スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

フィンランドの悲劇

2007-11-09 04:13:33 | コラム
首都ヘルシンキ郊外のヨケラ中高校で、拳銃を持った18歳の男子生徒が校長を含む8人を射殺するという悲劇が起きた。生徒本人も現場で自殺を図り、その後、病院で息を引き取った。

写真の出典:Aftonbladet

日本のメディアでも若干伝えられているようなので、下にリンクを貼っておきます。
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20071107i117.htm
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20071108i205.htm
http://sankei.jp.msn.com/world/europe/071108/erp0711082336011-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/world/europe/071108/erp0711080909006-n1.htm

ただ、事件の瞬間の模様までは、あまり伝えられていないかもしれないので、ここにちょっと紹介してみます。

13歳の女子生徒(スウェーデン・ラジオのインタビュー:音声(スウェーデン語・インタビューは英語)
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スウェーデン語の授業の最中だった。校内放送が流れ、校長から「みな外に出ず、教室内に入るように」との指示があった。教師も含め皆、火災か何かの訓練かと思った。数分後、同じ学校の高校生が泣きながら教室に駆け込んできて「何人かが射撃された。銃を持った男の子がトイレから出てくるのを見た」と伝えた。このときになって、何か只ならぬ事態が起きていることを知った。10分後に警察から教師に電話が入り「電気を消し、教室の鍵を閉め、生徒は机の下にもぐるように」との指示があった。暗い教室の中で、我々は音を立てずに息を殺してじっと待った。40分ほど経った頃に、教室のドアをノックする音が聞こえた。警官だった。彼は「今だ! 窓から外に逃げろ! 可能な限りのスピードで走れ!」と叫んだ。そして、窓から死に物狂いで脱出し、我々は隣接する小学校に逃げ込んだ。とにかく怖かった。というのも、銃を持った男の子がどこにいるのか、誰にも見当がつかなかったのだから。もしかしたら彼がすぐそこまで来ているかもしれない。今にも、教室に飛び込んできて、我々に向かって銃を発射するかもしれない。こんなところで死ぬことになったらどうしよう。そんな考えが頭をよぎった。
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中学部の教師の話(スウェーデン・ラジオのインタビュー:音声(スウェーデン語)
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13歳、14歳の生徒に授業をしている最中だった。校内放送で校長が「教室に鍵をかけろ」と言った。しかし、理由は何も言わなかった。教室に鍵をかけ、自分は廊下に出て教室のすぐ外に立っていた。何が起きているのか様子を見たかったからだ。どうも様子がおかしいので、中学棟と高校棟の間のドアを閉めようとした。しかし、それは非常口だったので、鍵をかけることはできなかった。そうこうするうち、高校棟のほうから生徒が数人走って逃げてきて、開いている教室に隠れようとしていた。その後、例の男子学生がやってきた。銃口が私のほうに向けられたので、驚いて階下に走って逃げた。校舎から校庭に出たところに、死体が横たわっていた。校長だった。校庭に走り出て、自分の教室の下に行くと、生徒たちが窓際に見えた。彼らに向かって「窓から脱出しろ!」と叫んだ。しかし、生徒らは勘違いし、ドアから逃げようと、ドアを開けてしまったのだ。すると、男子学生が入ってきた。「革命が始まった! 教室の中のものをぶち壊せ!」と叫んだ。生徒らはそれに従った。男子学生はピストルでテレビを撃つと、廊下に出て行ってしまった。教室の生徒たちは大急ぎで窓から脱出した。男子生徒が教室に入ってきてから、たった15秒ほどの出来事だった。
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おそらくその教室にいたと思われる女子生徒の話(SVTのインタビュー:動画(スウェーデン語・フィンランド語)
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誰かが教室のドアを開けてみた。そこには男子学生が立っており、こちらの教室に向かって走り出したところだった。私たちはすぐにドアを閉めたものの鍵をかけることはできなかった。私たちはみな、教室の隅に寄り添うように集まった。彼がドアを開け、教室に入ってきた。彼は立ち止まり、TVに向かって銃を撃ち、机の上にあったボトルも撃った。彼は自分の射的の腕前に満足の様子だった。彼は私たちを怯えさせたかったのだ。その後、教室にいた生徒に向かって「教室をぶち壊せ! これは革命だ!」と叫んだのだった。私は恐怖を感じた。しかし、よく見ることができなかった。みんな教室の隅に寄り集まっていたのだから。彼が行った後、一斉に小さな窓から脱出した。
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別の生徒のインタビュー(Aftonbladetの記事)
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教室の扉に鍵をかけ、クラスメイトは机の下にもぐりこんでいた。すると、廊下から誰かがノックして来た。我々は答えなかった。再びノックが聞こえた。みんな沈黙を保った。ノックをした人間は無理にでも扉をこじ開けようと、必死に叩いていたが、そのうち諦め、廊下を歩いて行った。数十分後、再びノックが聞こえた。今度は警察だった。
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報道によると、最初の銃撃は11時40分頃。校内放送は11時45分頃。11時55分頃から警察がが現場に到着を始め、重武装の警察官と特殊部隊(SWAT相当)も駆けつけた。そして、学校を包囲。男子生徒に投降を呼びかけるが、男子生徒は警官に向けて発砲する。警察にけが人はなし。

彼は、学校の廊下を歩きながら次々と教室のドアをノックし、その後、生徒に向けて無差別に銃を発射したという。射殺されたのは、5人の男子生徒と1人の女子生徒、女性校長、そして、学校の看護婦だった。その他、銃弾により1人が負傷。10人以上が脱出の際に割れたガラスで怪我をした。最後に銃声が聞こえたのは12時04分頃。犯人はトイレで一人孤独に自殺を図ったとされる。警察が彼を発見したのは14時頃だとも16時頃だとも言われる。他にも共犯者がいる可能性もあったため、警察が安全宣言を発したのは午後4時頃だった。数時間も教室内に閉じこもっていた生徒もいたらしい。

後の現場検証で、犯人が400近くの弾丸を用意しており、そのうち69発を発射したことが分かった。

(この一部始終を聞いて、マンガの『寄生獣』を思い出してしまった。)

Youtube動画を使って犯行声明を発しているところなども、アメリカ・バージニア工科大学の乱射事件とよく似ているようだ。

Yuotubeの動画は既に消去されているものの、以下のタブロイド紙のTVクリップで若干見ることができる。
http://wwwc.aftonbladet.se/atv2/popup_wmp.html?id=categories/Nyheter/0711/8044&category=nyheter&commercial=yes

学校の構造と犯人の足取り
http://gfx.aftonbladet.se/multimedia/archive/00451/skolmassakern_451396w.jpg

廊下で犯人に遭遇するも、命からがら逃げ出してきた教師のインタビュー(英語)
http://www.aftonbladet.se/atv2/init.html?id=categories/Nyheter/0711/8047&category=nyheter&commercial=yes

現場の写真
http://www.aftonbladet.se/nyheter/article1192835.ab?service=galleryFlash

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フィンランドといえば、学力の国際比較(PISA)でトップであり、教育の質の高さが評価されていただけに、衝撃を与える事件となった。しかし、いくら国平均としてはトップレベルであろうと、思春期の成長過程でアイデンティティーの確立に失敗し、自分が「社会から疎外されている」と感じてしまう人がいても不思議なことではない。同様の事件はどこの国でも起こりうることだと思う。だから「フィンランドの教育制度が国際学力比較でトップなのに、今回の凶悪犯罪が起こってしまったのは何故か?」という問題提起の仕方は的を射ていないように私は思う。

彼は友達がほとんどいなかったという。一方、歴史や思想に小さいときから目覚め、極右や極左の思想に惹かれ、ヒトラーとスターリンを好んでいたらしい。自分を理解してくれない周囲の人間、さらには社会全体に対する憎しみを増幅させていき、一方で、「自分は選ばれた超人である」と思い込んでいく。アメリカのバージニアの事件やコロンバインの高校の悲劇もそうだし、昨年ロンドンで起きた地下鉄爆破テロの犯人も同じような心理状況に置かれていたようだ。以前の記事:テロの背景・疎外感と自己喪失感(2005-08-10)

だから日本でもスウェーデンでも潜在的な危険性は十分にありうる。たまたまフィンランドでは銃の所有が容易だったことが、彼を犯行へと走らせる一つの誘因になったのだろう。日本やスウェーデンでも武器さえ手に入れば、同様の事件が起きてもおかしくない。

フィンランドでは武器所有の規制が議論されているが、それと同じくらい重要なのは、いかにして精神的に病んだ生徒を早い段階で見つけて、手を差し伸べてやるか、ということだろう。ラジオで心理カウンセラーに対するインタビューを聞いたが、「女の子は自分の抱えている問題を周りの人間に訴えたり、助けを求めたりするのが比較的たやすいのに対し、男の子は抱え込んでしまって外に出さず、周りの人間も異常になかなか気がつかないケースが多い」とのことだ。

ちなみに、日本であれば、この様な事件のあとには「だから刑の厳格化と死刑制度が必要なのだ!」という声が聞こえるだろうが、スウェーデンでもフィンランドでもそのような声はほとんど聞かれない。そこまで思いつめ、自らも死ぬ覚悟ができている人間に対して、何の抑止力にもならないことが明らかであるからだと思う。

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3 コメント

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Unknown (Yoshi)
2007-11-11 23:53:02
Shchanさん、スーパーモデルさん、

コメントありがとうございます。

イジメの悪質化がスウェーデンでも議論されています。とくに、ネットや携帯電話を使った手口が最近急増だそうです。どこの国でも優先的に取り組まなければならない問題だと思います。
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いじめに遭っていたそうです (スーパーモデル)
2007-11-10 18:41:57
最新の情報によると犯人の少年は学校でいじめに遭っていたそうです。私も昔小学校、中学校そして専門学校の時代にいじめられて経験があるので、その苦しみが分かるような気がします。勿論それを理由に連続殺人をやるのは間違っていますが、いじめ問題の深刻さが窺えるような気がします。

http://www.cnn.co.jp/world/CNN200711090026.html

CNN.co.jp : 遺書残す、いじめ被害も判明 フィンランドの学校乱射 - ワールド
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ショックですね (shchan)
2007-11-10 15:23:19
 お久しぶりです。実は私、10月下旬に行われた教職員対象の講演会で「競争もテストもしないで“学力世界一”となったフィンランドの教育のすばらしさ」について聞いていた後だけに、かなりショックでした。学力競争の社会的プレッシャーなどは、国際的にも低いと思われる国なのですが…。
 ただ、私はこのような問題について分析する前に「この行為は“天道”あるいは“人道”に反する罪なのだ」というところから出発する必要があると思います。一番大切なものは、一人ひとりの心であり命です。一人ひとりのかけがえなさは「人権」という言葉で言い換えてもいいのですが、それを踏みつけにし、人生そのものを一瞬で奪ってしまうような行為は、いかなる背景があるにせよ重大な“罪”であると思います。それは、「刑法」以前の問題であると考えています。
 そこから出発しつつも、次に考えなければならない点は、「加害者」である青年もさまざまな場面で「心を踏みつけにされていたのではないか」という問題です。社会制度や教育制度においては世界の中でもすばらしいと思われるフィンランドでの事件ですから、私たちは「社会のあり方」には還元できない問題、周囲の人たちがそのように「踏みつけにされ思いつめていくような個人」を生み出さないために、どう関わっていくべきか、という問題を見ることが大切なのでしょうね。
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