仕事から帰宅すると、ポストに360ページあまりの分厚い歌誌『塔』2024年4月号〈創刊70周年記念号〉が塔着していた。いつもながらにお世話になった皆様、ありがとうございました。で、早速ページをパラパラと開いて目に飛び込んできた会員エッセイ〈わたしの最初に載った一首〉欄の千名民時さんのエッセイに、ほおおと唸ってしまった。2000年4月入会の千名さんの塔誌デビューは、2000年6月号巻末の横浜歌会記の中の、〈仕事仕事昼仕事仕事飯仕事風呂仕事歌妻夢仕事/千名民時〉の一首だったという。心の余裕を微塵も感じさせない漢字だらけの音数過剰な措辞が、只者ではない感じを濃厚に漂わせている。がむしゃらに仕事へ仕事へと打ち込んでゆく若き千名さんの日常を効果的に掬い上げていてじつにじつに巧い。ちなみに、私の入会は2001年3月で、塔誌デビューは2001年6月号の田中榮先生選歌欄だったから、千名さんは一年先輩でいらっしゃったことになる。当然、千名さんのこの一首は今回初めて拝見したが、デビュー作からもう後年のことばの魔術師千名さんを彷彿とさせるところがとにかく面白い。デビュー作にはそのひとの奥処の素がででんと出てくるものだというような話を仄聞したことがあるが、千名さんの場合も当たっているのかもしれない。蛇足ながら、拙作の〈最初に載った一首〉は、〈草壁から土庄に向かふ島バスに吾は乗りたり畑の蝶と〉だった。私の奥処の素の何かがこの一首のどこかに出てきているのかいないのか、私にはさっぱり分からないのだけれども。
仕事から帰宅すると、ポストに360ページあまりの分厚い歌誌『塔』2024年4月号〈創刊70周年記念号〉が塔着していた。いつもながらにお世話になった皆様、ありがとうございました。で、早速ページをパラパラと開いて目に飛び込んできた会員エッセイ〈わたしの最初に載った一首〉欄の千名民時さんのエッセイに、ほおおと唸ってしまった。2000年4月入会の千名さんの塔誌デビューは、2000年6月号巻末の横浜歌会記の中の、〈仕事仕事昼仕事仕事飯仕事風呂仕事歌妻夢仕事/千名民時〉の一首だったという。心の余裕を微塵も感じさせない漢字だらけの音数過剰な措辞が、只者ではない感じを濃厚に漂わせている。がむしゃらに仕事へ仕事へと打ち込んでゆく若き千名さんの日常を効果的に掬い上げていてじつにじつに巧い。ちなみに、私の入会は2001年3月で、塔誌デビューは2001年6月号の田中榮先生選歌欄だったから、千名さんは一年先輩でいらっしゃったことになる。当然、千名さんのこの一首は今回初めて拝見したが、デビュー作からもう後年のことばの魔術師千名さんを彷彿とさせるところがとにかく面白い。デビュー作にはそのひとの奥処の素がででんと出てくるものだというような話を仄聞したことがあるが、千名さんの場合も当たっているのかもしれない。蛇足ながら、拙作の〈最初に載った一首〉は、〈草壁から土庄に向かふ島バスに吾は乗りたり畑の蝶と〉だった。私の奥処の素の何かがこの一首のどこかに出てきているのかいないのか、私にはさっぱり分からないのだけれども。
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