でっかいスギナ

2016年12月3日
僕の寄り道――でっかいスギナ

でっかいスギナのような不思議な木が好きで、小石川植物園、東大農学部本郷キャンパス、そして近所の路地裏に植えられているのを覚えている。近くを通りかかるたびに毎度「おもしろいなぁ」と思いながら眺めている。

小石川植物園は植物図鑑なのでちゃんと名札がついており、読んで覚えるのだけれどちょっと時間が経つと忘れてしまう。それほど長ったらしく覚えにくい名前なので、今度こそ覚えようと木のそばに行ったら枝が邪魔して読めない。

柵内に立ち入ってかき分けるわけにもいかず、仕方がないので望遠レンズで撮影し、写真を見ながら「カンコンガムモクマオワ」と入力して検索したが見つからない。字数を減らして確実な要素で検索したら、正しくは「カンニンガムモクマオウ」だった。

モクマオウ属というのがあるそうでカンニンガムモクマオウはオーストラリア原産。細い葉のように見えるのは枝で「葉状枝」といい、スギナもまた葉状枝なので似ているわけだ。木削りの作品を磨くトクサにも似ており、トクサもやはり葉状枝をしている。

トクサも葉状枝ということでカンニンガムモクマオウによく似たトクサバモクマオウもあるらしい。頼まれた夕飯の買い物に出たついでに、下町商店街へ向かう坂道から路地裏へ折れ、近所のカンニンガムモクマオウらしき木を見上げてみたが、トクサバモクマオウを見たことがないのでどちらかはわからない。
「ああこれはカンニンガムモクマオウ、もしくはトクサバモクマオウ」
程度にごまかせるよう両方の名前を覚えた。


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油と冬空

2016年12月3日
僕の寄り道――油と冬空

昔から油は貴重なものだった。郷里静岡県清水は徳川が駿府を開いて安倍川の付け替えをするまで水浸しの湿地であり、耕作に適した土地が乏しかったので農民は貧しく、生活の糧を得るために様々な工夫をし、実から油がとれるアブラギリの栽培も盛んだった。

この夏は清水駅からバスに乗って庵原の杉山青年夜学校を見に行った。編集委員をしている雑誌で使う写真を撮りに行ったのだけれど、村人の暮らしを支えたアブラギリが大切に残されているのを見たいという動機もあった。

アブラギリからとられた桐油は照明用や田んぼの害虫防除に用いられ、毒性をもつ油なので食用に適さず、別名毒荏(どくえ)とも呼ばれた。油は生活の必需品だったが、食用として江戸時代人は現代人ほど油好きではなかったはずだ。最近の若者の油ギッシュな食文化はちょっと行き過ぎの感もある。

夜中に目が覚めたので電子書籍の樹木図鑑を見ていたら、まさに現代人そのもの、アブラチャンという面白い名前の木があって笑ってしまった。チャンは愛称ではなく瀝青(れきせい)と書いて別名チャン(chian turpentine)であり、瀝青は天然のアスファルトやコールタールのような物質のことをいう。アブラチャンはクスノキ科の植物でやはり実から油がとれる。

そもそも植物が「水」と「二酸化炭素」と「光合成」によって炭化水素をつくるということ自体が不思議だ。油もお砂糖も化学記号を見ると炭素と水素と酸素でできており、そういう物質を炭化水素という。炭化水素は気体にも液体にも個体にもなるので、ガスになったり油になったり砂糖になったりするわけだ。

繰り返しになるが、人間に欠かすことのできない油や砂糖などの炭化水素を、二酸化炭素と水とお日様の光を使って、植物が作り出してしまうということに驚きを禁じ得ない。そう思って冬空を見上げるとたくさんの炭化水素を含んだ自然のめぐみが実っている。


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植物図鑑を歩く 6

2016年12月2日
僕の寄り道――植物図鑑を歩く 6

植物図鑑から退出する前に、いつも通り大好きなメタセコイアを見に行った。メタセコイアが全国各地に植えられたのは 1949 年に国と皇室が挿し木と種子を譲り受けてからだというけれど、この植物園のメタセコイア林はいつどのように植えられたのだろうか。

東京大学のサイトを見たら
第三紀の地層から出る植物化石の研究において、昭和16年(西暦1941年)に Metasequoia 属は化石属として発表されました。ところが、昭和20年(西暦1947年)に、現生種が中国 四川省で発見されました。小石川植物園のメタセコイヤ林は、現地で採集され、アメリカのメリル博士により昭和22年(西暦1947年)に日本に贈られた種子に由来します
とのことだった。

子どもの頃から愛読している小学館の学習図鑑シリーズ『植物の図鑑』。巻頭の「世界のめずらしい植物」のページにはオオオニバスに乗った少女と共に、米粒ほどの人間の隣にそびえるメタセコイアがあった記憶がある。

妻が子ども時代に読んだものが嫁入り道具として本棚にあるので確かめて見たら、なんと巨大樹木はメタセコイアではなく「せいたかユーカリ」だった。どうしてメタセコイアに記憶が置き換わってしまったのかは謎だ。

落葉したメタセコイアは何度も見たけれど、落葉する前に紅葉した姿は初めて見た。たくさんの実がなる木だそうで、これからたくさんの種子を落とすはずだけれど、拾って持ち出すことは禁止されている。ここは植物図鑑の中だからだ。散歩終わり。

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植物図鑑を歩く 5

2016年12月2日
僕の寄り道――植物図鑑を歩く 5

小石川植物園内には庭園風に手をかけられた池があり、植物群落に囲まれているせいか、自然が意外に残されている。海辺の魚付き林みたいな状態かもしれない。

さまざまな落ち葉が水面に浮かび、まるで落ち葉の図鑑で一年の集大成を見るようだ。綺麗だなと思って写真を撮っていたらバズーカ砲のようなレンズ付きカメラを抱えたバードウォッチャーオヤジが横に立ち、「(なんだ。枯葉の写真を撮ってるのか)」とつまらなそうに歩き去った。

角度を変え露出を変えて写真を撮っていたら、向こう岸に白いものが見えるのズームアップしたら小魚を狙うサギだった。狙いを定めて何度くちばしを突き出しても獲物がとらえられず、「(頑張れ)」と心の中で励ましながら見ていたら右に青いものがとまった。

カメラをずらしてみたらカワセミが枝の先にいた。小石川植物園にカワセミがいることは聞いていたけれど初めて写真に収まった。バズーカ砲のカメラマン達を出し抜いて白いスズメを写真にとらえた友人の話をブログで読んだが、こういうこともあるんだなぁと思う。待つ人にはチャンスがやってくる。



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植物図鑑を歩く 4

2016年12月2日
僕の寄り道――植物図鑑を歩く 4

小石川植物園がある場所には江戸幕府の小石川養生所があった。小石川養生所というとなぜか竹脇無我が思い浮かぶ。江戸時代に生まれたら大岡越前風ではなく、ああいうちょんまげ横わけの髪型がかっこいいと思っていた。

小石川養生所は享保7(1722)年の開設で、この井戸は水質が良く収容者などの飲料水になっていた。開設 200 年後に起こった関東大震災では、この場所に焼け出された東京市民 3 万人が一時避難して貴重な水源になったという。一年半弱の避難生活を終えて退去する住民有志が感謝の石碑を建立している。植物園は 3 万人の命を助けた。

震災の記憶を辿りつつ奥に進むとシマサルスベリの並木がある。台湾や沖縄に生息する樹木なので寒くないかと思う。しかしサルスベリ特有のすっぽんぽん姿で幾星霜を経ており、凛々しい姿はまわしが似合いそうで力士の土俵入りを思わせる。

たくさんあるイチョウの木の中で、ちょっと様相の違うものがあり、近くに行って見上げると枝と枝の隙間に食い込むように別の植物が生えている。こういう生息形態もまた宿木(やどりぎ)と呼ぶのだろうか。街路樹では見たことがないのでちょっと驚いた。


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植物図鑑を歩く 3

2016年12月2日
僕の寄り道――植物図鑑を歩く 3

緑の通り抜けも紅葉して真っ赤になった。紅葉の写真を撮りに来たわけではないので、一枚だけカメラに収めた。

いかにも東大農学部の先輩後輩といった風情の若者二人が、真っ赤な葉を見上げて仔細に観察しており、背の高い方が説明するたびに、小さい方が
「はぁー、なーるほどー」
と感心していた。何が「なーるほどー」なのだろう。今年は紅葉が綺麗だなどという話ではなく、若者らしい理科的な話ならぜひ聞いてみたい。

植物園内の巨大クスノキは常緑樹なのでいまも青々としている。木の下にはたくさんの小枝が落ちている。小枝はなぜかみな20センチほどの長さに切り揃えたようになっており、ポキポキ音が聞こえてくるようにリズミカルな模様をあたり一面に描いている。クスノキの下にあるけれどサクラの枯れ枝にも見える。どうして長さが揃ったものが、この辺に集まって落ちているのだろう。こうなる理由があるのだろうか。

むかし、理科の雑誌の仕事をしていたころは著名で博識な先生と散歩する機会も多く、どんな突飛な質問でも面白おかしく答えてもらっていた。こういうくだらない疑問にも機嫌よく答えてくれるような、植物、とくに樹木に博識な友人を持つと人生は豊かになるだろうと思われる。



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植物図鑑を歩く 2

2016年12月2日
僕の寄り道――植物図鑑を歩く 2

小石川植物園内では年季の入った温室が建替工事中だが、園内では貝塚や竪穴式住居跡が見つかっているので、やはり古い遺構が出土しているらしい。ブルーシートがかけられていてよくわからないけれど、住居跡が出ているようにも見える。

1877(明治10)年、エドワード・モースが大森貝塚を調査し、その報告書内で小石川植物園の貝塚を紹介し、翌年には実際に訪れて土器などを採取している。

これをきっかけにわが国の考古学が盛り上がり、1892(明治25)年には北区西ヶ原貝塚の発掘調査が行われている。西ヶ原貝塚は現在の飛鳥中学校にあたり、学生時代 4 年間はその貝塚に隣接したアパートに住んでいた。

「貝塚脇に住んでいた」などと言ってみてもちっとも自慢にならなくて、他人に話したら「だからどうした」ですんでしまう他愛ない 話なのだけれど、小石川植物園内の茶店が縄文後期遺跡の上に立っていると知って驚いた。



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植物図鑑を歩く

2016年12月2日
僕の寄り道――植物図鑑を歩く

12月とはいえ晴れて暖かな朝になったので、老人ホーム訪問に出かける妻を見送ったあと、冬の小石川植物園内を散歩した。

小石川植物園観覧時の注意書きを読むと、木登り、遊具の持ち込みおよび使用、喫煙と飲酒、楽器やスピーカーでの音出しなどが列記されている。植物園は「公園」ではないからで、公園で許されることもここでは禁止されている。植物園は「人がはいれる植物図鑑」なのだ。

幼い頃に愛読した小学館の学習図鑑でも、オオオニバスの大きさと比較するため特別に図鑑内に入れてもらった少女は、ちゃんと礼儀正しい姿で絵におさまり、そのまま時がとまっていつまでも歳をとらない。図鑑内の一部となる光栄を喜べる人のために植物園はある。

冬の紅葉と落葉を楽しみに園内に入ったら、この冬空に満開の花があってびっくりした。メキシコからコロンビアが原産のキク科植物コダチダリアでキダチダリアや皇帝ダリアともいう。

冬の初霜前に開花するというが、暖かな小春日和とはいえ冷たい冬の風が吹いているので、花も元気なくうなだれているのかと思ったら、そもそも下向きに咲くらしい。


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病人のいる家

2016年12月1日
僕の寄り道――病人のいる家

 

今年の風邪は特別しつこくて抜けにくいと言ったら、今年が特別なのではなく、ただあなたが歳をとっただけだと笑われた。

歳をとったせいだと思えば納得できるのが、周りに病人が驚くほど多いことで、風邪が抜けにくいと文句を言っているのんき者もいれば、とうとう病いで命を落とされた人もいて、軽いものから重いもの、治る見込みのあるものから不治の病まで、様々な病気を抱えた友人とともに今を生きている。

この冬、二度も風邪をひいた妻が老人ホーム訪問を早めに切り上げて戻ってきて、今度は胃腸風邪をひいたという。夫婦二人暮らしのわが家はまた病人のいる家になり、ちょっと湿り気を帯びた。

喜多村蔦枝『蔦の葉通信─日々を味わう喜び』円窓社

指圧師をされている女性が 1987 年から書き始めた手作り通信、その 200 号までをまとめた本作りをお手伝いした。装丁も気に入ってくださったそうで出版社から完成した本を送っていただいた。

62 歳でご主人と死別され、ご自身も生死の境をさまよう大病をされ、こつこつと日々を積み重ねながら、今年 72 歳になられたという。しみじみとした味わいのある文章を書かれている。


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ブルーライトヨコハマ

2016年12月1日
僕の寄り道――ブルーライトヨコハマ

電子書籍用に使っている kindle fire HD 6 が Fire OS 5.1.1 にアップデートされ、ブルーライト抑止機能が組み込まれていた。 仕組みの名前を Blue Shade という。Apple も iOS 9.3 でブルーライトを低減する Night Shift を搭載した。 

ブルーライトというのはスマホやタブレットやパソコンディスプレイの LED バックライトが発する特定波長域の光のことをいい、夜間にブルーライトを浴びると、眠気を促すホルモンであるメラトニンの分泌が抑制されて眠れなくなり、生活の周期が乱れて健康を害することがあるらしい。 

Blue Shade を起動すると画面全体がセピア調になり、夕暮れ時の窓辺に寝転がり、西日をうけて本を読んだのを思い出す。母親に見つかると、目が悪くなるからちゃんと机の上で読めと言い、そのころ蛍光管を用いた学習用電気スタンドがはやった。太陽光も蛍光管もやはりブルーライトを含んでいる。 

こんな赤みを帯びた光で本を読んでいいのだろうかと思うけれど、暗さに適応する仕組みである暗順応のように目が慣れて、しばらくすると気にならなくなっている。そして読書を終えて画面を元に戻すと、世界が明るくなってやはり朝のように青い。

 



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