ていると次第に絵に飲み込まれて、立ち上がる糸杉と共に、大きく不気味な月と星のある天へ打ち上げられてしまいそうになります。
不安感を通り越した恐怖感を喚起させたのは、最後に飾られていた横長の作品である「夕暮れの風景」(1890年)です。この作品を前にするともはや言葉も失いますが、誤解を恐れずにあえて言えば全ての「美感」が完全に喪失しています。何度も見たいとは思わないものの、一度見ただけで目の奥に一生焼き付くような衝撃的な作品でした。彼の最後の壮絶なエピソードが、この作品へ投影しているかどうかは私にはわかりません。ただ、この作品を見ていると、何もかもが嫌になった時に思うような「焦燥感を伴った絶望」を感じました。正視することすら阻まれるような存在感です。
もちろんいくつかの作品は「美しい」と感じましたし、ジャポニズムとしての作品は興味深く拝見することができました。しかし、この展覧会での一通りの作品を見ると、大変な虚脱感に襲われます。確かに会場の大混雑ぶりには疲れました。しかし、作品を前にした時に感ずる疲労感は、それ以上であるどころか、もはや美術作品を見たときに得られる感覚を超越しています。何故あんなに多くの方を惹き付けるのかは、私にはまだ分かりません。しかしながら、作品が何かの象徴を伴うように深く語りかけてくるのには驚かされました。色々な意味では今年一番衝撃を受けた展覧会だったかもしれません。
コメント ( 3 ) | Trackback ( 0 )
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深く読ませていただきました。
『夜のカフェテラス』は近くから観ると乱暴です
よね。二階のバルコニーなんて殴り描きで、いか
にも興味なさそうな筆致。ですが、少し離れたと
ころから観ると、色彩が輝くように思いました...
『黄色い家』の印象はおっかない感じ。何だか異
様な空間でした。『空が家を押しつぶす』という
のは、いいえて妙だと思います。
感想文、お疲れ様でした(*- -)(*_ _)
ゴッホの作品はすさまじいですね!
また、TAKさんのオフ会で皆さんと
お会いして色々とお話しましょうね
TBさせて頂きます。
わざわざのコメントありがとうございます。
>二階のバルコニーなんて殴り描き
そうですね。
やはりこの作品では星空の輝く様が最も丹念に描かれているでしょうか。
>『黄色い家』の印象はおっかない感じ
構図はどっしりとしていたので、
やはり色彩の不安定さでしょうか。
>同じ絵を観ても、全然、感じ方が異なる
そう仰っていただけると何だか嬉しいです。
拙いですが感想を書いたかいがあります。
ゴッホはまだまだ私には遠い世界かもしれません…。
@Juliaさん。
>ゴッホの作品はすさまじいですね!
ええそうです。
とにかく疲れました…。
何でしょうか、ゴッホを見てからしばらく体調がイマイチだったくらいです。(偶然でしょうが…。)