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Death & Live

いわゆる日記とは違うようで。死に様や心の疲労について、つれづれなるままに書き綴るだけ。

コンプレックスも何もかも全部ひっくるめて

2006-07-01 11:29:29 | 凸凹な人々へ ∋zooquie
自分は自分の外見にまったく自信ありません。
カッコだけじゃなく、雰囲気とか表情とかそういうもの全部ひっくるめてね。
自分を表現するのも下手だしな。
内も外もコンプレックスの塊みたいなもんだ。

自信過剰も困ったもんだが、
少しは自信が持てることがあった方がいいだろうな。

特に凸凹デコボコになりがちな性格の人々は。

自分をきちんと見つめた上での、自信を持ちたいものだ。
あくまでも本当の自分の姿を崩すことなく、持つことが出来る自信なら...

心のおもむくまま、何ら変わらない自分にどこかいいところを見つけられたら、理想なんだがな。
そんな風に自分に自信が持てるようになったら最高なんだがな。
その結果、内側からも輝くことができれば、男女を問わずいい人が集まって来てくれるんじゃないだろうか。


友人が以前、Mailで言っていた。
「zooquieは気軽に、初対面の人とでも、気の利いた会話をすることができる」
「一緒にいるときに、何度かうらやましいなと思った」
「そういうところが人間的に魅力的だ」

そんな風に思われていたなんて、考えても見なかったが、まんざら悪い気もしなかったな(笑)

.....しかし、だ。
良く考えてみた。
自分は、人見知りなのだ。
初対面のアカの他人と適当に会話が出来るのは、その人と二度と会わないだろうと思われるから、気軽に口からでまかせも言えるし、何より自分への評価を気にしないでいい。
しかし、これからも関係が続くと思われる場合の初対面の人とは、なかなかどうして、上手くしゃべれない。
例えば、新しい職場の人とか、友達の友達とか。
相手にどう思われるかが気になって、思うように喋れない。
それでも、時間をかけて仲が良くなると、これまた良くしゃべるようになったりする。
こういうのを内弁慶と言うのか?

結論として、「人間的に魅力的」という見解は見マチガイ!

やはり、自信を持つというのはかなり難しいんだな。
なので、とりあえず、このままでいいんじゃないかと。
と言うより、変われるわけないしな。

どうしたって、自分の思考回路は一般の方々と違うらしいので。

このままでいいとするか。
誰一人わかってくれる人がいないってわけじゃないし。
お互いのことわかってると言える友人も、いちおいるし。

まあ、慌てずに、色々と経験して、内面を充実させ、少しずつ成長していけば、いつか認めてくれる人もいるだろう、と言う事で。

それが、死の床であっても、誰かが認めてくれたら幸せだろう.....きっと。

だから、それまでは、自分を理解して頂くために、まわりの人々を理解していこうとするかね。

自分を偽るという意味ではなく、余力のあるときは壁に少し窓をあけて相手を受け入れる。
疲れたときには閉めてしまおう。
こんな感じだな。

凸凹に逃避する

2006-06-29 07:44:31 | 凸凹な人々へ ∋zooquie
凹んだ時には人生を振り返り、
好調な凸期にはあっちゃこっちゃ動き回る。
自分が自分と認識されないところでなら、
そんな風に前後を気にせず生活できるのかも知れない。
逃避であり、経験であり。
仕事に追われることもなく、
知人がいなければ、ゆっくり反省もできる。

冒険に向かう助走もたっぷりとれる。

ゆっくり、のんびり、凸凹デコボコできるのなら、
それはそれでいいんだがな。

凸凹が激しい人々は、自分で自分に疲れるんだ。
自分が変わらないと、
結局、どこへ行っても同じことの繰り返しになるんだ。
分かっていても、凸凹は繰り返す。

凸凹デコボコは凸凹として、
凸凹していくしかないんだな。

自分で自分に疲れたり、
自分で自分が好きになったり。

ゆっくり、のんびり、凸凹できるのなら、
ホントはそれが理想なんだがな。

装う負荷

2006-06-27 07:44:22 | 凸凹な人々へ ∋zooquie
君は装うことに負荷を感じてしまうんだな。
あれ程 "このままの自分でいい" と言いきかせても、
できないんだよな、ありのままの自分を出すなんて。
だから、どうしたって負荷がかかる。
言いきかせても無駄なんだ。

君は人と接触したら気を遣う、そういう人種なんだってこと。
負荷を軽減するには、インターバルが必要だな。
どうしたって装ってしまう性格なのであれば、
自分に外出禁止令を出すのもひとつ方法なのではないか。
たとえ相手が友達であっても、会えば結局気を使う。
そして、装う。

装う自分に疲れた時は、無理に人に会わない。
人恋しくなったときだけ友達に会う。

医者に通って解決することと、
それだけでは癒されない負荷がある。

でも、つい自分を装ってしまうという人種は
人に嫌われたくないからで、
それだけ人恋しいワケで、
だから、負荷がかかるのに人に会いたくなってしまう。
そして、相手の期待する自分を装ってしまう。
だからほどほどにせねばと思うのに、人恋しくなる。
その負荷のせいで、更に凹むかもしれないのに、
やっぱり外出禁止令を自分に出すことはできない。

凹んでしまった時は、できることなら、
人に気を使う前に、自分に気を使うべき。

余力のあるときは壁に少し窓を空けて相手を受け入れる。
疲れたときには窓を閉めて少しお休み。
こんな風にできたら、いいのではないかな。

頑張るのではなく
自然に心のおもむくまま。

"ポジティブ・エキスパート" ピアニスト・舘野泉

2006-05-16 20:09:57 | 凸凹な人々へ ∋zooquie
去年の新聞に出てたんだよね。

ピアニスト・舘野泉氏は02年1月に脳出血に倒れ、右手が不自由になったそうだ。

 しばらく沈んだ日々が続いたが、「今はあの頃がウソのように楽しい」 という。

 理由は左手のためのピアノ曲の発掘に喜びを見いだしたからとの事。

 「全部で80曲近く見つけた。うれしいのは、見知らぬ方が『こんな曲があります』と楽譜を持ちよってくれることです」

 「5本の指だけのシンプルな表現は透明感に満ちていて、音楽の本質が集約されて迫ってくる」

 「左手の演奏をハンディと思わず、新ジャンルとして普及させたい」

.....ここにも居た、ポジティブ・エキスパート。

"ポジティブ・エキスパート" マイケル・J・フォックス

2006-04-21 23:06:56 | 凸凹な人々へ ∋zooquie
あのマイケル・J・フォックスが、91年にパーキンソン病を発症してからの自伝『ラッキーマン』発売当初、テレビで語っていた。

「ある朝、起きると小指がぴくぴく震えたんだ。何が起きたのか見当も付かなかった」
98年に告白するまで、テレビ番組にレギュラー出演しながら、病気にかかっていることを隠し通した。
「役者だからね。少しずつ(不自然に見えないような)しぐさのレパートリーを増やさなきゃいけなかったけど」
やがて、それではいけないと思い直した。
「病気であることを受け入れると、世の中が違って見えるようになった。病気は、治療し続ける必要がある『贈り物』だ」
「寿命が来るまでに治療法ができると信じているよ」

その著書の中に書かれている。

「この病気にならなければ、ぼくはこれほど深くて豊な気持ちにならなかったはずだと思うと、ぼくは自分をラッキーマンだと思うのだ」

凸凹(ヘンペコ)たちへ

2006-04-19 22:20:29 | 凸凹な人々へ ∋zooquie
思い続けていることがその通りになるには、
自分のエネルギーのベクトルが、
そっちへ向かい "続ける" ことが大事なのではないかと。

しかし、凸凹ヘンペコたちには "続ける" ことができないワケで、
.....落ち込む。

そういう時には思いきり下を向いて、
自分がいかにちっぽけな人間かを噛みしめている方が、
結構安心したりする。

安心というのとは違うかな。 ..."性に合ってる" って感じだな。

ちょっとした喜びも長続きしない。
またすぐ新たに落ち込む要因を見つけてしまう。
それがネガティブ・エキスパートの凸凹ヘンペコたち。
はっはっは!

治らない性格を無理に矯正しようとしたって絶対に反動が来る。
だから、 "あーあ、またやっちまったぜ" ぐらいに思って
自分を振り返ったりせず、落ち込んでおこう。
ちっぽけな自分を噛みしめて、さんざんに泣いてみる。
無理して上を向いたり、前へ進もうなんてしない、
下を向いてイジける。

そんなにしてると、いつの間にかマイペースな自分がそこに戻ってる。

自分への言い訳

2006-04-17 22:30:07 | 凸凹な人々へ ∋zooquie
何かを断念するとき...と言うか、要するに途中で投げ出すとき、凸凹(へんぺこ)な自分に必要なのは、"人から何言われるか" を気にすることより、いかに自分自身に言い訳できるかの方が大切だ。
後で凹む原因はなるべく少なく、ちょっとでも頑張った記憶を残しておく。
何かをやろうと決めたのも自分、それにお金をかけたのも自分、だから途中で止めて、お金が無駄になったとしても、誰にも文句は言わせない。
まぁ、そんな捲くし立てたところで、やっぱり凹むんだけどね。
ただ、ちょっと考え方を変えて、気が楽になるなら、思考回路を組替えてみる。
何かを始めたときだって、何かを始めた自分に酔っていただけで、自分が変われるるなんて思ってなかったし、そんなに簡単に自分が変わることなんて無理だと知っている。
もう三十数年生きてきて、今更そう簡単に変われないしな。
そんなに簡単に変われたら、今までの自分て何だったんだって事だし。
辛いこととか後悔とかに記憶の比重が行ってしまうのは、もうどうしょもないことなんだな。

なんでこうなったのか分からない。
"誰かが悪いってワケじゃないんだなぁ~ ってことは、自分も悪くないんだ"
そう自分に言い訳しよう。

マイナス思考

2006-04-15 21:05:46 | 凸凹な人々へ ∋zooquie
この究極のマイナス思考が人生をもマイナスに向けているんだろうな。
わかっちゃいるけどやめられない。
自分で自分に言い訳してるしな。

一体自分はどこにいったら、安心?落ち着けるのだろうか。
自分の居場所について考える。

過労で体調を崩した自分に言えるのは、無理は禁物。
でも適度な無理は必要とも思う。
時間は沢山あるから、何が大切で何がいやかを、天秤にでもかけてみるか。

そんなことしたところで、ヤなものはイヤなんだがね。

とまぁ、ネガティブな自分には、ポジティブな人生は歩めないのか?
永遠のテーマだな、こりゃ。

自分は子供の頃から常に、決意とかユルユルだったから、
1番にもなれないし、ビリになる度胸もない。
イイ子なんだけど、優等生でもない。
悪いこともするが、不良じゃないし。
それは昔も今も変わらない。成長がない。
だから何であれ、1番になれる人ってスゴいと思うし、
貯金なんかできる人っていうのもスゴいと思う。
自分には何も残るものがないからな.....
まぁ、ここで自分の人生振り返ってもしゃーないがな(笑)
こんなこと書いてると凹んでくるぞ。

人生に必要な 「かきくけこ」

2006-04-11 22:46:37 | 凸凹な人々へ ∋zooquie
「か」
感謝(自分1人で生きてはいけない。生きていることに感謝する)
感動(素敵な人やものと出会って感動する心を持つ)
「き」
緊張感(たまには緊張感待たないと。いつもダラダラ過ごしていてはダメ)
「く」
くつろぐ(友達とのおしゃべり、趣味などリラックスできる時間は必要)
「け」
決断(~を買う、~へ行く、小さなことも含め決断する時って重要)
「こ」
好奇心(色々なことに興味を持つ)


どっかの誰かがこんなことを言っていたらしい。
まったく共感の持てない「かきくけこ」です。

引きこもりでも構わないだろ

2006-04-09 23:11:34 | 凸凹な人々へ ∋zooquie
まぁ、生きてりゃいいのさ。

一日ベットから出ず、本読んで過ごす?
それはそれでいいことだ~。

引きこもったっていいと思っても、落ち込む?
引きこもることが悪いことのように感じる?

まあ、それくらいの罪悪感があっていいんじゃないかと。
そう感じられるってことは、それはそれでいいことだ。

時間を無駄にしてるんじゃないかと感じる?
その通りだ。無駄にしてるんだ。
でも、無駄にしちゃいけないなんて誰が決めた?
無駄にしていいと、自分で決めればいいのだ。

心のどこかではそれじゃだめだと思う?
なんだか苦しくて仕方がない?

凹んで、落ち込んで、苦しんで、引きこもって、まぁまぁの時にはフラフラと買い物にでも出て散財して、そんなこんなでいいじゃないか。

忘れちゃいけない。人間の気分なんて凸凹(へんぺこ)なんだ。

小説 『スリーパーズ』 より  その2

2006-04-02 20:59:05 | 凸凹な人々へ ∋zooquie
原題 : SLEEPERS
作者 : ロレンゾ・カルカテラ

 私たちは互いにあるがままをあるがままに受け容れていた。何かを問いただすようなこともなければ、要求するようなこともなかった。仲間に生き方を変えさせようなどと思うには、私たちはあまりに多くを経験しすぎていた。自分が選んだ道がいつも自分の理想の道とはかぎらない。そのことがわかるほどには多く経験してきていた。人はそのときそのとき正しいと思った道を選ぶしかない。

経験とは、人を大人にしてくれる。
しかし、時には人生をたまらなく悲しくさせる。

家族とか友達とか

2006-03-12 19:00:00 | 凸凹な人々へ ∋zooquie
家族の大切さとか感じられるってスゴイことだよね。
親とか兄弟とかさ、いいよね。
スネをかじるとかいいよね。かじれるっていい。
親なんてその為にいる様なもんだかんね。
その有り難さだけ忘れなければさ、いいよね。

自分を振り返ってみると、自分は家族とか縁薄いからさ、ちと、うらやましかったりする。無い物ねだりかね。
人のBlogとか読んでて、兄弟のやりとりとかあるとさ、いいよね。泣けてくるよ。

家族もいればいたで大変なこともあるみたいだけど、いないよりいた方がいいよね。 ちがうか?

そーいえば、自分が食中毒みたいになって身動きとれなかったとき、友人が食料買って来てくれたな。
友人もいいよね。家族の代わりにはならないけどさ。
有り難いよ。 まったく、今思い出しても涙が出るぜ。。。

小説 『アウトサイダー』 Chapter 6 より

2006-03-10 23:25:51 | 凸凹な人々へ ∋zooquie

 原作を何回読んでも、映画で何回観ても、このシーンはなぜか涙が溢れて来てしまう。


 いつも口うるさい兄(Darry)と兄弟ゲンカの後、家を飛び出し、事件に巻き込まれ逃亡。火事をきっかけに病院で再会.....

Chapter 6

 
 Then I saw Darry. He was leaning in the doorway, wearing his olive jeans and black T-shirt. He was still tall, broad-shouldered Darry; but his fists were jammed in his pockets and his eyes were pleading. I simply looked at him. He swallowed and said in a husky voice,“Ponyboy ..."
  I let go of Soda and stood there for a minute. Darry didn't like me ... he had driven me away that night ... he had hit me ... Darry hollered at me all the time ... he didn't give a hang about me.... Suddenly I realized, horified, that Darry was crying. He didn't make a sound, but tears were running down his cheeks. I hadn't seen him cry in years, not even when Mom and Dad had been killed. (I remembered the funeral. I had sobbed in spite of myself; Soda had broken down and bawled like a baby; but Darry had only stood there, his fists in his pockets and that look on his face, the same helpless, pleading look that he was wearing now.)
  In that second what Soda and Dally and Two-Bit had been trying to tell me came through. Darry did care about me, Maybe as much as he cared about Soda, and because he cared he was trying too hard to made something of me. When he yelled “Pony, where have you been all this time?" he meant“Pony, you've scared me to death. Please be careful, because I couldn't stand it if anything happened to you."
  Darry looked down and turned away silently. Suddenly I broke out of my daze.
 “Darry!" I screamed, and the next thing I knew I had him around the waist and was squeezing the daylights out of him.
  “Darry," I said, “I'm sorry ..."
  He was stroking my hair and I could hear the sobs racking him as he fought to keep back the tears. “Oh, Pony, I thought we'd lost you ... like we did Mom and Dad ..."
  That was his silent fear then-of losing another person he loved. I remembered how close he and Dad had been, and I wondered how I could ever have thought him hard and unfeeling. I listened to his heart pounding through his T-shirt and knew everything was going to be okay now. I had taken the long way around, but I was finally home. To stay.

↓ちょっと意味がズレてしまっている箇所があるのですが、影響は少ないのでそのまま引用します。
 そのとき、おれはダリーを見た。
 オリーブ色のジーンズに、黒のTシャツでドアに寄りかかって。あい変わらず、すらっとして、肩幅のひろいダリー兄さん。だけど、拳をポケットにつっこんで、眼に切ないいろを浮かべて。
 おれはただ兄貴を見てただけ。ダリーは、ごくっと唾をのんで、かすれたような声で、
「ポニーボーイ・・・・・・」
 ソーダから手を放して、おれはそのまま立ちつくしていた。ダリーは、おれがきらいなんだ・・・・・・あの晩、おれをつっ放して・・・・・・殴りつけた・・・・・・おれのことを、いつもこづきまわして・・・・・・おれのことなんか、まるで気にかけないで・・・・・・。
 ふと気がついたとき、おれはドキンとした。ダリーが泣いているんだ。
 声は出さない。だけど、涙がボロボロ頬に流れて。
 おふくろとおやじが死んだとき以来、ダリーが泣くなんて見たこともないんだ。(葬式のことを思い出した。おれは、自分じゃ泣くまいとしたのに泣いていた。ソーダは、すっかりめいっちゃって、赤んぼみたいに泣きじゃくってたっけ。だけど、ダリーはただ黙って立ちつくして、拳をポケットにつっこんで、顔に、今とおなじ、どうしようもない、いたましい表情を見せていたんだ)
 つぎの瞬間、ソーダとダリーとツー・ビットが、いっぺんにおれにむかって声をかけてきた。
 ダリーは心配しきっていたんだ。ソーダのことを心配しているのと変わらない。おれに厳しくしているのも、世間に出てヒケをとらないやつに仕立てるためなんだ。
 ダリーが、そこから声をかけてきて、
「ポニー、今までどこに行ってたんだ?」
 だってさ。ホンネは、
《ポニー、おれは死ぬほど心配してたんだぞ。後生だから、気をつけてくれよ。おまえの身に何かあったら、おれは生きていられないんだぞ》
 ってコト。
 ダリーは、おれにじっと眼をむけていたが、黙ってくるっと背をむけた。不意に、おれの心のなかでモヤモヤがふっきれた。
「ダリー!」
 おれは悲鳴に近い声になって、いきなり兄貴の腰にしがみついた。兄貴の表面の冷たさをモミクシャにしようとして。
 ダリーがおれの髪を撫でると、声に出さずに泣いているのがわかった。涙を流すまいとして必死に自分をおさえている。
「おい、ポニー、おまえ、くたばっちまったかと思ったぞ・・・・・・おやじやおふくろみたいに・・・・・・」
 口に出さないが、彼がおそれているのがそれだった-自分が心から愛している人が、ある日、不意にいなくなるってことが。
 ダリー兄さんとおやじが、どんなに仲がよかったか思い出した。ダリーのことを、まるで感情のない、やたらにきびしいやつだなんて、どうして考えたんだろう。
 Tシャツに顔を押しつけてると、ダリーの心臓の音がドキドキ響いた。もう、これで何もかも安心だな、と思った。
 おれときたら、やたら道草を食ったけど、やっと自分のふるさとに戻れたんだ。おれがずっと生きて行ける場所に。

原題:THE OUTSIDERS
作者:S.E.ヒントン


 大切な人がいる、というのは羨ましいことだ。
 眠れないほど気を揉んでくれる人がいる、というのは羨ましいことだ。


トム・ハンクス 『ターミナル』インタビュー

2006-03-04 12:04:21 | 凸凹な人々へ ∋zooquie
 映画 『ターミナル』 が公開された頃、トム・ハンクスがインタビューでこんなこと言っていた。

 「孤独感というのは誰もが持っているものだし、なにか大きなものの一部となって孤独を解消するというのが人間の生き方。周囲の人間によって助けられて成長する。だから疎外感や孤独感は誰もが持つけど、その人が温厚でラッキーであれば必ず抜け出せるんだ。」

 うぅ・・・・・、自分はきっと "温厚" でも "ラッキー" でもないんだ。 だから孤独感から抜け出せないんだ。