最近、カスタマーハラスメントが話題になっている。簡単に言えば、客の立場で無理難問をぶつけてくる人たちの存在のことだが、もしかしたらこういう人たちの中には、初期の認知症の人がある程度含まれているに違いない。というのも、認知症の初期症状には「怒りっぽい」ということがあり、原因として加齢による大脳皮質の衰えがあるからだ。こうなると人は記憶力の低下のほか、感情のコントロールが効かなくなり、我慢ができない。すぐに暴発する状態になる。
そうした病気の人たちは別にするとして、カスタマーハラスメントの遠因になったものに、僕は三波春夫が有名した「お客さまは神様です」という言葉があると思っている。そもそも言葉というのは、厳密な意味では流行するものではない。ちまたで流行するとしたら、その言葉は多くは勘違いが生んでいるということが多い。
「お客さまは神様です」という言葉は、三波春夫自身がこう説明している。舞台に立つ時には、神様の前で演じるように演じなさい。ここには客は神様だという意味合いはない。ところが「オレは客だ」と威張る人たちがいるのは、「お客さまは神様です」という言葉が勘違いされて理解されているということである。
日本語の難しさでよく例に取り上げられる「情けは人の為ならず」は、他人に親切にするのはその人のためにならない、と思っている人もいるようだが、正しい意味は人に親切にするのは、回り回って自分のためであるということだ。
能を作った世阿弥の「初心忘るべからず」という言葉も、物事に慣れてくると慢心するから、初心に戻って気を引き締めろというような使い方をされるが、世阿弥が言ったのは「最初はちょっとやっただけで自分が偉くなったように感じていたが、今になってみればいかにバカだったろう。そういう現在も、未来の自分から見ればバカに見えるに違いない」という意味だ。
昔、ウーマンリブが世間で注目された頃、男並みに活躍する女性のことを「飛ぶ女」と呼んでいた。元々は英語の「Fly」から来た訳語で、「飛ぶ女」と訳したのだが、「Fly」は実はズボンのジッパーのことで、正しい訳は「ズボンを履く女」だったのである。
言葉というのは難しい。勘違いした方が時には流行したりする。というより、正しい意味では流行しないと思っていたほうがいいのかもしれない。
そうした病気の人たちは別にするとして、カスタマーハラスメントの遠因になったものに、僕は三波春夫が有名した「お客さまは神様です」という言葉があると思っている。そもそも言葉というのは、厳密な意味では流行するものではない。ちまたで流行するとしたら、その言葉は多くは勘違いが生んでいるということが多い。
「お客さまは神様です」という言葉は、三波春夫自身がこう説明している。舞台に立つ時には、神様の前で演じるように演じなさい。ここには客は神様だという意味合いはない。ところが「オレは客だ」と威張る人たちがいるのは、「お客さまは神様です」という言葉が勘違いされて理解されているということである。
日本語の難しさでよく例に取り上げられる「情けは人の為ならず」は、他人に親切にするのはその人のためにならない、と思っている人もいるようだが、正しい意味は人に親切にするのは、回り回って自分のためであるということだ。
能を作った世阿弥の「初心忘るべからず」という言葉も、物事に慣れてくると慢心するから、初心に戻って気を引き締めろというような使い方をされるが、世阿弥が言ったのは「最初はちょっとやっただけで自分が偉くなったように感じていたが、今になってみればいかにバカだったろう。そういう現在も、未来の自分から見ればバカに見えるに違いない」という意味だ。
昔、ウーマンリブが世間で注目された頃、男並みに活躍する女性のことを「飛ぶ女」と呼んでいた。元々は英語の「Fly」から来た訳語で、「飛ぶ女」と訳したのだが、「Fly」は実はズボンのジッパーのことで、正しい訳は「ズボンを履く女」だったのである。
言葉というのは難しい。勘違いした方が時には流行したりする。というより、正しい意味では流行しないと思っていたほうがいいのかもしれない。