スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

スウェーデン版新幹線の予定経路と駅が発表される(その2)

2016-02-19 23:01:52 | スウェーデン・その他の社会
前回の続き。

【 新幹線の必要性 】

スウェーデンに新幹線(高速鉄道)を建設することについて、私自身は否定的に感じていた時期もあった。巨額の資金を投じて新しい路線を作るくらいなら、現在すでにある線路を改修したり増強したりすることで、頻繁に起こる列車の遅延を減らすことを優先すべきではないかと考えていたからだ。

しかし、その後、様々な討論や賛否両論に耳を傾けながら分かってきたことがある。新幹線を建設する主な目的は、当然ながら都市間の所要時間を短縮して鉄道の利便性を高めることで、航空機や車から乗客を鉄道にシフトさせることである。これは気候変動対策のためにも必要なことである。ただ、それだけが目的ではない。在来線の負担を軽減することも重要な目的であるのだ。

環境への意識の高まりや、鉄道の利便性が向上したことなどによって、過去20年にスウェーデン国内の鉄道利用客は2倍近くに増加している。一方、鉄道インフラのキャパシティーはこの旅客需要の伸びに全く追いついていない。また、鉄道による貨物輸送は現在でもスウェーデンの林業や鉄鋼などの重工業を支える重要な柱であるため、在来線には貨物列車も走っている。その結果、限られた線路の上を旅客列車と貨物列車がひしめき合って、キャパシティ一杯に鉄道インフラを利用しているのが現状なのである。そのため、線路上で少しでもトラブルが発生すると数多くの列車が影響を受ける結果となる。それに、インフラを現在のようにそのキャパシティーの限界まで活用していれば、メンテナンスももっと増やさなければならないはずなのだが、それがおろそかになっているため、信号トラブルや架線切断、切り替えポイントの故障といったトラブルが多発している。

だから、スウェーデンの鉄道のキャパシティを引き上げることはいずれにしろ、必要なことであり、それならいっそのこと新しい路線を敷設することで、在来線の過密度を減少させ、通勤列車・ローカル列車や貨物列車が在来線をもっと自由に使えるようにしたい。それと同時に、新路線は高速列車の運行も可能な高規格にすることで、鉄道の利便性を高め、利用者をさらに増やそう、というのが、このプロジェクトの意義なのである。

【 総費用 】

しかし、いくら一石二鳥のプロジェクトだからといって、際限なく費用をつぎ込めるというわけではない。実際のところ、総工費については不確かな点が多いようだ。8年ほど前に行われた最初の試算では、総建設費が1250億クローナ(1.8兆円)になるという結果になった。しかし、その後の試算で1700億クローナに上方修正され、昨年末にはさらに2560億クローナ(3.8兆円)へと引き上げられた。また、プロジェクトを管理する交通庁の報告書によると最大3200億クローナかかる可能性もあると指摘されている。しかも、これらの数字は新線の建設費用だけであり、新駅や車両庫の建設や在来線との接続線の敷設や在来線の改良などにかかる費用は含まれていないのである。

費用の大部分は国が国債の発行などによって賄い、今後数十年にわたって返済していく予定だ。しかし、新幹線の新設によって地元経済が潤うことになる沿線の自治体にも、総費用の最大10%を限度として分担が求められている。沿線自治体では住民の増加や商業活動の活性化が期待されているため、自治体は住宅公社を通じて新たな住宅やオフィス施設の建設などを計画しており、完成後の売却収入・家賃収入などを新幹線プロジェクトの分担金の支払いに充てると考えられる。しかし、プロジェクトの総費用がどんどん膨張してしまうと、自治体の負担もそれに比例して増加していくであろう。自治体側も青天井に負担できるわけではないため、すでに自治体連合会は「費用負担のあり方は非現実的であり、スウェーデン政府がより多くの財政的責任を追うべきだ」と批判している。

一方、スウェーデン政府の負担が増えすぎてしまうと、毎年の国債返済が交通庁の予算を今後数十年にわたって圧迫し、今ですら問題の多い在来線のメンテナンスがさらにおろそかになるのではないか、という懸念もある。スウェーデン政府としては、環境・道路関係の税を建設費に充てる案なども考えているようだ。

巨大プロジェクトの一つのファイランス方法としては、Public-private partnership(パブリック・プライベート・パートナーシップ(指定管理者制度))もある。これは、株式会社などの営利企業からも出資を募り、建設後は施設の運営・管理をその企業に代行させるやり方である。建設費が巨額になるのであれば、この方法を活用することで国庫負担を軽減すべきだという声は産業界などから上がっている。しかし、同様のPPP制度が活用された過去のプロジェクトであるストックホルム・アーランダ国際空港地下駅の建設(および既存在来線との接続路線の敷設、そしてアーランダ・エクスプレスの運行)プロジェクトがあまり良い評価を得ていない。運営を代行している管理企業が多額の使用料を要求して大きな利益を得ている結果、利用者の便益が損なわれているとの見方が強い。また、現在建設が続いているストックホルムのカロリンスカ大学病院もこのPPP制度が使われているが、その費用負担のあり方に批判が相次いでいる。むしろ記録的な低金利の今なら、国が国債発行で費用を賄うほうがまだマシだと考えられる。

【 どの技術を用いるか 】

新幹線のルートの決定と平行して、技術の選定や入札手続きの準備なども進められている。スウェーデンの新幹線計画に参入しようとしているのは、日本や中国、韓国、ドイツ、フランスなどだ。インフラ担当大臣であるアンナ・ヨーハンソンは昨年、日本と韓国に視察に行っているし、スウェーデン議会の交通委員会も2つのグループに分かれて、日本と中国をそれぞれ訪れている。

どの国も新幹線計画への参入に躍起になっているが、中国の攻勢は激しいようだ。自国に視察に来たスウェーデン議会・交通委員会のメンバーに対して、「中国の技術を使えば工期は短く、建設費も大幅に安く済む」ということを強調したらしい。セメントによる基礎や支柱などの大部分を、現場で型に流し込んで作るのではなく、あらかじめ規格化し、工場で大量生産し、それを現場に運んで鉄道を建設する工法である上、路線の大部分を高架で建設するため、土地の取得などの費用や手続きが軽減されることがその理由であるようだ。議会・交通委員会の視察団に同行した民間コンサルが、中国でひどく感銘を受けたらしく、そのことをスウェーデンに帰国後にメディアに話したので話題になった。新聞にもオピニオン記事を書いて、中国の凄さをやたらと強調していた(中国へ行った経験はあまりない人で、お膳立てされて見せられたものをそのまま信じてしまった話しぶりだった)。すぐさまスウェーデンの大学研究者に「ちょっと落ち着け」という感じでたしなめられていた(笑)。その研究者が言うには「スウェーデンのこれまでの経験から考えると、地盤がしっかりしており、地価も安いため、高架よりも接地型の線路を建設したほうが経費が抑えられる。中国のやり方がスウェーデンで必ずしも安上がりだとは限らないし、建設労働者の賃金も中国とは異なる」と指摘している。

高架で建設するという点では、日本も同じだろう。スウェーデンにおいてはどのような工法が適しているのか、私にはよく分からないが、技術力や安全性という面で日本にも健闘してもらいたいと思う。

スウェーデン版新幹線の予定経路と駅が発表される(その1)

2016-02-10 17:22:58 | スウェーデン・その他の社会
スウェーデンの高速鉄道計画がさらに一歩前進した。今月初めに予定経路と予定駅が正式に発表されたのである。

高速鉄道(新幹線)構想といえば、スウェーデン国鉄SJが特急列車X2000を導入した1990年代から浮上し、その利点やコストが次第に議論されるようになっていった。首都のストックホルムから第2の街ヨーテボリ第3の街マルメを結ぶ路線であり、特にこの新線が敷設されるであろう沿線の自治体が大きな関心を寄せてきた。中でもストックホルムとヨーテボリ、およびストックホルムとマルメの中間に位置するヨンショーピン(Jönköping)市はこれまで在来線の幹線から外れた場所に位置し、ローカル線に乗り換えなければ鉄道による到達が不可能であったが、この新線が敷設されるとヨーテボリ行き路線とマルメ行き路線の分岐点となる可能性が高いため、このプロジェクトの実現を積極的にスウェーデン政府に働きかけてきた。また、スウェーデンの高速鉄道をそのままデンマークに接続し、さらにはドイツに到達させるという「ヨーロッパ・コリドー」構想を打ち上げ、そのためのロビー団体を作ったりもしていた。

2月1日に発表されたスウェーデン版新幹線の予定経路と駅
出典: Sverigeförhandlingen

ヨンショーピン(Jönköping)は、私が修士課程を履修したヨンショーピン大学がある街だが、修士号を取得した後、私はしばらくリサーチ・アシスタントとして経済学部で働いていた。その時の仕事の一つがまさに高速鉄道計画に関するもので、例えば、この新幹線ができた時の旅客数をモデルを使って推計するというものだった。ただ、どの自治体に駅を作るのかなどは全く決まっていない時期であったため、大学から言われたとおりに私が推計をしたところ、私が推計モデルの中で駅設置を仮定しなかった自治体から不満の声が上がり、推計をやり直すということもあった(笑)。

このスウェーデン高速鉄道計画には当然ながら多額の投資費用と長い工期が予想されるため、スウェーデンが経済危機に見舞われた1990年代はおろか、2000年代に入ってからもスウェーデン政府は及び腰であった。特に穏健党(保守党)は長い間、このプロジェクトに否定的であったものの、政権を握っていた2014年に態度を変え、連立政権を組んでいた他の3党とともに計画の実現を決定したのだった。その後、社会民主党と環境党が政権を奪ったものの、その計画作業はそのまま継続され、そして今回、その予定経路と予定駅が正式に発表されたのだった。

【 計画の概要と予定経路 】

スウェーデンの在来線の現在の最高速度は時速200kmであるが、その在来線とは別に新たな鉄道を敷設して、最高時速320km程度の高速列車を走らせるというのがこのプロジェクトである。これにより、現在では3時間かかるストックホルム-ヨーテボリ間が2時間で、また現在は4時間半かかるストックホルム-マルメ間が2時間半で結ばれる予定だ。また、大都市間の高速輸送(日本で言う「のぞみ」号)だけでなく、近隣の街を結んで通勤客も利用できるように時速250km程度の高速ローカル列車(「こだま」号のようなもの)も走らせる計画である。例えば、ストックホルム-ニューショーピン(Nyköping)-スカヴスタ空港(Skavsta)-ノルショーピン(Norrköping)-リンショーピン(Linköping)を結ぶ列車や、ヨーテボリ-ランドヴェッテル空港(Landvetter)-ボロース(Borås)を結ぶ列車がそれである。

着工は早くとも2017年であり、ストックホルムからリンショーピン(Linköping)までのÖstlänken(オストレンケン)と呼ばれる区間が2028年までに完成、そして残りの区間が2035年までに完成する計画である。

さて新線の敷設経路であるが、ストックホルムからヨンショーピンを経てヨーテボリに至る路線については大まかな経路がすでに決まっていた。一方、ヨンショーピンから分岐してマルメに至る路線については、どこを通し、どこに駅を作るかが大きな議論となってきた。



最短経路にするならば(2)の候補が望ましい。しかし、人口14万人弱のヘルシンボリ(Helsingborg)にも停車させようとすると(1)の経路になる。一方、スモーランド地方の中核都市であるヴェクショー(Växjö:人口8.5万人)に停車させようとすると(3)の経路となり、少し大回りになる。

ヴェクショー(Växjö)といえば、地方大学(リンネ大学)のある、この地域では比較的大きな街であるものの、鉄道の幹線から外れた場所にあるため、ストックホルムから特急列車で向かおうとすると途中でローカル列車に乗り換えなければならず、不便である。だから、この街にとって現在構想されている新幹線を自分たちの街に通すことは切実な願いであった。

しかし、今回の正式な経路発表では(2)の最短経路が採用されたため、ヴェクショーの願いが叶うことはなかった。

3つの候補のどれを選ぶか、行政の担当者は苦渋の決断を迫られたであろう。高速鉄道の利用者を増やし、建設プロジェクトから得られる便益を高めるためには、なるべく人口の多い場所に線路を敷設したほうが良い。しかし、だからといって距離が長くなってしまうと、そもそも時間短縮のために建設する高速鉄道のメリットが薄れてしまう

実際のところ、2都市間を鉄道で移動するのに要する時間とその2都市間における鉄道の旅客シェアは綺麗な反比例の関係になっている。だから、所要時間が長くなるとその分、鉄道を選ぶ人が減り、逆に飛行機を使う人が増える結果となる。


出典:Lundberg (2011) Konkurrens och samverkan mellan tåg och flyg

上のグラフは、2都市間の鉄道による所要時間とその2都市間の鉄道の旅客シェア(飛行機と鉄道の合計に占める鉄道のシェア。車・バスは含まれていない)の関係である。日本の新幹線沿線の都市も登場するので簡単に説明すると、
・東京-広島:所要時間 4時間弱、鉄道旅客シェア 54%
・東京-岡山:所要時間 3時間強、鉄道旅客シェア 61%
・東京-大阪:所要時間 2時間半、鉄道旅客シェア 88%

となっている。

スウェーデンの場合は、現時点で
・ストックホルム-ヨーテボリ:所要時間 3時間強、鉄道旅客シェア 65%
・ストックホルム-マルメ:所要時間 4時間半、鉄道旅客シェア 39%

であることが分かる。


スウェーデン版新幹線の建設によって、それぞれの所要時間が期待通りに短縮できれば、航空機から乗客を奪うことができ、その結果、
・ストックホルム-ヨーテボリ:所要時間2時間、鉄道旅客シェア90%
・ストックホルム-マルメ:所要時間2時間半、鉄道旅客シェア75%

にまで鉄道旅客シェアを伸ばせるかもしれない。上のグラフは、あくまで各国の様々なケースの平均であり、実際の鉄道旅客シェアは、一日に何便走っているのかといった利便性や、航空機と比べた場合の快適さ遅延の頻度などに左右されるわけだが、予測できる乗客数増加の一つの目安にはなるであろう。

一方、期待した時間短縮が本当に実現できるのかどうか、気になる点もある。例えば、この高速鉄道(新幹線)のために在来線とは別に新たな線路を敷設するわけだが、その新線の起点はストックホルム中央駅ではない。その南西50kmのところにあるヤーナ(Järna)という集落を起点とするのである。そのため、ストックホルム中央駅を出発した新幹線は、まず在来線を通ってヤーナに行き、そこから新線へ乗り入れるということになる。そのため、最高時速320kmを出せるのはそれ以降ということになる。

(ヘルシンボリを経る(1)の案が不採用になったのは距離が長くなるという理由だけでなく、ヘルシンボリからルンドまでの区間がすでに過密であるために在来線を使わなければならず、スピードが出せないから、という理由もあるかもしれない)

【 おまけ 】

新幹線の経路と停車駅を決める過程では、ヴェクショー市以外にも様々な自治体が「うちの自治体にもぜひ駅を!」と働きかけを行っていた。だから、もしそれらの希望を全て受け入れて新幹線の経路を作っていたらどうなっていたか?というジョークの画像がFacebookなどで出回っていた。ここまで来ると、在来線よりも所要時間が長くなってしまいそうである(笑)


次回は、この高速鉄道計画の費用や必要性、メリット・デメリットなどについて書きたい。
(つづく・・・)

毎年恒例、イェーヴレの藁ヤギ

2015-12-28 00:17:37 | スウェーデン・その他の社会
毎年、年末になるとスウェーデンで話題になるイェーヴレ市のヤギだが、今年も11月29日に完成を祝う記念式典が市の広場で開かれた。

高さ13メートル、長さ7メートルのこの巨大なヤギは、全身が藁で出来ているため、一たび火がつくと瞬く間に燃えてしまう。11月末(正確に言うと最初のアドヴェント)に藁でこのヤギを建てて、それを新年まで飾って新しい年を迎えよう、という伝統が始まったのは1966年のことだが、この最初の年でさえ、新年を待たずに誰かが火をつけて炎上している。

その後は様々な工夫がなされ、燃えにくくするための防火剤をヤギの全体に吹きかけるようにもなったが、防火剤をかけてしまうと空気中の水分を藁が吸収しやすくなり、あまり見栄えが良くなくなってしまう。そんな理由から近年は防火剤を吹きかけるのをやめてしまった。

近年の結果を見てみると、2012年には早くも12月13日のルシア祭の早朝に炎上しているし、2013年にはクリスマスの数日前に燃えている。昨年2014年は厳重な警備の甲斐もあってか、無事に年を越すことができた。藁でできたこのヤギが果たして新年まで立ち続けるのかどうかは、ネット上のギャンブルサイトの賭けの対象にもなっているほどだ。1966年以来、火を付けられなかった年は14回しかない。

今年はいつまで持ちこたえるのか? クリスマス以前に火が付けられてしまうのか、それとも、年越し前か、それとも、新年を無事に迎えることができるのかどうか? 今年も人々が大きな関心で見守ってきた。地元の人にとっても、スウェーデンの他の地域に住む人々にとっても、これはスリリングな、一種のお祭りのようである。しかし、残念ながら今年のヤギは12月27日の早朝、炎上してしまった。


TV4のニュース映像より

犯人は警備員に現場近くですぐに逮捕されたが、かなり酔っ払っていたという。地元に住む25歳の若者で、犯行を認めている。警備員によると、どうやら共犯者が一人いたようであり、警察が行方を追っている。

放火直後を捉えた映像がある(下のリンク)。犯人はヤギの足元に火を付けた直後に走って逃げるが、火の勢いが強かったためか、彼の体にも火が燃え移っている(警察によると、医者に診てもらうほどではなかったらしい)。この映像を見ればわかるように、警察のパトカーが間もなくして現場に到着しているが、この火の早さでは、警察や消防がいくら早く現場に到着しようが、もう何もする術がない。近年、防火剤の散布をやめてからは、代わりにウェブカメラや警備員を配置することでいたずらを防ごうと努力しているらしいが、一たび火を付けられれば、もうおしまいだ。

通行人の映像(初回に広告が流れるかもしれない)

それにしても、私はむしろこんなに燃えやすいものがこれまで1ヶ月も立ち続けてきたことのほうが、むしろ驚くべきことだと思うのだけど。

【過去の関連記事】
2013-12-22: イェーヴレ市の藁ヤギ、今年も灰に
2011-12-05: イェーヴレ市のヤギ人形、今年は早くも・・・
2008-12-27: 今年は生き残るか?-イェヴレ市のヤギ
2006-12-31: イェヴレ市のヤギ人形

ルシア祭のライブコンサート

2015-12-13 17:29:20 | スウェーデン・その他の社会
今年の八つ墓村コンサート(嘘)をご覧になりたい方はこちらをどうぞ!



毎年12月13日朝に公共放送SVTで流れるスウェーデンのルシア祭のライブコンサートです。今年はヨーテボリから。

「フィンランドが世界初のベーシックインカム導入を決定」の真相

2015-12-09 00:17:38 | スウェーデン・その他の政治
「全国民に毎月11万円、フィンランドが世界初のベーシックインカム導入へ」

「フィンランド、国民全員に800ユーロ(約11万円)のベーシックインカムを支給へ」

などという日本語ニュースをここ数日の間に目にした。元ネタは英語のニュースだろうと思って検索してみると、英語でも数多くのニュースサイトがこの話題に触れていることが分かる。

詳しい話を知りたいのでフィンランドのニュースサイトを見てみた。私はフィンランド語は読めないが、幸いにもフィンランド人口の約1割はスウェーデン語を母国語とするため、スウェーデン語で書かれたニュースサイトもある。そこで、フィンランドのスウェーデン語系大手紙Hufvudstadsbladetのサイトで、ベーシック・インカムに相当する「medborgarlön」「basinkomst」という単語を検索してみるけれど、ここ数日に書かれた記事は全く見つからない。国外でこれだけ騒がれているのに、現地フィンランドでは話題になっていないのはなぜか・・・?

疑問に思いながら、今度はフィンランド公共放送Yleスウェーデン語のニュースサイトを覗いてみたら、国外メディアの報道に対して「なに騒いでんの!?」という反応をしていたので爆笑してしまった。

「外国メディアを目にした人は、フィンランドが今すぐにもベーシック・インカムをすべての国民に導入すると理解しかねない。」

『しかし、計画から実現までには長い時間がかかる』と専門家は念を押す。」


では、実際にはどうなのかというと、近い将来の導入を視野に入れながら、フィンランド社会保険庁今年10月末に準備的な調査を開始したとのことだ。800ユーロなどという数字もまだ決まったものではない。最終的には全国民を対象にしたベーシック・インカム制度を実現することがフィンランドの現政権の狙いではあるが、それは社会保障制度の全体的な改革を意味するため、まずは改革案の選択肢をいくつか用意したうえで、それぞれの効率性や労働インセンティブに与える影響などを分析するための限定的な実験をフィンランドで実行するところから始めなければならない、という。

というわけで、今はその準備的調査が始まったばかりという段階だ。まず、他国ですでに試験的に導入されたベーシック・インカム制度の研究・評価をまとめて2016年春に政府に提出し、その後、フィンランドで実際に限定的な実験を実施する場合に、それをどのように行い、そしてどのように評価するのか、といった研究デザインを2016年後半にかけて考案。そして、その実験を2017年に実行する予定なのだという。

そうすると、その後はまず実験の評価をしたうえで、それに基づきながら、社会保険庁が政府に対して改革案を提出。そして、それを基に公聴制度を実施したり、議会で議論したりしたうえで、最終的に本格的な導入の是非が議会で決定されることになるだろうから、仮に実施されるとしてもまだまだ先の話である。この記事の一番最初に挙げた日本語記事が書いているような「社会保障の問題を考える際によく引き合いに出される制度ですが、北欧の福祉国家として高い評価を受けているフィンランドが世界で初めて国として導入することを決定しました」とか、「ベーシックインカムを支給する方向で最終調整作業に入ったことが判った」とか、そんなレベルでは全くない。

外国メディアの報道に対するフィンランド社会保険庁の見解(英語)
Contrary to reports, basic income study still at preliminary stage

ではなぜ、この瞬間に大きなニュースになったのか不明だが、最近はどこの国のメディアも自分たちで取材せずに、他のメディアの報道を引用して、伝言ゲームのように話題を拡散していく傾向にあるので、今回もそういう形で広まった話だろう。人の話を鵜呑みにせずに、もっと自分たちでしっかり取材してから報道してほしいものだ。

どのニュースメディアが発端なのかは分からないが、アメリカのTIMEが参照していたQuartzというメディアは、自分たちの最初の報道の誤りに気づき、修正している。

とはいえ、スウェーデンを始め、多くの国々で政治的な議題にすらなっていないベーシック・インカム制度の導入に、フィンランドが本格的に取り組み始めた、という事実については今後も注目していくべきとは思う。
(私自身はこの制度の意義については今のところ懐疑的ですが、もうちょっと調べて、考えたいと思っています)

難民受け入れ状況について(その3)

2015-12-07 11:29:35 | スウェーデン・その他の社会
前回2回にわたり、スウェーデンにおける難民受け入れ態勢について説明してきたが、すでに書いたように現在の切迫した問題は、庇護申請をした難民に提供する住居が足りないことである。これに関連した出来事について、付け加えておきたい。(原稿は10月末に書き上げていましたが、掲載が遅くなりました)

前回の記事:
2015-11-24 難民受け入れ状況について(その1)
2015-12-01 難民受け入れ状況について(その2)

庇護申請中の難民に対する住居は、移民庁がその提供に責任を負っている。移民庁は主に、難民を収容できそうな施設を持っている業者と契約を結んで、住居の確保を行っているが、それでも十分な住居が確保できない現在のような状況下では、スウェーデン各地の自治体にも難民の住居として使えそうな施設がないかどうかを相談し、できる限りの数の確保に努めてきた。

移民庁からのそのような要請を受けて、廃校になった学校施設、スポーツ・福祉施設などを見つけて、それを住居として利用できるように改装し、移民庁に提供する自治体も多数ある。もともと住居では無かった施設であることが多いため、キッチンやトイレ、洗濯機、シャワー室の整備などの投資費用が発生し、それらは移民庁が負担する。

しかし、そうやってお金を掛けて、それなりに人の住める施設が完成し、さあ、これから難民の割り当てを始めよう、という時になって、誰かが放火し、施設を全焼させる、という事件が今年の特に秋以降にスウェーデンで何件か発生している。また、同じように放火の被害を受けた建物には、自治体がその建物を難民の収容に使うことを決定した直後に放火されたものもあるし、あるいは、既に人が住み始めている状況で放火されたものもある。


全焼した難民向け住居(日刊紙 Dagens Nyheter 2015-10-28より)

幸いにも死者が出たケースはないが、一方で、犯人の逮捕に至ったケースは1件しかない。夜間の犯行がほとんどであるため、犯人の特定が難しく、はっきりした動機は分からない。しかし、同様の事件が短期間の多発したことやその特徴の共通性から、難民の受け入れに反対する人々の犯行が疑われている。


今年に入ってから10月末までに発生した、難民向け住居に対する放火事件(日刊紙Dagens Nyheterより)
このうち半数は、後述するように10月17日以降に起きている

スウェーデンでも少なからずの人々が難民の受け入れに反対していることは事実であるが、その不満は議員や自治体に向けるべきものではあっても、罪のない難民に向けるべきものではない。政治家が自分たちの声に耳を貸さないから実力行使にでた、などという言い訳も、放火・殺人未遂という立派な犯罪行為を正当化する理由にはならない。スウェーデンのメディアも、相次いだこのような放火を「テロ行為」の一つだと呼んでいる。難民や一般市民の心に恐怖を植え付けることで、自らの政治的目的を達成しようとする非民主的な行為だからである。

※ ※ ※ ※ ※

Facebookの極右系のグループページや、極右政党であるスウェーデン民主党と繋がりのあるヘイトサイトには、そのような犯行を褒め称えるコメントが相次いでいた。また、スウェーデン民主党の地方支部の中には、その地域で自治体が難民の住居として使おうと考えている施設をリストアップし、その住所と地図をホームページに掲載しているところもあった。彼らの言い分は、自治体がその建物を難民の受け入れに使おうと考えているという事実を、その地域の住民がきちんと知り、不満がある人が自治体に抗議できるようにするためだ、というものだ。つまり、地元の民主主義に必要である情報の公開性に寄与している、という言い訳である。もちろん、そのようなリストの公開にはたくさんの批判が寄せられた。

放火事件はスウェーデン民主党が党として関与しているわけではないため、彼らにその直接的な責任を問うことはできない。しかし、難民の住居に今後使われるかもしれない施設のリストを掲載することが、さらなる放火事件を生み出す可能性があり、しかも、それを指摘する声が実際に多数寄せられている時に、それでも敢えてリスト掲載を続けるのであれば、その後、放火事件が起きた時に責任が彼らに全くないとは言えない、と私は思う。

スウェーデン民主党の党首や幹部は、(少なくとも10月末の段階で)このような放火事件を非難する声明を発表していない。移民庁は放火事件の多発を受けて、今後は難民住居として使おうと考えている施設の情報を公開しないことに決めた。警察も難民向け住居の警備に力を注いではいるようだが、それでも不安を感じる難民は自ら交代で夜通しの見回りをしている。報道を見てみると、ドイツでも似たような放火事件や嫌がらせがこの秋に多発したようだ。

戦禍で家を追われた多数の難民が到達するという事態に、スウェーデンがかつて直面したのは1992年のことである。既に書いたように、ボスニアで勃発した紛争のために主にイスラム系のボスニア難民8~9万人がスウェーデンに逃れ、庇護申請を行った。この時も、彼らに提供する住居が不足したため、広場に張ったテントが彼らの住居として使われたこともあった。だから、現在の状況と当時の状況はよく似ているわけだが、難民の住居に対する放火事件の多発、という点に関しても、当時と今の状況はよく似ている。(「平均3日に1度のペースで放火事件が発生した」という情報を目にしたが、これは1992年全体で平均した数字なのか、スウェーデンに多数のボスニア難民が到達した夏以降の期間で平均した数字なのかがはっきり分からない)

また、新民主党というポピュリスト政党が支持率を大きく伸ばしたり、ネオナチのグループが難民に対するヘイトを撒き散らして、人々を扇動しようとしていた点も、今とよく似ている。

今年10月17日スウェーデン民主党の国会議員であり党の中核をなしているKent Ekeroth(ケント・エーケロート)が地方の町の広場で演説を行ったが、その演説が非常に醜いものだった(今さら驚くべきことではないが)。「スウェーデンはもう終わりだ」という言葉とともに、難民に対する不安と不信感をくりかえし煽り、挙句の果てに「皆の者よ、外に出て、(自分たちの主張を)見せつけてやろう!」「スウェーデン人は長い導火線を持っている(私の解釈:忍耐強いということ?)と言われるが、その導火線が燃え尽きた時、爆発が起こる。彼らに、今その時が到来し、今、爆発するのだということを見せてやろう!」と叫ぶような演説だった。この演説の映像は極右系のサイトなどを通じて広く拡散したようだ。

この男のいう「彼ら」というのが誰のことなのか、スウェーデンの政治家なのか、それとも難民なのかがよく分からないし、その「彼ら」にどのような形で「見せてやろう!」と言っているのかが分からないが、彼の言葉を「実力行使への容認」と勘違いした支持者がいてもおかしくはないだろう。彼がこの演説をした直後から2週間の間に、難民向け住居、もしくはこれから難民の住居となる建物への放火事件が多発した。


スウェーデン民主党の路上集会(地方紙 Trelleborgs Allehanda 2015-10-19より)

スウェーデン民主党は今年の夏にも、スウェーデン国内で物乞いをするロマ人に対する憎しみを煽るヘイト広告を、ストックホルムの地下鉄駅に掲載して問題になった。そして、その直後にもロマ人に対する暴力行為や彼らの寝泊まりするテントやキャビンへの放火事件が多発した。立場の弱い者への憎しみを煽ることを通じて自分の党への支持率を伸ばそうとする行為は、卑怯と呼ぶしかない。

過去の記事:
2015-08-07 公共の場における不快な「ヘイト」広告 (その1)
2015-08-17 公共の場における不快な「ヘイト」広告 (その2)

1990年代前半にも、ネオナチ政党が難民への憎しみを煽るヘイトスピーチを繰り返していたが、そのような風潮の中で「実力行使が容認される」と勘違いした男が現れ、外国出身者を次々と銃撃する事件が起きた。ヘイトのレトリックは犯罪行為への引き金を引くと行っても過言ではない。

難民の住居の話に戻るが、住居が不足する中で、それでも難民に住居を提供しなくてはと、あらゆる施設を総ざらいして、せっせと使えそうな施設を整えて移民庁に提供している行政職員や民間の人々がいる一方で、夜陰に紛れて火をかけ、サボタージュすることに力を注いでいる人がいるのは非常に悲しいことだ。そのネガティブなエネルギーをもっと建設的なことに使えないのかとつくづく思う。

難民受け入れ状況について(その2)

2015-12-01 19:19:15 | スウェーデン・その他の社会
前回の続き

11月の後半に入ってからも、スウェーデンに辿り着いた難民に提供する仮宿舎の数が大幅に不足。スウェーデンの南端にある国境の町マルメでは移民庁のレセプション見本市会場(メッセ)を宿舎として開放したものの、それでも足りず、日によっては屋外で夜を越さねばらならない人が発生する可能性があったが、幸いにも近隣にあるイスラム教のモスクキリスト教の教会が難民を収容してくれた。


教会に寝泊まりする難民(Dagens Nyheter 2015-11-25より)

前回も触れたように、EUの他の加盟国が今回の難民問題に対してスウェーデンやドイツなどと同じくらいの積極さで取り組みを行っていれば、状況はもっと異なっていたであろうし、スウェーデン政府やドイツ政府にとっても、それが逼迫する窮状を打開するための鍵であった。しかし、EUが共同で取り組むはずの難民政策は名ばかりだった。そのため、自国の難民受け入れ態勢のキャパシティーが限界に達したと判断したスウェーデン政府は、ドイツ政府と同じく独自の対策を導入せざるを得なくなった。

スウェーデン政府が11月11日に、同じシェンゲン条約締結国であるドイツやデンマークからの入国に際してもパスポート検査を行うことを発表したことは、前回のこのブログ記事で書いた。しかし、それ以外にも様々な決定が10月以降、スウェーデン政府から発表されている。それらを簡単にまとめておきたい。


【 10月23日の与野党合意 】

まずは、10月23日に発表された与野党合意。これは20項目からなり、例えば
・スウェーデンだけでは対応しきれないので、スウェーデンに庇護申請した難民の一部を他のEU加盟国に引き受けてもらうこと
そして、
・スウェーデンが難民認定しない国からの庇護申請者への審査・却下決定を早くすることで、審査プロセス全体を迅速化する。
難民認定された人々の受け入れと彼らへの住居提供を各自治体に義務付ける
・難民受け入れの経費として各自治体に特別予算を配分する(総額100億クローナ)。
・新規住居建設の審査の簡略化
といった難民受け入れ態勢に関わる事項、それから、
・庇護申請者には決定を待っている段階から既にスウェーデン語教育を行う。
職業訓練の強化
・家事労働サービスや家の改修サービスなど未熟練労働者でも比較的就きやすい産業に対する補助制度を、庭仕事、引越しサービス、ITサービスなどにも拡張する。
・教員養成を母国で受けた難民が、同じ言葉を話す難民(子供)に対して教えることができるようにする。
といった雇用・社会統合に関わる事項が続く。

また、難民として認定された人にはこれまで無期限の居住許可(永住権)が付与されてきたが、これをどうするかという議論はこれまでも政党間で続いてきた。無期限の居住許可(永住権)を付与することのメリットスウェーデン語やスウェーデンでの就労に必要なスキルを学ぶインセンティブを高め、社会統合を容易にするという点が挙げられる(数年で送り返されると分かっていれば、誰がわざわざスウェーデン語を学ぼうとするだろうか、という考えである)。また、子持ち家族の場合、子供の成長にとって何がベストかを考えると、既にスウェーデン語で教育を受け始めたスウェーデンでそのまま教育を続けられるようにしたほうが良い、という主張もある。これに対し、期限付きの居住許可を付与し、一定期間後に就労状況などを考慮しながら延長するかどうかを決定する方法を主張している人たちもいるが、彼らの意見も「そのほうが就労インセンティブになり、社会統合を容易にする」というものである。(後者の主張には、スウェーデンでの難民待遇の質を落とすことで、スウェーデンへの庇護申請者の数を減らしたい、という意図もある)

10月23日の与野党合意では、これまで平行線を辿ってきたこれらの主張の間に、一つの妥協が見られ
・今後3年間に限り、難民認定者には期限付き居住許可を付与する。しかし、子持ちの家族、18歳未満の子供、割り当て難民は例外とし、今後も無期限の居住許可を付与する
ことが合意に盛り込まれた。例外規定が適用されるのは、難民認定者の半分ほどになる見込みだ。
(注:割り当て難民とはUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)が認定し、スウェーデンなど先進国の一部に受け入れを割り当てている難民を指す)

この与野党合意には、国政政党の中でもっとも左に位置する左党ともっとも右に位置するスウェーデン民主党を除く6党(議会の議員数の約8割)が加わっており、スウェーデンのメディアは、困難な状況を前に党派性に固執せず、建設的な合意が交わされたことを大きく評価していた。(世界恐慌中の1933年に経済政策に関して与野党が交わした合意や、1990年代初頭のバブル崩壊に伴う経済危機に際して与野党が発表した危機対応と並ぶほどの合意だと評価する声もあった)


合意内容を発表する6党の議員(Dagens Nyheter 2015-10-24より)

たしかに、この合意が発表された一週間前には、2014年12月に結ばれた「12月合意」が崩壊しており、難民問題という大きな課題を前にし、野党がスウェーデン民主党(極右政党)の力を借りて与党の政策や予算案を阻止したり、場合によっては内閣総辞職もあるかもしれないなど、政治の不安定性が懸念されていた。しかし、それからわずか1週間のうちにこのような与野党をまたぐ合意が形成されたことはスウェーデンの強みであり、政治的リーダーシップの証ではないかと思う。と同時に、直面している難民問題がそれだけ危急の問題であることを意味している。

過去の記事:
2014-12-28:「12月合意」により、スウェーデン議会の再選挙が回避される (その1)
2014-12-29:「12月合意」により、スウェーデン議会の再選挙が回避される (その2)


【 11月5日の欧州委員会に対する要請 】

前回触れたように、スウェーデン政府は11月5日、EUの行政府である欧州委員会に対して、スウェーデンが既に受け入れてきた難民の一部も、EUの他の加盟国が分担して受け入れるように要請した。難民受け入れの分担についてEUが決定したクオータ(割り当て)制度のもとで、ギリシャやイタリアだけでなくスウェーデンも難民を送り出す側に加えてほしいということである。これは、10月23日の与野党合意にも盛り込まれていた一項目である。


【 11月11日のパスポート検査の実施発表 】

これも既に触れたように、11月11日、スウェーデン政府は国境でのパスポート検査を実施することを発表し、その翌日から実行した。また、この数日後にはドイツやデンマークからスウェーデンに向かうフェリーの乗船時にもパスポート検査が行われるようになり、海路からスウェーデンへ入る難民の数が減ることになった。


【 11月24日に発表された追加措置 】

欧州委員会や他のEU加盟国の対応に期待をかけ、実際に働きかけていたスウェーデン政府だったが、彼らの動きが非常に遅いため、スウェーデンとして難民圧力を緩和するための、さらなる措置を発表することになった。措置の焦点は、10月23日の与野党合意の時にも焦点となった、難民認定者に付与する居住許可の有効期限についてである。新たな措置では
すべての難民認定者に対して有期限(1年もしくは3年)の居住許可を付与する
とされた。また、1ヶ月前の与党合意では、子持ちの家族、18歳未満の子供、割り当て難民は例外とする規定があったが、それを改め、割り当て難民のみを例外とすることにした(子持ち家族の場合、この措置が発表された24日15時以前に庇護申請の登録がなされていれば、例外に加えられ、無期限の居住許可が付与される)。

居住許可の期限が過ぎたあとはどうなるかというと、延長の申請ができ、その時点で一定水準以上の収入があれば無期限の居住許可を得ることができる。それ以外は、審査の後で再び期限付きの居住許可を付与されるという。

また、
・難民認定を受けた後に家族をスウェーデンに呼び寄せることを大きく制限し、呼び寄せられるのは基本的に自分の配偶者と子に限る
こととされた。

さらに、フェリーだけでなく、バスや鉄道といった陸路の公共交通の乗車時にも、パスポートなどの身分証明証の提示を義務付けることが、この発表に盛り込まれていた。

(以上に書いたのは、新たな措置の概要にすぎない。実際には難民認定のカテゴリーごとにもっと細かく規定されている。たとえば、どのような難民に対して、1年期限または3年期限の居住許可が付与されるのか、などである。また、先ほど触れたように配偶者・子をスウェーデンに呼び寄せることができるのは、3年期限の居住許可を付与された難民だけである。ただ、詳しく書く時間がないので割愛する)

いずれにしろ、11月24日のこれらの追加措置によって、スウェーデンの難民認定と待遇国際条約やEU法が規定する最低限の水準に下げられることになった。難民が庇護申請を行う権利は国際条約で認められているが、その権利を事実上、奪ってしまうことになるため、スウェーデン政府には厳しい批判も寄せられた。その批判に対する一つの釈明としてスウェーデン政府は「スウェーデンが自身の難民受け入れ政策を劇的に変化させたという事実が、他のEU加盟国に対して警鐘を鳴らして、彼らの消極的な態度を変化させてくれることを期待している」と答えている。しかし、残念ながらこれまで何度も書いてきたように、今回の難民問題に際してEUはまったく機能を失っており、その願いがかなえられる可能性はゼロだろう。私は、非常に残念なことだと思う。しかし同時に、スウェーデンとして、危急な状況に何らかの手を打たなければならず、このような追加措置は仕方のないこととも思う。


追加措置を発表する首相(社会民主党)と副首相(環境党)(Svenska Dagbladetより)

以上のような10月後半からの一連の政策転換により、11月のスウェーデンへの庇護申請者の数は10月の数を下回ったようだ。2015年に入ってからスウェーデンに庇護申請をした難民の数は、11月26日の時点で合計14万6000人だ。移民庁は今年一年間の申請者の数を14~19万人と予測しているが、この様子だとメインシナリオとされる16万人前後になりそうだ。


【 国の財政と経済への影響 】

難民の受入れにかかる費用の大部分は、これまではスウェーデンの政府開発援助(ODA)の予算枠から拠出されてきた。OECDの規定では、それぞれの難民の受入れにかかる費用のうち最初の一年間にかかる部分を政府開発援助(ODA)として計上することが許されているからである。しかし、本来は途上国での貧困支援や発展支援に使われるはずの予算の少なからぬ部分がスウェーデン国内における難民受け入れに充てられる現状に対しては、ODAの行政を取りまとめるSIDA(国際開発協力庁)やNGOなどから批判の声が上がっていた。

スウェーデンのODAの支出額は世界的に見ても高く、GNI(国民総所得)の1%に上るが、今年はODA予算全体の22%がスウェーデンにおける難民の受け入れに充てられる見通しである。スウェーデン財務省としては、来年はさらにこの割合を増やし、ODA予算のおよそ半分を難民受け入れに充てようと考えていたが、さすがにそれでは途上国における様々な貧困・発展支援に影響が出るという反発が激しく、先日、財務省と外務省は協議の結果、最大でも30%までを限度とする決定を行った。

そのため、少なくとも今年から今後数年間にかけては、難民受け入れ経費の一部を国債の新規発行によって賄うことになる。移民庁によると移民庁の経費総額は今年が260億クローナ、来年2016年が580億クローナになる見込みだ(すでに触れたように難民受け入れに関連する経費の一部はODA予算から拠出される)。一方、国債を管理する債務庁によると、国債発行額は今年が450億クローナ、2016年は330億クローナになると見られている。

大きな数字だと感じる人もいるかもしれないが、国債の発行額に関しては、国の借金の増大を懸念すべきような水準では全くない。スウェーデンのGDPは年間約4兆クローナだから、450億クローナはGDPの1.1%に相当する。一方、スウェーデンの経済成長率(GDP変化率)は年率2~4%だから、国債残高の対GDP比はむしろ減っていく。スウェーデンの中央政府の国債発行残高は対GDP比で35%であり、国際的に見てもかなり低い水準にある。だから、私は対GDP比をさらに減らす必要はなく、30%台の水準を保つように努力すれば良いと考えている(つまり、経済成長率と同じ%だけ債務を増やす余裕はあるということ)。

(また、近年の国債発行額を見てみると、昨年2014年が1170億クローナ、2013年が1310億クローナであった。だから、今年と来年は難民受け入れの費用を借金で賄わなければならないとはいえ、借金の額自体は過去2年を大きく下回ることが分かる。)


スウェーデン中央政府の債務残高の対GDP比(← 青い線)
(灰色の線は政府が所有する金融資産などを加えた場合)

難民の受け入れはスウェーデン社会にとって大きなチャレンジである。しかし一方では、経済的な効果もすでに現れている。先日発表されたGDP速報によると、2015年第3四半期(7-9月)のGDP(国内総生産)前年同四半期と比べて3.9%の増加だったという。難民の受け入れがさらに増えた10月以降の第4四半期がどうなるか気になるところだが、おそらく2015年全体の経済成長率(年率)は3.5%を少し上回るくらいの水準になりそうだ。これはかなり高い水準だ。

ただ、難民受け入れが短期的には経済にプラスの効果をもたらすことは、別に驚くことではない。受け入れにともなって、住居や家具、運輸、通訳の確保など、関連する産業に対する公共支出が増えており、雇用も増加している。また、難民認定者や庇護申請中の人々には一定額の生活費が国から支払われるが、その大部分が消費に回っている。それらが景気を後押ししているのである。もし、この公共支出や再配分の増大が増税によって賄われることになれば、それは景気に冷やす要因になるが、すでに触れたようにスウェーデンの財政は安定しており、難民受け入れにかかる経費増大を増税で賄う必要性は今のところない。

もちろん、中長期的な経済への影響がどうなるかは、難民認定された人たちがどれだけ早い段階で労働市場に吸収され、彼らが税金を収めるようになり、生活保護・住宅手当などの国の出費が減っていくかに左右されることになる。

難民受け入れ状況について(その1)

2015-11-24 15:00:33 | スウェーデン・その他の社会
前回の更新から長い時間が経ってしまいました。とても忙しく、更新のための時間がなかなか取れません。

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9月以降のスウェーデンの難民受け入れ状況についてまとめておきたい。8月から9月初めにかけての一連の出来事が契機となり、ヨーロッパにはシリアやイラクなどからたくさんの難民が殺到することになったが、ドイツに続いて、スウェーデンもたくさんの難民が庇護申請を行っている。申請数は9月以前の段階でも例年以上の数を記録していたが、9月以降になりその増加が顕著となった。

1984年から今年までの庇護申請者の数
<グラフの出典> Dagens Nyheter 2015-11-10

9月以前の段階では、今年全体の庇護申請者の数は8万人ほどになると予想されていたが、申請者のその後の急増のため、10月の段階で予想が14~19万人へと大幅に上方修正された(メインシナリオは16万人)。

ちなみに、今年のような大きな難民の波にスウェーデンが直面するのは、決して初めてのことではない。ユーゴスラビアが崩壊しボスニアで大きな内戦が勃発した1992年には、ボスニア難民(多くがイスラム教徒)をはじめとする9万人近くがスウェーデンに逃れ、難民申請を行った。私は、スウェーデンの受け入れ態勢のキャパシティーを考える上で重要な参考になるのは、1990年代前半の受け入れ数だと考えていたが、今年は既に10月の段階で1992年の記録を上回った

今年に入ってからの月ごとの庇護申請者の数。(水色:シリア、赤色:アフガニスタン、黒色:イラク、灰色:その他)
<グラフの出典> Dagens Nyheter 2015-11-10

シリアからだけではなく、10月以降はアフガニスタンからの難民が増えているが、これはドイツがアフガニスタンからの難民受け入れの条件を厳しくすると発表したことが一因であると考えられる。

スウェーデンにたどり着き、庇護申請を行った難民の人々には、審査を待つ期間、そして難民として認定された後、スウェーデン政府が住居と生活費を保障する。しかし、その住居の数が不足するようになった

そのため、10月9日、スウェーデン政府は国中のあらゆる施設を総ざらいして、住居として使えそうな施設をリストアップする作業を始めた。この結果、15000~20000人分に相当する住居を確保できることが分かった。また、短期的な解決策として、広場にテントを張って一時的な住居として提供することもありうると発表し、実際にその準備に取り掛かった。テントを一時的な住居として提供するというアイデアは、実際のところ、1992年に大量のボスニア人難民の波にスウェーデンが直面した際にも実行されている。スウェーデンの寒い冬を凌ぐことも考慮されたテントであるため二重になっており、電気暖房も完備したテントで、高さは2メートル、一つのテントの広さは25平米だ。10月21日に最初のテントがスウェーデン南部のルンド市郊外に設置され、間もなく使用が開始される。

テントを訪れる内務大臣 (Dagens Nyheter 2015-10-22より)

ただ、不足しているのは住居だけではなく、例えば、庇護申請の審査を行う移民庁の職員が不足しており、申請から審査までの待ち時間が2年を超えるのが現状だ。また今後は、スウェーデン語を教える教員や、増える児童に対応するための教員・保育士、それから、ソーシャルワーカーも不足することが予想されるため、各自治体はこれから大量の新規雇用を実施していくことになる。

このような状況から、10月21日、スウェーデンのロヴェーン首相は「難民受け入れ態勢のキャパシティーが限界に近づいた」と発表した。また、11月5日にはヨハンソン法務大臣が「庇護申請者への住居の提供をこれ以上、保障できない」と記者会見で発表した。そして「今、ドイツに滞在中で屋根の下で寝泊まりする環境にあるのであれば、そのままドイツにいたほうが良い」とアドバイスをした。これは何も難民をドイツに押し付けたいから言っているのではなく、スウェーデンが置かれた切実な状況を鑑みて発せられた言葉だった。実際に、この頃から移民庁の事務所やレセプションにまでマットレスを広げて、難民を寝泊まりさせる状況になっていた

さらに、11月11日、スウェーデン政府は国境でのパスポート検査を実施することを発表し、その翌日から実行した。スウェーデンはシェンゲン協定締約国であるため、隣国のデンマークやドイツ(海路)などとの行き来には入国検査がないのであるが、その制度を一時的に放棄するということである。ただし、これが実際にスウェーデンへの難民の数を減らすかどうかは不明である。というのも、スウェーデン入国時にパスポートを持っているか否かに関わらず、また、正当なビザを持っているか否かに関わらず、難民として庇護申請をしたい人はスウェーデン国境まで何とかしてたどり着けば、今後も今までと同じようにその場で申請を行えるからである。

むしろ、この国境での検査の導入によって影響を受けるのは、スウェーデンを素通りしてノルウェーやフィンランドで庇護申請をしたいと考えていた難民である。そもそも、スウェーデン移民庁が警察にパスポート検査の一時的な導入を要請した理由は2つあり、一つはこのような、スウェーデンに不法に入国して素通りしようとする人々の入国を防いで、入国管理の秩序を取り戻すことだった。また、これに関連して、スウェーデンの行政に保護された未成年者の難民が、姿をくらます事態が多発しており、移民庁や警察としても何らかの対処を行う必要があった(彼らの多くは本当はノルウェーやフィンランドへ行きたく、そのために保護後に姿を消していると考えられる)。

パスポート検査導入のもう一つの理由は、スウェーデンがこれまで直面してきた難民圧力を緩和することであった。しかし、その目的が適うかどうかは先ほど触れたとおり疑問である。難民がスウェーデン国境において警察官にパスポートの提示を求められ、その際にパスポートがない、もしくはスウェーデン滞在のための正当なビザを持っていない、ということが明らかになれば、与えられる選択肢は二つに限られる。一つはスウェーデンで庇護申請をすること。もう一つは、スウェーデン入国以前にいた国(デンマーク・ドイツ)に戻ることである。だから、本当はノルウェーやフィンランドに行きたかった人が、仕方なくスウェーデンで庇護申請を行い、その結果、スウェーデンでの庇護申請者の数がさらに増えることになるかもしれない。これまでのところ、週あたりの申請数は若干、減少しているようだが、それでも高水準である。


【 EUの動き 】

このように、スウェーデンは大きなジレンマに直面してきた。難民が庇護申請を行う権利を守りつつ、同時に、スウェーデンとして対応可能な数に留める、というジレンマである。このまま庇護申請する難民が増え続ければ、受け入れ態勢の質そのものを落とさざるを得なくなる。

スウェーデン政府にとって、このジレンマを解決する重要な鍵はEUだった。他国がこの難民問題にもっと積極的であれば、スウェーデンへの圧力は緩和されるからである。実際のところ、9月22日にはEU加盟国の法務大臣による閣僚会議で、ギリシャとイタリアが抱えている難民のうち12万人を加盟国で分担して受け入れることを決定した(イギリス・デンマーク・アイルランドを除く)。それ以前に、4万人の分担受け入れがすでに決定していたから、合わせて16万人の難民をそれぞれのEU加盟国が経済力やこれまでの難民受け入れ数を考慮しながら、公平に分担しよう、ということである。この決定は、各加盟国に対して拘束力を持つものであった。

しかし、11月14日までの時点で受け入れ意志を表明したのは14カ国にとどまり、その人数も合わせてわずか3216人、実際に引き渡しが行われた数になると、たったの147人というお粗末な状況である。スウェーデンは、この割り当て(クオータ)制に基いてすでに受け入れを開始しているが、既に説明してきたように、もうキャパシティーが一杯なのである。

だから、11月5日スウェーデン政府はEUの行政府である欧州委員会に対して、スウェーデンが既に受け入れてきた難民の一部も、EUの他の加盟国が分担して受け入れるように要請した。つまり、難民受け入れの分担に関するEUのクオータ制の中で、ギリシャやイタリアだけでなくスウェーデンも難民を送り出す側に加えてほしいということである。これに対しEUの機関の一つである欧州理事会のトゥスク議長は、スウェーデンに理解を示している。

このように、EU加盟国やその他の国がもっと積極的になれば、スウェーデンが置かれた状況は大きく改善するであろう。しかし、ドイツやスウェーデンをはじめとする一部の国だけがせっせと仕事をしているというのが現状である。

(続く)

記者会見でジャーナリストが事前に質問を提出することについて

2015-10-10 23:27:04 | スウェーデン・その他の政治
先日、安倍首相国連で開いた記者会見で、シリア難民の問題を質問され、チンプンカンプンな答えしかできなかった件について、ネット上のある記事が「出来レースだ」と批判していた。記者会見で質問できるメディア会社があらかじめ決められ、しかも、質問内容の事前提出が首相官邸側から要求されており、首相はそれらの質問に対してあらかじめ用意された原稿を読み上げていただけだったという。しかし、ロイター通信アメリカ公共放送NPRの外国記者が、あらかじめ提出していた質問内容に加えて、追加の質問をしたために安倍首相はまともな答えができなかった。そして、その追加質問の一つがシリア難民の問題だったという。

米記者から「出来レース」批判された安倍首相国連会見

この記事を掲載したサイトは、大手のメディアではなく、小規模のメディアサイトのようだ。この手のサイトは、大手メディアが伝えない有益な情報を提供してくれることがある反面、「隠れた真実」を見つけたことを強調したい一心で、大げさな表現を使ったり、事実を捻じ曲げて伝えたり、とてもとてもジャーナリズムとは呼べない質の低いものもある。特に、震災後には原発事故への対応や放射能の影響について、悪者を吊るしあげて叩いたり、反原発に都合の良い主張をするために、科学性を考慮しなかったり、意図的に無視したり、感情だけを頼りに書いたりした「自称ジャーナリスト」の記事がネット上で散見され、うんざりしたものだった。(大手メディアの記事でもそのような低質のものがあったから、独立メディアだけがダメというわけではないが、やはりジャーナリズムの訓練を受けた記者が書く大手メディアの記事や、かつて新聞社で働きながら経験を積んだ後に独立したフリージャーナリストの記事は、概して質が大きく異なると感じる。)

上の記事も、大袈裟な表現や断定的な表現が多く使われているので、すべてを文字通りに受け取ることは危険だが、それでもこの記事が指摘する「出来レース」の問題は重要なことだと思う。

質問する記者の側が質問を事前に提出することの是非については、その目的や利点として、

・首相がすべての質問に対して正確に答えられるわけがなく、価値のあるまともな答えを記者会見で得るためには事前に質問内容を提出しておいたほうがよい。

と、ある方が指摘してくださった(← ありがとうございます)。

一方で、事前に質問を提出するというのは、答えを用意するという意図以上に、政治家のメンツを保つためにお膳立てした舞台を準備する意図を強く感じる。そして、権力を監視する側のメディアがその手助けをしているのは非常に滑稽に思えるし、多かれ少なかれ癒着の関係が生じてしまうと思う。

また、確かに首相(あるいは他の政治家や官僚)がすべての質問に対してうまく答えられるとは限らないものの、記者会見はある特定の目的を持って開くものなので、どの分野に質問が集中するかは予想がある程度つくだろう。だから、うまく答えられないのはむしろ政治家の問題だと思う。それに仮に、その分野以外の時事ネタ的な質問が来ても、それにうまく答えるのが政治家の能力ではないだろうか。

アメリカに関しては私はよく知らない。ネット上で「scripted press conference」などと検索すると、大統領の記者会見でも質問記者があらかじめ指定されている、だとか、ブッシュ大統領の記者会見では質問と答えが事前に用意してあった(とか無かったとか)、いや、オバマ大統領でも同じことをやっている(とか、いないとか)などと、いろいろ騒がれているようなので、アメリカでは日本の記者会見のようなことはない、などとは必ずしも言い切れないような気がする。

では、スウェーデンではどうなのだろうか? スウェーデンの記者が首相やその他の政治家・官僚の記者会見に出席するときに、彼らが事前に質問を提出しているなんてことは、私は全く想像ができないし、もし、政治家・行政の側がそのようなことをジャーナリストに要求したりでもすれば、必ずジャーナリストの誰かがすぐさまリークして、大きなスキャンダルになるだろう。

ただ、私自身で断言する自信はないので、スウェーデンの大手メディアでジャーナリストをしている友人に直接尋ねてみた。彼女からの回答は以下のとおりである。

・スウェーデンでは首相やその他の政治家が記者会見を開くときは、その場にいる誰もが質問できる。私が参加した記者会見はそうだったし、同僚もそうだったと言っている。ただ、時間が限られている時には、すべての記者に質問の機会が与えられないことがありうる。それから、TV局やラジオ局が記者会見の模様を定時のニュース番組で使いたいために、早めに質問させてほしいと要望した時には、彼らを先にあてることはある。

事前に質問内容を要求されたことは今までに一度もない。質問を事前に提出したりすれば、そもそも記者会見の場でやりとりする意義が感じられない

例外は、外国の首脳がスウェーデンを表敬訪問する場合(例えば、オバマ大統領がスウェーデンを訪ねた時)である。スウェーデンとその国の首脳が揃って記者会見する際には、特定のメディアのジャーナリストが事前に選ばれて、彼らだけに質問の機会が与えられる。ただし、この場合も、質問内容を事前に提出する必要はない。(記者会見への参加そのものはジャーナリストであれば誰でも可能)


2011年、スウェーデンをロシアのプーチン首相(当時)が表敬訪問したことがあった。スウェーデンのラインフェルト首相(当時)との会談のあと、両首脳は共同で記者会見を開催したが、この時、ある外国記者が質疑応答時間の途中で質問しようとした。しかし、ラインフェルト首相の報道官が「ダメだ」と遮った。それを見たプーチンは「これが民主主義かい。ロシアの民主主義をみんな批判するくせに!」とすかさずロシア語でコメントし、「質問しなさい。私が答えます」とその記者に言ったのである。スウェーデン側はこれを遮ることをせず、記者の質問に対してプーチンが答える間、待っていた。小さな出来事ではあったが、非民主的であると常に批判されるプーチンが、スウェーデンで「民主的に振舞っている様」をメディアにアピールしたことは、ある意味、滑稽であり、スウェーデンのテレビでもニュースの片隅で取り上げられた。


ただ、上記のルールに照らせば、首脳会談後の記者会見で、質問しようとした記者が遮られたのは、事前に指名された記者ではなかったからだということが分かる。おそらく、表敬訪問の際の記者会見では、政治家の説明責任よりも、外交儀礼、つまり、お互いの国がメンツを失わないようにすることのほうが重視され、記者会見をある程度、コントロールすべきだという考えが背景にあるのであろう。

今回、問題になった日本の首相の記者会見は国連で開かれたものだったが、他国の首脳と一緒に開催した記者会見ではないため、上に書いたスウェーデンのルールのもとでは、誰もが質問できる記者会見であるべきで、事前の質問提出の必要もない記者会見となる。


(ちなみに、現在、紛争地から逃れてくる難民が大きなニュースとなっているので余談として付け加えるが、ジャーナリストをしている私の友人は、1992年のボスニア内戦でそれまで住んでいた村を追われ、両親とともに間一髪でセルビア人勢力の手を逃れて国外に脱出し、最終的にスウェーデンにたどり着き、難民として受け入れられたという経験を持つ。当時、小学生だった彼女はすぐにスウェーデン語を学んで、他のスウェーデン人の子どもと一緒に学校で学び、高校を出てから、ジャーナリスト向けの大学教育を受けて今の仕事についている。)

スウェーデンではサムスン社以外のテレビでテスト不正の疑い

2015-10-02 22:00:52 | スウェーデン・その他の社会
イギリスのガーディアン紙は、ディーゼル車だけでなく、テレビでもフォルクスワーゲンのようなインチキが行われている疑いがあることを10月1日に伝えた。

Samsung TVs appear less energy efficient in real life than in tests

具体的には、互いに無関係の複数の検査機関がサムスンのテレビを検査した所、検査の時だけ通常の使用時よりもエネルギー消費量が少なくなることが確認されたという。そのため、そのテレビには製品テストを感知し、テストの時にだけ画面を暗くするなどの省エネモードが自動的に起動するようなプログラムがインストールされている疑いが持たれている。

これに対し、サムスン側は完全に否定しており、テスト時だけでなく実際の使用においても様々な種類の映像に応じて画面の明るさを調節し、エネルギー消費を抑えるようなシステムになっているからインチキはしておらず、フォルクスワーゲン車のインチキとは「比べ物にならない」と答えているらしい。

しかし、サムスン社のテレビを検査したComplianTVという試験機関は、現実的な使用環境を用いた1年前のテストで、エネルギー消費が減少しないことを発見した、と答えている。

ただ、仮にサムスンが製品テストを誤魔化すプログラムを本当にインストールしていたとしても、その行為自体は現行のEU制度のもとでは違法では無いらしい。そのため、EUの行政機関である欧州委員会は、疑いのあるケースをすべて調査するとともに、省エネ法制を厳しくすることで、そのような行為をテレビにかぎらず他の製品でも違法化していくことを約束しているという。

サムスン社の見解

※ ※ ※ ※ ※


テレビのメーカーが製品テストの時にインチキをしているのではないかという疑いは、複数のEU加盟国の監督機関から欧州委員会のもとに報告されたというが、上記のガーディアン紙の記事は、その一つがスウェーデンエネルギー庁だったと報じている。スウェーデン・エネルギー庁は「(問題が疑われる)テレビに、EUで標準化された検査用映像を映したところ、画面の明るさが直ちに変化し、エネルギー消費が減少した」と、今年1月に欧州委員会に報告したという。しかし、報告書ではメーカー名は明記されておらず、報告の目的はむしろそのようなインチキ行為が製品テストでまかり通る可能性があるのに罰することができない現状の見直しを求めることだったようだ。

私はこの記事を読んだ時、スウェーデン・エネルギー庁が疑いを持ったテレビもサムスン製かと思っていたが、スウェーデンの今日の報道を見てみると、そうではないらしい。「サムスンではなく、別のメーカーのテレビだった」とエネルギー庁の職員が答えているからである。

エネルギー庁によると、昨年秋に複数のメーカーの製品を検査したところ、ある1社の生産するテレビにおいて異常が見つかり、今年の1月に欧州委員会に先述の通り報告したという。しかも、疑いが持たれたのはそのメーカーの2モデルであり、両方ともスウェーデンで一般的に流通しているという。ただ、このメーカーはサムスンではないという。

しかし、ガーディアン紙の記事でも書かれていたように、製品テストの時だけエネルギー消費を抑えるような行為そのものは現行制度のもとでは違法ではないため、エネルギー庁はそのメーカーがどこかを明かすことはできないらしい。(だから、ガーディアン紙がサムスン社の製品を記事で名指ししているのは、EUもしくは検査機関の内部筋によるリークなのではないだろうか?)

つまり、不正の疑いのあるメーカーはサムスン社以外にもあるということなのである。

スウェーデンの報道1
スウェーデンの報道2