空をみながら

 地球規模、宇宙規模で考える。死角のない視野の獲得。憲法9条を守ろう。平和のための最高の武器だと思う。

もう大晦日だ!

2011年12月31日 10時24分55秒 | 思考試行

2011年(平成23年)は、今日でおしまいとなる。東北大震災、福島原発事故と、経済の低迷の続く中での円高、世界経済は金融資本主義の歪みを顕在化している。貧富の差の拡大。アラブ独裁政権の崩壊、そして北朝鮮の時代遅れの世襲交代劇。

ことしは、歴史的にみても、転換点に立っているのではないかと思われる。経済第一主義で、ゴリ押ししてきた原発政策の破綻の背後に、利権勢力の醜い陰謀の存在が明らかとなった。

政治の世界では、長年政権をとってきた自民党のゴマカシぶり、大震災の最中にみせた、無能力、無節操なインチキ体質がみごとなまでに露わとなった。

視野の狭い、儲け主義本位の勢力の姿が、その支配の仕組みが見え始め、同時に、新しい方向の光が、長いトンネルの先に見え始めたときではないだろうか。

問題点が明らかとなれば、、改善の方向へと向かうほかない。すべてが検証の対象である。よき伝統と、因習の違いを見極めるべき、時代の転回点を迎えている。

一歩一歩、前進するなかで、時代はこれから大きく変わっていかなければならぬ。頃やよし、宇宙の成り立ちについて、科学はその認識の視野を大幅に広げようとしている。これらの「知の力」は迷信、個人崇拝、すべての「囚われ」を離脱し、人間が、自信を持って、生きがいある人生を送れる方向への推進力となる。

これら科学技術の成果を具体的に生かしながら、新たな考え方、価値観のもと、人類が希望の方向へと進むことを望みたい。


NHKは、「国民の味方」に徹底せよ

2011年12月30日 08時49分44秒 | 思考試行

話し方は、人それぞれである。橋下大阪市長、維新の会代表は、率直かつさわやかな弁舌で、今、どんどんその勢力を増しつつある。

大阪市議会も予想されていた抵抗勢力とならないかもしれないという。彼の行き着く先はどこなのか。経済的にどうやって、大阪を元気にし、日本を元気にしていくのか。彼には、はっきりした道筋の全部が見えているようなのだが、それはまだ、大阪府民市民の共通認識になっているとは思えない。

だが、その話し方は、生きている。彼は、信念をもって、語っているようにみえる。

昨日、NHKの解説委員の何人かが集まって、時評を展開していた。その話し方こそ、まさに解説であり、強力な意思というものは感じられない。為政者ではなく、「解説」者なのである。

なんという魅力のなさ。これでは、生きている当事者とはいえない。政治家を動かし、国民を動かし、前を向く動きを出していく力になるんだという意気込みがほしい。

NHKのキャスターには、中立、不偏不党をタテマエにしながら、あけすけに、自民党に肩入れするモノもいる。当面の権力者にすり寄るのが、権力に近い者の習い性とはいえ、その姿は醜い。

その成り立ちから、国民のために努力しないとNHKの存在価値はない。橋下大阪市長の動向は、各界各層へと影響を与えつつある。彼の、真意の全貌を、知ることはまだできないが、その姿勢、勢い、エネルギーには大いに注目したい。


ディーセント・ワークの実現を

2011年12月29日 11時45分49秒 | 思考試行

働きがいのある人間らしい仕事という意味だが、京都市で開催された国際労働機関(ILO)アジア太平洋地域会議でキーワードになっている。

若年雇用、環境問題、災害復興などが議題になっていたが、どのテーマでもディーセント・ワークの実現が重要になっている。

派遣切りが横行し、低すぎる最低賃金など日本政府や大企業がやっていることは、本当にこの問題に真剣に取り組んでいるとは言い難い。

あまりに、安い賃金では、人間らしい生活をできないのは明らかであり、自らの儲けのためには、手段を選ばず資本の論理をおしすすめれば、景気回復など望むべくもない。

本当に視野の狭い想像力のない連中が、政策を実行していると言わざるをえない。

適正な賃金を支払えば、当然需要もあるのだから、供給過剰は解消される。そうなれば、景気回復への道を歩む方向がでてくる。

自分だけが儲けようとする一部の強欲張りのせいで、全体がおかしくなっている。貧富の差を拡大して、どうなるのか。アラブの追い出された独裁者達は、例外なく蓄財していた。醜い実態が明らかとなった。

とんでもない蓄財は、犯罪である。大いに、はきだしてほしいものである。有効に使えば、それは賞賛に値する。ためこんでどうするのかといいたい。


総論

2011年12月28日 21時00分28秒 | 思考試行

大學の研究や、論文などでは、専門的に課題を絞らなければ、なかなか力を出せないとして、問題を絞ることになる。なるほど、専門をしぼれば、エネルギーを集中できるし、それが、成功の要因となるとされる。

そのことから、総論ばかりを語っているようでは、課題の具体化は、できないし、何の変哲もない、あたりまえのことを語っているだけだとなってしまう。従って、総論は、評価されないことになる。

ところが、福島の原発事故で、事故調査委員会の報告が新聞にでていたのを見ると、総合的に対処できるところがなく、全体に目を配れていないことが、大きな弱点として指摘されている。

そして、原発が、人間の扱えるシロモノなのかどうなのか、という疑問がでてきている。安全神話のもと、チェック機能がなく、対策がとられていない。生かされない。全体をみることができないという現状。

これは、人間社会において、それぞれの専門の城に閉じこもっているようでは、この種の事故がおきる可能性がある。全体をみることができる人間に、それぞれがなっていないと、問題はまたおこる。

人間にとって、何が大事であるか。総論としての、しっかりしたものの見方、考え方を、しっかりさせることが必須である。何が正義だろうか。何が、人間にとって大事か。人と人との関係はどうあるべきだろうか。どんな心構えで生きていくのか。

人を非難し、叩き、自己中心的に生きることに、何の躊躇も感じないような人間が、大勢いる。とりわけ政治家にそんな連中がいる。財界にいる。官僚の中にいる。まさに、全体をみることのできない連中である。


まっとうに生きるSMAP

2011年12月26日 15時18分03秒 | 思考試行

SMAPの人気は、すごい。それに溺れていないメンバー本人達は、落ち着いてみることのできる、まさに、大人(おとな)である。浮ついていないから、本当に好感がもてる。そういうタレントが、人気があるということは、そのファンも、すばらしい。

背伸びしていないから、無理がない。その才能を誇るわけでもない。だが、努力している。真剣である。まじめである。

「まっとうに」生きているのである。

政治の世界も、どうやら、まっとうに進みそうな気がする。自民党の支持率があがらないことなど、まことに健全である。なぜ、政権を奪われたのか、反省していない。

デマや小細工は、もう通用しない感じになってきた。勿論油断はできないが、まっとうでなければ、化けの皮がすぐはがされるのである。この方向性は、続くとおもいたい。

まっとうというのは、健康である。タレントもビジネスも、もちろん政治も行政も、どこもかしこも、まっとうでなければ、カッコよくない。

人間は、これだけの技術をもち、生活を変えてきた。内面だって、進化し、よりよくなっていくのが当然だろう。

ここで、決意表明だ。世の中をよりよくしていく、コスカライことはしない。まっとうに生きていこう。

 


SMAPの特番をみて

2011年12月25日 00時00分02秒 | 思考試行

テレビで、中国公演を控えたメンバーの取材、および、中国での公演風景をとりあげていた。自然な形で取材されており、タレントとして、難しい仕事を、やすやすという感じでこなしていく凄さを感じた。

状況により変化する段取り。中国語での歌。ダンス。エンターテイメントの舞台裏が公開されている。しっかりしたプロとしての考え方。被災地でのふるまい。一流のタレントはさすがである。

真剣に、今を生きている姿が展開される。日頃の鍛錬、練習、トレーニング、いかに真面目にとりくんでいることか。それに、やはり、才能を感じる。時間を与えられたからといって、誰にもできることではない。

特に、精神面での健康さが感動的である。単なる作り物では、当事者も飽きてしまう。本番直前、みんなで手をつなぎ、気持ちをそろえる場面があった。当事者自身が楽しむこと、力をだしきること、怪我をしないこと、キムタクがリードする。真剣でありながら、決して浮ついていない。これこそ一流の姿である。

そして、慢心していない。被災地での握手会は、観客全員との握手であるが、一人ひとりの目をみて、手を抜くことがない。これもすばらしかった。5人が、馴れ合うことなく、それでいて、相互に意思疎通をはかる努力は、心地よい。俺が俺がではない。といって萎縮しているものもいない。この関係もすばらしい。

彼らが、どのように人生を過ごしていくのか、本当に楽しみである。そして、中国の観客の反応もすばらしかった。若い女性達の健康な、正直な、素直にノッテイル姿もまた感動的であった。なかよく、つきあえるはずである、という展望を与えてくれている。エンターテイメントの素晴らしさを知った。


エコポイントのこと・・・交換券がこない

2011年12月24日 07時56分38秒 | 思考試行

家電製品を購入したら、エコポイントがつくということで、5月末頃、申請した。その後、何の音沙汰もなく、いや、実はあった。2件申請したものの、一件は、保証書かなんかの不備で、その問い合わせであった。結局は、対応できずで、そのまま放置していた。

一件は受理されていた。その後、音沙汰なく、まだ交換していないが、というハガキの通知が、昨日「事務局」から来た。電話で問い合わせると、6月に交換券が送付されているという。この事務局の電話を掛けた際には、休日にもかかわらず、担当者がすぐに出た。

そこで、交換券の再発行は、あなたの指定した業者がすることになっているという、そして、電話が相当混みあっているから、なかなか、かかりませんが、時間や日を変えて掛けてくださいという。

そして、交換番号を教えてくれた。複雑なものである。電話をかけると、なるほど、出ない。何度掛けても話中である。本当に引換券が送られていたのかどうかも、疑いたくなる。待たせて当然、混雑していて当然、なるべく交換させなければいい、という仕組みでもあるのだろうか。

今は、電話機には再送ができる機能があるから、発信ボタンと再送ボタンを押せば、何度でもかけなおしが、簡単にできる。出るまで、繰り返してやろうと決心する。

出るまでかける。そうして、何度、この操作を繰り返しただろうか。いちいち番号を入れることでは、絶対できない回数を実行した。ようやく、かかった。交換番号をいうと、再発行するという。3週間はかかるという。混みあっているという。本当だろうか。郵便事故や、取り紛れの可能性もある。だが、送付していないのではないか、の疑いもでてくる。

その旨を言うと、簡易書留で送るが、いいでしょうか、という。モノは、普通のハガキらしいが、そこまでしなくてもと思ったが、また、届かないのではと思い了承した。

けっこう相当な金額になる。エコポイントというのは、すごい金額を使って実施したのだなと実感した。

 


方法論

2011年12月23日 09時43分30秒 | 思考試行

問題があって、どうするか。と、問いを立てると、なんらかの解決策が得られる。あるいは、方策が見つかる。そして、熱心な行動があれば、大抵は解決する。

具体的な問題は、このようにして解決されていくようにみえる。昨日のBSプライムニュースは、なぜ日本が低成長から抜け出せないのかについて、識者の問題提起があった。

つまるところ需要がないことにつきる。企業は投資できずに貯金する。銀行まで貯金する。家計も消費しない。となれば、円高になって、悪循環となる。永年これをやってきた。

国際収支が黒字になれば、円高となって、ますます輸出がしにくくなり、また、儲けも少なくなる。黒字となることは、どこかの国が赤字となることである。

では、なぜそんなに輸出しなければならないのか。日本は資源小国と言われてきたが、今や、外貨をタップり持っているのであり、無理して輸出しなくてもいい。

無理して、合理化して、たくさんモノをつくっても、儲けはでない。それは、需要がないからだ。となれば、ほしい物は買えということだし、人件費を削りまくることで、需要は冷える。もっと、働く人にお金をまわせということになる。

みんながホシイモノを作る。需要を作り出すのは、企業の工夫である。その企業に銀行は金をだす。庶民にもお金を回す、これが解決策だという流れである。

「消費は浪費」とか、「日本は資源小国」という呪縛に囚われすぎだということだという。チョット新しい意見をきいた。


2011年12月22日 10時48分11秒 | 思考試行

今年の一文字は、「絆」となった。清水寺の坊さんが、例によって大書した。

東北大震災、原発事故で、今年、日本はたいへんな年であった。そのなかで、助け合いが重要な意味を持つこと、困難な中で、絆の大事さを知った。

本当に大事なものは、金や地位や名誉ではなく、お互い助け合って、暮らすなかに、真の喜びや生きがいがあることが、あらためて、あきらかになった。

一方、きれいごとではすまない現実もある。過酷な現実をドラマ化している、人気ドラマ「家政婦のミタ」が終わった。ほとんど見ていなかったのだが、人気ドラマときいていて、何度か見たことがあった。

コメディタッチであるが、現実と結構リンクする。見たことがないようなドラマであった。

最終話では、過酷な人生のなかで、笑顔を一切みせない主人公が、「業務命令」によって、笑顔を涙を、みせた。それは、しかし、あくまで業務命令があったからそうしたまでで、真実感情が復活したわけではないようであった。

ドラマは、次の悲惨と思われる家族のもとへとむかうところで終わる。とことん苦しみを味わいつくしながらも、そのなかから生きがいをみつけたのは、人を救う、現代の「サンタ」となることにあったようだ。

人を救うことこそ、自分をも救うということだ。いいドラマであった。


結局は日々の暮らしが大事だけど

2011年12月21日 10時50分18秒 | 思考試行

日々の暮らしを、大事にしながらも、明日を見据えて、今日を生きることも捨てるわけにはいかない。今日が大事だといって、刹那的に、今日だけ生きるというわけにもいかない。明日からのことも考えたい。遥か先立って、できれば見通して、今を生きるということでありたい。

しかし、当面は瞬間、瞬間を生きるということであり、過去も未来も、今の瞬間にはないのであって、「今を生きる」ことを実践するのみである。

さて、金正日は、死後も日に三回の追悼を指示していたという。支配体制の維持に、心を配っているのだろうが、相当無理がある。

人間社会の不都合は、たくさんある。北朝鮮だけではない。ことの本質はどこにあるか。本当に庶民の暮らしを大事に考えているかどうかである。とりわけ、支配し、力を持っている人々がどう考えるかである。同時に、庶民の側が、どう考えているか、それを力とするには何が必要か。

それは、自分のことばかりではなく、他者のことを考えられるかどうか、真剣にそれができるのかどうかである。でなければ、統制され、支配され、いいようにされても致し方ないのである。


金正日死亡の報道

2011年12月20日 14時55分51秒 | 思考試行

連日大ニュースになっている。朝日などは、他の事件はないのかというほど、金正日の記事ばかり。そして、その内容たるやほとんど既知のことであって、内容的に掘り下げたものでもなく、言ってみれば、識者に取材し、語らせ、座談会をやって、という具合で、独自の取材力を発揮したものは皆無である。

デカデカと写真をのせて、紙面を埋める。なんだかやっつけの紙面にみえて仕方がない。一般大衆にむけては、この程度でいいかとでも思っているのだろうか。

しばらく経たないと、金正雲の力量もわからないし、その立場も不明、国の中の、権力構造の矛盾も出てこないだろうという話になっている。泣き叫ぶ人々は、みんな丸々としており、飢えた、痩せた国民はでてこないから、国情の本当のところは、報道ではよくわからない。

独裁者達は、中東でも次々と追い落とされて、次の段階の姿はなかなか落ち着かないが、いずれ、こういう連中は、排除されていくのだろうとは思う。

しかし、どういう世界になるのがいいのかは、世界中が、暗中模索の状態で、「自由」を強調すれば、貧しい人々を犠牲にしても構わないという具合で、これでは、とてもいい世の中とはいえないだろう。

といって、すべて平等というのも、困難であり、人間らしい暮らしとはなんだろう、の課題は、まだとても解決しているとはいえない。目指す方向も、コンセンサスは得られていない。てんでに、バタバタしている感がある。

大量に難民が発生するなどの、大事件を恐れてのニュースの扱いなのだが、もしそうなればのシュミレーションなどしている風でもないし、オピニオンリーダーとしての役割をもとうとする意欲もないようだ。


帰省をめぐって

2011年12月19日 10時21分00秒 | 思考試行

年末を控えて、NHKテレビの「あさいち」で、帰省問題をとりあげていた。帰る側の主婦の立場、迎える側の姑の立場、それぞれに悩みがある。

ガマンのしあいのようで、たいへんである。台所仕事を手伝うことをめぐっても、相手の立場をおもんばかって、ギクシャクする。気持ちよく、共に作業すればいいのだが、そうもいかないらしい。

楽にしろといわれて、そうしたら、本音は手伝って欲しかったりする。基本は、どんどん手伝うべしであろう。その方が、気楽だとおもう。

帰省するのに、費用もかかる。滞在費の問題もある。滞在費は、払っていない人が多そうである。外食した際の支払いについて、帰省した側が支払う、とのはなしが出ていたが、実態は、おじいさん、おばあさんが支払っているだろう。

ファミリーレストランでの支払いの仕方をみていると、当然のごとく、おじいさん、おばあさんが支払っている。経済力の実態がある。

結構、たちいって取材しているようで、限界があるのだなと思わされた。


韓国の感情

2011年12月18日 12時37分02秒 | 思考試行

戦争中の、慰安婦問題が、マスコミでとりあげられニュースになっている。日本大使館の前に、銅像の少女が端然と座って、「にらみつけて」いる。

慰安婦の少女時代をあらわしているという。日本側は、この問題は、すでに解決済みである、としている。これだけ抗議が続くとなると、実態は解決していないということだが、政府間の交渉ごととして、すでに解決済みということになるらしい。

要は、慰安婦問題の所在を認めるかどうかと、その補償問題だろう。自民党政権時代から、この問題はくすぶっていた。戦争が終わって、すでに、66年になる。さきのばし、さきのばしできたが、とうとう問題が大きくなり避けられなくなったということのようにみえる。

問題があるにも関わらず、引き伸ばしてきたからそうなったのか。いずれにしても、過去に遡って、問題の解決ということになれば、秀吉が朝鮮に派兵して被害を与えたことなどは、どうなるのか、と思ってしまう。

利害関係者が生存していないと意味がないということだろう。

およそ歴史を振り返れば、理不尽なふるまいで、どれほどの人々が犠牲になり、被害を受けてきたことだろう。アメリカの歴史をみても、現地人を追いやり、しめだし、自分の都合で、アフリカから人々を、無理矢理連れてきて、奴隷とした。理不尽そのものである。

今もなお、アメリカの行動は、正義から遠いものがある。国内でも、激しい貧富の差や、その価値観をみるとき、嘆かわしい状態にある。人類の将来は、あるのだろうか、という思いが出てくる。

慰安婦問題は、人間を人間として、扱わなかった時代の出来事である。ほかにも、いろいろあったはずである。この際、問題をすべてとりあげて、真の解決を計ることである。補償すべきであればチャントそうしないといけない。

 


きれいごと

2011年12月17日 09時20分21秒 | 思考試行

正論を言うと、それは、きれいごとと言われてしまう場合がある。では、ものごとの否定面を強調して、するどく分析するのはどうか。双方ともに問題の本質をぼやかし、誤魔化す作用があって、そこが非難の対象であるとするならば、いずれも、真実には至らないのかもしれない。

なにごともプラス思考で考えれば、おおよそ健康的な生活スタイルが形成できる。悲観的にみる考え方を続ければ、健康を害するかもしれないし、本質を深くえぐっているようで、実際は、単に損な考え方であるとしかみえない。

人は、喜怒哀楽の感情の動きの中で、どこかに偏りながらも、調整しながら気分をコントロールして生きている。いい塩梅の方法もありそうだ。その方法は、「きれいごと」かもしれない。

基本的な考え方の根本のところで、方向が間違っていなければ、そう大きな問題は生じないと思うが、それは、そうなるべく先達の人々が、仕組みづくりをしてきてくれたお陰であろう。そして、今もなお、その仕組みは、変化しつつ充実の方向へと向かっていると思いたい。

生活に困窮した場合に、制度の救済があるかどうかは、まさに死活問題である。一部の富裕層が、富を独占していることが、貧困層を作り出しているとするならば、それは、当然是正されなければならない。それは、きれいごとだろうか。富裕層は、大いに「きれいごと」に、関わってほしい。それは、明かに、人々の生活にうるおいをもたらす。現実にどう対処するのか、富裕層の「きれいごと」こそ、今求められている。

ジャンジャン寄付してほしい。マスコミもその成果、運用具合を、どんどん流すべきである。どの程度寄付が集まって、どのように使われているのか、これを流すことである。ヘンテコな足の引っ張り合いばかりを報道していては、世の中をどういう方向へ進めたいのか、さっぱり見えない。「きれいごと」をもっと、とりあげてほしい。

 


イルミネーション

2011年12月16日 09時47分02秒 | 思考試行

長居公園植物園で、イルミネーションをしていることをポスターで知り、夕食後家内と出かけた。歩いて30分ぐらいかかるので、散歩を兼ねている。

神戸のルミナリエや、大阪でも御堂筋のイルミネーションもあり、長居公園は、今年から始めたのだろうか、それほど人出はなく、幻想的で、きれいだ。

ビニールハウスを、光のトンネルにしていた。中に入ると、枯葉を地面にタップリ敷き詰めていて、フカフカである。1~2歳の女の子が騒がしく二人で、かけまわる。昼間だと、ホコリだらけでたいへんだろうが、まったく気にならない。ベンチでしばらく座る。

会場は、公園全部ではなく、半分ほどの規模だろうか、それでもかなり広い。

白い花で、タペストリーに仕立ててある。英語でMERRY XMASと読める字が花文字で書かれている。誰かが、そう読んだ声で、気付いた。言われなければ解らない。

それにしても、不思議な光景である。信者でもないのに、雰囲気だけが、それらしく整えられている。クラッシック音楽がながれている。放送大学で、いまヨーロッパの歴史を少しかじっているが、キリスト教の複雑な抗争などのぞいたものとして、なんとも日本的なおかしな行事であると思う。