日本のみならず世界に知られた摩周湖。その佇まいと紺碧の水を湛えた姿は、まさに神の住む場所に見える。流れ込む川は一つもなく、小さな川への出口一つだけある。その成り立ちもまた神秘であった。まさに伝説が生まれるのにふさわしい神秘の湖である。
アイヌの人たちに語り継がれたその物語は、現代でもそのまま生きているように思えてならない。摩周湖はそうした思いをつのらせる場所でもある。 . . . 本文を読む
老いを感じ、老いを思い始めたのは、いつからだったかな?
こんな話をすると、老いた証拠と言われそうだが、ま、聞いてほしい。不思議なことに、晩節を迎える頃となって、齢のことなどあまり意識しなくなった自分に驚いているのだ。むしろ若い時の方が老いを意識していたような気がする。諦めがそうさせたのか、齢に慣れたからなのか、認知症の始まりなのか。それほどの意味は感じないが、堂々巡りに思考してみた。 . . . 本文を読む
華やかな紅葉の絨毯が歩道を埋め尽くしていた。
色とりどりの葉たちは、道東の短い秋を物語っている。いつもの変らぬ風景のように見える。が、今年は少し違う。歩道から上へ目を転じると、そこにはまだ紅葉になりきっていない葉がびっしりと残っている。昨年の同時期は木全体が紅葉になっていた。明らかに昨年とは違っていた。気象の変化だけではない、大きな変貌がその陰にあるように感じた。 . . . 本文を読む
記憶というのは不思議なものだ。ふだん全く忘れていても、何かの拍子に一気に思い出したり、突然意味もなく頭に浮かぶこともある。そのくせ、肝心の時になかなか思い出せない、面倒なやつでもある。いや、認知症の話ではない。一般論としての記憶のことである。
もう既に存在していないが、ある古い橋の話が釧路湿原に残っている。
その名は「挽歌橋」という。この橋が記憶の糸を手繰る旅の出発となった。 . . . 本文を読む
絵具を持った天使たちが、天空から舞い降りて
緑のキャンバスに次々に色を塗っていく。
一日一にと色づく森の姿。鮮やかな秋の色に染め上がっていく様が美しい。
森の色を求めて、めぐる道東。
短い秋の楽しみの一つとなった。 . . . 本文を読む
「晴れれば浮かび、曇れば沈む」
昔に歌われた「マリモの歌」の一節である。
しかしながら、どうやらこれは俗説。実際は天候によって、水面に浮かんだり沈んだりはしない。ただ、光合成の関係で水面に浮かぶことが、たまにあるらしい。ところが今年、阿寒湖のマリモが次々に浮上する事件があった(毎日新聞と日経新聞の報道)。異常事態が起きていた。 . . . 本文を読む
実に奇妙なヤツである。
顔(いや姿か)、なりわい、名前、どれをとってもユニーク。
ベカンベという、その奇妙な名前はアイヌ語であった。正体は菱の実(水生植物)。
道東の塘路湖で採れる。縄文時代から食卓に上がっていたという。
半世紀ぶりに食した。 . . . 本文を読む
久しぶりにJRに乗って塘路に向かった。
秋の日差しは心地よく、湿原の草木が風に靡く姿が目に優しい。
原野は確実に冬支度を始めていた。
枯れ落ちる前の葉たちが、最後のざわめきを発していた。 . . . 本文を読む
9月26日、塘路湖湖畔である遺跡の発掘が開始された。これが標茶町で認定されている遺跡の210番目にあたる。町内にある遺跡群の7割以上が縄文遺跡。それほど知られていないが、標茶町は日本でも有数の「縄文の里」なのである。これまで数多くの歴史的重要遺跡物が発掘されてきた。今回発掘される遺跡は約4千年前の住居跡であると予測されている。発掘は約三週間で完了するが、ここからどんなものが掘り出されるのか興味深い。 . . . 本文を読む