【階段の男泣き】

2020年9月30日

【階段の男泣き】

男と女が結婚するとき、たいがい男のほうが身体的に大きくて強いので、プロポーズの時は誰でも「僕が一生かけて君を守る」的なことを言うのだろう。そして確実に男のほうが短命なので、たいがい女を残して先に死んでしまう。男は一生かけて女を守れないし、最後は大いに苦労をかけることも多い。

本郷台地にのぼる石段の前で、八十近い女性が笑みを浮かべて深呼吸し、覚悟を決めたように左右の足を運び、一段一段踏みしめるように登っていく。足の重さと節々の痛みに耐えながら頑張る老いた妻の姿を夫が見たら、きっとどこかで声を上げて泣くだろう。

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【タイムマシンのつくり方・5】

2020年9月30日

【タイムマシンのつくり方・5】

読書会で火星への人体転送についての話がでて、みんなで「うーん」と考えながら、自分がいちばんピンとくる自家製のたとえ話をしようと思ったのだけれど老人力が働いてとっさに出てこない。仕方がないので、その後の飲み会で、朝起きた自分が、昨夜寝た自分とおなじだという確信はどこにあるかという与太話をしたけれど、そちらはアドリブなのでぜんぜん上手くなかった。

翌日になって思い出した話は火星への人体転送ではなく、火葬による人体転送。死んでしまった自分がいよいよ火葬されて永遠にお別れだと絶望したとき、「おい」と棺の中を覗き込んで神様が言う。

「お前いま絶望してるだろう。だいじょうぶ、人間は使い回しなのでまた生まれ変わる。俺もそんなに多くの人間を作れない。死ぬ人間が少ない時は順番待ちになるけれど、大きな戦争があったり、疫病の世界的流行で大量の死者が出ることがあるので順番は意外に早く回ってくる。受胎したどの胎児になるかは巡り合わせによる偶然で決まるけれど、必ずどれかになってお前は生まれ変わる。ただしプライバシーの問題も考慮して、今のお前の肉体は焼却し、記憶はあらかじめ消去される決まりにしてある」

神様の決め事に従い、そうやって本当に生まれ変わるとしたら、今の自分もすでに過去の自分の生まれ変わりなのだけれど、過去の記憶は消去されてしまってまったくない。過去の自分は今の自分を自分と思うことができないし、今の自分は未来の自分を自分と思えないだろう。それでも自分が自分と言えるとしたら、いや現に言っているのだけれど自分とはなんだろう。本当の「本当」の自分はそういう不思議な仕掛けになっているのかもしれないと、まあどうでもいいやと思える時には本当にそう思う。

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【文士村記念館、本日休館】

2020年9月29日

【文士村記念館、本日休館】

八十歳近いと思われる杖をついたご婦人が
「田端文士村記念館はどこでしょう」
と聞くので
「僕もこれから行くところです、そこですよ」
と案内したらなんと休館日だった。

「あれっ今日は休みです。しかも 9 月 22 日から 10 月 1 日までずっと休みだって書いてありますね
と張り紙を見て言ったら、
「たいへんな思いをして電車に乗ってきたのに、人生って往々にしてこんなものね…」
と言う。落胆の仕方がかっこいい。

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【ジョジョのいる坂道】

2020年9月29日

【ジョジョのいる坂道】

坂道途中の曲がり角にある家、エアコン室外機上にガラス水槽があり、大きなミドリガメ(ミシシッピアカミミガメ)が一匹はいっている。雄のミドリガメで名前はジョジョという。なんで知っているかというと、水槽に「ジョジョ♂」と書かれた紙が貼ってあるからだ。

随分前からここで暮らしているような気がするけれど、ミドリガメの寿命は野生で30年、ペットとしての寿命は40年以上と聞くので、まだこの先何十年も生きるだろう。そのことにも驚くけれど、この狭苦しい水槽でよく長生きしているものだということにも感心してしまう。

ジョジョの住まいの上に枝を広げた樹木には小鳥の巣箱もくくりつけてあるので、生き物好きが暮らされているのだろう。ご夫婦ならご近所さんから「ジョジョちゃん家のおとうさん、おかあさん」と呼ばれているかもしれない。通りかかるたびについついジョジョは元気だろうかと覗き込んでしまい、なんとなくこころ和む散歩コースになっている。

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【マロニエゲートのおみやげ】

2020年9月28日

【マロニエゲートのおみやげ】

ようやく雲が晴れて快晴の秋晴れになった。六義園の向こうに冠雪した富士山も小さく見えている。

めっきり涼しくなり、昨日は銀座に出かけて行った妻がマロニエゲートのユニクロ TOKYO 店に寄り、
「やっと買えたよ!」
と言ってエアリズムマスクをお土産に買ってきた。つけてみると確かに涼しくて、猛暑の頃にこれがあったら随分楽だっただろうと思う。

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【タイムマシンのつくり方・4】

2020年9月27日

【タイムマシンのつくり方・4】

なにごとも円(まる)くおさめる努力がたいせつだ。角(かど)が立たないようにするともいう。それを漢字ふた文字につづめれば円満になる。円満とは神仏の功徳(くどく)に満ち足りていることで、その反対を不満という。なにごとにも不満が先立たない人柄を、「あの人は円い」という。

功徳の意味を善行の見返りと解するから不満があり、「功徳を施す」とも言うように見返りを求めない善行こそが功徳だと思うところに円満がある。不満と円満は表裏一体というか、あざなえる縄のようというか、組(く)んず解(ほぐ)れつして、まあ人間世界はそういうふうにできている。

まあそういうふうにできている人間世界を円形で象徴的に表現したものを円相という。よく禅寺の壁に飾られているひと筆書きの丸を円相図という。円相の中に自分の心を見ようとすると窓になって円窓図という。

円相図は始まりも、終わりも、角もない、そういう円のかたちに、「不満と円満が表裏一体というか、あざなえる縄のよう」になった人間世界の奇妙な構造をエンドレスに封じ込め、捕らわれと執着のない心を表わそうとしている。円いと言われる人の心に仕組まれた「寛容の無限ループ」もまた一種のタイムマシンだろう。

【タイムマシンのつくり方・3】

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【ガリバー旅行記】

2020年9月26日

【ガリバー旅行記】

急に思い出した。
16 日に帰省した際、清水か静岡で公衆トイレに入ったら、男子の小用便器がひとつしかなく、しかもちょっと小ぶりでずいぶん位置が低いので、変なトイレだなあと思いながら用を足していたら「ぎゃー」と気づいた。なんと女子トイレだった。慌てて中断して外に出るまで女性が入ってこなくてよかった。変態オヤジとして警察に突き出されるところだった。おかげで女子トイレには、お母さんが男の子に立って用を足させるための低位置小用便器があることを初めて知った。

そういえば昔、大混雑するサービスエリアの男子トイレに、女の子を連れたお父さんが入ってきて、女子トイレが満員行列なので男子トイレに連れてきたらしい。そうしたら女の子が
「ぎゃー、お父さん男の人がいる!」
と叫び、その時も一瞬自分が変態オヤジになった気がした。

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【循環器社会】

2020年9月26日

【循環器社会】

噂話が広まることも、ウイルスが拡散することも、情報が行き渡ることも、英語でサーキュレートという。

三月に緊急事態宣言が発令されていらい屋内に逼塞して過ごす機会が増え、屋内という限られた空間について考える機会が増えた。ふと、暑いにつけ寒いにつけ冷気や暖気を下から上へ、上から下へと循環させてやれば屋内での暮らしがもっと快適になるのではないかという当たり前のことに思い当たり、サーキュレーターで検索したら世間はそういう商品で溢れ返っている。

DC モーターにより静かで省エネ、プロペラなどの形状を工夫して風力や攪拌力を工夫しつつ、小さくて安く作られたのを注文したらとてもいい。涼しくなったのでエアコンを止め、窓からかすかに流れ込む冷気を、天井に向けたサーキュレーターで循環させてやると部屋全体の温度が下がって秋らしくなる。

これはいいものを見つけたと大喜びし、近所のイオン系スーパーに行ったら、同じ商品がネット通販よりも安く山積みになっていた。ちぇっ。わが家だけ情報の循環から外れていたらしい。まぁどうでもいい、サーキュレーターはいい、寒くなっても役立つのがいい。同じものをもうひとつ近所で買ってこよう。

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【anew】

2020年9月26日

【anew】

anew という言葉は面白いなと高校時代にボブ・ディランの「It's All over Now, Baby Blue」を聴いて思った。「ほかのマッチを擦って、新しく始めろ」(Strike another match, go start anew)のところだ。スラングかと思ったらちゃんと辞書にあった。

あの頃は鉄筋コンクリートのビルが建つと、自分がこの世に生きているうちは不滅だろうという意味でパーマネントな物だと思った。がんばって立派な自社ビルを建てたなあと感心した会社が消えてしまい、借り手もつかない綺麗なビルのまま解体されて行く。

新しいプレーヤーは新しく始める前に湿気たマッチを捨てなくてはならないわけで、たいへんだなあベイビー・ブルーと更地を見て思う。

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【歳の差と犯罪】

2020年9月25日

【歳の差と犯罪】

郷里清水で中学時代一学年先輩だった珈琲焙煎店のオヤジが
「男が干支でひとまわりいじょう歳の離れた女に手を出したら犯罪!」
と唐突に言うので笑ったことがある。芸能人がひどく歳の差の開いた再婚をしたというニュースでも見たのだろう。

一般人にもけったいなニュースが多いせいか奇妙な夢を見る。昨夜は家内が突然ちいさくなって
「わたし小学生に戻っちゃった!」
と笑顔ですり寄って来たが、妻というより孫にしか見えないので、警察に相談しようと思っていた。

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【スーダラ節の倫理学】

2020年9月24日

【スーダラ節の倫理学】

「スーダラ節」の楽譜を渡された植木等が浄土真宗の僧侶だった父親の前でそれを歌い、激怒して勘当されるかと思ったら、「この『わかっちゃいるけどやめられない』はなくならない。これこそ親鸞聖人の教えだ!」と感動されたという。

真剣に悩んでも、人がわかっちゃいるのにやめられないのは、たいがい永遠の矛盾を孕んでいるからで、真実を明らめようとする本が難しくて眠くなるのは、この世界がどうしてそういう妙な構造になっているのかという難問がスイスイ解けないからだ。読書会の下読みをしながら鼻歌で眠気払い。

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【達筆な便り】

2020年9月24日

【達筆な便り】

サービス付き高齢者住宅で暮らす妻の友人女性から、
「コロの十万がなくならないうちに早く一杯やろう」
と定期的に手紙が届く。コロは新型コロナウイルスのことで、犬のように呼び捨てるのが面白い。老いたとはいえ、ぞんざいな言葉遣いにまだ勢いがある。

ご老人から手紙をもらうと読みにくさの程度で老化の進み具合がわかるが、その人は若い頃からミミズがのたくったような字を書いていた。達筆という言葉にはふたつの意味があり、ひとつは文字自体や文章が上手なこと、ふたつめは筆跡に勢いがあることで、ミミズののたくりかたが激しいことも達筆という。暴れるような筆勢だ。おもて書きを見て、配達員さんがよく解読して配達したと思う。悪い意味で達筆なうちは達者な人なのだ。ほんとうに衰えた人の文字は消え入るように儚げになる。

やさしいのに力強い見事な字を書くご老人もたまにおられる。感心しながら読めないこともあり、
「大学出のくせに自分の名前の草書体も読めないのか」
とご老人に叱られないよう「草書体 雅」「草書体 彦」で画像検索するとたくさんのお手本が出てきて、昔の人の達筆さに驚く。自分の姓名くらい草書体で書けるよう練習しようと思った。

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【タイムマシンのつくり方・3】

2020年9月24日

【タイムマシンのつくり方・3】

生物にある約 24 時間の周期的な生理現象という概日リズム(がいじつリズム)、英語で circadian rhythm (サーカディアン・リズム)を、密閉空間内で人工的にコントロールする人体実験の話を SF で読んだ。一年間かけて少しずつテンポを早め、最終的には倍の速度で動く生活習慣を身につけた人が外の世界に戻ると、すべてがスローモーションで動いている…というお話になっている。

そういうことは少なくとも心理的にはありそうな気がする。のんべんだらりとした学生生活をしていたころは、郷里清水に長期帰省して東京に戻ると、すべてが早回しで動いているように見え、自分がなかなかその流れに入れないことに疎外感を感じたものだった。身体も妙に重かった。

そういう科学的だか心理的だかわからない現象をスポーツ選手などはうまく利用している。大相撲の親方まで「最近の若い相撲取りは難しいことを言うからわからんよ」と苦笑いしている。若いアスリートのインタビューを聞いていると、スポーツ科学的な根拠がありそうなものから、怪しげな験担(げんかつぎ)までいろいろ工夫している。

考えてみると自分も毎朝そういうことを習慣づけてやっており、決めた手順でギアチェンジしてリズム変更をしている。朝のルーチンで一日の長さが変わるからだ。コロナの世界で逼塞(ひっそく)しているあいだに、そういう体験をしている人は多いかもしれない。

   ***

※ ちょっと検索して、古い本だけれど柳澤桂子『いのちとリズム─無限の繰り返しの中で』中公新書を注文してみた。大病を患うことで不思議な時間の仕組みに気づく人もおられるだろう。

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【タイムマシンのつくり方・2】

2020年9月23日

【タイムマシンのつくり方・2】

NHK の大相撲中継が始まったので毎日 16:00 から 18:00 の二時間分だけ録画し、夕食時に見ている。晩酌しながら数時間前の生中継にタイムスリップするわけだ。

広瀬正が書いた SF を読んでいたら「パスト・ビジョン」というものが出てきた。現実世界の情報をくまなく記録し、場所と時間を指定して過去の世界を見ることができる仕組みで、これは早晩実現するだろう。Google のストリートビューもその原始的な形態だし、家庭用録画機による全局テレビ番組録画や、映像のアーカイブ公開なども、一種のタイムマシンだろう。

近所の居酒屋で、夜遅くまでの営業自粛の埋め合わせに昼飲みさせる店が出てきた。なるほど便利で、酒飲みの友人と会うときは是非利用したい。これも飲酒タイムをスリップさせた一種のタイムマシンといえるだろう。

【タイムマシンのつくり方・3】

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【プーポン博士の謎】

2020年9月23日

【プーポン博士の謎】

大学を卒業して会社員になった年に NHK の幼児向け番組『おかあさんといっしょ』の人形劇のコーナーで『ミューミューニャーニャー』がはじまり、1983 年 3 月まで 5 年間放送されていた。好きでよく見ていたので挿入歌まで覚えているけれど、会社勤めをしながらなぜ『おかあさんといっしょ』が見られたのかは謎だ。

謎といえば、登場キャラクターにたまごさんとは別にプーポン博士がいて、姉猫ミューミューと弟猫ニャーニャーとプーポン博士が堂々巡りのような追いかけっこをする。走りながら、プーポン博士がミューミューニャーニャーの名前を当て損ない「♪ちがうよちがうよプーポン博士 ぼくは子猫のニャーニャーだ…」という果てしない歌をうたうのが好きだったのだけれど、『ミューミューニャーニャー』にプーポン博士が登場したという情報がネット上にないのが不思議だ。

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