「熱闘」のあとでひといき

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祝初勝利!サンウルブスが日本のラグビーを変えた日

2016-05-02 01:57:48 | 頑張れ!サンウルブズ


サンウルブズの悲願の初勝利達成から1週間が経った。今週末はBYEウィークなので束の間の「サンウルブズ・ロス」の週末になっているのは嬉しい誤算。あと1週間は余韻に浸ることができるという意味で。予想に反して(といっては失礼なるが)初勝利も近いと思わせる戦いが続いた中で、何とかひとつ勝てたのは大きい。毎週末に連敗の数が確実に1つずつ増えていくのは覚悟していたとは言え応援していて辛いものがあった。こうなったら2つ、3つと勝って欲しいし、こんな形でハードルが上がって行くのは大歓迎だ。

キックオフまであと1時間を切ったところで外苑前駅に辿り着いた。秩父宮ラグビー場に向かう歩道は既に人波でごった返すような状態になっている。今度こそ「初勝利」を祝いたいサンウルブズを応援する人達が多数。つい1週間前に南アフリカのブルームフォンテーヌでの悪夢のような惨敗があったわけだが、そんなことは忘れてしまったかのように表情は明るい。ちょっと救われたような気持ちになってラグビー場の門をくぐった。



心配された天候も回復し、いよいよキックオフ。ホームゲームとはいえ、サンウルブズのメンバーは約1ヶ月間の長期遠征を終えて帰国したばかり。対するジャガーズも遠征の締めくくりがこの試合で似たような状況ではある。ただ、昨年のW杯でベスト4に残ったアルゼンチン代表を軸に結成されたチームなので、サンウルブズと同様に連敗中とは言え厳しい相手であることに変わりない。

だが、ホームに戻って気持ちの切り替えに成功したのか、溌溂とした動きを見せるサンウルブズの選手達に比べると、ジャガーズの選手達のプレーには明らかに疲れが感じられる。自陣からでも果敢にパスを繋ぎ、キックは控えめというのがロス・プーマス(アルゼンチン代表の愛称)に被るジャガーズのイメージ。そんなチームがハイパントを多用する状況で、サンウルブズに勝利の方向に向かう追い風が吹いているように見えた。

そんな中で幸先よく先制したのはサンウルブズ。5分にピシがPGを決めた。しかし、遠征疲れの見えるジャガーズもこの試合に連敗脱出をかけている。7分と10分にラインアウトとモールの強みを活かす形で2連続トライを奪い10-3と逆転に成功。SOエルナンデスのGKが不調だったことが最終的に明暗を分けるが、サンウルブズの勝利はまたしても遠のくのかとファンは思った。

しかし、サンウルブズを後押しするホームのファンは今日も熱い。ファーストスクラムの場面で印象的な出来事があった。ジャガーズはスクラムの強さが売り物のチームであり、観客は固唾を呑んで見守った。そしてしっかりと踏みこたえたところで大きな拍手と安堵の「おーっ!」という声にスタジアムが包まれる。セットプレーが課題のサンウルブズにあって懸念材料のひとつがクリアされた状況を選手とファンが一体となって共有した感動的とも言える瞬間。こんなことは滅多に経験できないし、選手達にとっても力になったのではないだろうか。

20分には待望の得点がトライによってもたらされる。ジャガーズ陣内でラックを連取して左に展開しWTB笹倉がゴール左に飛び込んだ。座席の関係でちょうど目の前でそのシーンを目撃することになったわけだが、WTBで取り切れるところがサンウルブズの強みでありファンを魅了するところ。32分にピシがHWL付近からのロングPGを決めて同点に追い付いたところで観客席は最高レベルに盛り上がる。

しかし、ジャガーズも簡単には引き下がらない。サンウルブズの課題のひとつは得点を取った直後の失点が多いこと。とくに相手キックオフに対するボール処理は要注意だ。この点、ジャガーズは巧みだった。浅く蹴ってコンテストのところは高い確率でマイボールにする。もっとも、サンウルブズはFBのフィルヨーンを除けばハイボールの処理を苦手としている。ジャガーズのハイパント多用はそんな弱点を突いてのこと。前半終了間際にもジャガーズはPGを決めて、13-18の5点ビハインドでの折り返しとなった。



後半も先制はサンウルブズ。5分にフィルヨーンがPGを決めて16-18とする。しかし、ここで落とし穴。相手陣内に攻め込みながらインターセプトに遭っての被弾がブルームフォンテーヌでの悪夢を思い起こさせる。2点ビハインドにまで迫ったサンウルブズだったが16-25と点差を拡げられる。ただ、インターセプトの場面で思ったことは、ジャガーズに疲れからか焦りが見られること。ディフェンスの局面では、オフサイド気味で前に出てきてリスクを覚悟の上でのインターセプト狙いのようにも見えたのだ。

今まで勝てる可能性があった試合を落としてきたサンウルブズ。武器は粘り強いディフェンスとボールを動かせばゴールまでボールを持ち込める決定力があること。16分にこの日一番のトライが生まれる。ジャガーズ陣22m付近のスクラムから右に展開し、立川から絶妙のアングルチェンジでトップスピードに乗ったカーペンターにパスが渡る。ガッツポーズでゴールに飛び込むフィニッシャーに観客も立ち上がってガッツポーズ。ラインアウトで苦戦を強いられているサンウルブズだけに、安定したスクラムは強力な武器になる。23-25となりビハインドは2点でファンの応援のボルテージも上がる。

これまで接戦をものに出来なかったサンウルブズ。敵陣でPKの場面も積極的に仕掛けることで活路を見いだしてきたが、この日は慎重にショットで3点を積み上げる慎重な戦いぶりを見せる。ジャガーズに反則が目立ったこともあったが、ピシが神がかり的なくらいに当たっていたことも幸いした。25分にそのピシがPGを決めてリードは僅か1点だが遂に逆転に成功する。

しかし、この日のサンウルブズの課題でもあるのだが、点を取った後が鬼門。ここまで3回、得点のあとすぐに失点している。果たして4回目が2分後に起こる。ジャガーズがまたしてもPGを決めて残り時間10分あまりとなったところで再度逆転に成功。ジャガーズがキックオフを浅めに蹴ってコンテストし、ボール確保に成功したことも大きいがちょっとした気の緩みはなかっただろうか。残りの試合ではハイボール対策も含めてしっかりと修正して欲しいところ。

ただ、サンウルブズには強い味方が居た。時間が経つごとに力強くなっていくホームの声援だ。とくにスクラムの場面では自然発生的な手拍子がスタジアム全体にこだまする形となり感動的ですらある。ラグビーファンを何十年もやっているが、いまだかつてこんなにスタジアム全体から選手達を奮い立たせるような応援に出逢った記憶がない。リードを奪ったとはいえ、ジャガーズにはプレッシャーになっただろう。そんなジャガーズに焦りが出たのか、自陣で痛恨の反則。ここもピシが確実に決めて29-28となる。

残り時間は9分を切る。このまま敵陣でボールキープし、どんどん時計を進めていく。1点差に泣いたサンウルブズだから、今度は1点差で歓喜の瞬間を迎えたい。誰もがそんな想いを抱いたと思われた中で、しかし、むしろサンウルブズは積極的に前を向いてアタックを仕掛ける。ジャガーズゴール前のスクラムの場面ではスタンドから手拍子がFWの8人にさらにパワーを注入し続ける。もう少しでカウントダウンが始まりそうな中で、この日もっとも観客席を沸かせたトライが生まれる。スクラムを起点としてピシから渡ったラストパスを立川がインゴールに持ち込み勝利を確実にした場面。

そして試合終了のホイッスル。劇的な逆転勝利は何度も観てきているが、こんなに気持ちよくファイナルを迎えた記憶はない。というか今までの思い出をすべて消し去ってしまうくらいに感動的だった。最終的に決めたのはピシであり、カーペンターであり、立川だったが、それも最前線で身体を張ってボールをBKに供給し続け、ディフェンスの場面ではフィジカルが強いジャガーズのアタックを止め続けたFWの健闘があってのこと。1週間前の戦いでチームが崩壊してもおかしくなかったところを見事に立て直して最良の結果に繋げたハメットHC以下、チーム全員を讃えたい見事な幕切れだった。



■試合終了後の余韻/応援風景が変わった

主役はもちろんピッチの上で戦った選手達。しかし、自然発生的に起こった拍手など、終始選手達を奮い立たせたであろうスタジアムからの応援は力になったに違いない。それも大学ラグビーやトップリーグでは経験できない特別なもの。本当のファンはチームのいいところも改善すべき所も知っている。だから、寧ろ力が入るのはピンチを迎えた時だ。そこで誰にも強制されることなく手拍子というシンプルな方法で気持ちを伝える。他のスポーツではすっかり定番となっている「にっぽんチャチャチャ!」だと完全に浮き上がってしまう。きっかけは偶然だったとしても、ピンチの時には力を与えるという意味で最善最高の方法かも知れない。

実はサンウルブズの戦いを生で初めて観た3月19日にも不思議な体験をしている。観客席の空気が明らかに違っていると感じたのだ。大学ラグビーのような重苦しい雰囲気は皆無だし、トップリーグのように会社社会の延長戦みたいな雰囲気もない。ファミリーや若い世代も目立ち、観客はラグビーを楽しむために来ている。その当たり前のことがいつの間にか失われてしまっていたことに気づき、心地よいショックを受けている。だからこそ、暖かい観客に勝利という最高のプレゼントを授けてくれたことは大きい。



■サンウルブズは日本発の国際宇宙ステーション

サンウルブズの記念すべき船出となった2月27日のライオンズ戦。FW第3列など、スタメンに多くのカタカナの名前が並んだことに違和感を覚えたファンも多かったかも知れない。しかし、今やモリ、デュルタロ、カーク、ピシ、フィルヨーンやその後加わったロロヘアとカーペンターといった人達の居ないサンウルブズは考えられないような状況になっている。また、ここまでに生み出されたトライの多くは、日本で誕生したサンウルブズの持ち味が活かされた立派な「メイド・イン・ジャパン」だと思っている。

上で挙げた人達の中でも、とくにカーク、ピシ、フィルヨーンは私的「3ウルブズ」(3賢人であり3鉄人でもある)と呼ばせて頂いている。「プロとして仕事をしているだけ」なのかも知れないが、日本代表強化が前提で成立したチームではあっても、チームの勝利にとって力になる人材が「代表に関係ないから」という理由で排除されるようなことがあってはならないと思う。

たとえ生まれや国籍は違っても、ひとつのチーム(ファミリー)になることができるという意味で、サンウルブズは言わば国際宇宙ステーションだと思う。数多の困難を宇宙船(チーム)の乗組員(メンバー)が地上のサポート(スタッフやファン)を得て解決していかなければならない。だからこそ、国境の壁を取り払った多国籍軍で戦う国際リーグに所属するサンウルブズの成功は、国際化が求められている日本社会にも貴重な経験をもたらすものと信じたい。

あとひとつ。当日のスタジアムにはラグビー観戦を楽しむ外国人の姿も目立った。ジャガーズの母国からといった海を越えてやって来た人だけではなく、日本在住でハイレベルのラグビー生観戦に飢えていた人達も多く含まれていたと思われる。これもサンウルブズ効果とは言えないだろうか。海外から日本を訪れる観光客にとって、ラグビー観戦もメニューになり得る。スーパーラグビーなら、オリンピックのように短期間限定にならないから国の施策でもある観光客誘致に貢献できると思う。

とにもかくにも、日本からスーパーラグビーに選手だけでなくチームを派遣できるなんて10年前には考えられなかった。それが今、確かに実現している。サンウルブズの活躍だけでなく、そのことによって起こる様々な「いいこと」をメディアはしっかり伝えて欲しいと願う。

ラグビーマガジン 2016年 06 月号 [雑誌]
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ベースボールマガジン社
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