すっかり身近になったスーパーラグビーのお陰で、日本のラグビーファンにとって例年なら空白だった時期が完全に埋められた。先月末からは今年で5回目を迎える関東大学ラグビーの春季大会も始まり、関東地区限定かも知れないがさらにラグビーを取り巻く状況は賑やかになる。日本のラグビーの将来を担う大学生は、エディさんの言をまたず一番強化が必要とされている年代。それだけに、スーパーラグビーへの参入効果がどのような形で大学ラグビーを変えていくのかに注目していきたい。少なくともサンウルブズに加入して世界を舞台に戦いたいと願うヤングラガーが増えることが日本代表強化に繋がるはずだから。
さて、今シーズンの私的大学ラグビー開幕は明治大学の八幡山グランドで迎えた。春季大会Aグループの戦いで、昨年度リーグ戦グループ2位の流通経済大学(流経大)が同対抗戦グループ2位の明治大学に挑む。2013年、2015年と流経大がこの大会で明治を破っているとは言え、この対戦カードならば流経大はまだまだチャレンジャーというのが大方の感覚だと思う。キックオフの約15分前に試合会場に到着したが、大学でも屈指の立派な観戦用スタンドは既に熱心なホームチームのファンで満杯の状態。出遅れを反省しつつ、流経大サイドの端に見つけた最後列の立観スペースに土手をよじ登って潜り込んだ。ちなみにピッチ上ではこの試合に先駆けて行われたC戦がちょうど終了したところ。54-19で明治Cチームの圧勝だった。
いつもだとキックオフ前にメンバー表を眺めて両チームの出場選手を確認するが、メンバー表をもらい損ねたため断念。一昨年までは日本協会のHPを通じたウラ技で何とか2日前に出場選手の確認ができたし、今は各大学が公式サイト経由でメンバー発表を行ってくれるから助かる。しかし、流経大はサイト自体の更新も止まっているため、殆どの選手の把握は公式記録までお預けになるのが残念。もっとも、明治のメンバー表はプリントアウトして持参したものの、高校ラグビーに疎いこともあってどんなレベルのメンバーかは不明。予備知識なしに観た方が面白いことも事実だが、注目点が分かっていれば試合の見方がかわったかも知れない。
観戦体勢を整えたところでピッチに両校Aチームのメンバーが登場。主力選手の卒業でかなりのメンバーが入れ替わった流経大はお馴染みの顔が急速に減ったことは否めない。CTBのシオネ・テアウパ(私的願望ながら、将来サンウルブズやジャパンの13を担って欲しい選手のひとり)は存在感大だが、14番を付けて登場した新人のタナカブランドン・ムネケニエジもすぐに分かった。4月3日のYC&ACセブンズでの鮮烈なデビューが強く印象に残るアフリカ系の選手。ちなみに、同選手はジンバブエ生まれで7歳の時にNZに渡ったとのこと。アイランダー達とは違った身体能力の高さ、身のこなしの柔らかさに加えて低く鋭いタックルを連発してYC&ACでは注目を集めたが、性格の明るさでもアピールした選手だった。
◆前半の戦い/結果的には接戦もラグビーの内容には大きな差
明治のキックオフで試合開始。明治のエリア獲得を目指したキックに対し、流経大は自陣奥深くで何とかタッチにボールを出す。明治は敵陣ゴール目前でのラインアウトからモールを形成して得点を目指すが、流経大にモールコラプシング(おそらく)の反則。間髪入れずにPK(タップキック)からSH田がインゴールに飛び込み、僅か1分で明治が幸先よく先制した。SO堀米のGKも成功して7-0。誰もが明治の圧勝を予感した鮮やかな先制パンチだった。
リスタート(キックオフ)での両チームの攻防では、緒戦と言うこともありミスが散見される。ただ、チーム全体で組織的にボールを動かす意図が明確な流経大に対し、明治のアタックの意図は不明確で個々の強さで対抗している印象。時計が進むにつれて両チームのチーム作りに対する考え方の違いが顕著になっていく。10分、明治の自陣22m内からのフリーキック(フェアーキャッチに対する)がチャージに遭ってドロップアウト。リスタートのドロップキックに対し、流経大はCTBシオネからパスを受けたWTB14タナカが明治陣ゴール前に迫る。そしてタナカが明治のディフェンスを十分に引きつけてからWTB11桑江(弟)にラストパスを送る。早くも「新ホットライン」が機能する形でのトライが流経大に生まれ5-7(GK失敗)となる。
直後のキックオフで流経大のHO中村がウラに抜け、パスを受けたWTB桑江弟がゲイン。さらにボールはゴール前でフォローしたLO金山に繋がりそのままノーホイッスルトライ。GKは外れるが10-7で流経大が逆転に成功する。合谷兄弟のあとは兄がFBを務める桑江兄弟の活躍が期待される。リスタートのキックオフから流経大が反則を重ねて自陣ゴール前で明治ボールのラインアウトが続くピンチとなる。しかし、執拗なディフェンスで明治のノックオンを誘い何とかピンチを脱した。相手のミスに助けられたとは言え、結果的に流経大はここで失点しなかったことが大きかった。
20分、流経大が明治陣22mまでエリアを大きく挽回したところで、明治にラインアウトでのノットストレートのミス。流経大はスクラムを起点としてFWの連続アタックでゴールを目指す。しかしながら、FW中心の攻めでラックになることが多く、テンポアップができずに最後はノットリリース。昨シーズン、FWへの過度の拘りから重要な試合でことごとく相手ゴール前での得点チャンスを逃していたことを思い起こさせる。ウォーターブレイクの直後、流経大は明治のキックに対しFB桑江兄がカウンターアタックから大きくゲイン。ディフェンスの人数は足りていたが、エアポケットを作ってしまったかのようにスルスルと抜けてしまったのは明治にとって反省材料だし、逆に桑江本人もビックリといった風に見えた。
しかし、明治も流経大のミスに救われる。とくに流経大はラインアウトが安定せず、マイボール確保の失敗が続く。30分には自陣10m/22mでのラインアウトがオーバースローとなり、こぼれ球を拾ったSH田が大きくウラに抜ける。そして、最後はLO5の古川がゴールラインを突破し明治は14-10(GK成功)と逆転に成功。さらに明治は畳みかける。リスタートのキックオフからFB渡部のカウンターアタックを起点としてボールを繋ぎ左WTBの澤田がノーホイッスルトライ。堀米のGKも安定しており、21-10と明治がリードをさらに拡げる。
グランドでは明治圧勝ムードも漂うが、この段階でアタックもディフェンスも明治は殆ど組織として機能していないことが露わとなる。「まだ春だから」という声も聞こえてきそうだが、帝京も東海も既にチームの基本形は出来上がっていて、あとは戦術の熟成と選手個々の成長を待つような状態。流経大にしても、スーパーラグビー仕様を目指していることは明らか。明治は自陣からはキックでエリアを取る考え方のようだったが、これはアンストラクチャーからのカウンターアタックを試したい流経大には願ったり叶ったり(のように見えた)。35分、リスターのキックオフで明治にノックオンがあり、流経大はすかさずカウンターアタック。SO東郷が抜け出しをのままインゴールまでボールを持ち込んだ。GK成功で17-21と流経大のビハインドは4点に縮まる。
流経大も畳みかける。39分には明治陣22m付近のラインアウトからモールを形成してディフェンダーをはがしながらぐいぐい前進しゴールラインまで到達してしまった。かつての流経大は伝統工芸とも言えるくらいの巧みなドライビングモールを特徴としていた。東海大のような最後は駆け足になるスタイルとは違い、相手につけいる隙を与えることがないくらいにゆっくりだがガッチリとしっかり相手を押し込んでしまうモール。ラインアウトで苦戦しなければ確実な武器になるが、最近はモール練習の比率が減っているのかも知れないと思ったりもする。GK成功で24-21となり、流経大が逆転したところで前半が終了した。
点数から見れば前半は拮抗した戦い。しかし、ラグビーの内容がそのまま反映されたら流経大はもっと楽に点が取れていたかも知れない。序盤戦の段階でアタック、ディフェンスともに明治のぎくしゃくぶりが目立ったから。得意のアタックでも選手が重なったりして、辛うじて個々の能力の高さでトライが取れている印象。流経大はFWに拘らずにどんどんBKに展開していればと一瞬思ったが、FWの力も試しておきたいという意図があったのかも知れない。明治ファンには申し訳ないが、普段取り組んでいるラグビーの違いが明確になったと感じられた前半だった。後半はディフェンスを立て直さないともっと明治の失点は増えそうな雰囲気。だが、前半を見る限りはそれも厳しいように思える。相手の状況が分かったところで流経大はどのような形で後半を戦うのかに興味が移った。
◆後半の戦い/流経の組織プレーの前に為す術のなかった明治
後半のキックオフは流経。明治の蹴り返しに対し、流経大がカウンターアタックで明治陣22m付近まで攻め上がるがノックオンでチャンスを逸する。リスタートのスクラムから明治がハイパントで前進を図るが、流経大もハイパントで応酬。明治の選手がノックオンしたボールを流経大選手が拾って前進しラック。ここからSH釜谷が抜け出してゴールラインを超えた。GKも成功し流経大が31-21とリードを拡げる。直後にリスタートのキックオフでは、流経大はカウンターアタックで攻めてシオネがノーホイッスルトライ。38-21となったところで流経大が完全にペースに乗った。
BK展開勝負に切り替えた(おそらく)流経大はラインの組合せのテストも行う。14を付けていたタナカをアウトサイドのCTBに置いて外に11番の桑江弟を配する布陣。再度リスタートのキックオフに対するカウンターアタックからその新布陣?が功を奏する。右オープンに展開されたボールがタナカに渡ったところでそのまま勝負と思われた瞬間、タナカが右に超ロングパスを送る。パスの到達点には観客の視界からも外れていた桑江弟が突然現れた。ボールを持った段階ではもう前を遮るものはなく、2つ連続でのノーホイッスルトライ。開始から10分も経たない時間での3連続トライで明治のディフェンスは混乱状態に陥った。
しかし、流経大のトリッキーなプレーはこのトライくらい。あとは、スーパーラグビーにも通じる小ユニットでのリサイクルを基本としたアタックで確実のボールを動かし続ける。そして、明治のディフェンスに孔が開いたところですかさずシオネら走力のある選手が勝負を仕掛けるパターン。16分には明治が流経大陣10m付近でPKのチャンスを得るものの、キックはノータッチとなりカウンターアタックから一気にボールを自陣ゴールラインまで運ばれる。52-21と流経大のリードは31点まで拡がり、勝負はほぼここで決した。流経大は岡田、粥塚、中村龍といったフレッシュな選手達を次々と投入する。
防戦一方となる中にも、明治は組織ではなく個人で局面の打開を図る。確かに1人1人の突破力には目を見晴らせるものはあるものの、広く網を張った流経大の前に止められたら終わりの単発の攻めだからなかなか得点に繋がらない。明治はむしろ組織を見直すべきなのだが、個人突破に頼らざるを得ないところが苦しい。ディフェンスの局面で、絶えず「広がれ、広がれ」の声が飛んでいた流経大に対し、明治サイドからは指示の声もあまり聞かれない。流経大は22分にマイボールラインアウトのこぼれ球を拾ったFB岡田、27分にラインアウトでの反則を起点とした速攻からSH横瀬が相次いでトライを奪い66-21と点差は45点まで拡がった。
流経大はこのまま後半をゼロ封で抑えたいところだったが、明治の一発の怖さを経験させられる。34分に新人山村が卓越したステップとスピードでディフェンスを振り切りトライ。さらに38分にも渡邊がキックを拾ってそのままゴールラインまでボールを運び、最終的には66-33のダブルスコアで流経大が勝利を収めた。安定性を欠いたラインアウトや最後の2発をディフェンスの網を破られてしまう形で阻止できなかった点など反省点はあったものの、リーグ戦Gの覇権奪還に向けて幸先のよいスタートが切れたと言えそうだ。
さて、期待のタナカの名前があまり出てこないが、もちろんその後は消えていたわけではない。個人で行けそうな場面でも廻りを見てボールを活かすプレーを選択していたからで、身体能力だけでなくラグビーセンスもなかなかのように思われる。ゲーム終盤でタックルに行ったところで負傷し足を引きずるような状態となったが、流経大は既に交代枠を使い切っていた。簡単な治療を受けた後、コーチに促されて仕方なくピッチに戻る。ちょっと痛々しい感じもしたが、終了間際で抜かれたらさらに1トライを確実に許す状況で、渾身のタックルを決めてボールを持ったFWの選手をタッチラインから押し出す。気持ちの強さがあることも印象づけたプレーだった。
◆試合終了後の雑感
春とは言え、ダブルスコアで、もしかしたらトリプルスコアになったかも知れない敗戦は明治にとってショックだったに違いない。梶村らの主力選手を欠く中、CチームでもAチーム勝ってしまうかも知れないほどの選手達が所属する明治だから、有力選手をAチームに集約し、戦術を絞って徹底させることで今年も秋にはトップを狙えるチームを作ることは可能なはず。「今は選手を試している段階」とか「まだ春の段階だから」という声も聞こえてきそうだ。しかし、もし今日の相手が赤色や青色のジャージーのチームだったら得点は減り、失点が増えることは確か。3Tとして大学ラグビーに君臨する帝京、東海、筑波は春の段階でもAチームをしっかり作っている。
そもそも上で挙げたチームには通年でチームを作り仕上げていく考え方が定着しているように思われる。まずは戦術ありきでラグビーに取り組むことで、必要なフィジカルの強化や技術の向上に取り組む。チームによっていろいろな考え方あることが大学ラグビーでは許容されるとしても、1年1年が勝負という考え方から脱却しないといけないチームがまだまだ多い戸感じる。チーム事情に疎い部外者の勝手な意見だが、明治は普段から一丸となってチームを作り上げていく体勢になっているのだろうかという思いに駆られる。少なくとも、今日の相手の流経大は20年以上前の1部昇格前から組織作りとコーチングの重要性に気付き、数多の失敗を重ねながら改善を進めて現在に至っている。チームの体質を変えることは恐ろしく時間がかかるのは多くのチームが経験し、結局は挫折したケースも多い。
◆大学ラグビーに求められるガラパゴス状態からの脱却
この20年、大学ラグビーを主体に観てきたからかも知れないが、大学ラグビー界はいわばガラパゴス状態にあったと感じる。トップチームだけを見ても、個人よりも組織、そして新たな戦術の導入に熱心に取り組んできたチームは限られる。個人的な印象で言えば、リーグ戦Gなら関東学院、流経大、東海大が該当し、対抗戦グループなら帝京大と筑波大が拘りを廃してラグビーに取り組んでいるように感じられる。その他のチームでとくに「伝統校」と呼ばれているチームはいろいろなしがらみがあるためか、チーム改革になかなか乗り出せていないように見える。
コーチも大学スポーツであるが故にOB主体になるのはやむを得ないとしても、その人達が大学でプレーしていた頃とはラグビー自体が大きく変化している。むしろ選手達の方が新たな戦術の導入に積極的であり、OB諸氏の「俺たちは頃こうだった」はなかなか通じなくなってきているはず。そして、場合によっては選手とコーチ間にラグビー観の違いから軋轢も生まれているのではないだろうかと危惧する。例えばだが、明治の選手達が東海なり流経大なりのコーチングシステムでラグビーに取り組めば、恐ろしいチームになること間違いなしと思いつつ、OBやファンがそのやり方を許容するだろうかという思いも頭の中をよぎる。
日本代表が昨年のW杯で南アフリカに勝利し、グループリーグで3勝を挙げたことは、日本のラグビーにとって起死回生といってもいい画期的な出来事だった。しかし、それだけでは十分ではなかったと思う。二の矢としてサンウルブズが放たれたことで大学に限らず日本のラグビーはガラパゴス状態から脱するきっかけを確実に掴んだように思えるのだ。とくにサンウルブズの奮闘(であり苦闘の連続)は大学ラガーメンにとって大きな刺激になっているはず。「世界」にダイレクトで繋がるサンウルブズが出来たことで、完全プロとしてラグビーに取り組む道が開けた事を歓迎し、日々のトレーニングに対する意気込みが変わった選手が居ると信じたい。
◆流通経済大学への(今度こそ)の期待
猛威を奮ったリリダム・ジョセファやリサレ・ジョージがチームを離れたことの影響かも知れないが、流経大がこの試合のようにステディなラグビーを指向するように変わりつつあるように感じた。このスタイルに徹すれば、大学選手権での永年の不振からも脱却できるはずだし、そうなることを期待したい。個人的な印象だが、特別な試合に普段着のラグビーを忘れて特別なことをやろうとして失敗し続けたのがこのチームだった。1部に昇格したばかりの純白のジャージーに身を纏って戦い、強いインパクトを残したチームがあったからこのブログはある。他に気になるチームはあっても、「今度こそ」の期待に応えて欲しいという気持ちが強いのは偽らざるところだ。
ラグビー「観戦力」が高まる | |
斉藤健仁 | |
東邦出版 |