朝方雨が降っていた。東京にしては少し肌寒い。
妹が作ってくれたおにぎりを食べマンションを後にした。夕方の出発まで時間はたっぷりある、のんびり皇居の桜でもぶらぶら眺めてから行こうと思ったのだが生憎天気が悪かった。桜は晴天で眺めなければあかんだろ、という何となく感から皇居の選択肢はなくなった。
それに桜はもうすでに東京に着いてからあちこちで見ている。四ツ木のマンションに行く途中にも美しい桜並木で心のほぐれは十分だった。
てなわけでそのまま京成に乗り続け新橋へ。なぜ新橋なのかはよくわからないがなんとなく新橋がおもしろそうだったのだ。そこらへん椎名誠の「新橋烏森口青春篇」を過去に読んでしまって影響されているのかもしれない。今考えれば角筈でもよかったかもしれないが京成から外れるのは面倒だった。
この際昼間から酒でも飲もうと思ったのだが、午前中に空いてる店は少なかったし、ちょっと気が引けるのもあったのでラーメンを食べることに。
ぶらっと歩いているとサラリーマン数人が店の前で待っていたラーメン屋があったのでそこに入ることにした。お昼時にガラガラのラーメン屋に入る勇気は無い…
狭い店内のカウンター席、なんとか40Lのリュックを足元に置き、鶏白湯ラーメンとささみユッけ丼を待つ。
新橋は鶏を使った料理店が多いような気がしたが、まあそんなことを詳しく調べたって農業技術が磨かれるわけではないので省略。出されたラーメンは美味かったし、ユッケ丼も美味かった。不味いラーメン屋は長続きしないので不味いラーメンに出くわす事は滅多に無いと言っていい。
その後新橋をふらふら散策、背広を着たサラリーマンに羨望と尊敬と感謝と哀憫と疚しさのごった煮のような感情をいだきながら東京を感じていた。筋金入りのバックパッカー(略称バッパー)ではないが、昼間の新橋に豆絞りの手ぬぐいとTシャツに半ズボン、サンダル履きの40Lリュックはかなり不釣り合いだった。
居心地の悪さも手伝って早々に京成に乗り込み時間稼ぎしながら羽田へと向かった。前回来たのは福岡への農業視察の時、新しいターミナルになってからはこれで二回目のような気がする。
大分早く着いてしまったのでまずはのんびり展望台へ、離発着の飛行機を眺めたり写真を撮ったり。風があって出発した時の軽井沢よりずっと寒かった。
その後チェックインカウンター近くの椅子に腰かけ旅行日程表を眺めたりスマホをいじったり、空港の本屋で新たに買ってきた文庫(合計6冊)を読んだりしていると今回の旅の相棒であるS氏が「いやぁ~すまんすまん」と言いながら不意にあらわれた。すまんことなんかひとつもないのだがやましい事でもしてきたのだろうか。
彼とは以前も一緒に上海旅行に行っている。S氏は軽井沢でアジアン雑貨店を経営している敏腕オーナー、冬はスキー場でゲレンデパトロールをしている。
そこで同僚だった俺と今回の旅を計画したのだ。前回同様彼の旅の主たる目的は自身の店の商品の買い付けなのだが、俺はそれについて行くといったところ。
旅のそもそものきっかけはネットで格安ベトナムツアー五日間ってのを見つけ、一人旅しようと思ってるんだがとS氏に話すと
「ベトナムだったら俺と一緒に行ったらイイじゃないか」
と、どんどん話が進んでいったのだ。
本来だったら三月中の予定だったが彼の申し出もありがたかったので四月のその旅に乗っかった。一人でまごつきながらの旅もいいがアジアを旅慣れた友人との二人旅のほうがもっと楽しいだろうと。前回の上海も彼のおかげで120%楽しめたし命も救われた。(詳細はこちら↓)
http://blog.goo.ne.jp/ysmb35ht/e/373e9101524ba011ec6702615d4508a0
正直空港でツアーの添乗員と合流したような気分になり、そのままチェックインカウンターへ。S氏は東京に別れを告げるかのようにピンクのパーカーとワイシャツを脱ぎ、空港のユニクロで買ったばかりの忍者のイラストがプリントされているヘンテコなTシャツに着替えて気分を盛り上げていた。
遅れるだろうという予想に反し、オンタイムで中国東方航空はフライト時間になり俺達は夜の空へ上海へ向けて飛び立った。
ここまで書いたがまだ一日目は終わっていないし国内にいたままだ。しかし区切りがいいので今回はここまでにしておきます。
再見!
妹が作ってくれたおにぎりを食べマンションを後にした。夕方の出発まで時間はたっぷりある、のんびり皇居の桜でもぶらぶら眺めてから行こうと思ったのだが生憎天気が悪かった。桜は晴天で眺めなければあかんだろ、という何となく感から皇居の選択肢はなくなった。
それに桜はもうすでに東京に着いてからあちこちで見ている。四ツ木のマンションに行く途中にも美しい桜並木で心のほぐれは十分だった。
てなわけでそのまま京成に乗り続け新橋へ。なぜ新橋なのかはよくわからないがなんとなく新橋がおもしろそうだったのだ。そこらへん椎名誠の「新橋烏森口青春篇」を過去に読んでしまって影響されているのかもしれない。今考えれば角筈でもよかったかもしれないが京成から外れるのは面倒だった。
この際昼間から酒でも飲もうと思ったのだが、午前中に空いてる店は少なかったし、ちょっと気が引けるのもあったのでラーメンを食べることに。
ぶらっと歩いているとサラリーマン数人が店の前で待っていたラーメン屋があったのでそこに入ることにした。お昼時にガラガラのラーメン屋に入る勇気は無い…
狭い店内のカウンター席、なんとか40Lのリュックを足元に置き、鶏白湯ラーメンとささみユッけ丼を待つ。
新橋は鶏を使った料理店が多いような気がしたが、まあそんなことを詳しく調べたって農業技術が磨かれるわけではないので省略。出されたラーメンは美味かったし、ユッケ丼も美味かった。不味いラーメン屋は長続きしないので不味いラーメンに出くわす事は滅多に無いと言っていい。
その後新橋をふらふら散策、背広を着たサラリーマンに羨望と尊敬と感謝と哀憫と疚しさのごった煮のような感情をいだきながら東京を感じていた。筋金入りのバックパッカー(略称バッパー)ではないが、昼間の新橋に豆絞りの手ぬぐいとTシャツに半ズボン、サンダル履きの40Lリュックはかなり不釣り合いだった。
居心地の悪さも手伝って早々に京成に乗り込み時間稼ぎしながら羽田へと向かった。前回来たのは福岡への農業視察の時、新しいターミナルになってからはこれで二回目のような気がする。
大分早く着いてしまったのでまずはのんびり展望台へ、離発着の飛行機を眺めたり写真を撮ったり。風があって出発した時の軽井沢よりずっと寒かった。
その後チェックインカウンター近くの椅子に腰かけ旅行日程表を眺めたりスマホをいじったり、空港の本屋で新たに買ってきた文庫(合計6冊)を読んだりしていると今回の旅の相棒であるS氏が「いやぁ~すまんすまん」と言いながら不意にあらわれた。すまんことなんかひとつもないのだがやましい事でもしてきたのだろうか。
彼とは以前も一緒に上海旅行に行っている。S氏は軽井沢でアジアン雑貨店を経営している敏腕オーナー、冬はスキー場でゲレンデパトロールをしている。
そこで同僚だった俺と今回の旅を計画したのだ。前回同様彼の旅の主たる目的は自身の店の商品の買い付けなのだが、俺はそれについて行くといったところ。
旅のそもそものきっかけはネットで格安ベトナムツアー五日間ってのを見つけ、一人旅しようと思ってるんだがとS氏に話すと
「ベトナムだったら俺と一緒に行ったらイイじゃないか」
と、どんどん話が進んでいったのだ。
本来だったら三月中の予定だったが彼の申し出もありがたかったので四月のその旅に乗っかった。一人でまごつきながらの旅もいいがアジアを旅慣れた友人との二人旅のほうがもっと楽しいだろうと。前回の上海も彼のおかげで120%楽しめたし命も救われた。(詳細はこちら↓)
http://blog.goo.ne.jp/ysmb35ht/e/373e9101524ba011ec6702615d4508a0
正直空港でツアーの添乗員と合流したような気分になり、そのままチェックインカウンターへ。S氏は東京に別れを告げるかのようにピンクのパーカーとワイシャツを脱ぎ、空港のユニクロで買ったばかりの忍者のイラストがプリントされているヘンテコなTシャツに着替えて気分を盛り上げていた。
遅れるだろうという予想に反し、オンタイムで中国東方航空はフライト時間になり俺達は夜の空へ上海へ向けて飛び立った。
ここまで書いたがまだ一日目は終わっていないし国内にいたままだ。しかし区切りがいいので今回はここまでにしておきます。
再見!