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Death & Live

いわゆる日記とは違うようで。死に様や心の疲労について、つれづれなるままに書き綴るだけ。

死を受け入れる

2006-01-08 20:06:14 | 死・自死
社会人デビューした時に知り合った大阪人の友達。
仕事を辞めた後も、つかず離れずって感じで付き合いが続く。
同い歳だったし。
8年ほど前、睡眠薬を飲んで自殺した。
そいつが死んだとき、そいつのお母さんが言っていた。
「子どもの頃、お坊さんに20歳まで生きられない相だと言われたけれど、
この歳まで生きてこられたんだから、長生きだったんだ」と。
そう考えることによって子供の死を受け入れようと努めていた。

自分には姉がいた。姉も2000年に、やはり睡眠薬を飲んで自殺した。
姉が死んだとき、本に載ってた一文を思い出した。
「時代をまちがえて生まれてきた。
どんなことでもやれる能力を身につけていながら、
自分がやりたいことが見つからないんだよ」
姉には文才があった。
しかし、精神的な波長を時代に合わせることができなかった。
その才能を開花させることができないまま、
社会に適応できない自分を責め続けた。
姉には暮らしにくい世の中だったから、
生きていくことが苦痛だったから、
死ぬことができてよかったんだと、
自分はそう思っている。

その二人が死ぬ以前に
父が96年にガンで.....
自分を育ててくれた伯母が同じく96年秋に突然死。

こういった経験からなのか、
もしくは自分自身も変わっているからか
死というものに対する考え方が、世間一般とは違う。
どういう考えかと言われても説明文を上手く書くことは出来ない。
自分自身と死というものを遠いものとは思ってない...
という事だろうか。

今ではもう頼れる親類もいない。
自分が死ぬということは第三者(友人、知人etc.)に迷惑をかけるという事である。
埋葬からアパートの荷物まで。
どうしたらいいか等、いつも考えている。

そんなことを人にいうと「おかしい」と言われたりするが、
肉親がいないってそおゆうことなんだ。
だから自分は「おかしい」んだ。
常に自分が死ぬことを意識してるし、
その時に人に迷惑をかけることをいかに最小限に留めるかを考えてる。

人の死を受け入れることが苦悩でなくなった今、
自分の死を受け入れようと努めている。

小説 『アウトサイダー』

2006-01-06 23:47:38 | 死・自死

『アウトサイダー』 S.E.ヒントン(米)

 

主人公の親友2人(ジョニーとダラス)が相次いで死んだあと、

現実逃避していた自分を振り返り・・・・・・

 

I had just thought that maybe if I played like Johnny wasn't dead it wouldn'thurt so much. The way Two-Bit, after the police had taken Dally's body away, had griped because he had lost his switchblade when they searched Dallas. "Is the all that's bothering you, that switchblade?" a red-eyed Steve had snapped at him. "No," Two-Bit had said with a quivering sigh, "but that's what I'm wishing was all that's bothering me."

 

おれはただ、ジョニーは死んでいない、

おれは傷ついていない、って

自分に思いこませようとしただけなんだ。

ダラスの死体を警察が運んで行ったあと、

ツー・ビットがダラスに貸したナイフを失くしたときみたいに。

「ナイフのことなんか気にしてるのか」

泣きはらした眼でスティーブが、

ツー・ビットにむかってたたきつけるようにいったんだ。

「そうじゃないさ」

ツー・ビットは声をふるわせて吐息をつくと、

「でもナ、ナイフがなくなったことだけを心配していたいんだ」

なんて。

 

若い頃に身近な人が死ぬということは、

なかなか受け容れ難いもので.....

大勢に慰めてもらうとか、

その人の思い出をただただ語り尽くすとか、

そーゆー大人的な方法ではどうにもならなかった。

そんな心理をすごく良く表現してくれた文章だと思います。


若者とオジ様

2006-01-06 00:01:20 | 死・自死
自殺未遂で保護された若者が言った
「このまま平凡な人生を送るのかと思ったら死にたくなった」
それを聞いた どこぞのオジ様が言った
「平凡な人生を送ることができるなら、そんな幸せはない。
それこそが実際は大変なことなんだ。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・
こんな感じのことが某一般紙に載っていた。
数年前だっただろうか。
ちょっと言葉は違うかもしれないけどニュアンスはこんな感じ。
これぢゃ、自殺のススメだよな。
平凡な人生を送るのがイヤなのに、
それを幸せと思わなきゃいけない?
平凡な人生を送るのがイヤなのに、それさえも大変?
じゃあ、やっぱり死ぬしかないのか?

世論にも影響を与える有名コラムで、
こんなこと書いて大丈夫だったのだろーか??
イイこと言おうとしたばっかりに迷走しちゃったって感じかね(笑)
自分が強者のクセに、無理して弱者の立場に立とう・・・なんて
しなくていいんだよ。そこの大人ッ!

リルケ『マルテの手記』

2006-01-04 19:15:20 | 死・自死
リルケ(ドイツ人、詩人)
『マルテの手記』(1910)

昔はこうではなかった。
昔の人は知っていた。
ちょうど果実が果心を持つように、人は己のなかに死を持っていた。
子供たちは小さな死を、大人たちは大きな死を持っていた。
自分の死というものをみんな持っていた。
そして、死を持っているというそのことが、
彼らに独特の威厳と静かな誇りとを与えていた。
そういう状況はもうなくなった。