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従軍慰安婦と新自由主義

2013年05月30日 00時09分33秒 | 都構想・IRカジノ反対!
さいごの色街 飛田
クリエーター情報なし
筑摩書房


●橋下徹発言は、飛田経営者側の視点(澤藤統一郎の憲法日記)

未読だが、「さいごの色街 飛田」という本が話題となっている。井上理津子さんというフリーライターが12年をかけて「現存する最後の遊郭」を取材したルポだという。この本の話題性は、もちろん橋下徹の「従軍慰安婦は必要だった」「風俗業活用を」という、あの妄言をきっかけとしたもの。

毎日新聞の5月16日夕刊に、その井上理津子さんのインタビュー記事がある。
「一連の橋下氏の発言は、社会的弱者への差別や階層社会を肯定していると受け取らざるを得ません。『慰安婦になってしまった方への心情を理解して優しく配慮すべきだ』とも言いましたが『支配階層』からの、極めて上から目線の言葉ですね」という発言が印象的だ。

「私は大阪の遊郭・飛田新地で働く女性約20人に話を聞きましたが、「自由意思」で入った女性など一人もいなかった。貧困だったり、まっとうな教育を受けられなかったりして、他に選択肢がないため、入らざるを得なかった女性が大半でした」「慰安婦になる以外に選択肢がなかった女性にとっては強制以外の何物でもないんです。『軍の維持のために必要だった』という発言に至っては、戦争を容認している証し。正体見たりです」「苦しい事情を背負った女性の境遇、慰安婦に送り出さざるを得なかった家族の思い、社会的背景に心を致しているとは思えない。政治家の役割を果たしていると言えない」とも。

この人が言えばこその説得力である。綿密な現場取材をされた方の発言としての重みを感じざるをえない。

本日(5月25日)付「毎日」朝刊に、林和行さん(カトリック司祭)という方の「橋下発言は権力者の視点」と題する投書が掲載されている。井上志津子インタビューを引用してのものだが、橋下徹がかつてこの街の業者組合の顧問弁護士だったことを指摘。橋下の権力者の視点の根拠について、「井上さんはそこで働く女性の側に立ったのに対して、橋下氏は経営者側の視点に立ったことによるものではないか」という。これも、なるほど。

橋下徹が、飛田の業者組合の顧問であったことについて、林さんの投書では『さいごの色街 飛田』からの指摘を引用している。実は、「大阪では知らぬものとてない公知の事実」とも聞く。(以上引用)
 http://article9.jp/wordpress/?p=392

 橋下が飛田新地の業者組合顧問弁護士だった事実は、5月27日の外国特派員協会での釈明会見でも取り上げられたが、橋下は「組合は合法で何らやましい事はない」と開き直っていたらしい。確かに当該の飛田料理組合は、表向きは貸座敷の料亭が集まった合法の親睦団体だ。いわば吉原や雄琴、福原の特殊浴場組合のようなものだ。しかし、特殊浴場も貸座敷の料亭も、「風俗嬢と客に場所を提供するだけ、後の事は関知しない」というだけで、そこで売春が行われているのはもはや公然の事実だ。
 その公然売春も、上辺だけで見れば確かに「風俗嬢と客との自由契約による商行為」と言えなくはない。しかし、本当に「自由契約による商行為」かと問われれば、実際はDV被害者や母子家庭や地方の過疎地帯出身の女性が、失業や多重債務に陥った末に、やむを得ずそこに流れ着いたケースも少なくないのだ。この前も飛田や松島の新地に女性を斡旋していた暴力団組員やブローカーが人身売買容疑で警察に捕まっただろう。

 これらの新地は元々は遊廓だった。遊廓の「廓(郭)」には、「堀や塀で囲まれた土地」という意味がある。周囲を堀や塀で囲んで、中で働いている遊女の脱走を防いだのだ。今でも飛田新地の西端に残る大門の跡や東端の崖は、いわば当時の名残だ。これは何も江戸時代だけに限った事ではない。娼婦解放令が出され職業選択の自由が定められた明治以降も、実際は借金や口減らしの為に、娼婦が江戸時代と何ら変わらない形で縛り付けられていた。遊郭の建物の窓には鉄格子や網が張られ、第二次大戦の空襲で多くの娼婦が逃げられずに焼け死んだ。

 考えてもみるが良い。何故、風俗嬢の見かけの給料が高いのか。高くしなければ人が集まらない程、その労働が過酷だからだろうが。その見かけの給料の高さも、ノルマやドレス代などの名目で業者にピンハネされ、実際に手元に残るのは僅かなのだが。そして、その過酷な労働から逃避する為に、酒やギャンブルやホストに入れあげ、ますます借金が膨らみ風俗から足を洗えなくなるのだ。
 同じ事は利用する側の男性客にも言える。何故、高い金を払って風俗を利用せざるを得ないのか。現実の低賃金やパワハラなどの社会矛盾から逃れる為に、一瞬の刹那をそこに求めざるを得ないからじゃないか。つまり、アルコールやギャンブルの場合と同じセックス依存症に、大なり小なり陥っているに過ぎないのだ。

 その男性客や女性の風俗嬢に対して、政府・警察や教育者は「違法・不潔」と叫び、右翼は「風俗紊乱で国を危うくするもの」と攻撃し、橋下は「必要悪」と嘯く。一見、それぞれ全然異なる態度で臨んでいるかのように装いながら、過酷労働やピンハネや低賃金などの社会矛盾を放置し続け、当事者だけを悪者にしたり当事者だけの責任に帰したりして、男性客や女性の風俗嬢を貶めているという点では、政府も右翼も橋下も全く同じ穴のむじなだ。

 これは何もこの従軍慰安婦だけに限った問題ではない。橋下の「風俗は必要悪」との理屈で行けば、サラ金やギャンブルやゼロゼロ物件やブラック企業などの貧困ビジネスも、全て「必要悪」の一語で免罪されてしまう。曰く、サラ金を規制すれば誰も貧乏人に金を貸さなくなる。ゼロゼロ物件を規制してもホームレスが増えるだけだ。ブラック企業を規制し過ぎると就職口がなくなる・・・と。実際には、国金や労金などが低利で融資し、公団住宅や家賃補助を拡充し、労働者の権利や国民生活の向上が図られれば、そんな人を食い物にするような貧困ビジネスなぞに頼らなくても良くなるのに。

 「性奴隷」はおろか「従軍慰安婦」という言葉も最近では聞かれなくなり、単に「慰安婦」と呼ばれるようになったが、これもおかしな話だ。元々「従軍」には「軍隊に付き従う」という意味しかない。旧日本軍直属の陸軍報道班員であろうと民間の新聞記者であろうと、軍隊と一緒に移動する限りはみな同じ従軍記者だろう。それと同じだ。それを「国が積極的に関与しなければ従軍ではない」と変な屁理屈をこねるから、「国が積極的にブラック企業を育成している訳ではないから、国には責任はない」「全て個人の自己責任だ」なんて屁理屈もまかり通ってしまうようになるのだ。たとえ軍の直接支配下に置かなくても、営業許可を出し慰安所の運営を助ければ、容認・奨励しているのと同じだ。それは、労働基準法違反や脱法行為を見逃し、残業規制や解雇規制を撤廃しようとする限り、ブラック企業を容認・奨励している事とも何ら変わりはない。

 そういう意味では、従軍慰安婦は決して過去の戦争の話でもなければ、単に上辺だけ見て「強制ではなかった、個人の自由意思によるものだ」と言う話でもない。一見「個人の自由意思」によるように見えても、実際は「他に選択肢がない」という意味では「強制」以外の何物でもないというのは、現代の貧困ビジネスにも通じる姿だ。過去の戦争を美化したり従軍慰安婦を商売女と貶める輩が、現代の新自由主義を美化しブラック企業に大甘で解雇規制を緩和しようとしているのは、決して偶然ではない。橋下・石原や安倍なぞ、その典型だろう。
 先日も、夫がリストラされ、その夫のDVから逃れようと離婚・別居した母子が、生活保護を受給できずに、数か月も後になって大阪・西天満のマンションで餓死しているのが発見された。橋下は、過去の従軍慰安婦を「自己責任」と免罪する事で、現代の生活保護バッシングにも積極的に加担しているのだ。
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