イスラーム世界の最初のところで言いましたけれども、イスラーム教徒をムスリムといい、ムスリムの共同体をウンマといいます。
「地理」では国家の三要素が出てきます。国の三要素、1、2、3。国は何で成り立つか。
1.まず土地です。これは領域です。
2.次は人です。国民です。
3.そして次は、その国民が決定権をもっていること、つまり主権。
この3つです。これで国になる。 我々日本人は「国とは何か」と言われると、国の範囲つまり領域だけで「これが国だ、これが日本だ」と思う。本当は3つ全部そろわないといけないんです。
しかしイスラーム教徒は違うんです。国というのは共同体のことです。イスラームには国という言葉はないんです。ないから仮にこのウンマのことを国と言っていますが、共同体の仲間つまり人がいるところであればすべて国なんです。
日本の国民はほぼ定住民です。日本人の多くは伝統的に農民だから、人は土地から離れない。しかしイスラーム教徒はラクダに乗って商売している。ラクダに乗ってたえず移動している。すると仲間が移動した先がそのまま国の範囲になる。
国の発想が我々日本人とちょっと違う。土地中心に国を見るのではなくて、人中心に国を見る。だから国民がいるところはすべて国になる。イスラーム教徒の国の観念は、こういう発想です。
「人がいるところが国になる」というのは、面積の範囲が国の範囲ではなくて、もともとイスラーム教を信じている仲間がいるところはどこでも国になる。つまり共同体が国です。「俺たちは仲間だから、仲間がいるところは国なんだ」という発想です。
一口に国といっても、そういう国の範囲の観念が微妙に違います。そういうのがイスラーム国家です。土地の面積じゃなくて、自分たちの仲間がいるところが自分たちの国です。
そういうイスラーム国が横に3つ並んだのが1500年代です。 西のヨーロッパ側から行くと、
1.まずオスマン帝国。これが今のトルコです。オスマン・トルコ帝国ともいう。
2.次に東に行って今のイラン。むかしペルシャと言っていた。サファビー朝ペルシャです。
3.さらにその東のインドです。ムガール帝国です。
この3つは全部、イスラーム国家です。そしてここが世界の中心です。ヨーロッパはまだおまけです。
しかしこれから100年たつと逆転していく。世界の大転換です。世界の中心地が変わっていきます。
【ムガール帝国】
ではそのインドに誕生したムガール帝国。 これもムガールとはインド訛りです。本当は何と言ってるつもりか。モンゴル、モンガール、ムガール。モンゴルと言っているつもりが、インド人がムガールと聞いた。本当はモンゴル帝国の意味なんです。
【バーブル】 建国した人はバーブルという。どういう人か。チムール帝国が前にありました。彼はチムールの子孫です。そのチムールはモンゴル系で「チンギス・ハーンの子孫だ」と言っていた。ということはバーブルもチンギス・ハーンの子孫だと名乗ったということです。だからこの国は一種のモンゴル帝国です。
でも宗教的にはすでにイスラーム教に改宗しています。だからモンゴル帝国の復興を目指しながら、実態はイスラーム帝国であるという、理念がミックスされた国家です。
「あの偉大なご先祖様のチンギス・ハーンの帝国を、俺は再び復活するぞ。場所は違うけど。インドにつくるぞ」というのがこのバーブルです。この人はチムール帝国の一大名だった。しかしそこに別の民族が攻めてくる。ここらへんはやっぱり馬やラクダに乗った人たちが、しょっちゅう攻めてくる。この時はウズベク族が攻めてきた。今もここには彼らの名前をとったウズベキスタンという国があります。
バーブルはそのウズベクに敗れて、「じゃあインドを征服していこう」となる。
当時のインドの王朝はロディー朝です。デリー=スルタン朝の最後です。ムガール帝国の建国は1526年です。
こういうと悪いけど、インドは戦いはあまり強くない。文明は高いけど。文明の高さは戦争の強さには必ずしも比例しません。ヨーロッパなどは文明度合いは低いけれども、戦争になるとやたらと強くなる。
文明の高いところが戦争で勝つとは限りません。喧嘩は頭がいい者よりも、暴力的な人間が強い。野蛮な人間が強そうな気がしませんか。世界史的にもそれはあてはまる。頭は悪いけど喧嘩が強い人って、どこにでもいるでしょう。
だからインド人はあまり戦争は強くない。インドはヒンドゥー教ですが、ムガール帝国はイスラーム教徒です。彼らは戦争が強いんです。それでインドは早々と負けるんですね。
インドの王朝はすでにそれ以前からイスラーム教徒になっています。インドには次々と5つの国が攻防していました。これをまとめてデリー=スルタン朝といいます。これはインドの王朝です。そしてこのロディー朝というのが、このデリー=スルタン朝の最後です。
これを倒して6番目のデリー・スルタン朝になろうとした。しかしこのバーブルの国家が長いこと続いてムガール帝国になるんです。ムガール帝国は約400年続きます。その建国者がバーブルです。
【アクバル】 全盛期は1500年代です。イスラーム教を広めた第3代アクバル帝の時代です。
ヨーロッパではこのころ宗教戦争ばっかりです。宗教改革が起こってプロテスタンティズムが発生します。宗教戦争や魔女裁判とか、血がわんさかと流れている。そういう状態です。
しかしイスラーム教徒は宗教的には寛容です。ヒンドゥー教徒を縛り上げて「何が何でもイスラーム教徒になれ」などとは言わない。ただそれまでは、「イスラーム教徒にならなかったら、余分に人頭税を払え」、これが条件だった。早い話、金さえ払えば何を信じてもいい。
でもこのアクバル帝は、その人頭税さえ廃止します。イスラーム教徒でなくても人頭税を払わんでいい、という政策をとる。非常に寛容な宗教政策をとる。 だから今でもインドにはヒンドゥー教徒がいっぱいいます。7割、8割はヒンドゥー教徒です。こういう寛容策によってインドをまとめていく。
ヒンドゥー教徒も「そんならよかたい、オレたちに口出ししないなら王様になっていい。オレたちは今までどおり生きていくから」と、それで国がまとまった。
【シャー・ジャハン】 5代目の皇帝がシャー・ジャハンです。 この人は政治的にはたいしたことはしない。だけれども文化人なんです。非常に気が優しくて、芸術に興味がある。そして泣き虫で寂しがり屋で、嫁さんが死ぬと、悲しくて悲しくて嫁さんを祀るインド最高の建築物をつくる。
これがタージ・マハルです。嫁さんの墓です。廟というのは墓です。ここに亡き妻の慰霊を祀っている。前に池があって、それはそれは綺麗な建物です。
【アウラングゼーブ】 そういう宗教的に寛容な政策を変えたのが、1600年代になって第6代皇帝になったアウラングゼーブ帝です。この人が戦争をふっかけて領土を広げた。
そこまではいいとしても、戦争というのは国家財政的に一番お金を食う。そこでお金が必要になる。しかもこの人にとってイスラーム教の教えは絶対だった。「なぜイスラームの教えを信じないんだ、イスラーム教を信じないバカな奴からは人頭税をとろう。ヒンドゥー教を信じる奴からは人頭税をとってやる」となる。
こうなるとヒンドゥー教徒は「なぜオレたちが、こんなにお金を払わないといけないのか」と反発する。ここらから国が割れてくる。イスラーム教徒とヒンドゥー教徒との対立が始まります。
時代は1600年代です。これもこの後ヨーロッパのところで言いますが、イギリスがこのインドに乗り込もうとして東インド会社という特権的・暴力的な貿易会社を作ったのが、ちょうど1600年です。
当のインドは一番まとまらないといけないところで、逆に対立しだす。
イギリスはインドが欲しくてたまらない。もともと海賊の国だから。喧嘩ふっかけていく。
最終的にはインドはイギリス最大の植民地になります。イギリスが絶対に手放したくないのはインドです。そのイギリスがインドに入り込んでいく時期です。イギリスはこの後、約200年かけてインドを植民地にしていきます。
【サファヴィー朝ペルシャ】
では次はその中間にあるイランです。サファビー朝ペルシャです。建国は1501年です。今のイランです。昔はペルシアといっていた。
これもイスラーム国家なんですが、他のイスラーム教国家と違うのは・・・・・・イスラームには2つの宗派があって・・・・・・ここは少数派のシーア派です。多数派はスンナ派です。
この国はトルコ系遊牧民の国で、神秘教団の一つであるサファビー教団の長であったイスマーイールが、その教団を率いて1501年に建国したものです。
しかし宗派が違うから隣の国と仲が良くありません。東のオスマン帝国も西のムガール帝国もどっちもスンナ派で、このサファビー朝だけがシーア派だから東とも西とも仲が悪い。
実は今もイランはシーア派で、イスラーム世界の中で独自路線をとっていて周辺諸国と対立しています。
今アラブ世界は反米の立場が多いですが、アラブ世界が一枚岩にまとまらないことは、アメリカにとって都合がいいように見えます。
【アッバース一世】 この最盛期の王様がアッバース一世です。都はイスファハン。「世界の半分」といわれる富を持った。
この国は200年以上続きます。200年もてばたいしたものです。なかなか200年はもたないです。100年というと短いですけれが、日本は戦後まだ70年です。明治維新から150年ぐらいです。
日本もこれから200年もつでしょうか。だいたい70年ぐらいで変わります。70年で安泰だったら、だいたい150年から200年ぐらいは持つ。あとのことはわからない。
その点、行き詰まっているなあと思っていた江戸幕府が、あと200年もつ、たいしたものだと思う。あれだけの王朝はないです。日本の歴史のなかでも。
君たちの世代だな。日本が変わるとすれば。変わってる気配はある。いいほうに変わるかどうかは分かりませんが。
貿易一つでも、あれだけ自由貿易を主張していたアメリカが、急に保護貿易で「関税を上げる」と言い出した。私は「アメリカが保護貿易にしよう」と言ったのを、はじめて聞きました。何かが変わりそうですね。しかもそのことで中国との対立は激しさを増します。
不思議なのは、ニュースを見てビックリしたのは、アメリカは日本に対して関税を上げると言った。アメリカは日本車を輸入している。関税は2.5%です。日本車は売れすぎだと言って、これを一気に25%に上げると言うんです。一気に10倍です。
では日本はこれに対してどうするか。アメリカからは牛肉が来ている。これを数字では言わなかったけれども、向こうが上げるんだったら、日本も輸入牛肉の関税を引き上げるというかと思うと、逆にうちは引き下げる、と言った。これにはびっくりした。
日本は逆に関税を引き下げる、ということは、日本の牛肉農家は潰れる。日本はアメリカへの輸出品への関税を引き上げられたうえに、アメリカからの輸入品の関税を引き下げる。これが日本の現実かな。
これと比べて中国は「アメリカが中国製品に関税をかけるだったら、俺だってアメリカからの輸入品の関税を引き上げるぞ」と言っている。独立国としてのありようがぜんぜん違うのです。
これが国際的な日本の実力かな。「米軍が日本に常駐している」というのは、そういうことです。オスプレイも買いました。日本で飛びます。大変なことになるんじゃないかな。
時代が変わるとすれば、君たちの世代かな。私が生きた時代よりも変わるでしょう。変わりようによってはとんでもないことになる。
このサファビー朝が今のイランの原型になっています。
イスラム世界はここまでです。 ヨーロッパに行くまえに、あとワンクッション。次は中国です。
これで終わります。ではまた。