タミちゃんの友人から、「息子が絵の道に進みたいと言っているので、何か話をしてもらえないだろうか」というお願いがあった。僕は絵で食っているわけでも、専門の勉強をしたわけでもない。だから、何か意見を言うこと自体大変失礼な気がしたので辞退したかったが、向こうはそういうことも承知の上で、何でもいいから話を聞かせてくださいという。それならと、とりあえず会ってみることにした。絵と言っても広い世界のことなので、作品を見てみないことにはどうしようもない。
で、直接話をしてみると、学校を卒業して就職しなければならないが、できれば好きなことができるような道に進みたいらしい。そこで考えてみると、自分は漫画を読むのが好きなので、漫画家になりたいと決心したようだ。
では、何か作品があるなら見てみましょうと尋ねると、スケッチブックを取り出し最近始めたばかりというデッサンの幾つかを見せてくれた。
ここからプロの漫画家を目指すというのは、最近サッカーを始めた少年がJリーグの選手を目指すくらいハードルが高いのだ。もっとも、本人のやる気と努力次第なので僕には難しいとか無理だとかの判断はできない。世の中には周囲の反対を押し切って何事かを成し遂げる人は数多くいるから。僕としては、なるべくたくさん手を動かして勉強してくださいというしかないのである。
彼がそうだとは言わない。が、一般的な傾向として、何もしないうちに夢ばかり語る人というのは、現代人に増えてきたんじゃないかと僕は思っている。小説の1行も書いたことがないのに、「私の人生を小説にしたらきっとベストセラーになる」という人もいるし、ギターを買っただけで、スターになったつもりでサインの練習を始める人もいる。
便利な道具のなかった昔は、とにかく自分の体を動かしてみないことには何ひとつとして先へ進まず、どんなに勉強ができても、不器用なヤツというのは馬鹿にされた。人が何事かを習得するとき、どんなに便利な世の中になっても、体で覚えるということでしか成しえない。
サッカー選手やオリンピックの選手が、「夢をあきらめないことが大切だ。夢は必ず叶うから」と言う。それは「努力を続ければ夢が叶うこともあるだろうから、決して努力を怠るな」という意味だ。が、夢を語ることばかりに熱心で、一向に体は動かさない人は多い。現代人の体は貧相なまま、頭ばかりがどんどんでかくなる。ネット上の匿名の書き込みの盛り上がりなど見ていると、すでに頭だけの生物になっているのかもしれないなと思うアベさんなのである。