相撲と笑い

2017年3月22日
僕の寄り道――相撲と笑い

相撲中継をつけたら、まだ取り組みの最中で勝敗が決していないのに、観客が拍手喝采して笑っており、なんとはじき出された行司が土俵下に転がり落ちているのだった。

笑いが生じた原因は、土俵内を逃げ回るようにいつもうまく体をかわしている行司が転落するという気の毒な滑稽さとは別に、行司なしでとられ続ける相撲がひどく奇妙に見えるということもあるだろう。

歌舞伎や文楽で黒衣(くろご)の存在が気にならないのは、役者や人形の動きに関心を集中しているからで、相撲もまた熱戦の最中に行司の存在が気になることは少ない。勝敗が決まる決定的瞬間は行司など見えないと言ってよい。

相撲取りに弾かれて土俵下に転落した行司に怪我はないかと感心が移動し、その悲劇的な瞬間も裸の大男が土俵上で熱戦を続けている。その厳粛と愉快が共存する奇妙さが、見る人に突発的な笑いをもたらしたのだと思われる。笑いは興味深い。

光文社古典新訳文庫からベルクソンの『笑い』増田靖彦訳が出ているので Kindle 版で読んでいる。


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竜爪と竜南街道

2017年3月21日
僕の寄り道――竜爪と竜南街道

静岡県清水。「清水に住んでいないのに清水の人より清水に詳しい」などとおだてられつつ笑われたこともあったけれど、いささか清水について知らないことが増えてきた。

お彼岸の墓参りを終え、久しぶりに次郎長通りの魚初に寄ろうと思い、清水駅前バス乗り場で折戸車庫行きを待っていたら、年配の女性から
「ベイドリーム清水に行くにはこのバスでいいんですか?」
と聞かれてエスバルスドリームプラザしか思い浮かばない。バスが発車しそうなので
「すみません、東京から来たのでわかりません」
と答えたら
「私もそうなんです」
と言う。

バスの運転手に聞いたらベイドリーム清水は駒越北で下車すればいいと言う。そうか、野田合板跡にできた大型商業施設のことかとようやくわかった。2011年オープンというから、清水の実家片付けを終え足が遠のいて以降のランドマークだ。

大内新田の墓地で墓参りをし、北街道押切南交差点にできた新しい道に出た。この道はいつか巴川を渡って大坪町へと繋がるのだと思われるが計画の詳細も知らない。その道を渡りながら押切方向を見たらふたこぶ型の竜爪山が真正面に見えた。

100メートルほど西に並行して狭隘な古道である竜南街道があるが、竜爪の南で竜南街道とはよくつけたものだなと思う。竜爪山が民間信仰の対象として賑わった頃は、本当に竜南街道経由で柏尾峠を越えて参詣した人もいたのだろう。(2017/03/19)

【関連する日記】
旧北街道と竜南街道


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ぶらぶら店さがし

2017年3月21日
僕の寄り道――ぶらぶら店さがし

昼食営業の飲食店が休憩に入ってしまう午後ニ時から、夜の営業のため店をあける午後五時までのあいだ、その空白の三時間に酒を飲ませる店を探して友人夫婦と足を棒にしてたいへんな距離を歩いた。

この夫婦と昼間飲み歩くと、たいがいさまぁ〜ずの街歩き風になってモヤモヤしてしまう。今回もああでもない、こうでもないと話しながらモヤモヤと路地裏を歩いたら、妙に目についたのが寿司屋の店頭風景で、こざっぱりした店の表情が懐かしく心惹かれることが多かった。

今回歩いた町には飾りを削ぎ落として端正な表情の寿司屋が多い。昔の寿司屋はこうだった。この町が朝鮮半島の料理店が集まった色鮮やかな町であることも、その原因のひとつかもしれない。

「寿司屋も大変だよなあ」
とカメラマンの友人が地味な寿司屋を見ながらしみじみと言う。こう景気が悪いとどんな業種も利潤を削って安売りの生き残り競争になるので、昔ながらの商売はたいへんだろうと言いたいのだろう。だけど昔ながらの商売をつづけて、いまこうして食えているだけでたいしたもんだという見方もある。

店の前で立ち話していたおばちゃんが
「あら、きたない店を撮られちゃった。なんかの取材かしら」
と言うのが背中の方で聞こえ、後ろからのんびり追いついたカメラマン氏が
「いや、きれいだなぁって思って撮ったのよ」
と上手なフォローをしていた。(2017/03/18)


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保蟹寺山モクレン祭り

2017年3月19日
僕の寄り道――保蟹寺山モクレン祭り

 

お彼岸なので静岡県清水にある曹洞宗保蟹寺(ほうかいじ)に墓参り帰省した。この日は第一回「モクレン祭り」を開催すると寺の護持会から知らせがあったので苗木代も届けたかったからだ。

静岡県立大学環境サークルCO-COによる大内竹林再生プロジェクトで、生え放題になっていた竹林が整備され、十年前、山の斜面に植えたハクモクレンが開花しているという。

大内観音太鼓、餅まき、焼きそば・おしるこ・おむすび・綿菓子や飲み物による接待もあるというので駒込駅5時20分発、清水駅8時50分着の電車で朝食も取らずに出かけたが、予想以上の盛り上がりでびっくりした。大内の人々がこんなに集まったのを見るのは祖父の葬儀以来だ。

一度も姿を拝んだことのないご本尊、蟹にのった薬師如来像がご開帳されているというので本堂に上がって拝見していたら、思いがけない人に会ってびっくりした。自転車にのって偶然通りかかったそうで、蟹にのった薬師如来のお引き合わせで、こちらも初めての対面となった。

 

【関連する日記】2005年11月14日
■ 蟹と帰化人と薬師如来と徐福



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黄色い春

2017年3月18日
僕の寄り道――黄色い春

春にはどうして黄色い花が多いのですかという質問があって、そもそも春の日差しを待ちわびて黄色い花を嬉しく思う人の気持ちが多いように感じさせているだけなので、設問として既にダウトなのではないかと思うのだけれど真偽のほどはわからない。

子ども時代を過ごした東京都北区王子では、春の陽気に浮かれて子どもがはしゃぎすぎると
「黄色い救急車が迎えに来るぞ」
と大人に脅かされたものだが、他地域でも同じような都市伝説があったらしい。インターネットの時代になって知り得たことだ。

写真家の友人が幹事となって 4 月 8 日に飲み会がある。会場がわが家に近いので二次会、三次会の相談にのっていたら、予行演習を兼ねて会場探しをしようという。誘いに乗って今日は午後から飲み屋探しに出かける。何となく黄色い土曜日である。


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角度と反射

2017年3月18日
僕の寄り道――角度と反射

2017年3月17日、飛鳥山博物館まで「浮世絵の愉しみ 異なる主題による4回の展示実践」第1回 時間:北区の名所浮世絵の展開を見に行ってきた。 

飛鳥山や王子稲荷や音無川の渓谷が観光地として浮世絵商売の対象だったおかげで実現したコレクションの展示企画を、幼い頃から現在に至るまで慣れ親しんだ地であるという、土地勘ゆえの愉しみ方で鑑賞してきた。 

描き手が描こうとした《意図の角度》平たく言えば《ねらい》、そして意図を表現するために選んだ《視野の角度》平たく言えば《アングル》が興味深い。なぜ興味深く愉しめるかというと、浮世絵には《見つめられた細部》平たく言えば《枠組みと写生》があるからだ。 

なんでこんな場所をこんな角度からこんなに丹念に見つめたのだろうと、描き手の気持ちを想像してみる。そういう角度をもった見方によって絵が違った意味をもち、ふたたびこちらに働き返してくる過程、それを鑑賞の愉しみという。残り三回の展示にも必ず行ってみたい。


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三月の空気感

2017年3月17日
僕の寄り道――三月の空気感

 

空気感にはたくさんのものが含まれている。言葉で表現しがたいそれは身体全体で感じるものなので、空気感によって思い起こすあの日あの時には、まるごとその世界に全身を置いたような迫真の臨場感がある。芸術について言及するときに用いられる「空気感」などという曖昧な表現ではなく、身体が感じる空気感とは生物を取り巻く物理化学的な環境の感じ方なのだと思う。

 外に出たら不安になるほどぼんやりと暖かく「ああ 2011 年の 3 月もこうだったな」と思う。あの日も赤坂で仕事があってこうして出かけたのだった。高橋是清翁記念公園のベンチに腰掛けていたら地面がゆさゆさと揺れ、是清像もベンチも木々も自分も、公園ごと春の空の下で激しく揺り動かされていたのだった。

 

本郷通りには交通機関による帰宅が困難になった人々が深夜になっても途切れることなく行列し、黙々と歩いて都心を脱出していった。この通りにそういうことがあったことも、さまざまな物理化学的情報を含んだ空気感によって、あの日あの時に連れ戻されたように思い浮かぶ。空気感による生態学的な捉え方の方法を実体験する三月である。


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囃し言葉と抑揚

2017年3月16日
僕の寄り道――囃し言葉と抑揚

朝食の準備をして妻を起こそうとしたら布団をかぶって寝汚(いぎたな)くしているので
「残念ですがもう起きていただく時刻です」
と言ったら、寝ぼけ声で
「ざんねんでしたーまたどうぞー」
と言う。

そうか北陸富山でも東京下町と同じ囃し言葉をつかったのだなと興味深い。言葉の意味ではなく
「ざんねんでしたーまたどうぞー」
の抑揚が、子ども時代によく囃された
「おとことおんながまんめんじー」
と同じであることがもっと興味深い。

「おとことおんながまんめんじー」は「男と女が豆煎り(おとことおんながまーめいりー)であることは『「まんめんじ」のひみつ』というタイトルで日記に書いた。出典としてひいた大田才次郎編『日本児童遊戯集』東洋文庫 122(1968/9)は明治時代の聞き書き集なのでテレビ・ラジオ時代以前のものだ。言葉自体には地域間の伝播や流行があったとしても、抑揚の方は人の呼吸や声帯の構造などに基づいた各地自然発生的なもので、土台として大昔からあったのかもしれないと思う。


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生活リズムと音楽

2017年3月15日
僕の寄り道――生活リズムと音楽

約24時間周期で変動する現象を概日(がいじつ)周期といいサーカディアン・リズムなどと本には書かれている。その延長で週、季節、年のリズムに合わせた暮らしが好きだ。

そういうことが好きそうな友人たちは、たいがい NHK 朝の連続テレビ小説を欠かさず観ている種族で、毎朝決まった時刻に起き、決まった番組を見て一日を始めている。

「今まで放送されたやつでどれが一番好きだった?」
と郷里の友人に聞いたら迷うことなく
「『ごちそうさん』!」
と答えるのが意外でびっくりした。『ごちそうさん』は、2013年度の放送だった。

金子みすゞの本で有名な出版社社長と飲んだので同じ質問をしたら
「わたしは『雲のじゅうたん』!」
と答えるのが意外でびっくりした。『雲のじゅうたん』は、1976年度の放送だった。

質問するとたいがい「あなたは?」と聞かれるので
「『いちばん太鼓』!」
と答えると意外なのかびっくりされる。『いちばん太鼓』は、1985年度の放送だった。

NHK 朝の連続テレビ小説を欠かさず観ていて面白いのは、その番組内の主題歌やイメージソングを聞くと、その当時の出来事が鮮明に思い出されることだ。毎朝決まった時刻に決まった音楽を聴き続けること、そして流行歌よりもきっぱりと、ナイフで切り落としたように終わってしまうことがそういう効果を強めているのだろう。

『ごちそうさん』はゆずの「雨のち晴レルヤ」、『雲のじゅうたん』はチェリッシュの「あの空へ帰ろう」、『いちばん太鼓』はニック・ニューサの「いちばん太鼓」。2010年9月27日から2011年4月2日まで放送された『てっぱん』は、葉加瀬太郎の「ひまわり」なのだけれど、突然 3.11 の震災による放送中断があったため、出来事が鮮明に思い出される引き金になっていることがちょっと辛い。


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思いちがい記憶ちがい

2017年3月15日
僕の寄り道――思いちがい記憶ちがい

記憶ちがいは思い込みによる思いちがいであることが多い。人はみんな自分に都合がよい記憶をつくっており、みんなの違う記憶が一人ひとり別々の自分を作っている。みんな違ってみんな間違っていると言えなくもない。《事実》はひとつしかないけれど《真実》は生きている人の数だけある。

思いちがいによる衝突は他人の記憶との照合があるから生まれる。記憶の照合が頻繁に発生するのは当然ながら家族の間であることが多い。家族同士の記憶違いなどあり得ないと思っているから、かえって自分の記憶に対する自信が強い。それゆえに頑固なのが家族であり、双方が正しさを主張しあうと喧嘩になりやすい。

わが母とも生前は記憶の相違でよく口喧嘩をした。自分の思いちがい記憶ちがいにあとで気づき、どうしてあんなに強弁してしまったのだと後悔することほど辛いことはない。思いちがい記憶ちがいに固執している自分は孤独である。

三年前からスマホで十年連用日記をつけている。自分のメモと妻からのメールをまとめて一日の記録としたものを、毎朝メールで妻に配信することで、「今日はどんな日通信」と題した家庭内極小ミニコミになっている。そしてそのミニコミを読むことで、去年の今日の出来事について時間的空間的にさまざまな記憶ちがいがあることに気づき、ふたりで「えっ」とびっくりしている。

思いちがい記憶ちがいで喧嘩をしないコツは、記憶をともに作ってそれぞれの思い込みと照合し、それぞれのいい加減さに驚きながら苦笑しあうことかもしれない。それは加齢とともに大切になることだ。照合しあえる共同の記憶さえちゃんとあれば、みんなちがってみんないい。


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