11月8日から11日までの3泊4日ソウルで開催した同窓会の第一回報告である。
小生は友人たちと合流するため、一度上京し、早朝出発のため友人宅に前泊した。
羽田経由金浦往復という、二つの空港とも国内線を主とする空港間の往復だった。羽田の国際線待合室は岡山空港より狭く沢山の乗客で大混雑。しかし、2011年には正式な設備が建設されるという。
参加人員は同窓生6名(アラ古希世代)と同伴奥方3名(アラ還暦世代)の計9名。
今回の世話役は韓国での製鉄所建設に従事した韓国経験豊富な友人が担当。 通常の観光を卒業したメンバーばかりなので、ソウル3連泊、地下鉄と徒歩で顕微鏡的観察行と御当地グルメを試みた。
まずは有名なショー見物から報告しよう。
「何だ」ではなく「NANTA」である。小生のボケ始めた記憶によると、「乱打」という日本語に相当するのが「NANTA」という韓国語だとのこと。
調理場の器具を使用した打楽器演奏とでもいうコミカルなショーである。
同窓生の一人がが飛び入り出演したが、撮影禁止のため、盗み撮りをした関係でタイミングが合わず一番の見どころを撮影できなかったのが残念である。
小生は面白かったあの雰囲気をもう一度思い出して楽しむためにインターネットで探し出したのが次の映像である。
まだ見たことにない人達には、いかなるものかを紹介するためにYouTubeでの公開映像を引用しておく。機会があれば一度ご覧になるのも一興である。
url; http://www.youtube.com/watch?v=PJrcLbRtxyY
<!-- NANTA -->
先日の投稿で、「インターネットの空席状況と実際の空席状況との差」の怪を取り上げたが、その原因が判明したので書いておく。
昨日は、年金友の会主催の「安芸の宮島と呉の大和ミュージアム観光」だった。
このときチャーターされたバスがR社の方で、たまたま研修のため若い営業マンが添乗員を行っていた。
彼にその理由を聞くと
「高知便の場合には、県内のS社とR社の共同運行のため、インターネットの予約枠を分割している。
インターネット上では、小生が開いたR社の方の枠の残席数しか表示されない仕組みになっているのだそうだ」という。
これでこの怪は謎は解消したが、場合によってはS社の方に残席が沢山あることがあるので、電話予約が最も確実なのだと言われた。
こんな厄介な予約システムがあろうとはとあぜんとしたのである。
これにはこれなりの理由があるのだろうが、もう少乗客本位のシステムに改善するべきではないかと思った。
お知らせ;明日から、ソウルでの同窓会のため、12日頃まで休みます。
同窓会の宴席では豪快な高知名物の皿鉢料理が供された。
四十数年前の学生時代の夏休みに、高知のK君のお宅を訪ねたとき豪華なこの料理をごちそうになった。
小生のボケ始めた記憶ではその時の記憶は定かでないが、鮮明に記憶しているのはカツオのたたきのうまかったことである。 その後何度かこれを食したが、その時のうまさには再び出会うこともないままに今日に至っている。
だんだんボケが進むようであるが、このときの恩義は死ぬまで忘れそうにない。
K君にそのことを話したら、彼はすっかり小生にした御馳走のことを忘れ去っており、むしろ小生の結婚後のことだが、何かのことで拙宅に来て御馳走になったとお礼を言われた。
脳の研究者の言によると、女性の記憶は種の保存のためあらゆることを大切に記憶し、一度経験するとそれを終生忘れない為に大脳に記憶できるのだ。
が、男性は種蒔きさえすれば、その後種の保存にそれほど役立つ必要がないように神様が造ったようで、海馬という原始的な脳の一部分に記憶するのみで直ぐ忘れ去るようになっているというのである。
K君も小生もお互いに借り勘定のみがかろうじて記憶に残り、貸し勘定の方はあらかた忘れてしまっているのである。 これも幸せな記憶のあり方ではないだろうかと思ったのである。
参考:Wikiを参照すると次のような説明がある。
高知では刺身を生(なま)と言い、生(なま)を盛った皿鉢と「組み物」の皿鉢、さらに「すし」の皿鉢を加えた三枚が皿鉢料理の一応の基本とされている。
宴席が祝宴の場合にはこれに「鯛の活け作り」などが加わる。また季節の皿鉢として、鰹のたたきの皿鉢、鰤のぬたの皿鉢、夏場であれば「そうめん」の皿鉢などが加わる事もある。
その上に「組み物」の皿鉢が二枚三枚と加わる事もあれば、少人数の宴席の場合は生(なま)を盛った皿鉢と、「組み物」の皿鉢に「すし」を盛り込んだ二枚で供される事もあり、人数に合わせて臨機応変に共されている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9A%BF%E9%89%A2%E6%96%99%E7%90%86
先日久しぶりに岡山-高知間の高速バスを利用した。
予約時点では残席1つとあったのが乗車して見ると何のことはない6割ぐらいの乗車率だった。
不思議の思って、インターネットを確認すると次のような注意書きがある。
1.画面表示の空席数と実際の空席数に差がある。
2.電話予約の席に空席がある場合があるので、インターネットで空席がない場合には、電話予約をするように。
この路線は、二つのバス会社が共同運行している。この為なのかあるいはこれ以外の理由なのか判らないが、実に不便な予約システムである。
再度予約システムを覗いてみると、相も変わらず残席数は数席程度である。
こんなことでは、人数の多いグループ旅行者などはとても予約など不可能であろうと思うのである。
一段と精度の高い予約システムにする必要があると思うのだが・・・。
10月31日と11月1日の両日、高知市の国民宿舎「桂浜荘」にて開催された同窓会に出席した。
出席者は存命37名(43名-故人6名)中、略半数の18名であった。存命者数は、厚生省の存命率に近い推移である。徳島・高知合同開催という新形式で行われたのも特筆事項であった。幹事には大変お世話になった、本紙を借りて感謝する。
1年遅れの3年目開催となったのは、阿波踊りの時期にホテルを予約することが至難の技だったとのことで、将来においても阿波踊り時期の徳島開催は望み薄のようであるとの報告には失望感を禁じえなかった。
存命者37名の内、現役あるいは半現役が15名もいたのには驚いた、小生のような隠居組は少し肩身の狭い感じだった。
歳のせいであろう、午前までの賑やかな談論は影を潜め、午後11時頃には各自の部屋に引き取り就寝となったのにも、歳を感じた。
翌日の1日は、名物の日曜朝市と高知城を予定していたが、あいにくの豪雨で中止、早々に帰路についた。
フィクサーか幹事長かを演じるH君に推薦され、参加者の賛同でS君と(広島県府中市)と小生(岡山県玉野市)が次期幹事となった。2年後の次回は「古希記念大会」とでも銘打って開催しようかと思っている。
手勢が少ないのと小生が目の不調で車の運転を放棄した関係で、機動力に乏しくなったので、公共交通機関の便利な岡山市を中心に計画しようと思っている。
岡山には、東京からは飛行機が便利で安く、中京・近畿・四国からは鉄道・車が便利である。後楽園・岡山城、あるいは倉敷美観地区・大原美術館などの代表的なコースでまとめようかと考えている。