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スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

テロの背景・疎外感と自己喪失感

2005-08-10 02:52:11 | コラム
ロンドンの地下鉄テロが、小国でありながら外国生まれの人々が比較的多いスウェーデンでどのような議論のされ方をしているのか? これまでずっと関心を持ってきたので、簡単にまとめてみたい。

ロンドン地下鉄でのテロの容疑者はイスラム教の背景を持つ移民のようだとされている。とかく貧しい家庭の育ちであったわけではないらしいが。民族的・宗教的背景のために社会の本流から疎外された人々が集まりがちな地域で生まれ育ったらしい。このような地域は西側先進国の主要都市には多く存在する。事件の背景で肝心な点は、社会に馴染めずに疎外感を常に感じている若者が、過激主義に走り、犯行に及んだのではないかということだ。

移民・難民が多く住む地域というのはスウェーデンにもある。面白いことにレストラン経営などの自営業で成功するのは外国出身の人が多いらしいが、他方で一般の労働市場での職探しでは苦労をする移民は多い。彼らの失業率はスウェーデン人平均よりもやはり高い。結果として、所得水準が低かったり、社会保険庁からの生活保護に頼る者もいる。

ストックホルムの郊外Testaもやはり外国の背景を持つ人々が集中して住んでいる地域の一つだが、過激なイスラム主義に魅力を感じる若者(特に高校生)が近年特に増えているという。Testa高校で社会科を教えるベテラン女性教師の話だと、倫理の授業でイスラム教を含めた宗教について議論しようものなら、すぐさま席を立つ生徒がいたり、授業中に肩に手を触れただけで、女性は触るな、と怒り出す生徒が目立つようなったという。スウェーデンにも過激イスラム主義を信奉する団体が存在し、若者の勧誘を盛んに行っている。どういう若者が惹きつけられるかというと、自らの住環境に馴染めず、アイデンティティーを喪失してしまった移民・難民の子供が多いらしい。それに、アフガニスタン・イラク戦争を機に、アメリカが描き出した西側キリスト教世界vsイスラム世界という構図を目の当たりにして、困惑したイスラム教徒の若者が狙われやすい。それに加えて、世界中におけるイスラム過激派のテロのおかげで、イスラム系の移民に対する風当たりがスウェーデンでも少なからず強くなってきたことが、彼らの疎外感に拍車をかけているようだ。

新聞のあるルポタージュによると、過激主義の道に迷い込んでしまった若者の親は自らがイスラム教であろうとも、そのような過激主義は断じて許せず、子供の目を覚ましたいと学校に願うけれども、学校もどうしていいのか、手をこまねいているのが現状らしい。

新聞に引用されている専門家の見方のよると、問題はイスラム教そのものにあるのではなく、むしろ彼らが社会から感じる疎外感とアイデンティティー喪失にあるようだ。だからこそ、ロンドンのテロのように自分が長い間住んできたその社会の人々に牙を向けることも可能になるのであろう。疎外感とアイデンティティー喪失という点に注目すれば、心から信奉できて、自分の生に意味を与えてくれる大きなものを求めて、オウム真理教や過激な共産主義、過激な右翼主義に走ってしまう若者と、問題の根源は共通しているのかもしれない。

幸い、このような過激主義に走る者はスウェーデンでは今のところ少数に限られているらしい。加えて言えば、スウェーデンはアメリカ主導の“テロとの闘い”に積極的には加わっていないことが、スウェーデンでの過激派グループの急進化を抑えている要因の一つだと専門家は付け加える。しかし、スウェーデン国内のイスラム教過激派が国際的なテロ・ネットワークに結びついているケースもいくつかある。例えば、当時スウェーデンに住んでいた25歳と29歳のクルド系イラク人が2003年夏にテロ活動に従事していたとして懲役判決を受けている。判決によれば、彼らはイラクのテロ組織を援助するためにスウェーデンで資金集めをし、送金したという。そして、その結果としてのテロで100人を超す人がイラクで犠牲になったという。

何度も書くようにイスラム教のすべてが悪なのではない。過激主義に走る若者の家族は自らイスラム教徒であろうとも、自分の子供がテロリストになって欲しいと思っているわけではない。スウェーデンに住むイスラム教徒の若者からなる”Sveriges unga muslimer”(スウェーデン青年イスラム教徒団体)という団体もあって、若者が過激主義に走るのを阻止し、彼らが温和なイスラム教徒になるようにと奮闘している。

スウェーデンの日刊紙DNの社説(7/14)のタイトルは「人は始めからテロリストとして生まれるのではなく、生まれた後になってしまうのだ」とし、「生まれ育つ社会環境の中に彼らをテロに導く何かがあるのだ。だとすれば、社会の努力によってその導きを食い止めることもできるはずだ。」と続ける。

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