スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

Feministiskt Initiativ (フェミニスト党)

2006-09-15 07:17:39 | 2006年9月総選挙
読者の皆さんからの要望が多いのは、Feministiskt Initiativ(フェミニスト党)について。2005年に結成され、今回の総選挙には、国政、県議会、市議会レベルで名乗りを上げているが、どうなることだろう。


ストックホルム・Kulturhuset(文化会館)前のフェミニスト党の宣伝活動

まずは、歴史とイデオロギー、掲げる政策を簡単に。

2005年4月4日Gudrun Schyman、Tiina Rosenberg、Sofia Karlsson、Monica Amante、Susanne Lindeといったフェミニズム活動家を中心に結成される。Gudrun Schyman(グードゥルン・シューマン)は1993-2003年まで左党(旧共産党)の党首を務め、左派やフェミニズムの活動家や支持者の間ではカリスマ的な存在だった。彼女が党首の間に、左党は旧共産党からの脱皮を図り、現実路線を取り入れると同時に、男女同権の理念など、フェミニズムの要素も大きく取り入るようになる。これと同じころ、社会民主党は路線を大きく変化させ、中道に向かっていたため、それに落胆した社民党支持者の一部がSchyman率いる左党に取り込まれていき、1998年の総選挙では12%の得票率を記録、スウェーデンで3つ目に大きな政党に成長した。しかし、2003年に脱税スキャンダルで党首を辞任、表舞台から姿を消していたのであった。そして、2005年にフェミニスト党の代表の一人として、カムバックしたのであった。結成から1週間で、2000人が加盟した。

党が基本とするイデオロギーは、Könsmaktsordning(性別間の権力構造)という見方を通した社会の改革。Könsmaktsordning(性別間の権力構造)とはどういうことかというと(私はあまり詳しく分からないので簡単に)

・宗教的・歴史的な背景から生まれた父権(男権)主義が、家族、社会、政治のあらゆるところで男女間のヒエラルキーを形成している。
・その結果、男性は意思決定権を独占し、社会や政治、家族など、あらゆるところでのルールを決める。そして、そのルールによって、この男尊女卑のヒエラルキーがますます強化され、維持されるように努めている。
・女性は、男性の権力によって、教育を受ける権利、特定の職業に就く権利、政界に進出する権利を奪われ、権力の取得と行使から遠ざけられる。
・女性は社会の中で生きていくために、このヒエラルキーを進んで受け入れ、自らを男性に仕えるもの、と見るようになる。このようにして、男尊女卑のヒエラルキーは、女性の側からも強化され維持されていく。
・男性は、ヒエラルキーの維持が危うくなると、暴力に訴えるようになる。

2005年9月に初めての党大会が開かれ、党綱領が制定される。最優先課題は以下のよう。
◎ 同様の仕事における賃金の平等
◎ 「女性駆け込み所」の運営は市が責任をもって行う。
◎ パートではなく、フルタイムを労働生活の基本とする。1日6時間労働。
◎ 育児休暇の個人化(2分割)
◎ 住宅政策の改革(母子家庭の支援など)

以上が、最優先課題だとされたが、他にもいくつかの点が盛り込まれた。

◎ 伝統的に男性的とされる名前を女性が、逆に、女性的とされる名前を男性が持てるようにする。(これは親がこの名づけを行うときにも、後に指名変更をするときにも)
◎ “徴兵制”を“社会奉仕”といった別の概念に置き換え、環境災害や自然災害の支援を任務に含ませる。
◎ レイプに関する刑法を改め、相手の同意がない場合は犯罪とする。
(筆者注:レイプ犯罪の増加が近年、社会的な問題になっている。一方で、近年の法改正によって、この点での刑法は既に厳しくされた、ともいわれている。)
◎ 男性による家庭内暴力に対する対策
◎ 異性結婚や同性結婚に関する現行の民法から、性別条項などをすべて撤廃し、いかなる形の関係でも、パートナーとしての法的権利が与えられるようにする。
◎ 議会に平等委員会を設け、そして、平等問題に関する責任がある特定の省に担当させることを明確にし、さらに、平等のための行政機関を新たに立ち上げる。
(筆者注:既に“平等オンブズマン”という行政機関が存在する)
◎ 年金制度を改革し、年金給付額の基礎となる所得計算が男女平等になるようにする。(筆者注:詳細不明)
◎ 分娩医療の充実。産婦人科・小児科・親に対する子育て教育において、ジェンダー志向の改革を行う。
◎ 親に対する子育て教育を、産婦人科および小児科から分離する。
◎ 性別や、ホモ/トランス・セクシャル、性に関わる表現を理由にした、差別や迫害を禁止する。


そして、2006年4月に、総選挙への出馬が正式に決定されたのであった。

ただ、立ち上げ当初のメディアの注目も次第に冷めるとともに、世論の支持も長続きしなかった。Feministiskt Initiativ(フェミニスト党)の立ち上げが囁かれていた頃の世論調査では、国民の10%が“フェミニスト的な政党を支持するかもしれない”と答えていたのに対し、フェミニスト党の立ち上げから8ヶ月ほど経った、2005年末の段階では5%に半減している。“かもしれない”ではなく、より積極的に“フェミニスト党に票を投じる”と答える人の割合も、立ち上げ直後の2005年4月には3%弱あったのに、2005年9月の段階で1.3%に半減している。その後、2006年に入ってからの支持率はさらに低迷し0.5%

最新(9月13日)の世論調査でも0.5%。ジェーン・フォンダを選挙キャンペーンに招いて、巻き返しを図りたいところだが、時すでに遅しか?(以前も書いたように“4%ハードル”をクリアしなければ、議席は獲得できない。)
日本の新聞から TTさんありがとうございます。

他の極小政党を見てみると、
インターネット上の違法ダウンロードの合法化を訴えるPiratpartiet(海賊党)が1.5%、
移民の制限・排斥を掲げる極右政党Sverigedemokraterna(スウェーデン民主党)が1.1%、
統一通貨ユーロ反対で名を馳せたJunilistan(6月選挙名簿党)が0.5%
と、フェミニスト党は林立する小党の中に隠れてしまいそうだ。

どうして、こんなことになってしまったのか・・・? 原因は、次回に!


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