おちんちんのあおさ

僕の寄り道――おちんちんのあおさ
(2016年7月24日)

岡本おさみの詩に吉田拓郎が曲をつけた「蒼い夏」という歌があって学生時代によく歌った。

浜日傘が揺れる浜辺の波打ち際で水遊びをしている男の子は、おちんちんまでかわいいと歌詞にあり、おちんちんのかわいさが夏の「あおさ」をうまく言い表しているなと思ったものだった。

シャッターを下ろした蕎麦屋店頭のゴーヤが蔓をのばし、子どものおちんちんのようなおおきさのゴーヤがひとつぶら下がっていた。おちんちんにしてはトゲトゲしていてあまりかわくないけれど、かわいかろうがかわいくなかろうが、こちらはほんとうに夏とともにあおい。


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駒込駅北口近くの民芸品店

僕の寄り道――駒込駅北口近くの民芸品店
(2016年7月24日)

駒込駅北口アザレア通り、和菓子「中里」の角を折れたところに小さな民芸品店が出来ていた。店の名前を「標 しもと」という。

ちょっと入って器を幾つか手にとって眺めたら感心したので
「よい器をお持ちですね。昔ながらのちゃんとした民藝陶器で感心しました(最近の若者が焼いたチャラチャラしたファンシー陶器じゃなくて懐かしいですという意味)」
と感想を言ったら
「こういう土臭いものも最近は好き好きのようですね。重いし」
とのことだった。
「どこかでお店をやられてたのですか?」
と聞いたらネット販売をされていたらしい。

以前なら開店祝いに買い物をしたところだけれど、
「買いためた器を生きているうちに使い切らないともったいない。どんどんあるものを使おう」
と妻に言われているので、しばらく民藝陶器購入はおやすみ。地元の人に愛されてお店が末長く根付くといいなと思う。

標 しもと


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未解決事件と飲み会

僕の寄り道――未解決事件と飲み会
(2016年7月24日)

 

23 日、住民交流会で父親ほど年の離れた友だちと飲んだら、あす 24 日の夜「NHK スペシャル 未解決事件 File. 05 ロッキード事件 ロッキード事件・軍用機 P3C の闇」に郷里函館でひとつ下だった後輩が出るから見ろという。誰だろうと思って興味深く視聴し、登場人物について一人ひとり調べたら東京地検特捜部検事の松田昇だった。

 

電子書籍で読んでいたが紙の本も欲しくなって注文した『ひとはなぜ戦争をするのか』が届いた

「きのうのテレビ、見ました見ました!」と夜が明けるのを待って電話をした。実はロッキード事件よりリクルート事件の方で名前を覚えていたけれど、児玉誉士夫取り調べと田中角栄逮捕を指揮したあの人かと確認し、高校時代から下山事件に興味があって本を読んでいて、思い出したので有馬哲夫『児玉誉士夫 巨魁の昭和史』文春新書を注文してみたなどと話し、ついでにあさっぱらから 8 月の飲み会の打ち合わせをした。

 


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爪切りと犬とコンピュータ

僕の寄り道――爪切りと犬とコンピュータ
(2016年7月23日)

老人ホーム訪問で妻が義母の爪を切ってやるのをぼんやり眺めながら、かつてわが家にいた小さな犬の爪切り作業を思い出した。

爪切りをひどく嫌がる犬で、妻が爪切りをするあいだペット用のホワイトチョコを鼻先でちらつかせ、犬の気持ちを「恐怖」から「食欲」へとそらすのが亭主の役目だった。そうやって大のおとな二人がかり、苦労して小さな犬の爪切りをしたのだった。

人の気持ちは、「爪切りは怖しチョコは食いたし」と同時にかなわぬふたつの欲望のあいだで揺れ動くのだけれど、犬の気持ちはマルチタスク・マルチプロセスでないのか、ホワイトチョコに気を取られると爪切りのことを完全に忘れてしまうようで、ホワイトチョコ欲しさに首を伸ばし、よだれを垂らして舌をペロペロさせている間にさっさと爪切りを済ませるのだった。
「あれを思い出すと母さんの爪切りはホワイトチョコがいらないから楽だよなあ」
と笑った。

義母の居室の枕元にて

世の中そういう犬ばかりでもないようで、郷里清水で実母が飼っていた犬は、がぶりと飼い主の手に噛みついて爪切りをやめさせつつ、振り向きざまにホワイトチョコを奪うというような器用なことをした。

あれも同じ犬なのでシングルタスク・シングルプロセスにはちがいないのだけれど、最初のタスク実行完了によってクリアされた新局面に素早く次のプロセスを対応させるので、OS 9 までの Mac のような、擬似マルチタスク・マルチプロセス的動作に見えるのだ。旧式コンピュータなのにプロセッサの実行速度が速い、平たく言えば運動神経の良い強い犬なのだろう。犬がほんとうに二者択一の判断停止に直面すると、その場にしゃがみ込んでフリーズしていたりする。


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工事記録と人生索引

僕の寄り道――工事記録と人生索引
(2016年7月23日)

日記とは人生、その生きられた時間の索引づくりだと思っている。コンピュータの時代の日記には強力な検索機能がついているからで、日記をつけていると思いがけず出来事検索に助けられることが多い。

半年間に及ぶマンション大規模修繕がもうすぐ終わる。工事を監督する立場にある人たちは、現場を歩きながらの打ち合わせで、小さなデジタルカメラを持ってよく要所要所を写真に撮っている。フィルム式カメラの時代も工事関係者は写真を撮っていたが、デジタルになってからはカメラが身体の一部になったように上手く使いこなしている。

工事の打ち合わせをしながらパシャッパシャッと、音はしないが音がしているような絶妙のタイミングで、工事関係者は映像の記録をとっている。デジタルカメラは記憶を収集する器官のひとつのようだ。

建物の周りにこんな植栽もいいなと思った写真メモ。理事会で却下されたけど。

優れた民俗学写真家が撮った写真を見ると、写されているのは結果ではなく過程であり、人々の暮らしの「手続き」がしっかり写されている。大切なのは「結果の記録」ではなく「手続きの記憶」なのだ。「手続きの記憶」なしで「結果の記憶」だけあっても何の役にも立たない。脳に損傷を負った人の自己観察日記を読むとそういうことがよくわかる。

年相応に物忘れのチカラが強化されているので、このところ「そういうことばを書き」「そういう写真を残す」ということで「そういう索引づくり」を心がけている。


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車のいろは空のいろ

僕の寄り道――車のいろは空のいろ
(2016年7月22日)

同じマンションで飲み友達のご夫婦、そのご主人は新宿区の病院に入院中で、奥さんは毎日面会に通っている。ご主人は重病なのだけれど、奥さんもまた難病の持ち主なので、坂の多い東京の街ではタクシーが大切な足になっている。

面会帰りの夕暮れ時、乗ったタクシーの運転手が変な人で、妙に上り下りのある抜け道に詳しく、ちんぷんかんぷんな話を聞かされるうちに、通ったこともない道をくねくねと走っており、いったいどこに連れて行かれるのだろうと心配になったという。

そういう話を聞くのが妙に好きだ。

運転手が不安そうな客の顔をルームミラー越しに見て、突然
「お客さん、びっくりしないでくださいね。わたし、いまこうしてタクシー運転手の姿をしていますが、じつは道灌山に昔から住んでいるタヌキなんですよ」
とか言ったらどんなに楽しいだろうと思う。

結局、無事にマンション前に着き、こころもち料金が安く、気のせいか所要時間も短かったという。なーんだと話を聞き終えるまで、ずっと心の中で思い出していた本があり、あまんきみこ『車のいろは空のいろ』を古書で取り寄せてみた。

つぎつぎに不思議な客を乗せる空いろのタクシー、主人公の運転手は松井さんといい、変なタクシーで送り届けられた友人もまた松井さんという。


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夏の三陸みやげ

僕の寄り道――夏の三陸みやげ
(2016年7月21日)

夏の三陸を旅するとホヤ好きになって帰る友人が多く、東京に戻っても夏が来るたびに、
「ああホヤをつまみに冷えたビールが飲みたい!」
などと言ってしまうのが、いちばんの三陸土産だったかもしれないなどと言って笑いあう。

青森の市場脇にずらり並んで座り込んだおばちゃん達が、早朝から
「ホヤ剝かせて〜」
と言っているので、買い物しながら手つきを学んできた。丸のままのを買ってきて自分で剥けるけれど、台所を汚すことで殺生したような後ろめたさがある。きょうは下町商店街の魚屋で、おばちゃんが剥いてくれたようなパックが売られていたので買ってきた。


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めだか鉢

僕の寄り道――めだか鉢
(2016年7月21日)

水草や睡蓮などを浮かべてめだかを飼っておく容れ物に「めだか鉢」という名前があるのを初めて知った。ネット検索すると「めだか鉢」という商品がたくさんある。坂道を下って下町の商店街へ向かう路地にある一種の固定式「めだか鉢」。

鉢のめだかは「めだか鉢」という世界からこちらの世界を観察している。彼らから、こちら側はどんな風に見えているのだろうかと想像しやすい意匠になっているので、通りかかるたびに覗き込んでしまう。


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0.5 階のある家

僕の寄り道――0.5 階のある家
(2016年7月21日)

斜面に建っている家の入り口を 1 階のつもりで入るとどんどん階下へ続く階段があり、結局 1 階入口が最上階になっている、そういう建物を何度か訪ねたことがある。渓谷沿いの温泉ホテルにはそういうのが多いし、桐生市の大川美術館もそういう構造になっていた。あそこを設計したのは画家松本竣介の息子さんらしい。

そういう急斜面ではなく、緩斜面の等高線に沿って道があり、道に面した木造家屋が微妙な構造になっているのをときどき見かける。道路から 0.5 階だけ上に上がった場所に玄関があるので、1 階は 1.5 階で、その下は地下 0.5 階になるとも言えるのだけれど、建物が地面に埋まっているわけではない。こういう言葉で説明しにくい構造の建物が好きで、見つけるとしばし見入ってしまう。


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福田恆存と現代かなづかい

僕の寄り道――福田恆存と現代かなづかい
(2016年7月21日)

福田恆存が芥川龍之介と太宰治についての評論を残していると知ったので古書で取り寄せてみた。福田恆存『芥川龍之介と太宰治』第三文明社レグルス文庫 82 (1977)で、巻末を見ると芥川龍之介 I は 1950 年、芥川龍之介 II は 1941 年、太宰治 I ・ II は 1948 年が初出らしい。

で、福田恆存というと現代仮名遣いすなわち「新かな・新字」に対して戦いを挑み続けた人なので、書かれたものは歴史的仮名遣ひ(旧仮名づかひ)になっているのが普通だと思っていたのだけれど、太宰治が予想通り旧仮名遣ひであるのにたいして、芥川龍之介のほうは現代仮名遣いになっていた。

「新かな・新字」の内閣告示が 1946 年なのだけれど、内閣告示を聞いて怒る前、1941 年の芥川龍之介 II は新仮名遣いで書いており、合体してひとつの評論となすため 1950年の芥川龍之介 I もそれにあわせて新仮名遣いで書き、その前 1948 年の太宰治 I ・ II は旧仮名遣ひで書いた、ということだろうか。

名著だという福田恆存『私の國語教室』が新潮社から刊行されたのは 1960 年のことだ。


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