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先の総選挙における共産党の敗因について

2017年11月08日 22時55分12秒 | 戦争法・集団的自衛権NO!

 

 初めまして。私は大阪在住の元党員です。先日の総選挙でも比例区・選挙区ともに貴党に投票しました。
 その意味では、総選挙の結果は非常に残念でした。自公与党が引き続き国会の3分の2の議席を得てしまい、野党の方も、希望の失速・立憲の躍進という新たな変化が生まれる中で、貴党は残念ながら21議席から12議席に大幅に後退してしまいました。
 この点について、知人の方から貴重な意見をいただきました。その意見とは、「今回の貴党の後退は、反安倍のスローガンが余りにも前面に出てしまった為に、肝心の党の理念や政策が逆にかすんでしまい、『何でも批判するだけの党』と有権者に思われてしまったからではないか」というものです。その方は、私の行きつけの鍼灸院の先生で、私と同様に党の支持者でもありますが、今回の貴党の選挙チラシを見た途端に、「これではダメだ」と直感したそうです。
 私も、その意見を聞いて「なるほどなあ」と思いました。実家の近所に掲げていた貴党の選挙ポスターも、「憲法9条改悪反対」「安倍政治NO!」だけで、共産党独自の立場や政策については、ほとんど何も書かれていませんでした。これでは、貴党に投票するのはゴリゴリの反安倍論者だけに限られてしまいます。
 それと対照的だったのが立憲民主党です。この党も、今の安倍政治や安倍政権の進める憲法9条改悪には批判的ですが、党のポスターには反安倍の文字はほとんどなく、逆に「まっとうな政治」という形で、党の目指すべき理想や政策を前面に掲げる選挙戦を展開しました。それが奏功して、誕生間もない新党であるにも関わらず、野党第一党にまで躍り出る事が出来たのです。
 宣伝戦の中では、先に主導権を握った方が勝ちです。その宣伝の中身が、いかにデタラメなものであったとしても。一旦、先方に主導権を握られてしまうと、先方の言う事にいくら反論しても、傍から見ると「揚げ足を取っているだけ」「批判しているだけ」と見られがちになります。その挙句に「売り言葉に買い言葉」の「泥仕合」みたいに捉えられ、無党派層からは「どっちもどっち」と見られてしまうのです。
 そうさせない為には、相手の土俵に乗せられては絶対にダメです。逆に、自分から土俵を作って、相手を自分の土俵に引きずり込み、相手を言い訳(守勢)に回すぐらいでないと、宣伝や選挙に勝つ事はできません。
 数年前の選挙で何故、貴党が躍進できたのか?当時は、安倍政権が「アベノミクスで有効求人倍率も賃金も上がった」と宣伝し、実際にも、それらの数値が「見かけ上」は上昇し、少なくない有権者がそれに惑わされる中で、選挙戦が展開されました。それに対し、貴党は「有効求人倍率が上がったといっても、募集しているのはブラック企業ばかりじゃないか」「バイトの時給が上がったのも、団塊世代の退職による人手不足のせいで、アベノミクスの成果なぞではない」と、ただ反論しているだけではありませんでした。「ブラック企業撲滅」という新たな土俵を設定し、安倍政権をその土俵に引きずり込み、世論を味方につけて、厚生労働省内に過労死対策の特別チームを編成しなければならない所まで、安倍政権を追い詰めました。だからこそ躍進できたのではありませんか。
 本来、貴党には、有権者に堂々と語れるだけのビジョンも政策もあるはずです。日本の政党の中で、まともな綱領を掲げているのは、貴党だけなのですから。今後は、安倍政権不支持の有権者にしか伝わらない「安倍政治NO!」よりも、もっと党本来の政策を前面に押し出すべきだと思います。

※同じ内容のタイトル・文章で、共産党中央委員会にも先程メールを送信しました。

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3S政策の下で三面記事に流される三流国の惨状

2017年11月06日 00時35分16秒 | 戦争法・集団的自衛権NO!

 

 突然ですが、11月3日の文化の日に、下記の集会やデモがあった事を知っていた人、一体何人ぐらいいますか?

「9条改憲ノー」響く/4万人が国会を包囲/全国で行動 国民の意思示す

 安倍政権による9条改憲に反対する行動が3日、全国各地で取り組まれました。国会周辺で行われた包囲大行動には、続々と人がつめかけ4万人(主催者発表)が集まりました。4野党の党首らや著名人などがスピーチし、「国会内外が力を合わせ、改憲発議そのものを阻止しよう」と訴え。総選挙で改憲勢力が3分の2を占めたもとで、改憲に反対する国民の意思を示す行動となりました。
 国会周辺の大行動は、「安倍9条改憲NO!全国市民アクション」と総がかり行動実行委員会の共催です。首都圏からだけではなく、全国各地から集まった人びとで歩道や公園はいっぱいになりました。若者や子どもを連れた人も参加し、「9条改憲NO!」「憲法守り生かせ」などが書かれたプラカードを掲げました。
 主催者あいさつした、全国市民アクション運営委員の高田健さんは、総選挙では市民と野党の共闘への分断がありながらも、これまでの共同の積み重ねから新しい勢力が生まれるなど、「大きな可能性をもった選挙でした」と指摘。「改憲勢力が3分の2を占めましたが、野党と市民の結束は大きく発展しています。改憲発議を阻止するたたかいをしよう」と訴えました。
 国内外から、さまざまな人がスピーチしました。韓国で朴槿恵(パク クネ)政権を退陣に追い込む市民運動にかかわった、金泳鎬(キム ヨンホ)さんは「日本国憲法9条は、アジアの平和の宝です。戦後の平和体制の柱です」と訴えました。
 ピースボート共同代表の川崎哲(あきら)さんは、「日本政府が核兵器禁止条約に参加せず、憲法9条を変えようとしていることは戦後の誓いに逆行している」とのべました。
 和歌山市から参加した大学院生(24)は、「今の政治は、そもそも憲法を守っていません。それなのに改憲を主張するなんておかしい」。地元では、安保法制に反対するサウンドデモや学習会を定期的に取り組んでいるといいます。「国会前の雰囲気を持ち帰って、これからも続けていきたい」(以上、11月4日付しんぶん赤旗一面=上記左上の写真より)

「戦争反対」共同広げに広げよう/大阪 2万人コール

 「9条改憲を許さない!11・3おおさか総がかり集会」(実行委員会主催)が大阪市北区の中之島公園芝生広場で開かれました。4野党代表が参加し、野党と市民の共同で安倍政治を終わらせようと訴えました。
 2万人の参加者がコールに合わせていっせいに「憲法こわすな」「戦争アカン!」のプラカードを突き上げ、集会後、3コースに分かれて繁華街をパレードしました。
 「戦争させない1000人委員会・大阪」の米田彰男共同代表が主催者あいさつし「9条改憲反対統一署名の3000万目標達成へ、大きく運動を組織していこう」と呼びかけました。「安倍9条改憲NO!全国市民アクション」発起人で評論家の佐高信氏がゲストスピーチし、各分野の代表がリレートークしました。
v 日本共産党の辰巳孝太郎参院議員、立憲民主党の辻元清美衆院議員、社民党の服部良一元衆院議員、自由党の渡辺義彦元衆院議員の野党代表がそれぞれあいさつ。辰巳氏は「さらに市民と野党の共闘を広げに広げて、安倍暴走政治、憲法改悪をストップさせるために引き続きがんばろう」と訴えました。(以上、同上社会面より)

 かく言う私も、東京の国会包囲デモの事は知っていましたが、大阪でも同じような催しが行われた事や、どちらも万単位の人数が集まった事は、昨日、上記の赤旗記事をネットで読むまで知りませんでした。

 何故なら、一般の新聞・テレビは、トランプ米国大統領に先立ち、娘のイバンカが大統領補佐官として来日して安倍と会談した事(11月4日付読売朝刊一面=上記右上の写真)や、神奈川県座間市のマンションで起こった女性9人の連続殺人・遺体遺棄事件ばかり報道していましたから。

 別に報道するなとは言いません。しかし、マスコミが社会の公器や木鐸(ぼくたく)を自認する以上は、トランプ外交の問題点や、連続殺人事件の裏にある自殺・行方不明者増加の社会的背景についても、掘り下げて報道すべきでしょう。ところが、どのマスコミ報道にも、そんな視点はほとんどありませんでした。ただひたすら、イバンカのファッションセンスや、安倍との会食の様子や、容疑者による遺体遺棄方法のおぞましさだけを、興味本位に伝えていただけでした。

 そして、前述のデモについては、東京の国会包囲行動には4万人、大阪・中之島の集会・デモにも2万人が参加したにも関わらず、ほとんどのマスコミは報道しませんでした。大統領でもない補佐官の娘の来日や、9人の猟奇殺人のニュースなんかよりも、大勢の人間が犠牲になる戦争や、それにつながる憲法改悪を食い止めようとする集会・デモのニュースの方が、この国の将来にとって、はるかに重要であるにも関わらず。

 もっと言えば、この集会・デモが行われた11月3日が、一体どんな日であるかという事も、本当はもっと伝えられなければならないのに。この11月3日の祝日は、今でこそ「文化の日」という名前になっていますが、戦前は明治天皇の誕生日として、「明治節」という名前で呼ばれていました。当時は、学校に通う子どもは全員学校に登校して、講堂で天皇の写真に最敬礼して、君が代を唄わなければなりませんでした。もし最敬礼の途中で、くしゃみをしたり鼻水をすすったりしようものなら、教師にぶん殴られました。だから、最敬礼が終わった途端に、講堂のあちこちで、子どもたちの鼻水をすする音がしたそうです。そうして、当時の子どもは、鼻水を我慢して、ようやく最後に配られる祝いの紅白饅頭にありつく事ができたのでした。当時は、祝日と言うよりも、むしろ拷問に近いような日だったのです。

 そんな天皇中心、人権無視で戦争に明け暮れた世の中から、国民が国の主人公になり、個人の人権が尊重される平和な世の中に変えるべく、今の日本国憲法が11月3日に公布されたのを機に、「平和や自由の尊さについて語り継ぐ日」として、「文化の日」という祝日が創設されたのです。戦前の「紀元節」への反省も込めて。一般には、5月3日の憲法施行の日が「憲法記念日」として祝われるようになりましたが、実は11月3日も、それに負けず劣らず重要な日だったのです。

 「3S政策」という言葉があります。国民に政治への関心を持たさないように、政府がマスコミに対して、わざと「セックス・スポーツ・シネマ(映画)」関係のニュースばかりを流すように仕向けたのを皮肉った言葉です。マスコミも、下手に政府を批判して政府ににらまれるよりも、下ネタや芸能ニュース、三面記事で視聴率を稼ぐ方が、楽に仕事ができて金もうけにもなります。民主主義の伝統の浅い日本のような国では、特にそうなりがちです。「ただ、のんべんだらりとテレビを観ているだけでは、国民は白痴になる」という意味の事を言った人が昔いましたが、正にその通りだと思います。

 そうならないようにするには、国民の方も、マスコミが伝えない事も、知ろうとする努力が求められるでしょう。そして、マスコミ本来の責任が果たせるように、マスコミを監視していかなければなりません。それも、ただ受け身の姿勢でマスコミをけなすだけでなく、優れた新聞記事やコメンテーターには逆に声援を送るようにしなければなりません。そうして、自分達でマスコミを、ひいては日本の民主主義を育てていくという気持ちを持たなければ、このままでは、この国は本当にダメになってしまいます。

(注)先程、記事本文中の次の誤りを訂正しました。×紀元節→⚪︎明治節、×今の日本国憲法が11月3日に施行された→⚪︎~11月3日に公布された、×5月3日の憲法公布の日→⚪︎~憲法施行の日。

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転載:第48回衆議院議員選挙に関する見解(市民連合)

2017年11月01日 19時53分03秒 | 戦争法・集団的自衛権NO!

 10月22日に投票が行われた第48回衆議院議員選挙において、自民党・公明党の与党が3分の2の議席を確保する結果となりました。市民連合は、安倍政権がこの多数基盤の上に、憲法の基本精神を破壊する方向でその改定を具体化することを強く危惧します。
 選挙戦の中で行われたいくつかの世論調査では、内閣支持率が低下し、不支持率を下回るものもありました。その意味で、国民は安倍政権を決して信頼したり、評価したりしているわけではないことは明白です。投票率も戦後最低レベルに留まってしまいました。与党の巨大な議席は、勝者にボーナスを与える小選挙区制度がもたらした、民意からの乖離といわなければなりません。
 野党側では、民進党が分裂したことが与党の大勝を招いたことも事実です。総選挙における立憲勢力の前進のために市民と野党の協力体制の準備を進めていたことを無視し、前原誠司代表が希望の党への合流を強引に推し進め、民進党を分裂させ、野党協力の態勢を壊したことは、強く批判されるべきだと考えます。
 しかし、立憲民主党が選挙直前に発足し、野党協力の態勢を再構築し、安倍政治を憂える市民にとっての選択肢となったことで野党第一党となり、立憲主義を守る一応の拠点ができたことは一定の成果と言えるでしょう。この結果については、自党の利益を超えて大局的視野から野党協力を進めた日本共産党の努力を高く評価したいと考えます。社会民主党も野党協力の要としての役割を果たしました。
 そして何よりも、立憲野党の前進を実現するために奮闘してきた全国の市民の皆さんのエネルギーなくして、このような結果はあり得ませんでした。昨夏の参議院選挙につづいて、困難な状況のなかで立憲民主主義を守るための野党共闘の構築に粘り強く取り組んだ市民の皆さんに心からエールを送ります。
 与党大勝という結果は残念ではありますが、安倍政治に対抗すべき市民と野党の共闘のあるべき姿がこの選挙戦を通じて明確になったことには意味があると思われます。違憲の安保法制を前提とした憲法9条改悪への反対と立憲主義の回復などを共通の土台とした今回の市民と野党の共闘の成果を踏まえ、立憲野党が、無所属、その他の心ある政治家とともに、強力な対抗勢力を再構築することを心より期待し、市民連合もできるかぎりの応援をしたいと考えます。
 衆議院で与党が3分の2を確保したことにより、安倍政権・自民党は近い将来、憲法改正の発議を企てることが予想されます。もちろん、現在の国民投票法は、運動に関する規制があいまいで、資金の豊富な陣営がテレビコマーシャルなどを通して民意を動かすことができるなど大きな欠陥があり、市民連合は現行制度のままでの改憲発議に反対します。しかし、万一、与党が数を頼んで改憲発議を行った場合、市民連合は国民投票において、安倍政権の進める憲法改正に反対するための大きな運動をつくるために、立憲野党とともにさらに努力を進めていきたいと考えます。

2017年10月23日
安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合

http://shiminrengo.com/archives/1954

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まっとうな政治を実現するために必要な二つの事

2017年10月30日 00時15分17秒 | 戦争法・集団的自衛権NO!

 遅くなってしまいましたが、今回の衆院選結果に対する感想を書きます。今回の結果について、ほどんどのマスコミは、自公与党の圧勝と評価しています。しかし、本当にそうでしょうか?

 まずは、上記の表を見て下さい。衆院選は、総定数465のうちの176を比例区、289を選挙区で選ぶ、小選挙区比例代表並立制を採用しています。そのうちの比例区だけで見ると、与党は自民党66議席に公明党21議席と、両方合わせても87議席しか取れていません。176議席のうちの87議席ですから、過半数にも届いていません。政党の得票比率で議席配分する比例区だけで選挙を行えば、今回も与党は過半数割れになっていたのです。

 では、なぜ与党が圧勝できたのかというと、自民党が、選挙区で48%の得票しか得ていないのに、75%もの議席を得る事ができたからです。選挙区は定数1の小選挙区制を採用しています。この制度の下では、最多得票者1名しか当選できません。もし4名候補者がいても、全体の25%以上得票できれば、それで通ってしまいます。残りの3名に投じられた票は、その合計が75%近くあっても、すべて死票となってしまいます。全体の2割、3割の票さえ得票できれば、それで大半の議席が確保できるのですから、カネも組織も知名度もある与党候補が、圧倒的に有利に戦いを進める事ができます。そういう選挙が何度も続けばどうなるか?西欧と比べると、民主主義がまだまだ根付いていない日本のような国では、与党はますますおごり高ぶり、野党はますます負け癖が付いてしまう中で、国民も次第に長いものに巻かれろという気持ちになってしまいます。西欧のような政権交代は起こらず、事実上の一党独裁になってしまうのです。

 この制度の下では、野党が分立し、互いにいがみ合っていればいるほど、与党有利に傾いてしまいます。上記の表でも、野党は立憲・希望・共産・維新・社民・こころ(日本のこころを大切にする会)と、6党も分立してしまっています。野党も、その愚は十分承知していたので、野党の中の似た者同士で、共闘の話し合いが進められていました。立憲と希望の大半は、元々は民進党という一つの政党でした。その民進・共産・社民などの間で、野党共闘の話が進んでいました。ところが、共産党なんかと共闘していては政権が取れないと思った民進党の前原代表が、民進党の希望の党への合流を、いきなり決めてしまったのです。しかし、希望の党の小池党首は、もともと自民党・安倍政権の防衛大臣だった人物です。自分が安倍首相に取って代わる野望は持っていたとしても、自民党政治の枠組みまで壊すつもりなぞ、更々ありません。安倍政権が進める憲法改正や安保法制に賛成できない議員の合流は認めないと、排除する事を明言してしまいました。

 そこで、行き場を失った民進党の議員が、枝野氏を中心に、立憲(立憲民主党)を立ち上げました。民進党の希望への合流でつぶれるかに見えた野党共闘は、立憲を中心に維持される事になりました。他方で、希望と維新も、憲法改正などの自民党政治の大方針は認めた上で、今の安倍首相に対抗するという立場だったので、似た者同士として、選挙区での候補者調整を進めました。こうして、野党6党は、立憲・共産・社民グループと、希望・維新グループの、大別して2つのグループに再編されて、選挙戦を戦う事になりました。しかし、せっかくのこの野党再編も、有権者からすれば、余りよく理解されませんでした。結局は、ただの野合ではないかと見なされて、与党の圧勝を許してしまったのです。

 もう一度、上記の表をよく見て下さい。野党の中では、立憲・希望と、どちらも新党のほうが、より多くの議席を獲得しています。それとは対照的に、新党よりは基盤がしっかりしているはずの、共産・維新などの既成政党が、新党に票を奪われて議席を減らしています。たとえ、選挙区での野党共闘や候補者調整を進めたとしても、比例区での票の奪い合いを食い止める事ができずに、与党に「漁夫の利」を許してしまったのです。今後、安倍政権は、野党の分裂状況を見ながら、自分たちと基本方針はそう違わない希望・維新グループを、公明党と天秤にかける形で、憲法改正や原発再稼動、残業代ゼロ法案などの悪政を、今以上に強力に推し進めて来るでしょう。もともとの選挙争点だった森友・加計疑惑の追及も、ますますウヤムヤにされてしまうでしょう。

 それを防ぐにはどうすれば良いか?その一つが野党共闘です。小選挙区制の下では、野党がバラバラに戦っている限り、政権交代なんて絶対に無理です。選挙区での候補者調整だけでなく、比例区でも、候補者名簿の一本化などを推し進めなければなりません。合流や丸投げではなく、野党同士が互いに独立した党のままで、「立憲・共産リスト」のような単一名簿の形で、比例区選挙を戦うのです。そうすれば、今回の比例区東海ブロックで起こった、立憲民主党が候補者名簿の数以上の票を取ってしまった為に、次点の自民党候補にみすみす議席をくれてやるような愚は、避ける事が出来るでしょう。これも、単なる野党の離合集散、数合わせだけなら、有権者はシラけるだけです。しかし、9条改憲阻止、安保法制廃棄、脱原発、残業代ゼロ法案反対などの、大義名分に基づく共闘なら、絶対に支持されるはずです。

 でも、それだけなら、まだ野党の善戦止まりです。今や自民党は、憲法改正(憲法9条改悪)にまで手をつけようとしているのです。改悪されるのは憲法9条だけではありません。安保法制で海外の戦争にも自衛隊が参戦できるようにし、秘密保護法や共謀罪でマスコミや国民の口を封じ、高度プロフェッショナル(残業代ゼロ)制度で過労死させ放題、家族の扶養義務化や社会保障切り捨てで、生きていくのも自己責任、社会の秩序維持の為なら個人の人権なぞ簡単に踏みにじられてしまうような、全体主義の国に、日本を変えようとしているのです。もはや、野党は善戦・健闘に甘んじていられるような段階ではありません。一刻も早く、自民党からの政権交代を成し遂げなければならないのです。

 その処方箋も、既に国民は一度は手に入れています。ここで上記の図を見て下さい。戦後における衆院選挙の投票率の推移を表したグラフです。

 このグラフから二つの事が読み取れます。一つは投票率の低下です。中選挙区制の時代には、投票率がずっと65%以上もあったのに、1996年の政治改革で、今の小選挙区制比例代表並立制に変わってからは、年々投票率が低下し、今や5割前半にまで落ち込んでしまいました。小選挙区制比例代表並立制と言っても、並立制とは名ばかりで、実際は小選挙区中心の選挙制度です。中選挙区制では3~5名の候補者が当選できるので、派閥争いや同じ党同士の同士討ちもある代わりに、有権者の民意もそれなりに議席に反映する事ができました。ところが、1名しか当選できない小選挙区制になると、どうしてもカネも組織も知名度もある与党候補が有利になります。最初から結果が見えているので、誰も投票に行かなくなるのです。自民党の比例区得票率33%も、投票率53%の中の数字ですから、棄権も含めた有権者全体の中では、わずか17%の支持しかありません。それでいて75%もの議席をかすめ取れてしまうのです。

 しかし、その中で唯一の例外があります。それが2009年の総選挙です。この時、自民党から民主党に政権が交代しました。この時には投票率も69%まで跳ね上がっています。この時の選挙では、単なる新党ブームだけにとどまらず、それまでの自民党政治のあり方そのものが問われました。リーマンショックで派遣切りにあい、ホームレスになってしまった労働者に対して、時の麻生首相は、自らの失政を棚上げして怠け者呼ばわりしました。そんな格差社会を容認してしまって良いのかという事が問われたのです。この麻生の傲慢(ごうまん)な態度には、さすがに今まで選挙に行かなかった無党派層も怒りました。そういう無党派層が大挙して投票所に押し寄せたからこそ、未曾有(みぞう)の政権交代が成し遂げられたのです。残念ながら、せっかくの政権交代も、その後の民主党政権の腰が定まらなかった為に、結局は、今までの自民党政治と一体どこが違うのか、有権者にアピールする事ができなくなり、元の自民党政治の木阿弥(もくあみ)に戻ってしまったのです。

 今は2009年の政権交代時よりもさらに時代は進んでいます。決して同じ歴史の繰り返しではありません。長年続いた小選挙区制の下で、野党第一党も、それまでの自民党とさして変わらない政党が、国会の議席を占めてきました。ところが、ここに来て、それまでの腰の定まらなかった民進党や、自民党と似たり寄ったりの希望や維新ではなく、立憲民主党が野党第一党に躍進したのです。まだ結党して2週間にしかならない新党が、既成の野党を追い抜いて野党第一党に躍進できたのは、なぜか?アピールの仕方にあったからではないでしょうか?立憲の枝野代表が選挙演説で多用した言葉の一つに「まっとうな政治」「下からの政治」というのがあります。憲法も国会のルールも踏みにじり、「悪法も法なり」と言わんばかりに脱法的な手法で、加計理事長や安倍昭恵の証人喚問から逃げ回り、次々と強行採決していく与党に対し、「まっとうな政治」を訴え、「もはや左や右のイデオロギーではなく、草の根の下からの声が政治を動かすのだ」と訴えたのが、有権者にアピールしたのです。

 今の世の中は、決してトランプや安倍みたいな奴だけが政治を動かしている訳ではありません。米国大統領選挙では、共和党のトランプだけでなく、民主党のサンダースも予備選挙に躍り出ました。トランプもサンダースも、格差是正を訴えましたが、その手法はまるで正反対でした。トランプが移民を敵視し、「強いアメリカを取り戻す」と訴えたのに対し、サンダースは大企業優遇を是正し、「みんなが平等に個性が尊重される、本当の意味での自由で民主的な社会主義」を主張したのです。資本主義大国の米国で、社会主義者を名乗る候補が、二大政党の有力対抗馬に台頭するなぞ、今までの米国では考えられませんでした。残念ながら、サンダースは民主党予備選挙に残る事ができずに、旧態依然たるクリントンが民主党の大統領候補に選ばれてしまった為に、民主党は決選投票で共和党のトランプに敗北してしまいました。それでも、同じ資本主義で小選挙区制の米国でも、これだけの変化が起こったのです。

 しかし、「では格差是正さえ唱えれば、自動的に無党派層を結集する事ができるのか?」と言えば、決して、そのような甘い事はありません。今まで政治に無関心だった層にも響くような、分かりやすい言葉で、有権者に訴えなければなりません。例えば、同じ格差是正を唱えるにしても、ただ単に相対的貧困率のグラフを挙げて、「国民の16%が貧困だ」と国会で追及しているだけでは不十分です。ダブルワークで仕事を掛け持ちしている人は、そもそも新聞を読んだりテレビでニュースを見る暇なぞありません。そんな人に、いくら「相対的貧困率」がどうこう説明したところで、「政治とはそんなもの」で終わってしまいます。ところが、「もう財布を気にして食べるものも我慢しなくても良いようにする!それこそが政治の役割じゃないか!」と訴えたらどうでしょうか。ダブルワークに追い込まれているような人は、毎日の食事も満足に取れないような人がほとんどです。栄養バランスなぞ二の次で、腹持ちの良い炭水化物や脂肪ばかりに食事が偏りがちです。そして、同じような物ばかり食べているので、食事の楽しみも味わえません。そういう人が前述の演説を耳にしたら、「これはまさしく自分自身の問題だ」となりませんか?そういう声を集める事ができてこそ、初めて野党共闘に命が吹き込まれるのです。単なる野党の離合集散、数合わせではなく、「自分たちの生き死にの問題」として捉えられるようになるのです。

 私にもそれに類する経験があります。今から十年ほど前の話です。当時、私は午後1時からの勤務シフトで働いていましたので、始業前に会社の休憩室で昼食を取っていました。昼食は、途中のスーパーでパンや弁当を買って、それを食べていました。ある時、弁当を買うよりも、お握りとカップ麺、惣菜の揚げ物を組み合わせて食べた方が、毎日の昼食代を浮かせられる事に気付きました。どれだけ浮かす事が出来たのか?詳しい値段は忘れましたが、多分、300円ぐらいに抑える事ができたのではないでしょうか。お握りも鮭、昆布、たらこ、高菜と種類が豊富で、惣菜もコロッケ、ミンチカツ、アジフライと、結構バラエティに富んでいました。それを醤油・味噌・塩味のカップ麺と組み合わせれば、飽きが来ないのではないかと考えたのです。でも、一週間も持ちませんでした。いくら何種類も組み合わせが可能でも、同じようなものばかり、同じ売り場で選んでいるうちに、「スーパー内で俺の立ち入れる場所は、もうここしかないのか」という、みじめな気持ちに、次第になっていったのです。この時に初めて、トイレもバスも黒人用と白人用に区別され差別されていた、かつての南アフリカや米国の黒人の気持ちが、理屈ではなく皮膚感覚として理解できました。

 こんな感覚は、中流以上の人にとっては、まず理解できないでしょう。これらの人たちは、日本はいまだに総中流社会で、努力すれば誰でも報われる、格差なんて一握りの最下層の人間の問題だと、いまだに思っているのでしょう。ところが実際は、外国人労働者だけでなく日本人バイトの中にも、九九が言えない、算数の計算ができない、伝票の漢字が読めない人も、決して珍しくはないのです。そういう人にとっては、新聞やテレビのニュースを見る事自体が苦痛なのです。インフレとかデフレとか言われても、一体何の事か分からないのですから。教育格差一つとっても、日本は今やそんな現状にあります。しかし、そういう人でも、文字は何とか読めて、自分の名前ぐらいは漢字で書けるので、識字率などの上辺の統計だけでは、本当の貧困はつかめないのです。日経新聞だけ読んで、会社四季報や株価チャートとにらめっこしているだけでは、こんな現実は一切見えて来ません。

 そういう、毎日食うや食わずで、新聞もろくに読めない人に、相対的貧困率がどうの新自由主義がこうのと、いくら丁寧に説明しても無駄です。インフレやデフレの意味も分からず、算数の割合や百分率の意味さえ理解できないのですから。ブラック企業の餌食にもっともなりやすいのも、これらの人たちです。この荷物を何時にどこそこに届けろと指示しても、距離÷時速=所要時間の計算もできないので、荷物は誤配・遅配・欠配のオンパレード。経営者は、彼の足元を見て、「お詫びにタダ働きしろ」と、彼に迫ります。彼は、労働基準法の中身なんて当然知らないので、もう経営者の言いなりです。未払い賃金も二年以上請求しなければ時効で請求できなくなってしまう事も、彼は知りませんでした。それは誰の責任か。もちろん、努力しなかった彼にも責任はあります。でも、それ以上に、彼を放置して、まともに教育して来なかった学校や、食い物にするだけで何ら育てようとしなかった経営者の責任の方が、より大きいのではないでしょうか?

 彼は首相の名前も知りませんでした。でも、そんな彼でも、一度だけ選挙に行った事があります。それが2005年の総選挙でした。当時は小泉政権の下で、郵政民営化の是非が選挙の一大争点になりました。彼の故郷の鹿児島県徳之島でも、地元の郵便局が、民営化されれば採算が取れなくなるから、廃止されるかも知れないと話題になりました。彼は、郵便局が廃止されてはたまらないと、民主党候補に投票したそうです。これは、あくまでも一つの例に過ぎません。今まで選挙に行ったことも無かった無党派層に、投票してもらおうと思うなら、このように、今までとは宣伝の仕方もガラッと変えなければならないという事です。

 ここまで書いたら、もうお分かりでしょう。小選挙区制の下で、安倍政治を阻止するには、(1) 野党共闘だけでなく、(2) 投票率の底上げ、民衆の政治参加が不可欠である事が。だから、安倍や自民党、産経・読売などの御用メディアは、野党とりわけ立憲民主や共産の悪口をこれでもかと書きたて、「与党も野党も、どっちもどっち」という気持ちに、読者を誘導しようとするのです。たとえ御用メディアと言えども、売れなければ商売になりませんから、安倍人気が下落している時は、安倍批判もある程度はします。でも、結局は「どっちもどっち」に誘導する事で、政治変革を諦めさせよう、今の状況を受け入れさせよう、今のままで我慢させようとするのです。もちろん、野党も完全無欠ではありません。野党も人間の集まりですから、色んな人がいます。しかし、それを口実に「どっちもどっち」で留まっている限り、永遠に世の中は変わりません。「どっちもどっち」の政治家なら、そんな政治家なぞ退場願って、より民意を代表してくれる政治家に変えて行けば良いだけの話です。有権者も、単なる傍観者に留まっている事は、もはや許されません。「自分たちの生き死にの問題」に直接かかわる問題なのですから。

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これでは替え玉投票もやり放題ではないか

2017年10月22日 22時14分46秒 | 戦争法・集団的自衛権NO!

上記の記事は、「戦後最低の投票率52.66%を今回は更に下回るか?」と、他人事のような言い方で、まるで投票に行かない有権者だけが悪いように書いています。しかし、中選挙区制だった今から21年以上前は、上記の図にもあるように、投票率が7割前後ありました。1選挙区に2~5名当選できるので、同士討ちや派閥政治の弊害もある代わりに、色んな人が当選出来て、選挙も、それなりに盛り上がっていたのです。それが、1選挙区に1人しか当選できない小選挙区制に変わった事で、「寄らば大樹の陰」とばかりに、金や知名度のある与党や大政党にばかり票が集まるようになってしまいました。そして、金欲しさの離合集散が繰り返された結果、みんな白けて選挙に行かなくなってしまい、ますます安倍や麻生みたいなのが頭に乗るようになってしまったのです。

 安倍の森友・加計隠し解散で始まった衆院選も、遂に投票日を迎えました。今夜にも大型の台風21号が本土に上陸すると言われる中で、本降りの雨の中を投票場に出かけなければなりません。しかも、私の場合は、親父と喧嘩して住民票を移さないまま実家を出て来たので、投票するには、わざわざ実家近くの投票場まで、電車に乗って出かけなければなりません。台風接近に備えて、事前に期日前投票を済ませておこうとも思いましたが、ちょうどこの日は、転居後も隔週ごとに通っている実家近くの鍼灸院で診てもらう予定もあったので、治療の帰りに、近くの投票場に立ち寄る事にしました。
 実家近くの投票場は、私がかつて通っていた小学校です。私が通っていた頃は木造だった校舎も、今や立派な鉄筋コンクリートの校舎に代わっています。校舎や校庭、体育館の配置も、私の小学生時代とはガラッと変わってしまいました。そこには、昔通っていた母校の面影は、もはやありません。

 事前に実家のある市役所に電話で確認していたので、別に投票場の入場券がなくとも投票できる事は知っていました。でも、宣誓書に署名しなければならないと聞いていたので、投票所の窓口で、どこで宣誓すれば良いか聞いたら、「別にそんなもの必要ない」との返事でした。それどころか、身分証明書の提示も求められなかったのには、少々驚かされました。係員から住所と氏名を聞かれ、答えたらそれをすぐに有権者名簿と照らし合わせ、白紙の投票入場券に鉛筆で記入してくれました。さすがにそれだけではまずいだろうと思い、わざわざ自分の方から運転免許証を見せたぐらいです。
 そして、係員に書いてもらった自分の名前の入場券を名簿対照係の人に渡し、代わりに小選挙区、比例区、最高裁判所長官国民審査の投票用紙をそれぞれ受け取り、記載台で意中の候補者名や政党名を書き、投票箱に入れて投票場を後にしました。校庭も帰り道も既に雨で水浸しで、私の靴もみるみるジュクジュクになってしまいました。ニュースでは、既に大阪府内でも泉州地域を中心に、避難指示が続々と出始めていました。台風で電車が止まる恐れもあるので、夜のWワークも今日は休む事にして、早々に故郷を後にしました。

 それにしても、投票場の入場券を持っていない人には、身分証の提示ぐらいは求めなければいけないのではないでしょうか?そうしないと、替え玉投票も幾らでも出来てしまうではないですか。最近の若い子はほとんど選挙なんていきません。そこに目をつけた会社が、人事・総務部門を動員して、従業員になりすまして企業ぐるみで替え玉投票する事も、やろうと思えば可能です。また、投票用紙への記入がボールペンではなく鉛筆なのも、考えてみればズサンな話です。鉛筆では、幾ら改ざんされても分かりません。せめてボールペンにして、筆跡が残るようにしておかなければならないのではないでしょうか。逆に、最高裁長官の国民審査のように、先に投票用紙に候補者名や政党名をあらかじめ印刷しておいて、投票では意中の候補者や政党名に〇を入れるようにしても良いかも知れません。それなら、今のように、「民主党」と書かれた投票用紙が一杯出て来ても、「自由民主党」「社会民主党」「立憲民主党」のどれに入れるつもりだったのか、判断に迷う事もないでしょう。
 そのくせ、いくら投票用紙が個人別になっていても、配布されるのは、あくまでも世帯ごとなので、完全に個人には行き渡りません。しかし、私のような人間や、もっと悲惨なDV避難者の方なぞは、元の配偶者に現住所を知られるのが嫌で、転居しても住民票を移せない人も少なくありません。でも、そういう人にも選挙権はあるはずです。投票するのは、あくまでも個人なのだから、投票場入場券は世帯別ではなく個人別にちゃんと配布した上で、替え玉投票防止の為に、入場券不所持の人には、最低限でも身分証の提示を求めるべきではないでしょうか?

 それでなくても、日本の選挙は、何百万もの供託金を積まなければ選挙にも出られない等の、不当な制約が余りにも多すぎます。「高い供託金を設けているのは、泡沫候補の乱立を防止する為だ」と言いますが、それの一体何が問題なのでしょうか?たとえ泡沫候補であったとしても、誰も出ないよりは立候補者が一杯いた方が、選挙も盛り上がります。それが本来の民主主義ではないでしょうか?
 じゃあ、高額な供託金さえ積めば、もうそれで泡沫候補ではなくなるのでしょうか?むしろ逆に、自分の信念も何もなく、ただ出世欲、権力欲だけで政治家になった人間でも、金さえあればどうにでもなるので、二世議員やタレント議員、「政界渡り鳥」みたいな議員ばっかりになってしまったのじゃないですか。その挙句に、もうバカらしくなって誰も選挙に行かなくなり、投票率低下に歯止めがかからなくなってしまったのじゃないですか。タレント候補みたいなのが出て、仮に一時的に投票率が上がったとしても、政策そっちのけで、ただの人気投票みたいな選挙に成り下がってしまったのじゃないですか。
 たとえ今は泡沫であったとしても、本当に大衆から支持されれば、ゆくゆくは有力候補に代わる事もあり得ます。現に、今の立憲民主党の候補がそうじゃないですか。逆に、有力候補と見られていても、単なる人気取りである事がばれて泡沫候補に成り下がる事だってあります。現に、今の「希望の党」の候補なんか、既にそうなりかけているじゃないですか。そもそも、その候補が泡沫であるかどうかを判断するのは、選挙区の有権者であって、国や選管ではないはずです。

 また、政党助成金というのも、考えてみればおかしな制度です。「政治には金がいる、個人献金だけではまかないきれない」からと、企業・団体献金を廃止する代わりに、国が政党の議員数や得票数に応じて、各政党に国から助成金を配分するようになりました。これが、政党助成金制度が導入された表向きの理由です。これを政府は、「民主主義のコスト」だと言って、国民に一方的に押し付けて来たのです。
 でも、本当に金を払ってまで民主政治、議会政治の発展を望むのであれば、むしろ大政党よりも小政党や無所属候補にこそ、手厚く配分するのが筋です。現に、自民党と共産党を比べたら、議員一人当たりの質問回数も、受け付ける請願件数も、後者の方がはるかに多いのが実情です。政党活動も、後者の方がはるかに活発です。自民党の活動なんて、その大半が料亭政治か、森友・加計みたいな代物ばっかりじゃないですか。でも、共産党は政党助成金を「国のひも付き」だと言って拒否しているのに、自民党は逆に「もっと寄こせ」と、増税の口実にする始末です。

 なぜ、競馬のハンデ(負担重量)が、新人騎手や弱い馬に軽く、ベテラン騎手や強い馬に重いのか?単なる弱肉強食だけでは、前者はなかなか後者の壁を乗り越える事が出来ない。それでは新人騎手や次世代の馬が育たないし、競馬界も発展しない。そこで、定量戦や別定戦だけでなく、ハンデ戦も設ける事で、新人や次世代の馬を発掘しようと努めているのじゃないですか。一見、弱肉強食の実力主義に見える競馬ですら、不利なニューフェイスへのフォローもそれなりにちゃんとやっているのです。政党助成金も、それを本当に「民主主義のコスト」と考えるのであれば、これと同様に、むしろ小政党や無所属候補に厚く配分すべきじゃないでしょうか?
 ましてや、自分の党が助成金頼みなのを棚に上げ、共産党の「しんぶん赤旗」拡張を「押し売り」だとやり玉に挙げるのは、お門違いも甚だしいと言わざるを得ません。「国のひも付き」に頼らずに、自分の力で政党を運営してこそ、初めて本当の政党と言えるのです。政党助成金も、元は私たちの税金です。なぜ、支持してもない政党に助成金なぞくれてやらないといけないのでしょうか?これ以上、私たちの税金にたかるのは止めて下さい。他党の活動にケチをつける前に、自党の助成金漬け、ヒモ付き援助漬けの体質をまず見直すのが筋でしょう。

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未完の野党共闘

2017年10月15日 12時36分03秒 | 戦争法・集団的自衛権NO!

市民と野党の共闘候補240超 小池書記局長会見 共産党に一本化は160超(しんぶん赤旗)

 日本共産党の小池晃書記局長は6日、国会内で記者会見し、衆院選の小選挙区(289)で、安保法制=戦争法廃止、憲法9条改定反対など「市民と野党の共闘」の立場に立つ候補が240を超える選挙区で一本化され、そのうち共産党候補に一本化された選挙区が160を超える見込みであることを発表しました。また、比例代表の第5次候補10人を発表。これで比例代表候補は計65人となりました。
 一本化した小選挙区の「共闘」候補の所属の内訳は、ほかに、立憲民主党が約40人、社民党が13人、無所属が約20人、新社会党が1人となる見通しです。
 小池氏は「希望の党の誕生という逆流が持ち込まれる中でも、希望の党に合流しないみなさんが共闘の旗を守り続ける立場で努力した結果、全体として力を合わせてたたかっていく体制ができた」と強調。「共闘の旗をしっかり掲げて、安倍自公政権とその補完勢力である希望・維新に痛打をあびせるために頑張っていきたい」と決意を表明しました。
 小池氏は日本共産党が64の小選挙区で候補者を取り下げたことにもふれ、「大義のために決断していただいた候補者、合意をつくるために奮闘されたみなさんに、心からの感謝と敬意を申し上げたい」と表明。小選挙区への立候補を取り下げた候補者の方には、比例単独候補として奮闘することもお願いしたと述べました。(以下略)

 このように、赤旗は野党共闘の成果を手放しに礼賛していますが、私はむしろ、野党共闘はまだまだ不十分な域にとどまっていると感じています。なぜなら、まだ都市部を中心に、野党共闘が未成立の選挙区が29もあるからです。(上記資料参照)
 なるほど、29という数は、289ある衆院小選挙区全体の数からすれば、約1割にとどまっています。残りの9割については、野党共闘で闘われる布陣が構築できたという事で、これはこれで、貴重な成果だと思います。しかし、残り1割の共闘不成立の選挙区が、東京・大阪を中心に、まだ29も存在しているのです。
 都市部と言うのは、いわば「日本の顔」です。それは、日本の全人口の約1割が集中する東京の知事選挙や都議会選挙が、なぜ日本の縮図と言われるのかを考えれば、すぐに分ると思います。しかも、これらの選挙区には、自民党の大物閣僚が数多く存在します。これらの大物閣僚を落選に追い込む事が出来れば、そのインパクトは、到底1割の枠に収まるものではありません。安倍政権・自民党にとって大打撃となるはずです。その、せっかくのチャンスを、なぜ活かす事が出来なかったのか?返す返すも残念で、仕方ありません。

 それでは、上記の資料に沿って、個別の選挙区ごとに、もう少し詳しく観ていきましょう。

 まず、福島4区・5区で、共産党と社民党が競合してしまっています。先日も、福島原発事故の生業(なりわい)訴訟で、地域住民の生業を奪った東電を断罪する判決が出ました。しかし、生活や仕事を奪われた住民が、せっかく選挙で自民党に怒りをぶつけようと思っても、野党が競合していたのでは、また自民党に漁夫の利を与える事になってしまいます。
 東京では共闘未成立の選挙区が10もあります。
 まず、東京4区。ここでは、無国籍児童の問題を長年に渡って取り上げて来たNPO法人代表の井戸正枝氏が、立憲民主党から出ています。もし、ここで候補一本化に成功していたら、自民党にとって一大脅威になっていたはずです。同じ事は、東京21区についても言えます。ここでは、自衛隊のイラク派兵に抗議して外交官を辞任した天木直人氏が、諸派で出ています。ここも、一本化に成功していたら、希望に合流した民進右派で安保法制賛成派の長島昭久を、追い落とす事が出来たかも知れません。東京8区も、民進左派の円より子氏が、無所属で出ています。これに共産・立憲の二党が加われば、自民党の石原伸晃を追い落とす事も、夢ではなかったはずです。
 他にも、東京10区の若狭勝(希望)、東京11区の下村博文(自民)、東京24区の萩生田光一(自民)と、重鎮ぞろいじゃないですか。これらの「錚々(そうそう)たるメンバー」を落選に追い込む事が出来れば、どれだけスカッとするか。

 東京以外の関東や東海に目を転じれば、ここにも落選運動の対象になりそうな大物閣僚が、ワンサカいます。
 群馬5区には、政治資金規正法違反で大臣を辞任した小渕優子(自民)。神奈川2区には、安倍の下駄の糞で、官房長官の菅義偉(すが・よしひで、自民)。静岡1区にも、元法相の上川陽子(自民)。もし菅が落ちるような事にでもなれば、安倍政権はもう半身不随です。
 西日本に行くと、滋賀1区では元県知事の嘉田(かだ)由紀子氏が無所属で出ています。知名度抜群で、政治的にも、希望よりも、むしろ立憲民主党に近いと思われる同氏が、野党統一候補で出ていたら、自民党はひとたまりもなかったはずです。三重3区にも、元民主党幹事長の岡田克也氏が、無所属で出馬しています。現時点で無所属で出るという事は、必ずしも希望の党には合流しない事を意味します。同じ無所属で出る佐賀1区の原口一博氏(元民主党政権の総務相)を共産党は自主支援する事を決定したそうですが、それなら、なぜ岡田氏にも同じように対応しなかったのでしょうか?
 大阪も、4選挙区で、立憲民主党と共産党が競合しています。自民から共産まで束になってかかった大阪市長選や府知事選挙でも、維新の候補に勝てなかったのに、こんな状態で、果たして勝てると思うのでしょうか?

 そして、極めつけは山口4区。ここでは、加計学園獣医学部の問題を追及してきた今治の市民団体代表、黒川敦彦氏が、安倍首相に闘いを挑んでいます。しかも、希望も候補を擁立しています。ここで、共産党が黒川氏の支援に回れば、盤石の安倍王国でも、けっこう好勝負になったかも知れません。そうすれば、たとえ今回は勝つ事が出来なくても、「安倍必ずしも恐れるに足らず」と、政治変革の希望を有権者に与える事が出来、次の闘いにつなげる事が出来るかも知れません。
 不意打ちの解散劇に対して、準備が間に合わなかったという事情は分かりますが、それでも、もう少し何とかならなかったのでしょうか?今はもう、憲法改悪を阻止できるかどうかの瀬戸際にあるのですから。

  

 その中で、少し嬉しいニュースも。私が現在住んでいるのは大阪3区ですが、そこでは共産党の渡部(わたなべ)ゆい候補が、他の野党からも支援を得て、公明党の現職と対決しています。この10月11日も、地元の駅前で、たまたま同候補の選挙演説に遭遇しました。自由党の山本太郎さんや、元維新支持者で現在は反維新で活動している「民意の声」の浅野代表も、応援に駆け付け、熱弁をふるっておられました。「森友・加計問題もうウンザリと言う人も、今の自民党による国政私物化、安倍のお友達優遇に、私たちの税金が湯水のように使われる事は、決して許せないはずだ」という応援演説に、「8時間働けば普通に暮らせる社会へ」と大書された宣伝カーの文字が、ダブルワークを強いられる私の目や耳にも、すんなり入って来ました。
 相手は自公協力で臨んでいますが、下町の保守層の中には、必ずしも公明党を快く思わない人々もいます。今回は、そういう層から第三の候補が出るに至りました。もちろん、この候補も、安倍政権・自民党べったりであり、私にとっては「敵」でしかありません。しかし、この候補の「頑張り」如何によっては、意外な結果になるやも知れません。現に、前回の総選挙では、公明党の8万4千票に対し、渡部氏も6万3千票以上取っています。

 70年代のロッキード事件の時には7割以上あった投票率も、前回の衆院選では5割そこそこにまで落ち込んでしまいました。大政党に有利な小選挙区制によって、有権者が棄権や人気投票に流れた結果が、投票率の低下となって現れ、豊田真由子みたいな議員をのさばらせる結果になってしまっているのです。
 しかし、今さら、それを嘆いても始まりません。それならそれで、そんな選挙制度の下でも、勝てる選挙を展開しなければなりません。「希望の党」は、今やすっかり化けの皮がはがれてしまいましたが、せっかく、「希望の党」を見限った有権者を、再び自民党に先祖返りさせてしまうだけに終わったのでは、また森友・加計問題のような事が繰り返されてしまいます。その票の一部は立憲民主党にも流れているようですが、そのあおりで、今度は共産党の苦戦が伝えられています。これでは、限られたリベラル票を、ただ奪い合っているだけです。
 立憲民主党だけでなく共産党や社民党も票を伸ばし、野党共闘全体の裾野を広げない事には、今の日本を変える事はできません。その為には、選挙区だけでなく比例区も、ただ単に勝ち馬に乗るだけの「大義なき数合わせ」でなく、大義に基づく統一政策の追求や、統一候補名簿として戦う体制を作らなければならない段階に、もう来ているのではないでしょうか。

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花粉症ゼロをダシに改憲あおる奇亡の党

2017年10月11日 23時43分26秒 | 戦争法・集団的自衛権NO!

 立憲民主党に続いて、小池百合子率いる「希望の党」も選挙公約を発表しました。そこで、同党のHPに飛んで、早速その公約を見てみました。以下がその公約です。

 1 消費税凍結 景気回復を確実にするため、2年後の消費税増税を凍結します。
 2 議員定数・議員報酬の削減 国会議員みずから身を切る改革を断行し、「しがらみ政治」から脱却します。
 3 ポスト・アベノミクスの経済政策 徹底した規制改革と特区を最大活用し、民間の活力を生かした経済活性化を断行します。
 4 原発ゼロへ 「2030年までに原発ゼロ」を目指します。徹底した省エネで、エコ社会に変えていきます。
 5 雇用・教育・福祉の充実 正社員で働ける、結婚できる、子どもを育てられる社会。そこに少子化問題解決のカギがあります。
 6 ダイバーシティ社会の実現 すべての人が輝ける社会をめざします。特に女性、シニアの力をさらに生かします。
 7 地域の活力と競争力の強化 現場に任せれば元気になる。道州制を導入し、地域が自分で決めればムダもなくなる。
 8 憲法改正 憲法9条をふくめ憲法改正論議を進めます。国民の知る権利、地方自治の分権を明記します。
 9 危機管理の徹底 外交安全保障はもとより自然災害対策も強化し、国民の生命と主権を守る万全の備えを整えます。

 一見すると、「原発ゼロ」等の野党色の濃い公約も掲げているので、「希望の党」が、まるで自民党政治に対抗する受け皿であるかのように、錯覚する向きもあろうかと思います。しかし、実際はただの誇大広告に過ぎません。なぜなら、同党の公約からは、気迫が全然感じられないからです。まずは、「希望の党」の結党宣言と、それに相当すると思われる立憲民主党・枝野代表のメッセージを、両方掲げて互いに見比べてみましょう。

「希望の党」結党宣言(同党のHPより)

 私たちが希求するものは、党の利益ではなく、 議員の利益でもなく、国民のため、つまり国民が納める税の恩恵を全ての国民に届ける仕組みを強化することにある。
 国政を透明化し、常に情報を公開し、国民と共にすすめる政治を実現する。
 既得権益、しがらみ、不透明な利権を排除し、国民ファーストな政治を実現する。
 国民ひとりひとりに、日本に、未来に、希望を生むために。 (以上引用)

「枝野代表メッセージ」(立憲民主党HPより)

 日本社会は危機の中にあります。
 分断と排除の政治が行われ、立憲主義が壊されています。
 社会の多様性が脅かされ、国民の大切な情報が隠蔽(いんぺい)されています。
 一握りの人たちがトップダウンで物事を決めてしまう、傲慢(ごうまん)な政治が横行しています。
 政治は、政治家のためでも政党のためでもなく、国民のためにあるものです。
 今の政治に怒りや危機感を持つ、多くの国民の声に応え、政治の流れを転換させたい。
 この国に暮らす多様な一人ひとりとの対話を通じて誰もが自分らしく生きられる社会をつくりたい。
 その決意をもって、私たちは、立憲民主党を立ち上げました。
 国民のみなさんの日常の暮らし、現場のリアルな声に根ざした、ボトムアップの政治を実現する。
 それが私たちの描く、日本の未来です。
 右でも左でもなく、前へ。(以上引用)

 そもそも、まだ議員の任期が1年以上も残っているのに、わざわざ衆議院を解散して、選挙をしなければならない理由は何ですか? なるほど、安倍首相は、「北朝鮮のミサイル」がどうの、そのために「憲法改正」が必要だの、ついでに「消費増税の延期」や「教育無償化」「働き方改革」の判断も仰がなくてはならないとか、色々言っています。でも、そんなものは、今でも自民・公明の与党だけで3分の2以上の国会議席を持っているのですから、別にわざわざ今、解散しなくても、その気になればいつでも出来ます。現に、秘密保護法も戦争法(安保法制)も共謀罪法案も、全部、別にそのために解散・総選挙なぞせずに、強行採決でやってのけたじゃありませんか。

 それが、なぜ今回だけ、わざわざ急に解散・総選挙に踏み切ったのか?森友・加計の疑惑隠ししか考えられないじゃないですか。この疑惑が明るみに出て以降、安倍内閣の支持率はどんどん下がり続けていました。ところが、ここに来て北朝鮮ミサイル騒動を機に、再び内閣支持率が回復する兆しを見せて来ました。それとは対照的に、野党は民進党が山尾問題でまた混乱に陥っています。そこで、一旦ここで解散してしまえば、また後4年は安泰だと、一か八かの賭けに出たのでしょう。

 だから、今回の選挙の最大の焦点は、そんな「安倍による国家の私物化を許すのかどうか?」、これしかありません。もちろん、「北朝鮮」や「憲法改正」も重要な問題です。しかし、それなら尚更の事、強行採決や解散なんかでウヤムヤにせずに、国会で「国民に丁寧に説明」する必要があったのではないでしょうか?

 その真の争点に、立憲民主党の方は、「これ以上、安倍首相による国家の私物化を許してはいけない」と、ちゃんと応えています。少なくとも、森友・加計疑惑の究明を求める国民の声に、ちゃんと向き合おうとしています。ところが、「希望の党」の方はと言うと、「既得権益、しがらみ」がどうたら、「国民ファースト」がこうたら、抽象的な言葉を並べ立てるだけで、肝心の「森友・加計疑惑の究明」については、何も触れないじゃないですか。それは、立憲民主党の公約と見比べてみると、さらにはっきりします。

「国民との約束」(立憲民主党の選挙公約、同党HPより)

 1 生活の現場から暮らしを立て直します
 ① 長時間労働の規制、最低賃金の引き上げ、同一価値労働同一賃金の実現
 ② 保育士・幼稚園教諭、介護職員等の待遇改善・給与引き上げ、診療報酬・介護報酬の引き上げ、医療・介護の自己負担の軽減
 ③ 正社員の雇用を増やす企業への支援、赤字中小企業・小規模零細事業者に対する社会保険料負担の減免
 ④ 児童手当・高校等授業料無償化ともに所得制限の廃止、大学授業料の減免、奨学金の拡充
 ⑤ 所得税・相続税、金融課税をはじめ、再分配機能の強化

 2 1日も早く原発ゼロへ
 ① 原発ゼロを1日も早く実現するための「原発ゼロ基本法」制定
 ② 成長戦略としての再生可能エネルギー・省エネ技術への投資拡大と分散型エネルギー社会の実現
 ③ パリ協定にもとづく地球温暖化対策の推進

 3 個人の権利を尊重し、ともに支え合う社会を実現します
 ① あらゆる差別の禁止―LGBT差別解消、性暴力被害者を守る支援センターの設立、選択的夫婦別姓の実現、国政選挙へのクォータ制の導入
 ② 障がい者差別解消法の運用強化、手話言語法の制定推進
 ③ 自殺に追い込まれることのない社会の実現
 ④ 子どもに引き継がれてしまう貧困の連鎖を断つための教育生活支援、虐待をなくすために児童相談所や児童養護施設、民間団体との協働を強化
 ⑤ ギャンブル依存症に対する莫大な社会コストを生じさせ、マネーロンダリングの温床となり治安を悪化させるカジノ解禁に反対

 4 徹底して行政の情報を公開します
 ① 政府の情報隠ぺい阻止、特定秘密保護法の廃止、情報公開法改正による行政の透明化
 ② 議員定数の削減、企業団体献金の禁止と個人献金の促進
 ③ 中間支援組織やNPO団体を支援する「新しい公共」の推進
 ④ 公務員の労働基本権の回復、天下り規制法案の成立
 ⑤ 取り調べの可視化をはじめ、国民から信頼される司法制度の確立

 5 立憲主義を回復させます
 ① 専守防衛を逸脱し、立憲主義を破壊する、安保法制を前提とした憲法9条の改悪に反対
 ② 領域警備法の制定と憲法の枠内での周辺事態法強化により、主権を守り、専守防衛を軸とする現実的な集団安全保障政策を推進
 ③ SACO合意から20年たっても実現できていない現実や米軍再編による状況変化を踏まえ、辺野古移設について再検証をし、沖縄県民の理解を得られる道をゼロベースで見直す
 ④ 北朝鮮の核実験・弾道ミサイル発射は極めて深刻な脅威であり、断じて容認できない。北朝鮮を対話のテーブルにつかせるため、国際社会と連携し、北朝鮮への圧力を強める。平和的解決に向け、外交力によって北朝鮮の核・ミサイル放棄を訴え、最後の一人まで拉致問題の解決に取り組む
 ⑤ 共謀罪(テロ等準備罪)の廃止、水際対策など真に実効性あるテロ対策の実施(以上引用)

 「希望の党」の公約とは全然違いますね。「希望の党」の公約の中で、貧困・格差の是正について触れているのは、5番目の「雇用・教育・福祉の充実」だけです。
 しかし、本当に「雇用・教育・福祉の充実」や「ダイバーシティ(多様性)社会の実現」を目指すなら、貧困・格差の問題は避けて通れないはずです。派遣切りや先進国最低クラスの最低賃金、今やデリヘルが福祉施設と化してしまっているシングルマザーの貧困、大学を卒業しても奨学金が払えずサラ金並みの返済に追われる学生の貧困、母子や一人暮らしの高齢者の孤独死もありふれた光景になってしまった、この日本で、まず解決すべきなのは、これらの国民の生き死にに関わる問題でしょうが。抽象的な「しがらみ政治からの脱却」なんかではなく。

 個人の権利が尊重される社会を実現するには、安倍政権による国家の私物化、憲法無視の政治をまず変えなければならない。国家機密の名で何でも隠ぺいするのではなく、情報公開を推進しなければならない。お友達優遇ではなく公平で民主的な、憲法に基づく政治をしなければならない。「右でも左でもない、ボトムアップの政治」に立脚してこそ、初めて「しがらみ政治からの脱却」も実現できる。だから、私たちは「希望の党」などという抽象的な名前ではなく、「立憲=憲法を守る」「民主」という党名にしたのだ…公約の内容が具体的で、それぞれの内容に一貫性があります。

 もちろん、立憲民主党の公約にも、異論がある点はいくつかあります。例えば、「議員定数の削減」だけでは「国民主権の否定」にしかなりません。「給料泥棒の議員を減らせ」だけでは、最後には「国会全廃」に行き着いてしまいます。問題は議員の数ではなく質の低さにあるのですから、そんな世襲議員やタレント議員を生み出さないような選挙制度に変える事でしか、この問題は解決しません。
 そういう不十分な点はありますが、それでも全体的に観たら、今までの日本の新党の中では、一番まともな公約だと思います。

 それに対し、「希望の党」の公約や、小池代表の実際の言動はどうか?
 なるほど、「希望の党」公約の各項目も、それぞれ細かな小項目に分かれ、立憲民主党の公約以上に細かな内容がズラズラと書かれています。ここでは、いちいちそこまで紹介しませんでしたが。でも、いくら読んでも、書かれている事がバラバラで、他の項目の公約とどう繋がっているのか、全然分からないのです。

 例えば、「地方分権の推進」を言いながら、別の所では「安保法制も日米同盟も強化する」と言っています。では、沖縄の人々が普天間米軍基地の辺野古移設に反対したら、「地方分権」で認めてくれるのか?絶対に認めないでしょう。いくら「地方分権」と言っても、あくまで国家統制の範囲内に限られるのです。
 そもそも、本当に「地方分権」が大事だと思うなら、なぜ連邦制にしないのか?広大な多民族国家でなければ、連邦国家にしてはいけない理由なんて、一つもありません。日本よりも狭く、移民以外は少数民族なんてほとんどいないドイツも、実は「ドイツ連邦共和国」という連邦国家です。それは何故か?ナチスによる全体主義に対する反省からです。なのに、小池百合子も橋下徹も、せいぜい「都民ファースト」や「大阪都構想」「道州制」どまりで、連邦制を主張しないのは何故なのか?はっきり言ってやりましょう。自分が「地方のナチス」として君臨したいからです。ただそれだけです。
 そんな「地方分権」なら、安倍政権にとっては、むしろ好都合です。「地方の事はお前らの責任でやれ。ワシは知らん」と逃げれますから。その上で、「米軍基地や原発の誘致を決めるのは、あくまでもワシや。お前らはそれに必要な道路や水道を、どのように負担するか決めるだけの権限しかないのだ。どの教育予算を削って回せば良いか、決めてくれれば良い。いくら地方分権と言っても、所詮その程度のものだ」という事です。

 他の公約も、言っている事が矛盾だらけじゃないですか。「原発ゼロ」を言いながら、今の原発の再稼働は容認しているのですから。今でも、稼働している原発はたった5基なのに。ドイツでは、今や、エネルギー源の2割から3割以上が自然・再生エネルギーです。別に2030年まで待たなくても、その気になれば直ぐにでも実現できるのです。要はやる気の問題です。
 他にも、「ダイバーシティ社会実現で多様性が大事」と言いながら、民進党との合流に際しても、リベラル議員は最初から門前払い。門前払いしたのはリベラル派だけで、極右で原発推進の「日本のこころ」出身の中山恭子はフリーパス。「しがらみ政治からの脱却」と言いながら、まるで結婚サギで結納金だけ召し上げるみたいな真似をして、民進党の前原代表から政党助成金だけだまし取って。情報公開を看板に掲げながら、議員のインタビューも飲み会も禁止して離党者続出。雇用や福祉の問題も、小池たちにとっては、人権保障とは無関係の、「少子化対策」という国策遂行のネタでしかない。言ってる事とやってる事が全然違う。

 

 そして、公約の道しるべとも言うべき「12のゼロ」(上記参照)に至っては、もう有権者をバカにしているとしか思えません。①原発ゼロ ②隠ぺいゼロ ③企業団体献金ゼロ ④待機児童ゼロ…までは、まだ良いでしょう。しかし、その次の、⑤受動喫煙ゼロ ⑥満員電車ゼロ ⑦ペット殺処分ゼロ ⑧フードロスゼロ ⑩花粉症ゼロ ⑪移動困難者ゼロ ⑫電柱ゼロ…に至っては、「そんな事の為に、わざわざ何百億円もかけて解散するのか?」と言う他ありません。
 しかも、⑨ブラック企業ゼロが、⑤受動喫煙や、⑥満員電車や、⑦ペット殺処分のゼロより、後回しなのですよ。⑪災害による移動困難者の問題も、最大の被災民である原発事故からの避難者の問題を、避けて通る事はできないはずです。それらの人たちの人権が、なぜペット以下なのか?小池、お前は犬公方か! 

 これらの公約の立て方を見て、戦前の教育勅語と非常によく似ているなと思いました。教育勅語も、「親を大切にしろ」「よく勉強しろ」等の、一見当たり障りのない徳目が、前の方にずらっと並んでいるでしょう。しかし、それらの徳目は、最後の「戦争になったら我が身を捨てて天皇陛下を守れ」という徳目を、補強するものでしかなかった。「親を大切にする」のも「よく勉強する」のも、ひたすら「お国」や「天皇陛下」や「自分の出世」のためでしかない。

 ここで、もう一度、最初の「希望の党」の公約をよく見て下さい。小池が本当に実現しようとしている公約は、7番目の「地域の活力と競争力の強化」(弱肉強食の競争・格差社会へ)、8番目の「憲法改正」、9番目の「危機管理の徹底」(国家統制の強化)だけなのです。これらが、「教育勅語」でいう所の「お国の為に死ね」に当たる幹の部分です。それ以外の「消費増税凍結」や「原発ゼロ」、「花粉症ゼロ」等などの公約は、それを覆い隠すための「親を大切に」等の当たり障りのない、小池にとっては単なるリップサービスに過ぎないのです。もう「毒まんじゅう」公約そのものじゃないですか。

 そもそも、何で立憲民主党のように、具体的な理想を党名に掲げる事が出来ないのか?「希望の党」という、いちいちカッコで括らないと表記できないような、抽象的な党名しか掲げる事が出来ないのか?およそ政党である以上は、どんな党でも、その党の理想を党名に掲げるものです。その理想=「希望」の中身こそが大事なのに。なぜ掲げる事が出来ないのか?これも、はっきり言ってやりましょうか。「自分が日本のヒットラーになる事しか考えていないから」です。これでは「国民ファースト」ならぬ「小池ファースト」、「希望の党」ならぬ「奇亡の党」でしかない。

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拡散:立憲民主党の総選挙公約

2017年10月08日 06時25分56秒 | 戦争法・集団的自衛権NO!

※携帯でも公約を読める様に、画像の下に当該ページの公約全文を追記(転記)しました。

まっとうな政治。「国民との約束」―立憲民主党政策パンフレット

日本社会は危機の中にあります。
分断と排除の政治が行われ、立憲主義が壊されています。
社会の多様性が脅かされ、
国民の大切な情報が隠蔽(いんぺい)されています。
一握りの人たちがトップダウンで物事を決めてしまう、
傲慢(ごうまん)な政治が横行しています。
政治は、政治家のためでも政党のためでもなく、
国民のためにあるものです。
今の政治に怒りや危機感を持つ、多くの国民の声に応え、
政治の流れを転換させたい。
この国に暮らす多様な一人ひとりとの対話を通じて
誰もが自分らしく生きられる社会をつくりたい。
その決意をもって、私たちは、立憲民主党を立ち上げました。
国民のみなさんの日常の暮らし、現場のリアルな声に根ざした、
ボトムアップの政治を実現する。
それが私たちの描く、日本の未来です。
右でも左でもなく、前へ。

 立憲民主党 代表  枝野幸男

 

1 生活の現場から暮らしを立て直します

 アベノミクスの成果は上がらず、国民の所得を削り、中間層を激減させたままでは、本当の意味で活力ある経済は再生しません。誰もが安心して暮らせる社会のビジョンを示さなければいけません。保育・教育、医療・介護の各分野の賃金を底上げします。女性に対する雇用・賃金差別をなくします。社会全体ですべての子どもの育ちを支援します。将来的な国民負担を議論することは必要ですが、直ちに、消費税率10%へ引き上げることはできません。実質賃金の上昇によって中間層を再生します。
 また、地方の基幹産業である第一次産業を支え、食と地域の安全を守ります。

① 長時間労働の規制、最低賃金の引き上げ、同一価値労働同一賃金の実現
② 保育士・幼稚園教諭、介護職員等の待遇改善・給与引き上げ、診療報酬・介護報酬の引き上げ、医療・介護の自己負担の軽減
③ 正社員の雇用を増やす企業への支援、赤字中小企業・小規模零細事業者に対する社会保険料負担の減免
④ 児童手当・高校等授業料無償化ともに所得制限の廃止、大学授業料の減免、奨学金の拡充
⑤ 所得税・相続税、金融課税をはじめ、再分配機能の強化

2 1日も早く原発ゼロへ

 原発ゼロを単なるスローガンとして語る次元はとうに過ぎています。原発ゼロは、未来に対する私たちの世代の責任です。再稼働は現状では認められません。原発の稼働がなくとも日本経済は成り立ちます。再生可能エネルギーや省エネ等の技術開発によって、もはや原発ゼロはリアリズムです。
 東京電力福島第一原発事故の被害者に責任ある対応を取り、原発立地自治体への対策、使用済み核燃料の処理などに関する具体的なロードマップを示す原発ゼロ基本法を策定し、1日も早く原発ゼロを実現します。

① 原発ゼロを1日も早く実現するための「原発ゼロ基本法」制定
② 成長戦略としての再生可能エネルギー・省エネ技術への投資拡大と分散型エネルギー社会の実現
③ パリ協定にもとづく地球温暖化対策の推進

3 個人の権利を尊重し、ともに支え合う社会を実現します

 日本はすでに高度成長を経験した成熟社会です。画一的で、大量生産型の社会モデルから、個性や独創性を活かした社会モデルへと移行しなければなりません。人種や性などによる違いを尊重し、社会を彩る多様性こそが、その社会を豊かで、活力あるものにするのです。LGBT差別解消、選択的夫婦別姓やクォータ制の実現などによって、互いに支え合う、社会的な包摂を実現します。

① あらゆる差別の禁止―LGBT差別解消、性暴力被害者を守る支援センターの設立、選択的夫婦別姓の実現、国政選挙へのクォータ制の導入
② 障がい者差別解消法の運用強化、手話言語法の制定推進
③ 自殺に追い込まれることのない社会の実現
④ 子どもに引き継がれてしまう貧困の連鎖を断つための教育生活支援、虐待をなくすために児童相談所や児童養護施設、民間団体との協働を強化
⑤ ギャンブル依存症に対する莫大な社会コストを生じさせ、マネーロンダリングの温床となり治安を悪化させるカジノ解禁に反対

4 徹底して行政の情報を公開します

 知ること、議論すること、そして声を上げること。それは民主主義の根本です。しかし、2012年に安倍政権が誕生してから、政治は一部の権力者に私物化され、大切な情報が隠蔽されてきました。私たちは、現在の政治に違和感や怒り、不満を持つ人たちの声を、しっかりと受け止めます。適切なルールにもとづいて情報を公開し、オープンでクリーンな政治を実現します。

① 政府の情報隠ぺい阻止、特定秘密保護法の廃止、情報公開法改正による行政の透明化
② 議員定数の削減、企業団体献金の禁止と個人献金の促進
③ 中間支援組織やNPO団体を支援する「新しい公共」の推進
④ 公務員の労働基本権の回復、天下り規制法案の成立
⑤ 取り調べの可視化をはじめ、国民から信頼される司法制度の確立

5 立憲主義を回復させます

 アジア、そして世界の中で、国際協調にもとづく、日本の安全保障に関する基本姿勢を守ります。2015年に強行採決された違憲の安保法制の問題をうやむやにしたままに、理念なき憲法改正が叫ばれています。専守防衛を逸脱し、立憲主義を破壊する、安保法制を前提とした憲法9条の改悪とは、徹底的に闘います。現下の安全保障環境を鑑み、領域警備法の制定と憲法の枠内での周辺事態法の強化をめざします。基本的人権の尊重、立憲主義、民主主義といった原則は、決して揺るがしません。解散権の制約や知る権利など、この原則を強化するための憲法論議を進めます。

① 専守防衛を逸脱し、立憲主義を破壊する、安保法制を前提とした憲法9条の改悪に反対
② 領域警備法の制定と憲法の枠内での周辺事態法強化により、主権を守り、専守防衛を軸とする現実的な集団安全保障政策を推進
③ SACO合意から20年たっても実現できていない現実や米軍再編による状況変化を踏まえ、辺野古移設について再検証をし、沖縄県民の理解を得られる道をゼロベースで見直す
④ 北朝鮮の核実験・弾道ミサイル発射は極めて深刻な脅威であり、断じて容認できない。北朝鮮を対話のテーブルにつかせるため、国際社会と連携し、北朝鮮への圧力を強める。平和的解決に向け、外交力によって北朝鮮の核・ミサイル放棄を訴え、最後の一人まで拉致問題の解決に取り組む
⑤ 共謀罪(テロ等準備罪)の廃止、水際対策など真に実効性あるテロ対策の実施

地域を立て直す

 地域の基幹産業である農林漁業を守り、地域の多様な暮らしを支えます。

・農業者戸別所得補償制度の法制化・恒久化、資源管理による漁業の活性化、森林の適切な管理と保全、森林・林業再生プランに基づく林業の発展
・地域の自治体と住民の自主的な取り組みを支援する一括交付金の復活
・地域の公共交通を活性化し、社会参加の機会が保障される地域の実現

災害からの復興

 2011年3月11日に発生した東日本大震災は、私たちにとっての原点です。復興を支え、被災したコミュニティの未来への歩みを応援します。過去の災害から学び、減災の取り組みを進めます。

・東日本大震災からの復興、被災地再生に向けた取り組みの一層の強化、地域の声に応える支援の実施
・東京電力福島第一原発事故により分断されたコミュニティの再生支援
・自主避難者を含む避難者の生活支援
・全国的な災害対策の拡充

立憲主義とは

 立憲主義とは、政治権力が独裁化され、一部の人たちが恣意的に支配することを、憲法や法律によって抑制しようという立場です。
 立憲民主党とは、日本に立憲主義を回復させ、互いの違いを認め合い、ともに支え合う社会を実現する政党です。

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21世紀の自由民権運動

2017年10月08日 00時44分59秒 | 戦争法・集団的自衛権NO!

【転載】立憲民主党枝野幸男有楽町演説 【立憲民主党公式Twitterより】

 民進党が、前原代表の鶴の一声で「希望の党」への合流を決め、野党共闘から撤退してしまった時は、もう安倍政権の暴走を止めるのは無理だという気持ちになってしまっていました。

 何故なら、「希望の党」も安保法制や憲法改正に賛成で、基本路線は自民党とほとんど変わらないからです。確かに、「希望の党」の選挙公約には、自民党にはない「脱原発」や「消費増税凍結」などの主張もあります。しかし、その中身はと言うと、「既存原発の再稼働を認めた上での将来の脱原発」「消費増税の必要性を認めた上での若干の先送り」でしかありません。この程度の事なら、安倍政権ですら、今まで口先では言ってきました。

 もし、今度の選挙で自民党の議席が減り、代わりに「希望の党」の議席が増えても、自民党にとっては痛くもかゆくもありません。それどころか、自民・公明両党に加え、自民党と基本路線を同じくする「希望の党」や「日本維新の会」も連立に加わるとなると、もう戦前の大政翼賛会みたいな事になってしまいます。

 しかし、この世の中もまだまだ捨てたものではありません。再び「大どんでん返し」が起こります。一旦は民進党の「希望の党」への合流方針を認めた様に思われた党内のリベラル派が、「希望の党」から「安保法制・改憲賛成」の踏み絵を迫られる中で、それに対抗して、立憲民主党という新たな党を立ち上げるに至りました。

 立憲民主党の「立憲」というのは、「憲法に立脚する」「憲法に基づく政治を進める」という意味です。具体的には、憲法違反の安保法制や共謀罪法(改正組織犯罪処罰法)、秘密保護法の廃止を始め、4野党(民進・共産・自由・社民)と市民団体(安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合)で確認された7項目の合意事項(注)に沿った政治を進めるという事です。尚、ここで言う4野党とは、国会に議席を持つ前記4党の事ですが、これは別に国会だけに限った話ではありません。それ以外の革新系の政党(新社会党・沖縄社会大衆党など)や無所属の人々にも、もちろん野党共闘の門戸は開かれています。

(注)7項目の合意事項

1 憲法違反の安保法制を上書きする形で、安倍政権がさらに進めようとしている憲法改正とりわけ第9条改正への反対。
2 特定秘密保護法、安保法制、共謀罪法など安倍政権が行った立憲主義に反する諸法律の白紙撤回。
3 福島第一原発事故の検証のないままの原発再稼働を認めず、新しい日本のエネルギー政策の確立と地域社会再生により、原発ゼロ実現を目指すこと。
4 森友学園・加計学園及び南スーダン日報隠蔽の疑惑を徹底究明し、透明性が高く公平な行政を確立すること。
5 この国のすべての子ども、若者が、健やかに育ち、学び、働くことを可能にするための保育、教育、雇用に関する政策を飛躍的に拡充すること。
6 雇用の不安定化と過密労働を促す『働き方改革』に反対し、8時間働けば暮らせる働くルールを実現し、生活を底上げする経済、社会保障政策を確立すること。
7 LGBT(レズ・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダー)に対する差別解消施策をはじめ、女性に対する雇用差別や賃金格差を撤廃し、選択的夫婦別姓や議員男女同数化を実現すること。

 以上、10.3【衆議院議員総選挙における野党の戦い方と政策に関する要望】(安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合HP)より。

 今、一部の御用メディアやネット右翼は、この合意に対して、盛んに「リベラル」「極左」「反日」などのレッテル張りに出て来ています。その物言いたるや、まるで過激派、テロリスト扱いに近いものがあります。しかし、この合意のどこが「極左」「反日」なのでしょうか?むしろ、ほとんどの国民が望んでいる事ではないですか。

 「リベラル」という言葉に対しても、一部の御用メディアやネット右翼からは、「極左」や「反日」と同じ意味合いで捉えられる様になってしまいました。安保法制や改憲に反対し、「希望の党」から合流を拒否された人々に対して、「リベラル派」と一くくりに捉え、まるで一つのイデオロギーに凝り固まった人々であるかの様な印象操作が、執拗(しつよう)に行われています。

リベラル勢力たちの自業自得 「反安倍なら何でもあり」では国民から見捨てられるだけ(夕刊フジZAKZAK)
三浦瑠麗氏、細るリベラルに「改憲の流れは止まらない」(朝日新聞デジタル)

 しかし、元々「リベラル」と言うのは、「自由主義的」という意味です。「リベラリズム(liberalism)」の訳が「自由主義」ですから。もっと言えば、今の与党の自由民主党(the Liberal Democratic Party=LDP)も、表向きは「自由」で「民主」的な社会を目指す為に結成されたはずです。ところが実際は、「自由」でも「民主」的でもなく、戦前の大日本帝国を懐かしむような、ゴリゴリの保守反動の復古主義者の集まりでした。そんな人たちがずっと日本に居座って来たからこそ、日本国憲法の理想が戦後70年以上も経っても全然実現しないのじゃないですか。ブラック企業や過労死も野放しで、平和国家を自称しながら核兵器禁止条約の批准にも背を向けて来たのではないですか。

ノーベル平和賞にNGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(朝日新聞デジタル)
政府、「平和賞」にコメント出さず、外務相幹部「立場違う」(同上)

 上記7項目の合意事項の中の、2項目目に「安倍政権が行った立憲主義に反する諸法律の白紙撤回」とあります。憲法に定められた取り決めに反して、強行採決で強引に採択された法案を一旦白紙に戻しましょう、という意味です。憲法を政府が守らなくて一体どうするのですか?憲法を守らない政府や政治家が、国民に対して「法律やルールを守れ」と説教する資格があるのでしょうか?こんな当たり前の事を、何故わざわざ今頃書かなければならないのでしょうか?

 枝野幸男さんが、何故、新党の名前を「立憲民主党」とし、「再び立憲主義をスローガンとして掲げなければならない時代になってしまったのは何故なのか?」と、ブログ冒頭に掲げた動画の前段で訴えていた事の重大さを、今一度かみしめたいと思います。その上で、後段で「今はもう上から抑えつけるのではなく、下からの声で政治を動かせる時代になった」と訴えていたのが、非常に印象に残っていました。

 今までの新党は、どの党も、「日本新党」「さきがけ」「未来」「維新」「希望」「何ちゃらファースト」のように、抽象的で当たり障りのない名前や大衆受けのする名前で、適当に公約を掲げて、選挙の後はまた離合集散を繰り返す、そんな事の繰り返しでした。その中で、朴訥(ぼくとつ)で地味ではあっても、「立憲民主」という明確な立場を掲げ、右翼的でマッチョな事さえ言えば、それだけで人気が出る様な薄っぺらな風潮の中でも、あくまでも庶民目線で、誰もが納得できる公約を掲げる。この党こそ、共産党と並ぶ野党共闘のもう一方の雄として、もっと伸びて行って欲しいと思います。

 そもそも「立憲主義」なんて、今から100年以上も前の明治時代に、自由民権運動の指導者が掲げたスローガンじゃないですか。明治維新の後も、薩摩や長州出身の士族による政権たらい回しの政治が行われました。農民は江戸時代と変わらない年貢や重税に苦しめられ、それに反対する一揆も全国に広まりました。当時の一大疑獄事件である北海道開拓使官有物払下げ事件も、今の森友・加計問題と全く同じ様な内容です。その中から、国会開設、立憲政治を求める声が広がりましたが、天皇主権の憲法と制限選挙で抑え込まれてしまいました。しかし今は当時とは違い、国民主権や基本的人権の尊重をうたった日本国憲法があります。

 立て上げてまだ一週間ぐらいしか経っていない立憲民主党のツイッター・フォロワー数が、既に10万以上を突破し、自民党も追い抜き、全政党のトップに躍り出ました。フォロワー数というのは、一言で言えば公式ツイッターの読者数の事です。これこそが草の根の民主主義の運動、21世紀の自由民権運動ではないでしょうか。

 ところが、それに対して、「水増しされた数だ」「金で買われたツイッターだ」の、「アカウント(名前)だけ貸して肝心のツイート(つぶやき)を一言も発しない成りすまし投稿だ」だのと言ったネガティブ・キャンペーンが広まりました。しかし、よくよく調べてみると、それは「成りすまし」でも何でもなく、他の党のフォロワーにも一定存在する「いいね!」(賛同の意思表示)投稿の様なものに過ぎない事が明らかになりました。まだまだツイッターに不慣れな人も多い中で、慣れないツイッターに戸惑いながらも、精一杯賛同の意思表示をした投稿者を「成りすまし」呼ばわりする事の方が、よっぽど傲慢(ごうまん)で反民主的ではないでしょうか。

【検証】急成長の立憲民主党Twitter「フォロワーを購入」は本当か?(BuzzFeed Japan)

 マスコミでは、「自民・公明」「維新・希望」「立憲民主・共産・自由・社民」の3極が、今回の衆院選の対立構図のように言われています。しかし、そのマスコミも、「自民・公明」と「維新・希望」の両極間は連携関係にあり、「選挙後は連立を組むかも知れない」と書かれています。つまり、「似た者同士」です。「維新・希望」は、決して野党なんかではありません。「隠れ与党」「隠れ自民」です。だから、対立構図も3極ではなく2極です。そして、バラバラなのも、共闘関係にある「立憲民主・共産・自由・社民」4党ではなく、むしろ面従腹背の「自民・公明」「維新・希望」4党の方です。分裂しているのは、野党ではなく、むしろ与党と「隠れ与党」の方ではありませんか。

 

上記画像はいずれも10月3日付朝日新聞より。左が記事本文、右がそこに添付された構図対立の説明図。 

 一時は自民党の対抗馬と目された「希望の党」も、安保法制・改憲賛成を踏み絵に、合流を望む民進党議員を選別にかけた事で、しょせんは自民党の応援団に過ぎない事が、すっかりバレてしまいました。代表の小池都知事も、あれだけ見直すと言っていた築地市場の豊洲移転も、結局は従来通り移転推進に終わってしまいました。そして、「都政の一丁目一番地」と言っていた情報公開も、党内の議員同士の飲み会すら分派活動呼ばわりして禁止してしまい、それに反発して離党する議員まで出る始末です。こんな党に合流しても、「安倍政権の暴走に歯止めをかける」(民進党・前原代表)事なぞ出来る訳がないでしょう!

音喜多駿(おときた・しゅん)都議が小池百合子都知事に対する疑念明かす 「メディア出演規制」なども告発(J-CASTニュース)

 下記の記事によると、既に240を超える衆院小選挙区で野党共闘の候補が一本化される見込みだそうです。安倍首相はヤジを恐れて選挙遊説の日程も明らかに出来ない所まで追い詰められています。こんな事はもう前代未聞です。そんなにヤジられるのが嫌なら、ヤジられるような事なぞしなければ良いのです。ヤジられるような事を、今まで散々して来たからこそ、ヤジられるのです。はっきり言って「自業自得」です。そのヤジを恐れて選挙遊説も出来ない首相に、今後も日本を任せられるでしょうか?今度の選挙で、是非とも安倍やその隠れ応援団どもに一泡吹かせたいものです。

市民と野党の共闘候補240超 小池書記局長会見 共産党に一本化は160超(しんぶん赤旗)
安倍晋三首相の遊説にヤジや妨害相次ぐ 非公表のはずが…ツイッターで飛び交う日程(産経新聞)
キレた首相「こんな人たちに負けない!」国民に応酬(日刊スポーツ)

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転載:民進・小池新党合流方針に対する市民連合の見解

2017年09月30日 22時40分05秒 | 戦争法・集団的自衛権NO!

 誰が安倍を解散に追い込んだのか?森友・加計の疑惑隠しに怒り、安保法制や共謀罪廃止を求める市民の運動だ。前原や小池はその流れに便乗しただけだ。主権者はあくまで国民であって、政治家はその代表に過ぎない。マスコミも上辺の政局報道だけでなく、その大元にある市民の声や運動もちゃんと伝えろ!以下、「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」の見解を転載します。

『民進党の事実上の解党と希望の党への「合流」方針についての見解』

10月22日の総選挙に向けて、民進党が実質的に解党し、希望の党に合流することを決めたという事態を受けて、市民連合としての現状認識と今後の対応の仕方について見解を申し上げます。

市民連合は立憲4党と市民の協力態勢を作るべく、9月26日に選挙協力の必要性と7項目の基本政策を内容とする要望書を4野党の幹事長・書記局長に提出し、基本的な合意を得ました。しかし、民進党の前原誠司代表がその直後、希望の党の小池百合子代表と協議し、民進党所属の議員や党員、サポーター、さらに民進党に期待してきた市民に説明なく、希望の党への合流を主導してしまいました。

この民進党の決定によって、これまで構築してきた市民と立憲野党の協力の枠組みが大きく損なわれてしまったことは否めません。これまで一緒に努力してきた全国各地の市民の方々の無念の思いはどれだけ大きいか、想像に余りあります。私たち自身、力不足をかみしめています。しかし私たちはこれで意気消沈しているわけにはいきません。市民連合が掲げてきた7項目の基本政策の実現をめざして、可能な限りの努力をつづけます。

立憲主義に反する安保法制を肯定する希望の党と市民連合が共闘することはありえません。しかし、これまで立憲主義の擁護と安保法制の廃止を私たちとともに訴えてきた議員が数多く所属する民進党から希望の党への合流については、今後まだまだ紆余曲折が予想されます。地域レベルで立憲野党や立候補予定者と市民の協力体制が生きているところで市民結集により選挙を戦うなど、さまざまな可能性が残っています。そういう意味では、私たち市民が全国各地で声を上げ、それぞれに選挙や政治に関わりつづけることが、これまで以上に重要になっているとも言えるでしょう。

当面、市民連合としては、立憲主義を守り9条改悪を阻止するために個々人の判断で信頼に値する政党や立候補予定者を支援しつつ、急速に展開する政治情勢を注視し、市民と立憲野党・議員の共闘を力強く再生させる可能性を模索しつづけたいと考えます。

2017年9月29日
安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合
http://shiminrengo.com/archives/1894

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