カームラサンの奥之院興廃記

好きな音楽のこと、惹かれる短歌のことなどを、気の向くままに綴っていきます。

ブルネグロ。

2016-08-08 07:15:43 | Weblog

町へのただ一つの入り口の検問所脇の側溝に夏のある夕方、薄汚れた犬が死んでいたことがあった。その事実は、大きめのぶかぶかな毛糸靴下を履いて就寝しようとしていたメゲネル検問所長のもとにすぐに伝えられ、裁判所へも速やかに報告されたが、酒精で脂ぎった不夜城のごときお歴々の集う町の裁判所は案の定その犬が町に入ろうとしていたのか町から出ようとしていたのかを朝までおいてはおかれぬ大問題とし、検問所長に事実を直ちに判事の前で詳細に説明せよと出頭命令を下したので、犬の第一発見者たる検問所三等係官オルサブローはその夜のうちに寝室兼書斎代わりの家の物置から検問所に呼び出され、検問所事務棟の木製扉脇の壁に自転車を立て掛けた。検問所事務棟は其々の窓の大きく取られた石造りの三階建てで、一階の当直室の灯りと、三階の所長室の灯りが煌々と外に洩れていた。


湾の対岸の町の中心にあるブルネグロ飛行男爵邸の庭にこの秋も紫の美しい大ぶりな茄子がたわわに実ったのでいちど遊びにきませんか、とガラナが手紙で知らせてくれた夕方、書斎机を離れて円形窓を伝ってベランダに抜け出すと、対岸の町はまるでペンキを被ったかのようにオレンジ色に染まっていた。


夕飯は、近場の野山で採れた旬の食材たちを当家のタラコフ料理長が腕によりをかけてアレンジしてくれた食卓だった。旧友の三等官Sから来た、昨秋ブルネグロ湾に臨む自邸テラス菜園で実った大振りの見事な茄子で作ってみたという、瑞々しく美しい青色のワインを開け、客人の舞踏子爵、飛行男爵らと乾杯し、一杯二杯と頂いた。喉越しのすっきりとした、それでいてフルーティーな優しくて深い味わいの本当に美味しいワインで、娘のマレーナが次々に弾いてくれるラフマニノフの演奏とも相俟って気分よく盃が進み、結局ワインを二本追加した。料理が終わる頃には、その日の昼間の疲れもあってか珍しくかなり酔いがまわり、起きていることができなくなって、早々に床に就いた。

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