スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

またもやEU指令・・・!?

2007-07-19 07:01:42 | スウェーデン・その他の政治
EU(ヨーロッパ連合)による欧州統合は、国家や民族を超えた一つの理想的な共同体の誕生、そして、ヨーロッパにおいて二度と戦争が起こらないようにするための一つの道具だとして、諸外国では賛美される。そのような見方にももちろん一理はあるのだが、EUに参加している加盟国やそこに暮らす人々にとっては、物事はそう簡単ではないようだ。

ヨーロッパの辺境に位置するスウェーデンでは、EUへの積極的な統合を求める声がある一方で、EUへの懐疑心も根強い。「スウェーデン人」というアイデンティティー加えて「ヨーロッパ人」というアイデンティティーを感じるか? という世論調査に対しても半分以上の人がNej!と答えている。ドイツやフランス、イタリアを始めとするヨーロッパ大陸諸国での出来事やニュースは、いくら同じヨーロッパ内とはいえ、やはりどこか遠い所の話、とスウェーデンでは感じられるし、福祉政策や家族政策・男女平等政策など、スウェーデンの持つ政治制度・社会制度には独自のよさがあるので、社会構造も政治システムも様々なヨーロッパの“平均”に統合されてしまっては大変、という思いがあるためだと思う。(それとは逆に、スウェーデンの福祉政策や高い税金などにうんざりしている人々は、むしろ欧州統合を訴えて、“ヨーロッパ並み”の福祉制度、税率に収斂してくれることを願っている。)

さて、EUに対するスウェーデン人の懐疑心を強めている一つの大きな要因は、欧州委員会が発する“EU指令(directive)”だ。欧州委員会は、いわば欧州議会に対する内閣のような存在である。欧州議会で様々な政策決定がなされる一方で、欧州委員会も“行政通達”のような形で、EU指令を加盟国各国に発し、有無を言わさず従わせる。すべての加盟国に一律に発せられるこのEU指令に対しては、加盟国それぞれの事情を考えていない!と、反発の声が起こることもよくある。特に、EUの目指す目標の一つが“EU市場の創出”であり、加盟国それぞれで作られたモノやサービスがEU全体で障壁なく自由に取引され、競争されることを目指しているため、EU指令も自然と経済の自由取引を重視したものになりがちで、それ以外の社会的側面などが考慮されていない、との反発も強い。

一つの象徴的な例としては、ギリシャでは賭け事への依存から国民を守るという目的で、スロットマシンなどのギャンブル機の流通が制限されていたが、EUはギャンブル機を製造・販売するEU内企業の活動や競争を疎外する、との理由で、この制限の撤廃をギリシャに求めたことがある。

EU指令に加え、EU裁判所の判決や判断も、加盟国を拘束する。例えば、以前もここで取り上げたように、EU裁判所でのある判決を根拠に、労働時間を制限するEU指令が数年前に発せられた。勤務シフトを設定する際の細かな規定や休暇の取り方などを上意下達的に制限するこのEU指令は、スウェーデンでは大きな批判を受けている。
以前の書き込み:公共部門の労働シフトはピンチ?-EUの新通達(2007-02-13)

(スウェーデンでは本来、労働市場に関する規定は労使間のコンセンサスで決められ、国の立法は極力立ち入らないようにされてきた。例えば、スウェーデンには法定最低賃金は存在しない。一方で、フランスなどは中央政府が法律に労働時間の取り決めや休暇、賃金について細かく規定する傾向にある。問題のEU指令もおそらくフランス的な考え方が背景にあるのだと思われる。)

さて、また新たにEUから通達が発せられた。今回は、EU裁判所が「スウェーデンのワインに対する課税がビールに比べて高すぎる」との判断を下したのだった。つまり、この“不平等な”課税のために、スウェーデン国内のビール生産業者が優遇され、国外のワイン生産業者が差別されている、というもの。

ただ、実際の税率を見てみると、ワインとビールに対する酒税はそんなに違わない。しかも、そもそもワインとビールを別々のcommodity(財)と見れば、異なる税率を課すことも間違ってはいないかもしれない。もしくは、そういうことを完全に抜きにしても、加盟国それぞれが自分たちの議会を通して決めたことに対して、それを越えたところからモノを言うのはどうなのか・・・。EU通達が発せられるたびにスウェーデンではこのような疑問の声が上がる。

もし、EUが域内市場の自由競争の観点から、このような通達や判断を下すのならば、批判の対象となっている加盟国の政策の背後にある目的なり意図なりを、しっかり考慮する必要がある、と思う。もし、この“不平等”とされるビールとワインの課税が、本当に国外のワイン流入を疎外する目的で課せられたものであったり、ギリシャのギャンブル機の規制がある特定の経済的特権を保護する目的で作られたものなら、EUの通達にも一理あるだろうが、もしかしたら、他の目的(社会的影響への考慮、etc)が実際はあるのかもしれない。そのような点への考慮なしに、上から一方的に規制や通達を発していては、EUの正統性も揺らいでしまう・・・。

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