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従軍慰安婦と新自由主義

2013年05月30日 00時09分33秒 | 反ハシズム・弱い者虐め
さいごの色街 飛田
クリエーター情報なし
筑摩書房


●橋下徹発言は、飛田経営者側の視点(澤藤統一郎の憲法日記)

未読だが、「さいごの色街 飛田」という本が話題となっている。井上理津子さんというフリーライターが12年をかけて「現存する最後の遊郭」を取材したルポだという。この本の話題性は、もちろん橋下徹の「従軍慰安婦は必要だった」「風俗業活用を」という、あの妄言をきっかけとしたもの。

毎日新聞の5月16日夕刊に、その井上理津子さんのインタビュー記事がある。
「一連の橋下氏の発言は、社会的弱者への差別や階層社会を肯定していると受け取らざるを得ません。『慰安婦になってしまった方への心情を理解して優しく配慮すべきだ』とも言いましたが『支配階層』からの、極めて上から目線の言葉ですね」という発言が印象的だ。

「私は大阪の遊郭・飛田新地で働く女性約20人に話を聞きましたが、「自由意思」で入った女性など一人もいなかった。貧困だったり、まっとうな教育を受けられなかったりして、他に選択肢がないため、入らざるを得なかった女性が大半でした」「慰安婦になる以外に選択肢がなかった女性にとっては強制以外の何物でもないんです。『軍の維持のために必要だった』という発言に至っては、戦争を容認している証し。正体見たりです」「苦しい事情を背負った女性の境遇、慰安婦に送り出さざるを得なかった家族の思い、社会的背景に心を致しているとは思えない。政治家の役割を果たしていると言えない」とも。

この人が言えばこその説得力である。綿密な現場取材をされた方の発言としての重みを感じざるをえない。

本日(5月25日)付「毎日」朝刊に、林和行さん(カトリック司祭)という方の「橋下発言は権力者の視点」と題する投書が掲載されている。井上志津子インタビューを引用してのものだが、橋下徹がかつてこの街の業者組合の顧問弁護士だったことを指摘。橋下の権力者の視点の根拠について、「井上さんはそこで働く女性の側に立ったのに対して、橋下氏は経営者側の視点に立ったことによるものではないか」という。これも、なるほど。

橋下徹が、飛田の業者組合の顧問であったことについて、林さんの投書では『さいごの色街 飛田』からの指摘を引用している。実は、「大阪では知らぬものとてない公知の事実」とも聞く。(以上引用)
 http://article9.jp/wordpress/?p=392

 橋下が飛田新地の業者組合顧問弁護士だった事実は、5月27日の外国特派員協会での釈明会見でも取り上げられたが、橋下は「組合は合法で何らやましい事はない」と開き直っていたらしい。確かに当該の飛田料理組合は、表向きは貸座敷の料亭が集まった合法の親睦団体だ。いわば吉原や雄琴、福原の特殊浴場組合のようなものだ。しかし、特殊浴場も貸座敷の料亭も、「風俗嬢と客に場所を提供するだけ、後の事は関知しない」というだけで、そこで売春が行われているのはもはや公然の事実だ。
 その公然売春も、上辺だけで見れば確かに「風俗嬢と客との自由契約による商行為」と言えなくはない。しかし、本当に「自由契約による商行為」かと問われれば、実際はDV被害者や母子家庭や地方の過疎地帯出身の女性が、失業や多重債務に陥った末に、やむを得ずそこに流れ着いたケースも少なくないのだ。この前も飛田や松島の新地に女性を斡旋していた暴力団組員やブローカーが人身売買容疑で警察に捕まっただろう。

 これらの新地は元々は遊廓だった。遊廓の「廓(郭)」には、「堀や塀で囲まれた土地」という意味がある。周囲を堀や塀で囲んで、中で働いている遊女の脱走を防いだのだ。今でも飛田新地の西端に残る大門の跡や東端の崖は、いわば当時の名残だ。これは何も江戸時代だけに限った事ではない。娼婦解放令が出され職業選択の自由が定められた明治以降も、実際は借金や口減らしの為に、娼婦が江戸時代と何ら変わらない形で縛り付けられていた。遊郭の建物の窓には鉄格子や網が張られ、第二次大戦の空襲で多くの娼婦が逃げられずに焼け死んだ。

 考えてもみるが良い。何故、風俗嬢の見かけの給料が高いのか。高くしなければ人が集まらない程、その労働が過酷だからだろうが。その見かけの給料の高さも、ノルマやドレス代などの名目で業者にピンハネされ、実際に手元に残るのは僅かなのだが。そして、その過酷な労働から逃避する為に、酒やギャンブルやホストに入れあげ、ますます借金が膨らみ風俗から足を洗えなくなるのだ。
 同じ事は利用する側の男性客にも言える。何故、高い金を払って風俗を利用せざるを得ないのか。現実の低賃金やパワハラなどの社会矛盾から逃れる為に、一瞬の刹那をそこに求めざるを得ないからじゃないか。つまり、アルコールやギャンブルの場合と同じセックス依存症に、大なり小なり陥っているに過ぎないのだ。

 その男性客や女性の風俗嬢に対して、政府・警察や教育者は「違法・不潔」と叫び、右翼は「風俗紊乱で国を危うくするもの」と攻撃し、橋下は「必要悪」と嘯く。一見、それぞれ全然異なる態度で臨んでいるかのように装いながら、過酷労働やピンハネや低賃金などの社会矛盾を放置し続け、当事者だけを悪者にしたり当事者だけの責任に帰したりして、男性客や女性の風俗嬢を貶めているという点では、政府も右翼も橋下も全く同じ穴のむじなだ。

 これは何もこの従軍慰安婦だけに限った問題ではない。橋下の「風俗は必要悪」との理屈で行けば、サラ金やギャンブルやゼロゼロ物件やブラック企業などの貧困ビジネスも、全て「必要悪」の一語で免罪されてしまう。曰く、サラ金を規制すれば誰も貧乏人に金を貸さなくなる。ゼロゼロ物件を規制してもホームレスが増えるだけだ。ブラック企業を規制し過ぎると就職口がなくなる・・・と。実際には、国金や労金などが低利で融資し、公団住宅や家賃補助を拡充し、労働者の権利や国民生活の向上が図られれば、そんな人を食い物にするような貧困ビジネスなぞに頼らなくても良くなるのに。

 「性奴隷」はおろか「従軍慰安婦」という言葉も最近では聞かれなくなり、単に「慰安婦」と呼ばれるようになったが、これもおかしな話だ。元々「従軍」には「軍隊に付き従う」という意味しかない。旧日本軍直属の陸軍報道班員であろうと民間の新聞記者であろうと、軍隊と一緒に移動する限りはみな同じ従軍記者だろう。それと同じだ。それを「国が積極的に関与しなければ従軍ではない」と変な屁理屈をこねるから、「国が積極的にブラック企業を育成している訳ではないから、国には責任はない」「全て個人の自己責任だ」なんて屁理屈もまかり通ってしまうようになるのだ。たとえ軍の直接支配下に置かなくても、営業許可を出し慰安所の運営を助ければ、容認・奨励しているのと同じだ。それは、労働基準法違反や脱法行為を見逃し、残業規制や解雇規制を撤廃しようとする限り、ブラック企業を容認・奨励している事とも何ら変わりはない。

 そういう意味では、従軍慰安婦は決して過去の戦争の話でもなければ、単に上辺だけ見て「強制ではなかった、個人の自由意思によるものだ」と言う話でもない。一見「個人の自由意思」によるように見えても、実際は「他に選択肢がない」という意味では「強制」以外の何物でもないというのは、現代の貧困ビジネスにも通じる姿だ。過去の戦争を美化したり従軍慰安婦を商売女と貶める輩が、現代の新自由主義を美化しブラック企業に大甘で解雇規制を緩和しようとしているのは、決して偶然ではない。橋下・石原や安倍なぞ、その典型だろう。
 先日も、夫がリストラされ、その夫のDVから逃れようと離婚・別居した母子が、生活保護を受給できずに、数か月も後になって大阪・西天満のマンションで餓死しているのが発見された。橋下は、過去の従軍慰安婦を「自己責任」と免罪する事で、現代の生活保護バッシングにも積極的に加担しているのだ。
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橋下のデマも海外には通用せず

2013年05月29日 20時32分29秒 | 反ハシズム・弱い者虐め
●橋下氏、外国特派員協会で会見「慰安婦制度は他国の軍もやっていた」(AFP)

 日本維新の会共同代表の橋下徹(Toru Hashimoto)大阪市長は27日、日本外国特派員協会(Foreign Correspondents' Club of Japan、FCCJ)で記者会見を行い、第二次世界大戦(WWII)時の旧日本軍の「従軍慰安婦は必要だった」などと発言した問題について3時間近く弁明に追われた。
 橋下氏はこの日改めて、性の問題は旧日本軍に特有なものだったわけではなく、第二次大戦中の米国や英国、フランス、ドイツ、ソ連などの軍隊でも存在したと主張した。
 ただ橋下氏は持論について根拠を提示することはなかった。他国の軍が公式に性奴隷制度を活用していたという広く受け入れられた証拠もない。
 橋下氏はまた、日本が「国家の意思として組織的に女性を拉致した、国家の意思として女性を組織的に人身売買した、この点を裏付ける証拠はありません」と述べ、日本が国家として「慰安施設」の運営に直接的に関与していた証拠はないと訴えた。
 http://www.afpbb.com/article/politics/2946599/10813801

●「慰安婦」暴言 撤回せず責任転嫁 外国特派員協会 橋下氏が会見(しんぶん赤旗)

 日本維新の会の橋下徹共同代表(大阪市長)は27日、東京・有楽町の日本外国特派員協会で記者会見し、旧日本軍「慰安婦」について「必要なのは誰だってわかる」とした発言について謝罪も撤回もせず無反省に言い訳を重ね、責任転嫁に終始しました。一方、在日米軍司令官に風俗業活用を勧めたことに対しては改めて撤回し謝罪しました。
 橋下氏は、当初の発言を見れば自らが「必要」としていたのは明らかなのに、「慰安婦の利用を容認したことはこれまで一度もありません」と開き直り。「『戦時においては』『世界各国の軍が』女性を必要としていたのではないかと発言した」と自身の発言を認めながら、「『私が』容認していると誤報されてしまった」とメディアに責任転嫁しました。
 さらに、橋下氏は「国家の意思として組織的に女性を拉致した、女性を人身売買した点を裏付ける証拠はない」と正当化。旧日本軍が慰安所の設置・管理・移送に関与し、慰安所に拘束した上、性行為を強制したことそのものが「性奴隷」と批判されているにもかかわらず、拉致・強制連行に問題を矮小(わいしょう)化させました。また、発言をめぐる各国の激しい批判に対して「戦場において、世界各国の兵士が女性を性の対象として利用してきたことは厳然たる歴史的事実だ」と反論してみせました。
 質疑で各国記者からは、「人身売買の定義を聞きたい」「フランス人から考えると市長の発言はびっくりした」などの意見が出されました。
 在日米軍司令官に対する発言は撤回し謝罪しましたが、沖縄県民や女性に対する謝罪は一切ありませんでした。
 橋下氏の発言には、記者らから、失笑や人権問題を理解していないことへのため息がひんぱんに漏れ、3時間近くの会見に「独演会だった」「同じフレーズばかり」とあきれた声が聞かれました。
 http://www.jcp.or.jp/akahata/aik13/2013-05-28/2013052801_02_1.html

 橋下なんて所詮その程度の政治家だったのだ。28日の日刊ゲンダイ記事によると、当該会見は「1時間後には途中退席者が続出」と、もう散々な結果だったらしい。「反日」韓国や欧米のマスコミだけでなく、「親日」である筈の台湾の特派員からも愛想を尽かされて。
 そんな橋下を今まで好敵手と散々持ち上げてきた自民党も、今頃になって「日本の信用を落とした」と批判に転じたものの、自分たちも今まで橋下と同じ様な事を言ってきた事には頬かむり。またマスコミもマスコミで、「橋下の一生懸命さは伝わった」と、まだヨイショし続けるメディアも一部あるものの、大半は今まで散々橋下に迎合してきた過去には頬かむりしたまま、今度は打って変って沈黙に転じ始めた。
 訪米も中止に追い込まれ、「みんなの党」からも協力解消を突き付けられ、訪米渡航費の公費返還請求や市長辞職勧告、果ては弁護士懲戒請求の声まで澎湃と湧き起こっている。かつて光市母子殺害事件弁護団に仕組んだ懲戒請求を、今度は橋下自身が蒙るのだから自業自得だ。橋下の政治生命はもはや風前の灯だが、橋下人気の元となった弱者バッシングの土壌はそのまま。第二、第三の橋下を生み出さない為にも、その土壌を如何に変えていくかが、今後ますます鋭く問われる事になる。
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転載:日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワークの橋下市長会見拒否声明

2013年05月27日 22時18分42秒 | 反ハシズム・弱い者虐め
声明

橋下市長、あなたに日本軍「慰安婦」被害者と会う資格はない!
ハルモニの「会いたくない」「会って、どうなる」という言葉を、橋下市長、あなたはどう受けとめているのですか!

今回来日された金福童ハルモニは14歳で軍服工場で働くと騙され、中国広東の慰安所に連れて行かれました。当時11歳だった吉元玉ハルモニもハルピンの慰安所に連れて行かれました。待っていたのは暴力と性奴隷としての日々でした。幼くして親と引き裂かれ、異国の地で身体も心も破壊しつくすほどに凄惨な地獄を味わったハルモニたちにとって、その後の人生もまたどれほど過酷なものだったか!日本軍「慰安婦」だったと名のり出て、そのいまわしい過去を日本にまで来て証言されるのには理由があります。兵士の性処理の道具として扱われ、戦後は忘れ去られようとした自らの尊厳を取り戻すこと、そして、語ることで歴史の事実を記録し、次の世代に同じことを決して繰り返させまいとする意志です。平和や女性の権利のために声をあげてきたハルモニたちですが、決して心の傷が癒えたわけではありません。今回の橋下市長発言は、過去の記憶に苦しみ続ける被害者に二次被害を与え、その後も声高に繰り返される発言の正当化はすべての性暴力被害者を侮辱し、苦しめています。

5月21日に国連の社会権規約委員会は日本政府に対し、「慰安婦」被害者を貶めるような発言をやめるよう勧告を出しました。「在日特権を許さない市民の会」など、排外主義グループのヘイトスピーチに対する日本政府の対応を求めるものでした。橋下市長、この間のあなたの発言はまさにこのヘイトスピーチであり、あなた自身が国際機関から勧告を受けていると自覚すべきです。5月21・22日の拷問禁止委員会での日本に対する審査でも、「慰安婦」問題は指摘されています。今や 日本各地、世界各国から止むことなく非難と抗議が続き、発言を「問題」とする世論が75%に達する中、橋下市長は責任をとるどころか、発言の正当化を試み、生き残りに躍起になっています。言ったことを言っていないと言い、責任をメディアや市民に転嫁して、「大誤報」「日本人の読解力不足」とまで言う一方、テレビに生出演して「どこの国でもやっていた」「日本だけを批判するのはアンフェアだ」と持論を展開しています。それらの発言が再び被害者の心を深く傷つけていることに全く気付かないのです。大阪市長としての発言であり、大阪市民に対しても大きな責任があるはずなのに、市民に謝罪の言葉はなく、維新の会で「迷惑をかけた」と陳謝する一方、発言の撤回はしないと公言しています。

私たちは、先日提出した抗議文にも書いたように、発言の撤回と謝罪を求めているのであり、被害者を政治的に利用することも絶対に容認できません。来日中の被害者は「経験した本人がいるのに、どうして証拠がないと言えるのか」「「妄言で過去の歴史は変えられない」と橋下市長の一連の発言を批判しています。橋下市長はいまや政治家としても人間としても傲慢で卑劣な本性をむき出しにし、生き残りをかけて被害者との面談を利用して名誉挽回をはかろうとしています。しかし、ハルモニたちがあなたと面談して、あなたの演出するステージに付き合わされることはあり得ません。ハルモニたちが面談を拒否される責任は、橋下市長あなたにあるのです。

あなたに残された道は辞任しかありません。一刻も早く、これまでの発言について撤回し、謝罪し、そして辞任してください。

2013年5月24日
 日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワーク
 http://geocities.yahoo.co.jp/gl/ianfu_kansai_net

 ハルモニ(元慰安婦の方々)が橋下との会見を拒否したのは、「24日の面談で橋下市長は、謝罪パフォーマンスを企て、その上ひざまずいて謝るという一過性のマスコミ操作を準備している」(当該ネットワークのブログ記事)との情報を得たからだ。本音では今でも「慰安婦は只の売春婦で必要悪」と思っていて、だから米軍司令官に風俗利用も勧めたのであろうくせに、偽りの謝罪パフォーマンスで切り抜ける為に、当のハルモニまでダシにするとは!私は、橋下には大阪市長辞職勧告すら甘いと思う。もはや「人間辞めろ」と言うしかないだろう。
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吉見教授の橋下への反論 慰安婦の強制性についての講演録2

2013年05月26日 20時07分00秒 | 反ハシズム・弱い者虐め
(→第1部からの続き)
Ⅲ. 強制使役について。軍「慰安婦」制度は性奴隷制度であり、そこでの使役は自由意思とはいえない。

 もうひとつの問題は、強制使役だと思います。女性たちがどんな形で連れて来られたにしても、たとえば豪華客船に乗せられて、陸上に上がっては高級車のメルセデス・ベンツに乗せられて連れてこられたとしても、慰安所で強制されれば、それはもう強制使役という他ないわけです。強制使役の問題が一番重要な問題ですが、橋下さんはそのことについて何もいっていないんです。
 軍「慰安婦」制度は性奴隷制度だったということはあとで申しあげますが、もしそうであるとすれば、そのような制度のもとで兵隊の性の相手をさせられる女性たちは、自由意思でやっているとはいえないわけです。
 この点について河野談話は「慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった」とのべています。この認定はごくまともなものです。
 この点については、被害者の証言がそうであり、また実際に慰安所に通った、すべてとはいいませんが、かなりの軍人・軍属たちが慰安所の凄まじい状況を見てたじろいでいるように、被害者の証言と一致する。このような証言はたくさん出てきています。『戦争責任研究』でも載せていますし、岩波新書の僕の本でも紹介している。これだけでアウト、といえますが、先ほど申しましたように、誘拐とか人身売買という犯罪により連れて来られたことが分かっても犯人を逮捕せず、被害者を解放しなかったという点でもアウトです。
 次の表は、軍「慰安婦」制度と、日本国内にあった公娼制度とを比較したものです。結論からいうと、公娼制度も軍「慰安婦」制度もともに性奴隷制度であるわけですが、若干の形態上の相違がある。

公娼制度
 居住の自由  なし。
 外出の自由  なかった。1933年からは認めるよう内務省が指導。
 自由廃業   法律上の規定はあった。しかし、実現することは極めて困難だった。
 拒否する自由  建前は自由意志ということになっていたが、拒否することは困難だった。
軍「慰安婦」制度
 (前述の自由についてはいずれも)なし、若しくは殆ど不可能。

 (注:上述の)表を見てみますと公娼制度と軍「慰安婦」制度では、ともに女性たちに居住の自由がない。ある決められた、管理・統制された一角、あるいはその住居に住まなければならないということで共通しています。
 外出の自由があったのかどうかということですが、公娼制度では、女性たちは「籠の鳥」といわれ、外出の自由が認められていなかった。しかし、1933年から内務省は許可制であれば、外出の自由はないということになるので外出の自由を認めるように、という指導をしています。なぜ、そういう指導をせざるをえないかというと、外国からの批判で、公娼制度は性奴隷制度ではないかという批判を受けるわけですね、その理由のひとつが自由に外出できない、許可制であるということです。その批判をかわすためにそういう指導をするわけです。
 公娼制で実際に自由に外出が保障されるようになったかどうかということは別ですけれど、軍「慰安婦」制度では外出の自由をそもそも認めていないということが重要です。【資料6】の軍が作った軍慰安所規定を見ますと、外出の自由を認めないという規定がいくつか出て来ている。
 たとえば中国の常州に駐屯していた独立攻城重砲兵第二大隊が作った「常州駐屯間内務規定」では、「営業者ハ特ニ許シタル場所以外ニ外出スルヲ禁ス」といっています。「営業者」とは「慰安婦」のことです。ある一定の許可した場所以外に外出を禁ずるということは外出の自由がなかったことになります。
 その次は、比島軍政監部ビサヤ支部イロイロ出張所の規定、パナイ島イロイロ市にあった陸軍の慰安所の規定ですが、ここでも許可なく「慰安婦」の連れ出しを禁ずとか、「慰安婦」の散歩は午前8時から10時まで、その他にあってはイロイロ出張所長の許可をうくべし、と書かれています。許可制ですので外出の自由はなかったということになります。それから散歩区域については、図に「亜細亜会館」というのがありますが、これが慰安所です。「第一慰安所」も慰安所ですが、公園を囲む1ブロック区画以内が散歩区域で、この外には出てはいけないようになっていますので、外出の自由はなかったといわざるをえない。
 次に、自由廃業とは何か、ということですが、公娼制度では、それが性奴隷制度ではないというために、自由廃業の規定を内務省が作っていた。自由廃業というのは遊郭の中で売春をさせられている女性が辞めようと思えば、すぐに辞められるという権利を認めるということです。
 ただし、これは実際には機能しない。機能しないのはなぜかというと、自由廃業の規定があることを遊郭に入れられている女性たちはそもそも知らない。仮に知ったとしても、これは警察に届けないといけないんですが、業者が妨害して警察に届け出られないという事情があります。運良く警察に届け出たとしても業者は必ず裁判を起こします。女性には借金があるのだから、借金を返せというわけです。裁判を起こすと、売春で借金を返すという契約は公序良俗に違反しているので無効だけれども、借りた借金は返さなければいけないという判決が必ず出るのです。そうすると借金を返せない女性は、自由廃業の規定があっても、そのまま遊郭に拘束されてしまう。
 売春で借金を返すという契約は全体として無効だ、とする判決が出るのは戦争が終わって10年後の1955年までかかります。1955年に初めて最高裁でそういう判決が出る。つまり売春によって借金を返すという契約は無効だから契約を全体として破棄する、女性たちは借金を返さなくてもいいという判決が初めて出るんですね。それまでは自由廃業規定があるけれども、これはほとんど機能していない。したがって公娼制度は、事実上の性奴隷制度だといわざるをえない。
 これに対して軍「慰安婦」制度はどうであったかというと、自由廃業の規定はそもそもないわけですね。始めから、はなから、無視されていることになります。
 次に拒否する自由があったのかということですが、公娼制度では建前では自由意思となっていますが、借金を返さなければいけないので、拒否することは困難だったと思います。軍「慰安婦」制度の下では拒否はほとんど不可能だったと思います。拒否すれば業者から殴られるか、軍人から殴られるのが関の山ということになります。
 こういうふうに見てきますと、公娼制度も軍「慰安婦」制度も共に性奴隷制度であった。違いがあるとすれば、公娼制度は、市民法下の制度なので一応性奴隷制度ではないような外見を伴っているけれども、実質は性奴隷制度であった。軍「慰安婦」制度は軍法下の性奴隷制、文字通りむき出しの性奴隷制度であったといわざるをえない。したがって、そのような制度のもとで使役される女性たちは強制使役されたといわざるをえないのです。

Ⅳ.軍「慰安婦」制度を創設し、監督・統制し、維持し、拡大した主役は日本軍だった。業者は手足として使われた。

 次に、軍慰安所について、軍は、公安委員会が風俗営業を管理するのと同じような「公的な管理」しかしていなかったと橋下さんがいっている議論について検討しましょう。
 両者には、明らかに大きな違いがあります。それは「慰安婦」制度を作ったのは軍ですし、それを監督・統制したのも、維持したのも、拡大していったのも主役は軍だったからです。これは公文書主義の立場から見ても、そのことを示す公文書は非常にたくさん出ていますので、否定することは不可能だと思います。

 まず、慰安所設置は軍の命令(指示)によります。それを示す公文書があるのです。正確にいうと参謀部が指示する場合が多いので、軍の用語では「指示」というんですが、命令であることは間違いない。軍が慰安所を作ることを決定して、はじめて設置されます。
 女性たちの移送は、船を用いる場合は軍用船を用います。それから軍のトラックなどで移送することになります。建物は軍が現地で調達します。内部の改装も軍がやっています。それから慰安所の規定は軍が作っています。料金も軍が決めています。利用日の割り当ても軍が設定しています。業者に運営させる場合も、軍が監督・統制をしています。利用するのは軍人・軍属に限定をされています。食料・衣服・日用品などは軍から提供されています。無償で提供される場合もあります。軍医による定期的な性病検査も行われています。
 公安委員会が管理する風俗営業は、政府とか自治体が作ったものではないはずです。それから公務員専用ではない。軍人・軍属は軍と特別な契約関係にある人たちですので、今風にいえば公務員ということになるでしょう。国家が公務員専用のそういう施設を作るというのは、極めて異常なことではないでしょうか。分かりやすい例でいうと、文科省が小・中学校の先生のために専用の慰安所を作れば一大スキャンダルですね。そういうことが平然と行われていたというところに、この問題の本質があるのではないか。
 いずれにしても、軍「慰安婦」制度を作った主役は日本軍であるということは軍の公文書から否定できないようになっている。したがって、「公的な管理」に関する橋下説はまったく成り立たないということになります。

 次に若干補足をしますと、これらの「慰安施設」はどういう性格のものなのかということなのですが、京都大学の永井和教授は、それは軍の後方施設、兵站付属施設として作られたもので、設置の法的根拠としては「野戦酒保規定」の改正で対応したんだと述べておられます(永井和『日中戦争から世界戦争へ』思文閣出版、2007年、第5章・附論)。
 【資料7】を見ていただきたいのですが、1937年9月29日に「野戦酒保規定」が改正されて、第一条の傍線を引いた部分が追加されたわけですね。野戦酒保というのは、戦地にいる軍人・軍属のために飲食物とか日用品を提供する施設です。「野戦酒保ニ於テ前項ノ外必要ナル慰安施設ヲナスコトヲ得」という規定が追加され、必要なる「慰安施設」として慰安所を作るわけです。軍といえども国家の機関ですので、法的な根拠がなくては慰安所は作れない。その法的な根拠をどうしたのか、「野戦酒保規定」改正で対応したのではないかというのが永井さんの説です。説得力のある議論だと思うんですが、軍というのは国家の官僚制組織ですので、法律に基づいて作らないといけない。その根拠はこういうところにあると思うんです。

 次に、なぜ日本軍は「慰安婦」制度を必要としたのかという設置の動機から、軍が監督・統制に踏み込んでいく理由を検討してみたいと思います。公文書に現れている、日本軍が「慰安所」を作る理由は、つぎの四つです。ひとつは、戦地で日本軍人が住民をレイプするので、そのレイプを防止するために作るんだという動機です。これは軍の施設として作る必要があるという発想になります。こういう話をすると、それは良かったんじゃないかという人が出てきて困るんですが、これは実際には失敗したということを強調しておきたいと思います。軍「慰安婦」制度を作ったにもかかわらず、日本軍人による戦地での強かん事件はいっこうになくならない。慰安所で性暴力を公認しておいて、強かん防止に役立てようということがそもそも無理であったということになると思います。
 もうひとつは、性病蔓延防止という理由です。これは日本軍の将兵が戦地にある売春宿に通うと、そこは衛生状態が悪くて性病が蔓延しているので、そこに通うことを禁止して、軍が完全に管理できる慰安所を作ろうという、こういう発想です。外部との接触を絶って、慰安所を軍の中に抱えこめば性病蔓延防止ができるというのが軍医たちの発想だったようなんですが、これも失敗してしまいます。
 戦地で性病に新規感染した人数は、軍中央が把握した数によれば、1942年に1万1983人、1943年に1万2557人、1944年に1万2587人と、少しずつ増えていっている。後になるにつれて動員兵力は増えますので、比率としては減っているかもしれませんが、新規感染者の絶対数は増えている、ということになります。
 もうひとつの問題は、戦場で性病に感染するというのは非常に不名誉なことなので、みんな隠すわけですね、自分で治療しようとしますのでその実数はなかなか把握できないことになります。実際はこれよりはるかに多かったと思いますが、軍「慰安婦」制度を作って性病蔓延防止をしようとしても失敗してしまうということになります。軍人の中にすでに性病に感染している人が非常にたくさんいますので、それが慰安所を介して拡大していくことになります。
 強かん防止、性病蔓延防止にも役立たない慰安所がなぜ増えていくのでしょうか。戦場で劣悪な状況に置かれている兵士たちの不満を解消するために「慰安」の提供が必要だというのが最大の動機ではないかと思います。戦前の日本社会で「慰安」として最初に思いつくのは酒、それから女を提供すればいいという安易な、人権無視の発想の中で作れられていくわけです。
 それから第4の理由として「防諜」というのがあります。スパイ防止ということです。これは、日本軍の軍人が戦地の民間の売春宿に通ってその女性たちとネンゴロになる可能性がある。もしそこにスパイが入っていると軍機が筒抜けになる。そこで、軍人が戦地・占領地にある民間の売春宿に通うことを禁止して、その代わりにスパイが入り込まないような、完全に軍の監督・統制下におかれた慰安所を作ろうとするのです。これが、日本軍が「慰安婦」制度をつくり、軍の中に抱えこんでいく、もうひとつの理由になっていたと思います。
 したがってこれは、公安委員会が管理している風俗営業というのとはまったく性格を異にしていて、軍の責任は非常に大きいといわざるをえないような性格のものであると思います。

Ⅴ.強制の定義について。

 次に、強制の定義について検討したいと思います。日本政府の定義は、河野談話が述べているように、本人の意思に反して行われたこと、というのが強制の定義です。これについて、橋下さんはこれでは広すぎるといっているんですね。本人が不本意に感じているとか、自分の意思で行ったけれども不本意であったというケースもこの定義の中に入るではないか、と。
 橋下さんはこういうふうにいって、強制というのは、暴行、脅迫を用いて連れてこられた場合、略取の場合に限定しようとする。誘拐のケースや人身売買のケースは除外する。しかも、軍・官憲が直接それをやらない場合は免責しようとするわけです。
 しかしながら【資料8】を見ていただきたいんですが、これは北朝鮮による拉致被害者について警察庁が認定した、あるケースです。田中実さんという人ですけれども、田中実さんは拉致された、と警察庁は認定している。その認定の仕方を見てみますと、「事案の概要」で、神戸市内の飲食店に出入りしていた被害者が、昭和53年6月、北朝鮮から指示を受けた同店の店主である在日朝鮮人による甘言により海外に連れ出されたあと、北朝鮮に送り込まれたもの、とされています。これは官憲が行ったというケースではないですね。それから甘言により連れて行く場合も拉致だといっています。これは海外移送目的誘拐罪になる。
 次に拉致であるとの判断に至った理由ですけれども、「警察において、拉致容疑事案としているものは、そのいずれも、北朝鮮の国家的意思が推認される形で、本人の意思に反して北朝鮮に連れて行かれたものと考えている」とされています。強制というのは「本人の意思に反して」連れて行かれるケースだということで、河野談話と同じ定義を用いているわけですね。橋下さんは、これは強制ではないとおっしゃるのでしょうか。
 もうひとついいますと、認定の根拠として、「同人が甘言に乗せられて北朝鮮に送り込まれたことを強く示唆する供述証拠等を新たに入手」して拉致と認定している。文書からではなく供述証拠等から認定しているという点も重要です。
 このように、本人の意思に反して行われた行為を強制と定義するのはあたりまえのことであって、橋下さんは非常におかしい文句をいっているといわざるをえないと思います。

Ⅵ.証言と文書・記録の信憑性について。

 次に、証言の信憑性の問題を、文書・記録のそれと比較してどのように考えるのかということについて述べてみたいと思います。まず、自国の公文書を中心に考えるのは非常におかしなことだと思います。北朝鮮の拉致問題との比較でいいますと、田中さんのケースを拉致と認定したのは北朝鮮の公文書によってではないですよね。供述等によって認定していますので、当該国の公文書がないからというのは、重要な問題ではないということになります。

 次は、文書・記録と語りは証拠として重さが違うのかという問題を考えてみたいと思います。裁判においては、文書記録は書証、語りは供述・証言ということになります。裁判において書証だけで、事実を認定するというのは難しい場合が少なくないので、尋問を行うことになります。裁判では必ず反対尋問が行われます。そして、反対尋問で崩されたものは証拠にならないのですが、反対尋問に耐えたものは、あるいはその部分は証拠になっていきます。歴史学では反対尋問に相当するのが史料批判です。これは文書・記録についても行いますし、語りについても行います。さまざまな点から史料批判をして、史料批判に耐えたものが、あるいはその部分が事実として用いられ、史料批判をへた諸史料を構成して歴史的な事実を明らかにするということになりますので、どちらが重いというものではないのです。
 被害女性の証言についても、裁判でいうと反対尋問、歴史学でいうと史料批判に耐えたものが証拠、歴史像を構成する根拠になっていくということになります。
 どこまでいけば、客観性が保障されるのかということになりますが、ドイツ史の西川正雄さんは、その事柄について、反証不可能性ということが非常に大事だという趣旨のことをいっておられます(『歴史学の醍醐味』日本経済評論社・2010年)。そのような反対尋問、あるいは史料批判を重ねた上で残ったものが、反証をくつがえせれば客観性が保障されることになる。そういう意味で、どっちがどっちということではなくて、両方を吟味していく中から事実が確定されていくということになるのではないかと思います。

 最後に、兵士の語りと「慰安婦」の語りで、重要なことのひとつは、痛覚があるかどうかではないか、ということを述べてみたいと思います。
 【資料9】は、中国の湖北省のある村で中国人の女性たちが「慰安婦」としてかり出され時に、女性たちの性病検査をした山口時男という軍医さんの日記です。1940年8月11日のことです。僕は大学の講義でもこれを何度も紹介しているのですけれども、山口さんは性病検査をやらざるを得なくなったときに、このように感じています。
さて、局部の内診となると、ますます恥ずかしがって、〔女性たちは〕なかなか褲子(クーツ)(ズボン)をぬがない。通訳と〔治安〕維持会長が怒鳴りつけてやっとぬがせる。寝台に仰臥位にして触診すると、夢中になって手をひっ掻く。見ると泣いている。部屋を出てからもしばらく泣いていたそうである。
次の姑娘〔クーニャン〕も同様で、こっちも泣きたいくらいである。みんなもこんな恥ずかしいことは初めての体験であろうし、なにしろ目的が目的なのだから、屈辱感を覚えるのは当然のことであろう。保長や維持会長たちから村の治安のためと懇々と説得され、泣く泣くきたのであろうか?
なかにはお金を儲けることができると言われ、応募したものもいるかも知れないが、戦に敗れると惨めなものである。検診している自分も楽しくてやっているのではない。こういう仕事は自分には向かないし、人間性を蹂躙しているという意識が、念頭から離れない。
 ちょっと読むのがつらい文章ですが、山口時男軍医は、無理やりかり出されて慰安所に入れられる女性の性病検査をしている時に、これは人間性を蹂躙している、と強く感じている。非常にヒューマンな感覚を持っている日本軍人だと思います。こういう感覚はまともであって、この日記は信じられるのではないかと僕は思います。こういう記録もあるということです。

 次に、【資料10】は、台湾に連れて行かれた李容洙さんの証言です。彼女は誘拐されて台湾に連れて行かれるわけですけれども、自分の体験をこのように正確に述べています。1944年、満16歳の時に、非常に貧しい生活をして暮らしていたのですが、ある日、友だちの家に遊びに行くと、その友だちのおかあさんが、
 お前は履物ひとつ満足に履けなくてなんというざまだ。いいかい、お前もうちのプンスンと一緒にあのなんとかいうところに行くといいよ。そこに行けばなんでもあるらしいから。ご飯もおなか一杯食べられるし、お前の家族の面倒もみてくれるって話だよ。
と、いわれた。そこで、誘われて行ってみると、日本人の男の人が立っていた。
 その人は私に服の包みを渡しながら、中にワンピースと革靴が入っていると言いました。包みをそうっと開けてみると、本当に赤いワンピースと革靴が入っていました。それをもらって、幼心にどんなに嬉しかったかわかりません。もう他のことは考えもしないで、即座について行くことにしました。
といっています。赤いワンピースと革靴を見せられて、誘拐されてしまう李容洙さんの心情はなんとも切なく、リアルだと思います。また、こういう形で、朝鮮人の若い少女を誘拐で連れて行くということが、1944年においても行われていたことが分かるのです。ほかの証言等々と照らし合わせても、これが事実ではないと反証するのは難しいのではないかと思います。

Ⅶ.責任問題と解決について。

 最後に責任問題についてひと言ふれて終わりにしたいと思います。国家の責任というのがやはり非常に大きい。軍というのは国家の中枢ですので、軍の犯した責任は国家の責任であることは否定できないですね。

 もう一つの問題は、慰安所に通った兵士の責任はどのように問われるのかということですが、性の商品化の中で、慰安所に通うことがごく当たり前の状況として受け入れられ、それに慣らされていく。それは、軍が普通の兵士を非常に惨めな状況に追い込んでいくことになったのではないか、と僕は思っています。
 【資料11】をご覧いただきたいと思います。これは迫四会大隊史編纂委員会編『迫撃第四大隊史』(迫四会本部事務局・1,985年)という兵士たちの日記を収録した貴重な記録の中に出てくる、ある一人の兵士の日記を分析した、僕の文章です。Bというのは『迫撃第四大隊史』では実名で書いてありますが、本人の名誉を考えて、記号にしてあります。Bさんの日記を見ると、中国の揚州に軍慰安所が開設されるのが1938年2月ですが、中隊に事故が多いため、酒・賭博が禁止され、徴発品が回収されるという状況が生まれています。
 三月五日には、〔上官〕の曹長から枕絵(春画)はないかと質問され、〔このBさんは〕憤慨している。二一日には、外出にあたって准尉から、「淫売」を買うな、大酒を飲むな、服装を正しく、徴発物品を売買するな、という注意を受けている。このような禁止と注意を繰返さなければならないほど乱れた情況の中で、彼は欲望を煽られ、軍慰安所通いを続け、班内では「妣(ピー)〔ここでは「慰安婦」のこと〕の話などをして夜を更かす」ようになり、そのような自分を「愚かな愚かな私」と自嘲するようになる。
 このように、日本軍は、軍慰安所をつくり、兵士の性欲を肥大化させることによって、兵士たちを惨めな情況に追い込んでいったのである。
と、いうのが僕のひとつの結論というか、気づいたことです。

 最後に、問題を解決するためにどうしたらいいのかということですが、2007年12月13日に出された欧州議会の決議が、非常によく出来ているのではないでしょうか。欧州議会は次の①から⑤のような趣旨の勧告を日本政府に対して行っています。

① あいまいさのない明確な認知と謝罪を行うこと

 河野談話は、日本軍の責任をほぼ認めていると思います。問題があるとすれば、このような問題を起こした主役が誰だったのかということをあいまいにしている点でしょう。業者に責任があるのか、軍に責任があるのか、主役はどっちだったのかということは、現在の史料状況ではもはや明白だと思うのですが、「あいまいさのない明確な認知」という点では、はっきりさせることが必要だと思います。
 それから、さきほど引用しましたように、河野談話で「慰安所における生活は、強制的な状況のもとでの痛ましいものであった」とされています。これでほぼ十分だといえるかも知れませんが、性奴隷制度であったということに踏み込むべきではないかと思います。
 つづいて、欧州議会の決議は

② 補償を行うための効果的な行政機構を整備すること
③ 裁判所が賠償命令を下すための障害を除去する法的措置を講ずること

を要請しています。それから、4番目も非常に大事だと思うんですが、次のことが必要だといっています。

④ 事実を歪曲する言動に対して公式に否定すること

 河野談話で認めたことに反するような、否定的な発言があちこちで出ているわけです。橋下さんもそれをいっているわけですが、そのような発言に対して日本政府は「それは事実と違う」と公的に否定しなければ、きちんと責任を認めたということにならないのではないか。残念ながら日本政府は一度もそういう否定的な発言を、公式に否定するということはやっていない。
 それから、5番目の

⑤ 史実を日本の現在と未来の世代に教育すること

という欧州議会の勧告は重要ですが、実は河野談話はこれとほぼ同様の事柄を認め、「われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する」と、対内的にも、対外的にも約束しているわけですね。これは非常に重要なことですが、実際には守られていない。逆に、中学校の歴史教科書から「慰安婦」の記述が全部なくなってしまうという、河野談話が約束していることとは反対のことが進行しているわけです。

 問題を解決するということは、勧告に書かれているようなことが、きちんと実現しているような状態になることでしょう。その目標からいくと、まだ遠い状況にあるといわざるをえないのですが、そういう状況は、事実を解明し、訴えていけば、いつか変わっていくのではないか。日本が、東アジア世界で生きていくためには、そういう認識が変わらなければやっていけないと思います。今は非常に悲観的な状況ですけれども、将来的にはそれが克服されていくようになるべきだし、そうならなければ、日本の未来はないと思います。
 ご清聴ありがとうございました。
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吉見教授の橋下への反論 慰安婦の強制性についての講演録1

2013年05月26日 19時42分26秒 | 反ハシズム・弱い者虐め
「従軍慰安婦」をめぐる30のウソと真実
クリエーター情報なし
大月書店


 標記の講演録が「慰安婦問題関西ネットワーク」HPに掲載されています。非常に長文ではありますが、慰安婦問題に関する重要な資料だと思いますので、このブログにも後学の為に転載させて貰います。以下、2012年10月23日に大阪で行われた吉見義明・中大教授による講演録からの抜粋です。長文なので二部構成の記事にしましたが、それでも各々一万字以上もの分量になりますので、講演録本文のみの転載に止め添付資料や参考文献については割愛させて貰います。それらはリンク先の原文で参照して下さい。(以下転載)

緊急講演会
橋下市長に反論! 吉見義明さん語る~「強制連行」はあった 日本軍「慰安婦」問題の本質は強制連行と強制使役

はじめに

 中央大学の吉見です。今日は集会にお集まりいただきまして、ありがとうございます。
 午前中に橋下市長宛に抗議の申し入れをしました。明白な事実誤認であって、私の人格を否定し、名誉を毀損するものですから、この発言を撤回し、謝罪することを要求しますという内容です。(参考注:吉見教授の抗議の発端となった橋下の記者会見動画
 今日、これを申し入れまして、橋下さんの方からどういう反応があるのか、あるいはないのかということを見つめていきたいと思いますが、撤回されるまで僕は追及し続けるつもりでおります。(拍手)

 今日は、強制連行があったかどうかというよりも、強制連行と強制使役、両方が日本軍「慰安婦」問題の本質ですので、それをお話ししてみたいと思っています。
 橋下さんの発言の内容を見てみますと、四つぐらいで構成されているように思います。

 ひとつは強制を、①軍・官憲による、②暴行・脅迫を用いた連行があったかどうかと、非常に狭く限定しているわけですね。①②の二つが重なっていないと強制連行ではないということですが、非常におかしな議論ですね。橋下さんはご自分の会見で、鳥のように視野を広くして見なければいけないといっておられますが、最初から小さく見ていると思います。その記者会見の映像を見ていますと、繰り返し同じ言葉が出ますね。「証拠がなかった」「証拠がなかった」「証拠がなかった」と、もうひとつは、官憲による暴行・脅迫を用いた連行があったかどうかという言葉が何度も出てきています。同じ言葉の繰り返しであるという点が大きな特徴だと思います。

 それから2番目に、軍慰安所の経営での軍の責任を否定しようとする。公安委員会が風俗営業を管理するのと同様の構造だという。どう見てもこれは成り立たないですね。軍が主役であるということは、公文書でだけでも、もう十分に立証できるようになってきているのです。これは後で述べます。

 3番目ですが、強制の定義自体を極小化しようとするわけですね。1993年の河野洋平内閣官房長官談話では、本人の意思に反して行われたことを強制だといっている。それから、後でも触れますが、北朝鮮による、いわゆる拉致問題の時に、警察庁の強制の定義も、本人の意思に反して行われたものが強制だといっているわけですね。橋下さんは北朝鮮による騙しや甘言による誘拐は強制ではないといわれるのでしょうか。河野談話の定義は、広すぎるのではなく、ごく当たり前のことではないでしょうか。それを否定しようとしているのはあまりに無理があると思います。

 それから4番目に、証拠がなかったといっていますけれども、それはどうも、日本の公文書に書いてあるかどうかということを問題にしているようにも受け取れます。証拠は、被害者の証言、加害者側の証言・記録、それから内外の公文書と、それらを通して問題にしなければいけないわけですが、証拠を日本の公文書に限定しようとしているような気がします。問題を起こしたのは日本軍ですので、「強制せよ」とか、「強制した」と、公文書に書かれるという可能性はそもそもないわけです。強盗犯を捕まえて、強盗自身が、自分が強盗をやったと書いてないので無罪だと判定するのはいかにも乱暴な議論ですが、それに類したような議論になっているのではないでしょうか。

Ⅰ.軍・官憲による暴行・脅迫を用いた連行は数多くあった。

 証拠がないとおっしゃっていますので、順番に証拠を並べてみたいと思うんですが、まず、軍・官憲による、暴行・脅迫を用いた連行があったかどうか。暴行・脅迫を用いた連行は刑法では「略取」といいますが、軍・官憲による略取があったかどうか。中国・東南アジアでは、数多く確認されています。

 たとえば、インドネシアでは、スマラン慰安所事件というのが起きました。これは現地の日本軍部隊がインドネシアのスマランというところで、抑留所に収容されているオランダ人女性たちを無理矢理連行して来て、軍慰安所に入れて使役したというものです。すくなくとも24名の少女を連行して使役をしています。これは河野談話が発表される前年の1992年に、『朝日新聞』が大きく報道しています(7月21日夕刊・8月30日)。ですから、河野談話は、こういう事件があったということを前提にして書かれていると僕は思うんですが、そのことが無視されているということになります。
 2008年に梶村太一郎さんたちが『「慰安婦」強制連行』という本を出されました(株式会社金曜日)。この中にスマラン事件とともに、マゲラン事件、スマラン・フロレス島事件を含めて、被害者の供述が翻訳されています。有力な証拠になると思うんですが、そういうものがあるということです。
 次に、1994年にオランダ政府は、日本軍「慰安婦」問題でのオランダ人の被害をまとめた報告書を出しています。これは翻訳されて、日本の戦争責任資料センターが出している『戦争責任研究』(4号・1994年6月)に載っているんですが、梶村さんたちの本にも翻訳されて載っています。これを見ますと、実に様々な事柄が書かれているのですが、これもオランダ政府の公文書です。そのもとになっているのは、オランダ政府が持っている文書で、それをもとにして述べているわけです。その中の7件については、僕の『日本軍「慰安婦」制度とは何か』(岩波ブックレット・2010年)の中に要約して書いていますので、それをご覧になっていただければわかります。さらに詳細は、梶村さんたちの本に全文が翻訳されていますので、ぜひ皆さんに読んでいただければと思います。
 その一端をちょっと紹介してみますと、スマラン慰安所事件の他に、マゲラン事件というのがあります。これは1944年1月に抑留所に入れられているオランダ人女性たちを日本軍と警察が選別をして、反対する抑留所住民の反対を抑圧して連行したというものです。その一部は送り帰されて、代わりに「志願者」が送られていますけれども、帰されなかった残りの13名はマゲランに連行されて、売春を強制されたと書かれています。これがマゲラン事件です。
 それから2番目のスマラン・フロレス島事件というのは、1944年4月に、抑留所に入れられているのではない女性たち、町にいる女性たちを憲兵と警察が数百人検束して、慰安所で選定を行って、20名の女性をスラバヤに移送したというケースです。そのうち17名がフロレス島の軍慰安所に移送されて売春を強制されたと記されています。
 スマラン・フロレス島事件の供述調書は梶村さんたちの本に載っていますけれども、それを見てみますと、たとえばこんなケースがあります。フロレス島に送られたある女性は、慰安所で午前中、兵隊だけ20人、午後は下級将校2人、それから夜は将校1人を相手にしなければならないというのがノルマでした、といっています。夜の1人の客が短時間で帰った場合には別の客の相手をさせられたともいっています。
 それから別の女性は、毎週少なくとも100枚の切符を渡さないと殴られた。100枚というのは軍人がやってきて、一人ひとりが1枚づつ切符をその女性に渡すわけですね。1週間に100枚というのがノルマになっている。それを達成しないと殴られたと書かれていますので、フロレス島の慰安所に入れられた女性たちがいかにひどい目に遭ったかということがわかります。
 そのほか、シトボンド、ボンドウオソ、マランで、ソロとパダンというところは未遂だったようですが、同様のケースが起こっているのです。
 オランダ政府の報告書は、自分のところで持っている資料に基づいて、主としてオランダ人、白人の被害者を中心に記述をしているんですが、軍・官憲による略取だけでも、これだけのものがあります。インドネシア人女性の被害についてはあまり注意が払われていないんですが、その数はもっと大きなものになると思われます。

 次に中国ですけれども、中国の山西省のケースでは3件が被害者により提訴され、裁判になりました。それから海南島のケースも裁判になっております。裁判の結果、被害者の請求は棄却されましたけれども、日本の裁判所はいずれも事実認定をしています。その事実認定はこの4件すべて、女性たちが軍によって暴力的に連行されて、強制的に使役されたということを認定しています(坪川宏子・大森典子『司法が認定した日本軍「慰安婦」』かもがわブックレット・2011年)。裁判の判決は証拠ではないんでしょうか。
 山西省のケースでは、石田米子さんと内田知行さんが『黄土の村の性暴力』(創土社・2004年)という本を刊行しておられます。これは実際に山西省の村に入って、被害者の女性、それから、その村に住んでいる被害者ではない村人の証言を詳細にとって、記録したものです。
 これが事実ではないと反証するのは無理だと思うんです。軍・官憲による略取、暴行・脅迫を用いた連行と使役があったということは否定できない段階に来ていると思います。

 次に、フィリピンでのケースは、裁判所は事実認定をしませんでしたけれども、実際に訴えた女性たちのほとんどは、軍によって暴力的に連行されて監禁・レイプされたというケースですね。藤目ゆきさんが、フィリピンで最初に名乗り出られたマリア・ロサ・ルナ・ヘンソンさんの聞き書きを行っていますが、ヘンソンさんのケースもそうです(『ある日本軍慰安婦の回想』岩波書店・1995年)。彼女は日本軍に対抗するゲリラに協力をしていたわけですけれども、軍に捕まって連行され、監禁されレイプされるというケースです。フィリピンでも数多くあった、いうことになります。

 インドネシアでも同様のケースが色々と起こっています。これは女性たちの証言だけではなくて、軍人側の証言もいくつか出ています。代表的なものを【資料1】として引用しておきましたので、見ていただきたいと思います。僕の『従軍慰安婦』(岩波新書)の中にもこの資料は引用していますが、アンボン島にいた、海軍の主計将校だった坂部康正さんという元将校の人が回想記の中でいっていることです。1945年3月以降に起こった出来事です。
 M参謀は……アンボンに東西南北四つのクラブ(慰安所)を設け、約一〇〇名の慰安婦を現地調達する案を出された。その案とは、マレー語で、「日本軍将兵と姦を通じたるものは厳罰に処する」という布告を各町村に張り出させ、密告を奨励し、その情報に基づいて現住民警察官を使って日本将兵とよい仲になっているものを探し出し、決められた建物に収容する。その中から美人で病気のないものを慰安婦としてそれぞれのクラブで働かせるという計画で、我々の様に原住民婦女子と恋仲になっている者には大恐慌で、この慰安婦狩りの間は夜歩きも出来なかった。
 坂部さんは「慰安婦狩り」が行われたといっておられます。
 日本の兵隊さんとチンタ(恋人)になるのは彼等も喜ぶが、不特定多数の兵隊さんと、強制収容された処で、いくら金や物がもらえるからと言って男をとらされるのは喜ぶ筈がない。クラブで泣き叫ぶインドネシヤの若い女性の声を私も何度か聞いて暗い気持になったものだ。
 これは海軍将校の側から、橋下さんが「ない」といった、軍・官憲による略取が「あった」と明白に述べているわけですね。
 このような回想はいくつか確認されています。日本の戦争責任資料センターでは国会図書館に所蔵されている部隊史や戦争体験記をチェックして、そのようなケースがあったという証言をいくつか見つけ出しております。略取以外のケースを含め、代表的なものを『戦争責任研究』の中に載せていますので、ご覧ください(5号・66号・67号・68号・70号・77号)。

 もうひとつは、暴行・脅迫を用いた連行ではなくて、だまして連れて行く、あるいは楽な仕事だといって、甘言を用いて連れていくケースを、法律用語で誘拐というんですけれども、軍・官憲による誘拐が行われたということを示す資料もいくつかあります。
 非常に有名なものは、極東国際軍事裁判(東京裁判)の判決に書かれています。中国の桂林で、軍は女性たちを工場で働くとだまして連れて行き、兵隊の性の相手を強要した、次のように認定しています。
 桂林を占領している間、日本軍は強姦と掠奪のようなあらゆる種類の残虐行為を犯した。工場を設立するという口実で、かれらは女工を募集した。こうして募集された婦女子に、日本軍隊のために醜業を強制した。(『極東国際軍事裁判速記録』10巻・雄松堂書店・1968年)
 インドネシアでは、元軍人や軍属などがそのような場面に直面したということを記している記録を資料センターは見つけているんですが、ひとつだけ紹介してみたいと思います。
 インドネシアのパレンバンという石油がとれるところがあって、そこに三菱石油の社員が派遣されていたのですが、1945年にバンカ島という島から若い女性たちを、誘拐と人身売買が絡んだ方法で、軍が連行したということを、この社員は回想しています。「軍では、昨年〔1944年〕あたりから慰安婦の数に不足をきたしてきた。日本から女性を連れてくるには船便が少なくなったので、現地で調達するようになった。軍はその事を当然のことと考えていたようだが、彼女達こそ、戦争がもたらした不幸な犠牲者であった。……女性を徴発する時は、米や金品を親達に与え、別の目的であるかのごとく偽って連れてきて、売春の用に供したものであった」と、この三菱石油の社員はいっています(田尻啓『石油に散った火焔樹の花――ある陸軍徴員の従軍記』菁柿堂・1993年)。
 この人は、慰安所が出来たというので見に行くのですが、その時のことをこう記しています。「初めのうちは物珍しさと好奇心で眺めていた田中も〔自分のことを田中というふうに回想しているんですが〕、バンカ島から連れて来られた殆どの女達が二十歳になるかならないかの生娘達であることに驚いた。彼女達が遣手婆さんにおどかされて、無理やり客を取らされ泣き叫ぶ有様は、まさに地獄絵に等しく、その日は、恐ろしく逃帰った」と。自分も遊びに行こうと思ったんだけれども、あまりのすさまじさに怖くなって逃げ帰ったという回想を残しているんです。

 以上を見ていきますと、橋下さんが「証拠がない」といった軍・官憲による暴行・脅迫を用いた連行は数多くあったと確認される段階に来ているということです。それは今確認されるというだけではなくて、「河野談話」が発表される前からすでに明らかになっているものもあるわけですね。オランダ政府報告書のもとになっているのは、オランダが行ったBC級戦犯裁判ですけれども、これは戦後すぐに行われている。それから東京裁判の判決は、軍による誘拐ですが、1948年に出された。そして、日本政府はサンフランシスコ平和条約で東京裁判とBC級戦犯裁判の判決を受諾しているわけですから、これは否定できない。そういうことを考えれば、河野談話の段階ですでに十分そういうものがあったということはいえたということになります。現在になりますと、ますますそうだということになる。

Ⅱ.朝鮮・台湾では、軍または総督府が業者を選定し、業者が誘拐や人身売買などにより連行した。これも強制連行。

 次に、朝鮮・台湾ではどうだったのか、みてみましょう。朝鮮・台湾では、軍または総督府が業者を選定して、業者が誘拐や人身売買によって連行するということが普通に行われていた。これも強制連行になります。なぜ強制といえるのかということですが、戦前の日本・朝鮮・台湾に施行されていた刑法第226条が非常に重要になります。刑法第226条には略取・誘拐・人身売買は犯罪だと書かれている。法律用語でわかりにくいですが、こう書かれています(【資料2】参照)。
帝国外に移送する目的を以て人を略取又は誘拐したる者は二年以上の有期懲役に処す
 日本・朝鮮・台湾から海外に人を移送する目的で、略取または誘拐した場合は2年以上の懲役に処するということです。略取というのは暴行または脅迫を用いて連れて行くことですね。誘拐というのはだまして、または甘言により連れて行くことです。たとえば看護婦さんのような仕事だとか、レストランのようなところで働くとかいうのはだましですし、非常に楽な仕事だということは甘言で、どちらも誘拐罪になります。
 226条はあとふたつの罪を規定しています。次の段落です。
 帝国外に移送する目的を以て人を売買し、又は被拐取者もしくは被買者を帝国外に移送したる者亦同じ
 人身売買により海外に連れて行くことも犯罪である。それから、略取または誘拐または人身売買された者を「帝国外」に移送した者も2年以上の有期懲役に処すると書かれています。人身売買罪も規定されているということですね。
 戦前の日本でも、戦後の日本においても、2005年までは人身売買は犯罪ではなかった。ただし、海外に連れて行く場合は、人身売買は犯罪だったのです。アメリカ国務省から日本は人身売買に非常に寛容な国だという報告書が出されて、慌てて刑法を改正したのが2005年になります。それまでは人身売買罪というのは国内についてはなく、人身売買に非常に甘い国であったわけですけれども、それでも海外(「帝国外」)に連れて行く場合は犯罪だとされていたのです。「慰安婦」にされた女性たちはほとんど海外に連れて行かれたので、ほとんどのケースがこれに該当するわけですね。したがって、橋下さんが問題にする略取だけでなく、誘拐・人身売買も強制連行、あるいは犯罪であるとはっきりいうべきでしょう。

 次に、民法および国際法の問題がありますが、国際法違反については、僕の『従軍慰安婦』に書いているので省略し、民法だけ申し上げます。
 戦前の日本においても、売春によって借金を返させるという契約は民法第90条がいう公序良俗に違反するとされていました。日本の公娼制度のもとでは、女性たちはほとんど人身売買により遊郭に拘束されていた。本当はそれは違法であったのですが、さまざまな抜け道があって、まかり通っていた。しかし、売春によって借金を返させるということは民法90条違反だったということは確認しておきたいと思います。
 朝鮮・台湾で女性たちを集めるときに、日本軍はどうしたかというと、軍・官憲が直接徴募するのではなくて、業者に行わせた。業者は誘拐とか人身売買を日常的に行っている、女衒といわれる人たちです。そういう人たちに任せると、略取・誘拐とか人身売買になることはわかっていたはずなんですが、軍の強い要請があるから警察は大目に見ていたと解釈せざるをえないわけです。
 どういう証拠があるのかということですが、被害者の証言以外のものを三つあげてみましょう。【資料3】はアメリカ軍の公文書です。これはアメリカ戦時情報局心理作戦班がつくった有名なものです。「日本人捕虜尋問報告」第49号で1944年10月1日に作られたものです。ビルマでアメリカ軍が20人の朝鮮人「慰安婦」を保護し、日本人業者2人を―これは夫婦ですが―捕獲します。この20人の朝鮮人「慰安婦」と業者からのヒアリングをまとめたものがこの資料です。
 一九四二年五月初旬、日本の周旋業者たちが、日本軍によって新たに征服された東南アジア諸地域における「慰安役務」に就く朝鮮人女性を徴集するため、朝鮮に到着した。この「役務」の性格は明示されなかったが、それは病院にいる負傷兵を見舞い、包帯を巻いてやり、そして一般的にいえば、将兵を喜ばせることにかかわる仕事であると考えられていた。
と書かれています。だまして連れて行くので、誘拐罪に該当します。次に、
 これらの周旋業者が用いる誘いのことばは、多額の金銭と、家族の負債を返済する好機、それに、楽な仕事と新天地―シンガポール―における新生活という将来性であった。
と書かれていますが、これは甘言にあたりますので、これも誘拐罪を構成します。次に
 このような偽りの説明を信じて、多くの女性が海外勤務に応募し、二、三百円の前渡し金を受け取った。
と書かれています。前渡し金を渡して女性たちを拘束して連れて行くので、人身売買でもあったということになります。米軍の資料によってもそのことが確認されるということですね。

 次に【資料4】を見てください。これは長沢健一さんという元軍医大尉が書いた『漢口慰安所』という有名な本です。今でも古本屋で簡単に見つけられるものです。長沢健一軍医は、女性が誘拐・人身売買されたと分かっていても軍は業者を逮捕せず、女性を解放しなかったという事実を自ら語っています。長いので全部読みませんが、日本から売春の前歴のない若い女性が漢口の慰安所に連れてこられる。彼女は次のように泣きながら抗議していた。
 私は慰安所というところで兵隊さんを慰めてあげるのだと聞いてきたのに、こんなところで、こんなことをさせられるとは知らなかった。帰りたい、帰らせてくれといい、またせき上げて泣く。
 慰安所で働くということは聞いているけれど、慰安所とは何かは聞かされていない。だまされて連れてこられたので、誘拐された女性ということになります。それから、あとのほうでは重い借金を負っていると書かれているので、人身売買でもあります。しかし、この女性が日本から誘拐され、人身売買により連れて来られているにも関わらず、軍はこの女性を解放せずにそのまま慰安所に入れるわけです。連れてきた業者はもちろん逮捕されていない。これは、こういうことが一般的に行われていた、ということを示すものではないでしょうか。
 刑法第226条の規定が全く無視されている。別のいい方をすると、それを無視することによって慰安所というものが成り立っていた、ということになるのではないでしょうか。

 もうひとつ、【資料5】を見てください。これは朝鮮人女性が誘拐されてビルマのラングーンの慰安所に連れてこられたという記録です。小俣行男さんという読売新聞記者、従軍記者が戦後に回想して本に書いたものです。
 ラングーンに朝鮮から4、50名の女性が上陸した。慰安所を開設したので、新聞記者たちには特別サービスをするから、というので大喜びで慰安所に行った。ところが実際に小俣さんの相手になった女性は23、4才の女性で、「公学校」で〔正確には一九四一年以降は初等学校は朝鮮でも国民学校とよばれていた〕先生をしていたという。学校の先生がどうしてこんなところに来たのかと聞くと、彼女はだまされて連れてこられたと語っている。その女性の話によると16、7の娘が8名いる、この商売が嫌だと泣いている、助かる方法はありませんかとこの読売新聞記者に相談する。何か助ける方法があるだろうかと考えた末に、これは憲兵隊に逃げ込んで訴えなさい、これらの少女たちが駆け込めば何か対策を講じてくれるかもしれない、あるいはその反対に処罰されるかもしれない。しかし、今のビルマでは他に方法はあるだろうか、と。この少女たちは憲兵隊に逃げ込んで救いを求め、憲兵隊でも始末に困ったが、抱え主と話し合って結局8名の少女が将校クラブに勤務することになった。その後少女たちがどうなったのか。将校クラブが何なのか、怪しい気がしますが、結局この少女たちは朝鮮に送り帰されていない。
 じゃあ、国民学校の元先生はどうなったのか。そのまま慰安所に入れられている。解放されていない。連れて行った業者も逮捕されていない。こういう状況がまかり通っていた。それを「強制ではない」といえるのでしょうか。
(→第2部に続く)
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アホノミクス・女性手帳と慰安婦

2013年05月25日 08時14分40秒 | 反改憲・戦争協力
会社ではロッカー移動に伴い、今日一日ロッカー室が使えない。着替えたり私物を置いたりするのは現場の休憩室しかないが、女性も備品取りに入ったり、盗難事件も起こるそんな所で着替える気にはなれないので、今日だけは制服で通勤する事に。最高気温30度の真夏日に、冷蔵庫作業なのでバッチまで履いて。暑いなあ。

ブログ書く気がしない。首の鈍痛や突っ張りがなかなか治まらず、それ所ではないのだ。昨日も整形外科で診察を受けて来たが、痛みの原因が椎間板の磨耗という外科的なもの故、湿布や整骨院通いも余り効果なし。幸い仕事には支障ないので今日も会社には出るが。

但し政治的な話題に関心がない訳ではない。言いたい事は山程ある。証券市場が株の乱高下で大混乱。実体経済の不況や国民生活の苦境を他所に、株高円安バブルに踊った報いだ。自分も「産む機械」と見なされる女性手帳には反発するが、慰安婦は過去の戦争での話と他人事でいると、この件では前述のアホノミクス以上に痛い目に合うぞ。

(5/26日追記)今日の鍼灸治療で、胸鎖乳突筋と僧帽筋が普段以上に固くなっていると指摘された。それを解消する為に、肩こり・頭痛治療の定番ツボでもある天柱と風池に、いつもより以上に重点的に鍼を打って貰った。前述の筋肉が固くなった原因だが、整形外科でも指摘された加齢による椎間板の摩耗以外に、幼少時に蒙ったプールサイド転倒事故による変形性頸椎症や、PC作業によるDVD症候群、この間の労災絡みの精神的疲労による自律神経失調症の影響もあるのではないかというのが、鍼灸医の意見だった。
 http://ma-35.blog.so-net.ne.jp/2011-04-02
 http://www.biwa.ne.jp/~chiro/chiro/n-fuku.htm
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××(会社名)の橋下徹

2013年05月20日 21時21分09秒 | 職場人権レポートVol.2
<橋下氏>「大誤報をやられた」メディアの報道批判 毎日新聞 5月17日(金)22時15分配信
 日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長は17日、従軍慰安婦制度が「当時は必要だった」とする自らの発言を巡り、「大誤報をやられた」とメディアの報道を批判した。「僕は慰安婦を容認したことは一度もない。メディアは一文だけ聞いて、そこだけ取る。(誤解されたのであれば)日本人の読解力不足だ」とも語り、正式な記者会見以外の取材を今後拒否する意向を示した。
 橋下氏は市役所で記者団に、発言について「必要だったから(世界各国の軍が)皆やってたんでしょ。(自分が)必要と認めたわけではない」と説明。「文脈をきちっと取って報道するのが皆さんの役目だ。『一言一句チェックしろ』というなら(取材対応を)やめます」と話した。
 一連の報道について橋下氏は、最初の発言の翌日の14日、「(記事は)比較的正確に引用してくれていた」「フェアに出している」などとツイッターに書き込み、毎日新聞が掲載した一問一答について「ある意味全て」と評価。その後も「いろんな報道の仕方は、報道の自由だから仕方ない」と語っていた。
 また、日米関係への影響については「何もない。本当に信頼関係があるなら、全然違うことに関しては『違う』と言わないといけない」と否定。「沖縄の占領中、(米兵が)沖縄の女性を性のはけ口として活用したのは事実だ。沖縄県民の人権が蹂躙(じゅうりん)されているような現況について直視すべきだ」と、米政府の批判に改めて反論した。一方、維新幹事長の松井一郎大阪府知事は17日、「そういう形でコメントを(米政府が)出していること自体マイナスだろう」と記者団に影響を認めた。【村上尊一、津久井達】
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130517-00000107-mai-pol&__from=mixi

 「大誤報をやられた」もクソもあるか。あれだけメディアやツイッターで一方的に喋るまくり、批判的な意見も片っ端から潰しにかかっておきながら、自分から顰蹙(ひんしゅく)買うような事言っておいて、それも「マスコミの誤報」のせいにするとは。橋下はどこまで厚顔無恥な人物なのか。
 今頃になって橋下は、さも慰安婦の味方であるような顔をして、売春宿による搾取や沖縄の米軍基地被害についても言及しているが、最初はそんな事なぞ、おくびにも出さなかったではないか。最初に米軍司令官に言ったのは、あくまでも「風俗利用の勧め」だけであって、その他の搾取や沖縄問題などについては、最初の発言を正当化する為に、全て後からこじつけた理屈でしかない。本当に、売春宿による搾取や沖縄の米軍基地問題について憂えるなら、何故、廃娼運動や基地撤去の運動に賛同しないのか? 他人に風俗利用を勧めておきながら、どうやって搾取や基地被害をなくせるのか? 
 しかも、その同じ新聞を「比較的正確に引用してくれていた」「フェアに出している」「色々批判されても報道の自由だから仕方がない」なぞと持ち上げておきながら、問題が発覚した途端にこの手の平返しは一体何? 屁理屈も大概にせえ。

 この様に、橋下の厚顔無恥は常軌を逸しているが、これは決して特異な例ではなく、同種の人間が他にも結構いるのではないかと、最近思い始めている。例えば、この間ブログでも取り上げているMがそうだ。私の職場で、私自身の前方不注意による労災事故に託けて、労災保険があるのにそれを利用もせず、会社の安全管理責任や自身の危険行為も顧みず、ひたすら私から賠償金をせしめようと画策したMの理屈や行動パターンも、この橋下徹のそれと非常に似通っている。以下は、5月16日に最後に交わした私とMとのやり取りだ。ICレコーダーの音声データを基に、その時の会話を大まかに再現してみた。 

私:M(実際は実名)さん、結局裁判起こすの?どうするの?俺も弁護士に連絡せなあかんから。
M:そんな事は、そうなった時に自分が確認する事。そんな事(教えろとか)俺に一々言ってくるのはおかしい。
私:俺は払えへんで。
M:払えへんでと違うやん。こちらが裁判起こすとなった時点で、君がその時にアクション起こせば良いだけの話。何で君からそんな事言われなアカンの。自分の方が加害者のくせに・・・。
私:ああ、ほなもう裁判起こして下さい。もうそれでええやろ。
M:起こして下さいと違うやん。決めるのは俺やん。俺が決めれるんやん。君が「ああせい、こうせい」って一々言ってくるのは筋違いやろ。
私:「ああせい、こうせい」じゃなしに、「どうするんですか?」とこっちは聞いているのや。
M:せやから、アクション起こすのを待ってたら良いのと違うの?違う?
M:君、あれやろ。労災で支払いが下りるって、手回したって(異議申立書に)書いてたから、俺は、労災申請の書類に判子押して××(勤務先会社名)の本社に送っている。労災が下りるかどうかは知らないけど、(そういう方向で)話が進んでいる事は確認している。「労災の結果が下りるまでは、個人的に訴訟を起こすのは待ってくれ」とも、本社からは言われている。その上で、刑事的に被害届を出したりするかどうかは、俺個人の問題やから、君に「ああじゃこうじゃ」と言われる立場じゃない。
私:ああ、ほな一つ聞いて良い?請求金額の中に・・・(と、治療費未請求や診断書未添付の理由を聞こうとする)
M:(それを遮り)もう、そんな事をお前と話したくはない。もう止めて。仕事中やのに気分悪い。
私:ほな、もうこっちにも話しかけんといて。こっちも気分悪いから。

 以上、一見するだけでは、事故による治療費や休業手当の補償を、被害者のMから加害者の私に求めている、単なる正当な請求行為であるかのように装いながら、

(1)事故直後に一旦謝罪したにも関わらず、後になって「謝罪も誠意もない」と言いがかりを付けて来て、
(2)本来、業務上災害として労災保険で賄われるべき事故の補償を、私への嫌がらせの為にわざわざ民事賠償に求め、
(3)労災処理の目途がついても、逆に「手を回して」なぞと抜かして(まるで有難迷惑みたいに!)、嫌がらせの請求書まで書いてきて、
(4)会社の安全管理責任や、工事中の狭い通路を必要もないのにわざわざ逆走してきたMの過失も不問に付し、私だけを悪者にし、
(5)日常起こり得る事故で、別に重過失にも該当しないのに、ことさら刑事責任まで言い立て、
(6)そのくせ、肝心の治療費は請求せず、必要不可欠な医者の診断書も付けず、その他の逸失賃金や根拠も定かでない慰謝料ばかり請求し、
(7)二日後には通常業務に復帰しているのに、請求書には「アキレス腱裂傷」とまで言い募り、
(8)それらの矛盾を異議申立書で指摘し回答を求めると、自分から嫌がらせの為に賠償吹っ掛けておきながら「答える義務はない」と拒否。

 これらの一見特異なMの気質も、冒頭に上げた「マスコミに誤報と難癖を付け取材拒否」記事にも見られる、橋下徹の「上から目線、自己チューな俺様独裁者ぶり、片っ端から喧嘩売りまくり、粘着質、支配欲、勝ち負けだけが全ての序列主義や弱者差別」等の性格と比較すると、非常に似通っている事が分かる。今後はMの事を「××(会社名)の橋下徹」と呼ぶ事にする。
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転載:橋下市長の「慰安婦」問題発言に抗議する緊急集会

2013年05月18日 00時05分26秒 | 反ハシズム・弱い者虐め
※徒然駄文日記さんのトラバから下記の集会がある事を知りました。もう既に終わってしまったものもありますが、その後にも同種の取り組みが予定されています。以下、発信元のソウル・ヨガ(イダヒロユキ)さんのブログから転載させて貰います。(尚、誤字脱字は気付いた範囲で訂正済、改行位置についても携帯での閲覧の便宜を考え任意から自動に変更済)


橋下市長が暴走を続けていますが、政治家もメディアも国際関係に影響があることを懸念していますが、維新の会や自民党、安倍内閣の閣僚などの右翼たちの人権感覚の低さ自体を問題にする視点がほとんどありません。
大阪市に私も抗議のメールを送りました。
以下緊急抗議集会の情報です。
大阪と東京で開かれます。

■「橋下市長の「慰安婦」問題発言に抗議する緊急集会」
 橋下さん、もう辞めて!市長の資格はありません~橋下大阪市長の「慰安婦」問題発言に抗議する~

日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワークから、緊急の呼びかけです。たび重なる橋下徹大阪市長の暴言は、決して許されるものではありません。沖縄はじめ各地から、続々と抗議の声があがっています。
世界各国で報道され、その人権感覚のなさが笑われています。もう、市長を辞めてもらうしかありません!! みんなで抗議を続けましょう!!
… … … … … … … … … 
日 時:5月17日(金)16:30 大阪市役所、御堂筋側に集合 抗議文を提出
            17:00 同所で「緊急抗議集会」開始

大勢集まって、大阪市役所を人間の鎖で包囲しましょう! 抗議グッズをどうぞご持参ください。
※大阪市役所前での抗議行動は、今後も呼びかけていく予定です。
 ◎抗議文への、個人・団体の賛同署名も集め、橋下市長に届けます(準備中)。
 ◎各団体・個人は、橋下市長に抗議をしてください。

<橋下大阪市長への抗議先>
   郵便 〒530-8201 大阪市北区中之島1丁目30番20号 大阪市政策企画室秘書部 宛
   電話 06-6208-7237  FAX06-6202-6950
   Email:大阪市HPhttp://www.city.osaka.lg.jp/→組織一覧→政策企画室(お問合せ等)→総務担当
https://sc.city.osaka.lg.jp/mail/inquiry.cgi?so=d5cfc45a432c566770388b0e80c6
37c6e199c8ff&ref=seisakukikakushitsu%2Fsoshiki_list.html

2つめ

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
「何度でも語る 歴史の事実はこれです」
    ~再び戦争への道を歩まないために~ in おおさか
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● 
日 時:5月25日(土)12:30開場、13:00~16:30
場 所:ドーンセンターホール
       地下鉄谷町線「天満橋駅」・京阪「天満橋駅」東口方面の改札から地下通路を通って1番出口より東へ約350m
被害者証言:金福童(キムボクトン)さん/吉元玉(キルウォノク)さん
講演1「被害者の声に向き合ってー記録し、記憶し、未来へ語り継ぐ責任ー」
     吉見義明さん(中央大学教授)
講演2  尹美香(ユンミヒャン)さん(韓国挺身隊問題対策協議会共同代表)
う た:李政美(いぢょんみ)さん・安聖民(アンソンミン)さん
資料代:一般800円・学生400円
主 催:日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワーク
協 賛:日本軍「慰安婦」問題解決全国行動
問合せ:080-6185-9995 info★ianfu-kansai-net
チラシはこちらから http://www.ianfu-kansai-net.org/

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
「何度でも語る 歴史の事実はこれです」
    ~再び戦争への道を歩まないために~ in なら
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● 
日 時:5月26日(日)12:30開場、13:00~16:30
場 所:奈良県人権センター2階大研修室(旧奈良県解放センター)
       近鉄「奈良駅」からバス約10分
       JR「奈良駅」からバス約5分「大安寺バス停」下車
被害者証言:金福童さん/吉元玉さん
講演1「被害者の声に向き合ってー記録し、記憶し、未来へ語り継ぐ責任ー」
     吉見義明さん(中央大学教授)
講演2  尹美香さん(韓国挺身隊問題対策協議会共同代表)
<アニメーション上映>『少女の物語』
資料代:一般800円・学生400円
主 催:日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワーク、
    アイ女性会議なら、多文化共生フォーラム奈良、部落解放同盟奈良県連合会女性部
**************************************
★☆彡☆ ご協力のお願い ☆彡☆★
◎集会開催のための賛同金に、ご協力をお願いいたします。
【個人・団体1口500円 加入者名:日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワーク】
 郵便振替口座:00980-3-209232 (なまえ:公表可・不可)(5/20集約)
◎集会参加のための「前売り券」(金券800円)を販売中です。ぜひ、事前購入をお願いいたします。

====================================
日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワーク

==========================
3つめ
東京でも

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
 女性の人権を尊重する政治を!
 橋下発言に抗議する緊急院内集会

  日時:5月22日(水)15:00~17:00
  場所:参議院議員会館 講堂
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 橋下徹大阪市長・日本維新の会共同代表は、5月13日、「慰安婦制度が必要なのは誰だってわかる」「海兵隊の性的なエネルギーを解消するためにもっと風俗業を活用してほしい」等と発言し、その後、批判を受けると、さらに開き直りの発言を続けています。
 橋下氏の一連の発言は、日本軍「慰安婦」被害者のみならず、すべての女性に対する著しい人権侵害であり、とうてい看過できません。このような言葉の暴力を政治家が堂々とマスメディアで行えるという状況は、橋下氏だけの問題にとどまらず、女性の人権が日本の政治の中で非常に低い価値づけしかされていないことの反映です。橋下氏の発言は、戦争のできる国をめざす憲法改悪の動きが、女性の人権否定と密接な関係にあることをも明らかにしています。
 7月には参院選が行われますが、女性に対する暴力を容認する政治家を許さず、真に女性の権利を守る政治を求めて、緊急抗議集会を開催します。橋下発言に怒りをおぼえる多くの女性と男性の参加をよびかけます。今こそ政治の流れを変えましょう!

主催:橋下発言に抗議する緊急院内集会・実行委員会
共催団体:アジア女性資料センター/日本軍「慰安婦」問題解決全国行動/公人による性差別をなくす会/アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)(5/15現在)

★当日はロビーで通行証をお渡しいたします。

★共催団体として実行委員会に加わってくださる団体を21日まで募集中です。

連絡先:アジア女性資料センター
E-mail: ajwrc@ajwrc.org
Tel: 03-3780-5245/ Fax: 03-3463-9752

==========
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橋下リアルタイム崩壊

2013年05月15日 23時39分38秒 | 反ハシズム・弱い者虐め
「橋下徹」ニヒリズムの研究
クリエーター情報なし
東洋経済新報社


 橋下のリアルタイム崩壊が止まらない。その様子を以下の産経報道で追ってみた。

>日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長は13日夕、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)を視察し同飛行場の司令官と面会した際に「もっと日本の風俗業を活用してほしい」と促していたことを明らかにした。「風俗業を活用してもらわないと、海兵隊の猛者の性的なエネルギーをコントロールできない」と伝えたというが、司令官は「米軍では禁止されている」などと取り合わなかったという。
 橋下氏は今月1日、同飛行場を視察。その際、司令官に「合法的に性的なエネルギーを解消できる場所が日本にはある」と述べた上で、海兵隊員に風俗業者を活用させるよう求めたという。橋下氏によると、司令官は凍り付いたような表情をみせ、「米軍では禁止の通達を出している。これ以上、この話はやめよう」と打ち切った。
(2013.5.13 19:31「もっと風俗活用を」と橋下氏 凍り付く沖縄の米軍司令官)
 http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/130513/waf13051319370013-n1.htm

 米軍基地司令官が風俗利用禁止の通達を出しても沖縄の米軍犯罪が収まらないのは事実だが、それは米軍が侵略の帝国主義軍隊であるからであって、その本質が変わらない限り事態は何も改善されない。そもそも風俗合法化なぞの対症療法で解決できる問題ではないのだ。
 それに、合法でありさえすれば何をしても許されるのか。戦前の日本では公娼制度は確かに合法であったが、実際は人身売買の搾取の上に成り立っていた。だから、大阪・堺市内の旧竜神遊郭のように、逃亡禁止の為に建物の窓に鉄格子がはめられ中に閉じ込められた遊女たちが、戦時中の空襲でも逃げられずに大勢焼け死んだのだろうが。
 「たとえ今は合法であろうと人権侵害や搾取は一切許さない」というのが、無数の先人の犠牲と引き換えにようやく手にした民主主義の基本原理だ。それを継承発展させるのが政治家の務めだろう。と言っても、元サラ金顧問弁護士で労務屋稼業に勤しんだ弱肉強食・新自由主義の守銭奴には「馬の耳に念仏」だろうが。

>稲田朋美行政改革担当相は14日の記者会見で、日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長が第二次大戦中の慰安婦制度を容認する発言をしたことに関し「慰安婦制度は女性の人権に対する大変な侵害だ」と批判した。
(2013.5.14 09:40「慰安婦制度は大変な女性人権侵害」稲田行革相が批判と不快感)
 http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/130514/waf13051409440008-n1.htm

 嘘つけ。なら今までの稲田の「太平洋戦争は侵略ではない」「慰安婦は売春婦」等々の戦前美化発言は何だったのか。今頃になって「慰安婦制度批判」ポーズを取ろうとしても無駄だ。でも、それはそれとして、結果的に橋下の梯子を外しにかかった点については、たとえ風見鶏としての発言であっても少しは評価してやっても良いだろう。

>日本維新の会の石原慎太郎共同代表は14日午後、維新共同代表の橋下徹大阪市長が第二次大戦中の慰安婦制度は必要だったと発言したことについて「軍と売春はつきもので、歴史の原理みたいなものだ。それを踏まえて発言したと思う。彼はそんなに間違ったことは言っていない」と述べ、問題はないとの認識を示した。国会内で記者団に語った。
(2013.5.14 12:47「軍と売春はつきもの」石原氏、批判浴びる橋下氏を擁護)
 http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/130514/waf13051412490023-n1.htm

 稲田や安倍が橋下批判に転じても、この石原だけは最後まで橋下を擁護。もはやこの高齢の右翼ジジイには、橋下のご威光にすがるしか延命策が残されていない。そこが、別に橋下に頼らなくとも幾らでも延命策を講じられる稲田や安倍との決定的な違いだ。橋下・石原の二人だけで他の人間には一切迷惑をかけないと言うなら、玉砕でも集団自決でも焼身自殺でも勝手にするが良い。
 「軍と売春はつきもので、歴史の原理みたいなもの」なら、どんな人権侵害でも許されるのか。そこまで言うなら、若し石原に実の娘がいて、その娘が慰安婦になり米軍に強姦され梅毒をうつされても、石原に文句を言う資格は一切ない。石原や橋下にとっては、あくまで合法で「歴史の原理」として耐え忍ぶべきものなのだから。

>日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長は14日、在日米軍海兵隊幹部に風俗業者を活用するよう促し拒否されたことについて「だいたい、米国はずるい。一貫して公娼制度を否定するが、日本の法律で認められた風俗業を利用することに何ら問題はない」とツイッターに書き込んだ。
 同時に「人間の性的な欲求解消策について、真正面から認めるのか、そこに目をつむるのかだ」と提示。「風俗業を活用したからといって、沖縄での米兵の性的事件が収まるかは分からない。建前論はやめてくれ」と投げかけた。
(2013.5.14 12:52「米国はずるい」「軍人の性欲解消に目をつむるな」橋下氏が風俗業者拒否にツイート)
 http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/130514/waf13051412520024-n1.htm

 橋下や石原のような政治家がよく口にするこの手の発言を、「建前論に逃げずに本音で物を言うので偉い」と持ち上げるバカが後を絶たない。だから日本が人権後進国と揶揄されるのだが、本音であれば何を言っても良いのか。誰しも心の奥底には「野宿者狩りをするとスカッとする」「満員電車の中で痴漢をしてみたい」等と思う邪悪な部分も「本音」の一部として抱えているのは事実だが、それを理性で制御出来てこそ人間じゃないか。それすら出来ない奴は、政治家である以前にそもそも人間失格だ。

>安倍晋三首相は15日午前の参院予算委員会で、日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長が慰安婦を「軍の規律維持に必要だった」と述べたことについて「慰安婦の筆舌に尽くしがたいつらい思いに心から同情している。安倍内閣、自民党の立場とは全く違う発言だ」と述べた。
 その上で「20世紀は戦争の世紀であり、女性の人権が著しく侵害された。21世紀はそういう世紀にしない。われわれもその決意を持っている」と強調した。
(2013.5.15 11:33安倍首相「内閣、自民党の立場とは全く違う」)
 http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/130515/waf13051515450022-n1.htm

 「20世紀は戦争の世紀であり、女性の人権が著しく侵害された。21世紀はそういう世紀にしない。われわれもその決意を持っている」なら、何故、戦前の大日本帝国を美化し、靖国神社に参拝するのか。この安倍も稲田と同じ風見鶏だ。その風見鶏にも裏切られた橋下が更にリアルタイム崩壊を遂げる事を祈る。

>日本維新の会共同代表である橋下徹大阪市長の「慰安婦は必要だった」「在日米軍は風俗業活用を」などの発言に、市役所への市民らの抗議が殺到している。在大阪中国総領事館は「驚くとともに怒りを覚える」と申し入れた。
 市によると、13日夕方、領事が国際課に電話で「女性を強制的に慰安婦にしたことは罪。正当化する発言に怒りを覚える。政治家として、市長として、歴史を正しく認識していただきたい」と劉毅仁総領事の言葉を伝えた。
 市広聴担当課によると、市民らの電話やメールでの意見は、15日午前9時までに計289件に上った。橋下発言を肯定する意見は少なく「発言の撤回と謝罪を求める」「女性を冒涜している」などとの否定的な声が大半だった。その後も増え続けているという。
(2013.5.15 12:23市役所にメールや電話殺到 大半が否定的)
 http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/130515/waf13051512260015-n1.htm

 もはや冒涜されたのは慰安婦だけではない。大阪や日本の全ての女性が侮辱されたのだ。いや女性だけではない。女性を「性の道具」や「産む機械」と見做す考え方は、同時に男性をも「企業や国家の駒」「黙って働き戦争で死んでいく機械」と見做す。だから、そんな考え方に対しては、たとえ橋下人気発祥の地の大阪でもこんなに抗議メールが殺到しているのだ。

>第二次世界大戦中は慰安婦制度が必要だったなどと発言して批判を浴びる日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長は15日、市役所で記者団の取材に応じ、「『いま慰安婦制度が必要だ』とは言っていない。今となっては絶対にダメだと思うことを当時、世界各国がやっていた。なぜ日本だけが特別に批判されているのかということを問題提起したい」と述べた。
(2013.5.15 13:10「なぜ日本だけ特別に批判されているのか問題提起したい」 記者団の取材に)
 http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/130515/waf13051513130017-n1.htm

 「今となっては絶対にダメだ」と心底から思うなら、こんな「なぜ日本だけが特別に批判されているのか」なぞと言う、「お前も虐めをしているのに何故俺の虐めだけ批判されるのか」レベルの屁理屈に逃げたりなぞしない。虐めも慰安婦も、「誰がやったから彼がやったから」ではなく、「こんな人権侵害を二度と繰り返してはならない」という事を、何故言えないのか。「今もやって何故悪い」と、本音では思っているからだろうが。

>日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長は15日、旧日本軍の従軍慰安婦を必要だったとした自らの発言について「(慰安婦を)容認はしていない。あってはならないこと。『当時はみんなそう思っていた』と伝えただけだ」と釈明した。その上で、安倍首相が橋下氏の発言を「全く違う」と国会答弁したことに関し「日韓基本条約に基づき、法的に解決済みと言っていることの方が元慰安婦を傷つけている」と批判した。
(2013.5.15 14:00首相答弁は「元慰安婦を傷つけている」)
 http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130515/stt13051514010008-n1.htm

 そうやって、「慰安婦は売春婦」論者の右翼同士で、どんどん潰し合いの内ゲバやってくれ。

>橋下氏は「日本が性奴隷を使っていたら、国として大変な恥になる。そうでなかったとしたら、当時の世界各国がやっていた対応と同じだったら、日本だけの特殊性の恥ではない」と主張。その一方で「(当時の慰安婦制度など世界の軍の対応は)全世界の国民が恥と考え、二度と起こしてはいけないと取り組むべきだ」と強調した。
(2013.5.15 15:44橋下氏「全世界の国民が恥と考えるべきだ」)
 http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/130515/waf13051515450022-n1.htm

 本当に「全世界の国民が恥と考え、二度と起こしてはいけないと取り組むべきだ」と思っているなら、「日本だけの特殊性の恥ではない」なぞと言い訳に走るような真似なぞしない。「その為にどうするか」を、より具体的に掘り下げていく筈。ところが、橋下はいつまで経っても「日本だけの特殊性の恥ではない」の繰り返しばかり。これでは、「1億総懺悔」と戦争の罪を国民にばかり擦り付けて、肝心の戦争犯罪人の追求は適当に切り上げた戦後支配層の論理と全く同じ。お為ごかしの言い訳ばかりするな。

 以上、橋下の暴言録をざっと見てきたが、幾らこの件を機に橋下とその勢力が凋落を遂げた所で、こんな輩がチヤホヤされてきた人権後進国としての日本社会の異常が糺されない限り、また別の橋下や石原が現れるだけだろう。
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5月16日の最終決着に向けて

2013年05月12日 08時51分47秒 | 職場人権レポートVol.2
 労災嫌がらせ事件の続報です。
 5月10日に、損害賠償請求への「追加の異議申立書」をM本人に手渡しました。そこでは、5月5日に渡した最初の異議申立書の内容に加え、(1)肝心の治療費が請求額に計上されず、(2)医師の診断書・領収書の写しも請求書に添付されず、(3)請求書には「アキレス脚(腱)裂傷」とあるのに、事故当日も労災病院には付き添われず普通に早退帰宅し、二日後には早々と通常業務に復帰している(本当にアキレス腱裂傷なら回復まで数週間~数か月はかかる)――の以上3点の矛盾についても、5月15日までに回答を求める旨の要求を突き付けています。但し、15日当日は私は公休日なので、実際は16日の回答受け取りになりますが。
 この回答期日も、本当ならばもっと前倒しに設定したいのです。本当に病院に行ったのなら、翌11日にでも診断書・領収書のコピーを持参出来る筈ですから。でも、その間に互いに入れ違いの公休日を挟んでいたり、私にも若干心の余裕が欲しいのでw、15日(実際には16日)の期日設定となりました。

 この間お騒がせしてきた労災騒動も、そこで最終決着を付けたいと思います。多分、Mは病院にも行っていないし、「アキレス腱裂傷」も嘘でしょう。それを昼礼直後(Mは遅番シフトで午後から出勤)に、他のバイトも見ている前で、徹底的に追及してやるつもりです。もはや言い逃れや隠蔽工作も出来ず、退職するか、私への謝罪と「もう二度と嫌がらせはしない」旨の念書を書くしかない所まで、追いつめてやろうと思っています。場合によっては、その場で早退を会社に申し出て(大事にしたくない会社は多分引き止め=妨害に出てくるでしょうが)、その足で警察に恐喝の被害届を出しに行く事も考えています。勿論これはポーズだけです。現実には、こんな1万円程度の恐喝事件では、警察も忙しいので取り合ってくれないでしょうから。

 ブログ(記事コピー)読者のS君には、上記の件も含め、Mとのこれまでのやり取りも逐一報告しています。他のバイトがこの件では大なり小なり「君子危うきには近寄らず」的な反応に終始する中でも、決して読んで楽しい内容ではないにも関わらず、これまで郵送した記事は全て目を通してくれています。その彼も、「Mは、多分、私が組合に入っている事も知らずに、少し脅かせば簡単に引くと思っていたのだろう」「しかし、そうはならずに焦った結果、病院に行っていない事を自ら白状するような賠償請求書まで書いてしまった事で、完全に墓穴を掘ってしまった」「もはや形勢逆転、仮に裁判になったとしても、多分私が勝つ」と言ってくれています。

 しかし、たとえ隙だらけのド素人の嫌がらせとは言えど、こんなヤクザまがいの行為を仕掛けてくる相手ですから、今後もどんな姑息な言い逃れや意趣返しに出てくるとも限りません。まず予想されるのは、とりあえず提出を求めているのは診断書・領収書の「写し(コピー)」のみなので、それらを偽造してくる可能性があります。若しそうなっても、裁判では現物も証拠として提出を求められるので、偽造がばれるのは確実ですが。
 その事で16日の対決場面が予想外にこじれ、喧嘩両成敗で二人とも解雇する口実を会社に与える事になってしまったら、少し厄介な事になるかも知れません。勿論、本来ならば、安全配慮義務違反で今回の事故の原因を作り、その後のMの恐喝行為も見て見ぬふりの会社に、そんな事を言う資格なぞ微塵もないのですが。他にどういう可能性や戦術が考えられるでしょうか。ご意見があれば是非お願いします。

 
 
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