アフガン・イラク・北朝鮮と日本

戦争も人権抑圧もNO!万国のプレカリアート団結せよ!

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 アフガン・イラク戦争も金正日もNO!!搾取・抑圧のない世界を目指して、万国のプレカリアート団結せよ!

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お知らせ:カテゴリー名の一部変更について

2009年03月31日 19時23分54秒 | 当ブログと私の生い立ち
 カテゴリー(左フレームにあるエントリーの分類項目)の一部名称を、先程変更致しました。どういう様に変更したかと言うと、「安倍マルコス」以下の、「××マルコス」の部分を「××タリバン」に変更しました。

 元々は、この「安倍(福田・麻生)マルコス」表現は、自民党政権のあまりのデタラメぶりを揶揄するものとして、かつてのフィリピンのマルコス政権に準えたものでした。しかし、マルコスという名称が、当時のフィリピンの独裁大統領の名前だけでなく、メキシコの先住民ゲリラ組織・サパティスタ民族解放軍(EZLN)の現地副司令官の通称名でもある事を知るに及び、このままでは当該先住民解放運動を冒涜する恐れもあると判断しましたので、急遽カテゴリー名を前記の如く変更する事に致しました。

(追記)
 当該カテゴリー名を再び変更しました。「安倍マルコス」でも「安倍タリバン」でもなく、単純に「安倍政権、福田政権、麻生政権」という様に。初めてお見えになった読者の方にも分かるような表現でないと、わざわざ検索の便宜を図る為にカテゴリー分けした意味がないですから。(2010-04-11 20:01:52)
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南米左翼は果たしてスターリン主義を乗り越えられるか?

2009年03月29日 12時45分54秒 | その他の国際問題
  

 WBCの話題で飛んでしまいましたが、実は同時期に標記のテーマでエントリーを書くつもりでいました。発端となったのは、ミクシイでの、ある人(仮にAさんとします)の下記の書き込みで始まる、一連の対話内容です(但し一部編集済)。皆さんは、この議論の内容について、どう思われますか?

●Aさん:

 キューバ、ホンジュラス、ニカラグア、パナマ、ハイチ、グアテマラ、ベネズエラ、ブラジル、エクアドル、ガイアナ、ボリビア、チリ、パラグアイ、アルゼンチン、ウルグアイ、そして15日にエルサルバドル・・・・

 何のことかって?
 中南米で次から次へと誕生している左翼政権のことですよ。
 増えているのは以前から知っていましたが、いつの間にやら16もの国が「社会主義」や「反資本主義」を掲げる左翼・左派系政権になっていたんですね。そしてそれらの左翼政権は、キューバを抜かして全てが合法的な選挙によって誕生している。
 ソ連・東欧の共産圏が崩壊したはずなのに、21世紀に入って20世紀以上の数の左翼政権が生まれているこの事態をどう説明できるのか?

 それらの国の多くが出場しているWBCを観戦しながら、なかなか複雑な想いに・・・・

●プレカリアート:

>21世紀に入って20世紀以上の数の左翼政権

 そう言われて初めて気が付きました。20世紀に存在した「社会主義国」の名を、現存するものも含めて列挙すると、右回りにソ連・モンゴル・中国・北朝鮮・ベトナム・ラオス・カンボジア・アルバニア・ブルガリア・ルーマニア・ハンガリー・ユーゴ・チェコ・ポーランド・キューバ・・・の15ヵ国となる。
 その中には、北朝鮮の様に「実態はどうなのか?」と突っ込みを入れたくなる国や、旧ソ連やカンボジアの様に名実共に「非・社会主義化」してしまった国もあるし、「それ以外のアンゴラやモザンビークはどうなのか?」という問題もあったりするのですが、それはまあ今回横に置くとして。

>キューバ、ホンジュラス、ニカラグア、パナマ、ハイチ、グアテマラ、ベネズエラ、ブラジル、エクアドル、ガイアナ、ボリビア、チリ、パラグアイ、アルゼンチン、ウルグアイ、そして15日にエルサルバドル・・・・

 これは多分、17日付しんぶん赤旗の、「エルサルバドルに左派政権誕生」の記事(写真・地図参照、地図が当該記事に添付の「当該16ヶ国」の内訳)からの引用なのでしょうが、上記の基準も非常に大甘というか。
 キューバ、ニカラグア、ベネズエラ、ボリビアは当然として、まあブラジルのルラ政権も、最近の評価は色々あれど一応左派である事は間違いないとしても、ハイチやホンジュラスまで含めてしまうのは、どうかという気がします。ハイチのプレバル政権なんて、どう贔屓目に見ても、せいぜいが、かつてのフィリピンのアキノ政権か、インドネシアのメガワティ政権止まりだと、思うのですが。
 多分、上記の線引きは、「中道左派より左」と「保守」の間で引いたものと思われますが、そんな基準だと、米国ブッシュと一緒になってイラク戦争に加担した英国の労働党政権すら、「左派政権」としてカウントされてしまいます。

 その他にも、細かく指摘していけばキリが無いのですが、それでも南米左派の躍進が、それまでの新自由主義礼賛の時代風潮を、大きく変えたのは事実ですから。この日本でも、それは「蟹工船」ブームや、アキバ事件以降のネットの書き込みや、派遣村の動きとなって出てきていますしね。

●Aさん:

 オレね、中南米左派やラテンアメリカ社会主義に対しては、僅かですが期待をもっているんですよね。
 その理由は、①たとえ貧しくとも、それらの国々がアメリカ文化圏に属していること。つまり、それらの国々は、20世紀社会主義のような「人類史の本道の外部に咲いたアダ花」なんかではなさそうだということ。中南米諸国は、良くも悪くも資本主義の経済や文化を知っているし体験しているということです。この点は同じ後進国から社会主義の道に踏み出していった、かつての「20世紀型社会主義」とは決定的に違うんじゃないかな?特に、文化の問題が。(旧ソ連や中国みたいな「大国主義」と無縁だという点や人間関係=民主主義の問題なんかは大きいんじゃない?)
 そしてそのこととも関係すると思うけど②中南米社会主義は、どうも旧ソ連・東欧、中国・ベトナム型の一国社会主義を批判的に総括しているフシがあること。先月の「首脳会議」でも「国家社会主義の超克」みたいなことが話されていたようですよね。
 つまり、つい先日この日記で書いたオレの杞憂は、どうも外れそうだということですね。

 どうでしょ?

●プレカリアート:

 Aさんの記事をベースに、私も自分のブログに関連記事を書こうと、各種資料に当たり始めたところですが。とりあえず目に付いたものから。

・エルサルバドル革命史
 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/history/elsalvador/elsalindex.htm
・エルサルバドル 一九八〇年~一九九四年 人権、ただしワシントン式
 http://www.jca.apc.org/~kmasuoka/persons/kh54.html
・遥かなるサルバドル(不可視の学院)
 http://black.ap.teacup.com/fukashinogakuin/

 エルサルバドルの解放闘争って、オリバー・ストーンの映画にもなっていたのね。それで、その歴史も、権力内部では親米派と極右の暗闘があり、革命勢力の間でも軍事路線派と政治路線派の主導権争いがあったりして、まるで1930年代のスペイン戦争を髣髴とさせる状況があったのですね。そんな中から、「死の部隊」や「サルバドル・オプション」との闘争の苦難の末に、今のFMLN政権誕生や、南米左派躍進の現状があるのだという事を、改めて再認識しています。
 「しんぶん赤旗」のくだんの記事ですが、第一面で選挙勝利の意義を取り上げているのは良いのですが、そういう歴史的背景には余り踏み込まずに、いきなり「反グローバリゼーションの勝利」みたいな所に、結論を持って行っているような所が見受けられたのが、まあ残念と言えば残念です。共産党も、確か80年代には、ニカラグア革命やエルサルバドル解放闘争への連帯活動にも精力的に取り組んでいた筈なのに、そういう事を何故もっと紹介しないのかと、少し不満の残る記事でした。
 それでも、産経・読売辺りの、「反米左翼が躍進しやがって、反日の北朝鮮や中国がまたのさばる」式の見方しか出来ないバカウヨ記事よりは、よっぽどマシですが。

●Aさん:

 オレさぁ、キューバやベネズエラの大使館関係者をチョイ知ってるんだけどさ、南米左翼って、人間的には波長が合いそうなんだよね。
 連中って、カストロやチャべスに対しても言いたいこと言うし、「個人崇拝」といっても南米では北朝鮮とかなり違うみたいね。
 あと、音楽やスポーツなどの文化面も。
 オレの先生が南米左翼を「官能的社会主義だよ」と評したの、良く判りますわ。
 儒教左翼よりオモロイ!
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WBCプチナショナリズム

2009年03月24日 23時54分28秒 | 反ヘイト・ネオナチ
 今日は急遽予定を変更して、この話題を先にアップする事にします。

 私の勤め先でも、ご多分に漏れず、WBCの話題で盛り上がっています。尤も、私は元々野球には興味が余り無かったので、休憩時間にお付き合いでテレビ観戦していただけでしたが。
 そのWBCですが、最初はそうでもなかったのですが、第一シードが終わって第二シードの後半ぐらいになった頃から、テレビ観戦の時の雰囲気が微妙に変化してきたのを、肌身にしみて感じるようになりました。それまでの、純粋に野球のプレーを堪能していたものが、次第にプレーの中身とは無関係な、「韓国にバカにされたら癪なので何としても勝ちたい」といった、「ナショナリズムまず先に在りき」みたいなものに変わってきたのです。
 そんな「プチナショナリズム」的なモノとは無縁だと思っていたウチの職場でも、徐々にそういう嫌な雰囲気が出てきました。特に、今日の日韓決勝戦では、まるでもう、スポーツ観戦しているのか、戦争ゴッコしているのか、どっちか分からない様な、そんな空気が支配していました。

 ああ、嫌だ嫌だ。相手が米国だと何も言わない(言えない)のに、中国や韓国となった途端に居丈高になる、そんな雰囲気。その言動たるや、まるで魯迅の小説「阿Q正伝」に出てくる主人公そっくりだ。
 こういう展開になると、決まって出てくるのが、「イチロー暗殺Tシャツ」などの例を持ち出しての、中国や韓国の「異常な愛国熱」を揶揄する意見です。私とて、先方のそういう「愛国心の歪んだ発露の仕方」には、批判的な見解を持っています。しかし、それもこれも、日本がずっと過去の戦争責任を曖昧にしたまま、問題が起こった時だけ上辺だけの謝罪でお茶を濁して、その実、裏に回ればナショリナズムをガス抜きに体よく利用する、そんな真似を繰り返してきたからこそ、起こってきた問題ではないかと、考えます。

 中国や韓国の為政者も、日本のそういう悪い面を見習うようになったのです。そういう意味では、中国版ネットウヨクの「糞青」などは、元祖ネットウヨク・靖国派のコピーであり、「合わせ鏡」と言っても良い。
 それをまた靖国右翼がとらまえて、「あれが中国・韓国の真の姿だ、日本もこれに対抗しなくて良いのか、憲法9条の理想なぞ何の役にも立たない」と煽る。しかし、相手が泥棒してるからと言って、こっちも泥棒して良いのか。そうではなくて、泥棒をみんな(世論、国際社会)で捕まえるのが筋じゃないのか。もっと言えば、泥棒に走る人なぞ出さない、食いっぱくれの無い社会をみんなで作るのが筋じゃないか。
 劃して、中国・北朝鮮の人権問題も、日本の貧困・格差問題も、体よく脇に押しやられ、最後には国家の面子やエゴだけが、むき出しになってぶつかり合う様になる。後はもう悪循環。それで得をするのは誰で、捨て駒として使われるのは誰なのか、少し考えれば分かりそうなものを。

 第一、職場には在日コリアンと思しき人もいるに。また、別のセクションでは、日系人と思しき労働者も、我々と同じ仕事をしているのに。これだけグローバリゼーションが進んで来たら、従来の「島国根性の気安さ」も、今までみたいには通用しなくなります。今はもう、日常生活においても、「日本人当事者の人権感覚」が試される段階に、既に来ていると、私は思うのですが。
 元々野球には余り興味がなかった私でしたが、これでますます野球に興ざめしてしまいました。
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チンコの罪でタイーホ!

2009年03月21日 22時33分35秒 | 反翼賛・二大政党制
 西松献金事件のニュースが、引き続き世間の注目を集めています。このニュースについては、私も、既に「仏ではブサンスノーなのに、日本では小沢かよ」と、「小沢民主党美化の行き着く先をイタリアに見る」の、2つの関連記事をアップしています。ところで、この2つの記事ですが、既に付属のコメント欄でも少し触れましたが、実はミクシイでの議論がベースになっています。ここでは、その議論の中身についても、少し書いておこうと思います。

 ミクシイでの議論は、ミー猫さんというマイミクさんの、下記要旨の書き込みから始まりました。
 
●当該事件については、小沢一郎の公設第一秘書が逮捕された事で、総選挙を前に民主党の人気失墜を狙った国策捜査・政治謀略の疑惑も浮上しており、その影響もあってか、左派系ブログのうちの少なからぬ部分が小沢擁護に回っているが、何をか況やだ。そもそも小沢こそが、かつて自民党幹部として、田中角栄譲りの金権政治を推進した張本人ではないか。

●ここで、単純な「小沢叩き」や、その反対の単純な「小沢擁護論」に流されてしまったのでは、事件の本質を見失ってしまう事になる。そうではなくて、企業・団体献金や、その元凶たる自民・民主の保守二大政党による政治支配の在り方こそが、問題とされなければならない。

 このミー猫さんの書き込みは、私とも意見を同じくするものでした。それで、ミー猫さんの書き込みに触発されて、私も先述の2つのエントリー記事を、自分のブログにアップしたのです。

 その後、ミクシイでも、ミー猫さんの書き込みに対して、数多くのコメントが寄せられました。3月8日の当初の書き込み以降に、付いたコメント数が先日時点で既に92件に達している事からも、この事件に対するネットユーザーの関心の高さが伺えます。その中で、ミー猫さんや私の意見に対して、ある方から下記趣旨の反論が為されました。

●今回は、あくまでも権力による恣意的な国策捜査のあり方が問われているのだから、小沢ではなく権力を批判するのが筋である。確かに、小沢も自民党と似たり寄ったりの人物だけれども、だからといって、国策捜査の標的にされて良い訳が無い。この事件は、小沢民主党の体質問題とは、別個に考えるべき。

 そこで、両者の間で議論が続いたのですが、先方の実際の反論が少々べらんめえ調だった事もあり、議論が少し高じてしまい、とりわけ私との間では、一時は下記の如く、下ネタまで登場しての応酬になってしまって・・・。

●小沢は、確かにちんこ出して道歩いてるようなおやじやけど、他にもちんこ出してる奴がおるのに、小沢だけが標的になるのはおかしいというてるわけや。単純なこっちゃ。(ある方からの反論の書き込みより)

●小沢が、自分もちんこ出したままで、いくら「他にもちんこ出してる奴がおるのにおかしいやんけ」と怒っても、自分のちんこを引っ込めん限り、第三者からすれば「どっちもどっち」にしか見えん、全然説得力が無いと、いうてるわけや。
 謂わば、靖国右翼が、いくら過去の西欧によるアジア植民地化の不当さを論った所で、日本自身によるアジア植民地化の非を認めん限り、他の第三国や当のアジア民衆からすれば、「どっちもどっち」にしか見えんと言うのと、全く同じ理屈や。単純なこっちゃ。(それに対する私の再反論)

●小沢は、「これは法律で認められたちんこの出し方や」と言うてるわけで、おれらとしては、「それでもちんこはしっかり出てる」し、小沢らが「自主的に引っ込める可能性はない」ということだけ、押さえとけばええねん。
 そのうえで、ここまであからさまな権力の濫用を、(小沢のちんこやからと言うて)どっちもどっちやと放っておいたら、出てへんこっちのちんこまで引っ張り出されて、出てたことにされるのが恐ろしいのよ。(それに対するある方からの再々反論)

 その中で飛び込んできたのが、大阪府門真市の戸田ひさよし市議への公民権停止のニュースでした。
 戸田議員について少し説明しておくと、この方は革新系の無所属市議で、議員の他に労組の役員(連帯ユニオン近畿地方本部の執行委員長)も兼任しています。この人の、アクの強さや、歯に衣着せぬ言動ぶりは、つとに有名だそうで、まあそういう議員さんです。
 その人が、2005年に、小沢氏のケースと同様に、政治資金規正法違反容疑で逮捕されました。その後、戸田氏は議員を続けながら、当該容疑については司法の場でずっと争ってきたのですが、この前の最高裁への上告棄却で、とうとう刑が確定してしまい、この3月23日を以って議員を失職してしまったのです。

 その政治資金規正法違反容疑の中身というのが、次の2点です。一点目が、労組内で集めた戸田氏への90万円のカンパが、違法な団体献金だとするものです。そして二点目が、労組役員としての報酬(月額20万円)が、これまた違法な政治献金だとするものです。詳しくは、下記の参考資料をご覧下さい。

・門真市でも「政治資金規正法」悪用し市議逮捕(JANJAN)
 http://www.news.janjan.jp/government/0903/0903159406/1.php
・戸田ひさよしの自由自在HP
 http://www.hige-toda.com/

 私がこのニュースを見て思った事は、確かに一点目の容疑については、私もこれでは、違法認定されても仕方がないとは思いました。たとえ、その内実はどうであれ、労組ぐるみ選挙での資金集めの形になってしまったのは、事実なのですから。この場合は、労組内で有志が後援会を立ち上げるなりして、あくまでも、大衆団体としての労組とは別の形で、有志による個人献金として、政治カンパを募るべきだったとは思います。二点目の容疑については、これは当たらないと思います。労組役員としての報酬の、一体何処が政治献金に当たるのか、私にもさっぱり分かりません。

 しかし、そうは言っても、たかだが90万円のカンパでしょう。貧乏な労働者が、政治を少しでもよくしたいと思って、なけなしの給料から差し出したカンパでしょう。それを、確かに法手続き上に不適切な点はあったかもしれませんが、いきなり逮捕までするのは、少々荒っぽすぎやしませんか。
 過去には、ロッキード事件やリクルート事件、佐川急便事件などで、とかく噂に上りながらも、逃げ覆せた金権政治家も多数存在し(この中には当時与党の側にいた小沢自身も含まれる)、それどころか、法相の指揮権発動で逮捕を免れた元首相(1954年の造船疑獄の際に、当時与党幹事長だった佐藤栄作)すらいる中で、何故戸田議員だけが、これぐらいの金額で逮捕されなければならないのか、という気持ちもあって、何か釈然としないものを感じます。

 若しこんな理屈が通ってしまう様なら、極端な話、立ち小便をしただけで捕まってしまっても、何も文句が言えなくなってしまいます。厳密に言えば、立ち小便も、軽犯罪法に抵触する犯罪行為ですから。しかし現実には、立ち小便の一度や二度ぐらい、誰でもした経験があるでしょう。
 また、そんな事を言い出したら、上記の私の「チンコ」云々の書き込みですら、「公序良俗に反する」とかいう口実で、ミクシイやブログの投稿規程を盾に、削除されてしまう恐れがあります。しかし、実際にそんな運用をされたのでは、私としては、堪ったものではありません。幾ら自分も悪いとは言え、先に「チンコ、チンコ」と言い立ててきたのは、あくまで反論者の方じゃないですか。それが何故、反論者は一切お咎めなしで、私だけが処分されなければならないのか・・・となるのは、人情ではないでしょうか。

 更に怖いのは、今はまだ「チンコ」表現で公序良俗違反のレベルで済んでいるのが、それをそのまま放置しておくと、やがて風俗とは似ても似つかない政治的表現すらも、風俗紊乱とかで、適当に口実をでっち上げられて、封殺の憂き目に遭う・・・という事も、可能性としてはあるのではないでしょうか。

 要は、此処で何が言いたいかというと、小沢民主と麻生自民という、双方金に塗れた汚い政治家同士の泥仕合で、一方だけに肩入れして他方を貶めるだけの不公平なやり方には勿論与すべきではないし、双方とも茶番だという事はきっちり押さえておかなければならないのだけれど、それとは別に、金権とは凡そ縁の無い庶民といえども、いつ金権批判を口実に冤罪をでっち上げられるかも知れないという事も、頭の片隅には入れておいた方が良い、という事です。
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プレカリアートの明ルイ呪イw

2009年03月16日 22時34分10秒 | 身辺雑記・ちょいまじ鉄ネタ
 今までずっと、自分のブログの更新・管理作業をやってきた中で、最近ある面白い事に気付きました。それは、数ある過去のエントリー記事の中で、「旧生駒トンネルにまつわる怪談話」という、かれこれ2年近くも前に書いた記事だけが、何故か、最新記事と同じ位のアクセス数をはじき出しているという事実です。
 編集画面からの直近データでも、当該エントリーのアクセス数/総アクセス数は、3月14日が32/539、13日が12/564という具合です。検索ワードのデータにも、「アフガン、イラク、北朝鮮、新自由主義」などの常套句に混じって、「東大阪、近鉄、奈良線、最終電車、旧生駒トンネル、心霊」などの言葉が、毎日必ず出てきます。
 当該エントリーは、下記の如く、何の変哲も無い身辺雑記です。秋口に暑気払いを兼ねて、近くの心霊スポットを訪ねてみたというだけの、コメントやトラックバックもついていない、地味な記事です。何でこんな記事が、今頃になって、最新記事並みによく読まれるのが、私にも全然分かりません。

(以下、当該記事より一部引用)
>旧生駒トンネルは、当時の大阪電気軌道(後の参宮急行、現在の近鉄奈良線)が大阪・奈良間にある生駒山地をぶち抜いて、2年7ヶ月の歳月をかけて1914年に完成させたものです。それから1964年に現在の新線に切替わるまで使用されていましたが、工事に際しては朝鮮人労働者を初め多数の坑夫が事故で亡くなっているので、完成後も怪異譚が後を絶ちませんでした。例えば、奈良行最終電車がトンネルに差し掛かるとそれまで閑散としていた車内が亡霊で一杯になるとか、トンネル内で人の声が聞こえたとか亡霊を見たとか。実際、開通後も大きな鉄道事故が何度も起こっているのです(但しこの事については後述)。それで近鉄としても放っておけず、亡霊避けの為に、最終電車の後にわざわざ回送電車を走らせたりとか、トンネル近くの石切駅の時刻表にだけ、わざわざもう一本後の架空のダイヤを載せたりしたとか(ここまで来るともう笑い話に近い)。今日見てきた限りでは、当然ながらそんな架空のダイヤなぞは設定されていませんでしたが。
 そういう歴史的背景もあるので、私としては、ただ単に心霊スポット探訪記とするのではなく、社会勉強の気持ちも持っていました。まずは地元の府立図書館で参考文献(田中寛治・他共著「旧生駒トンネルと朝鮮人労働者」国際印刷出版研究所・刊)を借りて、奈良県生駒市の宝徳寺境内にある韓国人犠牲者慰霊碑(1977年に近鉄が建立)に参った上で、くだんの心霊スポットを散策してきました。
(引用終了)

 でもまあ、こんな地味な記事でも、折角読んでくれているのならという事で、少し読者サービスを試みてみる事にしました。
 実は、この時には、既にブログにアップした携帯写真以外にも、他に写真が幾つかあったのですが、それらは全然日の目を見ないままに、その後の携帯の機能更新やら何やらで、使えなくなってしまっていました。当時は、ブログの使い勝手にも今ほど慣れておらず、同一記事に複数の画像をアップする術を知りませんでしたので。
 そこで、折角読んでくれるのならと、もう一度現地の写真を撮ってきて、改めてブログに載せる事にしました。しかし、ただ単に同じ事を繰り返すだけでは、面白くも何ともありません。折角イワク付きの場所を訪れるのですから、地縛霊だか何だか知りませんが、現地の霊力にあやかって、願掛けをする事にしました。それで、この前の日曜日に、私のささやかな願いを手製のポスターにしたためて、精一杯お祈りしてきました。それが下記の写真です。
 世は正にスピリチュアル・ブームとかで、病院待合室の女性雑誌を開けば、その手の広告がわんさか載っています。また、自民も民主も手段を選ばず、賄賂もウェルカムなご時世なのですから、唯物論者の私とて、この程度の政治利用に及んだぐらいで、よもや罰が当たるなぞとは言わせない。

 では、写真の中身について、通し番号順に説明していきます。

(1)旧トンネル近くにある近鉄の変電所。ここから高圧送電線が旧トンネルの方にも延びている。人魂などの目撃情報の類は、多分これらから出る電磁波の影響によるものだろうと、私は推測しています。
(2)旧トンネル入口遠景。当該トンネルは、線路付け替え後も近鉄の電力施設として使われている。一般人が立ち入れるのは入口まで。トンネル手前のプラットホーム跡は、旧・日下(くさか)駅のものと思われる。
(3)旧トンネルの入口。扉は施錠されており、「無断立入禁止・監視システム作動中」の旨の掲示がされている。
(4)トンネル横の、プラットホーム跡の直ぐ後に、小さな祠がある。そこに手製のポスターを供えて、願掛けに及ぶ。しかし、当日は結構風があって、ポスターを安置するのに苦労しました。





(5)その祠には、1985年(昭和60年)の、近鉄東大阪線・新生駒トンネル開通記念の貫通石もあった。
(6)旧トンネル入口の鉄扉に手製のポスターを掲げての革命祈願w。ここでも風が吹いて、ポスター安置・記念撮影に一苦労。元祖・プレカリアートの地縛霊の皆さん、強制連行への恨みつらみは、全てこの人にぶつけましょう。
(7)祠の横には小さなお社もあった。
(8)駅へ向かう帰り道、高台から眼下に大阪平野を見下ろす。夜はさぞかし夜景が綺麗なのだろう。
(9)ふと目を脇に転じると、何とそこには一足の靴が・・・。流石に、飛び込み自殺の形跡こそ無かったものの、何故そんな所に・・・。
(10)旧トンネル最寄り駅、近鉄奈良線石切駅の時刻表。写真は平日ダイヤの表で、上段が上り(上本町・難波方面)、下段が下り(奈良方面)のダイヤ。これによると、深夜0時20分当駅発の奈良行き普通電車が最終だが、これがその、過去に何かと噂になった幽霊電車なのだろうか・・・。

 しかし、写真(6)のこの手製のポスターですが、自分で言うのも何ですが、出かける前に即興で作った割には、なかなかの出来栄えかと。今後は、集会・デモに飛び入り参加の折には、これを持っていく事にしよう。
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小沢民主党美化の行き着く先をイタリアに見る

2009年03月10日 23時47分37秒 | 反翼賛・二大政党制
   
 
   

 最近のネット世論の一部に見られる、反自民の勢い余って小沢・民主党を過剰に美化する傾向や、よりマシな(又は勝てる)候補者に投票する風潮とも関連して、ここ数年来のイタリア国内政治の動向について、先日から調べ始めています。

 イタリアでは、昨年2008年4月の総選挙で、中道左派連合が下野して、右翼のベルルスコーニが再び首相にカムバックしてしまいました。しかも、それだけではなく、イタリア共産党解体以降も一定の基盤を有していた国内左翼諸派(共産主義再建党など)が、国会の全議席を失うという事態になってしまいました。かつて共産党の金城湯池であった北イタリアのエミリア・ロマーニャ州などは、今や極右・北部同盟の地盤と化していると言います。
 その事態に対する、私の今までの理解は、単に「再建党も、結局は、旧イタリア共産党や、今のフランス共産党と同じ道を歩んでしまった」程度の認識でした。「確かに、それは旧日本社会党が辿った道とも瓜二つ」だが、「それでも腐っても鯛」で、「日本とは違い、パルチザンやユーロコミュニズムの輝かしい伝統を有する国において、そう簡単に左翼が自滅する筈が無い」「昨年の敗北は何かの番狂わせに過ぎない」と思っていました。
 しかし、調べ始めていくと、とてもそんな程度の認識では済まない事が、徐々に分かってきました。「これは今の日本の、我々の問題でもあるのではないか」と、今では考え始めています。

 私が、何故そこまで考えるに至ったかと言うと、
 まず第一に、90年代の日本とほぼ同じ時期に、イタリアでも政治腐敗が問題になり、それが選挙制度の問題に摩り替えられて、それまでの比例代表制から、今の日本と同じ様な選挙制度に改悪された事、
 第二に、それと同時進行で、イタリアでも日本と同様に、歴史修正主義の風潮が次第に台頭し、それが今のフォルツァ・イタリアや北部同盟の「興隆」につながっている事、
 第三に、同時期におけるイタリア共産党の解体前夜の体たらくが、右派との妥協・大連立志向や、新自由主義容認の姿勢において、今の日本の民主党と瓜二つであり、また、今の日本共産党の資本主義批判のある種の「曖昧さ」(所詮は資本主義の枠内での格差社会批判に止まる)にも通じるものがある事、
 第四に、同時期にイタリアで進行した世論の変容(右傾化、治安強化容認、移民排斥、劇場政治・ポピュリズムの席巻)が、同時期の日本のそれと酷似している事、の四点で、余りにも今の日本とよく似ているからです。

 勿論、日本との違いもあります。それはプラス・マイナス面それぞれあります。プラス面としては、少なくともイタリアやフランスでは、日本の様な形での反共の壁は無く、共産党が野党共闘から排除されなかった事が挙げられます。マイナス面は、その事がこの場合は却って仇となって、共産党が中道左派・右翼社民や保守反動とも妥協を重ね(旧日本社会党の場合とも酷似)、現在の左翼衰退につながってしまった事です。
 日本の政治的後進性を批判する場合に、それとは対照的な海外の先進事例として、フランスの反資本主義新党や、ドイツ左翼党、南米左派の躍進ぶりが、よく取り上げられてきました。事実、私自身も、ブログなどの場で、折に触れて言及してきました。それと同様に、イタリアにおける左翼後退事例も、日本における他山の石として、もっと検討されて然るべき重要な問題を孕んでいるように思われます。

(参考資料1) ※追記資料有り。

・【外信コラム】イタリア便り 2大政党時代到来?(産経新聞)
 http://sankei.jp.msn.com/world/europe/080420/erp0804200240000-n1.htm
・イタリア総選挙の結果を考える(グラムシ研究者・小原耕一氏の論考)
 http://members3.jcom.home.ne.jp/sada.m/italiasousenkyosoukatu.html
・岐路に立つイタリア左翼とアクチュアル・グラムシ(同上)
 http://members3.jcom.home.ne.jp/sada.m/obara08.10.html
・読者より:イタリアの2008年4月上下院選挙結果について(私にも話させて)
 http://watashinim.exblog.jp/7978421/
 http://gskim.blog102.fc2.com/blog-entry-3.html
・共産主義再建党(ウィキペディア)
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%B1%E7%94%A3%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E5%86%8D%E5%BB%BA%E5%85%9A
・イタリアの左翼
 http://www.geocities.jp/stkyjdkt/italia.htm
・やそだ[EU&イタリア]総研
 http://www31.ocn.ne.jp/~yasodasoken/index.html
・4月総選挙、イタリア政治基礎知識2008(All About)
 http://allabout.co.jp/contents/secondlife_tag_c/politicsabc/CU20080212B/index/
・イタリア総選挙(ヴェネツィア ときどき イタリア)
 http://fumiemve.exblog.jp/7009065/

(参考資料2)
2008年イタリア総選挙の結果
前記・小原氏の論考から引用)

●下院(定数630)の党派別得票数・議席数(括弧内は増減)
ベルルスコーニ連合(自由国民+北部同盟など)
--------------17,063,874票--46,81%(+4,51)--344議席(+102)
ヴェルトローニ連合(民主党+価値あるイタリア)
--------------13,686,673票--37,54%(+4,05)--246議席(+ 9)
中道連合--------2,050,319票--5,62%(-1,13)--36議席(- 3)
左翼「虹」連合----1,124,418票--3,08%(-7,10)--0議席(- 72)
右派‐三色旗の炎---885,229票--2,43%(-)--0議席(-)
社会党-----------355,581票--0,98%(-1,91)--0議席(- 18)
以下引用略

●上院(定数315)の党派別得票数・議席数(括弧内は増減)
ベルルスコーニ連合
--------------15,507,549票--47,32%(+3,74)--174議席(+ 39)
ヴェルトローニ連合
--------------12,456,443票--38,01%(+7,26)--132議席(+ 23)
中道連合--------1,866,294票--5,69%(-0,95)--3議席(- 18)
左翼「虹」連合----1,053,154票--3,21%(-8,12)--0議席(- 38)
右派‐三色旗の炎---687,211票--2,10%(+1.47)--0議席(+- 0)
社会党-----------284,428票--0,87%(-1,94)--0議席(-)
以下引用略

(注)旧イタリア共産党は、左翼民主党への改組を経て、最終的に民主党に合流。共産主義再建党は左翼「虹」連合の、右翼のフォルツァ・イタリアはベルルスコーニ連合を構成する「自由国民」の、それぞれ一員として選挙戦を戦った。
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仏ではブサンスノーなのに、日本では小沢かよ

2009年03月08日 20時55分20秒 | 反翼賛・二大政党制
  

 西松建設の政治献金問題が、連日マスコミを賑わしていますが、その取り上げられ方が、如何にもワンパターンで。まるで「お前らにはこの程度の報道でお似合いだ」と言わんばかりの、人を小バカにした様な姿勢が透けて見えて、最近では関心が急速に萎えてきていました。

 新聞を開けば、やれ「小沢が西松に献金を催促した」の、「小沢への献金額が突出している」だの、小沢バッシングばかりの内容で。これは、特に産経新聞にそれを強く感じます。
 それでもここ最近は、献金が小沢民主党だけでなく、自民党の二階俊博や尾身幸次、森喜朗らにも及んでいる事にも、ようやく言及するようになってはきたものの、漆間官房副長官による「自民党には捜査が及ぶことは無いだろう」という、国策捜査を臭わせる様な発言に対しても、追及の論陣を張らずに、恰も小沢・麻生個人のバトルの様に捉えて、面白おかしく書きたてているだけで。

 また、その様なマスコミの姿勢に対して、左派・リベラル系ブログはと言うと、その少なくない部分が、国策捜査への懸念が先走る余りに、逆に小沢を過度に美化し、まるで「小沢・民主党に日本の民主主義の命運が託されている」みたいな捉え方をされるのでは・・・。
 企業・団体献金なんて、100%賄賂目的に決まっているのに、何も詮索せずに「ごっつぁんです」と戴くような人や党に、民主主義の命運なぞ、私はとても恐くて託せません。やはり自民党の元幹事長だけあって、経世会の血は争えないというか、田中角栄の頃から何も変わっていないというか。
 しかも、小沢は今までも、福田・自民との大連立や、アフガン・ソマリア派兵や、「自立を装っての更なる対米従属」を主張するなど、その本質においては、自民党と全く同じであるのは、誰が見ても明らかなのに。

 今回の事件で、自民党が、下手すれば自分たちも返り血を浴びる可能性が充分あるにも関わらず、案外安穏としているのも、そういう小沢・民主党の弱点を、彼らなりに熟知しているからではないでしょうか。
 自分たちと同じ土俵で闘っている限り、彼らにとっては、結局は「卸し易い相手」でしかない。だから、仮にそれで二階・尾身・森にも累が及ぶデメリットがあったとしても、それよりも、小沢を窮地に追い込んで民主党を混乱に陥れる事で得られるメリットの方が、遥かに大きい、と。自民党にとっては、一番大事なのは、何が何でも政権を維持して米国と財界に尽くす事であって、所詮その前では、二階や尾身なんて捨て駒で、森も過去の人にしか過ぎませんから。

 しかし、だからと言って、単純に「どっちもどっち」と言って、切り捨てる気もないけれど。私も、今回の事件に対しては、国策捜査の疑惑を払拭する事が出来ません。何故ならば、今回の事件は、少なくとも小沢代表に関しては、違法性だけに限って見れば、所詮は政治資金規正法というザル法の、記載方法を巡る問題にしか過ぎないものでした。捜査対象が自民党の大物なら、修正申告や追徴課税だけで済ます可能性も充分ありました。それが、総選挙も近いこの時期にここまでやるのは、偏に政権交代が取りざたされる野党第一党の党首だからではないでしょうか。

 だから、国策捜査の疑いを徹底的に晴らすという、その一点に限って、私は小沢代表の言う事も、尤もだとは思います。しかし、肝心の当事者である小沢自身が、前述の「ごっつぁんです」・金権体質や、イデオロギー・政策面での「親自民」体質を払拭出来ない限り、はっきり言って、勝ち目はありません。
 こんな「第二自民」には誰もついて来ないでしょう。肝心の小沢自身が、金を積まれて自民党に寝返られたら、それで終わりです。その挙句に、追従した人間だけが最後にバカを見るのでは、余りにもアホらしいですから。

 西松献金問題の本当の問題は、企業・団体献金や政党助成金で、財界や国家権力によって雁字搦めに支配されている、今の日本の政治や政治家の在り方にこそ、あるのでしょう。そして、そんな金権・利権塗れの政治家や、金に物を言わせてマスコミをも支配下に置く事の出来る政治家しか、当選できない小選挙区制・保守二大政党制こそが、諸悪の根源でしょう。そこまで小沢が認識出来てこそ、初めてそれを打ち破っていく展望も生まれてくるのです。そうしてこそ、国民も、これを単に一政治家や一政党だけの問題ではなく、日本の民主主義の命運がかかった問題として、捉える事が出来るのです。

 しかし、自民党は言うまでもなく、民主党・小沢も、大手マスコミも、一切その気はないし、そもそも、そんな事は出来ない。党収入の8割以上を企業・団体献金と政党助成金に依存する中では、財界にも物申すなんて絶対に無理です。そんな事が出来るくらいなら、今頃はとっくに、民主党なんかではなく、共産党の委員長に納まっているか、フランスのNPAみたいな新党を立ち上げています。
 その一方で、国民の目や野党第一党としての手前もあるので、余り露骨な御用路線は取れない。それ位は小沢にも分かります。しかし、小沢を突き動かしているのは、基本的には政権欲でしかない。革命や革新のビジョンなんぞ、ハナから持ち合わせてはいない。彼が、最近は格差社会批判を口にし、時として社民的な政綱を掲げたりするのも、あくまでその時々の打算や損得勘定に沿って、そうしているだけにしか過ぎません。だから、所詮は、同じ土俵での「目くそ鼻くそ」の闘いしか出来ない。

 それでも、「国策捜査を許さない」の一点で、小沢民主党を「戦略的に支援」する局面も、場合によっては在りでしょうが、それが高じる余り、「ミイラ取りがミイラになる」事だけは、絶対にあってはならないと思います。所詮、小沢は小沢でしかなく、ブサンスノーとは、全く非なるものでしかないという事だけは、絶対に忘れてはなりません。
 日本における政治・社会の民主化を図る立場からすれば、企業・団体献金や政党助成金、小選挙区制・保守二大政党制を打ち破る事こそが、一番大事な事であって、小沢・民主党への評価も、あくまでも、その立場に沿ったものでなければならない筈です。

(関連・参考記事)

・お笑い大連立
 http://blog.goo.ne.jp/afghan_iraq_nk/e/0da3c28abadd715db418b86c026d080b
・ピンチとチャンスは紙一重
 http://blog.goo.ne.jp/afghan_iraq_nk/e/ad365b04f47f41073cf41ddd914803eb
・この際、民主党解体まで突き進めば良かったのに
 http://blog.goo.ne.jp/afghan_iraq_nk/e/399c9e7b5522c582bdd104fd91797f7d
・大連立騒動以降の民主党をどう見るか
 http://blog.goo.ne.jp/afghan_iraq_nk/e/5c90fb59e53ebeb40b93af3d58b4f970
・[AML 24916] Re: 《緊急提案》 今こそ民主党を応援しよう!民主党本部に激励に行こう!
 http://list.jca.apc.org/public/aml/2009-March/024356.html
・フランスの反資本主義新党
 http://blog.goo.ne.jp/afghan_iraq_nk/e/236970946390866afc09d00f40b3e68d
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オーガニックカフェ de バルト三国展

2009年03月05日 23時59分22秒 | 身辺雑記・ちょいまじ鉄ネタ
   

 私の自宅の近所に、とあるオーガニックカフェがあります。その喫茶店は雰囲気が良いので、私も仕事帰りに、偶に立ち寄ったりします。反グローバル資本主義者でフェアトレードにも大賛成の私としては、本当はもっと立ち寄りたいのですが、オーガニックカフェという事もあって、コーヒー代もそんなに安くはありません。だから、「背に腹は変えられない」という事で、普段は1杯180円の安売りコーヒーの店で我慢して、オーガニックカフェには、偶にしか行けません。
 そのオーガニックカフェで、先日、「バルト三国展」が開かれていました。何でも、そこのお店のママさんが、店に置いてある「旅のコラージュ」というバルト三国旅行記に感化されて、自らも休みを取ってご当地に行って来られ、現地の写真を店内に展示していたのです。上記の写真は、その時の店頭の様子と、当該旅行記の表紙です。

 その写真の一部を、下記に紹介しておきます。それぞれ、エストニア・タリン旧市街の赤屋根の家々(左上)、ラトビア・夕陽に染まる聖ペテロ教会(右上)、リトアニア・ヴィリニュス市内で撮った軒下の花々(左下)、同じくヴィリニュス市内の露店で売っていたキノコ(右下)です。

   

   

 私も、もう少し金と暇があれば、海外旅行にも行けるのに。如何にプレカリアートとは言えども、一生の間で一度や二度くらい海外に出ても、罰は当たらないだろう。しかし、今頃此処でそんな事を言っていても始まらないので、代わりにネットで予備知識を仕入れる事にしました。
 参考にしたのは、主に下記のウェブ資料です。それまでも、バルト三国については、(1)北から順にエストニア・ラトビア・リトアニアの、バルト海沿岸の3つの国々を総称した呼び名である事や、(2)いずれの国々も、第一次大戦とロシア革命を機に、ロシアから独立を勝ち取った事、(3)ところが第二次大戦中に、当時のナチス・ドイツとソ連の間の裏取引(モロトフ・リッペンドロップ秘密議定書)によって、有無を言わさずソ連に併合され、ナチス・ドイツにも占領された事、(4)戦後のソ連統治時代にも地下では独立運動が続けられ、ソ連崩壊に至る流れの中で、遂に独立を回復した事、の4つぐらいは、おぼろげながらも知っていましたが、それ以上に詳しい事は殆ど何も知らなかったので、そういう意味では、下記資料は非常に参考になりました。

 それまでの私は、バルト三国については、各国とも、いずれも九州から北海道ぐらいの大きさで、人口もせいぜい北海道程度の、そんな同じ様な三つの小国が集まって、「ミニ北欧」世界を形成している、そういうイメージしかありませんでした。しかし、実際は下記に示す様に、そんな単純なものではありませんでした。

●同じ三国でも三者三様で、とても一括りでは捉えられない。

 まず、南のリトアニアと、北のエストニアとでは、風土がかなり違います。リトアニアは歴史的に、南方のポーランドとの結びつきが強く、一時期は同じ国王を戴いていた事もあった程です。言語も同じ系統に属し、宗教も同じローマ・カトリックが優勢です。それに対してエストニアはと言うと、北方のフィンランドとの結びつきが強く、言語も同じ系統なら、宗教も同じプロテスタントです。その真ん中に位置するラトビアは、中世に当地を支配していたのがドイツ系騎士団という事もあって、ドイツの影響が強い地域です。後に当地を支配する事になったロシアの影響も、北・中部でより強く現れています。

●栄光の中世から、独・露に翻弄された近代を経て、再び独立回復へ

 当該地域は、中世ヨーロッパにおいては、北・中部のエストニアやラトビアでは、ハンザ都市同盟の一員として、港も街も繁栄を極めました。タリンやリガでは、当時の遺構が城壁や教会の塔として今でも残っており、その一部は世界遺産として認められています。また、南部のリトアニアでは、15世紀にはリトアニア大公国が、ポーランドやウクライナにまで版図を広げ、一時期はリトアニアの王がポーランド国王をも兼任した事もありました(同君連合)。
 しかし、やがて新たに勃興してきた周辺のロシア・プロシア(後のドイツ)・オーストリアなどの諸帝国から次第に圧迫を受ける様になり、19世紀にはとうとうロシア帝国に併合されてしまいます。
 その後は、1917年のロシア革命と、第一次大戦後の民族自決の流れの中で、バルト三国は一旦独立を勝ち取ったものの、各国とも不安定な国内政治が続く中で、次第にナチス・ドイツとソ連に翻弄されるようになり、1940年には再びソ連に併合されてしまいます。
 この受難の歴史は戦後も続き、数十万人もの人間が、反ソ分子としてシベリアや中央アジアの流刑地に送られました。その後、80年代に入ると、ゴルバチョフの改革(ぺレストロイカ、グラスノスチ)を機に、再び独立運動が広がる事になり、各地に「サユディス」(運動という意味)や「人民戦線」といった組織が結成されていきます。これらの運動が、やがてゴルバチョフの限界(自治しか認めない)や、保守派の軍事介入を打ち破り、念願の独立を再び達成する事に成功するのです。

●「歌いながらの革命」の原動力となった民族文化

 当該三国とも音楽、特に合唱が盛んで、いつも街中のどこかで市民コンサートが行われています。それもそのはずで、民族独立運動の歴史においては、音楽が決定的役割を果たしているのです。その代表例が、1988年9月にエストニアの首都タリンで開かれた30万人規模の「歌ごえ集会」や、翌89年8月のバルト三国首都を結び200万人が参加しての「人間の鎖」です。これらの試みが、やがて「歌いながらの革命」として、三国全体に独立運動が広がり、ソ連崩壊直前に他地域に先駆けて独立を勝ち取る原動力となって行きました。
 それに加え、先述の旅行記を読んで改めて知ったのが、三国ともに、使用文字が西欧と同じラテン文字であった事です。他の東欧圏では、ロシアの影響もあって、Rが横を向いた様な(Я:ヤー)キリル文字の使用が、未だ一般的であるのとは対照的に。そう言えば、三国の主な宗教も、ローマ・カソリックやプロテスタントという事で、そういう面でも、ギリシャ正教が優位のロシア・東欧よりは、寧ろ西欧に近いものを感じました。

●独立後も引き続く苦難

 これは特に、エストニアとラトビアの二国で顕著に現れています。両国とも、ソ連時代に流入したロシア人が全人口の2割以上を占め、その事が国内政治の不安定要因ともなっているのです。また、忘れてはならないのは、チェルノブイリ原発事故の影響で、当地でも数多くの被爆者が放射能の後遺症に苦しんでいる事です(詳しくは、下記参考資料中の、リベラル21のブログ記事を参照)。
 苦難は独立回復以降も続きます。ソ連時代の反動もあって、バルト三国では、いずれも新自由主義的な考え方が勢いを持つ事になり、各国においても、大幅な経済自由化・民営化・規制緩和が行われました。それで、一時的には「バルトの奇跡」と呼ばれる経済バブルを招きよせたものの、やがて今回の世界恐慌によって、一転して失業増に喘ぐ事になってしまいました。

(参考資料)

・2000 バルト三国(リトアニア、ラトビア、エストニア)
 http://tombi.web.infoseek.co.jp/balt/balt00.htm
・美しきバルトの国々(ケイセイ社HP)
 http://homepage2.nifty.com/keiseisya/sub29.htm
・バルト三国の情報(高崎第九合唱団HP)
 http://www2.bbweb-arena.com/freude/international/k5/information.htm
・バルトジャーナル
 http://www.cpgbaltics.com/
・バルト三国(ウィキペディア)
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%AB%E3%83%88%E4%B8%89%E5%9B%BD
・バルト諸国占領(同上)
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%AB%E3%83%88%E8%AB%B8%E5%9B%BD%E5%8D%A0%E9%A0%98#cite_note-86
・人間の鎖(同上)
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E9%96%93%E3%81%AE%E9%8E%96
・志摩園子さん インタビュー(ザ・フェニックスホールHP)
 http://phoenixhall.jp/newslist/3/%E5%BF%97%E6%91%A9%E5%9C%92%E5%AD%90%E3%81%95%E3%82%93%E3%80%80%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%93%E3%83%A5%E3%83%BC
・バルト三国の被ばく者たち(リベラル21)
 http://lib21.blog96.fc2.com/blog-entry-120.html

旅のコラージュ バルト3国の雑貨と暮らし
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特権層以外はみんな等しく貧乏に

2009年03月03日 20時59分03秒 | 反貧困・新自由主義
  

 2月28日放送の、NHK総合テレビの「にっぽんの現場」という番組で、地方私鉄における非正規雇用の広がりとワークシュアリングの実態が取り上げられているのを見ました。まずは、当該番組「わしらの給料どうなるんか~広島路面電車 運転士の本音~」の解説から引用します。

>広島県で路面電車とバスを運行する広島電鉄。乗務員には正社員と契約社員(非正規社員)がいる。両者の賃金格差を是正するために、いま給与体系を一本化しようという労使交渉が行なわれ、内容をめぐって経営側と組合側は激しい応酬を続けている。組合は、勤続年数や年齢に応じて給料が上がる仕組みを作るべきだと主張。一方、経営側は定期昇給は保障できないと主張している。組合員の間にも微妙な意識の違いが生じ始めている。勤続28年50歳代の正社員は、「私たちは、ただ運転するだけではなく、地域住民の生活を支えている。その意識を高めるためにも定期昇給は必要だ」と考える。しかし、契約社員の中には「賃金が上がるのはありがたいが、定期昇給よりも雇用が大事だ」と、会社案にも一定の理解を示す声も。労使交渉に合わせて開かれる職場集会でどんな議論から、働くことの意味や、賃金と雇用を両立させることの難しさを描く。<
 http://www.nhk.or.jp/nippon-genba/yotei.html

 私がこの番組を見ようと思ったのは、まず自分自身が鉄道ファンであり、また、以前も鉄道会社における非正規雇用への置き換えの話題を自分のブログで取り上げた事もあったので、当該職場における正規雇用と非正規雇用の間の格差是正、ワークシェアリングの試みにも関心があったからです。

 見て感じた事の、まず第一点はやはり、「一体何処まで非正規雇用に置き換えれば気が済むのか」という事です。
 そもそも、鉄道員と言うのは、たとえそれが第一線の電車運転士だけに限らず、他のどんな部署であろうとも、こと人の命を預かる、そういう仕事です。そういう仕事を、責任だけは正社員以上のものを要求しておきながら、待遇は契約社員(平たく言えばパート・バイト・派遣社員)の低待遇に押し止めておくと言うのでは、余りにも会社側の身勝手が過ぎます。人にそれなりの責任を求める以上は、それに見合った待遇や権限を用意しなければ、誰も人は来ません。
 いくら失業難でも、介護や医療分野になかなか人が来ない(来ても直ぐ辞める)のも、偏にその為でしょう。

 第二点は、そこで議論が進んでいるワークシェアリング(仕事・雇用の分かち合い)の、労使の認識の違いについて。労組側は、「勤続年数や年齢に応じて給料が上がる仕組み」は維持した上で、ベテランが自分たちの賃上げをある程度見送っても、若年層の正規職や、契約社員などの非正規職の賃上げを重視しました。つまり、世代間の賃金格差是正を、賃金体系見直しの最優先課題に据えたのです。
 経営側は、それに対して、「定期昇給」ではなく一種の「職務勤続給」の形で段階別に賃金をランク分けした上で、一定年数経過後は昇給も無くなるという見直し案を提示してきました。
 私、これを見て、労組側(労働者)と経営者の、ワークシュアリングの捉え方の違いが、はっきりと認識出来ました。労働者が、ワークシェアそのもの(分かち合いによる格差是正)に価値を見出しているのに対して、経営者は、労働者間の「分かち合い」や「格差是正」なんて、本当は別にどうでも良くて、あくまでも総人件費の抑制を狙って、ワークシュアリングを導入しようとしているのに過ぎない、という事が(上記写真のイメージ図を参照の事)。
 
 第三点は、「広島電鉄よ、お前もか」という気持ちです。広島電鉄と言えば、地方私鉄の中では中堅どころで、経営基盤も比較的安定していた鉄道会社です。長らく広島市民の足として機能し、原爆投下3日後には路面電車の一部運行再開にこぎつけ、当時の市民を励ますなどの、多くの逸話も残してきました(当時の被爆電車が今も一両現役で走っている)。そして、戦後の高度経済成長期にも、一時は路面電車廃止の話が浮上したものの、市内軌道線と郊外鉄道線(宮島線)との相互乗り入れや、最新式低床車両の導入などのバイアフリー施策で、乗客の利用回復に成功し、引き続き多くの市民から親しまれてきたと聞いていたのに。
 

 ワークシュアリングについても、色々調べて見ましたが、一番の成功例とされるオランダでは、労働者も勤務時間短縮や賃金抑制などで一定譲歩する代わりに、経営者も福利厚生施策を安易に切り下げたりはせずに、政府も減税や社会保険料の負担肩代わりを行うなどの、「三者痛み分け」で経営危機を乗り切り、雇用拡大と格差是正で、失業率の大幅引き下げに成功した、との事です。オランダでは、パートタームとフルタイムの賃金格差は、僅か7%程度なのだとか(日本では44%)。これこそが、本来の「ワークシェア」であり、「痛み分け」ではないでしょうか。

 然るに、今の日本の政府・財界はどうでしょうか。派遣切りで住む所も失いホームレスが激増している現状を、「中福祉・中負担」だと言いくるめ、「それを維持していく為には消費税増税しかない」と、臆面もなくほざく。自分たちは思いっきり法人税減税の恩恵を蒙りながら。
 また、開発途上国の資源と労働力を散々買い叩いておきながら(EPAによる低賃金外国人ケア・ワーカー受け入れなど、正にそうだろう)、自分たち多国籍企業による搾取は棚に上げて、「国際競争」を口実に、自国の労働者にも賃下げや社会保障切り下げを迫る。そして、「儲かりさえすれば何をしても良い」と、博打紛いの投機や経営に走り、世界経済に思いっきり穴を開けておきながら、自らは尻拭いを一切せずに、その責任を労働者人民に転嫁して恥じない。これの、一体何処が「ワークシェア」や「痛み分け」なのでしょうか。

 自民党や財界は、かつて反共宣伝の一環として、「社会主義になると、かつての旧ソ連・東欧圏や、一時期の中国の様な、”みんな等しく貧乏”な社会になってしまう」という言い方をよくしました。しかし、何の事は無い、それは、かつての旧ソ連や中国だけに限った話ではなく、今やこの日本も同様に、「みんな等しく貧乏」な社会になってしまったではないですか。
 「みんな等しく」痛み分けだとか言いながら、自分たち特権層だけは最初から除外して、そういう意味では全然「等しく」なく、それ以外の大多数の人間だけが「みんな等しく貧乏に」なってしまったではないですか。こんなニセモノの「痛み分け」「中福祉・中負担」「ワークシェアリング」話に、ゆめゆめ騙されないよう、くれぐれもご用心を。

(参考資料)

・「ワークシェアリング」ってどんな制度?(All About)
 http://focus.allabout.co.jp/contents/focus_closeup_c/jijiabc/CU20090112A/index/
・鉄道、バス事業での契約社員の組織化事例(連合・私鉄中国地方労働組合・広島電鉄支部)
 http://www.jtuc-rengo.or.jp/roudou/koyou/part/data/jirei/shitetsu.html
・広島電鉄(ウィキペディア)
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%83%E5%B3%B6%E9%9B%BB%E9%89%84
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