僕にとって愛読書と呼べるものはいくつかあるが、何度読んでも発見があるのがフランスの哲学者アランが書いた「幸福論」だ。哲学というと難解で面倒臭いものと思いがちだが、高校の先生として子供たちに教えていたこともあり、その語り口は平易でフランス人らしくウイットに富んでいる。その講義は、高校の授業を一般人も聴きに来たというくらい面白いものだったらしい。フランス全土の高校生の哲学のテストでは、その高校の生徒が2年連続で優等賞を獲ったこともあったという。
高校生でも理解できた一番大きな理由は、いつでも現実に即した話から離れることはなく、抽象的な話ではなかったからだろう。
昨日もペラペラとページをめくっていたら、こんなことが書いてあり、ハッとした。僕らは何気なく「意志」という言葉を使い、「自らの意志でおこなった」とか「意志が弱い」と言うが、本当のところは意志の力とは何かとはっきり考えたことはない。
アランさんが言うには、意志の力は感情に対してはまるっきり力を持たず、意志の力で感情を別の方向に変えることは不可能なのである。それじゃあ意志の力とは何かというと、僕らの筋肉を動かすことに関してだけ力を発揮するというのである。
確かに、僕らは悲しみや喜び、笑いといったこみ上げる感情を制御することはできない。できるのは涙をこらえたり、笑い声を押し殺したりといったことだけだ。それはあくまで行動を制御しているだけで、感情をコントロールしているわけではない。
そう考えるなら、悲しみに凝り固まっている人には、楽しいことを考えなさいなんて忠告が何の意味もなさないことは明らかだろう。有益な助言とは、立ち上がって歩きなさいとか体操をしてみなさいというような、筋肉を動かすことに関してだけなのだ。
単純な助言だが、バカにする前に、まず自分で試してみるのがいい。自分をコントロールすることは、意外に簡単なことだということに気づくだろう。