空をみながら

 地球規模、宇宙規模で考える。死角のない視野の獲得。憲法9条を守ろう。平和のための最高の武器だと思う。

弱みをつくというやり方

2021年07月15日 11時47分41秒 | 思考試行

 勝ち負けを争うときに、相手の弱点を見つけるとそこを攻めるというやり方がある。西村大臣の発言が問題となり、結局金融機関からの締め付けねらいや、酒のおろし業者を通じての締め付けは、相次いでとりやめとなった。

 金融機関は政府に弱く、飲食店は、銀行に弱い。政府は金融機関に圧力をかけ、飲食店の弱みをつくつもりであったが、世論の反発をうけて、政権与党からも賛成しない動きが出てきた。 

 これは、いかにも筋が悪い。充分な支援策を講ずることをせず、力ずくで飲食店を政権の意のままに動かそうというのだから、そもそもが無理なうえに、「弱み」をつくというやり方そのものが明け透けで、これでは怒らない方がおかしい。

 西村大臣が、独断でこういうことをやったわけではなく、政権内部の意思統一は当然あったと思われるが、菅首相は、当事者の顔をしない、あたかも西村大臣が単独でやったかのように、「朝から晩までコロナ対策で頭がいっぱい」などと、言うのである。よくも恥ずかしくないもんだ。

 そして、卸業者への締め付けは、すぐには取り消さず、本当にやる気であったことがあきらかとなった。

 卸業者は、そんなことを飲食店に言えば、どうなるかは自明のことであって、本当に自殺行為になりかねない。それでも、卸業者への政権側の力は絶大で、言うことをきくだろうと軽く考えていたふしがある。

 飲食店は、充分な補償があれば、当然店を休むだろう。それがないから、しようがなくて、店を開けることになる。そうしなければ、生きてはいけないのだから当たり前の話である。

 この事件があって、急に卸業者への支援の話がでてきている。しかし、これは急にでてきたことではなく、すでに先月に出ていて、そこには、なんと飲食店への締め付けが条件になっていたという。そして、今回その条件を消して、支援金を出すことを、急に出すという形になったという。一寸恥ずかしすぎる。


基本姿勢

2021年07月13日 14時23分17秒 | 思考試行

 政治家の姿勢がどうなのか。国民のことを本当に真剣に考えているか。政治家としての自らの地位を守るために、努力しているだけではないのか。口を開けば国民のために、と言うが、本当だろうか。

 マスコミにはさまざまな人が登場している。野党批判をする連中は、支配者側に立っていることを自覚しているはずだ。結構なギャラをもらい、現在の世の中、仕組みに恩義に感じているのだろう。しかし、その立ち位置は、あくまで弱い立場の人間のフリをしている。目くらましの一アイテムであり騙し要員である。

 国がどのような姿勢であるべきかは、国際情勢のなかでは重要なことである。とりわけ中国の拡張主義的な傾向をみれば、平和主義などは論外の扱いとなる。相手が攻めてきたらどうするか、といいながら日本は軍隊を整備してきた。自衛戦争なら、当たり前に戦争できるように憲法の解釈も変えてきた。集団的自衛権では、他国と協調して戦争できるまでに、解釈を変更してきた。 もし、あからさまに相手国が攻めてきたなら、直ちに、戦争する構えである。だが戦争は絶対にさけるべきである。その姿勢を貫徹すべきである。

 歴史は、強い国が弱い国を利用し搾取し、食いものにしてきた。単に食いものにするだけではない面もあったろうが、それは限定的であり、弱い国は泣き寝入りの他なかった。 だが、そのままでは終わらない。時間をかけながら、不合理な面は徐々に糾されてくる。そのような力学が作動する。

 それは、自然に起こるのではなく、不合理な位置におかれている国なり、民族なり、改善を望む人々のエネルギーが作動の起点となるはずである。ただ一筋縄ではいかない。弾圧され、あるいは、内部崩壊を起こすなどして、果てしない悲劇が続くけれども、長い時間がかかろうともあるべき姿になるはずである。でなければ、人間社会は滅びる他ない。強国の姿勢が問われる。

 我々は今プロセスのなかにいる。政治家と官僚のあり方が、政治家が官僚の人事権を一手にしたことから、証拠が充分にあっても、検察は動かず、官僚も声をあげられず、裁判官まで政権の顔色を伺うという病的な状態になってしまった。

 病的な状態が明らかになっているにも関わらず、当事者達はうろたえる風もなく、堂々としている。これは、彼らをとりまく周辺が病的に彼らを恐れ、あえて鈍感をよそおい続けているからに他ならない。

 こんな状況がいつまでも続くとは思えない。指弾される前に、おかしな連中自身が自ら反省するなど期待すべくもないが、恥じを知るなら、この病的な状態を、いかに正常化していくかに腐心するべきだ。見るべき人が見れば君たちのおかしさは、誰の目にも明らかだ。

 

 

 

 

 


ポーズではなく本当に国民のことを考えているかどうか

2021年07月12日 23時14分51秒 | 思考試行

 コロナですっかり生活が変わった。出かけるところは、医者と食料品等生活用品の買い物ぐらいで、近くのスーパーへ出かけるだけ、本などは、ネット経由で買うことが増えた。

 政治のことも、観察の機会が増えて、政権の動向や、マスコミの傾向、そして評論家の言動などなど、聞く機会が多く、状況に詳しくなったような気がする。そのなかで、興味のある事象も増えてきた。

 コロナ対策で、医療の現状、病院の実態、為政者の本音などが垣間見えた。本当に、必要な対策が打たれているのかどうかや、飲食関連の補償や、その他打撃を受けている人びとに対して必要な政策がとられているのかどうか。

 国は、国債を発行することで、金を刷ることができる。非常時だから必要なところへ、惜しみなく供給することができないのだろうか。

 これは、かなり大胆にできることのようだ。日銀は日本国の子会社だから、日銀への利払いは最終的には、国へ戻ることとなり、問題はないという。個人や企業が金を借りるのとは大違いであるという。世界との関連で無制限の国債発行はできないだろうが、世界もそうせざるを得ないから、とりわけ日本だけが不具合なことになるわけではないようだ。

 であるならば、弱者に対して、政府がとるべき対応は迷うことなどない。そもそも、弱者について、為政者はどう考えてきたかということである。富者に媚び、富者が不利になることには、消極的である。基本の姿勢がどこにあるかが、明白になってきた。