カームラサンの奥之院興廃記

好きな音楽のこと、惹かれる短歌のことなどを、気の向くままに綴っていきます。

久々にピアノ。

2014-01-29 14:24:33 | Weblog

今日は休み。久々に、朝、池袋のビアノスタジオに出かけて一時間半ばかりピアノに触れさせてもらいました。持っていった楽譜やスケッチ譜面を実際に弾いてみると、転調の間違いにきづいたり新たな面白い発見があったり。あっという間でしたが、じつに有益で濃密なひとときを持てました。
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脈絡なく、自転車が。

2014-01-27 21:02:40 | Weblog

作品への好奇心というのか、近頃無性に松本清張さんの『水の肌』や『黒い福音』(どちらも新潮文庫)などを手に取って読みたくなってきている。しごと帰り、足はジュンク堂書店池袋本店に向かいたかったが、我慢我慢。家に帰って留守中に録音した大瀧詠一さん追悼ラジオ番組を聴く。薬師丸ひろ子さんの『探偵物語』の主題歌が大瀧さんの作曲だったとは知らなかった。早稲田の先輩で最大限の気持ちであなたが尊敬したいひとをふたり挙げなさいと訊かれたら寺山修司さんと大瀧詠一さんのふたりの名前をたぶん答えるような気がしている最近。奇しくもどちらも東北のご出身。中上健次さんは紀州を隠国(こもりく)と呼んだが、東北も一つの隠国だろう。奥行き感覚が半端なくある。どこまでも深い。それは煌めく光でもあるし漆黒の闇でもある。そういえば、昼間はたしかに長くなったが、しごとから戻ってひょいと気付けば外は真っ暗。



富澤赤黄男さんの俳句より。


自転車がゆきすぐそのあとを闇がゆく 赤黄男

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夢の記。

2014-01-24 06:35:24 | Weblog
気心の知れた知り合いたちと連れ立って大晦日から元旦にかけて人出の多い小高い場所へ出掛けた夢を見る。どこの場所かよくわからないのだけれども、歩いていてふと腕時計をみるともう新年だったので、みんなで「明けましておめでとう」と言い合った。そこには、もしかしたら父もいたかもしれない。
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久々に。

2014-01-22 23:04:31 | Weblog

寺山展から帰ってくると、ポストにジュンク堂書店からの封書が届いていました。毎月納品させて頂いている歌誌「塔」納品受領書が中に。私はそれをファイリングします。秋に一年分まとめて請求書を起こすので、ペラペラでちっぽけな納品受領書ですがぞんざいには出来ません。その流れで、久々にジュンク堂書店池袋本店に足を向けることにしました。まず行くのは最上階の音楽書コーナー。伊福部さんの『完本管弦楽法』を椅子に腰掛けて二時間ほどじっくり立ち(?)読み。そのあと、エスカレーターで二階の短歌コーナーへ。懐かしい『うたう☆クラブ三周年記念・穂村コーチ本』(短歌研究社)が新刊の棚にどういうわけかあって、パラパラ読み。実は、そういえば、この本、私の歌が2001年7月の第二回に掲載されていたことを唐突に思い出しチラ見するも、今と全く作風のちがう自分の作品に我ながらおどろいてしまいました。こんなだったっけ、という印象。

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質問。

2014-01-22 14:39:05 | Weblog
休みの今日は、大隈記念タワーの「知られざる寺山修司」展を見に出かけました。寺山は、若き日のノオトに「短歌は、言わば質問である。」と書き付けたそうです。寺山の言う〈質問〉とは何か。アメリカの作曲家アイヴズは、「答えのない質問」という革新的な管弦楽曲を残していますが、寺山の〈質問〉は、このアイヴズの〈質問〉に近いのではないかという気がします。かすかに吹く風のなかでふと心に留まったこと、それはなぜなのだろう、それは何なのだろう、とかすかに心に引っ掛かること。漠然とした存在への問いかけなのかもしれません。
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寺山展。

2014-01-20 22:41:40 | Weblog
今日、しごとから戻ると、『早稲田学報』2月号がポストに届いており、その71ページに、大隈記念タワー10階・125記念室で今月25日(土)まで開催中の「没後30年、いまだ知られざる寺山修司〈わが時、その始まり〉展」の案内が掲載されていました。時間が合えば、是非ともこの寺山展に行きたいものです。
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今日の夕空。

2014-01-20 16:51:53 | Weblog
しごと帰りの夕空。少しずつ日が長くなってきました。
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九曾(きゅうそ)勘左衛門のこと。

2014-01-20 05:47:27 | Weblog
森鴎外『渋江抽斎』『興津彌五右衛門の遺書』辺りがもしかしたら参考になるかもしれないとか思いつつ、九曾勘左衛門のことなど。九曾(きゅうそ)家と根胡(ねこ)家はともに大陸渡来の医家。九曾家の先祖は根胡家の先祖との出世争いに敗れ、その結果九曾家は長く不遇に甘んじることになる。根胡家は仮にその姓を表立って名乗らずともその血筋を引く者が必ず出世していく有力家系に。九曾、根胡を噛むの故事の生まれた経緯。幕末期、九曾家末代の勘左衛門のときに、幕府職制上、医事方(トップは根胡家)の下の下の端役であるものの、将軍御側仕えの御屁改めに登用される。勘左衛門は終始穏やかで優しい微笑を絶やさぬ文のひとだったが、最期、自らの腹を割っ捌いて武のひととして絶命し、九曾家は途絶える。九曾家歴代の墓山はその名前と存在をすっかり忘れられてゴルフ場になり、墓山のほとんどの墓は近在の寺に無縁仏として移されるも、勘左衛門の墓石だけは移すことができず、いまでもゴルフ場の片隅に忘れられてある。
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六首。

2014-01-16 17:29:33 | Weblog

短歌メモから。

 

詞書〈その『日録』によれば、「窮鼠、猫を噛む」は本来、「九曾(きゅうそ)、根胡を噛む」と表記するのが正しいといふ〉


十三代将軍御側(おそば)の御役目(おやくめ)として御屁改(おへあらため)、九曾(きゅうそ)勘左衛門あり


九曾家は大陸渡来の医家にして勘左衛門の母は七十歳(しちじふ)


母の漬けたる瓜をぽりぽり食みながら勘左衛門は坐して書を読む

 

勘左衛門の登城は明け方、ひと仕事終へて朝飯前に帰宅す

 

古書店に『九曾勘左衛門日録』あるも、その朝私の財布に銭なし

 

仕方なく店内に『日録』手に取りて憶えて店の外(と)にて書き留む

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死後。

2014-01-15 18:12:56 | Weblog
堀口大學氏に「死後」という題の詩があります。




〈死後〉堀口大學


私の死んだ後(あと)に
一人が私の歌を歌うかも知れぬ
私の知らぬ一人が……


一人がこれ等の歌の中に
彼みずからの愁(さび)しさを見出(みい)で
やさしく小声に
私の名をつぶやくかも知れぬ
私の知らぬ一人が……


敗者であり
弱者であり
そして私の知らぬ一人が
私の死んだ後に
これ等の悲しい歌によって
私を愛してくれるかも知れぬ
私の知らぬ一人が……








堀口大學氏のこの詩を時折なにかの拍子に心のなかでつぶやくとき、私はなんとも言えない不思議な温かみが胸に兆してくるのをいつも覚えるのです。
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