gooブログはじめました!

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

成仏とは本来の面目が現れることである

2021-06-06 12:26:40 | 日記
<成仏とは本来の面目が現れることである>
 人間はもともと仏であるから、
実相が現れ出ようとしている時には
単純にそれを出させてやればよいのである。
「実相が実相する」わけだから
大いなる力に任せて
自分が「本来の面目」なる「仏」(神の子)であることを
言葉で観じ続ければよいのである。

(正法眼蔵を読む 諸悪莫作の巻  谷口清超)
<諸仏を罫礙せず>(その3)
 衆生が仏祖となろうとして修行する時、それはもうすでに自己の中に仏祖がいるからである。それが現成しようとしているのであるから、その力を礙(さまた)げさえしなければよいのである。この力が又本来の自己であり、それが作仏させるのであるという道理を、平生の行住坐臥において、よくよく思量しなければならぬ。これがよく判れば、衆生が仏となるのは、衆生の姿が変化するのでなく、何一つ失われず、奪われもせず、そのままで仏となり、身心脱落するということが判るであろう。

コメントを投稿