都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「国立ロシア美術館展」 東京都美術館
東京都美術館(台東区上野公園8-36)
「サンクトペテルブルク 国立ロシア美術館展 - ロシア絵画の神髄 - 」
4/8-7/8

18世紀半ばから20世紀初頭までの近代ロシア絵画を概観します。知名度の高い画家は皆無と言って良いですが、「写実」を軸とする絵画はどれもなかなか充実していました。
展覧会の構成は以下の通りです。
1.「古典主義の時代 様式と規範 - 肖像画の確立と風景画の誕生 - 」(18世紀後半)
2.「ロマン主義の時代 詩と感情 - リアリズムの萌芽 - 」(19世紀前半)
3.「リアリズムの時代 人間と自然 - 批判的リアリズムと移動派の画家たち - 」(19世紀後半)
4.「転換期の時代 伝統と革新 - 新しい美術表現を求めて - 」(20世紀後半)

全展示作品の中で最も印象に残ったのが、アイヴァゾフスキーによる「アイヤ岬の嵐」(1875)でした。縦2メートル、横3メートルは越える巨大なキャンバスに、もはや神々しささえ感じる荒れ狂った海と、そこに今にものみこまれて沈みそうな難破船が精緻なタッチで描かれています。渦を巻いて白む海と暗雲漂う不気味な空は、まさに渾然一体となって船を揺らし、波に洗われる岩壁は、さながらこの場の険しい自然環境を伝えるかのように敢然と立ちはだかっていました。そしてこの作品の魅力は、見事な画力における例えば波や船の質感自体よりも、全体を演出するその幻想的な雰囲気にあります。光はちょうど人々の逃げ行く小舟へ差し込んで、ただ波に揺れて立ちすくむしかない人間の自然に対する無力さを演出していました。ここに、恐るべき自然の驚異を前にした人の儚さを見る思いさえします。

ところでアイヴァゾフスキーの作品は、上記を含めて計4点ほど展示されていますが、どれも海をモチーフにしながら、「アイヤ」のような幻想的な世界で楽しませてくれるものばかりでした。展覧会のハイライトも、これらの4点の作品にあると言っても良いと思います。「月夜」(1849)における、まさに息をのむような美しい世界は実に見事です。沈む太陽をじっと見つめながら、宇宙の神秘を思うような気持ちをこの絵にて体験することすら出来ます。

さてこの展覧会では肖像画も目立っていましたが、その中でも惹かれたのがヤロシェンコの「女子学生」(1880)でした。はにかみながら、ややうつむき加減のポーズをとる女学生はなかなか魅力的です。静々と差し出された両手は控えめに組み合わされ、少し肩を落とした少女が、何とも照れた面持ちにてこちらを見つめています。いわゆる肖像画で、このような表情を見る作品はあまり他に出会ったことがありません。新鮮でした。

クラムスコイの「虐げられたユダヤの少年」(1874)は、その荒廃した家屋の前に佇む少年の目線が心に迫ります。現実の悲惨さを直視し、人間の尊厳を表現したという『批判的リアリズム絵画』の中でも、特にその主張が色濃く見て取れるような作品ではないでしょうか。また『移動派』では、ポポフの「村の朝」(1861)やポレーノフの「モスクワの庭」(1902)などの風景画も多数展示されていましたが、まさしく写真を見るような光景に美感を見出すのは当然にしろ、どこか理想化され過ぎた嫌いを感じるのもまた事実でした。これらの強い写実性は画家の表現の目的ではなく、あくまでも手段に過ぎなかったのかもしれません。どうもその美へ素直に酔うことが出来ないのです。
その意味では、伝統的な表現を取り入れながらも、具象や写実から開放された「転換期の時代」以降の作品は、どこか画家の吹っ切れた、絵画表現への半ば純粋な探究心の成果を見て取ることが出来ます。ただしこのセクションには、その魅力を存分に楽しめるほど多くの作品が展示されていません。やや消化不良気味です。
国内では滅多に紹介されないロシア絵画を見る絶好の展覧会です。また、都美で開催される絵画展としては驚くほど空いていました。
7月8日までの開催です。(6/9)
「サンクトペテルブルク 国立ロシア美術館展 - ロシア絵画の神髄 - 」
4/8-7/8

18世紀半ばから20世紀初頭までの近代ロシア絵画を概観します。知名度の高い画家は皆無と言って良いですが、「写実」を軸とする絵画はどれもなかなか充実していました。
展覧会の構成は以下の通りです。
1.「古典主義の時代 様式と規範 - 肖像画の確立と風景画の誕生 - 」(18世紀後半)
2.「ロマン主義の時代 詩と感情 - リアリズムの萌芽 - 」(19世紀前半)
3.「リアリズムの時代 人間と自然 - 批判的リアリズムと移動派の画家たち - 」(19世紀後半)
4.「転換期の時代 伝統と革新 - 新しい美術表現を求めて - 」(20世紀後半)

全展示作品の中で最も印象に残ったのが、アイヴァゾフスキーによる「アイヤ岬の嵐」(1875)でした。縦2メートル、横3メートルは越える巨大なキャンバスに、もはや神々しささえ感じる荒れ狂った海と、そこに今にものみこまれて沈みそうな難破船が精緻なタッチで描かれています。渦を巻いて白む海と暗雲漂う不気味な空は、まさに渾然一体となって船を揺らし、波に洗われる岩壁は、さながらこの場の険しい自然環境を伝えるかのように敢然と立ちはだかっていました。そしてこの作品の魅力は、見事な画力における例えば波や船の質感自体よりも、全体を演出するその幻想的な雰囲気にあります。光はちょうど人々の逃げ行く小舟へ差し込んで、ただ波に揺れて立ちすくむしかない人間の自然に対する無力さを演出していました。ここに、恐るべき自然の驚異を前にした人の儚さを見る思いさえします。

ところでアイヴァゾフスキーの作品は、上記を含めて計4点ほど展示されていますが、どれも海をモチーフにしながら、「アイヤ」のような幻想的な世界で楽しませてくれるものばかりでした。展覧会のハイライトも、これらの4点の作品にあると言っても良いと思います。「月夜」(1849)における、まさに息をのむような美しい世界は実に見事です。沈む太陽をじっと見つめながら、宇宙の神秘を思うような気持ちをこの絵にて体験することすら出来ます。

さてこの展覧会では肖像画も目立っていましたが、その中でも惹かれたのがヤロシェンコの「女子学生」(1880)でした。はにかみながら、ややうつむき加減のポーズをとる女学生はなかなか魅力的です。静々と差し出された両手は控えめに組み合わされ、少し肩を落とした少女が、何とも照れた面持ちにてこちらを見つめています。いわゆる肖像画で、このような表情を見る作品はあまり他に出会ったことがありません。新鮮でした。


クラムスコイの「虐げられたユダヤの少年」(1874)は、その荒廃した家屋の前に佇む少年の目線が心に迫ります。現実の悲惨さを直視し、人間の尊厳を表現したという『批判的リアリズム絵画』の中でも、特にその主張が色濃く見て取れるような作品ではないでしょうか。また『移動派』では、ポポフの「村の朝」(1861)やポレーノフの「モスクワの庭」(1902)などの風景画も多数展示されていましたが、まさしく写真を見るような光景に美感を見出すのは当然にしろ、どこか理想化され過ぎた嫌いを感じるのもまた事実でした。これらの強い写実性は画家の表現の目的ではなく、あくまでも手段に過ぎなかったのかもしれません。どうもその美へ素直に酔うことが出来ないのです。
その意味では、伝統的な表現を取り入れながらも、具象や写実から開放された「転換期の時代」以降の作品は、どこか画家の吹っ切れた、絵画表現への半ば純粋な探究心の成果を見て取ることが出来ます。ただしこのセクションには、その魅力を存分に楽しめるほど多くの作品が展示されていません。やや消化不良気味です。
国内では滅多に紹介されないロシア絵画を見る絶好の展覧会です。また、都美で開催される絵画展としては驚くほど空いていました。
7月8日までの開催です。(6/9)
コメント ( 12 ) | Trackback ( 0 )
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ロシアの宝飾品も別のところでやってますよね。
ちょっとブーム???
行けたら行きたいです
>意外に空いているんですね~
空いています。体感的には去年のオルセーの5分の1くらいです。
じっくり絵を楽しめます!
>ちょっとブーム
ロシア側に貸し出しの余裕があるのかもしれませんね。
半分売り込みも兼ねて…。
僕もアイヴァゾフスキーにひかれました。
「第九の怒涛」で有名で、八王子の富士美術館で展覧会が開催されたそうですね、はろるどさんはごらんになられましたか?
私も先週見て参りました。全く知らない画家たち&名前が難しい(笑)ので、最初はどうかな・・と思って見に行ったんですが、とてもいい展覧会でした。
同じく、私もアイヴァゾフスキーの迫力ある海にぐっときました。
前々から都美には苦手意識があるのですが、がらがらでゆっくり鑑賞できたためか珍しく好印象でした(苦笑)
アイヴァゾフスキーは良かったですね。
都美でこの大作を飾るにはあの場所しかなかったでしょう。見入りました。
>八王子の富士美術館で展覧会が開催されたそうですね、はろるどさんはごらんになられましたか?
いえ、全く知りませんでした。
富士美術館へも行ったことがないもので…。
>全く知らない画家たち&名前が難しい(笑)ので、最初はどうかな・・と思って見に行ったんですが、とてもいい展覧会でした。
そうなんです。誰の名も知れない名画展なんて面白いなと…。何でも今回が初公開とのことですが、こういう企画は嬉しいですよね。
>前々から都美には苦手意識があるのですが、がらがらでゆっくり鑑賞できたためか珍しく好印象でした
同感です。やはり空いていると違いますね。
あの込合った動線もそれほど苦になりませんし、
1点1点じっくり楽しめました。
モネやらレオナルドの影に隠れてしまっている感もありますが、
もっと話題になれば良いなとも思いました。
宣伝不足でしょうか??
この展覧会、今まで全然知らなかったロシア絵画というものをたくさん味わうことが出来てとてもいい展示だったと思います。
私はあの澄んだ光に満ちた《村の朝》などは単純にその美しさに酔ってまいりました
ともかくヨーロッパ諸国の絵画とはまた違った魅力満載でとても満足しました
>今まで全然知らなかったロシア絵画というものをたくさん味わうことが出来てとてもいい展示だったと思います。
そうですね。これまで紹介されていないのが不思議なほど、
どれも充実した作品ばかりでした。
集客が今ひとつなのは、きっと知名度のせいでしょうね。内容はとても満足出来るものでした。
>シンプルなものの見方をするので
いえいえ、何か余計なことを書いてしまったようで…。
失礼しました。
ただ前半の写実の方が素直な美しさに浸れたのかなと。
移動派の絵画は少し美し過ぎるのかなという気もしました…。
TBありがとうございました。
自分でも散々良い良いと騒ぎ
皆さんも異口同音に良いと
仰っていると何かアラを探しくなる
のですが、それもなさそうです。
集客は厳しそうですが、内容は優れていましたよね。
伝統的なロシア絵画に見るリアリズムと、
やはりその後の社会主義リアリズム絵画は繋がるのかなと、
色々思いながら楽しんでました。
「アイヤ岬の嵐」は不思議な絵ですね。
荒れ狂う海とそれに翻弄される船と人々を写実的に描きつつ、波頭は透明感溢れる美しさに満ち、大波スレスレにカモメが舞う。
動と静が同居する神々しい雰囲気に見惚れました。
いつも混んでる階段吹抜けホールで落ち着いて見られたのも良かったです。
見易くなった都美は、個人的評価急上昇です。
興行側は大変でしょうが。。。
アイヴァゾフスキーはあのような海の作品を、
もう数えきれないほどたくさん描いているのだそうですね。
他の作品も是非見たいなと思いました。
>動と静が同居する神々しい雰囲気に見惚れました。
なるほど同感です。神々しさ…。彼の作品に見る美しさは本当に良いと思います。
>階段吹抜けホールで落ち着いて見られたのも良かったです。
見易くなった都美は、個人的評価急上昇
本当にそうですね。吹き抜けも混んでいなければ楽しめるものです。
それにしても都美の名画展としては驚くほど空いていました。
やはり知名度に勝るものはなしということなのでしょうか…。
それもそれで残念な感じもします…。