アフガン・イラク・北朝鮮と日本

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派遣会社と産経新聞社で人を殺しますw

2008年06月29日 15時08分38秒 | 秋葉原・森事件関連
 派遣会社と産経新聞社に車でつっこんで、車が使えなくなったらナイフで殺します。みんなさようなら・・・というのは、勿論ウソですw。しかし、下記の「労働者派遣制度に関するJSGUの考え方」とかいう文書を読むと、「こいつ等にはもう、それくらい言ってやらないと分からないのでは?」という気にもなります。

>昨今、労働者派遣制度をめぐり、一面的な見方により諸悪の根源であるかのような議論がされています。派遣の実態について誤った認識の下、そのような議論をされていることは遺憾であり、人材派遣業界の将来が危ぶまれると危機感でいっぱいです。
 http://www.jsgu.org/index.html

>このところ格差社会を論じる際に、間接雇用である派遣がその元凶であるという意見がたびたび出てきます。私たちは、マスコミや一部の労働界、政党から出されている、派遣イコール「ワーキング・プア」、派遣イコール「不本意な働き方」という見方には強く違和感を覚えます。
>組合員の話を聞き、さらに厚生労働省の調査結果をみると、こうした見方が一方的であることが浮かび上がってきます。間接雇用であるがために「不安定である」、「かわいそう」、「ひどい働き方だ」などといわれ、信念・プライドをもって派遣労働者として働く仲間は傷ついています。職業選択の自由の下、間接雇用も直接雇用も同等に「労働」であることの評価がされるべきです。
>たしかに、労働者派遣制度にはいくつかの問題があるものの、①雇用契約2ヶ月以下の登録型派遣の禁止、②日雇派遣の禁止については、JSGUは反対します。
 http://www.jsgu.org/pointofview.html

 まず、JSGU(人材サービスゼネラルユニオン)についてですが、連合系・UIゼンセン同盟傘下の、派遣社員の「労働組合」との事です。流石はUIゼンセン、「お国の為に血を流せ」の産業報国会―民社党・同盟系主流の流れを引き、今も9条改憲実現を堂々と掲げる「労組」だけあります。その「資本の下僕」ぶりは大したもの。但しここ数年は、新自由主義の余りの暴走ぶりを前にして、少し労働者寄りになりつつある様ですが。
 HPによると、当該「労組」は正社員だけでなく派遣ワーカーも組織しているそうですが、それも俄かには信じかねますね。そもそも、派遣ワーカーは大多数が未組織労働者で、凡そ組合とは縁のない所で生きています。但し、そう言えば、以前私が働いていた現場にも、確かに請負会社の正社員だけの労組がありました。JSGU加盟ではありませんが、同じ連合系です。名前だけで殆ど活動していない所謂「イベント組合」で、組合費も会社持ちだと聞いていた。JSGUも、多分そんな口でしょう。大方、ガテン系連帯やフリーター全般労組、地域の合同労組などに対抗して、会社が先回りしてこしらえた「第二組合」と捉えても、当たらずとも遠からじ、といった所かと。

 そして、「厚生労働省の調査結果」云々ともありますが、「後期高齢者医療制度で大多数は負担が軽くなる」なんて大嘘を平気でつく役所の言うことなど、誰がまともに信じますか。この手の調査にしても、常用フリーターも平気で正社員に分類していたり、かなり恣意的なものですから。
 仮に「正社員よりも派遣の方を望む」という意見があったとしても、その大半は「正社員も過労死やパワハラがあって、フリーターに負けず劣らず過酷なので、それならもう今のままで辛抱するか」という諦めの心境でしかない。正社員・フリーター問わず、そういう働かされ方を強いられている事こそが問題であるのに、それを一切問わずに、「正社員かフリーターか」なんて聞く方が野暮というもの。

 それでは聞くが、先日の秋葉原通り魔事件に際しても、下記の様な意見が、当の派遣・請負労働者やワーキングプアの間から、何故かくも多く寄せられるのか。

>やってほしいことを、やってほしい場所でやってくれた!という感じ
>よくやったな、よくぞやってくれた!(中略)あれを悪いといえる人は、きっといい家族がいて満ち足りているんだろうな(中略)人生で何度も解雇されるって派遣しかない
>日陰で生きる人間も「やればやれる」という勇気をくれた事件だと思う
>(事件で亡くなった)被害者はかわいそうだけど、閉塞を脱出しなかったら加藤はずっと被害者のままだった(中略)自分も今の職場でのいじめが続き、親がいなければやりかねない
>ともかく、生き抜け。時代の潮目も変化してきている。命落とすな、自民落とせ!
>「搾取」という名の妖怪が日本社会を歩き回っている。カール・マルクスが『資本論』の中で唱えた言葉が、21世紀になって再びよみがえってきた。秋葉原無差別殺傷事件の一つの引き金になった派遣社員制度である。
>経団連や派遣各社にテロ起こせば日本を救えます:2008/06/23(月) 01:27:19
(以上、週刊「SPA!」7月1日号「自称・アキバ通り魔予備軍たちの告白」、2ch「派遣労働の闇」板より)
 http://spa.fusosha.co.jp/weekly/ent_4447.php
 http://money6.2ch.net/test/read.cgi/eco/1135945297/

 事件加害者の加藤容疑者自身が、日研総業(この会社はとかく悪名高く、ネットで検索すれば幾らでも出てくる)の派遣社員として、トヨタ系列の関東自動車工業(このメーカーも前者と同様)東富士工場で、働き始めてから僅か数ヶ月で、いきなり解雇通知書の紙切れ一枚で雇い止めされて、それが事件の引き金になったのではないですか。当人には後で「雇い止めの延期」が申し渡されたそうですが、それもあくまで数日間かの猶予にしか過ぎなかっただけで。下記の資料を見ると、JSGUの主張とは裏腹に、「不安定で、ひどい、不本意な働き方」そのものではありませんか。

・秋葉原事件の背景には「残酷な派遣労働」があった(You Tube)
 http://jp.youtube.com/watch?v=FFCeapLpPnc
・関東自動車へ申し入れに行きました。(ガテン系連帯)
 http://gatenkei2006.blog81.fc2.com/blog-entry-164.html
・ガテン系連帯、秋葉原事件で関東自動車工業へ申し入れ(ユニオン・チューブ)
 http://video.labornetjp.org/Members/akira/videos/mousiire.wmv/view

 しかも、JSGUは、今あちこちで問題になっている「登録型・日雇派遣の禁止すらも反対である」というに至っては、「こいつら、本当に労働組合か?」という根本的な疑念すら抱かざるを得ません。JSGUの言い分とは裏腹に、「労働者派遣制度は諸悪の根源」です。戦前の「蟹工船」や現代の「原発ジプシー」「日雇い人夫出し」そのものです。私も、過去派遣ワーカーとして、今も請負ワーカーとして、それを毎日実感しています。

 過去に私が派遣ワーカーだった時も、嫌な経験をしました。確か、偽装請負で派遣された先が青果市場で、そこで輸入バナナの選別の仕事をしていた時です。私たちに作業指示を下すべき請負会社の人間(社員かバイトかは不明)が、ロクスッポ指示もせず私たち派遣ワーカーを放置しておきながら、仕方なく壁にもたれていたら、そいつは我々に向かって「立っとらんかい!」と怒鳴りやがった。
 その挙句に、二週間で解雇です。それも当日いきなり送迎のバンが来なくなり、派遣会社に電話したら最初は「燻蒸作業があるので今日は臨時休業になった」とウソを付かれ、二日目には「我々としても困っているんです、貴方の方で別に職を探すというのであれば、それも致し方ないですね」と、まるで自分たちが被害者であるかの様な口ぶりで言われた時には、もう開いた口が塞がらなかった。

 そして、今の職場では請負ワーカーとして、日払い派遣ワーカーに作業指示を出しています。私も派遣ワーカーだった時期があるだけに、出来るだけ「おい、そこの派遣の君」ではなく名前で呼ぶようにしていますが、そう毎日入れ替わり立ち替わりで来られると、顔と名前を覚えるだけでも大変です。
 仕事も、単に「ここにある商品を分ける」「このカゴ車をあそこに持っていく」とかだけでなく、どんな作業にもそれぞれに意味や前後工程との関連がある訳ですが、そんな事を現場で、いきなり来られて今日一日だけ仕事して帰る人に、自分も同じ様に仕事に追われる中で、きちんと説明など出来る筈が無く。それでもミスや怪我はさせられないので、構内施設や作業の名称すら知らない人を相手に、「これはこうするんや!」という形で、最低限の説明だけして、何とか仕事を回しています。しかし、こんな扱われ方では、する方もされる方も、堪ったものではないでしょうね。職場が次第にギスギスしてくるのが、手に取る様に分かります。そんな中で、また森みたいな事をされたら、今度こそ私も何するか分かりません。

 そんな働き方(働かされ方)を強いられて、一体どこが「信念・プライドをもって」働けるというのですか。「派遣・請負という働き方を望む人もいる」のも、大多数の人は、過酷な境遇は正社員も似たり寄ったりだったり、低賃金でそれだけでは食べていけないから、仕方なく派遣・請負労働に甘んじているだけの話なのです。確かに、えり好みさえしなければ、正社員の口も、在るには在ります。しかし、それらはいずれも大半が、悪徳商法の詐欺営業か、フリーター以上に使い捨てかの、碌でもない求人ばかりなのです。
 その辺の事情は、米国のワーキングプアが、食い詰めてイラク派兵に「志願」せざるを得ないのとも、非常によく似ています。しかし、そんな状況でも「需要がある」の一語で以って正当化されるのであれば、闇金や麻薬取引ですら、大手を振ってまかり通ってしまいます。「人の足元を見透かして、いい加減な事を言うな」と言いたい。

 勿論、グッドウィルなどの個々の悪徳派遣会社を、「臭いものに蓋、トカゲのしっぽ切り」宜しく、廃業に追い込むだけで、それで事足れりとする国の姿勢は、徹底的に糾弾されなければなりません。住専・銀行・ゼネコンにではなく、グッドウィル廃業で失業した日払いワーカーの救済にこそ、公的資金が投入されるべきです。
 但し、先のJSGUの幹部連中の様な労働貴族については、「自業自得」という他ないですね。今頃になってやっと「グッドウィルに騙された」とか騒いでいる様ですが、何をか況やです。それまで会社と一緒になって、派遣ワーカー賃金ピンハネのお零れに預かってきたくせに、被害者面すんなと言いたい。まあ、それでも同じ労働者である以上は、助けてやらない事もないですが、それも、それまで自分たちが言ってきた事・してきた事について、きちんと自己批判して初めて言える事です。

 また、この問題は、単に「正社員・直雇用か、派遣・請負か」の単純な二者択一でもありません。交通量調査の様な、本当に臨時・自己完結・単一労働の「やっつけ仕事」については、派遣でも一向に構わないのですから。或いは、トヨタの期間工の様に、直接雇用であっても非人間的な労働もある。問題はそんな所にあるのではなく、直接雇用であれ間接雇用であれ、「人間扱いされているか、モノの様に扱われていないか」という事が問われているのです。そうして見た場合、日々の昼食にも事欠いて、カップラーメンや無食で凌がなければならない様な、今の派遣・請負労働については、お世辞にも「人間的」であるとは、到底言えません。

 この秋葉原通り魔事件については、下記のブログでも紹介されている様に、昨今の格差社会が微妙に影を落としています。勿論、その中でも加藤容疑者の様にならずに、頑張っているワーキングプアの人も大勢居ます。彼のやった事は到底許される事ではありません。第二・第三の彼を生まない為にも、「何故、彼にはそれが出来なかったのか」という彼個人の弱さ・甘さや、彼のみならず私自身自身の中にも潜む「弱者の暴力性・差別性」「無差別テロへの衝動」についても、批判的立場からきちんと見ていかなければ、事件の全体像は掴んだことにはなりません。
 その中にあって、最後に紹介した産経新聞の記事だけは、相変わらず事件を容疑者個人の特異性だけの問題に貶めて(つまり光市母子殺害事件と同様の手口で)、ナイフ所持規制の是非といった方向に世論を誘導しようと、躍起となっているのが、もう見え見えで。いくらナイフ所持を規制しても、犯罪の土壌となる社会的閉塞感・不公平感や、現実の経済格差が解消される方向に向かわない限り、犯罪は減りません。そんな報道ばかりしていると、いつか最後には産経新聞も、「この御用新聞が!」という事で、「第二・第三の加藤」の標的にされてしまうでしょう。明治時代の日比谷焼き打ち事件や、大正時代の米騒動の時の様に。

・久々にマスコミに感謝!(秋葉原通り魔事件関連記事)(ワンダバステーション・日記帳)
 http://blogs.yahoo.co.jp/wandaba_station/55549185.html
・NHKスペシャル「追跡・秋葉原通り魔事件」 - 本田由紀の正論解説(世に倦む日日)
 http://critic5.exblog.jp/8848401/
・秋葉原無差別殺傷 25歳どう見る 「共感できない」(産経新聞)
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080612-00000087-san-soci&kz=soci 
 
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身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ

2008年06月25日 20時52分37秒 | 反ハシズム・弱い者虐め
 先日、知人から頼まれて、仕事帰りに「明るい民主府政をつくる会」のビラを近所に撒いてきました。そのビラというのは、橋下・大阪府政の財政再建案「大阪維新プログラム」を批判したものです。

 ビラは両面刷りで、表には、「維新プログラム」の内容が、「(国や大企業などの)うるさいところは素通りして、ものを言いやすいところに負担増を求め」る印象を与えるものである(片山・前鳥取県知事の感想)事を、私学授業料助成削減や医療費助成削減、府立高校教務事務補助員の雇い止めなどの具体例を挙げて、説明しています。そして裏面には、府の財政赤字が、それまでの歴代オール与党時代の乱開発や乱脈同和予算、国の交付金削減によって生まれた事を指摘し、そのツケを府民に擦り付けるのではなく、暮らし支援策で府民の懐を暖めてこそ始めて、大阪経済の活性化や財政再建も軌道に乗ると、主張しています。

・明るい民主府政をつくる会のビラが発行されました。(共産党大阪府委員会)
 ※当該ビラのダウンロードのページに飛ぶ事が出来ます。
 http://www.jcp-osaka.jp/2008/06/post_472.html

 私も、基本的にはこのビラの内容と同じ意見です。そもそも、大阪府が5兆円もの借金を抱え込む事になったのは、関空2期工事(1140億円)やりんくうタウン(1789億円)、安威川ダム(390億円)、国際文化公園都市(彩都)建設(312億円)、箕面森町開発(160億円)などのゼネコン事業に入れ込みすぎたからではないですか。それで、関西財界だけ潤わせる一方で、「府民総懺悔」に話を摩り替えて、私学授業料助成の削減(年間6~7万円の値上げ)やら府立高校非常勤事務員の雇い止め(350名解雇)やらで、府民に責任転嫁するとは、やる事が余りにもせこ過ぎます。
 数日前の府職員労組との徹夜団交でも、「私たちの首より(御堂筋ライトアップなどの)イルミネーションの方が大事なのか」という声が、職員から飛び出しましたが、あの知事にとっては、労働者や府民の生活権・生存権よりも、自身の人気取りの方が大事なのでしょう。

・橋下大阪府知事:財政再建目指す大阪維新プログラム案発表(毎日新聞)
 http://mainichi.jp/select/wadai/news/20080606k0000m010001000c.html
・橋下知事が「大阪維新プログラム案」発表(産経新聞)
 http://sankei.jp.msn.com/politics/local/080605/lcl0806051657005-n1.htm
 http://sankei.jp.msn.com/politics/local/080605/lcl0806051657005-n2.htm
・『大阪維新』プログラム(案)(大阪府庁HP)
 http://www.pref.osaka.jp/kikaku/ishin/ishin_index.html
・橋下知事、労組と徹夜バトル 怒号も 人件費削減案巡り(朝日新聞)
 http://www.asahi.com/special/08002/OSK200806210069.html
・橋下知事へ「府職員も大阪府民やで!人件費カットで誰が笑えるねん!ほんまに大阪がよくなること考えて行動してや!」(JANJAN)
 http://www.news.janjan.jp/area/0806/0806038608/1.php

 しかし、それにも関わらず、橋下知事の人気はすごいのも、また事実です。この前の府知事選以降、橋下府政についてどう思うか、何人かの方と話したりしているのですが、とにかく「捨て身である」とか「何かやってくれるだろう」というイメージで、知事を支持したり好感を抱く人が、結構居るのです。私に言わせれば、やろうとしている事の中身を深く考えもせずに、マスコミに煽られるがままに、「捨て身で何かやってくれさえすれば何でも好し」というのであれば、もうワイマール時代のヒットラーと全く同じじゃないかと思うのですが。小泉再登板待望論が依然として根強い事とも関わりますが、これだけ格差社会で痛めつけられても、まだ身に沁みて分からない人が、まだまだ居るのか、と。 

・橋下知事の支持率82% 過去最高に-産経新聞社ネットアンケート(産経新聞)
 http://sankei.jp.msn.com/politics/local/080612/lcl0806122236007-n1.htm

 ただ、これは府職員労組の方にも、私は問題があると思います。何故、少なくない大阪府民が、橋下知事の方により親近感を持ち、労組には思いの外冷淡なのか。それは、単に府の幹部公務員・高級官僚だけでなく、労組員も含めた府職員全体が、大なり小なり公務員としての特権のお零れに預かってきたのを、府民が鋭く感じ取っているからではないでしょうか。
 実際、過去に私が生協労組の分会長として、労働学校開講やら春闘決起集会やらで、近隣の公務員労組との取り組みを進めた時にも、こんな事がありましたから。何かのイベントで、開始時間を17時半にするか18時半にするかで、意見が分かれた事がありました。私たち生協労組の方は、「17時半なんて早い時間では誰も参加できない」と言ったのに対して、公務員労組の方は「18時半ではみんな帰ってしまって誰も来ない」という返事でした。
 確かに、1日8時間労働の基準からすれば、「17時半なんて早い時間では」云々という事自体が、本来はおかしな話なのです。しかし、私たちからすれば、18時半の参加すら大変なのですから、「労組員が自分たちの権利を守る為のイベントに参加する時ぐらい、たかが18時半ぐらいまで何故待てないのか」「それまでの1時間ぐらい、どこか喫茶店で時間を潰すなりすれば、済む話じゃないか」「少しは私たちの事も考えてくれよ」と、愚痴の一つも言いたくなったのを、覚えています。

 天下りなどの甘い汁を吸うのは、高級官僚などの非労組員です。それに対して、非常勤職員などは最低賃金ぎりぎりの時給で、「官製ワーキングプア」とも言うべき状況が広がっています。実際、過去に某市役所の非常勤職員の求人に応募してみて、月収10万円前後の低待遇ぶりに唖然とした事がありました。某ウヨク・エンタメ雑誌が盛んに喧伝している「給食のおばさんや市営バス運転手の年収が1千万」云々という話も、そういう「官製ワーキングプア」の状況には頬かむりし、それとは対極の一部事例を針小棒大に取り上げただけの、意図的な世論操作である事も知っています。
 しかし、職員労組の方も、非常勤職員の「官製ワーキングプア」の状況に対して、「あれは上の幹部たちが決めた人事政策で、自分たちには口出しできない事だ」「とりあえずは自分たち労組員の地位は安泰なのだから、それで良しとしよう」と、口出し出来ない事を格好の口実にして、民間大企業の企業内労組と同じ様に、そういう問題から長い間、目を背けてきたのではないでしょうか。そうでなければ、お膝元の職場で、これだけ非正規雇用が蔓延る筈がありません。
 それを今頃になって、何が「非正規職員との連帯」か、そういう事を言っている職員も口先だけで、やがて昇進して非労組員になれば、掌を返すように天下りや官官接待に現を抜かす様になるんじゃないか。―橋下知事や石原都知事、小泉元首相への「根強い期待感」も、ひょっとしたら、そういう気分の現れじゃないでしょうか。

 この事を次の事例に準えてみれば、よく分かります。「水俣病を引き起こしたのはチッソ資本であって、チッソの労働者ではない」「自民党政権は北朝鮮・拉致問題を政権浮揚策に利用している」―なるほど、言っている事は確かにその通りです。しかし、そういう主張も、チッソの労働者や左派・リベラル系の人々が、水俣病患者や北朝鮮・拉致の問題を、自分の身に引いて捉えられる事が出来て、初めて説得力を持ち得るのです。そうでなければ、赤木智弘が「丸山眞男をひっぱたきたい。希望は戦争」で書いた様に、「公務員や正社員も、官僚や経営者と同様に、非正規労働者の敵」でしかありません。
 尚、此処で言う「自分の身に引く」とは、何も相手のイデオロギーに同化してしまう事ではありません。たとえ拠って立つ立場や具体的な方法論は違っても、最低限、被害者の思いや苦悩に思いをはせ、それを自分自身の解放の課題と重ね合わせる事が出来るか、という事です。ソウル・フラワー・ユニオンが9条世界会議で「バグダッドやオキナワ、チベットやノース・コリアからも、民衆は自由を目指す」と歌ったのと、同じ立場で。

 だからこそ、大阪府の職員労組には、敢えて次の事を求めたいと思います。相対的にはまだマシな正規職員の待遇引き上げは一旦脇においても(これは別に放棄しろという意味ではありません)、何はさて置いても、一番酷い状況に置かれている「官製ワーキングプア」の雇い止め阻止に全力を注ぐ。そうしてこそ初めて、非正規労働者やワーキングプアとの連帯が、言葉だけでなく現実のものとなって、橋下府政の暴走に待ったをかける事が出来るのではないでしょうか。「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」ということわざもあるが如く。
 これは、何も主流派の連合系労組だけに限って、言っているのではありません。職場で冷や飯を託ってきた非主流の全労連・全労協系労組にも言えることです。非正規雇用の低待遇を許してきた責任は、どちらにもあるのですから。勿論、今までオール与党と結託して一緒に甘い汁を吸ってきた前者の方に、より重い責任がある事は、言うまでもありませんが。

 そうしてこそ初めて、橋下「大阪維新プログラム」の本質が、所詮は「勝ち組の勝手し放題のツケを負け組に押し付ける」ものでしかない事が、余すことなく暴き出されるのです。年収数千万円も得ながら、「サラ金顧問弁護士時代の年収3億円よりは少ない」とうそぶき、年収100万円余の非正規職員に財政赤字の責任を擦り付けて恥じない事の異常さを、分かりやすい形で示す事が出来るのです。

 そして、米軍の思いやり予算や厚木機能の岩国移転に対して、「国策には逆らうな」との給う橋下知事の態度こそが、日本の財政赤字の真の原因の一つを隠蔽するものでしかない事も。また、光市母子殺害事件についても、徒に被告個人や弁護団をバッシングする事にのみ終始し、その背景となった「家庭内暴力・虐待の親から子への連鎖」が、格差・競争社会によって生み出されたものである(つまり秋葉原通り魔殺人事件にも通ずるものである)事に、全く思い至らない単眼ぶりについても。更に、知事の進める道州制導入への地ならしや学区制撤廃・エリート進学校育成などの、目先の数字・効率のみ追求する姿勢が、最終的には地方自治を根底から破壊し、州都とその周辺以外を全てスラムやシャッター街や限界集落に変え、学校現場の荒廃を更に押し広げるものでしかない事も。それらの事例を通して初めて、「橋下府政そのものが最大のムダ」である事を、分かりやすく示す事が出来るのです。
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西成暴動に加勢した若者をどう見るか

2008年06月19日 18時58分44秒 | 秋葉原・森事件関連
 秋葉原通り魔事件・東北地方の地震・サミット財務大臣会議などに世間の耳目が集まっていたのと、ほぼ同じ時期に、大阪・西成の「あいりん地区」では暴動が発生していました。しかし、こちらの暴動のニュースについては、どのメディアからも殆ど注目される事がなかったので、私もつい最近まで、そこで暴動が起こっていた事は知りませんでした。

 暴動に至る経過は、凡そ次の様なものです。
 6月12日、近くの商店街でお好み焼きを注文したあいりん地区の労働者が、お好み焼き屋の店員からツッケンドンな対応をされ、それに怒って苦情を言うと、今度は警察に通報される。労働者はそのままパトカーで警察に連行され、西成署内で4人の刑事から代わる代わる暴行を受ける。何でも「顔を殴られ、紐で首を絞められ足蹴にされ、気が遠くなるとスプレーをかがされ、(中略)両足持たれて逆さ吊りにされ」た(釜パトブログ)との事。それで怒った労働者たち約300名が、13日夕方から続々と西成署前に集まり、数日間に渡って警官・機動隊と衝突した、というものでした。詳しい状況については、下記関連記事を参照して下さい。

・大阪・西成署前、300人騒動 「警察の暴行に抗議」(朝日新聞)
 http://www.asahi.com/national/update/0614/OSK200806130096.html
・悪夢再び? 200人が騒動 あいりん地区 空き瓶や自転車投げる(産経新聞)
 http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080613/crm0806132318046-n1.htm
・大阪・西成で3日連続で騒動-警察署への抗議から発展(JANJAN)
 http://www.news.janjan.jp/area/0806/0806159727/1.php
・釜ヶ崎・西成警察の暴行と労働者の抗議に沈黙するメディア(レイバー・ネット)
 http://www.labornetjp.org/news/2008/1213766140260staff01
・近況13>生田武志のLASTDATE
 http://www1.odn.ne.jp/~cex38710/thesedays13.htm
・釜ヶ崎の暴動(釜パトブログ)
 http://kamapat.seesaa.net/article/100589547.html

 まず、大阪をよくご存じない方の為に、「あいりん地区」について簡単に説明しておきます。同地区は、東京・山谷と並ぶ、西日本で最大の寄せ場です。大阪市西成区内の、JR・南海新今宮駅の南側に広がるドヤ街を指し(ドヤとは簡易宿泊所の事)、「釜ヶ崎」の旧称でも知られてきました。そこは、同区の萩之茶屋1・2丁目を中心とした狭い地域で、約3万人の人々が住んでおり、その多くが野宿生活者や日雇い労働者です。

・釜ヶ崎(あいりん地区)の現況など(釜ヶ崎のまち再生フォーラムの資料より)
 http://www.kamagasaki-forum.com/ja/vision/kamagasaki.html

 あいりん地区では、過去に何度も暴動が起こっています。
 まず、1961年8月に起こった最初の暴動ですが、この時は、交通事故で車にはねられた労働者を、警察が勝手に即死と断定し、路上に放置し続けたとして、それに怒った群集が2千人以上も集まり、警察・機動隊と衝突しました。それ以降、60年代から70年代初頭にかけては、毎年夏になると年中行事の様に暴動が繰り返されていました。当時は高度経済成長の末期で、あいりん地区にも万博景気で多くの労働者が流れ込んできた時代でした。
 それ以降は、暴動はずっと沈静化していましたが、1990年に再び火を噴きます。それが第22次西成暴動で、警察が暴力団から賄賂をもらっていたという新聞報道を機に、日頃から警察の横柄な態度や暴力団によるピンハネに憤りを抱いていた群衆が、5日間に渡り警察と衝突し、近くの阪堺線南霞町駅が放火されたりしました。しかも、あいりん地区の労働者たちだけでなく、近隣の暴走族の少年も加わり、それが更に騒動に輪をかけたというのも、それまでの暴動にはない動きでした。

 しかし、その後は1992年の第23次暴動を最後に、あいりん地区では久しく暴動など起こっていなかったのです。それは、労働者の高齢化と長年の不況の影響で、労働者には、もはや暴動を起こすだけの元気すら残っていないのではないかと、思われていました。
 ところが、そこに今回の第24次暴動が起こりました。確かに、過去のケースと比べれば、割と規模の小さな暴動です。しかし、地区内の労働者だけでなく、周辺地域に住む若者も、その一部が暴動に加わっていたとの報道もあります。但し、ただそれだけなら、先の第22次暴動の時の暴走族の様に、「若者はあくまでも面白半分に便乗しただけ」とも、言えなくはありません。でも、どうやらそうでもない様なのです。「(19歳の)同じ年ぐらいの子とかもすごいいっぱい来てて、マスコミからはすごく悪く言われてるけど、そんなんじゃ全然ない」「これは自分の問題だと思った」などのコメントが、実際の参加者の口からついて出ているのです(以上、近況13>生田武志のLASTDATEより)。

 これは何を意味するのか。最近の「蟹工船」ブームに見られる如く、ワーキングプアの若者が、野宿者問題についても、「単にホームレスの問題としてだけではなく、自分たちの問題として」捉え始めている、一つの萌芽的な兆しではないのか。
 勿論、そういう見方に対しては、当の野宿者問題支援者の間にも様々な意見がある事も事実です。「普段は野宿者狩りやオヤジ狩りに手を染めていた若者の不満が、たまたま今回は警察の方に向かっただけだ」という手厳しい見方をする人も居ます。しかし、実際はどうなのだろうか。ひょっとしたら、森や加藤の様な「弱者の暴発」に終わっていた若者たちの不満が、次第に「自分たちの真の敵」にその照準を向けつつあるのではないか。そうは考えられないでしょうか。

 また、この様な私の物の見方に対しても、「暴動を美化するのか」と訝しがる向きもあるでしょう。正直に言いますと、私も長い間、あいりん地区の労働者に対しては、「暴徒」に近い印象を持っていましたし、その支援者に対しても、「新左翼系の良からぬ扇動者」という印象を持っていました。しかし、ここ数年間のサイト・ブログ活動を経る中で、私のその認識も徐々に変化してきました。

 念のために先に言っていくと、私は、暴力やコンビニの商品略奪については、昔も今も肯定していません。況してや、かつての中核・革マルなどによる内ゲバ・暴力行為に至っては、もう論外です。それは今も変わりません。しかし、それを言うのであれば、西成警察による労働者に対する日常的な暴力に対しても、同様に非難されて然るべきです。しかし、警察の暴力に対しては全然批判がされずに、マスコミもそれに事実上目を瞑っている現状を抜きにして、あいりん地区の労働者のみを批判するのは、余りにも片手落ちです。
 「弱者の暴発、暴走」についても、許せないのは当然です。当の私自身にしてからが、森に対しては、今も言い知れぬ憎しみを抱いています。しかし、それと同時に、「暴発、暴走」を憎み非難するだけでなく、それを単なる「暴発、暴走」や「下見て暮らせ傘の下」的発想から、「ワーキングプア、労働者階級、被抑圧人民同士の連帯」の視点に引き上げていく為には、自分はどうすれば良いかという事も、考えていかなければならないという気持ちも、同時に持っています。それは、「誰かの為に」ではなく、「自分自身の為にも」です。

※記事写真はあいりん地区内の様子。中央に監視カメラが写っている。(6月22日、西成警察周辺にて)
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弱者の暴発ではなく自民党政治の廃絶を

2008年06月14日 00時30分45秒 | 秋葉原・森事件関連
 秋葉原通り魔殺人事件で揺れた6月8日の日曜日は、また沖縄県議選の投票日でもありました。この選挙は、この春に行われた衆院山口2区補選と並んで、後期高齢者医療制度を始めとする、福田内閣・自公与党の悪政に対する審判の場となりました。そして、やはりこの選挙でも、先の山口補選と同様に、与党に厳しい評価が下される事となりました。
 本来ならば、私のブログでは、このニュースの方こそ、真っ先に取り上げなければならない筈でしたが、ついつい秋葉原の事件に目が行ってしまい、こちらのニュースについて取り上げるのが、遅くなってしまいました。

 沖縄県は、今まではどちらかと言えば、選挙で争点になるのは基地問題が中心でした。それも、「基地問題か、しからずば地域振興か」の二者択一の形で争われる事が多く、「前者が争点になれば革新(野党)有利、後者が争点の時は保守(与党)有利」とも言われてきました。しかし、今回は様相が一変しました。全国で問題になっている後期高齢者医療制度の問題が、沖縄でも重要な争点に浮上してきたのです。取り分け沖縄では、全人口に占める高齢者の割合も高く、お年寄りが大事にされる土地柄もあって、与党は防戦一方に回る事を余儀なくされました。それに加えて、それまでの米兵による女子中学生暴行事件や、普天間基地の移設問題も、引き続き重要な争点になりました。

 県議選の結果は、自民党現職の相次ぐ落選となりました。連立与党の公明党がしぶとく現議席を維持したものの、自公与党全体では過半数を割り込む結果となりました。それと対照的だったのが野党各党です。民主党は4議席増の躍進、共産党も元職返り咲きなどで2議席増、社民党も1議席増で同党系無所属を併せれば野党第一党に躍り出るという結果になりました。残念ながら土着革新政党の沖縄社会大衆党は他の野党躍進のあおりを受けて議席減となりましたが、総体としては野党が県議会の過半数を占め、自公与党を更に窮地に追い込む事になりました。

 その流れを受けて、参院で福田内閣問責決議案が可決される事態となりました。この問責決議案そのものは、今や内閣支持率が2割台にまで落ち込んだ福田内閣に事実上の不信任を突きつけるという、至極当然の内容です。但し、民主党がそれまでの自民党との協調路線(宇宙軍拡・少年法改悪容認など)を誤魔化す為に、やにわに出してきたという側面もあったので、その事で自民党に居直る口実を与えてしまい、折角の問責も若干効果が薄められてしまいましたが。

 しかし、たとえそうであったとしても、問責決議案の中身自体は、至極当然の内容です。その提出のタイミング・出し方については色々異論があるとしても。少なくとも、参院の問責決議案に対抗して与党が多数を頼んで衆院で可決した、信任の具体的理由を何ら挙げる事が出来ずに、ただ「一生懸命頑張っているから信任に値する」というだけの、空虚な福田内閣信任決議とは、雲泥の差です。国民の2割しか支持する人がいないのに、何が信任かw。

 後期高齢者医療制度の問題点につては、このブログでも今まで取り上げてきましたが、もうトンでもない内容です。つい先日も、大阪でも保険医協会が同制度の中止・撤回を求めるビラを配っていました(上記写真参照)。そこには後期高齢者医療制度の説明が、以下の様に大阪弁で分かりやすく載っていました。―75歳過ぎたら・・・(1) なるべく医者に行かんように、(2) 慢性疾患は定額医療で、(3) なるべく入院しないように、(4) 入院したら末期ガンでも退院して、(5) 薬は少なく、絶対重ならないように、(6) 死ぬときは病院ではなく「在宅」で(病院以外でという意味)、(7) 生きているうちに死に方を考えといて!(死ぬ前の医療=終末期医療)・・・もう完全な「厄介払い」ですね。

 更に酷いのは、これは決して「後期高齢者」だけに留まる話ではない、という事です。今回は「後期高齢者」が医療費抑制の槍玉に挙げられていますが、その次は生活習慣病患者(つまり大多数の国民)が槍玉に挙げられるのが、目に見えています。【国民の健康の為ではなく、あくまで医療費抑制の為に】、禁煙(健康増進法、タスポ)やらメタボ抑制(特定健診)が盛んに言われているのが、その何よりの証拠です。本当に健康を考えての事ならば、タバコや酒で憂さを晴らさなくても済む様な働き方(ディーセント・ワーク)を、国が率先垂範すべきですが、現状は全く逆なのですから。何でも「自己責任」だけで済むのなら、政治家は不要です。

 自公与党が郵政民営化のペテンで掠め取った虚構の多数にしがみつくのも、いい加減にしろ。一刻も早く衆院を解散して、民意とのネジレを解消しろ。姥捨て山・差別・棄民政策の後期高齢者医療制度なぞ、一刻も早く撤回しろ。これが今の民意です。民主党がそれに沿う限り、国民は民主党を支持します。しかし、若し自民党と馴れ合って公然と裏切る様な事になれば、その時は民主党にも、かつての村山社会党と同じ目に遭わせてやるだけです。

 そういう重要なニュースがあった日なのに、当日はアキバ事件報道で完全に埋もれてしまいました。政府にとっては、「困った時の北朝鮮」ならぬ「―通り魔殺人」という形となって、今回は偶々一時的に命拾いする事となりましたが、そうそういつまでも同じ手が使えるとは限りません。「後期自民党政治制度の残存能力」は、日増しに衰退の度を辿っている事は確かです。今こそ、弱者の暴発ではなく自民党政治の廃絶を。

(参考資料)

・野党逆転26議席 自民4減、民主全員当選(琉球新報)
 http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-132949-storytopic-3.html
・野党が逆転 26議席/自民惨敗、民・共躍進(沖縄タイムス)
 http://www.okinawatimes.co.jp/day/200806091300_01.html
・沖縄県議選 選挙開票結果>各党議席(NHK沖縄)
 http://www.nhk.or.jp/okinawa2/senkyo/
・首相問責決議 参院が示した重い判断(北海道新聞・社説)
 http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/98385.html
・大詰め国会/胸に響いてこない「問責」(神戸新聞・社説)
 http://www.kobe-np.co.jp/shasetsu/0001114184.shtml
・内閣総理大臣福田康夫君問責決議(参議院HP)
 その下の衆院の信任決議とは違い、問責理由が具体的に述べられています。
 http://www.sangiin.go.jp/japanese/frameset/fset_c04_02.htm
・福田内閣信任決議案(衆議院HP)
 http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/ketsugian/g16913003.htm?OpenDocument
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万人の万人に対する闘争

2008年06月10日 20時05分27秒 | 秋葉原・森事件関連
 6月8日の日曜日白昼に起こった東京・秋葉原の通り魔連続殺人事件ですが、以前の私なら、一応政治系と目される自分のブログで、こんな刑事事件をわざわざ話題に取り上げる事はありませんでした。しかし、例の森との一件があってからというもの、今回の事件についても、とても他人事だとは思えないのです。いつまた同じ様な目に遭うかもしれないかと思うと、まったくやりきれない気持ちになります。

 今までのニュース報道に因ると、通り魔事件の加害者は25歳の男性派遣社員だとの事です。彼は青森市の出身で、高校は県下有数の公立進学校を卒業しながら、派遣社員として自動車メーカーの現場を今まで渡り歩いてきました。
 何故大学に進学しなかったのか。青森県と言えば、大学は確か国公立と私立がそれぞれ数校あるだけで、有効求人倍率も全国最低ランクでしょう。公務員などに縁故採用のコネでもあればまた別ですが、そうでない限り、進学するにしろ就職するにしろ、マトモな所に就こうとすれば、地元から出るしかない。或いは、この頃に両親が別居しているので、ひょっとしたら、家庭崩壊やそれに伴う経済的な理由で、進学を諦めざるを得なかったのかもしれません。

 そうして彼は、派遣社員として幾つかの現場を渡り歩いた後、静岡県裾野市の自動車メーカーの工場で働く事になりました。「おとなしい、礼儀正しい人」と言うのが、彼の表向きの人物像ですが、知人・同僚の話によると「一旦キレたら手がつけられない」という一面もあったとの事です。実際、事件発生数日前にも、出勤時に自分の作業着が見当たらなかった事で、「自分は会社からは疎んじられている」と勝手に思い込んで、それが通り魔殺人を引き起こす直接のキッカケとなりました。その背景には、当該自動車メーカーで進められていた人員削減も、微妙に影を落としていました。

 また彼は、高校は公立進学校に合格したものの、周囲は秀才揃いで授業にも付いて行けず、今までとは一転して「負け組」の悲哀を味わう事となり、次第に「ブスでグズでノロマで異性にもてない人間」と自分を卑下し、ネットにのめり込む様になっていきました。事件当日も携帯サイトに頻繁に、犯行予告や自分の心境を書き込んでいました。

 彼は、小泉構造改革や新自由主義、自民党政治の犠牲者である事は、もうハッキリしています。青森という出稼ぎ常襲地帯で、受験競争にせきたてられて、つかの間の「勝ち組」気分を味わえたものの、やがて両親の離婚などを契機に、それまでバカにしていた「負け組」に、今度は自分自身が転落していくのを、嫌というほど味あわされる様になる。
 しかし彼は、受験競争という枠組みに飼いならされてきたが故に、その枠組みそのものを廃絶する(つまり社会変革)という思考には最後まで至らず、逆に「差別されているが故に、逆に差別する側に回ろうとする」アンクル・トムの心理に囚われ続けた挙句に、レンタカーで借りた2トントラックを凶器に、歩行者という弱者に襲い掛かっていったのです。何のことは無い、森と全く同じじゃないか。

 作家の雨宮処凛が、自著の「生きさせろ!難民化する若者たち」の中で、「何故ワーキングプアの若者が立ち上がらないか、という声をよく耳にするが、既にニートや引きこもりという形で、立ち上がっている」という趣旨の事を書いていました。私は、これは半分は当たっているが、半分は間違っていると思います。
 こういう形での「決起」は、確かに社会変革に至る一つのキッカケになる可能性があります。実際、ワーキングプアの若者の間では、在りし日のプロレタリア小説「蟹工船」が一大ブームになったり、日払い派遣の実態を告発した共産党の国会質問が話題を呼んだりしていますから。しかし、こういう形での「決起」のままでは、絶対に社会変革や革命になぞには至りません。何故ならば、アンクル・トムの思考に囚われている限り、いつまで経っても「椅子取りゲームの中での椅子の奪い合い」にしかならず、「椅子取りゲームそのものを止めさせて、椅子を増やす」という形にはならないからです。
 その「決起」の行き着く先は、結局は「万人の万人に対する闘争」でしかありません。その怒りの矛先が向けられるのは、支配階級ではなく、自分が今まで卑下していた別の弱者でしかありません。「下見て暮らせ傘の下」の思考が、そこでは極限まで貫徹される事になります。

 それを見た支配者は、更に嵩にかかって、「これぞ戦後民主主義の個人エゴの現れだ、今こそ親・家族・社会・国家への崇敬の念が必要だ」とばかりに、ナイフ所持規制(町村官房長官)や「会社でも社歌と君が代を歌え」(御手洗・経団連会長)という様な事を、今まで以上に言ってくるでしょう。そして、政権与党や大政党に圧倒的に有利な小選挙区制や、企業献金や有料テレビCMは野放しの一方でビラ配布一つにも難癖をつけて来る公選法の規定や、政府与党によるマスコミ操作・「命令放送」・ネット規制などによって、当座はしのげるでしょう。しかし、それでいつまでも持つと思えば、大間違いです。

 今の社会体制に対するワーキングプアの潜在的な怒りが、どれだけ凄まじいものか。政府・自民党・財界には、それが全然分かっていません。ホンの一例を挙げれば、日払い派遣労働者の大半が、昼食抜きか、せいぜいカップヌードルとおにぎりだけのお弁当で、毎日毎日働いている事を、どれだけ知っているか。それも、一昔前までのフリーターに時々見られた「将来の夢実現の為に、今は我慢」というのとは、全く違う。夢も希望も打ち砕かれた挙句に、死ぬまでこういう状況が続くのだが、それがどれほど惨めな事かを、政府・自民党・財界の面々は殆ど理解していないのではないでしょうか。
 これは別に、北朝鮮の話でもなければ、アフリカの最貧国の話でもありません。れっきとした日本の現実です。戦前日本でも欠食児童が少なくありませんでしたが、家族・社会の絆(民間のセーフティネット)が崩壊している分、ある意味では戦前よりも酷いとも言えるのではないでしょうか。カップ麺を買わされる度に、或いはメタボ健診の知らせを聞かされる度に、「お前が店内で立ち入る事が許されるのは、カップ麺とおにぎりのコーナーだけだ、それ以外は立入禁止」と言わんばかりの、自分と社会とを分け隔てている目には見えない分断線の存在を、彼らは理屈抜きに身体で感じ取っているのです。

 そんな状況を放置したままで、何が「君が代」か「美しい国」か。笑わせるな。偉そうに愛国心の説教を垂れるより前に、誰でも普通に働いたらまともに食っていける様にするのが、筋だろう。
 このままでは、日本は、遅かれ早かれ、職場・地域全体が映画「ボウリング・フォー・コロンバイン」の様になるでしょう。「資本主義は弱肉強食」と、いい気になって社会変革への希望を圧殺していると、最後に来るのは、もう取り返しのつかない「亡国」状況です。それが嫌なら、もう「革命」しか無い。

(参考記事)
・携帯サイトで犯行予告 秋葉原無差別殺傷7人死亡(朝日新聞)
 http://www.asahi.com/national/update/0608/TKY200806080127.html
・秋葉原通り魔:「みんな殺したい」ネット論争で激怒(毎日新聞)
 http://mainichi.jp/select/jiken/akihabara/news/20080610k0000e040072000c.html
・「会社に居場所なくなった」加藤容疑者が供述(読売新聞)
 http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080610-OYT1T00066.htm

(関連エントリー)
・似非弱者による差別暴力を許さない
 http://blog.goo.ne.jp/afghan_iraq_nk/e/f8083536c36a7e3cb8230124f4fbdb24
・資本主義は弱肉強食 希望は亡国
 http://blog.goo.ne.jp/afghan_iraq_nk/e/8b5ca85c5c095b93890749648ff5a0a8
・食のアパルトヘイト
 http://blog.goo.ne.jp/afghan_iraq_nk/e/79b4079365d5c81c0e2b4190341bde60  
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パソコン復旧のお知らせ

2008年06月08日 08時31分32秒 | 身辺雑記・ちょいまじ鉄ネタ
 以前、当エントリーでお知らせしていた自宅パソコンの不具合ですが、業者に頼んでいた修復作業が完了し、再び自宅でこのブログも更新する事が出来るようになりましたので、その旨をここにお知らせしておきます。

 不具合の直接の原因は、やはりメールで送られてきたウイルスでした。見知らぬ人物から「ご挨拶とお願い」(確かそんな件名だったと思う)というメールが来ていたので、何気なく開封したら、それがウイルス・メールでした。それ以来、パソコンの動作が不安定になり、今まで業者に修理に出していたのです。
 今までは、メール経由のウイルスについては、添付ファイルさえ開かなければ大丈夫と思っていたのですが、それが間違いの元でした。しかしそうは言っても、ブログをやっている以上は、初対面の人からメールを受ける事もあるので、全く無視する訳にもいきません。今後は、初対面の人から来たメールについては、開封前に必ずウイルス・チェックをかけるようにします。

 それと業者の方から指摘されたのが、パソコンの経年劣化の問題です。自宅のパソコンも、購入してから5年位経っているのですが、もうそれなりに劣化しているので、大事に使うように言われました。「購入してから、まだたかだか5年で、もう寿命かよ」という気がしないでもないですが、業者曰く「パソコン寿命の1年は人間に換算すると20年」なのだそうです。勿論、営業用トークとしての意味合いも含まれての言葉なのでしょうが、それにしても精密機器の寿命の短い事。まあ、携帯電話の寿命も似たようなものなので、これは如何ともし難いかなと。

 パソコンを使えない間は、コメント・トラバの確認・承認は携帯の編集画面から行い、それでフォローし切れない部分については、適宜ネットカフェに立ち寄って、そこからアクセスしていましたが、不便この上ありませんでした。また、自宅に帰ってからも、今までの様にインターネットが出来ず、かと言って今更テレビのバカ番組なぞも見る気にもなれなかったので、その分、久しぶりに睡眠時間をきちんと確保する事が出来ました。
 そうしてやっと復旧した自宅のパソコンですが、システム・リカバリで全て初期化されてしまったので、必要なソフトはまた一から全てインストールし直さなければなりません。インターネットの設定は既に終わっていますが、ワード・エクセルは、これからという所。やれやれです。最低この3つはいつでも使えないと、お話になりません。
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Free Nepal! Free Japan!

2008年06月01日 16時44分47秒 | その他の国際問題
・ネパール王制、240年の歴史に幕 制憲議会が決議へ(朝日新聞)
 http://www.asahi.com/international/update/0528/TKY200805280273.html
・ネパール 選挙で決まった王制の廃止(5月30日付・読売社説)
 http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20080529-OYT1T00864.htm
・ネパール 共和制宣言 制憲議会 240年の王制廃止(しんぶん赤旗)
 http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2008-05-30/2008053007_02_0.html
・ネパール王制廃止 連邦共和制を宣言へ(産経新聞)
 http://sankei.jp.msn.com/world/asia/080528/asi0805282040007-n1.htm

 200年余もの間しぶとく生き永らえてきたネパールの王制も、とうとう時代の波には抗う事が出来なかった様です。同国の制憲議会が5月28日に、とうとう王制廃止、連邦共和制への移行を宣言しました。国王には15日以内の王宮退去が求められ、首都カトマンズの街頭では市民による「王制バイバイ!」「やったぜ!きょうから国王は一般人」の歓声が溢れたとの事です。

 日本人にとっては、ネパールなんて「エベレスト登山家やヒッピーが屯し、ヒマラヤ山麓に牧歌的な風景が広がる、アジアの貧しい小国」ぐらいのイメージしか無かった国です。しかし、それはあくまで表向きの顔でしかありませんでした。
 彼の国は前世紀以来、摂政家ラナ家や王室による独裁が続き、国王専制の下で賄賂政治が横行してきました。議会はパンチャヤトと呼ばれる形だけのものがあるだけで、国民は政党結成も禁じられてきました。民主化への動きも第二次大戦中ぐらいから始まったものの、90年代までは日の目を見る事はありませんでした。

 1990年の最初の革命で、主権在民や立憲君主制への移行が宣言され、市民的自由や政党政治の復活が為されたものの、今度は政党間の争いに国政が翻弄される事になりました。地方では共産党分派の毛沢東主義者(マオイスト)がゲリラ活動を開始し、国民の貧困を他所に政党間抗争に明け暮れる政治に嫌気を差した民衆の心を次第に掴むようになりました。
 2001年に起こった王宮内の内紛で権力を握った現国王による独裁政治が、それに対する民衆の反発を更に煽る事となり、徐々に武装闘争から平和革命路線に転換してきたマオイストが、その間隙を縫って国民の間で支持を拡大していきました。そしてこの4月の総選挙で、王制廃止を最も鮮明にしたマオイストが、従前の保守・左翼の既成政党を押しのけて第一党に進出した事で、王制廃止・共和制樹立の流れが確定したのです。

 それとは対照的に、マオイストの後塵を配する形となったのが、かつて民主化運動を左から牽引してきた筈の統一共産党(CPN-UML)です。90年代以降は保守のネパール会議派(コングレス)と共に、反国王勢力の雄として大きな勢力を誇っていたのに、今回の総選挙ではマオイストに第一党の座を奪われたのみならず、コングレスにも抜かれて第三党の地位に甘んじなければならなくなりました。それでもソコソコの議席は確保して、どうにか面子だけは保てた格好にはなりましたが。
 ネパールの共産党は、国王政府からは弾圧を受ける一方で、コングレスの対抗勢力として一定のお目こぼしをも受けてきた関係上、王制に対しては必ずしも非妥協的ではないとも言われてきたので、そこら辺でマオイストに遅れを取ったのかもしれません。しかし、それは統一共産党のみならず、マオイストにもある程度言える事なのですが・・・。
 或いは、コングレスとの政争に現を抜かす余り、民衆からはコングレスと同じ既成政党と看做されたのが、致命的だったのか。若しそうであるならば、他国の左翼にとっても他山の石とすべき事例と言えましょう。

 日本では、今回のネパール共和国宣言については、まだまだ遠い国の政変劇でしかないというのが、一般的な受け止め方である様です。それどころか、一部のネットウヨクに至っては、やれ「赤化」だの「天皇制への脅威」だのと、「そこまで自国本位にしか捉えられないか」と謂わんばかりの言説が溢れ出る始末です。
 当該国の将来を決めるのは其処で生活をする人民です。若し毛沢東派が、かつてのカンボジアのポルポトの様な国民大虐殺をおっ始めたというのなら未だしも、少なくとも今はそんな兆候など見られない以上は、何の関係も無い日本のネットウヨクが、それにどうこう口出しする資格などは無い。
 
 言うに事欠いてマオイストを、まるで中国共産党の手先であるかの様に看做す言説も一部に見られますが、これも噴飯ものです。何故なら、つい最近まで中国共産党政府は、寧ろ国王政府の方に肩入れしてきたのであり、マオイストなぞは「毛沢東の名を汚す極左集団」ぐらいにしか思っていなかったのですから。それが総選挙での大勝以後は手のひらを返す様にマオイストに急接近し、マオイストもマオイストで、それにちゃっかり乗っかる素振りを見せていると言う。
 本当にネパール人民の事を思うのであれば、寧ろマオイストのそういう政治的未熟さについてこそ、懸念を表明すべきでしょう。少なくともネパールの人々にとっては、日本の天皇制がどうなろうと、そんな事はどうでも良い事。

 また、イギリスや北欧の王制の例を引いて、「王制=悪、共和制=善とは限らない」と、ネパールの王制を擁護する意見も見られますが、それも私は如何なものかと思います。それらの国々が曲がりなりにも民主国家として機能しているのは、ヨーロッパの市民革命や人権思想の伝統によるものであって、王制だからではない。確かに、中国・北朝鮮・イラクなどでは人民共和制が独裁に堕してしまいましたが、それはその国の民主主義がまだまだ成熟していなかったからにしか過ぎません。共和制下ですらそうであるなら、主権在民でない君主制では、もっと酷い独裁政治が行われている事でしょう。
 確かに、王制時代の方が共和制時代よりも、まだ民主的で政治が安定していた例もありますが(カンボジア・アフガニスタンなど)、それは偶々当時の国王が開明的だったからに過ぎません。そんな事を言い出せば、水戸黄門や大岡越前がいた江戸時代の方が、現代よりも良いという事になってしまいます。しかし「今の日本国憲法を廃止して、封建身分制の江戸時代に戻れ」という事にはならないでしょう。

 ネパールのマオイストについては、議会制民主主義や政治的自由への認識という点で、一抹の不安がある事は確かです。しかし逆に、マオイスト自身も国政与党になる事で、今までの武装闘争一本槍の経験やアナクロ然とした毛沢東思想から、次第に脱却していく可能性もあります。またそれとは逆に、既成政党の後を追って汚職まみれになったり、武装闘争一本槍のままでポルポトみたいな事をやらかす様になる可能性も、無きにしも非ずです。果たして、吉と出るか凶と出るか。若し凶と出たとしても、それはそうなった時に、その国と世界の人民が改めて考えれば良い事です。変化を恐れるばかりでは、歴史は退歩しか在り得なくなってしまう。

 いずれにしても、今回の王制廃止で、ネパール社会の変革・民主化が更に促進される事を願って、Free Nepal!
 そして日本も。だいたい、戦後60年以上も経ち、21世紀にもなるというのに、未だに「不敬」がどうの「女系天皇」がどうのと、アホと違うか。いつまで、こんな「明治時代の遺物」にしがみついているのでしょうかね。こんな事ではネパールの人々にも笑われるよ。

(参考資料)

・ついにネパールで王制廃止宣言- [よくわかる政治]All About
 http://allabout.co.jp/career/politicsabc/closeup/CU20080529M/
・ネパール:『ヒンズー王国』の終焉(全訳記事)(JANJAN)
 http://www.news.janjan.jp/world/0801/0801199168/1.php
・ネパール評論
 http://www.for-peace.com/
・ネパールの空の下
 http://japanepal.com/
・日刊ベリタのネパール情勢特集
 http://www.nikkanberita.com/index.cgi?cat=special&id=200605042224214
・小倉清子のカトマンズ・ジャーナル(アジア・プレス)
 http://www.asiapress.org/apn/archives/0000/1019/
・渡部通信~ネパールは王制廃止、天皇家は(レイバー・ネット)
 http://www.labornetjp.org/news/2008/1212113416974staff01
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