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呂月庭容疑者の気持ちが良く分かる

2010年04月01日 21時08分25秒 | 職場人権レポートVol.1
 まずは、この間の報告から。
 前号記事で、「親会社の某大手スーパーが、今まで牛乳の納品業者に支払っていた委託手数料をケチった為に、今まで業者仕分けだった数千ケースからの牛乳が、この4月からは自前で仕分けしなければいけなくなった、人も時間も減らされ、おまけに私の場合は腰痛も抱えているのに、一体どうしろというのか、もうこんな会社なぞ辞めてやる!」ということを書きました。直前まで、そういう情報が流れていましたから。
 これについては、いざ蓋を開けてみると、流石にそれでは現場が回らないという事がやっと分かったのか、店別の仕分けは従来通り業者が行い、仕分け後の牛乳カゴ車の移動・搬入のみ、こちらが行うという事に、とりあえずは為りました。これでどうやら辞めずに済みそうです。但し、そのままでは、委託手数料が入らなくなった業者の只働きになってしまいます。それをどう処理するかという問題が残っているのですが、それについては、まだ詰め切れていない様子です。

 また、この4月から基本的に、今までの紙とボールペンでの検品から、ハンディ・ターミナルを使ってのバーコード読取検品に変わったのですが(関連記事参照)、こちらも業務改善どころか、とんだ食わせ物で。
(1) 作業が余計煩雑になった。従来なら紙とペンで済んでいたのが、新たにハンディ登録、データ呼び出し、搬送ラベル印刷、1ケース毎にスキャンなどの、余分な作業が付け加わる事に。
(2) 作業の融通が利かなくなった。ハンディの個人別登録で、検品者が1アイテム毎に検品しなければならなくなった。複数アイテムの掛け持ち検品や、検品者の途中交代が出来ず、次の準備作業も合間に出来なくなったので、仕事がどんどん後にずれていく。
(3) それで機能しておればまだしも、実際は、商品のハンディ未登録、データ未配信、バーコード読取不能などのトラブル続出で、全然仕事にならず。途中から従来どおりのやり方に切り替えて、どうにか凌ぐ有様。一体何の為のシステム改善なのか。
(4) それも、POSの様に、瞬時に売上高の部門別把握が出来る訳でなく、単に納品数の内訳が分かるだけ。その程度のシステム変更の為に、何故ここまでしなければならないのか。
 これが実情です。しかし、それを下請けの、私の勤める業務請負会社にやらせている、当の親企業のスーパーはというと、腹立たしい事に、誰も何も責任を取らずに、そ知らぬ顔なのです。

  
(注)上記左の携帯電話みたいなのがハンディ。同じく右が、ポケット・プリンター(数機のハンディで共有)で搬送ラベルを印刷した場面。ハンディは用途によって使い方が異なり、この場合は「搬送ラベルを印刷→同ラベルをスキャンして、ハンディに仕分けデータを表示させる→商品と仕分け先の店名ラベルをスキャンして仕分け完了」という手順になる。「ただ商品のバーコードをスキャンして終わり」という単純なものではないのだ。

 しかも、何故、委託手数料がカットされなければならないのか、何故、ハンディ検品を導入しなければならないのか、何故今までのやり方を変えて、本来の意味での業務改善とは逆行してまで、そんな事をしなければならないのか。その理由が、業務請負の現場サイドには、今に至るも一切知らされていません。大方「伝票・帳票類の削減=事務パートの人減らし」が親会社の狙いなのでしょうが、これでは、そのロスを我々の負担増に置き換えただけではないか。
 この様に、我々に来るのは「いついつまでにこうしなさい」という命令だけで、こちらから意見は一切言えないのです。勿論、あくまでも建前上は、ミーティングで意見も吸い上げるようになってはいます。しかし、実際には、他の下請け業者間でコストダウン競争を強いられている中では、親企業のやり方にケチなぞ付けようものなら、次から仕事を回してもらえなくなります。
 要するに、「建前在って無きが如き」なのです。「親企業」と「下請け」との関係は、本来ならば、あくまでも取引上の関係でしか無く、消費者の利益の前では、両者は共に、より良い仕事を進める為の、民主的で対等平等のパートナーである筈です。しかし、実際には、両者は「奴隷主」と「奴隷」の関係でしか無い。
 親会社(業務発注元)と下請け(業務請負会社)との関係が、凡そ上記の様なものである限り、共存共栄の建前とは裏腹に、実際そこには、「搾取する者」と「される者」との間の敵対的な関係しかありません。
 だから、3月30日、31日の段階では、それこそ、帰りの送迎マイクロバスの中では、親企業である某大手スーパーへの怨嗟の言葉が、そこかしこに飛び交っていました。私も「一層の事、××(当該スーパーの名前)の社員思いっきりどついて辞めたろか!」とまで喚いていましたっけ。そこには、たまたま一人だけ、スーツ着たサラリーマンが、バツが悪そうにバスの座席に座っていましたが、「何、構うもんか」、そういう気持ちになっていました。

 丁度時を同じくして、2年前の中国製冷凍餃子毒物混入事件の容疑者が逮捕されたとのニュースが流れました(当時の関連記事参照)。このニュースに接した時も、私は決して、「あれは共産党独裁の中国の話で、日本とは全然関係ない」なぞとは、全然思えませんでした。呂月庭という名前の、貧しい出稼ぎ農民工の容疑者も、日本向けの餃子を作っていた天洋食品で、臨時従業員として採用されたものの、大卒正社員初任給の半分程度の賃金で、一日10時間以上も働いても一切残業代も付かず、有給休暇も与えられずに、こき使われていたとの事でした。
 これを聞く限りでは、残業代も出ずに有給休暇も無いとは、これでよくも「社会主義」や「人民共和国」を名乗っていられるな、まるで戦前日本の「蟹工船」や「女工哀史」と同じじゃないか、中国の労働法規は一体どうなっているのかと思います。そりゃあ、そんな扱いを受け続けたら、親企業(この場合は天洋食品)に憎しみの矛先が向いても、一向に不思議ではありません。
 しかし、今の日本でも、特に未組織の期間工・派遣社員や、私の様な下請け社員にとっては、労働法規なんて「在って無きが如く」です。今の職場とて、中国の「天洋食品」とも、本質的にはさほど変わりません。また、東京・秋葉原の事件を起こした加藤智大容疑者の場合(関連記事参照)も、本質的には、今回とほぼ同じなのではないでしょうか。それを、今まで、自民党・財界・米国を始め、果ては当の中国ともつるんで、日本の格差社会化・新自由主義化・右傾化を散々煽ってきた読売や産経が、中国報道の時だけ、俄かに労働者の味方であるかのように振舞っても、滑稽なだけです。

 勿論、だからと言って、何の罪も無い第三者に八つ当たりして良い訳では、決してありません。そんなモノは決起や革命でも何でもない、犯罪はあくまでも犯罪でしかない。「餃子毒物中毒事件の犠牲者こそ真の被害者であって、容疑者は加害者だ」というのは、全くその通りです。そんな事は言われなくても分かっています。
 でも、「あれは中国の話で、日本とは全然関係ない」なぞとも、全然思えません。建前だけの「社会主義」中国も、一皮向けば「資本主義」日本と同様の格差社会でしか無かった。社会主義であろうと資本主義であろうと、社会が変質すれば、必ず第二、第三の呂月庭や加藤智大が出てくるであろう事は、容易に想像がつきます。そういう意味では、あの容疑者も自分の分身であり、まかり間違えたら、自分もあの容疑者の様になっていたかも知れない。そう思います。
 そんな私が、何故、呂月庭や加藤智大となるのを免れ、今回もギリギリの所で退職を思い止まる事が出来たのか。それは、たとえ上辺だけではあったとしても、1年以上に及ぶ同僚との付き合いや、ブログ上の付き合いもあったからにしか過ぎません。「親会社」のぼんくら経営手腕も、「下請け」の何も言えない奴隷根性も、こちらはとっくに見限っています。

・毒ギョーザ事件、貧富・格差への怒りが背景に(読売新聞)
【石家荘(中国河北省)=関泰晴】中国製冷凍ギョーザ中毒事件で、中国公安当局は、ギョーザに殺虫剤を入れた農村出身の容疑者の犯行動機として、臨時従業員に対する食品工場内での差別に不満があったとの供述があることを明らかにした。
 中国国内では、改善しない貧富格差や差別に起因する「やり場のない怒り」が動機となる事件が増えており、事件はその一例だと受け止める市民も多い。
 「会社幹部は地元政府の関係者が多く、コネがあるので何もしなくても給料も上がる。不公平だと思って1年で辞めた」
 事件で逮捕された呂月庭容疑者(36)と同時期に河北省石家荘市内のギョーザ製造元「天洋食品」の工場で働いていたという20歳代の男性は、会社の差別待遇に怒りをぶちまけた。
 公安当局の発表によると、呂容疑者は「給与や待遇に対して不満を持ち、報復して恨みを晴らそうと、ギョーザに毒を入れた」と動機を語っている。
 関係者によると、同社正社員の月給は、2000元(約2万6000円)。しかし、農村出身の出稼ぎ労働者が多く、職員1000人の大半を占める臨時従業員は正社員の半分の1000元(約1万3000円)前後で、有給休暇もない。正社員登用も難しく、「ほとんどが2~3年で辞めていく」のが実態だ。
 「犯罪は許されないが、容疑者の気持ちは分かるような気がする」(元従業員)、「絶望的な気持ちで社会に仕返しを狙ったのではないか」(地元紙記者)との声が現場にはある。(以下後略)
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100330-00000158-yom-int
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ハンディどたばた劇の追記 (プレカリアート)
2010-04-10 20:36:33
 当該記事で取り上げたハンディ検品ですが、使い様によっては、それなりに業務改善にはなるのです。
 最も適したやり方は、多品種・少量・小口商品の仕分けに限定して使う方法です。片手にハンディ、もう一方の手に商品を持ち、店別に仕分けする毎に、商品のバーコードと店名ラベルのバーコードをスキャンします。その際、商品・店名の、両方のバーコードが共に対応しなければ、エラー・メッセージが出て、そこから先へは進めないので、仕分けミスが防げる・・・という仕組みになっているのです。

 斯様に、軽量・小口で多品種の商品仕分けに限定して使えば、まだしも、それなりに機能を発揮するものを。大口・大量入荷の商品まで含め、何でもかんでも闇雲に導入しようとするから、変な事になるのです。
 曰く、一時に集中して100ケース以上も入荷してくる、クレート(プラスチック製の専用通い箱)入りの野菜にまで、ハンディでのスキャンをさせようとするから、なかなか仕分けが終わらなくなる。

 また、同じく一時に集中して100ケース以上も入荷してくる、クレート入りの重い1リットル牛乳にまで、ハンディでのスキャンをさせようとするから、業者仕分けから自社仕分けへの「改悪」とも相まって、今までなら検品者一人だけで済んでいた作業に、仕分け要員も加えると数人がかりで対応しなければならなくなった。
 そうして、今まで以上に人手が取られる様になった分、他の仕事にまで手が回らなくなり、作業終了は後にずれ込み、、仕事の精度も格段に落ちました。謂わば、トヨタのリコール問題と同じ様な事態に立ち至っているのです。これの一体どこが「業務改善」なのか?
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