アフガン・イラク・北朝鮮と日本

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高校単位架空履修問題―そんなに言うなら「櫂より始めよ」

2006年10月28日 23時47分34秒 | 教育基本法やらせ改悪
・補習授業350回も 伊吹文科相「配慮は難しい」(毎日新聞)
>伊吹文科相は「卒業証書を出すまでの間に学習指導要領に決めた通りの授業は受けていただく。特別な配慮は難しい。みんなが決めたルールを守るところから社会の秩序は成り立っている」と述べた。さらに責任の所在について「所管をしている教育委員会そのものに責任があるんじゃないか」と言及した。<
 http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/edu/tanni/news/20061028ddm041040171000c.html

 「高校の必修科目の一部を、表向きは履修したことにしておいて、実際は全然違う大学受験科目の授業に振り替えていた」という、高校卒業必修単位の架空履修問題が全国各地の高校で、特に進学校と呼ばれる学校を中心にして、次々に表面化しています。特に社会科の地歴分野で、必修の「世界史」を全然履修させずに大学受験科目選択者の多い「日本史」の授業に振り替えていたケースが、次々に明るみに出てきてます。

 その手口も「教育委員会にはウソの報告を上げていた」「時間割には「地理・世界史・日本史」の科目名で公表するなどの偽装工作」「世界史的に地理を教えていたなどと言い訳」などなど、もう「何でもあり」の様相で。以前問題になった社会保険庁の年金不正免除事件と同じ事が、またもや繰り返されたという気がします。あの事件も社会保険制度の歪みを放置したまま徴収率アップの数字だけを追求した為に起こったものでした。

 私の高校時代はもう××年前ですが、幾ら何でもここまで酷くはありませんでした。そりゃあ当時も大学受験科目以外の授業では内職したり早弁したり気の弱い教師を虐めまくったりというのはありましたし、高校三年は文系志望のクラスでしかも進学校でもなかったので生徒は「数Ⅲ」の教科書なんてチンプンカンプンでしたから、数学の授業は「数Ⅲ」は一学期で打ち切って後は「数Ⅰ・数Ⅱ」の復習みたいな事をやったりとか、そういうのはありましたけれど。社会科の科目も一通り全部履修しました。確か高一で「地理」、高二で「世界史・倫理社会」、高三で「日本史・政治経済」を履修したのだったっけ。但し、日本史も世界史も19世紀までしか教科書を消化し切れなかった様に覚えています(日本史は明治維新、世界史は第一次大戦前ぐらいまで、だったかな)。

 「世界史」より「日本史」優先になるのは受験準備との絡みで、高校三年で履修する日本史を大学受験科目に選択する生徒が多いからそうなるのでしょうが、「日本史」の教科書なんてやたら細かい事がごちゃごちゃ書いてあって、寧ろ「世界史」の教科書の方が読んでて面白かったけれど(ちなみに私は社会科は世界史で大学を受験)。いずれにしても、系統的にカリキュラムを組んで学習しておれば、ここまで酷い事にはならない筈でしょう。

 この高校卒業単位の架空履修問題がここまで顕在化してきたのは、確か90年代以降の事でしょう。70年代までの「詰め込み教育」「新幹線授業」で、いきなり小学校の算数に方程式が登場したり中学一年で集合論や論理式紛いの単元が出てきたりして、大量の落ちこぼれが発生してそれで世論の批判を浴び、80年代は一転して「新学力観」「ゆとり教育」という、如何にも「詰め込み教育」を是正するかの様なポーズを取りながら、その実「バカはもうバカのままで良いから、バカなりに盲目的な愛国心だけ持ってくれればそれで良い」「これからはバカには手をかけずにエリート教育重視で行く」という方向に走り出して、それに習熟度別(という名の格差)教育や、2002年度からの完全週5日制で更に事態が悪化した。

・高等学校学習指導要領 総則(文部科学省)
>第3款 各教科・科目の履修等<
>1 必履修教科・科目<
>(2) 地理歴史のうち「世界史A」及び「世界史B」のうちから1科目並びに「日本史A」,「日本史B」,「地理A」及び「地理B」のうちから1科目<
 http://www.mext.go.jp/b_menu/shuppan/sonota/990301/03122603/001.htm
・学習指導要領(Wikipedia)
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%A6%E7%BF%92%E6%8C%87%E5%B0%8E%E8%A6%81%E9%A0%98

 学習指導要領の目先はコロコロ変わるけれども、生徒を「減点法(相対評価)で評価する」という根本的な悪弊をずっと放置・拡大し続けてきたから、こんな事になったのでしょうが。長所を評価して人間性を伸ばす「加点法(絶対評価)」でなく、ひたすらランク付し「勝ち組・負け組」を選別する為のアラ探しに終始する「減点法(相対評価)」による評価、富士通など大企業でモラルハザードを引き起こしている成果主義賃金制度の「学校版」とも言うべき評価の仕方をしてきた事の、長年のツケが一挙に出てきているのでしょうが。下記の日高教の声明にもある様に。そして、安倍教育改革とやらでそれを更に酷くしようとしているんでしょうが。 

・過熱する大学受験競争を今こそ見直そう-高校必修「世界史」未履修問題について-(日高教)
>今回の事態の背景には、大学受験競争の過熱化があります。大学受験にシフトした「中高一貫高」、「スーパーサイエンス・ハイスクール」や大学進学を売りにする特区での株式会社立「中高一貫高」など政府・文科省による高校「多様化」再編、通学区の撤廃など高校入試選抜制度の多様化・多元化による高校の格差づくりが進行することで大学受験競争を一層深刻にしています。このような教育政策の下で、受験準備のための土曜補習、土曜「授業」、ゼロ時間・7時間授業の蔓延が問題になってきました。その上、学校評価の導入とともに「有名国立大学に○○名現役合格」というような数値目標が設定され、そのために教職員は身をすり減らすような状況がつくられてきています。生徒もまた個人の希望とは異なる数値目標に合わせた進路が強いられ、入学してもすぐ退学するということも起こっています。<
 http://www.nikkokyo.org/undo/seimei/2006/pdf/061027.pdf

 しかも、それで言うに事欠いて「みんなが決めたルールを守れ」「教育委員会の責任だ」「救済措置は取らない」(伊吹文科相)てか。「この人、何言ってんの?」と思わず言いたくなります。「受験を前にした今から、年間70時間からの世界史の授業を土・日返上でやれ」てか。ここまで来るともう「自分の言っている事がどういう事か、本当に分って言っているの?」という感じで。これでは生徒が余りにも可哀相過ぎます。

 確かに「見て見ぬ振りをしてきた」教師や学校にも責任はあります。しかし最大の責任は「見て見ぬ振りをせざるを得ない所まで追い詰めてきた方」にこそあります。それを「自分は悪くない、悪いのはあくまで現場だ」と言ってのける神経が、まず信じられません。この発言にはさすがに与党内からも批判が出始めているようですが。

 今回の事態についても「マッチポンプ」よろしく「白を黒と言いくるめる」かの様に、「更に学習指導要領で縛りを」とか「だから教育基本法改正が必要だ」とか言う発言をこれらの政治家がしないかどうか、注意していく必要があります。早速、「日の丸・君が代」強制でも有名な東京都教育庁などが「私の所では学習指導要領からの逸脱は皆無である」と自慢し始めています。今まで散々「進学指導重点校」なんか作って公然と格差教育を煽っている所が「何をか況や」ですが。
 http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/pickup/p_gakko/gide.htm

提案:そんなに「信賞必罰」「自己責任」を強調するのなら、その最大の責任者たる、安倍や伊吹やナンチャラ補佐官や教育再生ナンチャラとかいう取り巻き連を始めとした政治家・文部官僚たちに、これから三学期終了までに、その年間70時間からの世界史その他の架空履修科目の再履修をしてもらって、中間考査・期末考査・全国一斉学力テスト・大学入試センター試験を受験させて、赤点取ったら合格するまで補習・追試を受けさせて、その試験結果・点数・偏差値も逐一ランク付した上で情報公開すべし! 自分たちが今まで現場に対して散々してきた事について、そんなに言うなら「櫂より始めよ」。そうすれば多少は人の気持ちも分るようになるでしょう。
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国家頼みの手法―拉致命令放送と人権擁護法案の共通点

2006年10月26日 01時11分02秒 | 北朝鮮・中国人権問題
・NHK:拉致放送重点化問題 NHKラジオ国際放送への命令(毎日新聞)
>「内閣の重要課題である拉致問題を重点的に取り上げるよう命令を出したい」。菅義偉総務相が検討を表明したNHKの短波ラジオ国際放送への命令放送問題。総務省が従来の方針を転換して、国策に関する具体的な放送事項を命令しようとすることに対し、識者らからは「放送の自由への介入だ」と懸念の声が上がる。総務大臣経験者でもある自民党の片山虎之助参院幹事長も「しない方がいい」と異を唱える。<
 http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/gyousei/news/20061023ddm012040159000c.html

 上記の「拉致命令放送」問題ですが、問題はなかなか複雑で、私も正直言って、その是非については今も判断しかねています。

 まず、「命令放送」という概念自体がよく分らない。放送法第33条によると、NHKは建前上は国から独立した非営利法人(日本放送協会)で、国民からの受信料収入によって運営されているのですが、こと国際短波放送の一部については国費で賄われており、その資金枠の範囲内で国が「これこれの放送をせよ」と命じる事が出来るのだそうです。しかし放送の自由との兼ね合いもあるので、今までは放送の具体的内容にまで踏み込んだ命令は出されなかった、という事です。今年度の放送命令も、抽象的に「時事、国の重要政策、国際問題に関する国の見解」の3項目を挙げるに止まっています。
 http://www.houko.com/00/01/S25/132.HTM#s2
 http://www.soumu.go.jp/s-news/2006/060315_9.html

 そんな国際短波放送など聞く事は殆ど無いので、「命令放送」のイメージがイマイチよくわからないのですが、TVでよくやる政府広報や公共CMみたいなものなのでしょうか。「タバコのポイ捨てはダメよ」とか「子供が悪いことしていたらちゃんと注意しましょう」とかいう、公共広告機構のCMみたいな。或いは、以前よく放送していた「北方領土は日本の領土」みたいな。それとも、NHKテレビのハングル講座で紹介されていた、「足の折れた椅子をみんなの手で修理して再び蘇らせるように、国民の団結でIMF危機を乗り切っていこう」という内容の、韓国の公共CMみたいなものか。

 公共広告機構のCM程度の内容なら別に目くじら立てる程の事もないかもしれませんが、それ以上の「北方領土」レベルともなると、政府の主張する「四島返還」以外にも「全千島返還」を求める立場などもある中で、政府の考え方のみを国費で一方的に垂れ流す事については、如何なものかと思います。少し考えてしまいますね。

 それで、「拉致問題を重点的に取り上げるようNHKに命令しろ」という「救う会」などの主張ですが、心情的には分らない事も無いです。『特定失踪者調査会が北朝鮮向けに流している「しおかぜ」という失踪者の安否を問う短波放送に対して、北朝鮮が妨害電波で邪魔している。資金的にも一民間団体だけで担うには荷が重い。ついては、命令放送の形でNHKにも協力して貰えないだろうか。』―こういう事でしょう。「家族会」や「救う会」一般会員の、「藁をもすがるつもりで、利用できるものは何でも利用したい」という気持ちも、それはそれでよく分ります。
 http://www.sukuukai.jp/houkoku/log/200610/20061015.htm

 それで、兼ねてから国際放送を通して国際社会に対する発言力強化を考えてきた日本政府の思惑に乗っかる形で、「拉致命令放送」が俄かに脚光を浴びるようになったというのが、この間の経過です。それに対して、『これは国家権力による政治的介入に道を開くものであり、放送の自由の侵害に繋がる』―というのが、主な反対理由です。こちらもよく分ります。実際、バウネット・ジャパンのNHK従軍慰安婦番組介入事件もありましたから。
 http://www6.big.or.jp/~beyond/akutoku/news/2006/1024-9.html

 根本的には、放送法第1条で「不偏不党・権力からの独立」を謳っている公共放送としてのNHKの在り方と命令放送の規定との間に矛盾があり、その整合性がつかない限り、最終的な結論は出せないです。法律論として、現行の政府広報や「北方領土」、韓国の公共CMレベルまで許容されるというのであれば、あくまでも放送法第33条の枠内限定で(この大前提は譲れない)、拉致命令放送を行うのも、心情的にはやむを得ないかな、と思ったりもするのです。ただ私個人としては、「北方領土」放送や韓国の公共CMレベルまで認めてしまうのは、公共放送の建前から言えばオカシイとは思いますが。それなら一層の事、NHKとは別建てで純国営放送を流した方が、余程スッキリする。一番悪いのは、片山・参院幹事長の様に「実質は命令以外の何物でもないにも関わらず、恰もNHKが自主的にやっているかの様に装う」偽装工作です。放送法第33条自体の見直し・改廃も含めた議論抜きに、この問題を議論する事は出来ません。

 ただ、「救う会」側の心情も理解できると先に書きましたが、その一方で、増元照明・家族会事務局長の「理屈を言うな、四の五の言わずに賛成しろ」と言わんばかりのコメント(本欄冒頭の毎日新聞記事参照)や、拉致命令放送に疑問を呈する声に対する「拉致被害者の事をどう考えているのか、他人事のように考えやがって」と謂わんばかりの掲示板投稿には、正直言って反発を感じます。この論理は、私から言わせると典型的なダブルスタンダード(二重基準)です。

 一つ典型的な例を挙げます。拉致板常連、拉致問題支援者のうちの多くの人々が、人権擁護法案には反対しているでしょう。曰く「解同(部落解放同盟)や朝鮮総連などが国家権力と癒着して、差別解消の美名に隠れて、差別利権の温存を図ったり自分にとって都合の悪い言論を弾圧したりする懸念がある」と。
 確かに差別は良くない。ヘイトスピーチにも何らかの規制は必要です。しかし、何を以って差別でありヘイトスピーチであるかを認定するのは、あくまで世論の啓発によるべきであって、国家権力やその威を借りた特定団体によって一方的に決められるべきものではない筈です。これでは、大阪市の不正を追求しただけで差別糾弾されかねません。だから、私も人権擁護法案には反対です。しかし、その運動を主導しているのが、地域人権連(旧・全解連)や共産党や解同全国連などを除けば、後は2chネットウヨクや勝共カルトみたいな奴らが大多数なので、私は「人権擁護法案」反対運動を積極的に支持する気には到底なれないのですが。
 それで、人権擁護法案に反対する時だけ「差別解消の美名の裏に隠された言論弾圧を許すな」とか言っている癖に、いざ自分たちが解同と同じ立場に立たされた途端に「放送・言論の自由の問題など二の次だ、拉致被害者の救出に反対するのか」と一方的に恫喝するかのような、まるで「救う会」の政治路線に反対する(若しくは積極的に賛同しない)者は全て北朝鮮の手先だみたいな物言いこそ、正しく「ラ帝」そのものではないでしょうか。誰も逆らえない大義名分を名目に特定団体の方針を国家権力の力で広めるという点では、解同と同じであるにも関わらず。
 まさか、映画「ホテル・ルワンダ」に出てくる部族対立扇動ラジオ放送局みたいに、公共放送を乗っ取ってヘイトスピーチを垂れ流す事でも夢想しているんじゃあないでしょうねw(ネットを見ていると、それが必ずしも荒唐無稽な絵空事とも思えない)。2ch(大阪ではNHK総合テレビは2ch)の「2ちゃんねる」化なんて、それこそ冗談じゃない。

 それと同時に、こういう国家権力の力に依拠した「国家頼み」の手法は、大衆運動にとっても一歩間違えれば自滅行為に繋がる、謂わば「諸刃の剣」であるという事も、この際に強調しておきたいと思います。

 どうも「救う会」系の人たちと言うのは、元々国家主義的な思考に馴染んできた人が多い所為もあるのでしょうが、国家を必要以上に美化して、何かといえば直ぐ権力で規制して問題を解決しようとしたがるように見えてなりません。従軍慰安婦番組問題然り、大学入試センター試験問題然り。しかし、大衆運動というのはあくまでも世論に訴え喚起するのが筋であって、徒に国家の強制力で個人の意識を変えようとするのは、運動にとっても「禁じ手」である筈です。
 勿論、生活権擁護を求める行政闘争は必要です。しかし、それはあくまで、大企業の横暴を規制するとか社会保障の拡充を求めるといった経済的・社会的規制を求める場合に有効な手段であって、こと政治的自由に関する事柄については、たとえそれが差別解消などの大義名分に基づくものであっても、慎重であるべきです。要求すべきはあくまでも自由の拡大であって、規制ではありません。
 国家権力を利用して勢力を広めようとした運動団体が、保守権力と癒着して腐敗し散々利用されアメをしゃぶらされた挙句に、用済みになれば掌を返したように切り捨てられるのは、左で言えば広島県教委と解同の例の如く(JRと革マルの蜜月も同じ運命を辿りつつある)、右で言えば西村真悟や郵政造反組の切り捨ての如くです。家族会バッシングを裏で操っていたのも国家権力(官邸筋)でしょう。

 「救う会」が短波放送「しおかぜ」の拡充を望むというのであれば、それはそれで、徒に国家の力を当てにするのではなく(それは国家による介入を招く事にも繋がる)、韓国の自由北朝鮮放送と共同で事業をやるなりして、あくまで大衆運動強化路線でいく方が、「救う会」自身にとってもよりマシな選択であると、私は思うのですが。
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激怒! 「時給850円」で「鉄道保守管理」の仕事をやれだと?!

2006年10月21日 01時03分46秒 | 反貧困・新自由主義
 今日は、仕事帰りにたまたま某駅構内で目にした当該電鉄会社の「鉄道メンテナンススタッフ募集」の駅張り求人ポスターの内容に、暫し怒りが収まりませんでした。下記が、その電鉄会社、在阪大手私鉄の一角を占める南海電鉄の「鉄道メンテナンススタッフ募集」求人広告の内容です。

(転載開始)
鉄道メンテナンススタッフの募集について

当社では鉄道メンテナンススタッフを以下の要領で募集します。

■ 採用職種
(1) 工務係(線路〔保線設備〕の保守管理)
(2) 電気係(電力・信号通信設備の保守管理)
(3) 車両係(車両の保守管理)
■ 身  分  1年期間の契約社員(契約更新2回以降、正社員への登用あり)
■ 業務内容  当社沿線の各施設および事務所で、各技術設備の保守管理業務に従事していただきます。
■ 採用対象
・年齢40歳以下で、高卒程度以上の学歴の方(資格・経験は問いません)
・平成19年1月から勤務できる方
■ 採用条件
1. 視機能
・ 各眼の視力が裸眼で0.7以上又は本人持参の矯正眼鏡(コンタクトレンズは不可)により0.7以上に矯正できること
・ 色覚が正常であること
2. 聴力
・ 正常であること
■ 採用人数
(1)  工務係  7名程度
(2)  電気係  10名程度
(3)  車両係  8名程度
■ 給  与  時給850円
■ 待  遇  賞与年間20万円、交通費全額支給、各種社会保険完備
■ 勤務時間  原則8時30分~17時20分で夜間勤務等あり(週40時間労働)
■ 勤務地   当社沿線の各施設および事務所
■ 休日    原則として土曜日、日曜日、祝日、年末年始等
■ 有給休暇  法定どおり(入社6ヶ月後10日付与)
(以下略、転載終了)
 http://www.nankai.co.jp/company/appoint/index.html

 このポスターを前にして、暫し我が目を疑いました。「線路、電力・信号系統、車両の保守管理」の仕事が「時給850円」てか!

 具体的にどんな仕事をするのかは知りませんが、仮にも鉄道の保守管理業務でしょう。人身事故や災害でダイヤが乱れた時の復旧対応なども仕事に含まれるのでしょう。そんな仕事を「契約社員」、つまり派遣・請負のバイトにやらせ、しかも「時給850円」という低賃金でやらせる、という事に対して。そういう求人広告を平気で出せる会社の経営姿勢に、心底から呆れてしまいました。

 これが「スーパー・コンビニのレジ打ち・品出し」や「データ入力」や「ピッキング」の求人募集なら、わざわざブログにアップしたりはしません。但し、それらの仕事に対する「時給850円」という世間相場にも、私は大いに不満を持っていますが。しかし、仮にも就かせるのが、公共輸送の乗客の安全やダイヤの運行管理に直接携わる仕事でしょう。それを派遣・請負のバイトにやらせる? しかも「時給850円」で? 

 会社が仕事を「派遣・請負のバイトにやらせる」目的は人件費削減しかありません。人件費コストをとことんまで切り詰めるのですから、どうせ碌な研修もさせずに、いきなり「即戦力」として現場に放り出すのでしょう。若しそうなら、福知山線事故を引き起こしたJRの労務管理と全く同じ発想です。

 「原則週休2日、週40時間」で計算すると、1ヶ月の総労働時間は大体180時間前後、賃金は税込みで15万円余り。そこから社会保険料や税金を引かれると、手元に残るのは僅か11~12万円。これで一体どうやって生活していけというのか。
 私のバイト収入より低い時給なのです。最近私の会社に転職してきたバイトの、前の勤務先の時給がだいたいこんなものでした。彼は「これじゃあとても食べていけない」という事で、私の会社に転職してきたのです。

 募集要項には「賞与年間20万円」「正社員登用の道あり」なんて「目くらまし」も記してありましたが、そんなモノより月々の給与の方が肝心なのです。普段が「時給850円」の中で、冬にたかが20万円そこらの賞与を貰った所で、一体どれだけの生活の足しになるのか。「正社員への登用」にしても、会社の都合でどうとでも解釈できるものであり、何の身分保証にもなりません。それで「鉄道保守管理」の仕事をやれてか!

 鉄道業務の外注化の話は、南海の他の他社の事例も既にいくつか聞いていますが、余りにも人をバカにしています。早速、南海電鉄の本社にメールを送るか電話するかして、何らかの形で抗議の意思表示をしようと思っています。

 そういえば、20日の「しんぶん赤旗」の記事にも、こんなのがありました。

・キヤノン偽装請負 告発されて/御手洗経団連会長“法律が悪い”/「制度見直せ」と居直り
 http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2006-10-20/2006102001_01_0.html

>請負は、製造会社が一年以上継続して使っても、派遣のように直接雇用を申し入れる義務がなく、労働安全衛生の責任も負わずにすみます。ただし、製造業者は請負労働者に指揮・命令できません。大手メーカーは、指揮・命令が必要な製造現場で違法を承知で請負を使い、偽装請負として社会問題化しています。十八日にはキヤノンの工場で働いていた請負会社の労働者が偽装請負を告発し、正社員化を求めました。<
>労働者派遣法についても御手洗会長は、「三年たったら正社員にしろと硬直的にすると、たちまち日本のコストは硬直的になってしまう」と現行法の「見直し」を要求しました。派遣法では、派遣労働者を三年間(製造業では一年)続けて使ったら使用者側が労働者に直接雇用を申し入れる義務を負います。<
(以上、同上の新聞記事より)

 「姉歯やホリエモンや村上ファンドみたいな輩が出てくるのは、遵法精神や公徳心に欠けるからだ」「権利ばかり教えて義務は教えないからだ」「教育基本法が諸悪の根源だ」とか言いたい三昧で、いざ自分たちの企業が偽装請負などの法律違反に問われる段になると、己の犯罪行為は棚に上げて「法律の方が悪い」と居直る。(更に言わせて貰うならば、たとえ「偽装」でなくても、元々全然力が対等でなくそれを補う為に労働法規も適用されている労使関係に、「請負」などとという対等・互恵を前提とした個人契約もどきの形態が適用されている事自体にも、そもそも非常に疑問を感じているのだが。)

 公徳心が欠如しているのは教育基本法の所為ではなく、御手洗みたいな人間が政治・経済の中枢に居座っているからだ。危険も伴う責任も重い仕事でもお構い無しにアウトソーシングに丸投げして、しかもそれを時給850円などという低賃金で押付けといて、その上まだこんな事まで言う輩がいる。人をバカにするのもいい加減にしろ。

(追記)

■参考資料
 当該エントリーに関係ありそうな情報・資料から幾つか探してピックアップしておきます。

・安部誠治・編「公共交通が危ない―規制緩和と過密労働」(岩波ブックレット)
 http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/00/7/0093650.html
 http://www.mitene.or.jp/~itono/alt/literature/060123.html 
・映画「ナビゲーター・ある鉄道員の物語」(シネマ・トピックス)
 http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=3407
・南海電鉄/運転士まで契約制/先月から実施 「初耳だ」と国交省(しんぶん赤旗)
 http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2005-06-09/01_02_2.html
・JR東日本の完全民営化と安全の崩壊(動労千葉)
 保線・検修業務の外注化によるレール破断頻発などの事例について言及。
 http://www.geocities.jp/dorosien28/ronbun/syutou.htm

■何故、当該求人の「時給850円」にそんなに拘るのか?
 もとより私は、当該求人以外のワーキング・プア一般の、時給700円や800円といった低賃金を是認する気は毛頭ありません。また、賃金や労働条件より以前に、安全管理を安上がりな外注やアルバイトに丸投げして公共交通事業者としての責務・使命を蔑ろにする鉄道資本の利益至上主義こそが問題である事も、言うまでもありません。逆に言えば、だからこそ「時給850円」にあくまでも拘るのです。何故なら、「会社が、現場の労働やそれを担っている人間を、どの様に扱っている(評価している)のか」という事が、其処に如実に、集中的に現われているからです。あくまでも、そういう観点からこの問題を取り上げています。以上、念のために補足しておきます。 
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緊急転載:共謀罪は10月24日法務委員会法案審議冒頭に強行採決か!?(海渡弁護士)

2006年10月20日 10時09分04秒 | 反改憲・戦争協力
重大情報!共謀罪は10月24日法務委員会法案審議冒頭に強行採決か!?(海渡弁護士)
 2006-10-19

共謀罪の行方に関心を寄せるすべての方へ
                           海渡 雄一(弁護士)

 本日18日、日弁連主催の共謀罪反対集会が開催されました。私はパネルディスカッションのコーディネーターをつとめたのですが、次のような情報を総合すると、共謀罪は10月24日法務委員会の法案審議冒頭に強行採決される可能性が高いと結論づけるに至りました。
みなさん、直ちに、強行採決を許さないという声をあらゆるところから上げて下さい。まだ、時間は残されています。

根拠1
民主党の平岡議員(法務委員会理事)が、今国会では自民党が法務委員会でどの法案を審議するか、順番を決めようとしない。順当に行けば、信託法から審議にはいるというのが普通だが、そのような話が一切ない。平岡議員は、与党は、共謀罪から審議すると通告するのは間違いないだろうと言われている。

根拠2
与党理事が平岡議員の来週月曜の行動予定をしつこく聞いていたと言うことである。これは、月曜日23日に法務委員会理事会を開催して、24日の開催日程から強行してくるためである可能性があることを示している。

根拠3
採決予定を明らかにしないのは、22日の補選までは、強行採決の意図を隠し、市民の反発を避けて、補選での与党勝利の障害要因をなくしたいためだというのが、平岡議員の分析だ。

根拠4
政府与党がこれまで、強行採決に失敗してきたのは、事前のノーティスがあり、市民側がこれに反対する準備をすることができたためである。この経過に学んで、政府与党は事前の計画を徹底して隠し、逆に今国会の成立は困難という情報を流して、市民の油断を誘い、一気に準備不足のところを襲おうとしているのではないか。

根拠5
法務省と外務省のホームページでのこの間のなりふり構わない日弁連攻撃は、日弁連の疑問にはホームページで既に応えたとして、国会審議を省略して強行採決を当化する口実づくりとも考えられる。日弁連は既にこのホームページにも反撃しているが、http://www.nichibenren.or.jp/ja/special_theme/complicity.html 政府側は、論理的な説明は不可能であろうから、問答無用の正面突破を図る可能性がある。

根拠6
政治力学的にも、もし、補選で与党が勝利した場合には、この瞬間をおいて、共謀罪の一気成立をはかるタイミングは考えられない。このときを外せば、次の参院選が焦点化し、また、条約起草過程の解明や世界各国の条約実施状況の問題など、与党側は追いつめられていく一方だ。

確かに、このシナリオには、弱点もある。このような乱暴なことをすれば、野党の
反発を招き、国会が中断されてしまい、他の重要法案の審議に差し支える可能性があるという点である。
また、補選で与党が一敗でも喫するようなことがあれば、状況は変わるだろう。

しかし、今日の集会で、ジャーナリストの大谷さんが、今週末には予備選だけでな
く、核実験もありうることを指摘し、二度目の核実験を背景に、安部政権による国内には北朝鮮の工作員が3万人もいるのだから、共謀罪は当然必要だ、不要だなんて言う奴は非国民だというムードが作られ、一気に共謀罪を成立させようとしてくる可能性があるという予言をされていた。
大谷さんは10月15日に予定されていたサンデープロジェクトの共謀罪特集が北朝鮮特集に飛ばされ、放映が11月に延期されたという事実も報告された。北朝鮮情勢は、補選にも共謀罪の行方にも大きな影を投げかけている。

とにかく、来週火曜日は最大の警戒警報で迎えなければならない。後で泣いても手遅れなのだから。

*************************************

この最大の警戒警報を受け、一人でも多くの方が、与野党議員(特に自民党公明党議員)に対し、共謀罪を採決したら二度と投票しないという決意を伝えるよう切望しています。

*委員の一覧表

●新しい法務委員会のメンバーが分かります。 FAX,電話が有効です。

http://kyobo.syuriken.jp/iinkai.htm


※海渡弁護士の上記記事がJANJANにも掲載されています。
 http://www.janjan.jp/government/0610/0610190019/1.php

※「そもそも、共謀罪って何やねん?」という人は、下記URLを参照の事。
 http://kyobo.syuriken.jp/
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安倍政府や産経新聞に、福岡の虐め教師を非難する資格は無い!

2006年10月18日 07時31分52秒 | 教育基本法やらせ改悪
・「担任がいじめ誘発」 福岡の中2自殺で学校謝罪(産経新聞)
 http://www.sankei.co.jp/news/061016/sha000.htm
・中2自殺、元担任の言動がいじめ誘発か(TBS:ニュース動画有り)
 http://news.tbs.co.jp/part_news/part_news3403526.html

 福岡県筑前町立三輪中学校2年男子生徒の自殺事件が、世間の耳目を集めています。背景には、担任教師による虐め言動や、それを隠蔽しようとした学校側の体質があった、との事。以下は、産経新聞の上記記事からの引用です。

>父親(40)によると、1年生の時に男子生徒が自宅で見ていたインターネットの内容を両親が担任に相談したところ、担任は後日、相談内容を同級生に暴露し、クラスで男子生徒に不本意なあだ名が付けられた。担任は級友の前で男子生徒を「偽善者」「うそつき」とからかったりもした。<
>また担任は、学業成績をイチゴの品種に例え「(高価な)あまおう」「出荷できない」などとランク分けして生徒を呼んでいた。男子生徒は成績上位で「あまおう」と呼ばれたが、父親は「親としては、こうした教師の格差意識が、いじめを助長したと受け止めている」という。<

 そして、この「教師による虐め主導・誘発」という事態に遭遇して、文部科学省の方でも、係官を現地に派遣して事実調査に乗り出す、との事。

 その他の新聞・TVでもこの事件を大きく取り上げていますが、その殆どが、この問題教諭叩きや、精々が学校の隠蔽体質を指弾する所まででお茶を濁しているような気がしてなりません。

 確かに、まず指弾されるべきなのは、当該の問題担任です。実は私自身も中学生時代の一時期に虐めにあった経験があるので、自殺に至った生徒の心中も痛いほど分るし、当該問題教師に対しても、憎しみと哀れみが内混ざった様な、ある種言い知れぬ複雑な感情を抱いています。しかしその一方で「そういう”個人叩き”だけで終わらせて良いのかな」という気持ちもあります。
 この問題教師は、その「歯に衣着せぬ物言い」で他の生徒ともトラブルを抱えていた一方で、その言動が生徒の人気を呼んでいた部分もあり、また統率力もあったので学年主任も兼任していた、との事。私などは「何でこんな教師が学年主任に収まる事が出来たのか」と思うのですが。

 そして一番肝心な事を、どのマスコミも「あまり追及していない」というか、「意図的に言及を避けている」という気がして仕方が無いのが、「こうした教師の格差意識が、いじめを助長したと受け止めている」(同上の新聞記事より)という自殺生徒の親の指摘。この指摘が問題の全てを物語っています。

 「虐め」事象と言うのは、その事だけが単独で発生する事は余りありません。大抵の場合は、その陰に隠れてまた別の「虐め」事象が存在するものです。それも生徒間や生徒・教師間の虐めだけでなく、教師間の虐めも伴って。例えば下記記事の様に。

・中学教諭自殺:校長行き過ぎ指導の可能性 千葉市教委調査(毎日新聞)
>校長は昨年4月に、教諭は今年4月に同校に赴任した。関係者によると、今年の夏休み前から、教諭は仕事上の報告をする際、校長から大声で叱責されることが多くなった。また校長は、他の教諭にも声を荒らげることがあったという。<
 http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20061017k0000e040024000c.html

 何の事は無い。そこに見られるのは、正に企業内でのパワー・ハラスメントと全く同じ構図です。ヨドバシカメラやニコン熊谷工場で起こった会社側による派遣・請負労働者虐めにも相通じる様な。そして、それを促してきたのが、小泉・安倍ネオリベコンにまで続く歴代自民党政府の教育政策ではなかったのか。

 安倍政権の教育政策は、飛び級や中高一貫教育・学区制廃止などの「学校選択制」、成果主義賃金や教育免許更新性などの「学校評価制」、アメとムチの教育予算配分で学校間格差を拡大する「バウチャー制度」が、その3本柱だと言われています。
 「全体的に底上げを図る」という事を曲がりなりにも建前としてきた戦後教育の思想を単に「悪平等」と切って捨て、その逆に「出来る子供、国家に貢献出来る子供」の拾い出し・能力開花・伸長ばかりに力を入れ(先の「3本柱」や全国一斉学力テストの実施もそれが狙い)、その他大勢の「凡人、落ちこぼれ」については「もう勉強は程々で言い、お国もあんた達などにはカネを掛けていられない」「ただ、お国に歯向かうような事だけはするなよ」と言わんばかりの様な。そこにあるのは典型的なサッチャーリズムであり、それはある種の社会ダーウィニズムにも通じる様な思想です。
 http://blog.goo.ne.jp/afghan_iraq_nk/e/38cc0eb1daf59a898b6c16c2a0b94191
 http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2006-09-29/2006092903_01_0.html
 http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/08/29/20060829000036.html

 だから、学校間競争が義務教育まで蝕んだ結果、生徒が集まらなくて新入生ゼロの公立小中学校が続出したり、経済格差によって給食費や修学旅行の学費も払えない家庭が激増しても、平気でいられるのでしょうし、「底辺の底上げ」にしかならずに「英才教育に重点配備すべき予算を食い物にしている」ような低学力校・定時制高校や、教育基本法の理想である「個人の人格の完成、民主的・平和的社会の形成者・主権者」育成を目指した教育実践が行われている学校などを、軒並み狙い撃ちして統廃合の対象にしているのです。
 http://www.nakajima-msi.com/mzbox/mz0135.html
 http://www.hcn.zaq.ne.jp/cabhk402/gide.html
 http://ins.jp.org/takanan/1015.pdf#search='%E9%AB%98%E6%A7%BB%E5%8D%97%E9%AB%98%E6%A0%A1%20%E7%B5%B1%E5%BB%83%E5%90%88'

 そして忘れてはならないのは、この様な格差・差別・選別教育の犠牲者は何も定時制や低学力校の生徒ばかりではなく、「優等生も、ある意味ではこの教育の犠牲者なのだ」という事です。長年の優等生生活の中で人格を歪められ鼻持ちならない人間に育て上げられてきて、いざ社会に放り出されてから初めてその事に気付かされ、それまで散々身につけてきた「受験学力」も、実生活上の問題解決には全然役立たない代物だった事を、嫌という程思い知らされる。私が昔読んだ(今はもう絶版か?)「開成・東大十四年」(伊藤悟・著、一光社)という本には、その優等生が「その後どうやって人間らしさを取り戻していくか」という苦闘の軌跡が書かれています。

 そういう教育をやってきた(今もやっている)側や、それを散々持ち上げてきた(今も盛んに持ち上げている)御用マスコミが、今頃さも他人事であるかの様に「係官を現地に派遣して事実調査に乗り出す」とか「元担任の言動がいじめ誘発か」とか言うに至っては、もう「何をか況や」「盗人猛々しい」としか言い様がありません。安倍政府や産経新聞ごときに、福岡の虐め教師を非難する資格は無い!   
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今こそ改めて「戦争もリストラも人権抑圧もゴメンだ」の声を

2006年10月14日 21時41分14秒 | 北朝鮮・中国人権問題
・北朝鮮制裁 米の臨検、後方支援 周辺事態法を初適用(北海道新聞)

>北朝鮮の核実験発表に対する国連安保理の制裁決議が採択の見通しとなったことを受け、政府は十三日、米艦船が北朝鮮船舶の臨検を実施する場合、周辺事態法を初適用し、米艦船への給油など可能な後方支援を行う方針を固めた。すでに米側や関係省庁と協議に入っており、海上自衛隊の基地や、港湾の提供なども視野に、関係自治体とも必要な調整を行う考えだ。<
>米国のシーファー駐日大使は同日、首相官邸で塩崎恭久官房長官と会談し、臨検について「日本は憲法の制約上、できることとできないことがあるのは分かっている」としながらも、「制裁という仕組みが出来上がったときには、日本が意味のある貢献をしてくださることに自信をもっている」と事実上の支援要請をした。<
 http://www.hokkaido-np.co.jp/Php/kiji.php3?&d=20061014&j=0023&k=200610138675

 「核武装はしない、非核三原則は維持する、平和的・外交的解決を目指す」と、北朝鮮の度重なるチキンレースに対しても努めて「冷静さ」を装っていた安倍政権ですが、ここへ来て愈々その地金を露にしつつあります。安倍政権は、あろうことか、今回の北朝鮮の暴発を絶好の奇貨として、周辺事態法の初適用に堂々と踏み切ろうとしているのです。これは取りも直さず、「朝鮮有事」を突破口にして、日本の民衆を、イラクを始めとする全世界での「ブッシュの戦争」に身包み動員していく為の地均しに他なりません。

 米国のブッシュ政権や日本の安倍政権が「東アジアの緊張緩和」や「北朝鮮問題の平和的解決」を口にするのは、北朝鮮やアジアの平和や人権状況の改善を、決して本心から望んでいるからではありません。それは単に「東アジアの経済市場」を失いたくないからに過ぎません。イラク・中東を主戦場とする「テロとの長い戦争」に専念出来るように、「とりあえず今は中国や北朝鮮とも波風立てずにやっていきたい」というだけの事です。

 これはまた別の面から見ると、80年代以降の、韓国・台湾・フィリピン・ネパール・インドネシアなどにおける相次ぐ民主化闘争の勝利や、中国・ベトナムなどにおける「改革開放」政策によるグローバル化の進展によって、かつてのSEATO(東南アジア集団防衛条約機構)や米比相互安全保障条約に代表されるような反共軍事ブロック体制が瓦解を遂げて、こと東アジアにおいては、如何に米国と言えども、今までの様な冷戦思考・軍事対決一本槍の姿勢を貫く事は出来なくなった、という事でもあります。

 北朝鮮というのは、謂わば、その冷戦体制の瓦解が進む東アジアの中にとり残された最後のスターリン主義体制、戦後の冷戦体制の残滓なのです。長年に渡り東西冷戦の論理にすがって抑圧体制を進めて来たが為に、今更「改革開放」に舵を切ることも出来なくなり、政権存続の為には只ひたすら先軍政治に突き進むしか道が無いのが、今の北朝鮮の金正日体制なのです。
 そして、その冷戦体制の残滓を、根本的に解消するのではなく、今後に想定されるあらゆる世界的規模での「テロとの戦い」の「格好の口実」、軍需利権の「最後の飯の種」として、「生かさず殺さず」残しておきたい、というのが、米帝・国際資本の本音なのです。

 その下で、日本では、ネオコンとネオリベの結託によって、新自由主義的「格差社会」化と新保守主義的「右傾」化が進められ、9条・25条改憲、集団的自衛権(海外派兵)容認、教育基本法改悪、共謀罪の創設などにより、正に戦前日本や911以降の米国に見られるような「戦争・差別社会」が作られようとしているのです。そして、北朝鮮では人民は引き続きスターリン主義的抑圧体制の下に置かれ、中国では国際資本と結託して新自由主義に変質した「共産党」独裁の下で、人民は党官僚と国際資本の二重の搾取に苦しめられているのです。

 今回の北朝鮮の核実験は、米帝・国際資本主導による「生かさず殺さず」戦略に対する北朝鮮スターリン体制側からの「暴発」なのです。今回の「暴発」は「金正日が自ら蒔いた種」であり、そういう意味では主体的責任は金正日の側にあるのですが、それに対して米帝・国際資本の側はどうかと言うと、その「暴発」に対しては、さも驚き怒り憂慮してみせ、如何にも冷静・中立な調停者としての役回りを演じながら、その実、自分たちが進める「テロとの戦い」の格好の口実に利用しようとしているのです。

 80~90年代以降のグローバリゼーション・情報社会化と冷戦構造崩壊によってもたらされたそれぞれ正負の情勢的側面(新自由主義的搾取の深化と、人民の政治的覚醒の進展)の下で、前者に抗い後者に依拠しつつ、北朝鮮に残ったスターリン主義独裁体制(冷戦体制)を、当該国の北朝鮮人民の手で、周辺アジア諸国の社会進歩を目指す人民とも連帯を図る中で、東アジアにおける全人民の平和・民主・人権確立に沿った方向で、如何に精算・解体・止揚していくか―という事が、北朝鮮問題で問われている<真の課題>なのです。決して、米帝・国際資本主導による「テロとの戦争」遂行、「戦争・差別社会」作りや、「日本再生」の名による過去の帝国主義・植民地主義・侵略戦争の全面肯定・居直り、偏狭なナショナリズムや排外主義の扇動や、況してや「三国人に対する日本人の復讐」などにあるのではない。少なくとも私はそう思います。

 先にまっぺんさんと樹木の緑さんの二つの投稿を拙ブログで紹介したのも、あくまでも前述の観点に立ってのものです。拙ブログとしては、徒に「見せかけの時流」に流されたり阿たりする事なく、あくまでも「日本の戦争・右傾化・格差社会化にも北朝鮮の人権抑圧にも反対」の立場に沿って、「戦争もリストラも人権抑圧もゴメンだ!」「イラク戦争も金正日もNO!」の声をあげて行く所存でいます。
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転載:憲章第7章制裁を当然の前提とすべきでない(樹々の緑氏、梁山泊掲示板)

2006年10月14日 21時38分03秒 | 北朝鮮・中国人権問題
(転載開始)
憲章第7章制裁を当然の前提とすべきでない
投稿者:樹々の緑 投稿日:10月12日(木)05時27分52秒

 この投稿は、このサイトの従前の投稿を参照しないままに投稿していることをお許し下さい。約3か月前に、自らの行動能力と「責任」ということを考え、意見表明の範囲を限定すべきだと考えたのですが、この投稿は、その例外をなすものであるために、お許しを請うているのです。また、現時点で必ずしも熟考を経たものでないことも、ご宥恕願います。

 朝鮮民主主義人民共和国(以下「北朝鮮」と略記)による核実験実施声明によって、中華人民共和国(以下「中国」と略記)を含めて、国連憲章第7章に定める「制裁措置」を内容とする国際社会の対応もやむなしという結論が、国際社会の主流となっているように感じています。

 中華人民共和国(以下「中国」と略記)政府も、この9日の北朝鮮政府の核兵器実験実施声明を受けて、国連憲章第7章が定める制裁措置に言及した新たな安保理決議に反対しない態度を示しているようですし、大韓民国(以下「韓国」と略記)政府も、韓明淑首相が国会答弁の中で「第7章を援用したとしても第42条の軍事制裁がすぐに含まれるものではない」(日刊「赤旗」2006年10月11日(水)付B版第7面)といっているようです。

 しかし、こういう議論で一番欠落していると思うことは、国家単位の議論によって犠牲にされる、数多くの、「その他大勢」に属する「一般国民」の生活ではないでしょうか。イラクやアフガニスタンやパレスチナでも、このことがいちばん看過されているように思えてなりません。

 私は、この点で、次の四つの点を、特に指摘したいと思います。

 第一は、北朝鮮の「6か国協議への無条件復帰」を求めている諸国であっても、必ずしも憲章第7章に定める「制裁措置」の発動に賛成しているわけではないということです。

 チリ政府の声明における「国際社会は対話によってこの危機を解決すべきだ」という主張も、6か国協議議長国である中国政府の「対話と協議を通じた平和的解決しかない」という強調も、そういう趣旨に受け止めることが可能であるし、何よりも、マレーシアのサイドハミド外相の「国際社会によるさらなる制裁はすでに食料、医薬品、燃料の不足に苦しんでいる北朝鮮の人々にとって助けとはならない」という言葉が、端的にそのような潮流を代表していると言えます(「赤旗」10月11日(水)付第6面)。

 北朝鮮政府の「自国防衛力強化」の主張は、結局「核抑止力」論に立つものであり、すでに前世紀の核兵器廃絶運動によってその破綻が明らかにされているものに過ぎません。アメリカの一国支配主義に対抗するのであれば、まず以てその「核抑止力論」を否定する論理こそ、自国の基礎とすべきであるのに、北朝鮮政府の主張は、そのような国際社会における民衆の運動の成果を、一顧だにする趣きもなく、驚くべき論理としか言いようがありません。
 しかし、私たちはすでに、イスラエルやパレスチナであれ、イラクであれ、タリバン政権を戴いていたアフガニスタンであれ、名もない民衆を無差別に害する行為は是認できないという強固な意思を確認してきたはずではないでしょうか。とくに、政権の行動が一般民衆のコントロールを離れたところで行われている場合に、その民衆の「血で贖わせる」ことに、不条理を感じてきたのではないでしょうか。
 そして、いまの北朝鮮を見た場合、その不条理さは、誰の目にもいっそう感じられるはずではないでしょうか。

 第二は、憲章第7章の「制裁」措置に表立って反対していない韓国政府のような立場であっても、「軍事制裁」には反対しているということです。

 もともと、国連憲章第41条と第42条との規定の文言を見ても明白なように、制裁措置は段階的なものです。ですから、憲章第7章による国連の公式の「制裁措置」には正面から反対しない諸国であっても、軍事的制裁措置に「発展」することには歯止めをかけたいという意向が、「対話」や「平和的解決」を強調している各国政府の態度にも、現れていると思います。
 しかし、国際政治の現実的経験を見ると、「有志連合」だとか「自衛的反撃」だとかの名目で、国連安保理の軍事制裁決定を待たずに、軍事力の行使がなされている事例があったわけです。ですから、このような、憲章の明文規定や趣旨を逸脱した軍事力行使に対して、いかなる態度を採るのかが、今回の北朝鮮の核実験問題に対しても、するどく問われていると思います。実際、アメリカは、アフガンでもイラクでも、泥沼に落ち込んでいるといわれているのです。そこで「血を流している」のは、そこに生活しているイラク・アフガンの民衆であり、軍隊として派遣されている国家の若者なのです。
 そのような、国際社会の近時の経験に即して釘を刺す「制裁措置」の限定(表現は非常に穏やかであっても)をすることなく、漫然と「国際の平和と安全に対する脅威である」という規定づけから、憲章第7章の「制裁措置」を決定することなど、許されないと考えます。それは、イラクやアフガニスタン、最近ではレバノンやイスラエルで無惨にも命を落とした、私たちが名前も知らない無数の人々に対する、冒瀆だと思います。それを、北朝鮮で繰り返さない保障をどのように構築するか、それと無関係に、「北東アジアの平和と安全」が構想されてはならないと考える次第です。
 ちなみに、日本共産党が、去る10日の衆議院の決議に賛成しながらも、「国連憲章第七章に基づく措置を『含め』」という点にとくに言及して、「平和的・外交的解決」を強調しているのも、いま述べた懸念を念頭に置いているものと思われるのです。

 第三には、この問題は、全地球規模における核兵器廃絶の課題と切り離して考えられないということです。

 2005年の核不拡散条約の再検討会議が、アメリカを中心とする妨害によって、2000年の同会議における核兵器国による核廃絶の「明確な約束」履行の進展がまったく無に帰す結果に終ったことは、世界で認められていることです。それどころか、この間アメリカは、9.11同時多発テロを契機として、国際法上の「国家の自衛権」の概念を勝手に拡張し、「先制攻撃的自衛」を主張するばかりか、その「攻撃」に核兵器によるものも含むとするなど、とんでもない論理を振りかざして、世界を核脅迫と一国支配の下に置こうとしています。
 核兵器に対する国際世論のもう一つの潮流が、単に核兵器のみならず、核エネルギーの利用についてさえ、現存する実用上の利用に、地球・地域環境保全の見地から疑問符を投げかけているときに、前世紀に破綻した「核抑止力論」を「進化」させた「先制核攻撃正当化論」を主張するなど、到底許されるものではありません。
 北朝鮮政府がいう「自国防衛力の強化」という口実も、単なる抽象的な「北東アジア・国際社会の平和と安全」ではなく、このような観点からこそ、批判される必要があると思います。「核拡散の阻止」という観点にしても、「なぜ」核拡散を阻止する必要があるかという根本問題に遡って、問う必要があると思うのです。
 本当に、北朝鮮が国家としての存立を軍事的にも確保したいと思うのであれば、自ら「核抑止力論」などに依拠することなく、世界の民衆の核兵器廃絶の運動に合流して、自身が参加しているはずの非同盟諸国首脳会議2006年「ハバナ宣言」がいうとおりに、期限を切った核廃絶の努力こそ強調すべきものです。
 そして、その立場に立ってこそ、アメリカが2000年の「明確な約束」に背き、核脅迫による一国支配主義を推し進めている現実に対して、国際社会の共感を得ることができるはずではないでしょうか。

 第四は、こうした北朝鮮政府の誤った行動を是正させるために、何が必要かということです。

 もちろん、某政党がいうように「国際社会の一致結束した対処」は必要でしょう。
 しかし、「一致結束して」「平和的・外交的」に解決を促しても、相手である北朝鮮政府がこれに応じなければ、意味はありません。某政党などは、「いまの北朝鮮政府の行動は、却って北朝鮮の安全保障を危うくする」といっていることからも、北朝鮮政府が未だに「穏やかな説得の対象」であるかの如く考えているように思われますが、疑問です。
 国際社会が、中国政府を含めていわば「さじを投げている」のも、そうした「論理的説得」が通用しない相手であることに、業を煮やした結果とは言えないでしょうか。
 アメリカも、そこにつけ込んでいるのだと思います。チリ政府声明が「世界の平和と安全を乱す不必要な挑発だ」と述べていることも、そうした事態を指しているものだと思います。
 今回の結末がどうあれ、一つの妥協的結論にしても、北朝鮮政府にすれば、瀬戸際外交による「成果」だと自己評価してしまう危険があります。中国政府にしても、現在の経済成長路線にとっては、自国を含む地域・世界の平和と安定こそが必要であると考えたために、北朝鮮に「強い自制」を求めているだけであって、本当に核廃絶を現実的なものとするために、核拡散を阻止する必要があると考えていることが政策行動の主因になっているとは、あまり考えられません。

 そうした中で、今回のような「核対抗」行動を是正するいちばんの保障となりうるのは、やはり、核兵器使用によって真っ先に危険に曝される「一般民衆」の声だと思います。
 ですから、単なる外的な「国家的圧力」の効果を過大視することなく、それぞれの国内における民衆の平和を願う声を、当該国政に反映させることこそ、「核対抗」国家間対抗是正への根本的な保障となるのではないでしょうか。

 今回、日本の安倍首相は、「冷静」な対応を強調しています。これを好機として、私たちも、上記諸観点からの「冷静な」対応に、是非努めなければならないのではないかと、愚考する次第です。
(転載終了)
 http://6413.teacup.com/1/bbs
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転載:北朝鮮への制裁反対!(まっぺん氏、四トロ板二次会掲示板)

2006年10月14日 21時37分18秒 | 北朝鮮・中国人権問題
(転載開始)
北朝鮮への制裁反対!
投稿者:まっぺん 投稿日:10月12日(木)11時53分36秒

●北朝鮮の国家的性格について

北朝鮮はスターリニスト金日成の指導のもと、未来に希望を持つ人民によって建国されましたが、その体制は共産主義に向かうのではなく、官僚化・硬直化の一途をたどり、もはやどこから見ても「共産主義」とはほとんど無縁なカルト国家にまで堕落してしまったと言えます。まがりなりにも彼の国が存立し得ているのは、まったく国民の合意によるものではなく、只々上意下達の党組織を使った国民監視体制と軍の権力とによるものでしかありません。北朝鮮人民は、いわば支配層による権力維持のための「いけにえ」であり「人質」なのです。北朝鮮二千万国民が「拉致」されているようなものです。あんな国家を「スターリニスト国家」と言ってはいけない。それでは北朝鮮を誉めすぎです。例えばオウム真理教とか統一協会が間違って国家権力をにぎったら、あんな風になるのじゃなかろうか。違うところがあるとすれば、唱えるお題目が「神ホトケの教え」と「まるくすの教え」という違いだけにすぎません。

●制裁措置とアメリカの動向

国連憲章の第41条が経済制裁で42条が軍事的措置だそうで、臨検は42条に含まれます。で、いまアメリカは42条の制裁までを主張し(ってーことは、北朝鮮の周囲に軍艦を配置するってことだね)、一方中国は41条まで、って言ってる。結論がどっちになるかわからないけど、もし42条が採用されれば北朝鮮と米韓とのあいだで軍事的緊張が高まるのはまちがいありません。もしそうなれば北朝鮮は米軍による直接攻撃の対象となるでしょう。北朝鮮の経済状況から考えても北朝鮮軍は非常に弱体でたちまち崩壊し、アフガンやイラクのように国家体制の崩壊に行き着くでしょう。それは「核戦争」にまでいくのか? 核開発については、例え開発に成功していたとしても、まぁ1発か2発。それをアメリカまで飛ばす能力は北朝鮮にはまだありませんから、その点についての心配はまったくないので、もし北朝鮮側が軍事的挑発をすればアメリカは直接軍事介入に躊躇はしないでしょう。

●鍵をにぎるのは中国の動向

北朝鮮側もそこまでは判っている。だから、制裁されたら「宣戦布告と解釈する」と、精一杯、威勢を張ってはみても、到底戦争にまで踏み込む事はできないだろう。せいぜい「核実験」や「ミサイル発射」などのデモンストレーションを繰り返すしかやる事がない。金正日体制のジレンマはますます深く北朝鮮を被っている状態です。ここで、最大の焦点は中国の動向という事になるでしょう。日本がこれまでにない強硬措置として北朝鮮船籍の船の入港全面禁止を決定しましたが、北朝鮮の貿易全体に占める割合は大したことはない。貿易額が一番多いのは38パーセントを占める中国と28パーセントを占める韓国で、中国が42条の軍事的措置に反対しても41条に従って経済制裁を実施すれば、これは極めて大きな打撃を北朝鮮にもたらすことになります。中国はどこまで「制裁」を実施するのか。それによって北朝鮮の国家体制の展望が左右されます。経済交流の全面停止などという事になれば北朝鮮は絶望的となります。

●誰も「人民」のことを考えていない

しかし、こうした「国家間のかけひき」の中で、二千万北朝鮮人民の事はどの国もとりあげようとしていません。金正日体制の酷さは、もはや満天下に明らかですが、周辺諸国の誰もが彼らへの「制裁」を口にしながら、それが北朝鮮人民にどんな影響を与えるのかを誰も考えていない。最初に書いたように北朝鮮はもはや人民をいけにえにしたカルト国家といっていい状態であるために、どんな制裁を与えようと、支配者たちは与えられた制裁を全て人民に押しつけ、「敵の攻撃」と宣伝し敵への憎悪を扇動しながら、人民の犠牲の上にタラ腹食ってしこたま蓄財して生き延びていくに違いありません。制裁をすればするほど、人民の犠牲が増えるだけであり、また宣伝に踊らされる人民の憎悪が増すだけなのです。だから、経済制裁には何の効果も期待できないどころか、金正日体制による人民抑圧・搾取を手伝っているだけであり、むしろそれを増幅させるだけにすぎません。

●今こそ「制裁」ではなく「支援」を!

一方では北朝鮮人民の抑圧支配の上に世界と対立する金正日指導部、また他方では「制裁」の名によって人民に今以上に過酷な犠牲を与えようとする周辺諸国。双方共が、二千万の窮乏する人民を視野の外に置き去りにしたまま支配層同士のあいだだけで喧嘩をしているのが、現在のすがたです。このような欺瞞と偽善の国際的駆け引きには反対します。国家が最も重視すべきはそれぞれの国の人民であり、人民にとって最もよい結果をもたらす方向での駆け引きをしてほしいと思います。その点で、中国にはよりすばらしい「制裁」がある事に注目してほしい。それは中国に10万人~30万人くらい潜在的に移住しているといわれる「隠れ難民」です。彼らを正式に「難民」と認定し、彼らの居住・就業・通行の自由を認めるべきです。そして世界各国がこれら難民に対してあらゆる支援の手を差し伸べる事です。それが北朝鮮人民に最も希望を与えながら同時に北朝鮮支配層にも打撃を与えるものとなるでしょう。
(転載終了)
 http://6305.teacup.com/mappen/bbs?
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緊急抗議!北朝鮮核実験

2006年10月10日 01時32分31秒 | 北朝鮮・中国人権問題
 まさかと思っていたが、本当にやってしまった、北朝鮮の核実験。どういう理由であろうと、またどんな国であろうと、核実験や核兵器の使用は容認できません。

 北朝鮮が「大国による核兵器の独占・軍拡に反対する」というのなら尚更、圧倒的多数の非核保有国や世界の反戦世論に依拠して、核兵器の即時廃絶を主張し、非核政策を追求する事で、核保有国を包囲すべきであった筈です。しかし北朝鮮はそうせず、あろうことか、大国の核独占・核軍拡を非難しながら、それを口実にして自らも進んでその「核独占」の仲間入りをしてしまいました。これは、どう言い訳しようとも「自らも米・ロ・英・仏・中・インド・パキスタンなどの核保有国と同じ立場に堕した」「アメリカ帝国主義や日本の排外主義者と同じ土俵で、目糞鼻糞を笑い合う」と言うにしか過ぎません。

 「核武装の均衡による戦争抑止」を主張する核抑止論では、絶対に「戦争の抑止」などは出来ません。何故なら、この理論の土俵に立つ限り、「均衡を図る」という名目で、相手との際限のない軍拡競争に引きずり込まれるだけだからです。況してや、たかが数発の核兵器を持ったところで、どれだけの「戦争抑止」になるでしょうか。核軍拡は更なる核軍拡や国際緊張を呼び込むだけです。
 ソ連が崩壊したのも、それは北朝鮮が言うような「自由化による思想的退廃」などに因るものなどではなく、核軍拡で国民経済が破綻してしまったからです。それは、米ソ冷戦をどうにか生き存えた米国にも言える事です。北朝鮮も、自国や周辺国の民衆を巻き添えにしながら、米ソ両国と同じ道を歩んでいるのです。

 そして忘れてはならないのは、現代の核戦争においては、「勝者も敗者もなく、共に自滅するしかない」という事です。世間の一部では「使える小型核兵器」だの「ピンポイント攻撃」だの「ミサイル防衛構想」などと言った似非戦略論が横行していますが、そんなものはいずれもマヤカシにしか過ぎません。
 核の連鎖の中では、核戦争が「限定」なんかで終わる保証など、何処にもありません。「ピンポイント」による「綺麗な戦争」など実際には在り得ない事も、イラク戦争での「ファルージャの虐殺」や劣化ウラン弾の悲劇や、先のレバノン戦争での民間人ジェノサイドや白燐弾・クラスター爆弾による被災の惨状を見れば一目瞭然です。「ミサイル防衛構想」に至っては論外で、そんな「縁日の屋台の射的」みたいな感覚で戦争を弄ばれたのでは、庶民は堪ったものではありません。

 まるで日露戦争の頃と同じ様な感覚で、「切った張った」の勝負に現を抜かしている日米のネオコンも北朝鮮の金正日も、共に「終わっています」。その中でもとりわけ指弾されるべきなのは、勿論、金正日の方です。
 確かに米国も、イラク侵略戦争の例でも明らかなように、お世辞にも褒められるような国ではありません。米国は、確かに北朝鮮を「悪の枢軸」と名指しで非難しています。しかしその一方で、「米国の方からは侵略も攻撃も仕掛けはしない」という事も6ヶ国協議の中では明言しています。そもそも、その様に名指しで非難され金融制裁を課されたりするのも、米国ブッシュ政権による先制攻撃戦略の問題点も然る事ながら、元はといえば、拉致・麻薬取引・通貨偽造などの数々の国際的不正行為を事実行ってきた北朝鮮が自ら招き寄せた結果でもあるのです。そして、6ヶ国協議の対話の枠組みをぶち壊してきたのは、常に金正日の方です。大体、核兵器を「自衛の為の戦争抑止力」(朝鮮中央通信)などと規定している時点で、金正日もレーガン・ブッシュ・石原慎太郎などの戦争屋と同類の、同じ穴の狢でしかない事が露呈しています。
 ネオコンも金正日も、そんなに戦争ゲームをしたければ、自国民や他国民を巻き添えにしたりせずに、誰もいない所で、誰にも迷惑をかけずに、自分たちだけで気の済むまでやれば良いのです。

 核兵器は、まやかしの「抑止と均衡」に拠る事無く、直ぐにでも廃絶されるべきものです。被爆国民の一人として、このような論理は絶対に容認できるものではありません。「戦争反対、東アジアに平和を、あらゆる国の核軍拡に反対する」という一点で、今回の北朝鮮核実験の暴挙に緊急抗議します。

(参考)

・「地下核実験に成功」 北朝鮮発表、地震波検知(共同通信)
 http://topics.kyodo.co.jp/nkoreanuke/
・北朝鮮の核実験実施発表の全文(ロイター)
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061009-00000337-reu-int
・【核開発】なぜ今日?北朝鮮が狙った一石「四鳥」とは…?(朝鮮日報)
 北朝鮮の核実験は、やはり安倍訪中・訪韓への意趣返しと、6ヶ国協議復帰圧力への駄々コネでしかなかったようです。
 http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/10/09/20061009000054.html
・【核開発】核実験行われた咸鏡北道花台郡とは?(同上)
 http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/10/09/20061009000029.html
・核実験実施発表に強く抗議する(広島県原水禁、同・平和運動センターの抗議文)
 「核武装や武力でなく、対話による解決こそが、真の平和実現にとって最も有効であり、北朝鮮の安全保障につながるのはないか。対話による解決こそ人類の知恵ではないか。」「民衆の上に立つ指導者であるなら、核開発・武力増強に心血を注ぐのではなく、民衆の衣食住を中心にした生活の改善・充実をさせることこそ重要であり、なによりも優先して取り組みべき課題ではないか。対話を通じてこそ、休戦協定にとどまっている朝鮮戦争を終結させることにつながるのではないか。」
 http://www3.ocn.ne.jp/~gensui/news/kita-kogi2.htm
・核実験予告に抗議の座り込み(中国新聞)
 http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn200610050307.html
・「厳重に抗議」被爆者・拉致被害者ら、非難の声(読売新聞)
 http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20061009it12.htm?from=top
・北朝鮮の核開発(原水爆禁止日本国民会議)
 http://www.gensuikin.org/nw/n_korea-.htm

 被爆地・広島では、5日の北朝鮮核実験予告に引き続いて今回の核実験に際しても、被爆者団体や労組・市民団体によって、昨日から原爆慰霊碑の前で、座り込みの緊急抗議行動が行われています。また、日本各地の在日コリアンの方たちも、今回の暴挙に対して抗議の声を上げ始めています。
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「多様な働き方」の先にあるもの

2006年10月08日 23時10分44秒 | 反貧困・新自由主義
 NHK「クローズアップ現代」で10月4日(水)に放送された「“働き方革命”がホワイトカラーを直撃する」を見ました。その番組では「ホワイトカラー・エグゼンプション」の事が話題に取り上げられていました。

 「ホワイトカラー・エグゼンプション」と言うのは、ホワイトカラー労働者の一部を8時間労働制の規制から適用除外(エグゼンプション)する制度の事です。要するに、労働時間の上限を撤廃してしまい、残業代も払わずに何時間でも働かせる事が出来るようにする、という事です。財界サイドが執拗にこの制度の導入を狙っています。

 番組では、使用者側の言い分と労働者側の言い分をそれぞれ取り上げていました。労働者側の言い分は勿論、「そんな制度を導入されたら、今でも深刻な長時間労働・過労死・残業代不払いの実態が更に酷くなる、導入には絶対反対」です。それに対する使用者側の言い分というのが、「今は働き方が多様化しており、従来の9時~17時定時に代表される様な8時間労働制の概念は、労働現場の実態にはそぐわなくなっている」というものです。

 「職場の中堅層で、管理監督者の一歩手前に位置している者」がこの「ホワイトカラー・エグゼンプション」制度の適用範囲になるのだそうで、職位・職階で言うと課長・係長から会社によっては主任あたりまでがこの範囲に当ります。またそうなると、単にホワイトカラーだけに限定される話ではなく、ブルーカラーでも現場管理を担っているグレーカラー層も含まれるでしょう。日本経団連によると年収400万円クラス以上は全てこの制度の対象にするとの事です。

 しかし、本来の裁量労働制の趣旨から言えば、タイムカードによる労働時間拘束を受けない部長級以上に対象を限定すべきであって、それなら何もこんな適用除外制度を創設しなくても、現行のフレックスタイム制度でも充分対応出来る筈だと思うのですが。

 実際にこの制度が適用されている米国のIT企業の例も取り上げられ、職場以外に自宅でもパソコンに向かって仕事をしている人の一日のタイムスケジュールが紹介されていました。そこでは「米国では、会社がこの制度を悪用して労働者に長時間労働をおしつけようとすると、労働者が逃げてしまう。それが制度悪用・乱用の歯止めにもなっている」という話もされていました。

 しかし、それは建国当初から封建制のしがらみが殆ど無かった米国や、市民革命を経て個人主義が確立している西欧社会だからこそ言える事なのであって、それでも米国や英国では「ワーカーホリック」や「エンドレス・ジョブ」の問題が顕在化しているのです。それを、「長いものには巻かれろ」などの封建的人間関係の残滓を引きずった「会社人間」が未だ主流を占める日本社会でそんな制度が導入されたら、日本の職場はそれこそ北朝鮮みたいになってしまうでしょう。

 ここでも、以前にNHKの番組で格差社会の是非について取り上げた時に登場した奥谷禮子氏がまた出てきて、「人材派遣コンサルティング業を営んでいる私の会社では、アポも相手の顧客の時間に合わせて設定しなければならないので、8時間労働制の中では膨大な手待ち時間が発生し、無駄が多い」「人間、働きたい時に働くのが一番自然」「もっと頑張りたいという人に報いる為にも、労働法制の弾力的適用を望む」とか言う「ホワイトカラー・エグゼンプション」導入論を展開していましたが、これもはっきり言って眉唾の議論でしかありません。

 「働きたい時に働く」「もっと頑張りたい」というポジティブな意識も、きちんと仕事とプライベートの時間が分別され、尚且つ、健康で文化的な生活をおくる為に必要な最小限度のプライベートな時間がきちんと確保され、自分の人生の将来設計を立てる余裕も持ててこそ、初めて生まれてくる意識なのです。今の日本の労働現場はそんな甘い状態ではない事が、この人には全然見えていません。これ以上に過労死やサービス残業が激化して行く中で、誰がそんな意識を持ち続ける事が出来るでしょうか。一部の勝ち組だけでしょう。

 「働きたい時に働く」「もっと頑張りたい」、これらの表向きのキャッチフレーズで募集された労働者が、偽造請負の製造ラインや過労・過積載運転が横行する物流業務などで、一体どんな状態で働かされているのか、この人は多分知らないのではないでしょうか。或いは、知っていてワザと無視しているのかも。
 世の中の大多数の人にとっては、「多様な働き方」を選ぶ自由などはありません。あるのは、どれもこれも似たり寄ったりの低賃金・不安定・無権利雇用の中から、「未だマシな求人」を選ぶ自由だけです。

 『労働者をあたかも「モノ」や「カネ」と同じように、経営者(使用者)の都合で自由に簡単に「ヒト」を移動させたり、契約を勝手に変更できると錯覚している』(以上、連合・2006~2007年度『政策・制度 要求と提言』雇用・労働政策より引用)規制改革・民間開放推進会議等が提言する労働政策、日本の政府・経営者が狙っている労働法制改悪の究極の姿は、おそらく、軽急便や赤帽の様な、個人請負の様なものを想定しているのではないでしょうか。労働者と資本家の間の雇用関係を、実際は誰が見ても資本家に雇われ一方的にこき使われる労働者でしかないにも関わらず、それを恰も事業主同士の対等な個人契約関係であるかのように装った、そういうものを。

 今の派遣・請負の場合は、雇用関係は曖昧にされながらも、それでも未だ、労働時間管理や安全配慮義務を行う最終責任は派遣・請負企業の方にあります。しかし個人請負の世界では、自分の稼ぎも労働災害に遭うのも、完全な自己責任となります。実態的には企業の指示監督の下で動きノルマや時間で管理もされ、自己裁量で仕事をする余地など殆ど無いのにも関わらず、賃金も保険加入も労災事故に遭うのも完全な自己責任で、企業は一切関知しない―それが、「ホワイトカラー・エグゼンプション」の先にある究極の姿、政府・財界が理想とする日本の企業社会の未来図ではないでしょうか。

(参考)

・不払い残業(サービス残業)を撲滅しよう(連合)
 http://www.jtuc-rengo.or.jp/roudou/kankyou/fubarai/index.html
・2006~2007年度『政策・制度 要求と提言』雇用・労働政策(同上)
 http://www.jtuc-rengo.or.jp/kurashi/seisaku/youkyuu_teigen/part2-2koyou.html
・特集! 日本型ホワイトカラー・エグゼンプション」導入を許してはならない(全労連)
 http://homepage2.nifty.com/karousirenrakukai/24=whitecolor_exemptiontokushu.htm
・Endless labor―リアルタイムにわかる「労働契約法制」のうごき
 http://bonmomo.de-blog.jp/never_ending_workers/
・人を軸にしたビジネスは無限(奥谷 禮子 株式会社ザ・アール代表取締役社長)
 http://www.academyhills.com/gijiroku/21/21_5.html
・負け組への“死刑宣告”か 名古屋ビル爆発と小泉政権(JANJAN)
 '03年軽急便名古屋支店での立てこもり炎上事件に関するレポ記事。
 http://www.janjan.jp/living/0309/0309226757/1.php

(追記)

 そう言えば、数年前の、私が生協を退職して間無しの頃に少しやったDMのチラシ撒きのバイトが、今から思えばこういう個人請負契約のソレであった様な気がします。
 そのバイトはアルバイト求人雑誌で見つけました。日給6千円ポッキリで、大きさも形状も違う数種類のチラシをそれぞれ1千部以上も抱えて、現地の地図を見ながら全戸配付していく仕事でした。配付地域へはリーダーと呼ばれる担当者が運転する車に乗せてもらって行き、現地でチラシと地図を受け取って降ろしてもらう。チラシ配付後にまた迎えに来てもらい、丁目ごとの凡その配付枚数を地図の裏に書いてリーダーに提出する。そういう仕事でした。
 「日給制で、昼食・休憩はその中で取る」という事しか聞いていなかったので、私は午後2時過ぎに遅めの昼食を出先の大衆食堂で取り、昼食時間も含めて約45分間ぐらいの休憩を取りました。そしてその地域のチラシを撒き終わってリーダーに迎えに来てもらい配付件数を報告した時に、「飯はどうした、昼は何分ぐらい休憩した」と聞かれたので、正直に答えたら、茶髪で眼鏡をかけたそのリーダーに、いきなりどやされました。「何で45分間も取るんじゃ、ボケ! 昼飯なんぞは15分間でパンでもかじりながら済ますんじゃ、このアホ!」と。
 そして、その日に事務所に帰ったら配られたのが、個人請負ナンチャラ契約という文面の契約書だった。私は前述の対応で、そのバイトには完全に見切りをつけていたので、判も押さずにその日のうちに辞めてやりましたが。
 それで後々聞いてみたら、そのリーダーというのが完全な歩合給で、お互いに配付率を競い合っていたらしい。多分これが個人請負契約というものだったのだろう。
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