The Songlinesとは、1987年に出版された英国人紀行作家ブルース・チャトウィン著書のタイトルである。オーストラリアのアボリジニの神話を元に旅をする話。直訳すれば歌の道。昔からアボリジニに伝わる歌の通りに旅をすれば、砂漠の中でも食料にありつけ、安全に旅を続けられるというもの。その意味から「祖先の足跡」「法の道」とも例えられ、欧州では「夢の道」という意味まで加えられベストセラーとなった。チャトウィンはその後のエッセイで、ソングラインはアボリジニだけでなく、アフリカにも北米にもあると語っている。日本にもつながる一筋の道「ソングライン」をそこで見つけた。 . . . 本文を読む
3月25日のNHKで北海道で縄文シンポジウムが開催されたことが報道された。北海道と青森、岩手、秋田の北東北3県にある縄文遺跡を世界文化遺産への登録に向けて進行している、とのこと。縄文ダイスキを自認する私としては大いに興味がわく話題であった。だが正直なところ、この実現に当たっては、残念ながら懸念を感じる。なによりも、縄文文化そのものがまだ未知の部分が多く、解明すべき要素があまりにも多い。世界遺産となった後に、いろいろな修正が生まれては逆に日本の見識が疑われる。登録する前に解決しなければならない問題に目をつぶってはいけない、と思うからだ。 . . . 本文を読む
今から7千300年前(6千300年前の説も)、縄文時代の熟成期に九州の南方東シナ海の中、現在の薩摩硫黄島のあたりで、鬼界カルデラと呼ばれる海底火山が大爆発を起こした。火山で引き起こされた地震の規模は現在のマグニチュードMの規模で8.1以上。三回に及んだ大爆発は、南九州一帯に大被害をもたらした。特に火砕流のすごさは津波を上回ったと言われている。爆発の痕跡は遠く関東エリアまで及んでいる。古代住民は命からがら南九州から脱出した。その旅路が新しい歴史を生むきっかけともなったのである。 . . . 本文を読む
縄文人とは一体どんな人たちであったのか。今の日本人にどのようなDNAを残しているのだろうか。私見と想像が入り混じってはいるが、決して空想話を語ろうとしているのではない。遺跡に残された事実を積み上げていくと、日本人の原点が鮮やかに浮かび上がってくる。大震災に続く原発事故、たび重なる台風襲来による大洪水被害。列島を襲う災害は半世紀分もまとめて押し寄せたようだ。打ちひしがれる日本に、政治の停滞、円高が追い打ちをかける。ズタズタになった日本人の心。こんな現状だからこそ自信と誇りを呼び戻すために、いま縄文の心を知る必要があると思う。 . . . 本文を読む
北海道全域にわたって縄文遺跡が数多く点在している。我が標茶町も同様で、町内に全部で210を数える遺跡があり、そのうちの140までが縄文遺跡である(他はアイヌの遺跡)。すでに過去ログ(星の原野から)でも取り上げている。縄文時代については長い間、歴史の一通過時点以上の評価は得られていなかった。ところが昨今の研究で、縄文文化には日本の原点があり、欧州を含む他のどの国にも属さない独特の歴史文化であったことが解明されてきている。縄文を知ることは、日本人を知ることに繋がる。縄文時代は単なる歴史の1ページではなくなってきたと、強く思う。 . . . 本文を読む
熊の顔と言われても一瞬、冗談ではと思うかもしれない。ただの石にしか見えない。しかし、よく見ると目があり鼻がある。まるで幼稚園児の絵のようでもある。しかし、これはれっきとした早期縄文時代の遺跡から発掘された遺物。軽石に彫られた熊の顔であり、きちんと首が座るように底部が整理されている。胴体があった可能性もある。約七千年前から数百年間しか存続していなかった石刃鏃(せきじんぞく)の痕跡であった。 . . . 本文を読む
釧路市湿原展望台のすぐそばに、北斗遺跡がある。縄文時代の住居跡が連なるように続き、そこに数軒ではあるが竪穴住居が復元されている。石器時代からこの地には人が住み、日々の生活を営んでいた。その息吹はここに立つだけで感じることができる。眼下には釧路湿原が広がっていた。縄文時代からみると、きっとその風景は大きく変化しているに違いない。それでも数千年の時を超え縄文時代の風が吹きわたっていた。 . . . 本文を読む