孫引きなんですが、ある旅人が、詩人ワーズワースのメイドに「ご主人の書斎を見せてください」と頼んだところ、彼女は「書庫ならここにありますが、書斎は戸外にあります」と応えたそうだ。詩人にとっては散策する野や森、風や光こそが書斎だったのであろう。
『森の生活』の著者H.ソロー(1817-1862)は、「僕は一日に少なくとも四時間、普通はそれ以上だが、あらゆる俗事から完全に解放されて、森の中や、丘、野を越えてさまよわなければ健康と生気を保つことは出来ない」と書いている。ソローにとっては、森や野を彷徨することは生きることと同義語であった。
散策を人生の糧にしていたソローは、また次のようにも書いている。「僕はこれまでの人生において、歩く術、散歩の術を心得ている人には、一人か二人しか会ったことがない」。
こんなことを記しながら、この2年余り、僕は歩くことを忘れているようだ。足腰が弱くなっている。その分、頭もずいぶん老化しているに違いない。