姿と言葉の裏表

2016年9月28日
僕の寄り道――姿と言葉の裏表

久しぶりに朝から晴れたので散歩をし、東京芸大正門前を歩いていたら構内から出てきた親娘(おやこ)風の二人がいて、芸大生となった娘を訪ねて学内見学をした父親を見送りに出たのかと思った。後ろを歩きながら会話に耳をすませたら、田舎者風の親父が

「あそこは ♪パパーーンパッ! と出られるとええんやけどなあ」

と関西訛りで言うので、実は音楽の先生なのかもしれない。見た目はあてにならない。

あまりに暑いので帰りにコンビニでアイスを買ったら、イラン人らしいヒゲの濃い店員が

「スプーンいいですか?」

と聞くので

「いいです」

と答えたらスプーンをレジ袋に入れようとし、突然手を止めて

「ん?、いらない?」

と聞くので

「ええ、いりません」

と答えた。「いいですか?」「いいです」ではどうすれば「いい」かが伝わりにくい。


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墓の穴

2016年9月26日
僕の寄り道――墓の穴

不祝儀があって礼服を着るたびに、もう少し痩せなくちゃなあと思う。亡くなった友人の息子が、「久しぶりにはいた黒いズボンのボタンが弾け飛びそうです」と言うので笑った。

故人となった友人は大学時代落研(おちけん)に入っていたそうで、通夜の席にも落研仲間が来ており、素人とはいえ落語語りの連中は明るくていい。遺影はぼくが以前撮影したものになったのだけれど、湯島天神下の「シンスケ」で呑みながら、噺家のように呵呵大笑(かかたいしょう)している彼らしい写真だ。

通夜の読経を終えて参列者のほうに向き直り、ありがたい説教を垂れられる僧侶、その顔や声や語り口までが三遊亭圓歌(さんゆうていえんか)そっくりでおかしくてたまらない。人間顔が似ていれば骨格も似ているので声も似ているものだが、話し方の調子まで似てくるんだなあと思う。

マンション内自宅からの仮出棺まで時間があったので近所を散歩した

通夜の帰り道「あの坊さんは歌奴に似てる」と道連れに話したらピンと来ないらしいので新作「授業中(山のあな)」風に「墓の穴ーなーなー、あなっ、あなたっ!もう寝ましょうよ」の圓歌だと言ってやったら大笑いしていた。故人も喜んだことだろう。


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月火水木金土日のうた

2016年9月25日
僕の寄り道――月火水木金土日のうた

日常からかけ離れてあるものを非日常という。このかけ離れるの「かけ」とはなんだろう。離れていることを強調しているのだと思うが、頭に付く強調として他に用例を思いつかないのが不思議だ。

非日常的な一週間だった。谷川俊太郎による歌詞「 月火水木金土日のうた 」では、月曜日は「げらげらげらげら、笑ってるお月さまは、気が変だ」という。月曜日がいきなり祝日(敬老の日)でお休みというのも、週という日常性の約束事が壊れているので、曜日の感覚を失って気が変になる。

火曜日は始発電車で静岡県清水に帰省し、入院した叔父を見舞い、イベントの企画を手伝って友人たちと会議をし、北上する台風に追いかけられるように帰京した。

水曜日は仕事をてきぱきと済ませ、夕方が近づいたので早仕舞いしようと思ったら宮脇先生から電話があり、17時からマンション災害対策委員会があるのを忘れていたのだった。資料も用意していないところをなんとかアドリブで切り抜け、宮脇先生の誕生日なので、明日の秋分の日はマンション内の仲間で飲み会をしようということになった。

木曜日は秋分の日、朝一番で飲み会の言い出しっぺからメールがあり、緩和ケア病棟にいるご主人の調子が悪いので中止にしたいという。昼ごろ連絡があり、ギャッチベッドで帰宅させるというので、そろそろお迎えが近いため一時帰宅させたいのかと思う。一時帰宅の友人と大好きなウイスキーで乾杯できるだろうか、などと考える。

担架等緊急運搬用(E.M.T.R)のエレベーターキーを用意して待っていたら、意外にも友人は亡くなられて戻ってきた。報らせを聞いて驚いたマンション内の仲間が集まり、あわただしく葬儀の準備を手伝う。

玄関前、本郷通り街路樹根元のカンナは雨が嬉しいのか今も咲き続けている

金曜日、続々と弔問客が訪れる中で、葬儀の段取りがうまく行かずにもめ、話し合いに立ち会いながらできることを手伝う。調整のため走り回った喪主の長男が、夜遅くになって帰ってきたので自宅に呼んでねぎらい、話を聞きながら遅くまで飲んだ。

土曜日、たまった仕事を片づけながら、会葬案内や掲示書類の作成を手伝う。夕方になり、納棺を手伝いながら葬儀の最終確認をした。

日曜日、今日は午後の出棺を手伝い、マンションロビーに集まった住民と一緒に見送りをし、これで「手伝い」はひとまずおしまい。夜は通夜に参列する。

明日の月曜日は仕事を休んで告別式で月火水木金土日とぐるっとひと回り。この月曜日も非日常でのはじまりなので、気が変にならないよう気をつけよう。


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指づかいの不思議

2016年9月23日
僕の寄り道――指づかいの不思議

通勤通学客で満員の東海道線車内。立ったままスマホでゲームに熱中している高校生もいれば、「英語の構文80」などという学習参考書を片手に書き込みをしている高校生もいる。どちらも耳にイヤーレシーバーを入れ、つり革にもつかまらずバランスをとりながら熱中しており、器用なもんじゃのー(「トト姉ちゃん」風)と感心する。

スマホのゲーム画面上をなめらかに滑らせる指の器用さに感心する一方、そのとなりの子がペンを持つ指づかいを見て、われわれ昭和生まれ世代とはぜんぜん違う破壊的な持ち方、サル握りになってしまっているので驚く。最近はこういう子が多い。

サル握りを真似してみた。親指を曲げない子もいる。

子どものころ箸や鉛筆の持ち方を口うるさく矯正されて育ったが、放任されるとこういう持ち方になってしまうのだろうか。ということはこれが人間にとって自然な持ち方であり、わが世代も矯正されなければサル握りに退化したということだろうか。

はたまた現代の子どもは手の骨格と筋肉に変化が生じているなどという、かわいそうな事情はないだろうか。あの握り方を見るとそれくらい異様に見えてしまうのだけれど、子どもたち同士では普通なのだろう。


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威風堂々

2016年9月22日
僕の寄り道――威風堂々

「煮て食おうが焼いて食おうがお前の勝手だ」と紋切り型で使われる啖呵(たんか)調の台詞(せりふ)はいったい何を出典とするのだろうか。検索してみたけれどわからない。「煮て食おうが焼いて食おうがお前の勝手だ、さあ勝手にしやあがれい!」と仰向(あおむ)け大の字になって威風堂々、一世一代の大見得(おおみえ)を切る姿は、テレビや映画では見ても実際に出くわしたことはない。

見たことはないけれど「おお、よくぞ言った!」と喝采を送りたくなるのは、人間土壇場(どたんば)に追い込まれたら往生際(おうじょうぎわ)の良さこそ大切だ、と他人に対して思っているからだろう。他人には喝采をおくっても自分ができるかどうか分からない。たぶんできない。

できないはずのことが期せずしてできてしまっているように見えることがあり、それは病気で倒れて身動きがとれなくなり、ベッドに寝かされて虚ろな目で天井を見ているときなどだ。すべてをあきらめ運を天に任せてしまったように見える。

義母のベッド脇にて

だが、そういう状態から生還した人の手記を読むと、身体が動かず、声も出せず、ベッドに寝かされて天井を見ているときも、ベッド脇で話す医師や看護師や家族や見舞客の声はちゃんと聞こえていたというから、土壇場で観念しているなどと決めつけるわけにはいかない。

そう思うと、ベッド際で軽々な発言はできないぞと思い、病人を見舞っても、老人ホームへ面会に行っても「こんにちは、あっというまに涼しくなったね」などという間抜けな挨拶をしたあと言葉が継げず、「わかる?わからないかな」などと余計なことを言わないよう、ただ微笑んで「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と語りかけるように見つめることにしている。


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小田原まで

2016年9月20日
僕の寄り道――小田原まで

生まれ故郷にはいつまでたってもあれこれ用事があるもので、平服だったり黒い服だったりしながら、月に一回程度は東京清水間を往復している。故郷を持つとはそういうものなのだろう。

本を読んだり、居眠りをしたりして過ごす鈍行列車の旅が昔から好きだ。以前はJR駒込駅から外回り山手線で東京に出て、東海道線始発電車熱海行きに乗っていた。けれど最近の熱海行きは宇都宮線直通になって栃木県からやってくるので、東京駅や上野駅で待っていてもすでに満員で座れないことが多い。立っていては眠れないので旅の楽しみの半分を失うことになる。

というわけで最近は内回り山手線で新宿に出て、小田急小田原線の急行小田原行きに乗っているが、こちらは新宿駅始発なので必ず座れる。

朝一番の5時に家を出たとして、東海道線を使うと所要時間1時間57分(駒込 05:17発 - 小田原 07:14着)でICカード利用だと1,663円かかるが、小田急線だと所要時間1時間53分(駒込 05:20発 - 小田原 07:13着)、ICカード利用で1,039円となり、小田急の方が早く500円以上安いことになる。

行きは迷わず小田急線に乗っているが、帰りは小田原乗り換えをするかそのまま東海道線で行くか迷う。料金は安いけれど乗り継ぎがうまくいかないと東海道線の方が早く帰れる。小田原のふた駅手前、根府川辺りに差し掛かるといつも悩むのだけれど、9月20日は後方から台風がやってきていたのでそのまま東海道線で帰ってきた。


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サッカー場のある港町

2016年9月20日
僕の寄り道――サッカー場のある港町

他界した母親の入院治療費を清算して証明書を受け取って以来だから、11年ぶりに市立清水病院にやってきた(9/20)。

入院した叔父を病室に訪ねたら口腔ケアを受けている最中で、おや、口から食べられるようになったのかしらと驚いたが、翌日叔母に確かめたら、この朝から経管栄養ではなくミキサー食のようなものを食べさせてもらっていたらしい。

看護師だと思っていたがそのまま発語訓練が始まり、名札をちらっと見たら言語療法士(ST)だった。「わたしの真似をして同じことを言ってみてください。あっかんべー」などと話しかけ、「そうそう舌が出たね。じゃあわたしが触った方のほっぺたに舌をあててみて」などという訓練についていける叔父を見てちょっと安心した。

続いて看護師がやってきてネブライザーでの酸素吸入が始まり、叔父が目を閉じてしまって所在ないので、窓辺で景色を眺めて写真を撮った。母親の病室は180度反対側だったのだけれど、この病室からは日本平と清水港が見える。

左山の手には清水エスパルスの IAI スタジアム日本平(アイスタ)が、右海の手には清水港が見える。大きなマンションのように見えるのはクルーズ客船セレブリティミレニアムで、このあと台風接近のなか出航していった。

11時に友人が軽トラで迎えに来たので、清水銀座商店街でイベントの打ち合わせをし、昼食をご馳走になって清水駅まで送ってもらい、台風に追われて逃げるように東海道線で帰京した。


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引き継ぐ

2016年9月18日
僕の寄り道――引き継ぐ

ケフィアの種菌(ケフィアグレイン)を宮脇淳子さんから分けて貰ったので、牛乳に加えて大事に増やしている。「ヨーグルトきのこ」の呼び名があるように、カリフラワー状のケフィアグレインを取り出しては引き継いでいくので、室内野菜栽培といった感覚に近い。

手書きのお世話方法が添えられ「可愛がってあげてね」とあるけれど、丁寧すぎて長続きする自信がないので、我流でズルをしながら続けている。我流というか、郷里清水で一人暮らししていた母親がやっていたカスピ海ヨーグルトの増やし方を真似た。

容器の煮沸消毒が面倒なので、紙の牛乳パックをそのまま使い、上部を完全開放してケフィアグレインを入れる。埃が入らず通気性が保てるようティッシュペーパーを一枚のせて輪ゴムでとめ、一晩室内に置いておくとヨーグルトができあがる。母親はこれを宅配される牛乳ビンでやっていた。

ロシアでは山羊革の袋に入れて戸口に吊るし、人が通って揺れるたびに中身が混ざり合って発酵が促進されたそうなので、気がつくと紙パックの側面を押してあやしている。寝たきりになった母親にときどき牛乳ビンの位置を変えてお世話しろと言われた在宅介護の日々を思い出している。

ボール7個をジャグリングしている青年。
手のひらは2つしかないので順番待ちの5個が空中にある。
その位置移動を見ていると飽きることがない。
(上野恩賜公園9/17) 



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夏の日の忘れ物

2016年9月17日
僕の寄り道――夏の日の忘れ物

東京国立博物館で開催中の「古代ギリシャ」展のチケット、もらったのが一枚あり、十九日が最終日なのであわてて見に行ってきた(9/17)。思っていたより混んでいたので、人混みをかき分け、興味のあるフレスコの壁画とテラコッタの器(粘土で造形して焼き固めたもの)だけを重点的に見てきた。

帰り道はまだ雨になりそうにないので上野桜木、谷中、動坂下を経由して帰ってきた。歩いても夏ほど汗をかかなくなったので秋も深まりつつあるのだろう。それでも夏を惜しむようにまだ蝉の声が聞こえている。

この夏もまた東京・清水間を往復してずいぶん歩いたなぁと思いながら、日焼けした腕を見たら夏の日の忘れ物を思い出した。この夏の忘れ物というわけではなく、去年もやはり忘れたまま夏を過ごしたのかもしれない、そんな身近な小さなことだ。

裸で日焼けした漁夫のフレスコ画

少年時代はもちろんのこと、成人しても、そしてつい数年前まで、夏の炎天下を歩くと腕はもちろんのこと、顔まで真っ黒に日焼けして、日焼けしたあとはうっすらと皮膚の薄皮が剥けた。ところが今年は皮が剥けた記憶がないし、去年もやはりそうだったのかもしれない。

人は加齢とともに日焼けしても皮が剥けなくなるのだろうか。そういえば祖父母も野良仕事で夏は日焼けしていたが、その日焼けで皮が剥けているところを見たことがない。八ヶ月年下の妻も加齢とともに皮が剥けなくなっているのか聞いてみたいが、女性は日焼け止めクリームを塗って日焼けしないようにしているので確かめようがない。


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プルンプルン

2016年9月16日
僕の寄り道――プルンプルン

子どもの頃、ふりかけ食品やカップ麺のかやくとして真空凍結乾燥したフリーズドライ食品に出会ったが、「これは旨いもんじゃないなぁ」というのが偽らざる乾燥じゃなくて感想だった。

最近は真空凍結乾燥技術が格段に向上したのか、「えっこれが乾燥食品?」と驚くほど上手く乾燥前に戻るものが多い。たとえばインスタント味噌汁に入っているオクラとかナメコとかメカブなんか、スカスカに乾燥していたとは信じられないくらいヌメヌメしている。

一番びっくりしたのが豆腐で、スカスカの白いメラミンスポンジがお湯で戻るとプルンプルンの絹ごし豆腐になる。たいしたもんだなぁと驚きつつ、幼い頃から嫌いな高野豆腐を思い出す。あれはあれで独特の味わいがあって別の食品だとは思うけれど、スポンジがプルンプルン豆腐に戻るのを見たら、昔の人もきっとびっくりすることだろう。

食べ物に関してだけではなく、フリーズドライで乾燥させた精子でも、戻して使えば受精能力があることが動物実験で確かめられたそうなので、スポンジがプルンプルン豆腐に戻るくらいでは、未来の人はちっとも驚かなくなるのだろう。


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