アフガン・イラク・北朝鮮と日本

戦争も人権抑圧もNO!万国のプレカリアート団結せよ!

当ブログへようこそ

 アフガン・イラク戦争も金正日もNO!!搾取・抑圧のない世界を目指して、万国のプレカリアート団結せよ!

 これが、当ブログの主張です。
 詳しくは→こちらを参照の事。
 「プレカリアート」という言葉の意味は→こちらを参照。
 コメント・TB(トラックバック)については→こちらを参照。
 読んだ記事の中で気に入ったものがあれば→こちらをクリック。

クリスタル・ナハトの再現を許すな!

2008年09月30日 23時35分29秒 | 麻生政権で自民終了
 私は、最初に中山暴言関連記事をアップした9月27日の時点では、暴言の内容が余りにも支離滅裂だった事もあり、正直言って「もうこんなアホには付き合っていられない」という思いでいました。今もその思いは変わらないものの、しかし中山当人が国交相辞任後も相変わらず無反省に暴言を垂れ流すだけでなく、あろう事か橋下・大阪府知事まで中山に加勢するに至った今となっては、既に「もうそんな生半可な事は言っていられない」という気持ちに切り替わっています。
 但し、現実的には他に書きたい事・書くべき事もあるので、そうそうこの事ばかり書いてはいられませんが、今後もこの中山・橋下両人については、聊かも監視の手を緩めず、徹底的にその反動性を暴露していくつもりです。

 まず改めて、国土交通大臣の中山成彬が、「成田空港反対派はゴネ得」「日本は単一民族国家」「日教組をぶっ潰す」と3つも暴言を垂れ流し、言いたい放題ヘイトスピーチを垂れ流した挙句に、自らの職責を投げ出していった事件について。この3つの暴言は決して等価ではない事が、その後の彼らの発言でほぼ明白になりました。

 中山が本当に言いたかったのは、三番目の「日教組攻撃」だけだったのです。一番目の「空港反対ゴネ得」発言はあくまでその次で、二番目の「日本は単一民族国家」云々については、どちらかと言えば只のモノの弾みに過ぎなかったのではないでしょうか。それは、中山が一番目・二番目の当事者である空港反対派(地元千葉県の知事・自治体関係者も含めて)や北海道ウタリ協会関係者には一応謝罪したのに引き換え、三番目の日教組については、発言撤回や謝罪を今も頑なに拒んでいる事からも明らかです。

 一番目・二番目の暴言のトンデモさについては、もうここでは簡単に触れるに止めておきます。
 すなわち一番目の成田については、当事者農民の主体は戦前世代で戦後教育云々とは無関係であり、戦後の国による食糧増産の要請に応えて苦労の末に開拓したにも関わらず、国から通り一遍の通告で強制収用された事がその後の混乱の最大の原因であり、国も自らその過ちを認めて既に謝罪しています。
 二番目の単一民族性についても、国内にはアイヌなどの少数民族が現に居住し、国も彼の人たちの民族としての固有の権利を認めるに至っている事や、そもそも日本人自らもルーツを辿れば、それぞれ南方系・北方系アジアからの移民である事が既に学問的にも証明されていて、この「論争」についても、とっくに勝負はついています。

 問題の、三番目の「日教組強いと学力低い」云々についても、実は事実無根の言いがかりにしか過ぎない事が、既に下記の記述からもとっくに明らかになっています。

・「日教組強いと学力低い」中山説、調べてみれば相関なし(朝日新聞)
>(注:学力テストの成績が)小6の全科目でトップ、中3もすべて上位3位に入った秋田の(同:日教組)組織率は5割以上。組織率が9割近くと全国トップを誇る福井は、中3の3科目で1位だった。
>「中山説」では、成績の低いところは日教組が強いはずだが、小6、中3の全科目で最下位だった沖縄の組織率は4割弱にとどまる。中3の全科目でワースト2位だった高知に至っては1割に満たず、何ともバラバラだ。
 http://www.asahi.com/edu/news/TKY200809260383.html

 この様に、少し事実を調べれば、中山の言う事がデマ以外の何物でもない事が誰でも直ぐ分かるのに、何故あそこまで当人が居直って無反省にデマを垂れ流し続け、橋下がそれに加勢をかって出てきたのか。それが今でも解せません。
 まあ単純に「ウヨが発狂した」と捉えてしまえばそれまでなのですが、ただでさえ「自民党政権危うし」の今回の解散総選挙で、何故わざわざ、こんな自ら墓穴を掘る様な暴言をしでかしたのか?

 これには私も3つほどその理由を考えているのですが、その第1が麻生への意趣返し。バカはバカなりに、もう麻生自民党が国民から嫌われている事には気付いていて、自分だけ抜け駆けして平沼新党に合流する事で、その後に予想される保守政界再編茶番劇の中でキャスティングボードを握ろうとしているのか、と。

 第2は、逆に麻生サイドからの、小沢民主党に対する起死回生の観測気球。つまり、中山をわざと暴走させて、それで今後の世論状況を押し計っているのでは。今回は中山発言が概ね国民から相手にされなかったのを見て、麻生はイケシャアシャアと火消し役に回っているものの、これがかつての小泉郵政解散の様に、自分に有利に左右する様な展開になっていたなら、麻生も今の橋下と同様に、右傾化扇動の加勢役をかって出ていたのではないか、という事です。とりあえず形だけは憂慮してみせるものの、その後も中山の名誉毀損暴言を事実上放置し続けているのが、その何よりの証拠ではないでしょうか。

 この「麻生のヤラセ」説については、確かに私自身も聊か穿ち過ぎかなとも思う部分もあります。しかし、国交相辞任以降の中山自身や橋下の一連の言動が、「結社の自由」や「労組弾圧」を巡る是非という本質論から巧妙に焦点を逸らして、公務員や教員に対する庶民のヤッカミをうまく煽る形に流れているのが、非常に気に掛かるのです。今回は、その様な「劇場政治」の手法に対して国民の中にようやく生まれつつある免疫作用もあって、それはどうやら不発に終わりそうですが、その一方で橋下・小泉人気もまだまだ根強いので、決して油断は出来ません。

 第3は、もっと単純に考えて、中山の単なる鬱憤晴らし。聞く所によると、当初麻生首相は中山の閣僚起用なぞ考えていなかったのだが、町村派からの更なる閣僚ポスト配分要求に抗しきれず、やむなく中山を登用した。しかし、中山に宛がわれたポストは当人の希望しない国交相だったので、中山が逆切れして八つ当たりに及んだ、という情報まであります(「中山国交相辞任 自負と慢心、袋小路」産経新聞・他)。この事の真偽は定かでないものの、若しこれが本当で、それで僅か5日そこらで乱暴狼藉の末に辞めたというのなら、もう森やアキバ事件容疑者の加藤と同類ではないか(呆・怒)。

 以上が、中山が凶行に及んだ動機についての推測ですが、それとは別に「何故ことさら日教組だけを目の敵にするのか?」という問題があります。これは先に挙げた伊達さんのブログの中でも少し触れられている事ですが、他にも左派系の教職員組合があるのに(全教や教育合同労組など)、何故それらの自民党・保守反動勢力の文教政策に今も対峙している共産党系・新左翼系労組ではなく、連合加盟以降は文科省との協調路線に転じ、教育基本法改悪も事実上容認し、体制内化しつつある今の日教組に、わざわざ矛先を向けてきたのか?

 これも2つほど理由を考えているのですが、その一つは、ただ単に「何も知らないバカウヨだから」。もう一つは、誰でも知っている「かつての雄」の日教組を叩く事で、教育労働界全体を沈黙に追い込もうとしているのかも。若し後段の理由が正しいとすると、これはもう、かつての関東大震災直後の朝鮮人・社会主義者に対する虐殺や、クリスタル・ナハト(水晶の夜:ナチ政権下で引き起こされた最初のユダヤ人大量虐殺事件)、イラク日本人人質あるいは拉致家族会バッシングの再現劇に他なりません。

 しかし、如何に現実の日教組が堕落・腐敗していようと、だからと言って憲法に定められた結社の自由を踏みにじり、特定の労組を名指しして不当労働行為に及んでよいという事には、絶対になりません。況してや、これを全然次元の違う「公務員・教員の働き方」のレベルに落し込めて、それで来る解散総選挙での自民惨敗をかわす政争の具に利用するとは、もう卑怯千万という他ありません。
 当人はやれ「言葉狩り」だの何だのと言って、今でも居直りを決め込んでいますが、「思想弾圧」を公然としておいて、そんな事を平気でよくも言えたものです。「被害者面すんのも大概にせいよ」と言いたい。

 国民もそうそうバカではありませんので、今回は「劇場政治」に対する自浄作用が働いて、大勢では必ずしも反動側の思い通りには行きませんでしたが、今後もこの様な「マッチポンプ」や「下見て暮らせ傘の下」で、徒に国民各層の対立と分断を煽るファシスト的な手口が横行する可能性が大いにあります。この様な動きについては引き続き警戒が必要です。
コメント (2)   トラックバック (7)
この記事をはてなブックマークに追加

もはや茶番ですらない中山・麻生マルコス

2008年09月27日 14時49分58秒 | 麻生政権で自民終了
かりん党 宣言! パート1(YouTube)
※マジで、世間知らずの中山・麻生を、ネットカフェ難民の境遇にまで叩き落した上で、今まで散々声高に言って来た「自己責任」論で、当の自分たちも同様に這い上がって来れるのかどうか、一度試してやれば?


・中山国交相:発言に抗議相次ぐ 「大臣の資質疑う」(毎日新聞)
 http://mainichi.jp/select/today/news/20080927k0000m040122000c.html
・中山成彬文科相(注:当時)の教育観と文教政策を問う-教育基本法「改正」問題にかかわって-(あんころブログ)
 http://www.kyokiren.net/_recture/nakayama
・中山成彬 - Wikipedia
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%B1%B1%E6%88%90%E5%BD%AC
・選挙内閣2日で失速 与党の自信揺らぐ(中日新聞)
 http://www.chunichi.co.jp/article/feature/ntok0069/list/CK2008092702100003.html
・麻生内閣支持率48% 福田政権発足時下回る(共同通信)
 http://www.47news.jp/CN/200809/CN2008092501000745.html
・新たに200万人保険料負担 後期高齢者医療制度(同上)
 http://www.47news.jp/CN/200809/CN2008092501000724.html

 どうせ、来たるべき総選挙での自民惨敗までの「選挙管理内閣」で、最悪その前にまた逆切れして政権を放り出すのではないか、という位にしか思っていなかった麻生新内閣ですが、それでもこんなに成立早々から色々とやってくれるとは、私も思ってもみませんでした。

 例の中山成彬・国交相の、「成田空港反対派はゴネ得」「日教組が低学力の原因」「日本は単一民族国家」の失言三連発。これは決して「口が滑った」なぞという生易しいものではなく、寧ろ当人(及びその任命権者)の本音が出たと言うべきものでしょう。到底、発言撤回なぞでチャラに出来るものではありません。しかも当人は、謝罪会見の席上でもまだ未練たらしく、「滅私奉公の精神自体は間違っていなかった」なぞと言い訳しきりだったと言うのですから、もう開いた口が塞がりません。

 もう、アホとしか言い様がありません。どうやら、この御仁は、「公共の福祉」と「滅私奉公」の区別もつかない様ですね。前者は「他人の人権を一方的に損なうような権利行使は認められない」という、これ自体は近代市民社会での権利行使の在り様を説いたものです。後者の「個人の人権の存在自体を認めない」が如き封建的発想とは、全く似て非なるものです。

 これで折角の、成田開港時の強制収用に対する政府の謝罪も、アイヌ民族を先住民族と認定した先の国会決議も、全てぶち壊しになってしまいました。これも偏に、長年に渡る政府自民党によるアホ教育の賜物なのでしょうか。

 中山といい麻生といい、こんなアホ相手に、これ以上貴重な時間が割かれる事自体が、もうバカバカしいという他ないので、既に当該発言を完膚なきなでに批判しておられるマイミクさん・常連さんのブログ記事を、既に先方からもトラックバック済のものではありますが、改めてこちらにも張っておく事にします(先方の更新状況に合わせ適宜追記)。

・麻生内閣の顔ぶれから見えてくるもの(伊達 純のヒロシマ日記)
 http://blog.goo.ne.jp/jundandy_2007/e/a4f7013b09a237313582c01aaf68c912
・中山成彬国土交通相の三里塚闘争「ごね得」発言糾弾!(同上)
 http://blog.goo.ne.jp/jundandy_2007/e/8141ca07d4b4a3de1f715aaac1c91d54
・中山成彬国土交通相辞任(同上)
 http://blog.goo.ne.jp/jundandy_2007/e/c55b5429f11c230c281be730f76c92fc
・国交相中山の暴言弾劾し10・5三里塚へ総決起しよう!!(アッテンボローの雑記帳)
 http://rounin40.cocolog-nifty.com/attenborow/2008/09/post-31ec.html

 こうやって、せっかく小泉・自民党が苦労の末に、詐欺とペテンでようやく手にする事が出来た「選挙独裁」も、引き続く安倍・福田・麻生の三代に渡る「マルコス」政治のお陰で、国民が「劇場政治」に対する免疫をつけ始めた事で、ようやく終焉に向かい始めるのでしょうか。
 もはや、どんなパフォーマンスや世論操作も、そう簡単には通用しなくなりつつあるのではないでしょうか。メディアが散々「麻生人気」を煽っても、新内閣としては異例に低い内閣支持率しか保持できなかった事が、その何よりの証拠でしょう。
 そういう意味では、高い授業料を払わされる羽目になったものの、貴重な人民教育の機会を与えてくれる結果となった小泉政治に、寧ろ感謝しなければならないのかも知れません。勿論、これは皮肉ですが。
コメント (2)   トラックバック (6)
この記事をはてなブックマークに追加

「我が窮状」を支持するが故に敢えて異論を呈す

2008年09月26日 23時31分45秒 | 反改憲・戦争協力
我が窮状(YouTube)


 歌手の沢田研二が、この度「我が窮状」という新曲を出して、憲法9条擁護を訴えているのだとか。それが次の歌詞の曲です。

♪麗しの国 日本に生まれ 誇りも感じているが
 忌まわしい時代に 遡るのは 賢明じゃない
 英霊の涙に変えて授かった宝だ
 この窮状 救うために 声なき声よ集え
 我が窮状 守りきれたら 残す未来輝くよ

 麗しの国 日本の核が 歯車を狂わせたんだ
 老いたるは無力を気骨に変えて 礎石となろうぜ
 諦めは取り返せない 過ちを招くだけ
 この窮状 救いたいよ 声に集め歌おう
 我が窮状 守れないなら 真の平和ありえない

 この窮状 救えるのは静かに通る言葉
 我が窮状 守りきりたい 許し合い 信じよう♪

 沢田研二(ジュリー)といえば、70年代に「危険なふたり」「勝手にしやがれ」「憎みきれないろくでなし」などの曲で一世を風靡したポップス歌手じゃないですか。丁度私の中学生ぐらいの頃の曲で、テレビの歌謡番組ではいつも流れていた。但し、歌っていた時の衣装が当時としては奇抜なものだった事もあり、一部の中年オヤジからは目の敵にされていた感も無きにしも非ずで。

 しかし私の中では、歌よりも寧ろ、当時よく見たテレビドラマ「寺内貫太郎一家」の中の、あのワンシーンが、鮮やかに記憶に残っています。
 彼のテレビドラマは、東京の下町で石屋を営む貫太郎オヤジ(主演:小林亜星)を中心に、その長男(同:西城秀樹)やお手伝いさん(同:浅田美代子)などが登場するものですが、その中で、貫太郎一家の中の、樹木希林扮するジュリー・ファンの祖母が、アイドルのポスターの前で年甲斐も無く「ジュリー」と叫ぶ、あのシーンです。

 いずれにしても、今までは凡そ政治とは無縁な存在だと思われていた、その沢田研二が、還暦を前にして、こんな素晴らしい新曲を出すとは思ってもみませんでした。
 出だしの「麗しの国~」から終盤にさしかかる「この窮状~」までの部分からは、今の日本の現状を憂えるジュリーの想いがそのままストレートに歌われていて、非常に良かったです。もう、まるで美空ひばりの「一本の鉛筆」を彷彿とさせる様な感じで。「君が代」なんて時代錯誤な内容の今の「国歌」なぞ、一刻も早く葬り去って、一瞬「この歌を国歌にすれば良いのに」と思った位で。

 ただ、その一方で、この歌を聴いてみて、どうしても少し引っかかるものがあるのです。せっかくそれまで盛り上がっていた歌詞の内容が、ここで少し興ざめしてしまう様な、そういう感じがどうしても否めないのです。

 そのまず第一は、最終節の「我が窮状 守りきれたら(守れないなら、守りきりたい)」の歌詞の内容についてです。何故ならば、この歌詞のままでは、「窮状(悲惨な状態)を守りたい(守らなければ)」という、意味不明の文章になってしまうからです。「9条」を「窮状」と言い換えたからそうなったのでしょうが、その結果、意味が通らなくなったのでは何もならないのでは。

 そして第二に、今の憲法9条を取り巻く情勢は、必ずしも窮状とは言えないのでは?―という想いがあります。
 これが2002~04年頃の、北朝鮮・拉致問題の表面化やイラク戦争開戦で、ブッシュ・ネオコンや靖国派右翼が大手を振ってまかり通り、ネットウヨク言論花盛りの時代なら、確かに「憲法9条はもはや風前の灯火」の感が強かったので、「9条」を「窮状」と言い換えるのも在りかな、とは思うのですが。
 しかし今は、当時とは大分様相が変わりつつあるのでは。確かに、教育基本法が改悪され、「テロ特措法の恒久法化」や「改憲大連立」の策動も続いているので、そういう意味では、予断を許さないのは事実ですが。
 でもそれ以上に、格差社会の深刻化を他所に、「高齢者はうば捨て、ワーキングプアは使い捨て、セーフティ・ネットは破り捨て、食の安全・安心は投げ捨て、政治家は恥も外聞もかき捨て、その挙句に政権放り出し」といった政治が常態化する中で、国民の側から自民党政治に対して、「我々に偉そうに愛国心や道徳教育の説教を垂れている、お前ら自公与党が実際にやっている事は一体何なのよ?」という、ある意味本質的とも言える鋭い問いかけが為されるに至っている訳で。
 そして海の向こうの、自民党政治の後ろ盾・米国でも、アフガン・イラク戦争や、ハリケーン被災やサブ・プライム問題に為す術も無い、ブッシュ・ネオコンは既に過去の人となりつつある。
 「窮状」に陥っているのは「9条」ではなく、寧ろ「自民党や財界、右翼・改憲派」の方ではないのか、と。(中には、未だにそれに気付かず、相変わらず小泉・麻生のポチやっているバカも依然として居ますが)

 更に第三点として、単に「9条」擁護だけを「老いたる」の奮起だけに求める姿勢では、時代の要請に応えているとは、もはや言えないのではないか?―という想いもあります。
 生存権や人としての尊厳を謳った「25条」や、男女平等を謳った「24条」、法の下の平等を謳った「14条」は、蔑ろにされていないのか?また、蔑ろにされているのは日本人の人権だけか?例えば、アフガン・イラク・パレスチナ・北朝鮮・チベット人民の人権は蔑ろにされていないのか?
 寧ろ実際は、ネットカフェ難民や日払い派遣労働者の惨状からも明らかな様に、それらの全てが蔑ろにされているのが現状ではないでしょうか。そうであれば尚更の事、「日本国憲法第9条」は勿論の事、それ以外の日本国憲法の人権条項や、世界人権宣言で謳われた「人としての尊厳や権利」を守れと、何故主張しないのか?それを何故、日本の「老いたる」だけでなく、世界中の「老いたるにも若きにも」訴えないのか?「オキナワ、バクダッド、ノース・コリア、チベットから、民衆は自由をめざす!」と堂々と歌い上げた、ソウル・フラワー・ユニオンの「うたは自由をめざす!」コンサートの様に―という想いもあるからです。

 そこで一つの提案なのですが、この沢田研二の「我が窮状」の歌詞を、下記の様に置き換えるというのは、どうでしょうか。

●最終節「我が窮状 守りきれたら~」の「我が窮状」を、「この生命(いのち)」に変える。その事で、単に「憲法9条」擁護だけでなく「憲法25条」や「世界人権宣言」の擁護も訴える、という意味合いを持たす。
※その前節の「この窮状 救いたいよ」は、それはそれで意味が通じるので、そのままでOK。
●二番の第二節「老いたるは」を、「老いも若きも」に変える。
●出だしの「麗しの国 日本に生まれ~」の部分は、一番はそのままにして、二番・三番の「麗しの国 ××に生まれ~」の「××」には、それぞれ「アフガン・イラク・パレスチナ・北朝鮮・チベットその他」から適宜選んで挿入する事で、歌詞の内容に国際性を持たせる。

 勿論、メロディーや語呂合わせとの兼ね合いもありますので、具体的な改編の中身については、もっと揉んで欲しいのですが。そうすれば、この沢田研二の「我が窮状」の歌詞も、更に良いものになるのでは?
 後ほど、沢田研二さんの事務所にも、以上の趣旨で、問題提起のメールを送ろうと思っています。 

(参考記事)
・しらほぶろぐ:沢田研二/我が窮状
 http://pub.ne.jp/shiraho4353/?entry_id=1660231
・お玉おばさんでもわかる政治のお話:沢田研二 我が窮状
 http://potthi.blog107.fc2.com/blog-entry-437.html
・カナダde日本語:沢田研二の『我が窮状』を広めて九条を守ろうよ
 http://minnie111.blog40.fc2.com/blog-entry-1098.html
・大津留公彦のブログ2:団塊の世代へのメッセージ(我が窮状)
 http://ootsuru.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-d90b.html
・拙ブログ:9条輸出こそ真の国際貢献 改憲派こそが奴隷の一国平和主義
  http://blog.goo.ne.jp/afghan_iraq_nk/e/a6a347b3b09e3429ac31289818787646
・沢田研二 公式サイト
 http://www.co-colo.com/
・沢田研二 - Wikipedia
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%A2%E7%94%B0%E7%A0%94%E4%BA%8C
コメント   トラックバック (1)
この記事をはてなブックマークに追加

もはや茶番ですらない自民党総裁選

2008年09月20日 22時16分36秒 | 麻生政権で自民終了
・踊らない総裁選(毎日新聞・発信箱)
 http://mainichi.jp/select/opinion/hasshinbako/news/20080918ddm002070086000c.html
・「劇場型」もうたくさん(山陽新聞・デスクノート)
 http://www.sanyo.oni.co.jp/sanyonews/2008/09/08/2008090809171673012.html
・自民総裁選 受け狙いではしらけるだけだ(愛媛新聞・社説)
 http://www.ehime-np.co.jp/rensai/shasetsu/ren017200809046898.html
・自民党総裁選・戦後最大の茶番劇(老人党リアルグループ「護憲+」ブログ)
 http://blog.goo.ne.jp/rojinto_goken/e/73083ef1a0d8edeeaa4969f4a03540db
・政界バラエティー・・・辞任党惣菜選挙(比企の丘から)
 http://blog.goo.ne.jp/musshu-yuu/e/055968f575cb71e431d7c24d59bd8856
・やっぱりおかしい、NHK7時のニュース(内野光子のブログ)
 「NHKは自民党の広報か」と抗議したら、「それの何処が悪い」と言わんばかりの対応だったとの事。
 http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2008/09/post-664e.html?cid=33181238#comments
・太田農水相・白須次官辞任 汚染米問題で引責(朝日新聞)
 http://www.asahi.com/politics/update/0919/TKY200809190113.html
・「豪雨が安城や岡崎だったからいいけど」 麻生氏失言 怒り渦巻く(中日新聞)
 http://www.chunichi.co.jp/article/aichi/20080917/CK2008091702000040.html?ref=rank

 点数稼ぎを狙った夏の洞爺湖サミットは宛が外れ、肝心の福田首相は政権放り出し。安倍に続いて2度の辞任劇に国民が呆れ果てている中で行われる自民党の総裁選。自民党はこれを格好の宣伝材料として、福田辞任前はあんなに嫌がっていた総選挙に向けて、大博打に打って出ようとしています。
 しかし、これまでも散々、「劇場政治」の茶番劇を見せつけられてきた国民としては、「もういい加減にしろ」というのが、正直な所ではないでしょうか。

 そもそも、今回の自民党総裁選は、茶番にすらなっていないのですから。
 まず、安易に「勝ち馬に乗る」という流れの中での、最初から結果が見えている「出来レース」なので、見ていても全然面白くない。
 その割に5人も候補者が乱立する事になったのも、「そこまでしてまで世間の関心を集めたいのか」という自民党の魂胆と、「我も我も」の権力亡者の浅ましさを、逆に印象付けてしまう結果となってしまっています。

 そもそも、小泉や橋下が「劇場政治」の演出に成功したのは、まず彼らが新人で、それまでの政治家とは違う印象を持たれていたのが、何よりも大きいのです。
 それに加え、いずれもそれなりに見栄えのするキャラクターで、当人たちもマスコミ操縦術に長けていたという要素も大きい。だからこそ、「彼なら何かやってくれるだろう」という、漠然とした期待を集める事も出来たのです。
 勿論、私からすれば、それまでと同じネオコン・ネオリベ政治家である事は、元より自明の事なのですが。しかし、少なくとも世間では、新鮮な印象を持たれていたのは確かでしょう。

 翻って今回の場合はどうか。まず、候補者全員が閣僚や党の役職経験者で、それなりに手垢にまみれた人間ばかり。候補者の人となりも、前述の小泉・橋下よりは遥かに小粒で、見栄えも劣る。そして、とっくにメッキのはげた小泉・安倍政治の、いずれ劣らぬ継承者揃いと来ている。
 口をついて出てくる言葉も、「消費税も年金保険料もこれからどんどん上げる」「イラク・アフガン参戦にお前らも血を流せ」と、むかつくものばかりで。「上げ潮」か「財政再建」かの違いも、所詮は悪政メニューのどれから先に手をつけるかという話でしか無い。
 それまで私利私欲に走ってきた自分たちの行いを棚に上げて、まるで国民の方が「ゴク潰し」で「国をダメにした」と言わんばかりの言い草に、いい加減頭に来ている人も多いのではないでしょうか。

 そして、総裁選の最中も、与党政治家の不祥事や失言が次から次へと出てきて、引責辞任のオンパレードなのですから。いくら自民党がメディアで総裁選報道を煽っても、軒並み数パーセントの低視聴率でそっぽを向かれ、逆に川柳で「辞任党惣菜選挙」と揶揄される始末で。今まで散々、自公与党を茶化す比喩として使ってきた、かつてのフィリピン・マルコス政権末期の状況に、政治の様相がますます酷似してきました。
 「劇場政治」の化けの皮が徐々に剥げるにつれ、さしもの茶番劇も、次第に只の猿芝居と化しつつあるのです。しかし当の5人の候補者だけが、その様な「負のスパイラル」にはまり込んでしまっている事にも気付かず、国民なんて騙すのはチョロイものと嘗めてかかり、生活苦に汲々とする庶民を他所に、一政党の宴に現を抜かしているのですから、何をか況やです。今度の総選挙では、自民党は確実に負けます。もう、ここまで来たら、どうあがいても無駄というもの。
コメント (2)   トラックバック (5)
この記事をはてなブックマークに追加

くそファシスト知事のブーメラン発言

2008年09月13日 23時15分38秒 | 反ハシズム・弱い者虐め
・「くそ教育委員会が」 橋下知事、FM公開生放送で発言(産経新聞)
 http://sankei.jp.msn.com/politics/local/080907/lcl0809071737003-n1.htm

 大阪府の橋下知事が、市町村教育委員会を「くそ教委が」と罵倒したという、上記のニュースですが。何でも「流石は知事、よくぞ言った」という意見も少なくないのだとか。私としては、もう呆れてモノも言えないのですが。

 まず第1に、件の発言は、全国学力テストの結果公表に踏み切らない一部市町村教委の態度に業を煮やして、知事がヒステリーを起こしたものですが、何をか況やです。
 あの学力テストについては、今までも各方面から問題点が指摘されています。曰く「あんなテストでは、単に丸暗記や受験テクニックを叩き込む事にしか為らず、人として生きていくのに必要な真の学力などは一切身につかない」「単に結果公表だけがまず先に在りきで、その後の生徒個人へのフォローが何も無い。それでは、序列化と選別だけを意図したものだと思われても仕方が無い」等々。
 だから、愛知県犬山市教委の様に、学力テストに不参加を表明する所も出てくるのです。しかし、それも一つの見識であって、それを以って一方的に「ケシカラン」と決め付けるのは、如何なものかと思いますね。

 次いで第2に、府下市町村教委を、まるで自分の手駒の様に捉えている非民主的感覚について。
 何故、戦後の教育行政が、戦前の様な文部省や大阪府の直轄ではなく、教育委員会という独立行政委員会を通して行われるようになったのかが、知事は全く分かっていません。偏に、時の政権によって教育内容が左右される事が無いようにという事で、この制度が戦後導入されたのでしょうが。それが、やがて教育委員会の公選制が廃止され、教科書検定が強まり、とうとう教育基本法まで改悪されてしまいましたが、それでも独立行政委員会の制度は残っています。
 それをこの知事は、教育行政を恰も自分の手駒の様に捉えて、思い通りにならないからといって、ヒステリーを起こしている。これでは、戦前の明治憲法下の内務官僚の発想と瓜二つと言わざるを得ません。道理で、装いだけは何やらチャラチャラしているものの、口を付いて出てくる発言が悉く、「自衛隊入隊の勧め」や「岩国市民は国に逆らうな」などの、「B層封建親父の居酒屋談義」然としたものばかりなのも、頷けます。

 また第3に、その「くそ」発言が、結局は自分自身にはね返って来るものであり、自分自身を「くそ」呼ばわりしているのと同じである事に、全く気付いていないお粗末さについて。
 今回の全国学力テストの成績分布が、地域の経済格差や文化格差とも一定の相関関係にある事は、教育毒本さんのブログでも言及されています。それによると、成績上位の秋田県は少人数学級導入に積極的ですし、反対に成績下位の沖縄県や大阪府は失業率も高い。実際はそれに加えて、大阪府などは生活保護・就学援助受給率や公立高校授業料も全国的に見ても高く、校舎がボロボロの学校も少なくないのです。
 ところが橋下府政のしている事と言ったら、少人数学級編成の先延ばしや就学援助・私学助成の削減など、教育条件の拡充に反する事ばかりしているではないですか。府知事選時の「子供が笑う大阪を」公約は、どうやら、小泉時代の「自民党をぶっ壊す」と同様のペテンでしか無かった様です。それを、自分の無策を棚に上げて他人を散々「くそ」呼ばわりとは、もう能天気という他ありません。

 そして第4に、「くそ」発言に見られる、知事の一見傍若無人な物言いに隠されたダブルスタンダードの狡賢さについて。
 「くそ」だとか「バカ」だとか言うだけで、世間の注目を浴びて英雄になれるのなら、これほど楽な事は無い。「このくそ上司が、くそ自民が、くそ天皇が」とね。しかし、普通の人が公の場でこんな事を言えば、普通は間違いなく白眼視されます。とりわけ北朝鮮の金正日辺りが同じ事を言おうものなら、それだけで嫌韓厨の格好のネタになるでしょう。
 それが、橋下知事に限っては大目に見られるのは、一体何故か。それは、これらの橋下知事の物言いが、いずれも自分よりも格下・目下の、自分にとっては組し易い対象のみを攻撃して、それで世間の溜飲を下げさせているだけだという事にあります。それが証拠に、ヒラにばかり「煙草を吸うな」とか「早く出てきてサービス残業で仕事をこなせ」とか言うものの、上には三割自治や三位一体改革の問題点は何も指摘せず、「国策には逆らうな」のヒラメぶりは覆うべくも無く。
 要するに、大衆の誰もが多少は持ち合わせている劣等感や、その裏返しとしての差別意識に媚びて、それを踏み台にして個人的栄達を図っているだけなのです。しかし、こんなモノは、所詮は「下見て暮らせ」何とやらの、一種のポピュリズム(大衆迎合)でしかありません。

 最後に第5として、その「くそ」発言のファシスト的性格について。この発言というのは要するに、理屈では適わない相手を、「くそ」だとか何だとかいう暴力的な物言いで、威嚇して黙らせているだけではないですか。その本質に於いては、似非弱者・森の差別暴力や、ヒットラー・石原慎太郎・サルコジ・ルペンなどのヘイト発言と、全く同じなのです。
 以前の府職員朝礼での「早く出てきてサービス残業で仕事をこなせ」発言なぞ、その典型ではないですか。ネットウヨクは当時盛んに、その知事発言にかみついた女性職員の人格攻撃に話をすり替えようとしましたが、何をか況やです。仮にその女性職員の働きぶりや活動歴に何がしかの問題があったとしても、「サービス残業が不当労働行為に当たる違法行為であり、況してや知事がそれを強要出来るものではない事」ぐらい、弁護士出身の知事なら分かりそうなものを。恐らく、サラ金の顧問弁護士・労務屋として、今まで散々人権に反する事ばかりやって来たから、もうその辺の感覚が麻痺してしまっているのでしょうが。

 「ブーメラン効果」の言葉通り、全て自分に跳ね返ってきているのに、当人にはその自覚もないのでしょう。見ようによっては可哀想な裸の王様とも取れなくはないですが、それを口にする知事も知事なら、それを煽るマスコミもマスコミで、煽られる一部有権者も有権者です。みんな寄って集って思いっきり天下に恥を晒している事に、何故気が付かないのでしょう。
コメント (6)   トラックバック (2)
この記事をはてなブックマークに追加

ナショナリズムの限界

2008年09月09日 23時13分06秒 | その他の国際問題
 旧ソ連から独立したグルジアが、域内少数民族居住地の南オセチア自治州に軍事侵攻し、隣国の大国ロシアもまた、それを口実にグルジアに侵攻。この核大国ロシアを巻き込んだ地域紛争が、新たな冷戦・第三次世界大戦に発展する可能性も、一部からは取り沙汰されています。そこで改めて、グルジアを含むカフカス(コーカサス)地方の民族分布図を見て見ました(上記地図参照)。

 この地図は、「飛び地領土研究会」というサイトの中に収録されています。この「飛び地領土研究会」というのは、世界各地に散在する飛び地領土の由来や現状を、かなり詳しく且つ分かりやすく解説したサイトです。その解説によって、往時の植民地政策や今も続く地域紛争の性格が、見事に浮かび上がってきます。

 それを見てもつくづく思う事は、この地域が「民族のサラダボウルであり、また火薬庫でもある」という事です。カスピ海と黒海に挟まれ、古くから諸民族が行き交ってきたこの地域は、またロシア・トルコ・ペルシャ(イラン)周辺三大国の角逐の場ともなってきました。
 現在、同地方は、主要民族分布に従い、グルジア・アゼルバイジャン・アルメニアの三つの共和国に分立していますが、現実の民族分布はそんな三分立に収まるものではありません。それぞれ国内に飛び地を抱え、隣国の多数派民族が、其処では少数民族としての地位に甘んじている、そういう例が数多くあります。その他、その飛び地だけにしか居住しない少数民族も数多く存在します。

 そして、前記三共和国の大半の民族分布が、カフカス地方外のロシア・トルコ・イランにも広がっている事が、下記に示す様に、それら三大国からの介入の、格好の口実にもなっているのです。

(1) グルジア人とオセット人・アブハズ人との対立。カフカス山中を挟んでグルジア・ロシア二国に跨り分布しているオセット人は、グルジア領内では南オセチア自治州、ロシア領内では北オセチア共和国を形成しているが、いずれも反グルジア感情が強く、ロシアもそれを煽っている。グルジア領内の北部黒海沿岸に分布し、アブハジア自治共和国を形成しているアブハズ人も、同様に反グルジア・親ロシアの傾向が強い。

(2) グルジアとロシアの確執。ロシア革命直後に成立したカフカス地方の三ソビエト共和国では、民族の完全独立・対等平等に立脚したソ連邦樹立を主張するレーニンやグルジアの民族共産主義者と、あくまでロシア中心のソ連邦の枠組の中での自治共和国に押しとどめようとしたスターリン・オルジョ二キゼらとの対立が表面化した。これが所謂「グルジア問題」で、最終的に後者が前者を放逐する形で決着し、当初こそ前者の理想を掲げて誕生したソ連も、後者によって次第に「新ロシア帝国」とも言うべきものに変質していく(詳細は下記「れんだいこのHP」参照)。

(3) アルメニア人とトルコ人の対立。現在はトルコ領内に位置するアララト山(ノアの箱舟伝説で有名)を中心とした一帯は、古くからアルメニア人の揺籃の地として知られていた。アルメニアは、かつて第一次大戦直後に、敗戦国オスマン・トルコの領土分割によって、今よりも三倍近い版図で独立を達成しかけた事があった。しかし、その事でトルコ国内における反アルメニア感情が高まり、アルメニア人百万人以上が虐殺される憂き目にも遭っている。この様にして、一時はトルコ分割と引き換えに獲得するかに思われた大アルメニア独立も、新生トルコ共和国の誕生で完全に潰え去った。

(4) アルメニア人とアゼリー人の対立。アルメニア・アゼルバイジャン両国は、それぞれの域内に、ナヒチェバン自治共和国、ナゴルノ・カラバフ自治州という飛び地を抱えている。前者はアルメニア国内のアゼリー人の、後者はアゼルバイジャン国内のアルメニア人の飛び地である。そして両飛び地内では、双方とも相手の多数民族から弾圧を受けていると主張し、両軍が双方の飛び地内に進駐している。

(5) アゼリー人の親イラン感情と、石油利権に介入する欧米との軋轢。アゼリー(アゼルバイジャン)人は同国以外にも、イラン北部にも版図を持ち、第二次大戦直後はソ連の支援を受けて、双方に跨る地域で一時的に独立を達成した事もあった。しかし、バクー油田確保が至上命題の欧米からの圧力と、その後のソ連の変節によって、大アゼルバイジャン実現の夢は潰え去った。そして時代は下り、今もカスピ海油田確保が至上命題の欧米諸国に、同国は橋頭堡を提供している。しかし、同国をイラン攻撃の前線基地として利用しようとしている米国と、親イランの国民感情の間には、今も深刻な亀裂が存在する。

(6) 石油パイプライン争奪戦。カフカス地域にはバクー油田やカスピ海油田などがあり、そこから黒海や地中海岸の石油積出港にパイプラインが伸びている。その石油を制しようと、ロシアや西側諸国からの政治介入が強まっている。

 以上でも分かるように、この地域では、現在の国家や国境線は、現実の民族分布を反映したものではありません。あくまでも、現時点での国家・民族間の力関係の反映でしかないのです。それが証拠に、現実の民族分布を見ると、もう飛び地だらけなのです。極端な場合は、村の中の道・川・橋一つ隔てた向こう側はもう異民族の文化圏で、その相手の文化圏の中に、更に自民族の飛び地があるという、正に「サラダボウル」とも言うべき状況なのです。
 その中で、昔から対立と共存を繰り返してきたであろう少数民族同士が、今もいがみ合っているのが、この地域の現状です。

 しかも悪い事に、周辺国にも散らばる同民族や、ロシア・トルコ・イランなどの周辺大国が、民族間の積年の恨みつらみに付込んで、排外的な民族主義を煽っているのです。あくまでも自分たちにとって都合の良い様に。
 今世間の注目を集めている(1)のグルジア紛争なんて、その最たるものでしょう。大国ロシアに蹂躙されてきたグルジアが、国内少数民族のオセット人には弾圧を以って臨む。それに対してオセット人は、隣の大国ロシアを後ろ盾に頼む。ロシアもロシアで、近隣少数民族チェチェン人の自決権は認めないくせに、その隣のオセット人には「自決権の擁護者」として臨む。一方で米・英・仏などの西欧諸国も、旧ソ連・東欧圏への勢力拡大と石油利権確保の思惑から、グルジアに加勢する。何の事は無い、ロシアと西欧諸国の双方とも、少数民族の自決権要求を、自分たちにとって都合の良い様に、恣意的に利用しているだけなのです。

 ここまで来ると、「民族独立」「民族解放」「民族自決権」のスローガンについても、無条件で礼賛する訳にはいかなくなります。私は、少なくとも今までは、民族主義とかナショナリズムについては、二種類のものしか知りませんでした。まず第一は、英・米・仏・独・日など帝国主義・抑圧民族の大国ナショナリズムです。これは、私にとっては、あくまでも否定・克服されるべきものです。そして第二に、かつての中国・インド・ベトナム・アルジェリアなど被抑圧民族の、反帝民族解放闘争のナショナリズム。こちらは前者とは違い、基本的には肯定・発展されるべきものという認識です。

 しかし、このカフカス地域のナショナリズムについては、そのどちらでもありません。「被抑圧民族のナショナリズムでありながら、抑圧民族の其れと同様の、他民族排斥へと流れる傾向をも併せ持つ」という、現在この地域に広がっているナショナリズムを、敢えて定義付けるならば、「第三のナショナリズム」と区分されるのかも。
 否、それは何も「第三のナショナリズム」として別途定義されるものではなく、実は反帝民族解放型の「第二のナショナリズム」にも、帝国主義抑圧民族の「第一のナショナリズム」と同様の側面が厳然として存在し、それがこの地域では「第二」タイプとしてではなく、この様な極端な形で表出してしまっただけかも。

 では、どこで、その歯車が狂ってしまったのか。それはやはり、前記(2)の項目で述べた、ロシア革命以後の「あるべき解放の姿」を巡る権力闘争の帰趨の中に、そのヒントが隠されている様な気がします。その結果、ロシア革命を契機に誕生した各地の民族ソヴィエト共和国が、結局はその後進性を克服する暇が与えられないまま、被抑圧民族(グルジア人)出身の独裁者スターリンによって、再び弾圧を加えられる様になってしまいました。

 もはや、この地域では、ナショナリズムではなく、寧ろインターナショナリズムでやって行くしか、地域での平和共存・経済・民主主義を発展させる道は無いのではないでしょうか。丁度、映画「ホテル・ルワンダ」に示された他民族共存のメッセージの様に。全少数民族の自治権その他の基本的人権や、言語・文化など民族としての独自性を認めた上で、徒に民族間の対立を煽るのではなく、あくまでも平等や連帯に基礎を置いた、緩やかな連邦制を志向する。革命直後のソ連や、独立直後のアルジェリア、第三世界・非同盟諸国の有力な一員であったかつてのユーゴが、かつて思い描き、最後まで実現出来なかった、そういう道に。今度は、挫折の教訓も導き出した上で、再び挑戦して。

【参考資料】

(グルジア関連)
・南オセチア(世界飛び地領土研究会)
 http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/2917/hikounin/ossetia.html
・アブハジア(同上)
 http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/2917/hikounin/abkhazia.html
・「グルジア民族問題」考(れんだいこのHP)
 http://www.marino.ne.jp/~rendaico/marxismco/marxism_gissenriron_roshiakakumeiko_minzoku.htm
・米に乗せられたグルジアの惨敗(田中宇の国際ニュース解説)
 http://tanakanews.com/080819georgia.htm

(アルメニア関連)
・ナヒチェバン ナゴルノ・カラバフ(世界飛び地領土研究会)
 http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/2917/ussr/nagornokarabagh.html
・ナゴルノ・カラバフ(日本アルメリア友好協会)
 http://homepage3.nifty.com/armenia/nagorno.karabagh.htm
・「アルメニア大虐殺」とトルコの憂鬱~忘れられた「ジェノサイド」から90年~(JANJAN)
 http://www.news.janjan.jp/world/0504/0504276336/1.php?PHPSESSID=.

(チェチェン関連)
・チェチェン紛争とは何か?(チェチェン総合情報)
 http://chechennews.org/basic/whatis.htm
・ロシア学校占拠事件とチェチェン紛争(田中宇の国際ニュース解説)
 http://tanakanews.com/e1001chechen.htm

(アゼルバイジャン関連)
・カスピ海石油戦争に勝負あり(JANJAN)
 http://www.news.janjan.jp/world/0411/0411291115/1.php
・アゼルバイジャン自治共和国(世界飛び地領土研究会)
 http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/2917/syometsu/azer.html

(関連記事・他)
・コソボ独立宣言をどう見るか
 http://blog.goo.ne.jp/afghan_iraq_nk/e/c70c441791da25acc69f2ebfe938273b
・漫画「石の花」(坂口尚:作)の解説(ウィキペディア)
 東欧ユーゴスラヴィアのパルチザン闘争を舞台にした長編歴史漫画。「カフカス地方の民族史を考える上でも大いに参考になる」という、ある知人の推薦意見があったのを思い出し、こちらにも掲示。但し私は未だに読めていませんが(汗)。
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E3%81%AE%E8%8A%B1_(%E5%9D%82%E5%8F%A3%E5%B0%9A)
コメント (1)   トラックバック (1)
この記事をはてなブックマークに追加

右翼デビューw

2008年09月08日 20時25分43秒 | 身辺雑記・ちょいまじ鉄ネタ
 「右翼デビューw」と言っても、別に右翼に転向した訳ではありません。実は、私のメルアドが、勝手に右翼系ML(メーリング・リスト)に登録されていて、いきなりじゃんじゃか、その手のメールが転送されて来るようになった、というお話です。
 日本会議系の地方議員の集まりで、「百人の会」(教育再生・地方議員百人と市民の会)というのがあるのですが、実はそこのMLに、私のメルアドが無断で登録されていました。それで10日ほど前から、「沖縄集団自決は捏造だ、大江健三郎は謝罪せよ!」とかいう類のメールが、次から次へと来るわ来るわw。
 最初こそ無視していたものの、次第にいい加減鬱陶しくなり、意を決して、MLからの削除依頼のメールを、先方に送りました。そうしたら、流石に先方も驚いた様子で、直ぐにMLから削除の手続きを執ってくれました。そして調べてもらったら、やはり偽名で私のメルアドが使われていました。

 多分、犯人にしてみれば、匿名性の陰に隠れて「してやったり」の気分なのでしょうが。しかし、今回の件については、こちらも、ある程度までは犯人の目星をつける事は可能です。
 まず、そのML主宰者が「救う会・大阪」の関係者でもあり、私も過去に一度だけ、その「救う会・大阪」の集会には参加した事があるという事。小泉第一次訪朝直後の拉致問題が一挙に表面化した時期('02~'03年)に、私もたまたまその集会に飛び入りで参加し、旧掲示板に参加レポートをアップした事がある(旧掲示板'03年10月19日付投稿参照)。しかも、そのレポートの内容を巡っては、他の投稿者とバトルになった事もある。そして、盗用された私のメルアドというのが、当時こそ掲示板管理人への連絡用に公開していたものの、今はもうその用途では殆ど使われていない、サブのフリー・メールのメルアドなのです。現在では、ブログやネットでの意見交換用には、別のメルアドを使用しています。

 過去の一定の時期にだけ掲示板管理人のメルアドとして登録され、現在では実在の身近な知人とのやり取りにしか使われていない、サブのメルアドをわざわざ盗用している事。そして、もう数年も前に、一度だけ私とも接点のあった地元の人物が主宰する、それも思想的には水と油とも言えるMLに、わざわざ偽名で登録している事。恐らく盗用犯は、当時何らかの形で(それも拉致問題絡みの?)、私に対して逆恨みに近い感情を抱いた人物ではないか・・・と。まあ、以上はあくまでも推理の一例にしか過ぎませんが。要は此処で何が言いたいかというと、「状況次第によっては犯人の絞込みも一定可能、ネットの匿名性も100%万能ではない」という事です。

 まあ今までも、私の偽者が周辺掲示板に出現したり、ウイルス・メールを打ち込まれたりと、色んな事がありましたが。つくづく、サブもメインも共に、使っているのがフリー・メールで良かったと、思う事暫しで。
 しかしまあ、今頃にもなってまだ、「百人の会」「救う会・大阪」などのアナクロ言説を、”左翼・リベラルへの対抗言論”と看做している人が、未だに居るのですねえ。小泉構造改革や安倍靖国派、ブッシュ・ネオコンの破綻が、もはや誰の目にも明らかになった現代に於いても、未だに(呆)。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

共産党ブームは果たしてホンマモンか?

2008年09月05日 00時20分23秒 | 反翼賛・二大政党制
2/8 派遣法改正し”労働者保護法”に 志位委員長が質問/衆院予算委員会(全編)


・共産党:「蟹工船」ブームで1万人新規入党(毎日新聞)
 http://mainichi.jp/photo/news/20080901k0000m010040000c.html
・共産党、新規党員増加 「蟹工船」「資本論」ブームで?(産経新聞)
 http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/080803/stt0808032127002-n1.htm

 以前にこのブログでも取り上げた「蟹工船」ブームですが、その影響が徐々に現実政治の分野にも及んできたようです。昨年来、共産党の新入党者が毎月千人のペースで増え続け、20~30歳代の党員比率も上昇しているのだとか。
 この共産党の人気回復については、私も勿論知っていました。前述のブームも然る事ながら、日払い派遣の実態を告発した今年2月の国会質問(上記動画)が反響を呼び、若者の間で、改めて共産党を見直す動きが広がっている事については。しかし、つい最近までは、それでもまだまだ一部の若者に限られた動きだと思っていました。
 それが、最近は左派系メディアだけでなく、「諸君」「正論」などの右派系メディアや、「そこまで言って委員会」などのネットウヨクご用達TV番組までが、共産党の事を取り上げ始め、後者に至っては党本部の取材まで行ったとか。共産党ブームの話題を取り上げたブログも、こんなに多岐に渡るとは、正直言って、思ってもみませんでした(下記リンク参照)。
 http://www.blog-headline.com/themes/0080/000608/

 しかし、私はこのブームについては、「歴史の必然」だと思う反面、少し「上滑り」の感もあるように、思えてならないのです。

 「歴史の必然」だと思う理由については、今更言うまでもないでしょう。「ベルリンの壁」崩壊からこの方ずっと言われ続けてきた「米国、保守、資本主義の勝利」が、いずれも嘘っぱちでしか無かった事が、今も日に日に明らかになりつつあるのですから。
 イラク・アフガンでの「対テロ戦争」の惨めな失敗や、サブプライム・ローン問題に見られる資本主義の腐朽性、新自由主義の暴走による格差・貧困の拡大、地球温暖化問題でも露になった米国の国家エゴ、安倍・福田の遁走劇が指し示す保守政治の行き詰まりと改憲策動の一頓挫、反グローバリズム・反貧困運動の広がりや、南米・ドイツなどでの左翼勢力の拡大など、事例の枚挙には事欠きません。

 つまり、かつての旧ソ連・東欧や今の中国・北朝鮮の様な「スターリン官僚独裁」の旧来「社会主義」も、「ブルジョア独裁」の今の資本主義も、どちらも機能しなくなっているのです。
 そして、それを乗り越えるのは、やはり左翼を置いて他にはないでしょう。何故なら、旧来「社会主義」の悪弊を論うだけで、国家主義・資本主義・帝国主義への批判の目を一切持たない右翼では、先に挙げた資本主義の諸矛盾を解決する事は出来ないからです。勿論、彼の人たちも自民党政治を批判はしますが、その内容たるや、「今のやり方では生ぬるい」という反動的なものでしかありません。最近も、某極右泡沫政党が共産党ブームに対抗して、何やら反貧困運動の真似事をやり始めたそうですが、それも所詮は「生長の家」の二番煎じでしか無い。

 寧ろ今後問題になって来るのは、この旧来「社会主義」の悪弊を克服した左翼の出現が待たれる時代に、今の日本共産党が、「果たして本当にその期待に応えられるレベルに達しているか」という事ではないでしょうか。
 確かに、今の日本の国会に議席を持つ政党の中で、ワーキングプアや経済的・社会的弱者の問題について、最も正面切って取り上げているのは共産党なので、同党にそれらの人たちの支持が一定集まりだしているのは事実です。しかし、それが70年代の革新自治体の時代や90年代の「旧社会党の受け皿」として機能しかけた時期の様に、誰の目にも明らかな党勢・支持率拡大となって現れてこないのは、一体何故でしょうか。先に紹介した党員数の増加にしても、やっと昨年辺りからようやく、それまでの停滞を抜け出して増勢に転じつつあるというのでは、格差社会の弊害はもっと以前から露になっていたのですから、寧ろ「遅きに失した」と言うべきものではないでしょうか。

 勿論、全てに渡って大政党に有利な現行選挙制度の下で、「自民か民主か」の保守二大政党制キャンペーンが長年に渡って張られてきたというハンディは在ります。それより遥か以前からの反共風土の影響も在るでしょう。しかし、それだけが「遅きに失した」理由ではないと、私は思います。

 その理由の第1は、党の外交政策、なかんずく中国や北朝鮮の人権問題に対する党の煮え切らない態度にあると、私は考えています。有権者が共産党支持にまだまだ二の足を踏む最大の理由も、やはり此処にあるのではないでしょうか。
 確かに、かつての中国・北朝鮮の党からの内政干渉とは、共産党は闘いました。しかし、それはあくまでも党に直接累が及ぶ問題に限っての事です。それとは直接関係の無い、例えば脱北者救援やチベット人権問題について、党が主体性を発揮して行動を起こす事は殆どありません。しかし、それでは有権者からすれば、「やはり同じ穴の狢だったのか」という事にしか成りません。
 勿論、今のネオコン・ブッシュや政府・自民党・「救う会」の路線が、中国・北朝鮮を仮想敵に見立て、それとの対抗で改憲・右傾化・新自由主義を徒に煽るものでしかない事は、言うまでもありません。共産党がそんな路線とは相容れないのは当然です。しかし、それならそれで、「救う会」とは別に、「人権を守る」という左派としての立場からのアプローチが、当然在って然るべきではないでしょうか。

 その理由の第2は、党の体質問題、取り分け民主集中制への過度の固執があると思います。
 確かに、今の自民党や民主党の様に、党幹部の言っている事やっている事がてんでバラバラでは、有権者に対して政党として余りにも無責任であるとは言えます。また、党内議論の全てを何でもかんでも外部にオープンにする必要もありません。権力に対する防衛の観点も当然必要です。
 しかし、それらを考慮に入れても、今の様なシャンシャン大会では、本当に党内民主主義が機能しているのか、疑問に思われても仕方が無いのではないでしょうか。第一、これだけインターネットで党員も意見を自由に発信出来る様に成ると、いくら幹部が民主集中制で縛りを掛けても、限界があると思われます。それなら一層の事、ある程度議論をオープンにして透明性を確保した方が、議論も闊達に行われ、尚且つ「雨降って地固まる」という風になるのではないでしょうか。

 その理由の第3は、民主的代案のアプローチに関わる問題です。共産党が格差・貧困の問題に最も積極的に取り組んできた政党の一つである事は確かですが、今後は、その立場をもっと大衆に分かりやすくアプローチする能力が、求められているような気がして成りません。
 試しに、今の有権者の中で、「格差・貧困が資本主義のグローバル競争によるもの」であり、「自分たちも財界から搾取されながら、同時により貧しい第三世界の民衆搾取に加担している」事や、「だからこそ、最終的には全世界の貧しき者の団結で、新自由主義を乗り越えるしか解放の道は無い」事を、どれだけの人が「自分の言葉で」理解しているでしょうか。多分、理解している人はまだまだ少ないのが実情でしょう。
 勿論、感覚的には殆どの人が理解しているでしょう。今の生活や労働の在り方が、「およそ人間尊重とはかけ離れたもの」である事ぐらい、誰しも気付いてはいます。しかし、何故そうなるのかが分かっていないからこそ、石原・小泉・安倍・麻生・民主党みたいな紛い物に、みんな易々と騙されるのです。

 以上、今後共産党が乗り越えなければならない課題について、取り上えず思いつくまま3つほど書きました。共産党を支持するが故に、今回は敢えて耳の痛い事も書かせてもらいました。これらの課題を克服できた時こそ、「蟹工船・共産党ブーム」が単なる一過性のブームに終わらず、「歴史の必然」に変わるでしょう。そうでなければ、かつての70年代や90年代と同様に、一過性のブームで終わってしまう事でしょう。
 それが単に共産党一党の敗北に止まるなら、まだ良いのです。しかし、現実にはそれだけに止まらず、最悪の場合、麻生や、それよりもっと反動的なトンデモな政治家が、格差社会への不満を吸収して、台頭してくる可能性があります。その時こそが本当の「危険な兆候」(上記産経記事に登場の右翼言論人の言葉)なのです。

 そういう意味では、今回のブームは、日本の政治・社会を革新的な方向で打開し、党も更に飛躍できる可能性をも秘めた絶好の機会であると共に、大衆の不満を左翼が昇華出来ずに、和製ナチスに掠め取られる危険性をも同時に秘めたものであるとも、言えるのではないでしょうか。
コメント (7)   トラックバック (3)
この記事をはてなブックマークに追加

定着率の悪いポスト

2008年09月02日 22時03分58秒 | 福田第2次投げ出し政権
福田首相が職務放棄『あなたとは違うんです』辞任会見


・福田内閣総理大臣記者会見(首相官邸)
 http://www.kantei.go.jp/jp/hukudaspeech/2008/09/01kaiken.html
・福田首相「あなたとは違う」発言 「流行語大賞候補」とネットで注目(J-CASTニュース、上記TouYube動画参照)
 http://www.j-cast.com/2008/09/02026134.html
・二度も連続した政権放り投げは、政党政治の自爆崩壊 <次は麻生かと無責任に書くマスメディアに危機感はあるのか>(JANJAN)
 http://www.news.janjan.jp/government/0809/0809026063/1.php

 福田首相辞任のニュースは、今朝の新聞で初めて知りました。いつも晩は殆どテレビは見ないし、昨晩もブログのコメント返信をするのが精一杯でした。それで、本日9月2日の朝も、天気予報だけ見て、出勤間際に新聞の見出しを見ると、何と「福田首相辞任」の見出しが躍っていたので、驚いたの何の。

 出勤して何人かのバイト仲間に確認した所、辞任表明は昨夜21時半過ぎに、それまでの通常番組から、いきなり首相辞任のニュースに切り替わり、緊急記者会見の様子が流れ出した―との事でした。とりあえず2人のバイトに、首相辞任についてどう思うか聞いた所、麻生首相誕生への期待を仄めかす意見と、麻生も含め「誰がなっても同じ」という意見の、2つの感想を聞きだす事が出来ました。今日の休憩時間に見た限りでは、テレビ番組もほぼ通常編成に戻り、相も変わらず、いつもの無内容なお笑いを垂れ流していました。

 そして、今日仕事が終わり帰宅してから、改めて新聞やネットで首相辞任のニュースを一通り確認しました。それで曰く、要は「自分の思い通りにならない」という事で、安倍内閣の時と全く同様に、政権を放り出した―それだけの事でした。
 ネジレ国会で、一向に自分の思い通りにはならない。民主党や公明党の都合に振り回されるばかりで。その一方で、起死回生のつもりで仕掛けた大連立や民主党分裂工作(新党「改革クラブ」結成)も不発に終わり、サミット・オリンピック後も一向に内閣支持率は回復しない、と。それで、何もかも嫌になって首相を辞めた、と。やれ「客観的に考えた結果」「政治の道筋は付けた、無責任ではない」だの、「民主党に振り回された」だの、言い訳たらたらの言葉だけを後に残して。

 翻って私の方はと言うと、今日の仕事もメチャメチャ忙しかった。その所為か、最近また少し腰がダルくなってきた。でも、カツカツの人数で回しているので、そう簡単には休めない。
 そんな私から見たら、「いつでも自分の都合で嫌になったら放り出せる仕事って、一体何よ」と思ってしまう訳で。そう言うと「首相職を単純労働のバイトなんかと比較するな」という声が飛んで来そうですが、しかし、精神的にしんどい仕事なのは最初から分かっていた事で、それ以上の見返りがあるからこそ、自ら総裁選に立候補して当選したのでしょうが。
 
 それを、今頃になって「嫌になったから辞めたい」って。そんなモン、ちょっと仕事がエライからと言って数日で辞めていくバイトと、一体何処が違うのかw。前首相の安倍と言い、今回の福田と言い、大連立騒動直後に一旦は辞任表明に至った民主党党首の小沢と言い、「偉い人」はいずれも、揃いも揃って定着率が悪い。そんなに誰でも気軽に辞められる、定着率の悪いポストなら、一層の事、日払い派遣ワーカーや期間工に、1年間の有期雇用契約で、首相の求人募集をしてみたら。
 但し、そうは言っても激務には違いない首相職を、「時給800円、保険・交通費無し」の待遇では幾ら何でもアンマリなので、とりあえずは、かつてのテレビ・ドラマ「ハケンの品格」ヒロインと同じ「お時給3000円」で尚且つ「保険・交通費在り」辺りからスタートして、ダメモトで募集を掛けて見ればw。これぞ究極の民営化・リストラ行革w。

 日頃から二言目には「憂国」とか「国家・国民の為に」とかの大言壮語を振りまいている人の、その言葉がどの程度のものかを試す、絶好の機会だと思うのですが。多分、そんな「美味しくない」求人には誰も見向きもしないと思いますが。
コメント (2)   トラックバック (1)
この記事をはてなブックマークに追加