カームラサンの奥之院興廃記

好きな音楽のこと、惹かれる短歌のことなどを、気の向くままに綴っていきます。

月目指し飛ぶ。

2024-05-01 15:21:51 | Weblog
早稲田のらっきょさんで日替わりメニューのポークハンバーグと焼きチーズのスープカレーを頂いたあと、馴染みのタリーズコーヒーの窓際席に陣取り、西村美智子先生の第2歌集『瞬の間に』(青磁社)を開いた。ちょうどp56掲載の一首〈もうええと書き遺したるサエさんは卒寿むかえて月目指し飛ぶ/西村美智子〉が目に飛び込んできた。この作品、ジャズのスタンダードナンバー「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」や竹取物語を十分に連想させる〈月目指し飛ぶ〉の措辞が不思議な明るさを湛えていて、じつに目を引き付ける。歌意を措辞に即して解釈するならば、御年90歳のサエさんが〈もうええ〉という書き置きを残して月の煌々と明るい晩に投身自殺を図り、月へと旅立ってしまった、とも読める。あるいは、〈もうええ。なかなか月の都からのお迎えはよう来ぬけれども、もうこれ以上こちらで生きなくともええ。〉と90歳を迎えたサエさんは遺言書に書き遺し、自らの生命のロウソクの火に老い衰えて弱った肺臓から絞り出した渾身の息を吹き掛けて 、えいやっと息を引き取ってしまったということなのかもしれぬ。とにかく、かように印象的で力強い作品満載の一冊で、読み応えがある。
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