アフガン・イラク・北朝鮮と日本

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パソコン奪還作戦

2017年09月23日 23時52分03秒 | 当ブログと私の生い立ち



 本日、遂に実家に残してきたパソコンを「奪還」して来ました。
 実は、今日は実家は彼岸の墓参りだと聞いていたので、親父のいない隙に、実家に残してきたパソコン、プリンターや冬物衣類を持ち出そうと、今までひそかに計画を練っていました。当日は祝日の土曜日で、ただでさえ忙しく、普段なら有休申請はなかなか認められません。しかし、社員にも事情を話して、何とか有休取得に漕ぎつける事が出来ました。
 そして、勤務シフトが確定した後は、当日休みのバイトに引っ越しを手伝ってもらおうと、知り合いのバイトに片っ端から声をかけて行きました。残念ながら、こちらの方は、どのバイトも既に先約済みで、応援要員は誰も確保できませんでした。但し、もっと早めに声をかける事さえ出来れば、応援を募る事は十分可能であるとの感触も、同時につかむ事は出来ましたが…。その為、単独行動での引っ越し作戦を余儀なくされ、パソコンとプリンターの他は、最低限の荷物しか持ち出せませんでした。しかし、それでも、全てを一から新たに買いそろえなければならない事を思えば、だいぶ助かります。おかげで余計な出費をだいぶ抑える事が出来ました。これで何とか今年の冬は越せそうです。

 ところが、親父が墓参りに出かけた時間を見計らって、実家に行ったにも関わらず、実家にはまだ親父がいて「元気でやっているか?これからワシも墓参りに行くけど、また何か困った事があればいつでも言って来いよ」と、いつもの泣き落としに出て来ました。
 しかし、もはや、そんな物に騙される私ではありません。前回も、そんな形で親父と和解したにもかかわらず、親父は結局何も変わっておらず、また同じ過ちを繰り返した挙句に、今回の事態に至ったのではないですか。
 親父が墓参りに出かけて程なくして、電気工事会社の担当者が、実家飛び出しを機に解約した光回線のルーターを回収訪問にやって来ました。こちらも、解約そのものは早めに済ませていたのですが、親父と鉢合わせになるのが嫌で、今までずっと回収を見合わせてもらっていたのです。今日、その処理をようやく終える事が出来ました。首尾よく回線切断、ルーター回収の手続きも終え、後は持参のバスケットに、パソコンや衣類を詰め込めるだけ詰め込んで、電車で実家最寄り駅から投宿先のホテルまで、えっちらおっちら一人で荷物を運んで来ました。
 そして、ホテルに持って来た荷物のセッティングを終え、パソコンを起動し、実家飛び出し後に作成した資料・データ類をメモリーからパソコンにダウンロードしました。

 次はインターネットへの接続設定です。現在の投宿先は賃貸物件のホテルなので、壁に穴をあけるような回線工事はとても不可能です。必然的に、WiFiを利用する事になります。それなら、今使っているスマホと同じソフトバンクの光回線と契約するのが、パック料金も適用され安上がりで済ます事が出来るだろうと、午後から近くのソフトバンクのショップにおもむきました。そこでルーターを購入し、ホテルに一旦持ち帰りました。その後、読みたい本があったので、図書館に借りに行き、夕方帰って来た後に、荷物の整理とルーター設営にかかりました。

 そうして、ようやくホテルでもインターネットが可能になり、今、ブログの更新をやっている所です。しかし、ホテルの部屋の狭い事。四畳半のスペースしかないので、パソコンを一々部屋の隅に押しやらなければ、寝床の確保もままなりません。仕事終わってただ帰って寝るだけなら、四畳半だけでも何とかなりますが、それだけでなく、部屋で何か始めるとなると、やはり最低でも六畳ぐらいは欲しいなと思いました。 

 しかし、こんな事ばかり書いていると、また以前の「公開処刑」の時みたいに、「せっかく親父が寄りを取り戻そうとしているのに、お前はパソコンの事ばかり書いて、何て冷淡な奴なんだ!」と絡んでくる奴が出てくるかも知れませんね。私もそれは当然織り込み済みです。それを承知の上で、敢えてこのように書いているのです。それは何故か?

 子どもに悪影響の与える親の事を「毒親」と言います。そして、「毒親」の下では、家族関係は「共依存」のいびつな形になって行きます。「共依存」と言うのは、一種の「もたれ合い」の関係です。分かりやすいアルコール依存症の例で説明すると、酒乱の夫に対して、妻は夫の暴力に耐えつつも、夫が怖い、夫に嫌われたくない、夫が可哀想などの理由で、「もうこれが最後よ」と言いながら、夫についつい酒を渡してしまう。すると、夫はますます酒におぼれ、妻も夫からますます離れなくなる。これが「共依存」です。こんな状態が続く限り、この家族はアルコール依存症から絶対に抜け出す事は出来ません。

 この悪循環を断ち切るには、「共依存」の害にいち早く気付いた側から、まだ「共依存」のとりこになっている側との関係を断ち切る以外にありません。そうしなければ、ますます悪循環にはまり込み、最悪、妻や子どもが夫に殺されるかも知れません。加害者が自分から改心する事なぞまずありません。改心する位なら今頃とっくに改心しています。被害者も、「共依存」の環境に長年どっぷり浸かっていたら、それが当たり前になってしまい、なかなか気付けないものです。しかし、被害者には、その不安の種を突き止めようとする心が、まだいくばくかは残っています。だから、大抵の場合は、被害者が「共依存」に先に気付きます。

 依存症患者の心にあるのは不安やストレスです。依存症患者もまた、その親から暴力を振るわれて来ました。それが当たり前になってしまい、大人になれば、今度は子どもに暴力を振るう事になるのです。そして、その不安やストレスから逃れようと、酒やギャンブルやセックスにおぼれる様になるのです。
 依存の対象も酒やギャンブルだけではありません。サプリメントの乱用や、「時間に異常に厳しい」「潔癖症」「完璧主義」などの性癖、「こだわり」も、一種の依存症です。親父も、サプリメントを十種類以上も飲んでいました。そして、5分待たされただけでも烈火のごとく怒り出し、兄貴と一度トラブルになった事もありました。

 

 また、言う事が支離滅裂なのも、依存症患者の特徴の一つです。「食事の用意が面倒なので夕食は外で食べて来い」と言ったかと思うと、翌日には「食材が余るから家で一緒に食べてくれ」と、正反対の事を言いだします。そうかと思うと、「もう、わしはお前を養って行けないから、早くひとり立ちしてくれ」と自分から言っておきながら、いざ賃貸物件を見つけて来た途端に「何もそんな急に家を出て行く事ないやないか!(ワシを見捨てるつもりか!)」と、手の平を返すような事を平気で言ったり。「それが親の心理だ」と言うのは、ただの言い訳でしかありません。何故なら、どれもこれも自分の都合ばかりで、相手の事なぞ全然考えていないじゃないですか。それを取り繕うとする為に、言う事がころころ変わるのです。

 こんな事にばかり振り回されていたら、家族も神経衰弱になり、依存症患者と共倒れになってしまいます。それを避けるには、「共依存」の害にいち早く気付いた方が、もう一方に三下り半を突き付ける以外には、「共依存」の連鎖を断ち切る道はありません。そうやって初めて、「共依存」の加害者の方も、自分の「罪」を自覚できるようになるのです。依存症は、家族の素人療法なんかでは治す事は出来ません。専門のセラピストの助けを借りるか、「毒親」を矯正施設に入れるかしなければ不可能です。

 2008年に東京・秋葉原で無差別殺傷事件を起こした加藤智大(かとう・ともひろ)死刑囚も、「毒親」による「共依存」の被害者でした。エリートとして生まれた加藤の母親は、「しつけ」と称して、悪い成績を取って来た加藤に対して、罰として夕飯を床にぶちまけ、それを犬のように食べる事を強要する事までしました。それでも加藤は、何とか親の期待に沿おうと、猛勉強してようやく進学校に入る事が出来ました。ところが、進学校に入学した途端に、自分よりも優れた秀才に取り囲まれる中で、加藤の自尊心は痛く傷つけられます。その結果、出世コースから脱落し、大学にも進学できず、派遣社員にまで落ちぶれてしまいます。そんな加藤に対して、両親は更に辛く当たるようになります。その結果、自暴自棄になり、派遣先の何気ないトラブルがきっかけになって、あのような大量殺人を引き起こしてしまったのです。(参考記事

 親父も、加藤の両親と同じような学歴エリートでした。だから、何かにつけて世間体を気にして、私の事を非正規で未婚だと、心の中で差別してきたのです。そして、それを私から指摘されても、「俺は差別なぞしていない、ただ、お前がかわいいだけだ」と言い訳するばかり。本当に「かわいい」と思うなら、婚活や私の「見てくれ」(地位や年収)にばかり異常にこだわり、プロフィール写真一つにまで難癖つけたりしないはずです。親父が本当に「かわいい」のは、実は私ではなく自分自身なのです。(参考記事
 そう言えば、前述の「公開処刑」で取り上げた「荒らし」コメントも、散々私の事を非正規で未婚だと見下していましたよね。まるで、それが人間を評価する唯一の価値基準であるかのように。その事で、奴も親父や加藤の両親と同じ差別者、レイシストである事が、はからずも証明されてしまいました。

 昨年に神奈川県相模原市の介護施設で無差別殺傷事件を引き起こした植松聖(うえまつ・さとし)容疑者も、私は「毒親」による「共依存」の犠牲者だとにらんでいます。何故なら、植松が示す障がい者への敵意、殺意にも、「共依存」によって引き起こされたと思われる、異常なまでの「こだわり」が見て取れるからです。
 もちろん、加藤や植松が引き起こした事は、どんな理由があっても許される事ではありません。しかし、その背景、原因となった「共依存」を作り出した「毒親」に、彼らを非難する資格なぞ全くないと思います。差別者に同情なぞ無用です。

 前述の図書館に行った時も、少し散策しただけで、これだけ「毒親」「共依存」「アダルト・チルドレン」関係の本が目に留まりました。その中で、私が当初は、尾木直樹の「親子共依存」(ポプラ新書)を借りようと思っていました(上記写真の下段一番右の本)。しかし、ページをめくってみると、入門書以上の事は余り書かれていないような感じで、私としては少々物足らない内容でした。そこで、予定を変更して、単行本なので持ち歩くには少々重いですが、香山リカの「怒り始めた娘たち」(新潮社、同じく下段一番左)と、井上秀人の「毒父家族」(さくら舎、下段真ん中)の二冊を借りて読む事にしました。
 私は、この記事を「毒親」なんかに読んでもらいたくはありません。「毒親」による「共依存」の被害者にこそ読んでもらいたい。その事で、被害者が共依存を断ち切るきっかけに少しでもなる事が出来れば、私としては本望です。パソコンを実家から持ち出したのも、ひとえに、そのような記事を書く為です。もちろん、そんな個人的な理由だけで、今回の行動を起こした訳ではありません。「毒親」を生み出すような、今の日本のいびつな競争・格差社会や、国民無視のアベ政治とブログで対決していく上でも、パソコンは絶対に必要です。その為に、パソコンを実家から「奪還」して来たのです。

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新今宮・新世界界隈の風景

2017年09月10日 10時20分53秒 | 当ブログと私の生い立ち
以前撮影した定宿近くの風景をブログに上げます。画像編集に手間取り、ようやく今日アップ出来るようになりました。普段何気なく目にする光景も、改めて見ると見所が一杯である事を、今更ながら思い知らされました。


左:あいりん労働福祉センター、右:民泊ホテル街の宿泊料金例


左:無権利・無保証(権利・保証金不要)の大隅アパート、右:通天閣


左:ビリケンさんの像、右:観光人力車


左:昭和レトロな喫茶ドレミ、右:そこに残る「冷コーあります」のポスター


左:坂田三吉の王将碑、右:坂田七段と関根八段の対局図


左:二百円位から朝食が食べれる食堂メニュー、右:新世界やまと屋の百円食堂(これは別の日に撮影。百円なのは一部の単品惣菜だけで、定食で注文するとやはりソコソコの値段になりますw)


左:ユニクロよりも手頃な衣料品メニュー、右:ジャンジャン横丁の囲碁・将棋クラブ(これも別の日に撮影)


左:ミックスジュース発祥の地・千成屋珈琲店、右:新今宮のキリスト救霊会館ポスター


西成区・阿倍野区の境界にある上町台地の縁から。
左:山の手のアベノハルカスを望む、右:下町のあいりん地区方面を望む。ここを境に街並みがガラッと変わります。



上:50円の缶コーヒーもある自販機、
下:以前撮影した釜ヶ崎夏祭りの写真もついでに載せておきます。
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Wワークの面接に合格しました

2017年09月10日 08時57分36秒 | 当ブログと私の生い立ち
 前回の記事更新から約一週間。この間に、また事態は大きく動きました。
 まず最初に、Wワークで応募した下記バイトの会社から採用の通知がありました。

 ※時給:1,100円〜、交通費支給(1日上限1,000円まで)、研修中60時間程度は時給1,000円
 ※勤務地:大阪市内難波某所の高層オフィスビル
 ※仕事:高速道路の走行料金や、経路、施設などに関する問合せにお答えする電話応対のお仕事
 ※資格:学歴不問
 ※時間:7:00〜10:00、7:00〜11:00、7:00〜12:00、7:00〜14:00、7:00〜16:00、13:00〜20:00、15:00〜21:00、17:00〜22:00、18:00〜22:00…など
  シフト組合せOK、5:00〜、6:00〜など開始・終了時間応相談、月〜日/週3〜5日のシフト制
 ※待遇:社会保険完備、休憩室・ロッカー完備、テナント各店割引特典あり、給与前払い制度あり、有給休暇、服装自由
 ※応募条件:一般常識試験、PC入力試験あり、面接時交通費支給なし
 ※「20名以上の大量募集、50〜60代の主婦(夫)も大歓迎」と謳いながら、写真には若い女性が笑顔で楽しそうに、という辺りに、若干うさん臭さを感じますが…w。

 この会社のバイト面接が先週水曜日にありました。今の仕事の公休日に面接してもらったのです。面接会場に行くと、既に他の応募者も3人来ていました。私も含めて4人で集団面接です。
 やがて面接が始まり、採用慣れした1人の女性社員によって、面接と能力テストが始まりました。
 まず最初に、パソコンでの入力テストから始まりました。応募者は1人ずつパソコンの前に座って文字入力のテストに臨みます。5つほどの短文をそのままパソコンに入力するだけのテストですが、制限時間はわずか1分です。私はブラインドタッチが出来ないので、3つ目の例文を入力している途中で時間オーバーとなってしまいました。
 その次は筆記試験です。漢字の書き取りと計算問題は難なくこなせましたが、最後の敬語使用の問題でつまずきました。間違った敬語の使い方が例文で表示され、間違っている個所を訂正する問題です。「言った」を「仰った」、「行きます」を「伺います」というように訂正するのですが、これが言うは易く行うは難し。敬語は、単に丁寧な表現であればよいという単純なものではありません。丁寧すぎてもアウトです。また、同じ敬語でも、尊敬語と謙譲語とでは、微妙にニュアンスが違います。いずれも小学校で習ったはずの内容ですが、これが思ったよりも手ごわかったです。普段、罵声が飛び交うようなガテン系の職場で、もう何十年も働いていた人間に、いきなり接客用語でしゃべれと言われても、最初から上手くいくはずがありません。
 最後に、前述の女性面接官が客、応募者がオペレーターになっての、電話応対のロールプレイングです。最初に、「どの割引パスを何枚購入する」などのシナリオ説明があり、その内容を暗記した上で、客からの電話に応対しなければなりません。暗記力と応対力の両方が試される訳です。他の3名の応募者が、別に詰まりもせずに比較的スラスラと答えられたのに比べ、テレアポ業務初心者の私は、詰まりながらもどうにか答えられたような状態で終わってしまいました。
 テストの後は、応募者が提出した履歴書の内容に沿って、面接官との一問一答です。やはり、私以外の応募者は、すべてテレアポ業務の経験者でした。私については、「昼の力仕事と両立が出来るのか?」という点を、主に聞かれました。
 そんな感じで、約1時間半ほどで面接とテストが終わったのですが、予想以上に散々な結果に、「もうこれは不採用だな」と思い、次の応募先を探し始めていた矢先でした。数日後に、見知らぬ電話番号から私の携帯に電話が掛かってきました。電話を取ったら、前述の女性面接者の声で「採用です。事前にお知らせした通り、来週水曜日に、本社オフィスに入社手続きにお越し下さい」と言われました。
 私は、もう諦めかけていたので、最初は半信半疑で、「私は面接でも告知した通り、テレアポ初心者で、しかもペーパードライバーなのですが、それでも宜しいのでしょうか?」と、逆に念押しした位です。「それでも結構です」との返事に、ようやく合格の実感が湧いて来ました。
 それにしても、よく合格出来たものです。なぜ合格できたのか、今もって信じられません。思い当たるとすれば、履歴書の「性格の長所」欄に、「粘り強い」と書いたのが意外と効いたのかも知れません。あるいは「業務改善のプレゼンで分かりやすい説明に心がけた」と書いたのが評価されたのかも。もう、それ位しか思い当たる節がありません。
 今後の予定については、入社手続きで明らかにされると思いますが、もうここまで来たら「当たって砕けろ」です。果たして今の仕事と両立可能かどうか?夜22時終業なら、夕食は昼勤から移動途中で済ます予定なので、後はシャワーだけ浴びれば、何とか6時間睡眠を確保した上で、翌日早朝7時からの昼勤に臨めます。それも毎日ではなく、週の前半3日(日・月・火)だけの事なので、何とか乗り切れるのではないかと思います。その上で、もし、この仕事が性に合うようであれば、こちらの方がはるかに時給が高いので、こちらの方に転職する事も考えています。

 その他にも色々と動きがありました。
 まず、確定年金保険料の支払条件変更について。下記の「注1」の部分です。



>私の分は、住友生命と日本生命の10年確定年金で、合わせて月2万3千円余払っています。そのうちで、住友生命については、保険ファンド(生命保険の満期金)から預金に充当され、それを払うだけなので、実際の負担は余りありません(それでも額が結構多いので精神的な負担は大きい)。しかし、日本生命の分については、そのようなファンドもなく、給与をまるまる掛け金に回さなければならないので、結構な負担になっています。こちらのほうは、もっと毎月の負担が減らせないか、担当の保険外交員さんと相談しようと思っています。(前回記事の該当部分)

 この分についても、日本生命の担当者と、支払プランの練り直しについて話を進め始めています。来週中に、担当者から練り直し後のプランを提示してもらう予定です。私としては、もう月数千円のレベルまで、支払額を減らしてもらうつもりです。今の私にとっては、何年も後の年金生活よりも、今日明日食べる飯や生活費確保の方が大事です。

 今住んでいる部屋についても、階下の部屋には冷蔵機能の付いた本物の冷蔵庫が備わっているので、空きが出次第、そちらに移るつもりです。同じ賃料、同じ間取りなのに、なぜ上層階の部屋だけ冷蔵機能のない唯の保冷箱なのか?フロントに聞いたら、その代わりに上層階には個室シャワーやドライヤー設備が各階に備わっているからだそうです。しかし、今の私にとっては、そんな物よりも、買い置きのできる冷蔵庫の方が必要です。

 実家に残してきたパソコン、ルーターとプリンターについても、9月23日(土)に、次の実家の墓参りで親父が不在になった隙をついて、回収するつもりです。ついでに、実家に残してきた冬物衣料の入った衣装ケースも、出来ればその時に持ってこようと考えています。既に、当日の有給休暇届を職場に提出し、ルーター回収業者とも話をつけています。衣装ケースの引っ越しについても、元配送ドライバーのバイト仲間のツテを通して、関係方面に打診中です。既に前回記事にも書いたように、今のプロバイダーではWifi環境でも使えないので、また別のプロバイダーに加入するつもりです。
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8月度決算報告

2017年09月03日 17時10分24秒 | 当ブログと私の生い立ち


 私が8月6日に実家を飛び出して約1ヶ月が過ぎました。8月の給与が振り込まれたので収支決算を出してみました。結果はやはり3万9千円余の赤字となりました。
 プライベートな内容なので、結果をネットに公開すべきかどうか迷いましたが、やはりここは、今後どうすべきかも含め、広く読者に意見を求める必要があると思い、思い切って可能な限り公開する事にしました。
 まずは、上記の決算概要から説明していきます。

 収入については、「月10時間余の残業では少なすぎる、もっと残業代を稼いで生活の足しにしなければならない」という意見もあろうかと思います。しかし、これについては、今はもう、会社の方針として、無制限の時間外労働は到底許容されなくなってきています。これは、電通などの過労死事件やブラック企業批判の風潮を受けての事であり、労働者としても歓迎すべき内容です。しかし、それだけではなく、会社としては残業代圧縮で人件費を削減したいという理由も、もちろんあるでしょう。むしろ、こちらのほうが会社の本音でしょう。
 それに、「たった月10時間そこらの残業」と言っても、ずっと動きっぱなしの立ち仕事では、1日1時間残業するのが精一杯です。特に私の仕事は、早朝7時始業で、非正規の契約社員なので1時間の昼休みは労働時間には含まれません(無給)。定時で8時間きっかりに上がっても、拘束時間は既に9時間になります。その後1時間残業して17時まで働いても、まだそんなに体に負担にはなりませんが、2時間以上働いて18時以降に退勤となると、もう拘束時間は11時間以上となり、体はヘトヘトになります。たった1時間の違いでも大きいです。私としては、週末などの繁忙期に2時間も3時間も残業させられるぐらいなら、まだ毎日1時間程度の残業がコンスタントにあるほうが有難いです。

 次に支出部分の説明に移らせてもらいます。
 家賃(ホテルの月極宿泊料金)については、既に今までの記事の中で説明済なので省かせてもらいます。
 「組合費」というのは、私が個人的に加盟している地域の労働組合費です。毎月1200円ずつ払っています。組合費を払うだけで会社では何も活動していませんが、何かあった時には、やはり転ばぬ先の杖は必要です。現に、過去に労災もみ消し事件に遭遇した時も、組合に入っていたおかげで助かりました。
 「医療費」というのは、その大半が腰痛治療に通っている鍼灸院の治療費です。家の近くにある鍼灸院で、家出した今も隔週ごとに定期的に通っています。健康保険は使えないので、1回通うごとに6千円かかりますが、完全予約制で1時間半みっちり治療してくれます。腕も確かなので、いつも予約で埋まっています。腰痛治療だけでなく、心療内科的な診察も行っています。私も今まで、職場や実家の問題について、何度も相談に乗ってもらいました。

 「個人年金保険料」というのは、今まで私や兄・妹が勤め先からもらっていた給与のうちで、実家に入れていた分の中から、親父が、それぞれ家族の名義で、生命保険や個人年金に支払っていた分です。今まで親父が支払っていたものを、相続税対策との絡みもあり、今後はそれぞれ当事者が払うようにしたものです。
 私の分は、住友生命と日本生命の10年確定年金で、合わせて月2万3千円余払っています。そのうちで、住友生命については、保険ファンド(生命保険の満期金)から預金に充当され、それを払うだけなので、実際の負担は余りありません(それでも額が結構多いので精神的な負担は大きい)。しかし、日本生命の分については、そのようなファンドもなく、給与をまるまる掛け金に回さなければならないので、結構な負担になっています。こちらのほうは、もっと毎月の負担が減らせないか、担当の保険外交員さんと相談しようと思っています。
 「固定資産税」というのも、親父が同じように相続対策として、私の名義で購入してくれた近所の空地です。車2台分の駐車スペースしかない草ぼうぼうの狭い空地なので、妹夫婦が実家に来た時の駐車場として今まで借りてきました。それが、駅前再開発との絡みで、地価の値上がりが見込まれそうなので、親父が所有者の近所の知人から購入してくれた分の相続税です。宅地ではないので、小規模宅地の特例は適用されず、今後は評価額の1.4%の固定資産税を払わなければならなくなりました。月額にすれば7千円ほどですが、固定資産税の納期は自治体ごとに異なり、月数もバラバラです。2か月分で済む時もあれば、4か月分まとめて払わなければならない時もあります。今回は2期(6・7月)なので2か月分だけで済みましたが、次の3期(8〜12月)は5か月分も払わなければなりません。払わなければ財産が差し押さえられます。今までの蓄えがあるので、いきなり差し押さえられる事はないでしょうが、これも大きな家計負担になっています。
 「インターネット接続料」については、今まで加入していたのが一戸建て向けのプロバイダーで、パソコンも実家に置いてきたので、家出を機に解約する事にしました。たとえWiFiを使っても今のホテルでは対応できないと、プロバイダから言われました。このブログの更新もネットカフェから行っています。そうであるにもかかわらず、今月も預金から料金が引き落とされています。これは多分、前月度の分だと思いますが、来月も引き落とされるようなら、再度プロバイダに問い合わせてみようと思っています。


 
 これらの固定支出の分だけでは、差し引き3万円程度の利益は確保できるはずでした。しかし、それはあくまで机上の空論にしか過ぎませんでした。生活する上で必要なのは、何も食費だけとは限りません。たとえば、賃貸物件のホテルの一室には、風呂・トイレはおろか水道やガスコンロもないので、下着等の洗濯もすべてコインランドリーで済まさなければなりません。着替えの衣類も、実家から持ち出した分だけでは足りませんでした。それ以外にも、毎日飲む缶コーヒーも、塵も積もれば山となります。1日300円としても30日では1万円近くになります。
 それに、はっきり言って、毎日毎日、家計簿(冒頭に掲げた収支決算の原資料、上記参照)とにらめっこで、毎日200円のパンとコーヒーや、400円の弁当ばかりでは、気分的に滅入ります。たまには値段を気にせず外食もしたいし、旅行もしたいです。それはゼイタクでもワガママでも何でもないと思います。実際、家計簿を見ても、毎日の食事は全部、ほか弁か社員食堂のメニューが大半です。その中で、唯一のゼイタクが、公休日に喫茶店でゆっくり新聞読みながら食べる、1食400円のモーニングです。これ以上、一体どこを削れと言うのか。

 そこで、Wワークする事にしました。今の仕事は週5日で毎日7時から16時まで、残業しても17時までなので、月18万円ぐらいしか稼げません。これでは収支トントンにもならないので、週3日18時から22時まで、難波のオフィスでテレアポの仕事をする事にしました。下記がその求人広告の概要です。
 今の公休日が毎週日曜と水曜なので、その間の日・月・火曜日をWワークに当てようと考えています。これなら、比較的定時で帰れる週始め限定で、日曜ゆっくり休んだ後に夜の仕事に入れ、難波から新今宮のホテルまでは目と鼻の先なので、ギリギリ6時間寝た後で翌日の昼の仕事に入れます。夕食は、Wワークに入る前に、どこかで外食で済ませます。それで火曜日まで頑張った後、水曜日もゆっくり休む事ができます。時給も1100円と高めなので、週3日でも月5万円は稼ぐ事が可能です。今週水曜日に面接です。
 テレアポの時給が比較的高めなのは、離職率が高いからですが、これはブラックだからというよりも、むしろ人によって向き不向きがあるからです。ずっと座って客からのクレーム電話を受けていたら、そりゃあウツになる人もいるでしょう。しかし、単なる仕事と割切って、相手が何を言おうが、ひたすらマニュアル通りの受け答えしかしないオペレーターになりきれば、こんなに楽な仕事はありません。飲食業の皿洗いや荷物運びなどのキツイ、安い仕事と比べたら、まだはるかにマシです。テレアポの内容も、高速道路の料金や経路に関する受け答えが主で、販売ノルマなども無いようなので、そんなにキツイ仕事ではないでしょう。時給高めのバイトであっても、その全てがブラックや詐欺まがいではない事は、現に私も過去に経験しています。

※時給:1,100円〜、交通費支給(1日上限1,000円まで)、研修中60時間程度は時給1,000円
※勤務地:大阪市内難波某所の高層オフィスビル
※仕事:高速道路の走行料金や、経路、施設などに関する問合せにお答えする電話応対のお仕事
※資格:学歴不問
※時間:7:00〜10:00、7:00〜11:00、7:00〜12:00、7:00〜14:00、7:00〜16:00、13:00〜20:00、15:00〜21:00、17:00〜22:00、18:00〜22:00…など
シフト組合せOK、5:00〜、6:00〜など開始・終了時間応相談、月〜日/週3〜5日のシフト制
※待遇:社会保険完備、休憩室・ロッカー完備、テナント各店割引特典あり、給与前払い制度あり、有給休暇、服装自由
※応募条件:一般常識試験、PC入力試験あり、面接時交通費支給なし
※「20名以上の大量募集、50〜60代の主婦(夫)も大歓迎」と謳いながら、写真には若い女性が笑顔で楽しそうに、という辺りに、若干うさん臭さを感じますが…w。

 最後に、今までコメントしてくれた読者の方へ。アドバイスどうも有難うございました。この場を借りて御礼申し上げます。
 「親との寄りを取り戻したら」という折角のアドバイスですが、これは正直言って、今の私には無理です。親父が今まで色々してくれた事については感謝しますが、だからと言って、それで今までの毒親ぶりを帳消しにする事は出来ません。親父が色々してくれた事についても、純粋に私の将来を思ってと言うよりは、むしろ、親父が世間体を気にして、「子思いの親」を演じたいという自己満足の動機のほうが大きいと思います。つまり、「愛情に名を借りて自分の欲望を満たしたい」だけなのです。そうでなければ、息子の婚活なのに、肝心の息子を差し置いて、「自分が中心に居座っている写真を見合い写真として使え」なんて、非常識な事をごり押しして来るはずありません。私の名前で土地を買ったり民間保険に加入したのも、「息子にひもじい思いをさせたくないから」と言うよりも、むしろ「そんな息子の親だと思われたくないから」ではないでしょうか。そんな毒親と今後も同居し続けて、もし親父との間で殺傷沙汰にでもなったら、もう取り返しが付きません。今思えば、親父は、ひょっとしたらアスペルガー症候群(脳機能障害の一種で感情の抑制がきかなくなる)だったのでは?今や、そんな疑念すら思い浮かぶようになってしまいました。いくら経済的に困窮しても、命の問題に代える事はできません。毒親問題の解決は、毒親の支配から離れる事に尽きると、どの識者も指摘しています。
 次に、自炊のお勧めですが、私も親父が入院していた時に、実家で自炊したりしていましたが、これも思うほど節約にはなりませんでした。自炊と言っても、男が家に帰ってきて作れるのは、せいぜいご飯ぐらいです。現に親父も、オカズはスーパーで出来合いの惣菜を買って済ませていました。働きながら、オカズまで全て自分で材料から毎日用意するのは、はっきり言ってシンドイです。それなら、たとえ外食や弁当でも、スーパーの百円惣菜などを上手く組み合わせて買い込んだほうが、時間も節約でき栄養も取れるのではないでしょうか。但し、冷蔵庫がない(買い置きができない)のは辛いです…。
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仲間が一人増えた

2017年08月23日 16時10分46秒 | 当ブログと私の生い立ち


 私が借りている新今宮のホテルに、同じバイト先仲間の小杉君(仮名)も住む事になりました。今、彼は私の部屋の4階下の部屋に住んでいます。
 そのホテルは、1泊2千円ですが月極にすると4万3千円と格安で、水光熱費込みでエアコンもテレビも使い放題、風呂・トイレは別ですが、展望式の共同浴場が最上階にあり、トイレも各階にあります。浴場も深夜(0~7時)・日中(12~17時)以外はいつでも使えます。
 その条件を聞いたバイトは皆、羨ましがっていました。その家賃相場でも水光熱費は別という所が大半ですから。でも、まさか小杉君が本当に来るとは思いませんでした。彼は、とりあえず一週間住みながら他の物件も並行して探し、それでも他に良い物件がなければ、今の所に月極にして住むつもりでいるようです。

 実家を出て本当に良かったと思います。
 まず第一に、何よりも「毒親」に気兼ねしなくても良くなった事で、気が楽になりました。それが可能になったのも、経済的独立あればこそです。
 そして第二に、通勤時間が半分に短縮されました。職場に近くなった事で、これまでより1時間は多く睡眠が取れるようになりました。それでも5時起きで、まだまだ朝は早いですが。
 第三に、立地条件が全然違います。天王寺までなら余裕で歩いていけるし、難波や日本橋も無理すれば徒歩でたどり着く事は可能です。すぐ近くにはコンビニもスーパーも百均も量販店もあり、どんなに遅く帰ってきても買い物ができるようになりました。郊外住宅街の実家に住んでいる時は、つい最近になるまではコンビニすら近くになかったので、夜遅くなると、もうどこにも買いに行けませんでしたから。

 しかし、良い事ばかりではありません。
 欠点の第一は、4畳半1間で、部屋には最低限の備品しかない事です。テレビはあるものの、冷蔵庫はありません。テレビ台の下にある冷蔵庫は、実は本当の冷蔵庫ではありません。冷却機能のない、ただの「保冷箱」です。冷蔵庫として使う場合は、蓄冷剤を買ってきて冷やさなければなりません。その蓄冷剤も、せいぜいもって一晩が限界です。これでは自炊も買い置きも出来ないので、食事はすべて外食です。この出費がバカになりません。
 欠点の第二は、前述の理由とも重なりますが、ホテルの仮住まいで部屋も狭い為に、自分で家具や家電を買い足したり、部屋の中を模様替えする事は、ほぼ不可能です。ベランダはおろハンガー掛けも二か所しかないので、洗濯物の部屋干しにも不自由しています。
 欠点の第三は、居住者全員が限られた時間に共同浴場に殺到するので、なかなか落ち着いて入浴出来ません。銭湯のように、ゆったりと入浴という訳にはなかなか行きません。小杉君も、風呂はホテルの共同浴場ではなく、外の銭湯をもっぱら利用しているようです。

 これが、トイレ・風呂付の普通の賃貸物件であれば、中古の小型冷蔵庫を買って自炊や買い置きもでき、洗濯も自分の下着ぐらいなら風呂で洗濯できるのですが。仮住まいだと、すべて外食やコインランドリーに頼らざるを得なくなり、その出費がバカになりません。
 実際に試算してみましたが、月収わずか18万円前後の給料では、税金や社会保険料、通勤定期代、携帯電話料金、個人年金保険料、腰痛治療のための鍼灸治療費などの固定支出を差し引けば、手元に残るのは約3万7千円しかありません。1日当たりに換算すると僅か1200円余です。後は貯金を取り崩すしかありません。少しでもその目減りを抑えるべく、インターネットは基本的に携帯のみで行うようにします。ブログの更新も週一回ペースが限度です。夕食は、安価で栄養も確保できるように、できるだけカレーにしようと思っています。ひょっとしたらWワークも考えなければならないかも知れません。



 秋田県横手市の木造2階建て賃貸アパートで昨夜起こった火災事故のニュースがテレビで流れていましたが、このニュースもとても他人事には思えませんでした。アパートの築年数が古く、いったん火が出れば、後はあっという間に燃え広がり、住民はもう為す術が無かったとの事です。食事付の物件だったので、中高年の一人住まいの方が住民の大半を占め、居住者同士の交流もほとんどありませんでした。居住者の大半が生活保護受給者で、近くの精神科のクリニックに通っている人も多かったようです。
 私の今住んでいるホテルも、鉄筋10階建てでサービス内容の詳細こそ異なるものの、共同浴場に各階別トイレと、横手のアパートと同じような間取りです。
 その一方で、横手のアパートでは、より多くの消火器を設置し、火災を想定した避難訓練も何度か実施していたそうです。食事込みの家賃にしたのも、できるだけ居住者の経済的負担を減らそうとしたのでしょう。
 でも、大家サイドが幾らそのように個人的に努力しても、肝心の施設が老朽化していたのでは、しょせんは「焼け石に水」だったようです。民間や個人の努力だけでは限りがあります。安価で良質な公営住宅の建設こそ急務です。住まい(居住権、生存権)も基本的人権の一つです。私たちの税金も、それらの権利を政府に保障してもらう為にこそ払っているのですから。食費補助などの民間・個人の努力も、政府の後押しがあってこそ、初めてその真価を発揮する事が出来るのです。
 私のほうも、とりあえず今日ホテルに帰ったら、避難経路図に記載されている避難ばしごの位置と使い方を、さっそくフロントに聞いてみる事にします。

以下、河北日報の記事より。
<横手アパート火災>生保受給者、精神科通院歴ある人ら多く入居
 秋田県横手市南町で22日に全焼し、入居者とみられる5人が死亡・安否不明となった木造2階のアパート「かねや南町ハイツ」は、朝夕食付きで月5万円強という割安な家賃で全28室中、25室が埋まっていた。関係者によると、入居者には年金生活の高齢者や生活保護受給者、精神科の通院歴がある人もいて、社会的弱者の受け皿になっていた。
 不動産登記簿によると、アパートは築48年。仕出し業のよこてフードサービス(横手市)が運営し、20〜70代の男性24人と男性管理人が住んでいた。風呂やトイレ、食堂、台所は共同で、各部屋に6畳間と1畳分の収納がある。
 横手市社会福祉課の担当者は「個別の物件を紹介することはあり得ない」と否定するが、逃げて無事だった男性は「生活保護を受給する際、行政から紹介されるアパートだった。デイケアの生活訓練をしていた人もいた」と証言する。
 よこてフードサービス社長の佐々木安弘さん(48)が約10年前、精神保健福祉ボランティアの会長を務めた経験から、そうした人々も受け入れ、家賃を据え置いていた。佐々木さんは22日午前1時5分ごろ、警備会社からの一報で駆け付け、1階の部屋の戸を蹴破って避難を促したという。
 市消防本部が2012年に実施した立ち入り検査で、防火面の不備はなかった。15年に同社が管理する別のアパートが失火で全焼して以降、アパート内は火気を一切禁止していた。
 佐々木さんは「防火対策を取っていたつもりだった。今後のことは考えられない」と肩を落とした。
https://news.goo.ne.jp/article/kahoku/nation/kahoku-01_20170823_43012.html
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参考資料:毒親の解説

2017年08月16日 10時47分50秒 | 当ブログと私の生い立ち


 毒親育ちの苦しみについては、当事者以外にはなかなか分かってもらえない傾向があるようです。
 そこで、以前メモ用に作成した資料を、ここに公開する事にします。

毒親の解説

(1)毒親とは

 子供に悪影響をあたえる親を毒親といいます。
 多くの場合、親本人は自分が毒であることに気づいていません。
 暴力のほか、精神的ないじめや束縛、脅し、ゆがんだ愛情のかけ方など、さまざまな方向から子供を苦しめます。

(2)毒親のタイプ

①無関心型(世話しない)
 子供に必要な親の義務を果たさない親。
 満足な食事を与えない、必要なものや費用を渡さない、言葉をかけない等。
②過干渉型(支配する)
 子供を自分の持ち物のように扱い、別人格であることを認めません。
 親の指示通りに物事が進まないと子供が責められます。
③病んでる系(世話させる)
 病んでいたり不幸な状態にあることをアピールし、子供に世話を焼かせます。
 子供は小さな頃から親に甘えられず、自分の幸せを罪だと思うようになります。
 アルコール・薬物中毒の親がその典型。

(3)よくある毒親の行動パターン

①条件つきの愛情
 世の中の大多数の親は、子供の幸せを願っています。子供を愛しているからです。
 一方、毒親は、自分の思い通りになる子供だけを愛します。自分だけを愛しているからです。
②言動が一貫しない 
 毒親は、子供に矛盾した指示を出します。
 動物を大切にしなさいと言いながら、気に入らないペットを捨てる等。
 心の支えとなる親の言うことが変わってしまうと、どの指示に従えばよいのかわからず、子供は混乱します。
③話し合いができない 
 ものごとを断定的にとらえ、話し合いができないのも毒親の特徴です。
 その結果、子供は白か黒か言われた通りのものとして反応する事しかできません。
④子供に嫉妬する
 人の親だから自動的に尊敬される存在になるわけではありません。
 毒親は、ひとりの人間として見た時すでにダメな人であるという確率が高いです。

(4) 毒親の毒セリフ

・「親の言うことを聞いて置けばよい」
・「親に逆らうのか?」
・「親の言うことが聞けないのであればご飯は抜き」
・「親に逆らうなら勘当だ」
・「誰のおかげで飯が食えていると思っているんだ」
・「親の言うことを聞かない子はいらない」
・「あなたはブサイクだから」
・「あなたは頭が悪い子供だから」
・「お前は馬鹿だから」
・「弟と比べてお前は顔が悪い」
・「運動神経が鈍い」
・「誰がここまで育てた!」
・「学校に行かせたのに恩知らずが!」
・「お前らのために嫌な仕事でも我慢しているんだぞ!」
・「親の言うことに逆らうのか!」
・「お母さんの言うとおりにすれば安心だから」
・「子供の癖に生意気な」

(5) 参考資料

・壊れた器は捨てなさい~毒親・ダメな家族から立ち直るトレーニング
 http://sayonara.xyz/
・毒親の支配→離れる→洗脳を解く→自分を取り戻す~毒親NEVERまとめ
 http://matome.naver.jp/odai/2142825319218344501
・「毒になる親」(スーザン・フォワード/著 玉置悟/訳)
 「毒親」という概念・言葉を最初に提唱した著者による、この問題についての入門書。 
 毎日新聞社から出ているハードカバー版と、講談社アルファ文庫から出ている文庫版の2種類がある。
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プレカリアートの独立宣言

2017年08月15日 20時44分00秒 | 当ブログと私の生い立ち


 上記が今、私の住んでいる賃貸物件の部屋です。新今宮駅近くのビジネス・ホテルを30日更新の連泊契約で借りました。
 4畳半の1Rで風呂・トイレ別、家賃は4万3千円余り。家賃だけで見るとそんなに安くはありませんが、水光熱費も家賃に含まれています。風呂は、最上階の展望大浴場に深夜・日中以外はいつでも入れ、トイレも清潔。テレビも見放題。勤務先までの通勤距離も約半分に縮まり、今までよりも1時間は余計に寝る事が出来ます。そう考えると、かなりお得な物件です。
 当初は、あくまで仮住まいのつもりで、ここを拠点に本格的に物件探しをするつもりでした。しかし、一人で住むにはこれほど好条件な物件は、そうめったにあるものではありません。確かに、あいりん地区とは目と鼻の先の立地ではありますが、最近はあいりん地区も、かつてのようなすさんだ雰囲気はほとんどありません。近くにはスーパーも百均もコンビニも量販店もあり、生活するには何不自由なく暮らせます。もう、親父の問題が片付くまでは、ずっとここに住む事にしました。
 但し、良い事ばかりではありません。普通の賃貸物件とは違い、あくまでもホテルの連泊契約ですから、家電購入やインターネットのプロバイダ契約については制約を受けます。実家で加入していたプロバイダは、戸建て向けのサービスで集合住宅には適用されないので、これを機に解約しました。もう実家に戻る事もないでしょうし、少しでも無駄な出費を減らさないと、貯金の目減りを減らす事は出来ません。

 あれから、兄貴夫婦と今後の事について相談しましたが、二人とも親父の「毒親性」について薄々感じていながら、でも結局は「親父を何とか立ち直らせてあげたい」「そうする為には、私も引くべき処は引かなければならない」という所に留まっています。しかし、子どもが何か言って立ち直れるぐらいなら、もうとっくに立ち直っています。それが出来ないから「毒親」と呼ばれるのです。虐待・暴力・暴言の被害者が加害者と何故譲り合わなければならないのか?親父が今までの罪を悔い改め本当に謝罪する以外に、一体どんな「立ち直り」があると言うのか?
 はっきり言って、言っている事が甘すぎます。今回も兄貴は「うちにおいでよ」と言ってくれましたが、それに甘えてしまったら、また前回のように、一週間ほど別居してほとぼり冷ました後に、上辺だけの「手打ち」と引き換えに、親父と同居させられ、また同じ事が繰り返されるだけです。そうなるのが分かっていたから、今回は兄貴からの申し出も断り、早めに物件確保に動いたのです。「経済的独立なくして政治的・精神的独立なし」です。

 その中で、前回記事に転載した「実家を出るまでの経過報告」については、そこから「安倍晋三」云々のくだりだけをカットしたものを、改めて兄貴夫婦に渡しました。いくら親父が安倍晋三に似ているからと言っても、そんな事を今更親父に指摘した所で、「お前は思想的に偏っているから結婚も出来ないのだ!」と、さらに歪んで捉えられるだけだと、兄貴に諭されました。その事で、本来議論すべき親父の問題がぼやけてしまっては何もならないので、このくだりについては丸ごとカットしました。
 それを親父にも郵送してやろうと当初は考えていましたが、もう止めました。兄貴の話によると、親父はいまだに「婚活する気がないと私がはっきり言わなかったのが悪い」と思っているようです。実際は、私が何度もそのように言っているのに、親父が勝手に先走って浮いてしまっただけなのに。その親父の「毒親」としての独りよがりでワンマンな性格こそが、今の家庭内の最大の問題であって、婚活の強要は、あくまでもその現れにしか過ぎないのに。そんな事をまだ言っているようでは、何を話し合っても無駄です。
 親父に言いたい事は、最後のメールで既に伝えています。この経過報告文書は、後々の検証資料、証拠物件として、私の手元に保管しておく事にします。

 但し、実家を出た事で、経済的に厳しくなったのも事実です。毎月約18万円の給料から、税金・社会保険料・家賃・携帯電話代・医療費(腰痛の治療に毎月2万円前後)・個人年金保険料(生命保険の返戻金を元手に運用しているが保険料も毎月2万円余り支払)諸々合わせた出費を差し引くと、3万円前後しか残りません。1日当たりに換算するとわずか千円前後です。水道・洗面所は共有で、個室には流しもコンロもないので自炊もできません。毎日の食事は、昼の社員食堂以外は、外食かコンビニ弁当でしのぐしかありません。
 そこで、ズボンのポケットに入るほどの小さな手帳に、毎日の出費を記録する事にしました。自動販売機で買う缶コーヒー以外は全てその手帳に記録しています。転居してしばらくは何かと入用な物があるので、しばらくは赤字続きとなるでしょうが、少しでも赤字額を減らして、何とか収支トントンぐらいに持っていけたらと思っています。競馬も、もう止めます。パソコンは実家に置いてきたので、このブログ更新も新世界や難波のネットカフェから投稿しています。更新は絶やさないつもりですが、更新頻度は以前よりは落ちると思います。悪しからずご了承下さい。

毒になる姑
クリエーター情報なし
毎日新聞社




 図書館で、スーザン・フォワード・著「毒になる親(毒になる姑)」を借りてきて読み始めています。毒親問題の古典的名著で、「毒親」という言葉も、この人が最初に言い出したそうです。私が借りたのは毎日新聞社から刊行されたハード・カバーの方ですが、より一般的な講談社の文庫版は、どこの図書館も貸し出し中で借りられませんでした。他にも同じような悩みを抱えた人が大勢いる事が分かります。これを二週間かけて読もうと思っています。
 昨夜は近くの三角公園で行われていた第46回釜ヶ崎夏祭りに行ってきました。そこでSHINGO★西成のライブを堪能してきました。その場では一悶着もありました。元々、故郷に帰りたくても帰れない「あいりん地区」の人々が、盆の間だけでも故郷にいるような気分でいられるように、という事で始まった夏祭りなのに、いつのまにか、地元住民そっちのけで、ライブ目当ての客が会場を占拠するようになってしまっていました。それに対して、SHINGO★西成が「こんな事では、もう来年は来ない!」と言ってしまったのです。祭り関係者のとりなしで、どうにかその場は収まりましたが、一体何の、誰のためのお祭りかという事を、私も含めて、今一度思い起こさなければならないと思いました。
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プレカリアート家の安倍晋三

2017年08月09日 09時49分00秒 | 当ブログと私の生い立ち
再び私が家を出るに至る経過
2017年8月9日 プレカリアート

★8月2日(水)17時21分に、私から親父に送ったメールと添付写真

今、◯◯駅◯◯の中。これから帰る。今日、難波の黒門市場で観光客に撮って貰ったこの写真を、■■会に出す身上書に添付する事にする。既に、◯◯の中にあるカメラのキタムラで、身上書のサイズに合わせて現像して貰った。これは特注サイズになるので1枚400円近くしたが、身上書とは別の6枚の写真については別にサイズの規定もない様なので、こちらは1枚37円で現像できる既存のL版(身上書写真よりも少し大ぶり)で仕上げようと思う。(※写真は下記参照)

★8月6日(日)夕方、帰宅前に親父と交わしたメールのやり取り

(親父から私へ)
Re:
今夜は夕食ビフテキ~うまく出来るかな
帰ってからする

(私から親父へ)
分かった。婚活の身上書、添え書も書けたで〜。但し、写真は、原本で提出しなければならない場合も想定して、ベタッと貼らずに、両面テープで直ぐに剥がせる様に貼った。

★8月6日夜、自宅での親父とのやり取りの概要

 夕食後、実家2階の自分の部屋でくつろいでいると、親父が私を呼ぶ声がして、私は1階の親父のいる部屋に降りて行った。
 親父が私を呼んだ用件は、前述の■■会に提出する身上書の内容についてだった。
 「■■会」と言うのは、親父が1948年(昭和23年)に卒業した◯◯大学の同窓会の名称だ。その同窓会組織が、会員サービスの一環として、会員とその子息に対し、仲人(結婚相談室)の仕事も格安で請け負っていた。
 親父は、その■■会の結婚相談室に提出する身上書の内容が拙いので書き直すよう、私に指示して来たのだ。

 親父は、まず、「年収欄」の「年収200万円」との記載に対して、「これでは余りに少な過ぎる。これでは誰も嫁に来ないから、金額をもっと上乗せするように」と言って来た。
 私も、その点については薄々自覚していたので、ある程度下駄を履かす事については了承した。
 ただ、その時に親父が言った下記の物言いに対して、非常に違和感を覚えた。
 何と親父は、「私が将来もらえるであろう個人年金の額や、親父が私名義で運用している株式の資産額なども、年収欄に計上しろ」と言って来たのだ。
 しかし、年収はあくまでも、一年間の収入にしか過ぎない。資産とはまったく別物だ。
 それに対し、親父の言っている事は、いわば「損益計算書の収支欄に、貸借対照表の資産や負債も計上しろ」と言うようなものだ。「本来、比較の対象にすべきではない別物の数値を計上しろとは、親父はまた何と非常識な事を言うのか」と、その時、非常に奇異に感じたのを覚えている。

 その次に、親父は「家族欄も、親父や兄貴、妹の名前だけでなく、亡くなった母親や兄貴の嫁、妹の旦那の名前も書け」と言って来た。
 でも、普通は、婚活のプロフィール欄に家族として書くのは、直系親族までだと思っていたので、この点についても非常に奇異に感じた。
 身上書の家族欄には、記載者の生年や最終学歴(出身校)も全て記入しなければならない。直系親族の範囲までなら、生年月日や最終学歴もすぐに書ける。でも、それ以外の妹の旦那あたりまで家族欄に書かなければならないとなると、そんな事まで一々知っている訳がないので、直接当人に問い合わせなければならない。
 冠婚葬祭の時ぐらいしか会わない相手に対して、いきなり電話して、そんな事を聞かなければならないのは、正直言って億劫だ。それでも親父は「聞いたら良いじゃないか」と、事も無げに言う。
 その上、身上書に記入する記載者の並びも変わってしまうので、全部一から書類を書き直さなければならない。段々、書くのが面倒くさくなって来たのを覚えている。

 しかも、この辺りから、親父の物の言い方が、次第に興奮気味で威圧的な物に変わって来た。
 「別に今そこまで書かなくても、私の書いた内容で■■会に一旦提出した後に、同窓生(親父)とその息子同伴で、正式に会員登録に■■会事務局に赴いた際に、事務局の人に相談して、必要に応じて書き直せば良いではないか」と、私が言っても、親父は聞く耳を持たず、自説に固執し続けた。

 そして、決定的だったのが、「私服の写真では、まるで遊び人みたいだ。家族全員が写ったこの写真と差し替えろ」という親父の発言だった。これには、さすがに呆気に取られた。
 何故なら、私が最初、「身上書に載せる写真はスーツ姿が定番だが、俺はそんな形式ばった格好は性に合わん」と尻込みしていたのを、「婚活なんてプライベートな物なんだから、別に私服の写真でも良いんじゃないか」と言っていたのは親父の方だったからだ。それなのに、今まで言っていた事と正反対の事を今になって平気で言うとは…(呆)。そのたびに振り回されたのでは、もう堪ったものではない。
 おまけに、添え書(身上書とセットで出す書類で、写真はこちらに貼る事になっている)に貼る写真は縦長でないといけないのに、親父の出してきた写真は、何と横長サイズだった。
 「これでは、写真だけ横向きに貼らなくてはならない。それでは余りにも不自然だ」と私が言っても、「横向きに貼れば良いんだ」「お前はわしの言う通りにすれば良いんだ」の一点張りで、もう完全に聞く耳持たずだった。
 「遊び人の私服写真」よりも、むしろこちらのほうが、よっぽど不自然ではないか。


私が最初に撮ってもらった写真(左)と、親父がこれと差し替えるように言ってきた写真(右)

 第一、婚活するのは、あくまで私であって、家族なんかではない。しかも、その写真の中央に写っているのは親父で、家族は私も含め、その周りを取り囲むようにして写っている。そんな写真を貼ってしまったら、一体誰のプロフィールか分からなくなるじゃないか。親父は「他の家族と区別したければ、自分の頭上に何か目印を施せば良いではないか」と言うが、何故わざわざ、そんな事してまで、せっかく私が撮ってきた写真を、家族の写真と差し替えなければならないのか?
 そこまでしてまで、家族の写真にばかりこだわるのは何故なのか?やはり親父は、戦前の「家制度」中心の発想をいまだに引きずり、「息子の婚活についても、仕切り役はあくまで親の俺だと言いたいのか?」と、勘ぐりたくもなる。

 現代のファミリーとは違い、戦前の家族制度の下では、家族の間にも序列が厳然と存在した。
 戸主の夫が一番偉く、財産を相続できるのも長男だけだった。その制度においては、次男坊以下は「ただの一兵卒」「使い捨ての消耗品」でしかなかった。女性に至っては「ただの産む機械」としか見なされず、参政権すら与えられていなかった。天皇を頂点とする、このような制度の下では、今のような個人主義や男女同権の発想は、ほとんど広まらなかった。
 戦後になって、ようやくそんな世の中から抜け出し、曲がりなりにも民主主義社会となり、そこからもう70年以上も経つのに、いまだに親父は、そんな戦前の大日本帝国の頃の発想から抜け出せないのかと、自分の親ながら情けなくなった。

 今の内閣総理大臣をやっている安倍晋三も、そんな親父みたいな人間だ。頭の中にあるのは、祖父の岸信介(元A級戦犯)が生きた戦前日本への憧れだけ。しかも、政治家の二世議員として苦労知らずに育ったせいか、人の痛みが分からない。だから、数年前に、最初に残業代ゼロ法案を国会に出してきた際も、「残業代が支給されなくなったら、労働者はむしろ早く帰るようになるだろう」と、労働者が最低限の人員でサービス残業を強いられている現状もわきまえず、能天気な事が言えるのだ。そして、労働者を単に人材(モノ)としてしか見る事ができず、電通の過労死事件があった後も、全然反省せずに同じような法案(「高度プロフェッショナル職」創設法案)を性懲りもなく提出できるのだ。

 安倍は、安保法制や共謀罪法案の審議においても、野党の質問には何らまともに答えず、居直りや逆ギレに終始し、強行採決を繰り返して来た。憲法改正論議においても、仲間内では、単に憲法9条改正だけでなく、国民主権や基本的人権、平和主義の思想そのものまで敵視し、「家族の尊重」義務まで国民に課すような改憲案を党内に提示している。そのくせ、国民向けには「憲法9条もそのまま残し、自衛隊の規定を書き加えるだけだ」と、それまでの党内議論とも異なるウソを平気でつく。そして、「アベノミクス」なる株価バブル演出の粉飾決算みたいな手法で、国民を煙に巻いてきた。

 コロコロ言う事を変える。矛盾を突かれたら直ぐに子どもみたいに逆ギレする。自分の言いなりになる人間は、加計学園の理事長のように可愛がるが、自分に刃向かう人間に対しては、森友学園の籠池・前理事長みたいに晒し者にする。安倍信者だった籠池を反安倍に追いやった自己保身への反省もなく。二言目には北朝鮮や中国の脅威を言い募りながら、理想とするのは北朝鮮と同じ戦前のような世の中。人権とか民主主義とか、少しでもリベラルがかった事を口にしようものなら、すぐに逆上して頭ごなしにアカ呼ばわり。その挙句に、東京都議選で惨敗に追い込まれても、謝罪の席ですら野党にその責任をなすりつけ、自分に都合の良いように解釈し、それを反省と開き直る…。まさにウチの親父と、論理展開がそっくりじゃないか!

 そこで私が、「婚活するのは、あくまで私個人であって、家族ではない」と言った途端に、親父はまた逆ギレして、「もう勝手にせえ!」と突然怒鳴り出し、その写真を放り投げてしまったのだ。
 私の方は、普通に自分の意見を言っているだけなのに。思い通りにならないと、直ぐに子どもみたいに逆切れする親父の方が、よっぽど「勝手」じゃないか!…憤りは頂点に達した。
 親父も、さすがに逆ギレしたのは拙いと思ったようで、後で2階の私の部屋に上がって来て、「別に今の写真でも良い」と言ったが、謝罪もしない親父に対して、怒りは一向に収まらなかった。

 親父との間には、昨年も婚活を巡って、同じようなトラブルがあり、それを契機に、私が一時家出にまで至った事があった。それ以外にも、親父とは色々あったので、8月7日(月)午前6時半頃に、親父に下記のショートメールを送信し、また実家を出る事にした。もう今度は二度と実家には戻らないつもりだ。このままでは、いくら親父が反省や謝罪を口にし、私が親父と和解しても、また前回や今回みたいな事が繰り返されるだけだからな。何故、親父が私から「毒親」と呼ばれるのか、親父はいまだに理解できないでいる。

★最後に親父に送ったメール

 結婚キチガイの親父へ。
 昨夜の一件で、親父が昨年の事件に対して、反省は言葉だけで、実際は全然変わっていない事がよく分かった。
 こちらは普通に冷静に話しているのに、親父は直ぐに逆ギレし、一方的に自分の意見ばかりまくし立て、人の意見を全然聞こうとしない。
 その癖、都合が悪くなると、直ぐ「親子だから話し合えば分かる」と泣き落としにかかり、親子の繋がりをまるで免罪符のように、自分にとって都合よく利用する。
 そんな中においては、まともな会話なぞ成立するはずがない。それで、いつも俺の方が譲歩して来た。
 もう、そんな下らない事で神経をすり減らさなければならないのは沢山だ。(続く)

 (続き)
 結婚するもしないも、個人の自由だ。そして、どんな人間にも人権があり、自由・平等に生きていく権利がある。その権利は、たとえ親であっても犯す事は出来ない。
 こんな当たり前の事も分からず、お互いよい大人になっても、未だに親父は俺のやる事や生き方にケチを付け、一々指図がましく干渉して来る。もうウンザリだ。
 婚活も、昔は好きでも嫌いでも無かった。しかし、今の様に、一々親父の顔色を伺いながら、親父の言う通りに動かなければならない婚活なら、もう二度としたくない。■■会に出す書類は、身上書も含め、全部破棄した。(続く)

 (続き)
 今度という今度は、親父が本当に変わらない限り、絶対に実家には帰らない。もう口約束だけではダメだ。「もう二度と、息子の生き方に干渉せず、息子の自由や人権を侵害しない。もしそれが出来なければ、親父の方が実家を出る」という位の内容で、誓約書として提出しない限り、実家には帰らない。(終わり)

★参考資料(別紙)(※いずれもネット非公開)

 ■■会の結婚相談室に提出予定だった身上書(添え書)
 私が親父に書かそうと思っている誓約書の文案
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雨宮の迷走ニュースを読む

2017年07月09日 22時44分26秒 | 当ブログと私の生い立ち
 ひょんな事から「雨宮の迷走ニュース」というブログの存在を知りました。このブログを書いている雨宮紫苑(あまみや・しおん)さんは、まだ20代の女性で、日本の学校生活や職場環境に馴染めず、数年前にドイツに渡り、そこでずっとフリーライターをしています。このブログも2015年から書き始めたのだそうです。そこに書かれている日本人や日本社会への感想が、私がずっと感じていた事と余りにもよく似ているので、私のブログでも取り上げる事にしました。たとえば次の記事。

 日本人の私が、どうしても受け入れられなかった日本文化5つがこれだ

 1. 正しいことを言っても怒られる
 2. 議論せずに「面倒くさい」扱いされる
 3. 社交辞令も嫌い、空気読むのも無理
 4. マイノリティ(少数派)になると妙に目立つ
 5. こうするべきっていう規定路線

 高校時代に文化祭で出し物の提案をしたら、提案内容の是非よりも「空気を読め」とかいう訳の分からない理由で、他のクラスメートから拒否された。学校でも職場でも、自分の意見を言うと嫌われる。それでも突っ張って自分の意見を押し通そうものなら、協調性のないワガママな人と頭ごなしに決めつけられる。一流大学に入って一流企業に就職してとか、「こうじゃなきゃだめ」っていう押し付けが余りにも目につく。それも「善意」で押し付けてくるから余計に始末が悪い…。
 これ全部、今まで私が経験してきた事じゃないですか。今までのバイト生活の中でも、自分は丁寧な仕事を心がけているだけなのに、他人からは遅いと言われ、早いだけで雑な仕事を強いられたり。ある配属先では「検品なんかに時間かけるな、検品なんて適当に数合わせときゃあ好いのだ」とまで言われました。私が職場内で撒いた業務改善や職場環境の改善を呼びかけるビラ配布を会社に告げ口されたり。酷い場合は特に理由もなく、いきなり暴力を振るわれたり。親からも、小さい時に家庭内暴力を振るわれたり、生協に入ってからもパワハラの被害に遭ったり。私の人生は、ある意味、そんな理不尽な暴力や同調圧力との闘いの歴史でもありました。

 夢はライターで生計を立てること。記事と希望を売りたい

 これも今、漠然とではありますが、私が抱いている理想の生き方です。今までは人に合わせる事ばかり躾けられてきましたが、これからは、もうそういう時代じゃないでしょう。自分の個性がない人間は、かえって「没個性」として「使い捨ての駒」にされるだけです。日本人の美徳とされる「おもてなし」のサービスも、本当に相手を尊重する気持ちから出たものではなく、単に他人の目を気にしているだけじゃないですか。そうじゃなければ、なぜ「おもてなし」の国で、在日朝鮮人差別や生活保護叩きが横行するのですか?「このハゲー!」と暴言を吐く女が、与党の国会議員や政府の政務官になれるのですか?
 そういうのを突き詰めていくと、どうしても、今の安倍政権やそれを盲目的に支持するネトウヨ日本人の国民性を問題にせざるを得ないのです。もちろん、安倍政権を倒したからと言って、それで日本が直ぐ良くなるとは私も全然思ってはいません。でも、森友・加計学園の問題一つとっても、あれだけ腐敗した政権がなぜ今も4割前後の国民から支持されているのか?それもこれも、全て「強い者には何も言えず、弱い者に当たるしか能のない」日本人の社畜・奴隷根性ゆえじゃないですか。例の井下が、バイトには偉そうに振る舞いながら、自分の上司や会社には何も言えないのも、全て、この悪しき国民性によるものじゃないですか。
 私は、その日本人の社畜・奴隷根性を、ブログを通して少しづつ変えたいのです。それが、今はまだ漠然とした形ではありますが、それが今の私のライフワークです。今の非正規の仕事なんて、それを支える為の飯のタネでしかない。結婚の優先順位なんて、そのライフワークと比べたら、二の次、三の次でしかない。それを、やれ非正規や独身だからとか、そんな物差しでしか人間の値打ちを評価できない奴なぞ、私にとっては軽蔑の対象でしかない。
 但し、最初ブログを始めたのは、そんな政治的な動機からではなく、単にパソコン教室で習ったインターネットの技術で自分も何かやってみたいと、単純に思っただけです。それが、ちょうどそのインターネットをやり始めた2001年に、ニューヨークの同時多発テロが起こり、米国がアフガン・イラク戦争にのめり込み、日本もそれに加担する中で、それに疑問を感じて立ち上げたのが、今の私のブログです。「アフガン・イラク・北朝鮮と日本」というブログの名称も、そこから来ています。その後、職場の問題や自分の生活上の問題も取り上げるようになる中で、今のブログのスタイルを確立していったのです。

 嫌なことから逃げて何が悪い?耐えれば成長するとは限らない

 日本人の勤勉さも、過ぎたるは何とやらです。変に勤勉だから、勤務先がブラック企業と分かっても、なかなか逃げ出す事が出来ず、逆に自分を更に追い詰めてしまい、過労死やうつ病を引き起こしてしまうのです。場合によっては逃げる事もアリです。私が生協を辞めたように。そりゃあ、皆でブラック企業と闘って解放を勝ち取るのに越した事はありませんが、皆が皆、革命家のように振る舞えるとは限りません。そうでない人の方が圧倒的に多いのですから、まずは逃げて、自分の安全な居場所を確保するのが先です。安全な居場所も確保できずに、革命なんて到底無理です。逃げて新天地に移る事で、かえって自分の新たな才能が発揮できる場合だってあります。

 その一方で、「これはちょっと違うんではないか?」と思う記事も、いくつか見つかりました。たとえば次の記事。

 夢がない若者に喝。ホリエモン「やりたくないってのは逃げてるだけ」

 なるほど、言いたい事は分かります。雨宮さんが、そのホリエモンの物言いに感動するのも、雨宮さんの経歴を考えれば、充分納得は出来ます。でも、本当にそれだけで良いのでしょうか?果たして、ホリエモンが言うように「やりたいことがないっていう若者は実現できないと思って逃げてるだけ」でしょうか?
 たとえば、奨学金制度でようやく大学を卒業できても、安かろう悪かろうの求人ばかりでは、せっかく就職しても、奨学金の利払いだけで給料が消えていきます。日本の奨学金制度は給付型ではなく貸与型が大半で、学資ローンが半ばサラ金と化してしまっているのが実態ですから。その中で、リストラに遭い失業したり、非正規雇用になってしまったら、もう何百万円もの奨学金の残債を返すのは無理です。世の中には、個人の努力だけではどうにもならない問題もあるのです。そんな事にまで個人の努力だけに原因を求め、「新垣結衣と結婚したかったら、したら好いじゃん?君なら出来るよ。最初からやろうともせずに諦めるのは怠慢」と言ってしまうのは、ちょっと酷じゃないかと思います。

 1文字1円ライターの風評被害。スタートはみんな「ゼロ」からだよ

 1文字1円のライター報酬を低賃金だの搾取だの騒ぐのは甘えだ。そもそもライター(作家、著述家)は自分の書いたものが売れてナンボの世界。プロ野球選手や競馬の騎手と同じ。サラリーマンなんかの労働者と同列には扱えない。8時間労働や最低賃金の概念なぞ最初から存在しない。誰でも最初はゼロからのスタート。稼ぎたければ自分で努力しなさい・・・。というのが、この記事の主張なのでしょう。
 しかし、本当にそれだけの問題でしょうか?例えば、末端のアニメーターが1動画10円などの低単価で、1日15時間休みなしで動画を描き続けて、ようやく月10万稼げるかどうかの収入しか得られないのは、単に作品の良し悪しよりによるものではなく、プロデューサーや広告代理店が、巨大な資本力を背景に、暴利をむさぼる構造があるからです。「ブラック企業→そんなとこ、とっとと辞めたら良いじゃん?→むしろ、人に雇われるより雇う側になれば?→実力主義→弱肉強食で一体何が悪い」…という堂々巡りのままでは、奴隷が奴隷主に取って代わるだけで、奴隷制度もブラック企業も永遠に無くならないと思います。だからこそ、プロ野球選手も労働組合(プロ野球選手会)を作るようになったのではないでしょうか?

 海外はもう特別じゃない。「日本を出る」ことを真剣に考えるべし

 しかし、そんな賛同できない記事が一部にあったとしても、このブログを読むと勇気が湧いてくるのは確かです。もう私ぐらいの年齢になれば、どうしても悲観的に物事を考えてしまいがちです。自分では慎重に人生の事を考えているつもりでも、実際は単に臆病なだけだったりする。それに対して、このブログは、今までの私にはなかった視点を提供してくれて、非常に気付かされる事が多いです。
 上記の記事もそうです。私もそうですが、日本みたいな島国にずっと住んでいて、外国旅行も一度もしたこともない人間にとっては、海外に移住する事自体が、何かとてつもない事のように思いがちです。そんな中で、「地続きのヨーロッパでは、家賃の安い南ドイツに住んで、賃金の高いスイスで働くというのが当たり前」なんて言われると、もうそれだけで元気づけられた気分になってしまいます。それもこれも、地方によってはドイツ語も公用語のスイスだからこそ、余計に可能なのでしょうが。でも、英語もドイツ語もフランス語も、元は同じラテン語だったのですから、だからこそ、ドイツでヒットラーが政権を取りフランスを占領した後も、ドゴールが海外でフランスの亡命政権を樹立し、国内でナチスに対するレジスタンス(抵抗)闘争を組織できたのでしょう。もし、安倍政権が今よりさらに狂暴化してナチスみたいになっても、もうそれで終わりではありません。ドゴールのように海外から抵抗運動を続け、再び日本に舞い戻ってくれば良いのです。今は、もうそれが昔よりもはるかに可能な時代になっています。現に、職場のベトナム人バイトも、日本語を思うように喋れない中でも何とかやって行けているじゃないですか。
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親父改造計画、進行中

2017年06月11日 22時13分30秒 | 当ブログと私の生い立ち
家族という病 (幻冬舎新書)
クリエーター情報なし
幻冬舎

 昨年秋に、親父と決定的に仲たがいし、一週間ほど実家を離れていました。その後、親父とよりを取り戻し、今は平穏に実家で一緒に過ごしています。(参考記事
 あれから親父も徐々に変わって来ました。そして、今ではようやく、夕食後に世間話ができるようになりました。世間では、それが当たり前なのでしょうが。それでも、今までの親父からすれば、息子の話を素直に聞くようになっただけでも、大きな変化なのです。
 なぜなら、それまでの親父と言うのは、表面上は相手に歩調を合わしているように見えても、心の中では「常に自分が一番正しい」「常に自分が一番偉い」と思っているような人でしたから。昔は常に家の中でお袋に暴力を振るっていました。私に対しても、親父に従順だった幼少期こそ私に優しくしてくれましたが、反抗期に入り親父と衝突するようになってからは、私の事を二言目には「片意地」「変子(へんこ)」呼ばわりするようになりました。

 いくつか例を挙げます。
 (1) 私は高校生の時に部落研(部落問題研究会)に一時期籍を置いていました。親父はその部落研加入に強硬に反対し、部員から自宅の私宛にかかってきた電話を全く取り次ぎませんでした。
 (2) 大学から帰ると自宅に共産党の機関紙「赤旗」が置いてありました。どうやら職場で共産党員に購読を進められ、断り切れなかったようです。渋々、短期購読させられたようで、家族の目の前で「赤旗」の領収書を丸めて捨ててしまいました。そのくせ、自宅で購読しながら、私には「思想かぶれになる」と、読ませないようにしました。それも、私には直接言わずに、陰でコソコソお袋に言い含める様にして。
   (3) 同じく大学時代に、地元の中学校で生徒のいじめ自殺事件が起こり、校長・教頭が隠ぺい工作に走る中で、教職員組合がそれを批判するビラを地域に配布し、自宅にもそのビラが入りました。家族の中でそのビラの事が話題になり、親父が組合を一方的に「アカ」「クレーマー」呼ばわりしだしたので、私がそれに異を唱え、その中で私が何気なく「民主教育」という言葉を口にした途端に、その言葉になぜか過剰反応し、私は親父から、いきなり怒鳴りつけられました。
 (4) 私が大学卒業後に、親の紹介で一年間、私立高校の講師を勤めた後、自分の意志で地元の地域生協に就職した時の事。既に配属が決まり仕事を覚え始めなければならない時期であったにも関わらず、それでもまだ親父は教職にこだわっていました。当時、親父は公務員の上級幹部だったので、教育委員会にまで手を回して、私に無理やり教員採用試験を受けさせようとしました。この時も、私には直接言わずに、お袋を使って。お袋が泣いて私に受験する様に頼むので、私は日曜日に、仕方なく一次の筆記試験だけ受け、その代わりに、意趣返しに白紙の答案用紙を出して来てやりました。親父はカンカンになって怒っていましたっけ。

 そういう感じなので、若い頃は、ほとんど親父との対話はありませんでした。親父も、この白紙答案提出以降は、すっかり私にさじを投げたようで、ようやく何も言って来なくなりました。
 それから長い間、親父とは、特に政治の話題はお互いに避ける様にしてきました。どうせ話しても喧嘩になるだけですから。そういう中で、久しぶりに再び親父と対話が始まったのです。最初は鬱陶しいなと思っていた私でしたが、同時に、親父のこれまでの封建的な性格を少しでも変えるチャンスだと思い、私もなるべく親父と政治談議をするようにしたのです。

 もちろん、若い頃のような喧嘩腰ではなく、穏やかに、親父にも分かるような物言いで、ちょうどブログに書いているような事を、食後の雑談の中で徐々に喋るように心がけました。職場の問題とか、トランプ大統領の話とか。最近では、森友・加計学園疑惑を例に引いて、安倍政権の縁故政治を批判するようにしています。

「親父、今の安倍政権、ちょっとおかしいと思えへんか?森友学園の問題にしても、幼稚園児に教育勅語を暗唱させるような教育を、手放しに礼賛して。そのくせ、問題が明るみになった途端に、掌を返すように『私は知らん』とか言い出して。加計学園の問題にしても、これからは少子化で学生の数も減って来るので、獣医学部の新設なぞ認められないと言っていたのに、安倍のお友達の学園理事長(下の写真の左端の人物)が獣医学部の新設を申請した途端に、鶴の一声で認めてしまって。マスコミは韓国・パククネ前政権の縁故政治を批判しているけど、日本の安倍政権もそれと同じじゃないか」

 そう言ったら親父は何と言ったと思います?「ホンマ、その通りやな」と。これが普通の感覚なのでしょうけれど、今までの親父の発言や態度からしたら、「大きな変化」「大きな進歩」だと思いませんか?なぜなら、親父は最近こそ、兄貴の影響で維新を支持する様になりましたが、それまではずっと自民党支持で、選挙のたびに自民党に投票していましたから。

 トランプ大統領の話題の時も、親父はトランプに批判的で、不法移民流入防止の為に、トランプがメキシコ国境に壁を作り、その費用をメキシコに負担させると言っている事についても、「独りよがり」と批判していたのは意外でした。自宅で購読している産経が、どちらかというとトランプ寄りの記事が多かった印象で、親父は毎日、その産経を熱心に読んでいましたから。私はすかさず、仕事帰りに見たスーパーの売り場でメキシコ産アボカドの特売セールをやっていた事や、米国がそのアボカドを輸入しており、国境を閉鎖すると困るのはむしろ米国の方である事、そもそも米国に不法移民が流入する様になったのも、米国主導のNAFTA(北米自由貿易協定)締結によって、メキシコに安い米国産農産物がなだれ込むようになり、食えなくなったメキシコ農民が不法移民化した為であって、その原因を作ったのは米国である事などを、親父に説明しました。(参考記事

 

 それで今、親父と何を話し合っているかと言うと、

「うち、昔から新聞は産経しか取って来なかったけど、もう産経なんて購読するの止めたらどうやろか?今、文科省前次官の出会い系バー記事の問題で、読売が御用新聞だと批判にさらされているだろう?産経なんて、もっと酷いじゃないか。書いている事は野党の揚げ足取りばかりで。もう21世紀になるというのに、天照大神(あまてらすおおみかみ)がどうたら楠木正成(くすのきまさしげ)がこうたらとか、暗に神話教育の復活をほのめかすような連載を一面トップに載せたり。時代錯誤も甚だしいで。」(参考記事
「親父、初代の神武天皇が橿原神宮で即位したとされる約2700年前なんて、日本はまだ石器時代やったんやで。3世紀の邪馬台国の時代よりも、キリストが生まれるよりも更に昔に、橿原神宮なんて、そもそも存在するはずがないじゃないか。」

「産経や読売なんて、首相官邸や警察発表のリーク記事がほとんどなんだよ。それが証拠に、あの出会い系バーの記事にしても、情報の出所を全然明らかにしていないじゃないか。自分たちが怪文書みたいな記事を書いておきながら、(加計学園獣医学部認可ゴリ押しの動かぬ証拠となった)『総理のご意向』文書を怪文書だと批判する資格が、産経や読売にあると思うか?」
「朝日や毎日も、実は産経や読売とそんなに違わない。記者クラブに入らなければ官邸の取材が受けられないから、みな官邸に遠慮して安倍政権の批判をしなくなった。しても及び腰の、腫れ物に触るような『批判』ばかり。これじゃあ、昔の大本営発表と同じじゃないか。今の政府広報と同じじゃないか。そんなモノに、わざわざ購読料払ってまで読む必要があるのか?」

「確かに、そんな事言いだしたら、どの新聞も読めなくなる。親父はインターネットが出来ないから、なおさらだ。だから、新聞購読するのは仕方ないとしても、せめて、もう少しマシな新聞に購読を変えてみないか?」
「最近はNHKも、クローズアップ現代の国谷キャスターが更迭されたりして、段々、自由にモノが言えなくなって来ている。これでは、旧ソ連や今の中国、北朝鮮の国営放送と同じじゃないか。そういう意味では、民放もNHKと似たり寄ったりだけど、まだ多少はマシな番組もある。親父もNHKばかり観ずに、たまには民放も観たりして、なるべく複数の情報源から情報を得るようにした方が良いのじゃないか?」

 

 そんな話を、この間、親父とするようになりました。

 その中で、またもや親父が見合いの話を持ってきました。それも、私が全然、名前も顔も知らない東京の遠い親戚筋の話を。何でも、十数年前に絵をくれたその親戚に、当時まだ娘さんがいたそうです。その娘さんが今も独身なら一度会ってみないかと。その絵は、今も我が家の応接間の壁に掲げてありますが、肝心の娘さんは一体どんな人で、今どうしているか、親父もよく知らないのに。そんな、雲をつかむような話を、何でわざわざ今頃持ち出してくるのか。だから、私は親父に次のように言ってやりました。

「親父、安倍昭恵っておるやろ。総理大臣・安倍晋三の嫁や。その安倍昭恵が、総理夫人でありながら、なぜ家を空け、毎日のように外を飛び回っているか、知ってるか?」
「姑(しゅうとめ)の岸洋子からいびられるからだよ。安倍晋三も岸洋子(夫はA級戦犯の岸信介)も、右翼的で封建的な家庭で育った為に、伝統や世間体といったものにばかりとらわれ、個人の自由な生き方を認めて来なかった。そんな岸洋子からすれば、森永製菓創業家のお嬢様として自由気ままに育てられた昭恵は、いわば目の上のたんこぶだ。安倍晋三も、自分は昭恵の夫のくせに、おばあちゃん子のマザコンよろしく、常に岸洋子の言いなりで、全然、昭恵をかばおうとしない。だから、昭恵は家に居づらくなり、外で居酒屋を経営したり、変な新興宗教にかぶれたり、口車に乗せられて森友学園の名誉校長を引き受けてしまったのだ。本気で嫁いびりに打ち勝とうと思うなら、それを生み出した封建的な家族関係から変えていかなければならなかったのだが…。ところが、お嬢様育ちの昭恵は、そこまで性根が座っていなかった。だから、同じような封建的・右翼的な体質の森友学園に絡み取られてしまったのだ。」
「俺は安倍昭恵みたいには絶対にならないからな。もし、仮に相手と見合いする様になっても、昔みたいに、釣書の文面にまでいちいち干渉して来るなよ。見合いするのは親父ではなく、あくまで俺なんだから。自分のプロフィールぐらい自由に書かせろ。俺と親父はそれぞれ価値観が違う。世の中、色んな価値観があって色んな人間がいるから面白いんだ。どんな人間にも自由に生きる権利がある。そして、どんな人間もみんな平等や。誰が誰よりも偉いとか、男はみんな所帯持ちで出世しなければならないといった、そんな古臭い鋳型に俺を無理やり押し込まないでくれ。昔、書かされたような、あんな「馬の血統書」みたいな堅苦しい釣書しか書けないんだったら、もう二度と見合いなぞしてやらないからな!」

 そこまで私が一気にまくしたてたので、親父は「分かった、分かった」と、うなづくのに精一杯のようでした。

 世間の人が見たら「お互い、もう好い歳した大人なのに、なぜ釣書の内容までいちいち干渉して来るのか?」と思うでしょう。私もそう思います。でも、親父にはそれがまだまだ分からないのです。なぜなら、親父は「毒親」だから。その「毒親」ぶりたるや、すさまじいものでした。
 私の思春期から二十歳代ぐらいまでは、私の人生は、ある意味、そんな「毒親」との闘いの歴史でした。その後、時間の経過とともに、親父の「毒親」ぶりも鳴りを潜めていきました。ところが、兄弟が相次いで結婚・独立し、お袋が亡くなると同時に、再び親父の「毒親」ぶりが頭をもたげてきました。それは、この間、ブログで書いた通りです。

 「毒親」とは、子どもの教育に悪影響を与える親の事です。その容態は、身体的暴力や精神的暴力から近親相姦に至るまで様々です。「毒親」に育てられた子どもは、「毒親」以外の家庭を知らない為に、様々な性格のゆがみを抱える事になります。必要以上に他人の目を気にして、常にビクビク・オドオドし、普通に自己主張が出来ない、まともにコミュニケーションが取れない人間に育ってしまうのです。私も学生時代は一時期そういう状態にありました。自分を客観視できるようになって、ようやく「毒親」の呪縛から逃れられるようになったのです。
 先日、私のブログに現れた「荒らし」が、「何てお前は親父に冷淡なのか。衆人環視のブログにまで、わざわざ家の恥をさらして。もっと親孝行してやったらどうか?」と、私に言い放ちました(参考記事)。しかし、私に言わせれば、そんな物言いこそ、能天気で無責任な戯言でしかありません。場合によっては「衆人環視のブログ」に敢えて「家の恥」をさらさなければ、自分の家庭の異常さを自覚し、自分を客観視できるようにはなれないのです。
 「年寄りはもう変わらない」。確かにそうかも知れません。でも、それでも、今後も親父が健在の間は、ともに一つ屋根の下で生活していかなければならないのだから、ある程度は変わってもらわないと困るのです。

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