スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

公共部門の労働シフトはピンチ?-EUの新通達

2007-02-13 10:05:12 | スウェーデン・その他の政治
EUの目的の大きなものの一つは、域内の関税を撤廃しモノやサービスの取引を促進したり、労働力の移動を域内でより自由にしたりすることで、アメリカに匹敵する一大経済圏を形成し、経済資源の効率的配分や規模の経済の達成を促進して行くことである。

そのためにEUの内閣に相当する欧州委員会が創設され、議会に相当する欧州議会が設立され、地理的拡大以上にEUの活動領域がますます大きくなって行っている。日本を始めとする外部からは、「第二の合衆国の誕生」とか「西欧でもはや戦争は起こらない」などといった観点から好意的な関心が寄せられているが、一方で、EU域内に住む人にとってのEUに対する好感度、というのはそう簡単ではないようだ。

よく寄せられる批判は、EUの構造が非民主的だ、というもの。欧州議会で新しい法律が採択されEU加盟国に発せられる。または、欧州委員会が「行政通達」のような形で各加盟国政府に強制通達を行う。一度発せられてしまうと加盟国にとってはそれに従わざるを得ず、国内法をそのEU法令なりEU通達に即したものに改めて行かざるを得ない。加盟国各国の議会や裁判所はこの様なEUからの新法なり通達なりには対抗できない。その点を指して「民主主義の要である各国の議会の上を通り越して、新しい制度が国民の生活を縛ってしまう」という批判がある。しかも、文化も国土も言語も社会発展の経緯も異なるヨーロッパ各国であるだけに、それぞれの国の事情が考慮されていない、との声も強い。

もう一つの批判は、そのように発せられるEU法令やEU通達の多くが、産業界にばかり便宜を図ったものであることが多い、というものだ。EUの掲げる目標が一つの大きな市場の形成であり、EU内の企業が国際競争力を高めて行くことである以上、どうしても、規制の撤廃や企業優遇の税制措置、労働法制の緩和など雇い主に好意的なものに改革が偏りがちだ、という批判がある。その一方、労働者の権利や福祉水準にはあまり配慮が施されない、という声が特に左派から上がってきた。

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というのが、通常のEUにまつわる論争なのだが、EUもたまに雇い主を大きく苦しめるEU通達を発したりする。昨年、欧州委員会の発した「労働時間規制に関する通達」は今年の1月から各加盟国で発行しているが、納税者や社会全体に対しても何の得があるのか?と思われる困りモノなのだ。

正確にいうと、窮地に立たされているのは民間の雇い主ではなく、国や地方自治体といった公共の雇い主なのだ(どうやら対象は、公共部門だけのようだ)。労働者の権利がよく保障されているといわれるスウェーデンには1982年制定の「労働時間法」が存在する。それよりもさらなる制限を加えたものらしく、福祉部門・医療部門・消防部門を始めとする自治体の様々な部門は労働シフト設定の柔軟性を奪われ、大きく頭を抱えているようだ。

通達の中身は
- 週に48時間以上働かせてはならない。
- 日が異なるシフトの間には少なくとも11時間の休みを設けなければならない。
- これまでは労働時間に数えられなかった「寝番」も、労働時間に数える。
- あるシフトに終わりが来たのにそれ以上に働いた場合には、その人の次回のシフトの最初にその分の休みを取らせなければならない。


まず「寝番」について少しだけ。例えば福祉施設などでは、夜間に起きる問題に対処するために「寝ずの番」の職員が配置されている。通常はその職員だけで片がつくのだけれど、それ以上の事態が発生したときに備えて「寝番」の職員を設けているところもある。私も二夏ほど福祉施設にてアルバイトをし、この寝番を何度か経験した。たいていは夜遅くのシフトと早朝のシフトに同じ人を入らせ、この「寝番」で繋ぐ。つまり、夜10時ころまで働き、「寝ずの番」の人にバトンタッチし、施設の休憩室のベッドで就寝、朝早く起き「寝ずの番」から、朝のシフトを引き継ぐ、といった感じ。(幸い夜中に起こされたことはなかった。)この「寝番」はこれまでは無給だった。

これは、福祉部門に限らず、消防署の夜の職員も同じ。夜中に出動するのが確率的に100%に近いような大都会の消防署なら、夜も職員全員を「寝ずの番」として雇っているかもしれないが、たまにしか緊急出動しないような田舎町の消防署では一人を「寝ずの番」、その他を「寝番」(無給)としてシフトを組んできた。そのような署だと、これからは夜間職員の全員に給料を払わねばならず、寝番の人のシフトも、上記の週48時間未満の拘束を受けるようになる。自治体サービスのコストが大きく上がる上、新規雇用も必要になるかもしれない。

第4項目は、例えばこういう場合。救急車のある職員が自分のシフトの終了間際になって、町で大事故が起き、出動した結果、2時間も勤務がオーバーしたというとき。これまでなら、その分の給料を余分にもらい、別の機会に休みをもらうということで済んだだろうが、この通達に従えば、その職員が次に入っているシフトの最初に2時間休みを必ず取らなければいけないことになる。困るのは、自治体のほう。その2時間に誰か別の人を入れないといけなくなる。そうすると、同様の事態に常時備えるためには、一定の臨時職員プールを用意しておかねばならず、コストがかさむ。

といった感じで、国や自治体の人事管理職は現在、大混乱だとか。自治体の関係者を一堂に集めて、新法の具体的な内容や対処の仕方、シフトの組み方を教える講習会も開かれたとか。(私が昨秋に訪れた老人介護施設では、職員のシフト編成を円滑にするためのシフト編成プログラムが活用されていたが、あれもアップデートしないといけなくなるのかも。)

労働権の強いスウェーデンではあるが、労使の協調関係は他国に比べると比較的良いといわれる。労働条件の改善やシフト編成、生産性向上への投資などには、労使がお互い歩み寄る傾向が高い。だから、この様な“融通の利かない”官僚的・行政的ながんじがらめの制度がスウェーデンで作られることは、まずなかったに違いない。

今回のEU通達は、もともとEUの司法をつかさどる欧州裁判所のある労働法解釈が基になっているといわれる。これは確信を得たことではないのだが、もしかしたら、官僚的で厳しい労働時間法制を持つフランスかどこか南の方の加盟国の意向が濃厚に反映されているような気がするのは私だけだろうか?


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