原野の言霊

風が流れて木の葉が囁く。鳥たちが囀り虫が羽音を揺らす。そのすべてが言葉となって届く。本当の原野はそんなところだ。

出世坂

2009年09月25日 10時13分19秒 | 社会・文化
釧路川を渡る幣舞橋を越えるとロータリーがあり、そのすぐそばに急こう配の階段がある。坂の上には幣舞公園や図書館、生涯学習センターなどがある。ちょっと雰囲気のある坂道で、「出世坂」という石の看板があった。大正二年に旧釧路中学校が開設され、この急坂を登る学生の立身出世を願い命名されたという。きっと、こうした名前がついた坂は日本中にあるに違いない。なにしろ日本人は「出世」という言葉が大好きだからである。

出世とは、世の中に出て立派な地位や身分を得ること、であることは誰でも知っている。しかし、本来の意味は仏教用語。諸仏が衆生済土(しゅじょうさいど)のために仮に娑婆世界にでることであり、僧侶や出家を意味する。叡山で公家の子息が剃髪して僧侶となることや、禅宗では高僧がふたたび住職となることも出世と呼んでいる。高位の寺に転住したり、黄衣や紫衣を賜わったり和尚の位階を受けることも出世という。こうしたことが一般社会に転用されて、立身出世の意味で定着したのである。

出世にまつわる言葉も多い。幼魚から成魚となるまで名前が変わる、ブリ、スズキ、ボラなどは出世魚と呼ばれ、めでたい魚として重用される。出世頭、出世作などもある。出世払いなどはある意味ではいい慣習とも言えるだろう。出世は決して悪いことではない。人間が持つ向上心を刺激し、上昇志向に勢いをつける。

(上から見た出世坂)

だが、出世欲がひとたび悪い方向に出たとき、いろいろと問題が生じる。出世のために人を裏切り、出世のために金を集めるなどなど。罪になることは当然罰せられるが、罪とならない裏切りや黙認が横行してくる。出世のために自分の立場を守ることに一生懸命となる。その最たるものが官僚だと言うのは、言葉が過ぎるだろうか。彼らが言う「前例がないので」という拒否するための常とう句にはそのすべてが含まれている。彼らだけの論理の押し付けなのだ。自分たちの身を守るための防衛戦略にすぎない。それを応用して、最近では多くの分野で横行している。日本経済が凋落した要因の一つがここにあるのでは思える。それを一層推し進めたのが自民党政権であった。
前例がないことをやるのが新しい行動の規範のはず。その最も悪い例が八ッ場ダム建設問題ではないか。57年間の長い期間の抗争で、官僚も政治家もましてや土木の専門家は、このダムの無駄については十分に承知していたはず。巨大なダムがなくても治水や災害対策はできたはずなのだ。なぜ途中でとめることができなかったのか。住民をだましてまで工事継続を訴え、それが通してしまったからに他ならない。
一度決めたことを中止することは前例がないから。中止する発言をすると出世に響くから。ゼネコン利権にまみれた政治家はもちろん中止など考えない。57年間の中で膨大な無駄な時間と金が流れ出ていった。出世を無視した勇気ある発言が出なかったツケが地元住民への莫大な負担として残っただけである。そして、これを決め推進した政治家、官僚たちはだれも責任を取らず、新政権にすべてを押し付けた。民主党にとっては、前に行くにも後ろに引くにも、前任者の莫大な負の遺産を引きずることになった。地元住民への手厚い保護を前提に解決するしか方法はない。

出世をするということはとてもいいことである、基本的には。だがその出世の果てが「天下り」であり、「渡り」のためであるというなら、そんなものは最低でしかない。だが、こうしたことを否定し、その恥を知る官僚がどれほど、いま残っているのだろうか。最近辞表を出した人事院の総裁など、官僚にとってまさに出世のモデルケースであった。官僚の鑑であった。いま、こうした人物をはっきりと否定する官僚がどれだけいるのだろうか。出世を突き破る官僚の出現を心から望む。官僚は日本にとってこれからも大切な役割を持つものだと思うからだ。


*解説によると釧路の出世坂には旧名があった。明治時代は市庁舎があったので「支庁裏の坂」と呼ばれ、その後「地獄坂」「おサヨの坂」などとも呼ばれていた。地獄坂は急こう配の坂に対するもの。おサヨの坂とはこの坂の上で起きた殺人事件からその名前がついた。こうした暗い名前を払しょくする意味もあって出世坂となったらしい。


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2 コメント

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世に出るか、世を出るか? (numapy)
2009-09-26 15:16:47
出世と言う文字を見ていて、そう思いました。
できれば出世は「世を出る」ことであって欲しい。
世俗(108の煩悩)を超越することこそが、人生の最大の価値ということに設定できれば、いろんなことが劇的に変わる。そんな風に思います。
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悩ましいですね。 (原野人)
2009-09-28 10:01:46
本来、世を出るが正しいのだと思います。いつの間にか、世に出るになってしまったようで。
世俗を超越することは、難しいです。不肖ながら当方もそうありたいとかなり前から願っているのですが、煩悩ばかりの毎日で、悩ましい限りです。昨日も飲みすぎで、本日は二日酔いです。世を達観できるのは、まだ五十年くらいかかりそうです。
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