事故が何故起こったのか。若い運転手が、何故、猛スピードで運転したのか。なぜ、なぜ、なぜ・・・。普通に考えれば、事故原因はすぐにわかるはずである。
事故原因は、企業の労務管理の厳しさにあった。罰せられることを恐れた若い運転手は、遅れた時間を取り戻そうと必死だった。なぜ、裁判はそこをみない、触れないのか。
これが日本の法治国家の限界なのか。とすれば、いかにも浅く、上っ面だけのみせかけの民主主義だ。とても民主主義が根付いているとは思えない。
なぜ、天下の朝日新聞もそのことを触れないのだろう。裁判の批判を、なぜしないのだろう。新聞が、実態をあきらかにし、事故原因の問題点を指摘しないで、それでも、記者達は、ジャーナリストと言えるのか。
首相官邸の程度も低いが、東大卒がゴロゴロいるという朝日新聞もこの程度なのかと、嘆かわしい。
事故以来、JRの労務管理は、相当変わっているはずである。さすがに行き過ぎを自覚しているのだろう。労働組合の弱体化は、スマートになっていくためのプロセスだと思うが、それでも、真っ当な声が出ているのか疑問である。
「社会主義国」の実態が、失望の連続を招いていることもあるが、北欧でみられる人間を大事にしている傾向は、いずれ、世界の常識にならなければならないし、いつかはそうなると思うけれども、いっぺんにはいかない。やれるところから、やる。靴を脱いで、足をかこうではないか。