アフガン・イラク・北朝鮮と日本

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「明るい北朝鮮」への道をひた走る日本

2017年02月23日 00時43分41秒 | 反改憲・戦争協力

 

 森友学園という大阪の学校法人があります。右翼的な教育方針を掲げる塚本幼稚園の経営母体です。この塚本幼稚園の事はまた後で詳しく述べます。その塚本幼稚園を経営する森友学園が、豊中市内の地価7~8億円相当の国有地を、新設小学校の建設予定地として、僅か1億円余りで落札した事が問題になっています。

 ①小学校用地とほぼ同じ広さの隣地を豊中市に公園予定地として売却した時は14億円余りも徴収したのに。
 ②別の学校法人が同じ土地を7億円で買い取ろうとした時は安すぎると断っておきながら。
 ③国有地の売却については、税金の使い道を明らかにする為にも情報公開が原則なのに、森友学園の場合だけ非公開にして。
 ④健全な学校経営を保証する為にも一括購入が原則なのに、当初10年分割払いにして、問題が発覚した途端にまた一括購入に戻したり。
 ⑤タダ同然の値引きはゴミ撤去費用を計上した為としながら、実際は今もゴミ搬出は手つかずで、費用の積算根拠もあいまい。
 ⑥この不透明な契約については、大阪府の私学審議会や近畿財務局の会議でも異論が噴出したのに、簡単に認可され。
 ⑦小学校の認可はまだ降りてないのに、もう4月の開校目指して校舎の工事もほぼ完成。
 ⑧学園理事長は右翼団体・日本会議の大阪支部役員で、首相を初め安倍政権閣僚のほとんども日本会議の幹部で占められている。
 ⑨小学校の名前も、当初は「安倍晋三記念小学校」としながら、問題が大っぴらになった途端に「瑞穂(みずほ)の国記念小学院」に改名。
 ⑩この異例のスピード審査も、安倍晋三の妻・昭恵(あきえ)を名誉校長に据え、学習指導要領改定で日の丸・君が代強制を保育園にも広げる突破口にする為ではないか。

 以上の数々の疑惑が取りざたされる「瑞穂の国記念小学院」建設予定地を、今日の休みを利用して観て来ました。阪急宝塚線庄内駅を降りて文化会館を通り過ぎ、豊中市立第十中学校の隣の、名神高速道路沿いの8770平方mの土地が、その建設予定地です。市道をはさんで右側の9492平方mが市立公園になっていて、その更に右側に第十中学校があります。周囲には住宅やマンションが立ち並び、大阪音楽大学や付属のオペラハウスも近くにあります。

 小学校の校舎はもう8割方完成し、後は内装を待つだけとなっています。木造建築にする事で、国交省の「サステナブル建築物等先導事業(木造先導型)」からの補助金も得る事が出来たそうです。工事の中心は、既に校舎前のグラウンド整地に移っているように感じました。それにしても、校舎の大きい事、グラウンドの広い事。8千平米余りという事は、四方が100メートル近くにもなります。実際に周囲を歩いてみて、その広さを実感しました。やはり「百聞は一見にしかず」です。 

 

 このニュースを伝える2/9付朝日新聞(左上)と2/21日付日刊ゲンダイ(右上)の紙面。大手メディアの中で、この問題を報道しているのは朝日や東京新聞など一部に限られます。安倍ヨイショの読売やNHKは完全スルーで、産経に至っては「アッキー(昭恵)感涙!」と礼賛報道に終始する始末です。これらのメディアについては、一層の事、「安倍晋三記念」新聞とか「安倍晋三記念」テレビとかに改名してはどうかと思ってしまいます。

 「瑞穂の国記念小学院」のHPで、安倍昭恵が「籠池先生の教育に対する熱き想いに感銘を受け、このたび名誉校長に就任させていただきました」と祝辞を述べています。「優れた道徳教育を基として、日本人としての誇りを持つ、芯の通った子どもを育てます」「そこで備わったやる気や達成感、プライドや勇気が、子ども達の未来で大きく花開き、其々が日本のリーダーとして国際社会で活躍してくれることを期待しております」と、もう手放しの礼賛ぶりです。今まで「家庭内野党」として脱原発を標榜したり、三宅洋平と一緒に沖縄・高江の座り込みテントを訪問したりしたのは、ただのポーズだった事が、これでハッキリしました。その次に登場する校長で「総裁」(政党の党首気取りかよw)の籠池泰典(かごいけ・やすのり)は右翼団体・日本会議大阪支部の幹部で、その次の国会議員の平沼赳夫(ひらぬま・たてお)も日本会議の最高幹部です。

 小学校の工事現場を後にした私は、ついでに森友学園が経営する塚本幼稚園も観に行く事にしました。阪急電車で庄内から梅田まで戻り、大阪駅からJR東海道線を神戸方面に1駅乗ったら、もう最寄り駅の塚本です。くだんの幼稚園は、駅から新淀川の方に線路沿いに歩き、幹線道路を左に折れて少し歩いた住宅街の真ん中にありました。幼稚園のHPにも案内地図が載っています。

 この塚本幼稚園が右翼的な教育方針を掲げ、園児に君が代や軍歌を歌わせ、教育勅語を朗読させている事は、私も既に知っていました。しかし、問題はそれだけに留まりませんでした。週刊SPA!2/28日付最新号や「T(塚本)幼稚園退園者の会」ブログの記事には、もっと酷い話が一杯出て来ます。園児にトイレも自由に行かせず、ウンチをお漏らししても、ビニール袋に入れさせ、カバンにつめたり、くくりつけたりして、晒し者状態にして自宅に持って帰らせたり。在日韓国人の保護者に向かって、副園長がこれ観よがしに「私は在日韓国人なんか嫌いだ!」と言ったり。幼稚園に対する批判を全て「K国人やC国人のスパイ」呼ばわりしたり。

 大体からして、今の日本国憲法が施行されて70年以上経ち、もう21世紀になって久しいのに、いまだに明治時代の「教育勅語」を教育の指針にしている事自体が異常です。「勅語(ちょくご)」というのは、国民に対して天皇が下した命令です。命令の中では、国民の事を「臣民(しんみん)」と呼んでいます。臣民とは「家来」という意味です。つまり、天皇個人が、法律にも基づかず、個人の資格で家来に命令しているのです。今の民主国家・法治国家では考えられない事です。
 その内容も、前段の現代風に言えば「両親を大切にし、友達と仲良くし、夫婦喧嘩をせず、倹約に努め、勉強し、努力して、法律を守り、世の中の為になる事をして…」という一見もっともらしい教えも、その最終目的は「お国の為に死んで天皇に尽くす」為のものだという事です。勅語には「一旦緩急(かんきゅう)あれば義勇公に奉じ、以って天壌無窮(てんじょうむきゅう)の皇運を扶翼(ふよく)すべし」と、やたら難しい言葉で書いてあるので分かり難いですが、この文章はそういう意味なのです。

  

 そんな塚本幼稚園にも入園希望者が来るのは、子どもに人気の猫バス(送迎バス)を運行しているからです。しかし、一見かわいい猫バスの車体にも、教育勅語を礼賛した小学校の募集広告や寄付金呼びかけのポスターが張られていました。猫バスに騙されて入ったら軍国主義教育の幼稚園だったと気づいても、もう後の祭りです。入ったが最後、そう簡単には退園させてくれません。罵詈雑言を浴びせられるのを覚悟しなくてはなりません。「ファシズムも最初は微笑みながら忍び寄って来る」のです。アベノミクスで釣って憲法改正へ持って行こうとする安倍晋三のように。

 

 前述の幼児虐待まがいの行為も、園児を一人の人間としてではなく、単なる天皇や国の奴隷、家来としか見ない所から来ているのです。戦前の特攻隊と同じです。今の民主主義や基本的人権尊重の考えとは全く正反対です。そんな園長や理事長からすれば、園児や保護者、保育士たちの当然の願いや要求すら「権利の行き過ぎ」にしか見えないでしょう。こんなものは「教育」ではない。ただの「調教」でしかない。

 ところが、今まで散々、「左翼教師による偏向教育を許すな!」「教育の政治的中立性を守れ!」と言っていた連中が、森友学園の場合に限って、「私立学校には教育の自由がある」と言い出しました。これは問題のすり替え以外の何物でもありません。トイレにも自由に行かせず、平気でパワハラや差別をするような奴らに、「自由」や「人権」を口にする資格はありません。子どもや保護者の自由や人権を踏みにじっておいて、何が「私学教育の自由」かよ。ましてや、そんなニセモノ教育の金儲けの為に、国民の税金でまかなわれた国有地がタダ同然で払い下げられては堪りません。それは単なる背任、犯罪行為であって、「私学の自由」とは何の関係もありません。

 安倍は、欧米の指導者の前では「日本も民主国家・法治国家で、中国や北朝鮮のような独裁国家とは違うんだ」と言いますが、実際は自分たちこそが、安保法の強行採決一つとっても分かるように、民主主義も法治主義・立憲主義も無視して、今の中国・北朝鮮や戦前の大日本帝国、江戸時代の「バカ殿様」のように振る舞う独裁者そのものじゃないですか。「日教組から教育の中立を取り戻す」と言いながら、憲法も人権も民主主義も無視して、戦前美化に酔いしれているだけじゃないですか。安倍夫人がこんな偏った教育を行う小学校の名誉校長に収まっていられるのが、その何よりの証拠です。

 マスコミは、朴槿恵(パククネ)・韓国大統領の政治私物化疑惑や、北朝鮮の金正男(キム・ジョンナム)暗殺事件ばかり報道しますが、外国の事件をそんなに報道する暇があるなら、日本の安倍政権による、この国有地払下げ談合疑惑・政治私物化や、教育勅語礼賛に見られる時代錯誤の個人崇拝・独裁賛美をなぜ問題にしないのでしょうか?それがこの体たらくでは、安倍の目が怖いから、外国の事ばかり取り上げ、国民の不満をそちらに逸らそうとしているだけではないですか!

 「明るい北朝鮮」という言葉があります。シンガポールの独裁政治を皮肉った表現です。東南アジアのシンガポールは、淡路島ほどの島国でありながら、中国人やマレー人、インド人など多くの人種が200万人も住む都市国家です。観光地で金融の中心として繁栄していますが、実は選挙も議会も形だけの独裁国家なのです。定数5の選挙区でも多数与党が5議席全部を独占してしまう与党に有利な選挙制度の下で、与党に逆らったら公営住宅の抽選からも外されてしまう。実はそんな国なのです。でも、一見すれば経済的には豊かに見えるので、「明るい北朝鮮」と呼ばれるのです。

 日本もそれと同じじゃないですか。平和憲法があり、労働組合法や労働基準法で労働者の権利が守られているように見えても、実際はブラック企業がはびこり、正社員中心の大企業の組合は会社べったり。その下で、一人一人の労働者も、安倍政権や会社には何も言えず。選挙も棄権するばかりで、全然、自分の権利を行使しようとはしない。だから、安倍みたいな極右のキチガイが、いつまでも首相にのさばっておられるのです。「明るい北朝鮮」そのまんまじゃないですか。朴槿恵(パククネ)の政治私物化を許さない韓国の国民の方が、よっぽど先進国の国民らしいです。「社畜・奴隷根性も大概にせえよ!」と言いたいです。

学校法人に大阪の国有地売却 価格非公表、近隣の1割か(朝日新聞2/9日付朝刊)

 財務省近畿財務局が学校法人に払い下げた大阪府豊中市内の国有地をめぐり、財務局が売却額などを非公表にしていることが分かった。朝日新聞が調査したところ、売却額は同じ規模の近隣国有地の10分の1だった。国有地の売却は透明性の観点から「原則公表」とされており、地元市議は8日、非公表とした財務局の決定の取り消しを求めて大阪地裁に提訴した。
 売却されたのは、豊中市野田町の約8770平方メートルの国有地。近畿財務局が2013年6~9月に売却先を公募し、昨年6月に大阪市内で幼稚園を営む学校法人「森友学園」に売った。契約方法は、公益目的で購入を希望する自治体や学校法人、社会福祉法人などを優先する「公共随意契約」がとられた。
 この契約について、地元の豊中市議が昨年9月に情報公開請求したところ、財務局は売却額などを非公表とした。朝日新聞も同年12月に公開請求したが、今年1月に同じく非公表とされた。国有地の売却結果は透明性と公正性を図る観点から、1999年の旧大蔵省理財局長通達で原則として公表するとされている。だが、財務局は取材に「学園側から非公表を強く申し入れられた。公表によって学校運営に悪影響が出るおそれがある」と説明した。
 朝日新聞が登記簿などを調べると、森友学園側に契約違反があった場合、国が「1億3400万円」で買い戻す特約がついていた。公益財団法人の不動産流通推進センターによると、買い戻し特約の代金は売却額と同じ額におおむねなるという。森友学園の籠池泰典理事長も売却額が買い戻し特約と同額と認めた。
 一方、財務局が森友学園に売った土地の東側にも、国有地(9492平方メートル)があった。財務局が10年に公共随契で豊中市に売ったが、価格は約14億2300万円。森友学園への売却額の約10倍とみられる。ここは公園として整備された。

■「日本初、神道の小学校」開校の予定

森友学園が買った土地には、今春に同学園が運営する小学校が開校する予定。籠池理事長は憲法改正を求めている日本会議大阪の役員で、ホームページによると、同校は「日本初で唯一の神道の小学校」とし、教育理念に「日本人としての礼節を尊び、愛国心と誇りを育てる」と掲げている。同校の名誉校長は安倍晋三首相の妻・昭恵氏。
 籠池氏は取材に「(非公表を)強く求めていない。はっきりではないが、具体的な売却額は財務局が出したと記憶している」と説明している。昭恵氏には安倍事務所を通じて文書で質問状を送ったが、回答は届いていない。(吉村治彦、飯島健太)

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アボカド食べてメキシコ応援

2017年02月17日 22時28分44秒 | なにわB級グルメ探訪

 

 先日、仕事帰りにふと立ち寄ったスーパーで、メキシコ産アボカドを1玉98円の特売価格で売っていたのを見て、俄然、メキシコを応援したくなりました。
 今、米国では、大統領に就任したトランプの扇動によって、外国人、とりわけメキシコからの移民が目の敵にされています。そして、「メキシコ国境に壁を作り、不法移民の侵入を防ぐ」「壁の費用はメキシコに負担させる」と、盛んに言っています。しかし、そもそも不法移民激増の原因を作ったのは実は米国自身なのです。米国が1994年にメキシコやカナダと北米自由貿易協定(NAFTA=ナフタ)を結んだ事で、米国は自国の農産物を関税なしに輸出できるようになりました。その結果、両国には米国産の安い小麦やトウモロコシが大量に流入する事になり、特に経済力が劣るメキシコでは、食料を自給できなくなりました。メキシコの主食はトウモロコシで、代表的なメキシコ料理タコスの原料もトウモロコシなのに、そのトウモロコシも米国産の方が安いので、全然売れなくなり、失業した農民が不法移民となって米国に出稼ぎに行くようになったのです。
 食料は、ただ単に安ければ良いという物ではありません。安いのはそれなりに裏があるのです。米国の小麦やトウモロコシが安いのは、広い農地で資本力に物を言わせて、大型機械を動員し、大量に農薬を撒いて、効率よく収穫できるからです。その農産物を、穀物メジャーと呼ばれる大企業が農家から安く買い取り、海外に売りさばいてきました。米国政府も穀物メジャーを後押ししてきました。しかし、それは環境破壊と隣り合わせです。農薬の大量散布や地下水のくみ上げによって、土壌の汚染や砂漠化が今も急速に進行しています。また、「安かろう悪かろう」という事で、安全性の確認もなおざりにして、農薬まみれの遺伝子組み換え作物が大量に作られるようになりました。大企業の金儲けの為に、国民の健康がないがしろにされているのです。
 そんな金儲け本位の企業農業が出来るのも、米国には広大な農地と豊富な資金力があるからです。メキシコにはそんなものはありません。確かに、米国ほど広くはありませんが、メキシコの領土も相当広いです。しかし、その北半分は砂漠やサバンナなどの乾燥地帯で、南半分も大半は熱帯雨林です。小麦やトウモロコシが栽培できるのは、メキシコシティーを中心とした中央高地に限られます。経済規模も、米国とメキシコでは、雲泥の差があります。人口密度も、メキシコの方がはるかに高いです。自然条件も経済力も全然違うのに、メキシコも米国と同じ様なやり方で、農業が出来る訳ありません。

 しかし、その米国の広大な土地や豊かな経済力も、元々、米国のものではないでしょう。ヨーロッパから移住した移民の祖先が、北米大陸の先住民インディアンから土地や天然資源を奪い、それを元手に築き上げたものに過ぎません。そして、移民の祖先が作った今のアメリカ合衆国の独立宣言や憲法に謳われている自由や平等などの人権も、最初は白人にしか認められていませんでした。黒人やヒスパニックなどの有色人種には認められていませんでした。黒人は、自分が先にバスの座席に座っていても、白人が乗って来たら無条件でバスの座席を譲らなければなりませんでした。そう、かつて南アフリカで行われていたような人種差別が、米国内でも大手を振ってまかり通っていたのです。それに対し、黒人などの公民権運動によって、ようやく有色人種にも米国の市民権が認められるようになりました。しかし、今でも人種差別に端を発した暴動が都市部で頻発しています。
 今は米国領のテキサスやカリフォルニアなどの南部諸州も、19世紀の初め頃まではメキシコの領土でした。テキサス、カリフォルニア、ユタ、ネバダ、アリゾナなどのスペイン語由来の州名や、ニュー・メキシコの州名、カリフォルニア共和国(California Republic)と記されたカリフォルニア州の旗などは、その名残です。メキシコ領だったテキサスやカリフォルニアの住民の間に、メキシコからの独立の機運が高まり、米国は最初、独立運動を支援します。そして、独立を達成した途端に、米国領に併合してしまったのです。同様の手口で、米国はハワイを併合し、東南アジアのフィリピンも自国の植民地にしてしまいます。

 メキシコなどの中南米諸国は、独立は形だけで、実際は米国の経済植民地でした。経済の実権を握っているのはユナイテッド・フルーツなどの米国系企業でした。中南米諸国の事を指す「バナナ共和国」という言葉も、バナナ栽培を行うユナイテッド・フルーツに支配される国の状態を皮肉った表現でした。その中から、メキシコでは20世紀の初め頃から、その他の中南米諸国でも1930年代ぐらいから、米国の経済的支配から離脱する動きが高まります。メキシコでも、外国資本から奪われた土地や天然資源を取り戻し、国民の共有財産にしようという動きが強まります。それがやがて、メキシコ革命やボリビア革命、キューバ革命、チリのアジェンデ社会主義政権成立となって現れます。
 その中で、米国は反撃に出ます。その一つが先述の北米自由貿易協定(NAFTA)の締結でした。その協定の内容を一言で言うと、「輸出入にかかる関税をゼロにして、締結国の間では自由に貿易が出来るようにしよう」という物です。一見、もっともらしい内容ですが、経済規模の違う国同士で、完全に貿易を自由化してしまったら、一体どうなります?弱い国は強い国に飲み込まれるだけです。「自由」なのは強い国だけであって、弱い国は「奴隷」に甘んじるしかないのです。これの一体どこが「自由」なのか?そして、強いのは、その国が「公正」な競争の中で「努力」したからなのか?違うでしょう。元々、色んな先住民族が共存し合っていた土地に、いきなり白人の「不法移民」がなだれ込んできて、ゴールドラッシュや西部開拓によって、先住民の土地を奪い、奴隷としてこき使い、戦争を吹っ掛けて他国の領土を侵略し、天然資源を奪ったからじゃないですか。かつて米国が、戦争でメキシコ領を一方的に併合し、フィリピンを植民地にしたように。自分たちこそ、さんざん「不法移民」として他人の財産を奪っておいて、何を今頃になって被害者ヅラしているのか!
 既にNAFTAが締結された1994年に、メキシコで最も貧しいチアパス州の農民が、締結に抗議して、かつての革命指導者の名を冠した左翼ゲリラ、サパティスタ民族解放軍(EZLN)を結成して立ち上がっています。その他の中南米諸国でも、経済の自由化や規制緩和によって経済格差が広まり、それに怒った民衆によって軍事政権が次々と倒され、かつて「米国の裏庭」「バナナ共和国」と言われた地域も、今や反米左派政権だらけになりました。

 ただ、物事には何事にも両面があります。小麦やトウモロコシは米国産の方が安いですが、アボカドはメキシコ産の方が圧倒的に安いし、品質も良いのです。熱帯産果実のアボカドは、メキシコが本場ですから当然です。NAFTAで、メキシコから米国に輸出するアボカドにも関税がかからなくなった事で、今や米国で食べられるアボカドの8割がメキシコ産で占められるようになりました。メキシコも、「トランプがメキシコ国境に壁を作るなら、もうアボカドを米国に輸出してやらない」と息巻いています。
 そこで私も、アボカドを食べる事で、自分もささやかながら、メキシコを応援する事にしたのです。「México caída allí! Trump que no pierden!  メキシコ頑張れ!トランプなんかに負けるな!」と。でも、実は私、今まで一度もアボカドを食べた事がなかったのです。アボカドがブームになったのは、ごく最近だし、余り食べる機会もなかったので。すき家の「アボカド牛丼」位しか知らないし、今さら、それを食べる為だけに、わざわざ「すき家」みたいなブラック企業に行くのもバカらしいので。
 その中で、この前の休日に、難波の黒門市場を通りかかった時に、偶然、「サーモン・アボカド丼」のメニューを掲げたお店を見つけたので、そこで初めてアボカドを食べました。「森のバター」と言われるだけあって、非常にまろやかなお味でした。キュウリとマッカのちょうど中間みたいな食感でした。

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自慢の子育て施設も、実はただの玩具のショールームに過ぎない

2017年02月10日 21時42分51秒 | 反貧困・新自由主義

 

 私の地元の大阪府高石市は、保育園・幼稚園の統廃合や民営化を積極的に進める一方で、子育て施設を駅前に作り、待機児童ゼロを目指すと盛んに宣伝しています。その子育て施設がHUGOOD TAKAISHI(ハグッドたかいし、以下ハグッドと略す)です(上記写真)。玩具販売会社のボーネルンドと提携して、0歳から5歳までの幼児を親子同伴で遊べる施設を作ったと、市役所の広報誌や南海電車の宙づり広告などで、今、盛んにアピールしています。

 ハグッドは、南海本線高石駅前にあるアプラ高石(公民館施設)の3階にあります。中には、絵本や子育て情報誌が置かれた「まなびのひろば SQUARE」、カラフルで色んな種類の玩具が置かれ親子で遊べる「あそびのひろば PLAY LAB」、ベンチや観葉植物が置かれ親子同士で交流できる「いこいのひろば TERRACE」の、3つのコーナーがあります。どのコーナーも親子同伴でないと利用できません。そのうち、「あそびのひろば PLAY LAB」が施設の約半分のスペースを占め、はいはい・よちよち歩きの赤ちゃんコーナーや、積み木ブロックなどの玩具がそろったコーナー、ままごと遊びが楽しめるコーナーなどに、更に細かく分かれます。

 「あそびのひろば PLAY LAB」は有料で、親子1組で1時間に付き500円の利用料が必要です。更に、親子1人それぞれ増えるたびに250円の追加料金や、15分延長するごとに1人50円の延長料金を徴収されます。しかも、案内のリーフレットには、「施設内のトラブルには一切責任を負わない」「スタッフの業務はあくまで遊び方の説明や施設案内だけで、子どもの安全管理は保護者の責任でやって欲しい」との記述までありました(上記写真)。これでは、親が自宅の中で子どもの面倒を見るのと、全然変わりません。面倒を見る場所が自宅から外部の施設に変わっただけです。しかも、有料で親子同伴でないと利用できないので、共働き世帯や金銭的に余裕のない家庭にとっては、しょせん高嶺の花でしかありません。買い物中はスタッフに子どもを預ける事も出来ますが、それも最大3時間までで、別料金を払わなければなりません。これでは、とても「子育て施設」とは言えません。実態は、ただのオモチャ会社のショールームに過ぎないのではないでしょうか?

 ハグッド業務委託先のボーネルンドという玩具販売会社についても少し調べてみました。ボーネルンドとは、デンマーク語で「子どもの森」という意味だそうです(子ども=borne、森=lund)。ハグッドの入り口に置いてあった会社案内のパンフレット(上記写真)にも、「遊びを通して子どもの健やかな成長を応援する…それが、多様性を受け入れ、互いに尊重し協力できる、心の豊かな社会をつくる事につながる」とありました。理念は誠に立派です。しかし、ハグッドとよく似たキドキドという業態について、実際の求人条件を調べてみると、非正規雇用の契約社員で、時給も千円に満たず、月収もわずか16万円前後といった低待遇の募集ばかりでした。これでは、「保育士になりたい」「たとえ薄給でも子どもと触れ合いたい」という応募者の夢につけ込み、「やりがい搾取」で労働者をこき使っているだけではないですか!

(以下、東京都の求人内容より一部抜粋)

■ ボーネルンド本店
東京都渋谷区神宮前1-3-12 1階
仕事内容: 販売  時給: 970円  契約社員 月額換算: 163,687円  勤務時間: 9:30~20:00 ( 1日7.5H )

■ 渋谷・東急本店
東京都渋谷区道玄坂2-24-1 6階
仕事内容: 販売  時給: 970円  契約社員 月額換算: 163,687円  勤務時間: 9:30~19:30 ( 1日7.5H )

■ 代官山店
東京都渋谷区猿楽町16-15 代官山T-SITE GARDEN 5号棟 1F-A
仕事内容: 販売  時給: 970円  契約社員 月額換算: 163,687円  勤務時間: 9:30~20:30 ( 1日7.5H )

■ 京王百貨店新宿店
東京都新宿区西新宿1-1-4 7階
仕事内容: 販売  時給: 970円  契約社員 月額換算: 163,687円  勤務時間: 9:30~20:30 ( 1日7.5H )

http://www.hoikushibank.com/pr/bornelund

 ここで高石市における保育行政の流れについて少し述べておきます。高石市公立保育所を残す会のHPによると、小泉構造改革以降、民主党政権や安倍自民党政権の下で、保育園・幼稚園の統廃合や民営化が全国的に推し進められる中、私の地元の大阪・高石でも、前の寺田市長の時代から、保育園の統廃合や民営化がトップダウンで強行されました。それに反発した保護者が、民営化反対の住民訴訟を起こすまでになっています。その中で、2003年の市長選で初当選したのが今の阪口新六(さかぐち・しんろく)市長です。この時の市長選では、堺市との合併問題が一大争点に浮上し、合併反対を掲げた阪口氏が、当時現職だった寺田市長に対し、ダブルスコアで圧勝しました。当時の阪口市長は、保育所の民営化についても反対ないしは凍結の立場を取っていました。

 ところが、当選後は一転して保育の民営化を推進するようになりました。既に前市長時代に民営化されてしまった東羽衣保育所に加え、2009年には高石保育所も民営化され、取石(とりいし)保育所は認定子ども園に再編されてしまいます。2012年には加茂保育所と羽衣保育所も廃止され、今や公立保育所は綾園(あやぞの)の1ケ所だけになってしまいました。その他にも、かつて公約に掲げていた市民病院の建設も、ふたを開ければ夜間休日診療所(保健センター)に取って代わる等、公約の変質・後退が目につきます。

  

 廃止された市立保育所は今や草ぼうぼうです(左上写真:旧羽衣保育所)。市役所が言う少子高齢化の進展とは裏腹に、実際は「保育園落ちた!日本死ね!!」と言われるまで待機児童問題が深刻化しているのに。格差社会の陰で、食事も満足に取れない子どもが大勢いると言うのに。玩具メーカーのショールームでしかない「子育て施設」の宣伝に力を入れるくらいなら、廃止された保育所を「子ども食堂」の拠点として活用するほうが、まだよっぽどマシではないでしょうか?

 市長が保育所民営化の口実として持ち出すのは、一つには耐震化補助金の獲得です。保育所を民営化すれば、国の基金から耐震化予算の補助金が出るが、公立のままだと出ないと言うのです。確かに、保育所を民営化すれば、国の「安心子育て基金」から補助金が出る仕組みになっています。しかし、公立のままでも、国からは地方交付税交付金の形で補助金が出るはずです。

 市長が持ち出す、もう一つの口実が財政逼迫(ひっぱく)です。しかし、いくら保育所民営化で公務員の人件費を削減しても、ハグッドの運営を委託しているボーネルンドに年間5880万円も委託費を払い、遊具購入の為に1260万円も市民の税金を補填(ほてん)していては、何もなりません。ボーネルンドも営利企業である以上は、儲からなくなれば撤退します。そうなれば、残された子どもや保護者は一体どうなるのでしょうか?

 市長の施策には、他にも、南海高師浜(たかしのはま)線の工場夜景ラッピング電車(右上写真)運行補助金や、芦田川改修「せせらぎ整備事業」等、不要不急で、その時々の思いつきで行っているとしか思えないような支出が目につきます。工場夜景ラッピング電車の件なぞ、その典型です。臨海コンビナートの工場夜景を堪能するには、マイカーやタクシーで橋を渡って、数キロ沖合いの埋立地まで行くしか方法がありません。ところが、高師浜駅前にはタクシー乗り場すらないのです。工場夜景を観る為に高師浜線を利用する人なぞ、誰もいません。いくら、そんな事をしても、高師浜線の利用回復には結びつきません。

 そんな金があるなら、なぜ今からでも保育所を公立に戻して再開しないのでしょうか?仮に百歩譲って、保育園を民営化して幼稚園と統合するとしても、なぜ旧保育園の遊休施設を学童保育や子ども食堂の場に開放しないのでしょうか?「ラッピング電車」や「玩具のショールーム」よりも、待機児童や食事も満足に取れない子どもを救う事の方が、行政として優先すべき事ではないでしょうか?

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スノーデンと共謀罪法案

2017年02月05日 21時48分07秒 | 映画・文化批評

映画『スノーデン』 予告編

 先日の「チリの闘い」に続き、2月1日の公休日も「スノーデン」の映画を観て来ました。この日も映画ファースト・デーという事で、格安料金で映画を観る事が出来ました。来月3月1日の公休日もファースト・デーなので、当分は立て続けに映画を観る事になるでしょう。

 この映画は、米国諜報活動の闇を暴いた元諜報部員エドワード・スノーデンの実話に基づくものです。映画は、軍隊に志願したスノーデン青年が、訓練中の負傷により除隊になった所から始まります。軍医から「別の形で国に貢献しろ」と言われたスノーデンは、得意分野のITスキルが活かせるCIA(中央情報局)に就職します。そして、同じ頃、後に恋人となるリンゼイ・ミルズと交流サイトで知り合い、付き合い始めます。保守派で「愛国者」を自認するスノーデンに対し、リベラル派で政府の戦争政策にもノーと声を上げるミルズ。全く正反対な二人でしたが、やがて互いに魅かれ合うようになります。

 しかし、CIAの通称「ザ・ヒル」と呼ばれる訓練センターでのサイバー戦の実態は、当初スノーデンが思い描いていた「愛国活動」とは、似ても似つかないものでした。今まで「テロの脅威から米国市民を守る為の活動だ」と信じていたものが、実際は、他国の名も知らない市民や子供たちを、テロリストだという明白な証拠もないまま、無人機で一方的に爆撃するものだったのです。しかも、攻撃目標は他国だけではありません。自分が守るはずの当の米国市民をも、監視と諜報活動のターゲットにするものでした。

 精神を病んだスノーデンは、ミルズとも仲たがいし、失意のうちにCIAを退職します。やがて民間企業の契約社員となり、ミルズともよりを取り戻したスノーデンに、CIA訓練センター時代の教官から、NSA(国家安全保障局)の仕事を紹介されます。ちょうどブッシュからオバマに大統領が変わった時期で、米国もこれを機に新しい国になると期待したスノーデンは、その仕事を引き受ける事にしました。しかし、そのNSAの通称「トンネル」と呼ばれる秘密基地での業務も、CIAと同様、無実の市民をテロリスト予備軍として監視するものでした。例えば、「ブッシュ」「アタック」とキーワードをパソコンに入力するだけで、その言葉が含まれた世界中のメールやブログの文章を覗き見る事も出来てしまいます。

 NSAの業務は市民監視だけにとどまりません。本来は米国の同盟国であるはずの欧州各国や日本の要人のメールや発言をも、同様に監視していたのです。しかも、話はそれだけにとどまりません。もし、日本政府がこれまでの卑屈な対米追従外交を改め、日米安保条約からも脱退を表明するような事態になれば、その時は、NSAが日本のインフラ施設に密かに仕掛けたマルウェア(不正プログラム)を稼働させ、病院や送電線、ダムなどのコンピューターに誤作動を起こさせるような計画まで立てていたのです。ここまで来れば、もうNSA自身が立派なテロリストです。

 スノーデンにNSAの仕事を紹介した教官に、ミルズとの私生活の様子も、遠隔操作によってパソコンのウェブカメラで覗き見られていた事を知ったスノーデンは、このNSAによる「秘密警察」のような市民監視の実態を、マスコミに暴露する事を決断します。NSAから盗み出した通信監視プログラムのコピーを、自分の持っているルービックキューブの中に隠し入れ、秘密基地の出入り口にある金属探知機を潜り抜け、遂に外部に持ち出す事に成功します。そして、2013年、英国紙ガーディアンに、スノーデンの告発がスクープとして、世界で初めて公開される事になりました。

 CIAによる市民監視の実態をマスコミにリークしたスノーデンは、やがて米国政府からスパイの罪で告訴されます。スノーデンは、外国を転々とした末に、最終的にロシアに亡命する事になります。現在はミルズと共にモスクワで暮らしています。スノーデンは言います。「私は監視国家の闇を告発した英雄か?はたまた国家の裏切者か?それはあなた方一人一人が判断して欲しい」と。

 以上が、この映画のあらすじです。私は、この映画を観て、真っ先に「共謀罪」法案の事が頭に思い浮かびました。政府は、次の日本での五輪開催を機に、テロ取り締まりの口実で、「テロ等準備罪」新設法案として、この法案の国会提出を目論んでいます。この法案は、一見すればテロや組織犯罪の取り締まりに限定されるかのような体裁をとっていますが、何がテロで何が組織犯罪なのか、政府は一向に明らかにしようとはしません。これでは、犯罪の定義も明らかにしないまま、犯罪が行われる前から、市民を一方的に容疑者扱いして、「互いに目くばせしただけでも共謀行為として罰する」と、令状も無しに予断に基づく捜査が横行するようになります。そんな事になれば、そこらじゅう冤罪(えんざい)事件だらけになってしまいます。

 それに対して、「警察の取り調べを可視化し、録音や録画を公開すれば、法案の濫用(らんよう)を防げるのではないか?」という事を、「維新の会」が主張しています(NHKニュース:「テロ等準備罪」新設法案 維新が対案提出へ)。一見もっともらしい主張ですが、取り調べ段階以前の盗聴・尾行も含め、違法捜査の全体そのものを問題にしなければ何もなりません。別にその時は逮捕まで至らなくても、違法な情報収集によって市民のプライバシーがいつも丸裸にされた状態では、いつ何時、でっち上げ逮捕や別件逮捕が行われるか、分かったものではありません。そういう意味でも、大変勉強になった映画でした。
 ただ、心配なのはスノーデンの亡命先です。「亡命先がプーチン独裁下のロシアでは、トランプ独裁下の米国とも五十歩百歩ではないか?もう少し、まともな亡命先は無かったのか?」と、それだけが気がかりです。
 共謀罪法案の危険性については、下記の法学者の声明も是非参考にして下さい。政府の言い分がことごとく破たんしている事が、これを読んでもよく分かります。いくら「テロ等準備罪」と名前を変えたところで、その本質が「共謀罪」であり「平成の治安維持法」である事は明らかです。五輪開催は単なる口実に過ぎず、本当の狙いはテロ対策に名を借りた治安強化、憲法改悪や自衛隊の海外派兵を強行する為の監視体制作りにある事は、もう疑う余地がありません。

共謀罪法案の提出に反対する刑事法研究者の声明 2017年2月1日

 政府は、これまでに何度も廃案となっている共謀罪を、「テロ等準備罪」の呼び名のもとに新設する法案を国会に提出する予定であると報道されています。しかし、この立法は以下に述べるように、犯罪対策にとって不要であるばかりでなく、市民生活の重大な制約をもたらします。

1. テロ対策立法はすでに完結しています。

 テロ対策の国際的枠組みとして、「爆弾テロ防止条約」や「テロ資金供与防止条約」を始めとする5つの国連条約、および、その他8つの国際条約が採択されています。日本は2001年9月11日の同時多発テロ後に採択された条約への対応も含め、早期に国内立法を行って、これらをすべて締結しています。

2. 国連国際組織犯罪防止条約の締結に、このような立法は不要です。

 2000年に採択された国連国際組織犯罪防止条約は、国際的な組織犯罪への対策を目的とし、組織的な犯罪集団に参加する「参加罪」か、4年以上の自由刑を法定刑に含む犯罪の「共謀罪」のいずれかの処罰を締約国に義務づけているとされます。しかし、条約は、形式的にこの法定刑に該当するすべての罪の共謀罪の処罰を求めるものではありません。本条約についての国連の「立法ガイド」第51項は、もともと共謀罪や参加罪の概念を持っていなかった国が、それらを導入せずに、組織犯罪集団に対して有効な措置を講ずることも条約上認められるとしています。
 政府は、同条約の締約国の中で、形式的な基準をそのまま適用する共謀罪立法を行った国として、ノルウェーとブルガリアを挙げています。しかし、これらの国は従来、予備行為の処罰を大幅に制限していたり、捜査・訴追権限の濫用を防止する各種の制度を充実させたりするなど、その立法の背景は日本とは相当に異なっています。ほとんどすべての締約国はこのような立法を行わず、条約の目的に沿った形で、自国の法制度に適合する法改正をしています。国内法で共謀罪を処罰してきた米国でさえ、共謀罪の処罰範囲を制限する留保を付した上で条約に参加しているのです。このような留保は、国会で留保なしに条約を承認した後でも可能です。
 日本の法制度は、もともと「予備罪」や「準備罪」を極めて広く処罰してきた点に、他国とは異なる特徴があります。上記のテロ対策で一連の立法が実現したほか、従来から、刑法上の殺人予備罪・放火予備罪・内乱予備陰謀罪・凶器準備集合罪などのほか、爆発物取締罰則や破壊活動防止法などの特別法による予備罪・陰謀罪・教唆罪・せん動罪の処罰が広く法定されており、それらの数は70以上にも及びます。
 一方、今般検討されている法案で「共謀罪」が新設される予定の犯罪の中には、大麻栽培罪など、テロとは関係のない内容のものが多数あります。そもそも、本条約はテロ対策のために採択されたものではなく、「共謀罪」の基準もテロとは全く関連づけられていません。本条約は、国境を越える経済犯罪への対処を主眼とし、「組織的な犯罪集団」の定義においても「直接又は間接に金銭的利益その他の物質的利益を得る」目的を要件としています。

3. 極めて広い範囲にわたって捜査権限が濫用されるおそれがあります。

 政府は、現在検討している法案で、(1)適用対象の「組織的犯罪集団」を4年以上の自由刑にあたる罪の実行を目的とする団体とするとともに、共謀罪の処罰に(2)具体的・現実的な「合意」と(3)「準備行為」の実行を要件とすることで、範囲を限定すると主張しています。しかし、(1)「目的」を客観的に認定しようとすれば、結局、集団で対象犯罪を行おうとしているか、また、これまで行ってきたかというところから導かざるをえなくなり、さしたる限定の意味がなく、(2)概括的・黙示的・順次的な「合意」が排除されておらず、(3)「準備行為」の範囲も無限定です。
 また、「共謀罪」の新設は、共謀の疑いを理由とする早期からの捜査を可能にします。およそ犯罪とは考えられない行為までが捜査の対象とされ、人が集まって話しているだけで容疑者とされてしまうかもしれません。大分県警別府署違法盗撮事件のような、警察による捜査権限の行使の現状を見ると、共謀罪の新設による捜査権限の前倒しは、捜査の公正性に対するさらに強い懸念を生みます。これまで基本的に許されないと解されてきた、犯罪の実行に着手する前の逮捕・勾留、捜索・差押えなどの強制捜査が可能になるためです。とりわけ、通信傍受(盗聴)の対象犯罪が大幅に拡大された現在、共謀罪が新設されれば、両者が相まって、電子メールも含めた市民の日常的な通信がたやすく傍受されかねません。将来的に、共謀罪の摘発の必要性を名目とする会話盗聴や身分秘匿捜査官の投入といった、歯止めのない捜査権限の拡大につながるおそれもあります。実行前の準備行為を犯罪化することには、捜査法の観点からも極めて慎重でなければなりません。

4. 日本は組織犯罪も含めた犯罪情勢を改善してきており、治安の悪い国のまねをする必要はありません。

 公式統計によれば、組織犯罪を含む日本の過去15年間の犯罪情勢は大きく改善されています。日本は依然として世界で最も治安の良い国の1つであり、膨大な数の共謀罪を創設しなければならないような状況にはありません。今後犯罪情勢が変化するかもしれませんが、具体的な事実をふまえなければ、どのような対応が有効かつ適切なのかも吟味できないはずです。具体的な必要性もないのに、条約締結を口実として非常に多くの犯罪類型を一気に増やすべきではありません。
 そればかりでなく、広範囲にわたる「共謀罪」の新設は、内心や思想ではなく行為を処罰するとする行為主義、現実的結果を発生させた既遂の処罰が原則であって既遂に至らない未遂・予備の処罰は例外であること、処罰が真に必要な場合に市民の自由を過度に脅かさない範囲でのみ処罰が許されることなどの、日本の刑事司法と刑法理論の伝統を破壊してしまうものです。

5. 武力行使をせずに、交渉によって平和的に物事を解決していく姿勢を示すことが、有効なテロ対策です。

 イスラム国などの過激派組織は、米国と共に武力を行使する国を敵とみなします。すでに、バングラデシュでは日本人農業家暗殺事件と、日本人をも被害者とする飲食店のテロ事件がありました。シリアではジャーナリストの拘束がありました。安保法制を廃止し、武力行使をしない国であると内外に示すことこそが、安全につながる方策です。

 こうした多くの問題にかんがみ、私たちは、「テロ等準備罪」処罰を名目とする今般の法案の提出に反対します。(呼びかけ人、賛同者氏名―略、以上)

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サザエさんフェチのデンデン虫に、これ以上好き勝手にされて堪るか!

2017年01月30日 23時10分10秒 | バカウヨ・アホノミクス批判

【驚愕の事実】安倍総理がドヤ顔で「云々」を「でんでん」と言い放つ

 安倍首相が国会答弁で、答弁書の「云々」という漢字を、「うんぬん」と正しく読めずに、「でんでん」と読み間違えた事が話題になっています。この話題に対して、私は最初、首相ともあろう人が、「云々」もまともに読めないのか、と思う一方で、漢字の読み間違いぐらいでそこまで揚げ足を取るのもいかがなものか、という気持ちでいました。

 かくいう私も、昔は結構、漢字の書き間違いが多かったです。大学時代に、うっかり「評価」を「評加」と書いたレポートを提出してしまい、ゼミの教授に怒られた事がありました。また、生協に勤めていた時も、「法令遵守」の「遵守」を「じゅんしゅ」と正しく読めずに、「そんしゅ」と堂々と読んでいた上司も実際にいました。

 でも、「云々」を「でんでん」と読み間違えるのは、「遵守」を「そんしゅ」と読み間違えるのとは、全然質が違うのではないでしょうか。なぜなら、「遵守」なんて、書物や新聞記事には割と出て来ますが、話し言葉では余り使われない言葉です。日常生活では余りなじみがないからこそ、たまに出て来た時に読み間違えるのです。

 それに対して、ほとんどの東京の人は、「京浜急行」を「けいひんきゅうこう」と正しく読めるでしょう。ほとんどの大阪の人も、「高野山」を「こうやさん」と正しく読めるでしょう。純粋に漢字読みの難しさだけで見れば、「浜」を「ひん」と読める人はそういないはずだし、「高野山」を「たかのやま」と読み間違えても全然不思議ではないのに。なぜ、これらの「難読漢字」を、ほとんどの地元の人が正しく読めるのか。それは、これらの路線名や地名が、地元にとって非常になじみのあるものだからです。

 「云々」も、それと同じではないでしょうか。字面だけ見ると、一見難しそうな漢字ですが、表現自体はごく平易で、書き言葉でも話し言葉でも、ごく普通に使われる言い回しです。大抵の人は間違わずに読めるからこそ、読めない事がニュースになる訳で。それに、仮に漢字が読めなくても、答弁書をしっかりと読み込み、その内容が理解できていたら、文章の前後のつながりから、そこは「うんぬん」と読む事は、容易に推察できるはずです。

 問題の場面は、1月24日の参院本会議で起こりました。民進党の蓮舫議員と安倍首相との間で、ちょうど下記のような議論の応酬になっていた時でした。

 安倍:議場の中でプラカードを掲げても何も変わらない。
 蓮舫:自民党も野党の時は議場の中でプラカードを掲げていたではないか。
 安倍:プラカードの件は、あくまでも一般論として言ったまでであって、別の民進党をあげつらうつもりで言ったのではない。だから、訂正云々という話にもならない。

 安倍首相の答弁内容はおおよそ、こんな感じでした。もっとも、首相が答弁したと言っても、実際には、前日に蓮舫議員から受け取った質問書を元に、役人が書いた答弁書を、首相は読んでいただけなのですが。答弁書を役人に書かせる事については、別に何の問題もありません。首相一人で何もかも調べて答弁する事なぞ出来ないのですから。細かな数字については、役人に調べてもらって、自分は読むだけでも一向に構いません。しかし、それでも最終的には自分の名前で答弁するのですから、何が書いてあるか、そこに自分の考えがどれだけ反映されているかぐらいは、答弁する前に分かっていなければなりません。そうしなければ、自分が責任もって答弁したとは言えません。

 少なくとも、そのような姿勢で答弁しようとしていたら、「云々」を「でんでん」と読み間違えるような事なぞ起こりようがありません。何度も言うようですが、「云々」の場合は、たとえその漢字が正しく読めなくても、そこは「うんぬん」と読むしかない事は、答弁書の文章を読めばすぐに分かるはずです。そうであるにもかかわらず、「うんぬん」と読めずに「でんでん」と言い放ち、まだ間違いに気づかないという事は、答弁書の内容を理解できずに答弁していたのではないか、もっと勘ぐれば、答弁書の内容なんてどうでも良い、ただ単に質問をやり過ごして、最後には「数の論理」で強行採決してしまえばそれで良い、ぐらいにしか考えていなかったのではないか。

【国会】山本太郎『今日は褒め殺します!!いつ総理の座から降りてくれるんだ!?』 平成29年1月25日

 同じ事は、翌日1月25日の参院本会議に起こった議事録削除問題についても言えると思います。この日は、自由党・共同代表の山本太郎議員が、安倍首相に対して、「いつも批判ばかりと言われているので、今日は褒め殺し気味に安倍首相をたたえて見せる」「大企業ファーストのアベ政治こそ、正に政治家の鏡」と批判したのが問題になり、質問者の発言を議事録から削除する騒ぎになりました。私はそれを聞いて、「議事録削除など、もっての外だ」「削除される前に自分のブログに山本太郎の質問内容を保存しておこう」と、参院のネット中継や山本太郎のHPにアクセスしました。その中で、山本議員が下記のように、「安倍さんは、自分にとって都合の良いデータだけを拾い集めて、アベノミクスの粉飾決算に必死になっている」と批判しているのを知りました。

 「庶民を犠牲にして大企業をもうけさせる。その御活躍ぶり、歴代の総理大臣を見てもナンバーワン」
 「庶民から搾り取った税金で、庶民への再分配は最低限に抑え、真っ先に手当てをするのは選挙や権力基盤づくりでお世話になった経団連など大企業や資本家、高額納税者への御恩返し。とことんおいしい減税、補助金メニューを提供」
 「一方で、派遣法を改悪し、働く人々をコストとして、切り捨てやすくする、ルール改正などを取りそろえる。おかげで、上場企業はあのバブルのときよりももうかり、過去最高益。一方で、中小零細企業の解散、休業は過去最高。見ているのは大口の支持者のみ。まさに大企業ファースト」
 「子供の貧困問題を人々の善意、基金で解決しようというウルトラCは、安倍総理が薄情で指導者の器ではないのではなく、総理はただ興味がないだけ」
 「今まで国会やメディアで取り上げられてきた厚労省の国民生活基礎調査ではなく、違うデータを持ち出して、総理は、子供の貧困率が低下したと演説されました。持ち出したのは総務省の全国消費実態調査。この調査は非常に面倒な作業を対象者に求めるもので、お金と時間に余裕がある人しかなかなか対応することができず、低所得者層の実態をしっかり反映しづらいという傾向があると言われます」
 「厚労省の国民生活基礎調査では、子供の貧困率は一六・三%。今年、最新のものが発表される予定ですが、この調査で、アベノミクス効果により子供の貧困率がどれぐらい下がるのか、総理の予想値を聞かせていただくとともに、今年、子供の貧困改善の数値目標をお答えください」(以上、山本議員の代表質問より)

 そして、安倍首相の反論答弁も、山本太郎さんのHPで、同時に読む事が出来ました。 

 「総務省の全国消費実態調査は、家計の収支などを総合的に把握している調査です。詳細な家計簿を三か月間付けていただくなど、一定の御負担を掛けることは確かですが、所得の低い世帯からも回答をいただいています。低所得者層の実態がどのように推移しているかを把握できるものと考えています」
 「昨年公表された全国消費実態調査における子供の相対的貧困率については、集計開始以来初めて低下しています。十五年前の九・二%から、十年前に九・七%と上がり、五年前に九・九%と更に上がったものが今回七・九%と、二ポイント改善しています。これは、アベノミクスの成果により雇用が大きく増加するなど経済が好転する中で、子育て世帯の方々の収入が増加したことによるものです」
 「国民生活基礎調査における子供の貧困率については、本年、精査の上、取りまとめる予定であり、それ以前の段階での予想は用意していません。子供の貧困率については、世帯の資産が評価されないこと、算定の基礎となる所得に現物サービス等が含まれないことなど、指標として制約、限界があるため、数値目標とするにはなじまないと考えています」(以上、安倍首相の答弁より)
 https://www.taro-yamamoto.jp/national-diet/6635

 この流れの中で、厚生労働省が行う「国民生活基礎調査」と、総務省が行う「全国消費実態調査」という、同じ相対的貧困率について調べた二つの分析データの内容に、なぜそんな違いが現れるのか、私は俄然、興味を持ち始めました。「相対的貧困率」というのは、大ざっぱに言えば、「国民の中で、平均所得の半分以下の貧困層が、一体どれぐらいの割合で存在するのか」を示す指標です。今の日本で言えば、大体年収200万円以下の層が、この率の範囲に該当します。それが前者のデータでは16%余なのに後者では10%前後と、約6ポイントの差が出て、首相は後者の低い方の数値を採用しているのです。

 アフリカや北朝鮮の難民のような、飢え死にする寸前の「絶対的貧困」状態にあるような人は、はた目にもすぐ分かります。しかし、たとえ平均の半分以下の所得しかない「相対的貧困」状態の人は、絶対的貧困ほど、すぐには目に付きません。だから、ネットカフェ難民やシングルマザーや下流老人のような人でも、「アフリカ難民よりは相対的にはまだマシだろう。苦しいのは本人の甘えだ」と見なされて、ずっと問題が放置されてきたのです。

 その相対的貧困の問題にも、最近になって、ようやく政治の光が当てられるようになりました。でも、その元になるデータがまちまちでは、施策の進めようがありません。内閣府・総務省・厚労省の三者が共同で執筆した「相対的貧困率等に関する調査分析結果について」と題する資料に、前述の厚労省の調査と総務省の調査の違いが、比較して載っていましたが、それを読んでもイマイチよく分かりませんでした。

 どうやら、総務省の「全国消費実態調査」の方が、データの取り方が細かそうです。家計簿を付けさせて資産額まで調べるのですから(耐久財務調査など)。それに引き換え、厚労省の「国民生活基礎調査」の方は、家計簿なぞ付けなくて良いし、資産額までは調べないようです。なぜ、調査方法にそのような違いがあるかというと、前者は家計動向を把握して経済政策の立案に反映させる為に、データの正確性を重視するのに対し、後者は福祉事務所のケースワーカーなどが対象世帯の経済状態を把握して、生活困窮者の自立を促す為のもので、こちらは正確性よりもむしろ迅速性の方が求められるからではないでしょうか。つまり、相対的貧困率を調べるという目的は同じでも、それを何に使うかによって、調査の重点が変わるのです。 

 それで、「厚労省の調査では相対的貧困率が16.3%にもなるが、総務省の調査では5年前と比べ、9.9%から7.9%に貧困率は逆に下がっている。これこそがアベノミクスの成果だ」と、安倍はドヤ顔で言っているのです。そりゃあ、総務省の調査では収入だけでなく持ち家などの資産価値もデータに反映されるので、厚労省の収入だけのデータと比べると、家計は「名目上」豊かになり、貧困率も若干下がるでしょう。

 でも、おかしいと思いません?例えば私のように、親と息子が同じ実家に住んでいる場合、息子は非正規のワーキングプアでも、親の実家に住んでいるので、今はそんなに生活に困窮していません。でも、やがて親が亡くなると、親の年金は入らなくなります。逆に実家の固定資産税や水光熱費も息子が全部負担しなくてはならなくなります。「固定資産税=家賃」と考えると、もうその時点で、生活の負担は借家住まいと変わらなくなります。非正規の給料で、果たしてどれだけ持つか?仕事をクビになったら、もう実家を売るしかない。下手すればネットカフェ難民やホームレスに転落しかねない。

 また、親が認知症になったら、誰が面倒を見れるか?非正規の息子に、親を介護する余裕なんてありません。高額の養護施設に入れる金もありません。今はもう少子高齢化や晩婚化が進んで、そんな家庭が増えつつあります。そんな状況下で、仮にいくばくかの資産があったとしても、果たしてどれだけの値打ちがあるか?ほとんど無いに等しいじゃありませんか。

 資産なんてものが意味を持つのは、中産階級以上の大金持ちに限られます。それ以下の貧乏人にとっては、たとえ実家住まいであったとしても、「とりあえず親が亡くなるまでは家賃を払わなくても良い」という程度の「一時しのぎ」にしかなりません。親が亡くなった後は、むしろ実家の維持費がかさんで、逆に「資産リスク」に苦しむ事にもなりかねません。そんな中で、いくら「相対的貧困率が9.9%から7.9%に下がった」と言われても、「アベノミクス万歳!」なんて気持ちになれる訳ないじゃないですか!

 ひょっとして、安倍首相は「サザエさん」のような家庭を想定して、「持ち家があるから良いじゃないか」「持ち家などの資産価値も含めて考えると、決して貧困や格差が拡大しているとは言えない」「低収入だ非正規だと文句ばかり言ってないで、実家を残してくれた親にもっと感謝しなさい」「社会保障なぞ当てにせず、親の面倒は子どもが全て見ろ」「もっと親をいたわり、国に対しても愛国心を持て」と、私のような人間に言いたいのでしょうか?実際に、自民党などの保守系政治家は、「サザエさん」モデルを「古き良き日本」の象徴のようにみなして、それを憲法改正や愛国心宣伝、福祉削減などの口実に利用しています。

 しかし、今やどこにそんな「サザエさん」みたいな家庭があるでしょうか?今時、三世代同居で、「波平、フネ」もピンピンしていて、「マスオさん」は正社員で毎日定時に帰宅でき、「サザエさん」も専業主婦で夫の給料だけで食べて行け、「カツオ」の学校生活も自由奔放で受験競争なども無く。「ワカメ」「タラ」と3人も兄弟がいて。連載何十年もの漫画なのに、キャラクターは全然年をとらず。ブラック企業や過労死や派遣切りや、DVや介護自殺や下流老人などの問題も、今これだけ世間で問題になっているにもかかわらず、そこには一切存在しない。戦後の総中流社会ならいざ知らず、今時そんなユートピアみたいな現実離れした家庭がどこにあるというのか?

 安倍がドヤ顔で「云々」を「デンデン」と読み、いまだにその間違いに気付かず、手抜き答弁に対する反省がないのも、貧困・格差の問題で、「今日、明日の生活に困っている」と言う話をしているのに、いきなり「資産があるから、まだまだ生活には困っていないはずだ」なんて話にすりかえようとするのも、実際の庶民の暮らしやその困窮ぶりについて何も知らないし、知る気もないからでしょう。まわりもイエスマンばかりで、誰も安倍のトンデモをいさめようとしない。これこそが「デンデン」問題の真相なのです。決して、単なる漢字の読み間違いで済む話ではありません。そもそも、日本を「総中流社会」から今のような格差社会にしたのは当の自民党なのに、その責任を「親も養えない息子」になすりつけるとは…。こんな「サザエさんフェチのデンデン虫」野郎に、これ以上好き勝手にされては堪らない。

※追記。実は資産がどうこうなんて一切関係なかった。全国消費実態調査でも国民の所得額は低下していた。でも、その為に平均所得や貧困ラインも下がり、貧困率も見かけ上は下がった、という事を、下記の赤旗記事が暴露していた。「率」だけでなく「額」の推移もちゃんと見れば見破る事の出来る話だった。http://www.jcp.or.jp/akahata/aik16/2017-01-29/2017012903_01_1.html

 

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バイト・ファースト!

2017年01月25日 07時45分40秒 | 職場人権レポートVol.3

 数日前のニュースで、トランプ大統領の就任式の様子を流していました。ニュースでは、就任会場に集まった人数も歴代大統領と比べるとまばらで、会場の外では、映画監督のマイケル・ムーアや俳優のマドンナなども加わって、50万人もの人間が反トランプ集会に参加した事が報じられていました。(関連動画

 トランプ大統領は、選挙戦のさなかでも女性蔑視や移民差別の発言を繰り返し、国民のわずか4割からしか支持されないまま、番狂わせで大統領に就任する事になりました。普通は、どんな大統領でも、ご祝儀相場で最初は高めの支持率が出るものです。しかし、このトランプ大統領に限っては、政権発足当初から支持よりも不支持の方が多い、正に前途多難な門出となりました。これはまた同時に、たとえ国民の4割からしか支持されない人物でも、大きな州で他候補より1票でも多く得票できれば、全国規模ではたとえ相手候補の票の方が上回っていても全て死票となってしまう、米国大統領選挙のいびつさをも、全世界に再認識させる結果となりました。

 その中で、ひとり日本の安倍首相だけは、米国内だけでなく全世界で反トランプ・デモが吹き荒れるさなかでも、「何があっても米国に従うのみ」と、ジャイアンにどこまでも媚びへつらうスネ夫の醜態を、またしても世界にさらけ出す事になりました。トランプ自身が「ご破算にする」と言っているTPP(環太平洋パートナーシップ協定)にも、いまだに未練たらしく固執して、「見捨てないで」と逆にTPP批准を進めようとするに至っては、「安倍は一体どこの国の首相か?」と言いたくなります。こんな売国奴でも「愛国者」のように振る舞える日本は、つくづくお目出たい国だなと思います。

 でも、そんなトランプの様な人物でも、そこそこ人気があるから大統領になれたのです。トランプ支持層の多くは、五大湖沿岸のラストベルト(寂れた地帯)に住む貧しい白人だと言われています。かつては、製鉄所や自動車工場の立ち並ぶ屈指の工業地帯として、米国の繁栄をけん引した、自分たちの街が、今や外国に職を奪われシャッター街と化してしまった。失望にうちひしがれた彼らには、「外国人から職を取り戻し、再び強い米国を実現する!(Make America Great Again!)」と叫ぶトランプが、救世主のように見えたのでしょう。

 真の繁栄は、どこか強い国が弱い国をねじ伏せて、自分の言いなりにする事では実現されません。それで、もし一時の繁栄を築く事が出来ても、更に強い国が現れれば「いたちごっこ」になるだけです。そうではなく、強い国も弱い国も、みんなともに繫栄できるようにしないと、本当の繁栄なぞ在り得ません。今の米国の衰退も、ただ単に「外国に職を奪われた」のだけが原因ではありません。それまでの半世紀以上に及ぶソ連との東西冷戦や、核戦争一歩手前まで行ったキューバ危機、ベトナム戦争やアフガニスタン戦争、イラク戦争への出費で、際限のない軍拡競争に巻き込まれ、国全体が疲弊していったところに、真の原因があります。軍拡優先から民需優先に産業構造を切り替えない限り、「貧しい白人」も「貧しい女性」や「貧しい有色人種」も救われません。トランプのように大企業減税一本槍のやり方では、「貧しい白人」は、外国人に代わって白人の大金持ちから搾取されるだけに終わってしまいます。

 その一番肝心な事を、日本のマスコミは一切指摘しません。トランプがまだ泡沫候補だった時は、面白おかしく彼の差別発言を取り上げておきながら、彼が大統領になった途端に「今太閤」と持ち上げる。トランプの掲げる「米国第一主義(America First)」に対しても、より一層の米国追従を説くばかり。沖縄の辺野古・高江の米軍基地建設強行についても、あれだけ知事選挙や総選挙で新基地建設反対の民意が示されたにも関わらず、相変わらず建設工事をごり押ししようとしています。TPPや原発推進についても同様です。国民の健康や暮らしよりも、米国言いなりで己の保身しか顧みない安倍は、一体どこの国の首相なのでしょうか?

 よろしい。そんなにトランプの「米国第一主義」を持ち上げるなら、私も「非正規第一主義」「バイト・ファースト」を掲げるまでです。選挙のたびに自民党や、安倍応援団と化した「維新の党」に投票し、投票しなくても棄権という形で安倍の悪政を黙認し続ける「社畜」どもに対して、今さら「同じ労働者」とみなす気には到底なれません。会社や社員が、我々、非正規労働者を「使い捨ての駒」とみなし続ける限り、我々も「非正規第一主義」で対抗するまでです。トランプなら認められて、我々には認められない、そんな不公平はもはや通用しません。

バイト・ファースト(非正規第一主義)具体化の例

(1)時給千円への即時引き上げ断行!

 独仏など他の先進国の最低賃金がとっくに時給1500円の大台に乗り、日本と同様に時給が低かった米国でも、大都市では1500円に迫る勢いとなっている。その日本でも、東京や横浜では既に最低賃金の時給が900円を超えている。今や時給千円への引き上げ要求は、ゼイタクどころか最低限の要求になろうとしている。そんな中で、ウチの会社だけが、いつまでも時給800円台や900円台の低水準に甘んじていて良いはずがない。ウチの会社もゆくゆくは時給1500円台を目指すべきだろう。その中で、時給千円への引き上げについては、もう待ったなしで今すぐにでも断行すべきだ。

 

(2)通勤交通費の実費支給!

 ウチの会社の通勤交通費は最大でも月1万円までしか出ない。しかも、月20日以上出勤してようやく1万円だ。そこから、有休も含めて休んだ日数に応じて500円ずつ減額される事になっている。以前はもっと酷かった。日数に応じて減額どころか、1日でも20日を切ったら交通費支給が打ち切られていた。2月のように出勤日数が少ない月は、1日休んだだけで、もう交通費も全く出なかったのだ。同じ1ヶ月でも、出勤日数の多い少ないによって月1万円も差が出るのは余りにも不公平だし、交通費欲しさに無理に出勤して、負傷したり伝染病が広まったりして逆に業務に支障を来すようでは、当人にとっても会社にとってもマイナスでしかない。そのように、私などがずっと要求してきて、ようやく出勤日数に応じて月1万円まで支給されるようになったのだ。これはこれで、一つの進歩ではあるが、元々、仕事する為に電車やバスに乗って来るのだから、交通費ぐらい必要経費として実費全額を支給すべきである。

(3)非正規間の差別撤廃!

 同じ非正規労働者同士でも、直接雇用の契約社員と外部の派遣社員や外国人留学生とでは、賃金も、契約時間も、交通費支給や社会保険の有無などの契約内容も、社員食堂の価格などの福利厚生面についても、細かな格差がある。例えば、直接雇用の契約社員については、社員と同様に1食400円で食券を購入できるが、外部の派遣社員などについては、食券販売が認められていない為に、1食540円の割高な値段で、券売機で食券を購入しなくてはならない。それが嫌さに、コンビニ弁当で済まそうと思っても、弁当ガラもゴミ箱に捨てられないようになってしまった。派遣社員にとっては嫌がらせ以外の何物でもない。こんな差別は今すぐ撤廃すべきだ。今後は、雇用形態の違い如何に関わらず、時給も労働条件も食券の値段も全て同じとする。

(4)「ルール優先」から「人間優先」の運営に変える。

 ウチの会社には色々「謎」のルールが存在する。その一つに「月曜から次の日曜までの1週間に公休日を必ず2日入れなければならない」というルールがある。これだけを見れば、いかにも労働者の健康に配慮しているかのように思われるかも知れないが、実際にはこのルールの為に、逆にかえって自由に休みが取れなくなってしまっている。
 例えば、いつもは毎週水曜日と日曜日が公休だが、急に月曜日に休まなければならない用事が出来たとする。今までなら、バイト同士で公休日を融通し合って、自分は月曜日に休む代わりに日曜日は出勤するようにしていたのだが、それでは公休日が週1日だけになってしまうからダメという事になった。2週間の間では休日数は変わらず、連続勤務も最大4日に抑えられるにも関わらず。

そうなると、月曜日に休む為には、公休日以外に有給休暇として別途申請するか、次の水曜日を月曜日にずらす以外に方法がない。でも、そんな事をしたら、翌日の火曜日から次の日曜日まで、連続5日勤務になってしまう。水・月曜日休みの当初のスケジュールでは、木曜日から日曜日までの連続4日勤務で済むのに。労働者保護の為のルールをしゃくし定規に適用して、かえって労働者を苦しめる結果になってしまっているのだ。こんなルールは今すぐ見直すべきだ。(もちろん、自分から望んで、このように変更したい場合は一向に構わない)

(5)備品も仕事も簡素化する

 ウチの会社は「行き当たりばったり」で仕事をして来た為に、非常に仕事がやりにくくなっている。例えば、「行き当たりばったり」で備品購入を進めて来た為に、カゴ車だけでもL・S・青の3種類、台車も赤ドーリー・青ドーリー・鉄キャリーの3種類と、備品の数は全然足らないのに、やたら種類ばかりが増え、確保に駆けずり回る一方で保管の手間だけが増えるようになってしまった。それ以外にも、二重検品(前検、後検)などの「意味のない仕事」「仕事の為の仕事」が余りにも多すぎる。その為、業務が煩雑になり、かえって事故やミスが増える結果となってしまっている。この際、かねてから使い勝手の悪かった青カゴと鉄キャリーについては、全て廃棄処分とする。これを機に、他の備品や業務についても、簡素化、一本化の方向で、積極的に整理していく。

(6)ダメ社員、ダメ管理職のリストラを断固進めていく。

 ウチの会社は、昔はド底辺企業だったせいか、今も社員のレベルが総じて低い。文章を書かせても、漢字どころか平仮名もまともに書けない社員がいる。もはやマネジメント以前の問題だ。現場には平社員だけで、所長・副所長の下には主任もグループ長も不在なのも、それに見合う人材が育っていないからだ。そのくせ、本社にはやたら役職者が多い。バイトの給与が低く抑えられているのも、現場の声が上に届かず業務改善や労働環境の整備が進まないのも、ひとえに会社の人事構成が、このように逆ピラミッド型になってしまっているからではないか。
 仕事の出来ない社員、やる気のない社員なぞ要らない。平仮名も満足に書けない社員なぞ、もはや論外だ。今後は、全社員に研修や資格取得を義務付け、付いて来れない社員は、前述の青カゴや鉄キャリーと同様に、どんどんリストラし、浮いた経費でバイトの時給アップや業務改善を推し進める。

(7)外国人労働者には、最低限の日本語会話能力取得を義務付ける。

 外国人労働者も日本人と分け隔てなく、同一労働同一賃金の原則を適用すべきだ。トランプが主張するような外国人排斥の動きには組しない。しかし、日本で働く以上は、最低限の日本語の会話能力が無ければ、お話にならない。外国人労働者には、最低限の日本語会話能力を求める。本当は、掲示物やポスターの漢字が読めて内容も理解できるレベルまで求めたいところだが、たとえそれが無理でも、最低でも平仮名とカタカナぐらいは読めないと、仕事を教える事なぞ到底できない。これは外国人差別でも何でもない。
 もちろん、今でも建前上は、最低限の日本語会話能力がなければ就労できない事になっているが、実際は「何でもアリ」だ。そこをとりあえず、今、会社にいる日本語が全く喋れない人については、雇った会社の責任で、日本語の日常会話が喋れるようになるまで、日本語学校への通学時間を保障すべきだ。金が無いというなら、会社が賃金を補助してでも。その上で、一年後に外部団体が主催する日本語能力テストの結果を見て、日頃の勤務態度も考慮した上で、正式に採用するかどうか見極めれば良いのではないか。
 そして、外国人労働者に対してだけでなく、既存の日本人社員に対しても、外国語や他国文化への理解や意欲についてのテストを随時行い、人事評価の基準にすべきだ。職場内の掲示や社員食堂のメニューも外国語併記に変える。メニューにも外国料理を積極的に取り入れる。外国人を雇う以上はそこまで責任持て。それが嫌なら最初から外国人なぞ雇うな。

 もし、私が社内でトランプのような立場になる事が出来れば、とりあえず上記の公約だけでも即実行に移したいと思います。

 かつて、赤木智弘という人が、「戦争こそが我々の希望だ」という事を言って、議論になった事がありました(当時のブログ記事)。この赤木という人も、一介の中年フリーターでした。かつて就職氷河期に若者だった人が、中高年になっても正社員になれずに、フリーターのまま一生を終わらなければならなくなった。こんな格差社会の日本に一体だれがした。正社員やマスコミなどの知識人じゃないか。もはや、戦争でも起こって下剋上の世の中にでもならない限り、非正規の人間は一生浮かばれない、と。そして同時に、俺も本当は戦争なぞ起こって欲しくはないのだ。戦争になっても、生き残る事が出来るのは金持ちだけで、貧乏人は国家の「使い捨ての駒」として殺されるだけだから。そんな事は百も承知の上で、でも、ひょっとしたら万が一、自分が生き残る事が出来るかも知れない。俺はその万が一のチャンスに掛ける、と。
 この赤木の物言いを、「怠け者のわがまま」と一笑に付している限り、第二、第三のトランプや橋下徹が現れ、非正規も正社員も、白人も有色人種も、「自国に雇用を取り戻す」という掛け声の下で、「日産のカルロス・ゴーン」や「ソフトバンクの孫正義」みたいな連中に、ずっと搾取され続けるようになるでしょう。

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安倍こそ国民なめんな(この間のつぶやきより)

2017年01月19日 21時05分20秒 | 戦争法・集団的自衛権NO!


ネットで一時話題になった中国嫁日記が、漫画となって近所のコンビニに一冊だけ残っていたので、つい衝動買いしてしまった。今の中国叩きの世相と同時に、婚活詐欺が暗躍する中国人との結婚話にも眉をひそめる私でも、この漫画は素直に読める。先程出会った赤旗配達オバチャンにも早速勧めた(1月11日)

AEQUITAS /エキタス @aequitas1500 (1月11日)

「過去3年賃金引上げを続けているにもかかわらず個人消費が伸びていない」 賃上げが足りないだけ。実質賃金の推移をみろよ。さっさと #最低賃金を1500円に 「賃上げしても消費は拡大しない」 経団連会長、政府に対策要請へ #


数日前から右の奥歯が痛かった。歯医者で歯石を取っても痛みが引かないので、レントゲンを撮って貰ったら、歯周病が進行して最悪歯の神経抜かなければならないかも、と言われた。昼食はラーメン一杯食うのにも一苦労。ずっと麺類ばかりという訳にもいかず、夕食は炒飯と唐揚げに挑戦し何とか完食。鬱(1月13日)

  
作業場の補修要望アンケートに、床面の穴ボコ埋めて欲しい、壁の鉄板を止め直して欲しいと書いた。特に、床の穴ボコはカゴ車転倒事故の原因ともなるので、至急直して欲しいと赤ペンで強調しておいた。そしたら、穴ボコも壁の鉄板もすぐ直してくれたのは良いが、テープを貼っただけでお茶を濁されたw(1月14日)

スピン経済の歩き方:反対運動の日当は、なぜ「2万円」だったのか (5/5) - ITmedia ビジネスオンライン(1月17日)

一週間前から歯痛で医者通い。典型的な歯周病で、一時はラーメン一杯食べるのが精一杯だった。今は何とか通常に食事が取れるようになったが、「最悪、歯の神経を抜かなければならないかも」と言われた時は流石にドキッとした?(1月18日)


読売1/18日付コラムより。神奈川・小田原市職員が「生活保護なめんな」ジャンパー着て家庭訪問した件。自分が買い物する店の従業員が「万引きするな、クズ!」と書いた服着ていたらどう思うかと。それを読んで最初は感心したものの、読売自身が今まで生保受給者をクズ呼ばわりしてきた事を思うとw(同日)


天ぷら食堂「まきの」の新店で初ランチ。丸亀製麺の系列店で、客の食べ具合を見ながら店員が次の天ぷらを対面の網皿に置いて行く。揚げたての天ぷらが食べられると好評だが、その陰で従業員はチャップリンのモダンタイムスみたいな働き方を強いられる。「お客様に笑顔」とか言う前に時給もっと上げろ!(同日)

そちらが「不正受給はクズだ、保護なめんな」と生保受給者を恫喝するなら、こちらも「公約破りや強行採決こそクズだ、国民なめんな」と上着に書いて安倍に見せつけてやろうか?上着の種類も、米軍艦で邦人救出(戦争法)やTPP反対、原発安全の嘘から甘利口利き、パンツ泥棒、土人発言まで無限にある(1月19日)

沖縄の基地反対座り込み参加者が中国・北朝鮮からの資金援助で2万円の日当を得ているって?そんな割の良いバイトならもっと応募者が殺到する筈。特に就職難の沖縄では。それに連日多い日には数百人が座り込むのに1人1日2万円も外国から資金が流れていたら入管が黙っていない。妄想も大概にしろw(同日)

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業務改善が革命にまで発展する時

2017年01月15日 20時18分21秒 | 映画・文化批評

  

 さる1月11日(水)に、大阪・西区九条のシネ・ヌーヴォという映画館で、「チリの闘い」という映画を観てきました。

 この映画は三部作で、全編通して観るには半日は優にかかります。しかも、各部入れ替え制で、一部観る毎に通常なら1800円もチケット代を払わなければなりません。私はこの手のマイナーなドキュメンタリー映画が好きで、気が向いたら不定期に観に行ったりするのですが、普段なら観てもせいぜい一部止まりです。しかし、この映画館では私の公休日の水曜日がサービスデーに当たっており、通常なら全編観ると5400円もする所を3300円と、2千円以上も安く観れる事が分かりました。上映時間も通しで観れば夕方には観終える事が出来ます。「こんなチャンスは滅多にない!これは絶対観るしかない!」という事で、三部とも一気に観てきました。

 この映画は、南米チリのアジェンデ社会主義政権が、右翼のテロで行き詰まり、軍部の反革命クーデターで崩壊するまでの、数か月間のチリ国内の様子を捉えたドキュメンタリー映画です。映画監督のパトリシオ・グスマンも一度は軍事政権に捕らえられますが、やがて貴重な映像フィルムと一緒に国外脱出に成功します。そのお陰で、私も当時の映像を観る事が出来るのです。但し、その陰では、映画撮影者のホルヘ・ミューラー・シルバが、撮影中に兵士の放った凶弾に撃たれて亡くなっています。

 南米のチリは、アンデス山脈の西側にある細長い国で、日本では地震の多い国として知られています。最近ではチリ・ワインでも有名ですね。銅・硝石などの鉱物資源が豊富な事でも知られています。しかし、その世界的な鉱山を含め、経済の実権は米国系の外国資本や国内の財閥・大地主に握られ、多くの国民は貧しい暮らしを強いられていました。

 そのチリで、1970年に大統領選挙で初めて、社会主義を掲げる左派のサルバドール・アジェンデが大統領に当選し、鉱山国有化や農地改革などの政策を推し進めます。それまでは、社会主義政権といえば、ロシア・中国・キューバを始め、武力による革命で政権を取った国がほとんどでした。その中で、チリでは武力によらず選挙によって初めて革命政権を樹立できたという事で、世界から注目されました。

 しかし、それを快く思わない米国は、政権成立直後から、CIAなどの諜報組織を使って、破壊工作に乗り出します。

 米国がまず始めたのが野党の懐柔です。左派・人民連合のアジェンデが大統領に当選できたのも、右派の野党が強硬派の国民党と穏健派のキリスト教民主党に分裂し、穏健派の後者が前者の強硬姿勢を嫌って、決戦投票でアジェンデ支持に回ったからです。政権基盤は必ずしも盤石ではありませんでした。そのキリスト教民主党を政権から引きはがす事にまず成功します。

 そして、左派が政権を取ったと言っても、経済は依然として米国系企業や国内の財閥・大地主が支配しています。マスコミも企業寄りです。経営者も財閥の端くれなのだから当然です。それらが、CIAから資金援助を得て、一斉に政府批判を始めました。批判といえば聞こえは良いですが、要はただの揚げ足取りです。今まで散々、労働者のストを弾圧してきたトラック業者やバス業者が、政権が左派に変わった途端に、一転して労働者にストをけしかけ始めたのですから、もう笑止千万です。そうやって、自分たちの方から経済混乱を引き起こしておきながら、その責任を全てアジェンデ政権に擦り付けたのです。チリ経済を支える銅鉱山では、労働者の中では比較的高給の鉱夫に、鉱山主が更なる賃上げをけしかける事までしました。主力鉱山の一つエル・テニエンテでは、それに煽られ組合集会でスト突入決議に至ります。しかし、もう一つの主力鉱山であるチュキカマタでは、スト突入提案が否決されています。労働者も、必ずしも資本家の扇動に乗せられる一方ではなかったのです。それが「チリの闘い」第一部「ブルジョワジーの叛乱」のあらすじです。

 そのような米国や国内反動勢力が引き起こした経済混乱にも関わらず、1973年3月の総選挙では、左派の人民連合は、得票は減らしこそすれ、引き続き第一党を維持します。右派は、大統領弾劾に必要な3分の2の議席獲得に失敗します。右派は、その後、選挙闘争から、ストやデモ、テロ扇動などの過激な街頭闘争に、戦術を次第にエスカレートさせていきます。軍部の中でも、右派と気脈を通じる勢力が次第に勢いを増し、中立派の軍将校を罷免や暗殺で追い出し、6月にはクーデター未遂事件まで起こします。

 この最初のクーデターは未遂に終わりましたが、右派にとってはホンの予行演習に過ぎませんでした。末端の兵士や下士官がクーデターに同調せず、労働者や市民の反対が急速に広まった事で、右派は、クーデターはまだ時期尚早と判断したに過ぎなかったのです。本番のクーデターが起こるのは、もはや時間の問題と思われていました。このように、右派が着実に勢力を強める一方で、人民連合に参加する左派は、穏健派の共産党と急進派の社会党や革命左翼運動(MIR)に分かれ、互いに相手をののしり合っていました。何か、安保法制反対で足並み揃える前の日本の左翼と、よく似ていますね。

 その中で、一時は左派支持に回ったキリスト教民主党などの穏健保守派や中産階級が、ついに右派の側につきます。穏健保守派や中産階級が自分たちの支持に回った事で、右派はいよいよ本番のクーデターを決行します。それが1973年9月11日です。一般に「911」と言えば、2001年9月11日にニューヨークで起こった同時多発テロの事を指します。イスラム過激派に乗っ取られた航空機がWTCビルに突っ込む映像が全世界に流されたので、覚えている人も多いのではないでしょうか。ところが、中南米では、「911」と言えば、1973年のアジェンデ政権打倒のクーデターを指します。港湾都市バルパライソで始まったクーデターが首都のサンチャゴにも波及し、大統領は亡命か辞任を迫られます。この時、大統領に辞任を迫ったのが、最初のクーデターの時には猫をかぶっていたアウグスト・ピノチェト将軍です。大統領は辞任を拒否し、少数の民兵と共に、大統領宮殿に立てこもります。サンチャゴ市内やその他の主な都市は、既にクーデター派が全権を掌握しています。空軍機が大統領宮殿を爆撃する中で、大統領は最後まで戦った末に、拳銃で自殺したと言われています。アジェンデ大統領による当日朝の最後の国民向けメッセージが、ユーチューブに字幕付きで公開されているので、興味のある方はそちらをご覧下さい。ここまでが、第二部「クーデター」のあらすじです。

 しかし、労働者も、ただ黙って右派の蛮行に手をこまねいていた訳ではありませんでした。運輸業者がトラックやバスをストップさせると、労働者は自分でトラックやバス、自家用車まで仕立てて、何とか生活物資や通勤客の輸送を確保しようとします。数少ないバスに群がる通勤客の姿が、映画の中でも度々登場します。経営者による買い占めに対しても、配給・統制委員会を自発的に組織し、買い占め物資の摘発や自分たちで商店を経営する「人民の店」を立ち上げ、暴利をむさぼる闇市場に対抗します。「人民の店」というのは、いわば生協のようなものでしょうか。鉱山ストに際しても、6割の労働者がストには加わらず、残業で何とか操業を維持しようとします。地域労働者連絡会を立ち上げて、人手不足に陥った職場には、会社の枠を超えて労働者が応援に駆け付けます。何故、労働者がそこまで頑張れるのか?その答えは、「今までは人間扱いされて来なかった。アジェンデが大統領になって、我々も初めて人間扱いされるようになった」という、貧しい労働者の声に現れています。これが第三部「民衆の力」のあらすじです。映画監督が最も強調したかったのも、ひょっとしたら、この第三部ではないでしょうか。

 ピノチェトのクーデターで何千、何万という野党や労働組合の活動家、音楽家、ノーベル賞作家などが、クーデターの中で暗殺され、あるいは軍隊に拉致されたまま行方不明になりました。数年も経ってから、暗殺されたり行方不明になった人の遺体が、墓地の中から大量に出てきたりしました。軍事政権が進める規制緩和で、路頭に迷う人が続出し、失業率も物価もうなぎ上りになります。それでも、どんなに深い夜でも明けない夜はありません。ピノチェト政権末期には、アジェンデ政権末期にも勝るとも劣らない経済混乱が、全国に広がります。それを見て、今まで軍事政権を支えて来た米国も、ついに見切りをつけます。米国にも見放されたピノチェト大統領は、1988年に国民投票で不信任を突きつけられ、とうとう辞任に追い込まれます。そうして、2006年に誰にも看取られずに寂しく死んでいきます。虐殺の実行犯として裁かれなかった事が、彼にとっては唯一の救いであり、弾圧犠牲者にとっては歴史に残る汚点として、その後も長く記録される事になりました。

 私がこの映画で注目したのも、第三部での労働者の頑張りです。だって、資本家がストをけしかけ、労働者が「それではいけない、仕事しよう」と応じるなんて、普段の私の感覚からすれば、全く逆じゃないですか。でも、「自分は一体何の為に仕事をしているのか?単に、自分や家族の為だけでなく、人間らしい社会を作って、もっとより良い国にしていかなければならない。その為に頑張るのだ」と、労働者が本当に自覚する事が出来れば、こんな「奇跡」も起こり得る事が、チリの歴史で証明されたのです。

 翻って、今の日本ではどうか。別に軍事政権に弾圧された訳でもないのに、アベノミクスなるバブル景気に酔いしれて、大企業正社員の自分の給料さえ上がれば良い、東京などの大都市さえ潤えばそれで良い、地方の農民や非正規労働者、原発事故に苦しむ福島や基地被害に泣く沖縄住民の事なんかどうでも良いとばかりに、選挙にも行かず、行っても、ただムードだけで自民党や維新の党に投票する輩の、何と多い事か。御用マスコミの垂れ流す宣伝だけを鵜呑みにし、安倍政権も何か胡散臭いけど、北朝鮮のミサイルも怖いからと、よく分からずに自民党を支持するグータラ社畜の何と多い事か。上司や上役には何も言えず、バイトに当たり散らすしか能がなかった誰かさんを筆頭に。

 私が、日頃職場で進めている業務改善も、単なる小手先の「改良」で終わるのではなく、そんな社員の怠慢や奴隷根性まで一掃する契機にする事が出来れば、どんなに素晴らしい事かと思います。

映画 『チリの闘い』 予告編
 

アジェンデ 最後の演説 チリ・クーデター (日本語字幕付) Salvador Allende ultimo discurso

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パワハラ社員に遂に島流しの処分が下る!

2017年01月11日 19時49分59秒 | 職場人権レポートVol.3

  

 昨年末にブログに書いた例のパワハラ社員ですが、数日前に昼勤から夜勤に異動になりました。同じ事業所内で勤務時間が変わっただけなので、正確には異動ではないかも知れませんが。でも、私としては、彼の顔を観なくても済むようになっただけでも良かったです。
 例の謝罪誓約書の後段で、いきなり「会社に対しいかなる債権も異議もありません」「今後、名目などの如何を問わず、いかなる請求もしない」なんて書いてあったので、幾らパワハラの加害者と言えども、「身から出た錆とは言え、そこまで書いてしまって大丈夫なのか?」と、実は私も他人事ながら少し気がかりでした。それが、いきなりこんな形で現れるとは、私も予想していませんでした。でも、パワハラ被害者の立場としては、やはり喜びの方が大きいです。

 今回の彼の異動については、バイトの間でも色々憶測が飛び交っています。
 一応、表向きの異動理由は「夜勤体制の強化の為」という事になっています。確かに、ウチの勤務先では7対3の割合で夜勤の方が仕事のボリュームが大きく、人員もそちらに傾斜配分されていますが、それでも部門によっては人手不足が顕在化していましたから。
 でも、それを額面通りに捉える人は、バイトの中にはほとんどいません。何故なら、元々、彼は徒歩通勤も可能なくらいに職場の近くに住んでいるのに、今まで一度も夜勤に異動になった事が無かったのですから。他の社員は頻繁に夜勤に異動になったりしているのに。昼勤でも使い物にならない彼に、ハードな夜勤業務なぞ務まる訳がありません。多分、また昼勤に戻されるか、いよいよ退職に追い込まれるか、そのどちらかでしょう。(尚、彼と入れ替わりに夜勤から昼勤に新入社員が回って来るという話は、私の勘違いでした。申し訳ありません。当該コメントも既に削除しました。)
 彼も、私に謝罪して以降の数日間は、今まで全然やらなかったレイアウトの床の線引きも、自分から進んでやるようになっていました。この会社に入社してから20数年目にして、やっと反省の心が芽生えて来たようです。しかし、もはや遅すぎました。40歳以上にもなって、あんな小学生並みの反省文しか書けないようでは、お話になりません。自業自得です。

 そして昨日、所長から「プレカリアートさんも朝礼に出てくれないかな?」と「打診」されました。実は私、パワハラ社員の行う朝礼の余りのデタラメぶりに愛想を尽かして、もう半年ぐらい、バイト朝礼をボイコットしていたのです。朝礼のデタラメぶりについては、今までの記事やコメントにも書いていますので、それを見て下さい。
 「確かに、至らない社員で、至らない朝礼ではあったけれども、今回××(例のパワハラ社員)も異動になった事だし、これを機に、皆と足並みを揃えてくれないかなあ」と、哀願調に頼まれました。普通の会社なら、バイトが勝手に朝礼をボイコットするだけで処罰の対象になるのにw。
 「足並みを揃えて」という所に、この会社の体質が如実に現れています。形式主義というか、上辺だけ取り繕えば良いという姿勢が、もう見え見えで。朝礼ボイコットなんて、私も本当はしたくはないのです。でも、そこまでやらずにはおれないほど、バイトを追い詰めたのは一体誰なのか?例のパワハラ社員を放置し、人材育成や業務改善をサボりまくってきたのは一体どこの会社なのか?その根本原因を是正せずに、「足並みを揃えて」と、あくまで形式にこだわる時点で、もうアウトです。軍隊や刑務所じゃあるまいし。そんな会社が大半だと言ってしまえば、もうそれまでですが。

 もう、朝礼ごときで所長ともめても仕方がないので、一応、次から出るようにしますが。でもまた、社員の方から朝礼をすっぽかしたり、肝心な連絡は何も言わずに、お題目の唱和やバイトの揚げ足取りばかりに終始するような朝礼なら、またいつでもボイコットしてやります。
 私、所長に言ってやりました。「俺らバイトの時給が低いのも、ただ飯食いのダメ社員が大勢いるからじゃないか!会社もダメ経営者がダメ社員の上にあぐらをかいているからじゃないか!」と。バイトが正社員を攻撃して、労働者同士の対立の陰で資本家だけがほくそ笑むような、こんな言い方、本当はしたくはなかったのですが、この会社については、ここまで言ってやらないと分からないので。

 つい先日、「アイヒマンを追え!」という映画を観て来ました。戦後、偽名を使って南米に逃れていたナチスの戦犯アドルフ・アイヒマンの所在を突き止め、国際法廷で裁く事に成功したユダヤ系ドイツ人検事長フリッツ・バウアーの実話を基にした、今話題の映画です。アイヒマンはナチス最高幹部の一人で、数百万人のユダヤ人をポーランドのアウシュビッツ強制収容所のガス室に送り込んだ戦争犯罪人です。ところが、実際のアイヒマンは、何の変哲もない几帳面で小心者の男でした。その小心者の男が、良心を失い組織の歯車になった途端に、大量虐殺も平気で行えるようになる事が、国際法廷の場で白日の下にさらけ出されました。そして、国際法廷の場でも、「私は上司の職務命令に忠実に従っただけだ」と、見苦しい言い訳に終始していました。例のパワハラ社員と同じように。

 

 他方で、この映画に出てくるアイヒマンを追い詰めたバウアー検事長も、同性愛者としてナチスに弱みを握られ、仲間を売る事で処刑を免れた過去を持ちます。つまり、戦犯もそれを追い詰めた検事長も、どちらもごく普通の人間であったのです。戦犯が几帳面だけがとりえの小心者なら、それを追い詰める検事の方も、当時のドイツでは性犯罪として処罰の対象になっていた同性愛者でした。どちらもスネに傷持つ身でありながら、方や戦争犯罪人として処刑され、もう方や戦争犯罪を暴くきっかけを作った歴史の功労者として名を残すまでになった、その分岐点は一体どこにあったのか?ひとえに、当人の心がけ次第ではないでしょうか。

 現総理の安倍晋三を筆頭に、今も戦前美化の本音をポロッともらす政治家の発言が後を絶たない日本とは対照的に、ドイツはナチスの戦争犯罪と真剣に向き合ってきたとよく言われます。ところが、そのドイツ(旧・西ドイツ)も、1960年ぐらいまでは、日本と同じように、ナチスの生き残りが政治・経済や社会の実権を握っていました。映画の中でアイヒマンを追い詰めた検事長も、政府内に潜むナチスの残党から、執拗な妨害や脅しに遭います。しかし、それに屈しなかった検事長も、決して特別な人間ではありませんでした。

 実は、人は、本気で変わる気さえあれば、後はちょっとしたチャンスさえあれば、いくらでも変わる事は可能なのです。逆に、変わる気がなければ、いつまで経っても同じです。このパワハラ社員や、それを放置して来た会社も、それと同じではないですか。
 アイヒマンを追い詰めたバウアー検事長も、自分の職務の範囲内で出来るだけの事をしたという意味では、「職務に忠実に」大領虐殺を実行したアイヒマンや私に暴力を振るったパワハラ社員とも、何ら変わりはありません。ただ、バウアーの場合は、そこに保身だけでなく、戦争犯罪などの不正を許さない義侠心(ぎきょうしん)や、職務に対する誇りみたいなものもありました。
 それがあるから、バウアーは一歩前へ足を踏み出すことができたのです。そして、バウアーの後に続く人間も出て来て、戦争犯罪に甘い当時のドイツ政府の姿勢を変えていったのです。それがそのまま、戦争責任に一定ケジメをつけて諸外国からも信頼されるようになった現在のドイツと、いまだにA級戦犯を祀り「あの戦争は正しかった」と主張する靖国神社に参拝し、慰安婦やアジアの戦争犠牲者だけでなく国内の日本軍兵士や戦争犠牲者をも貶める安倍政権を容認する「社畜」日本の違いとなって現れているのです。

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転載:山城博治氏の釈放を求める刑事法研究者の緊急声明(前田朗blog)

2017年01月05日 22時13分09秒 | 辺野古・普天間・米軍再編

山城博治氏の釈放を求める刑事法研究者の緊急声明

第二次集約と差し替えました。

12月28日午後1時に第一次集約を締めて、下記のプレスリリースとともに発表した声明です。

プレスリリース「山城博治氏の釈放を求める刑事法研究者の緊急声明」について
2016.12.28
 日本政府は、民主的に表明される沖縄の民意を国の力で踏みにじっておきながら、日本は法治国家であると豪語する。法律を学び、教える者として無力感におそわれる。まことに残念ながら刑事司法もこれに追随し、非暴力平和の抗議行動を刑法で抑え込もうとしている。平和を守ることが罪になるのは戦時治安法制の特徴である。しかし、今ならば引き返して「法」をとり戻すことができるかもしれないので、刑事法学の観点から、山城氏の逮捕・勾留こそが違法であり、公訴を取消し、山城氏を解放すべきであることを説明する必要があった。
 10日前に海外識者らの「山城博治氏らの釈放を求める声明」が発表され、その後、沖縄県内の二紙が、勾留中の山城氏の「県民団結で苦境打開を」「未来は私たちのもの」とする声を伝えた。日本の刑事法研究者としても、刑事司法の側に不正がある、と直ちに応じておかねばならないと考え、別紙のとおり、「山城博治氏の釈放を求める刑事法研究者の緊急声明」(2016.12.28)を発表する。

呼びかけ人(50音順) 
春日勉(神戸学院大学教授) 中野正剛(沖縄国際大学教授)本庄武(一橋大学教授) 前田朗(東京造形大学教授) 森川恭剛(琉球大学教授)

賛同人(50音順) 
足立昌勝(関東学院大学名誉教授) 雨宮敬博(宮崎産業経営大学准教授) 石塚伸一(龍谷大学教授) 稲田朗子(高知大学准教授) 内田博文(神戸学院大学教授) 内山真由美(佐賀大学准教授) 梅崎進哉(西南学院大学教授) 大場史朗(大阪経済法科大学准教授) 大藪志保子(久留米大学准教授) 岡田行雄(熊本大学教授) 岡本洋一(熊本大学准教授) 垣花豊順(琉球大学名誉教授) 金尚均(龍谷大学教授) 葛野尋之(一橋大学教授) 黒川亨子(宇都宮大学講師) 斉藤豊治(甲南大学名誉教授) 櫻庭総(山口大学准教授) 佐々木光明(神戸学院大学教授) 笹倉香奈(甲南大学教授) 島岡まな(大阪大学教授) 鈴木博康(九州国際大学教授) 陶山二郎(茨城大学准教授) 関哲夫(國學院大学教授) 高倉新喜(山形大学教授) 寺中誠(東京経済大学非常勤講師) 豊崎七絵(九州大学教授) 新倉修(青山学院大学教授) 新村繁文(福島大学特任教授) 平井佐和子(西南学院大学准教授) 平川宗信(名古屋大学名誉教授) 福井厚(京都女子大学教授) 福島至(龍谷大学教授) 福永俊輔(西南学院大学准教授) 保条成宏(福岡教育大学教授) 本田稔(立命館大学教授) 前野育三(関西学院大学名誉教授) 松宮孝明(立命館大学教授) 松本英俊(駒澤大学教授) 三島聡(大阪市立大学教授) 水谷規男(大阪大学教授) 宮本弘典(関東学院大学教授) 宗岡嗣郎(久留米大学教授) 村井敏邦(大阪学院大学教授) 村田和宏(立正大学准教授) 森尾亮(久留米大学教授) 矢野恵美(琉球大学教授) 吉弘光男(久留米大学教授) 他4人

以上 56人(2017/01/05現在)


以上 41 人(12月28日13:00 第1回集約)

(注) 引き続き賛同を呼びかけ、2017年1月中旬に次回集約の予定。
山城博治氏の釈放を求める刑事法研究者の緊急声明
沖縄平和運動センターの山城博治議長(64)が、70日間を超えて勾留されている。山城氏は次々に3度逮捕され、起訴された。接見禁止の処分に付され、家族との面会も許されていない山城氏は、弁護士を通して地元2紙の取材に応じ、「翁長県政、全県民が苦境に立たされている」「多くの仲間たちが全力を尽くして阻止行動を行ってきましたが、言い知れない悲しみと無慈悲にも力で抑え込んできた政治権力の暴力に満身の怒りを禁じ得ません」と述べる(沖縄タイムス2016年12月22日、琉球新報同24日)。この長期勾留は、正当な理由のない拘禁であり(憲法34条違反)、速やかに釈放されねばならない。以下にその理由を述べる。
山城氏は、①2016年10月17日、米軍北部訓練場のオスプレイ訓練用ヘリパッド建設に対する抗議行動中、沖縄防衛局職員の設置する侵入防止用フェンス上に張られた有刺鉄線一本を切ったとされ、準現行犯逮捕された。同月20日午後、那覇簡裁は、那覇地検の勾留請求を却下するが、地検が準抗告し、同日夜、那覇地裁が勾留を決定した。これに先立ち、②同日午後4時頃、沖縄県警は、沖縄防衛局職員に対する公務執行妨害と傷害の疑いで逮捕状を執行し、山城氏を再逮捕した。11月11日、山城氏は①と②の件で起訴され、翌12日、保釈請求が却下された(準抗告も棄却、また接見禁止決定に対する準抗告、特別抗告も棄却)。さらに山城氏は、③11月29日、名護市辺野古の新基地建設事業に対する威力業務妨害の疑いでまたしても逮捕され、12月20日、追起訴された。
山城氏は、以上の3件で「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」(犯罪の嫌疑)と「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」があるとされて勾留されている(刑訴法60条)。
しかし、まず、犯罪の嫌疑についていえば、以上の3件が、辺野古新基地建設断念とオスプレイ配備撤回を掲げたいわゆる「オール沖縄」の民意を表明する政治的表現行為として行われたことは明らかであり、このような憲法上の権利行為に「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」があるのは、その権利性を上回る優越的利益の侵害が認められた場合だけである。政治的表現行為の自由は、最大限尊重されなければならない。いずれの事件も抗議行動を阻止しようとする機動隊等との衝突で偶発的、不可避的に発生した可能性が高く、違法性の程度の極めて低いものばかりである。すなわち、①で切断されたのは価額2,000円相当の有刺鉄線1本であるにすぎない。②は、沖縄防衛局職員が、山城氏らに腕や肩をつかまれて揺さぶられるなどしたことで、右上肢打撲を負ったとして被害を届け出たものであり、任意の事情聴取を優先すべき軽微な事案である。そして③は、10か月も前のことであるが、1月下旬にキャンプ・シュワブのゲート前路上で、工事車両の進入を阻止するために、座り込んでは機動隊員に強制排除されていた非暴力の市民らが、座り込む代わりにコンクリートブロックを積み上げたのであり、車両進入の度にこれも難なく撤去されていた。実に機動隊が配備されたことで、沖縄防衛局の基地建設事業は推進されていたのである。つまり山城氏のしたことは、犯罪であると疑ってかかり、身体拘束できるような行為ではなかったのである。
百歩譲り、仮に嫌疑を認めたとしても、次に、情状事実は罪証隠滅の対象には含まれない、と考えるのが刑事訴訟法学の有力説である。②の件を除けば、山城氏はあえて事実自体を争おうとはしないだろう。しかも現在の山城氏は起訴後の勾留の状態にある。検察は公判維持のために必要な捜査を終えている。被告人の身体拘束は、裁判所への出頭を確保するための例外中の例外の手段でなければならない。もはや罪証隠滅のおそれを認めることはできない。以上の通り、山城氏を勾留する相当の理由は認められない。
法的に理由のない勾留は違法である。その上で付言すれば、自由刑の科されることの想定できない事案で、そもそも未決拘禁などすべきではない。また、山城氏は健康上の問題を抱えており、身体拘束の継続によって回復不可能な不利益を被るおそれがある。しかも犯罪の嫌疑ありとされたのは憲法上の権利行為であり、勾留の処分は萎縮効果をもつ。したがって比例原則に照らし、山城氏の70日間を超える勾留は相当ではない。以上に鑑みると、山城氏のこれ以上の勾留は「不当に長い拘禁」(刑訴法91条)であると解されねばならない。
山城氏の長期勾留は、従来から問題視されてきた日本の「人質司法」が、在日米軍基地をめぐる日本政府と沖縄県の対立の深まる中で、政治的に問題化したとみられる非常に憂慮すべき事態である。私たちは、刑事法研究者として、これを見過ごすことができない。山城氏を速やかに解放すべきである。
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