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映画とライフデザイン

大好きな映画の感想、おいしい食べ物、本の話、素敵な街で感じたことなどつれづれなるままに歩きます。

東京ジョー  ハンフリー・ボガート

2009-09-30 17:55:00 | 映画(洋画 69年以前)
池袋の「新文芸座」の上映予定表はときどき見ている。あれ!と思わせる作品をやっているからだ。レンタルでは絶対置いていないものは見逃せない。「東京ジョー」はまさしくそういう一本。全盛時代のハンフリーボガートが日本を舞台にした作品に出演しているという話は聞いていたが、見るチャンスがなかった。これは仕事サボっていくしかない。2時近くで仕事を切り上げ、池袋へ向かった。5時すぎ何もなかったように仕事に戻った。映画館内はほとんど男性、しかも定年過ぎていると思しき男たちがたくさんいた。

1949年の作品。まだ日本が米軍の占領下にあった時代である。二次大戦前銀座2丁目で「東京ジョー」というカジノバーを開いていたハンフリーボガートが空路東京羽田にやってきた。戻ってきてすぐに元の場所に向かったが、お店は閉じられていた。しかし、イトウという昔の友人がいた。柔道仲間の彼とボガートは旧交を深めた。そして、ボガートはイトウに元の妻であった女の行方を聞き、中野の家に訪ねた。彼女はいたが、すでに在日米軍将校の人妻になっていた。ボガートは美しいロシア人元妻とよりを戻そうとするが、無理だと彼女は言う。この後、早川雪舟扮する日本の黒幕「キムラ男爵」が登場する。彼に職を紹介してもらおうと頼み、空輸会社を設立する。しかし、許可は下りず、元妻の今の夫に頼み込み会社ができる。しかし、韓国との輸送には何かきな臭いことがあるようだ。。。

昔の女が別の男と暮らすという話で「カサブランカ」の二番煎じを思わせるストーリー展開だ。戦後まだ間もない東京の街が出てくる。皇居前から銀座にかけてあたりだ。室内の撮影はほとんどがセットだと思うが、最初のころは明らかな東京ロケのシーンもある。ボガートが人力車に乗ったり、新橋?あたりの闇市を歩くシーンもある。黒澤明の「酔いどれ天使」と同時期でダブるシーンだ。日本人の顔がまだ苦しさから抜けきっていない顔つきである。日本語はちょっと不自然にも聞こえるが、日系人が話す日本語ってこんな感じなのかもしれない。ボガートもやたらと日本語を連発する。これはご愛嬌だ。

悪役で登場する早川雪舟はデイヴィッドリーン監督「戦場にかける橋」の日本人将校が一番印象的。無声映画時代に相当活躍していたというが、残念ながら見たことはない。ここでは日本の裏社会に通じている「元男爵」という役。戦犯すれすれで逃れた黒幕はきっといたのであろう。面構えが昔の正統派日本人の男らしくていい。昭和天皇の口癖「あ、そう」を何度か使う。タイミング的には不自然だが、アメリカ人にはあの口癖が頭に残るのであろう。
ボガートにとっては、「三つ数えろ」「黄金」のあとで「アフリカの女王」の前だからまさに彼の全盛時代である。よくもまあ日本を舞台にした映画に出てくれたものだ。ハードボイルドを貫いてはいるが、かっこ悪いところを見せる。考えてみれば、「黄金」も「アフリカの女王」もけっこう汚れ役的な要素がある。
ボガートの店はバクチもかたわらでできる「カサブランカ」のカジノバーを意識した設定だ。西洋的あか抜けさはない。キャバレーといっても良いかもしれない。それこそ黒澤明「酔いどれ天使」で三船敏郎が木暮実千代と遊ぶキャバレーで、笠置シズ子が「ジャングルブギ」を歌うシーンがある。その店を思い出した。
映画にあわせて、音楽が高らかに鳴り響く40年代から50年代のスタイルで、劇場内はボガートの振る舞いにずっと目を奪われている印象だった。寝ている人など誰もいず、映画を楽しんでいた。
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哀愁  ヴィヴィアンリー

2009-07-20 19:36:47 | 映画(洋画 69年以前)
1940年の作品。映画の舞台はロンドンウォータールー橋と駅。第一次大戦前後の将校とバレリーナの悲哀な恋が描かれる。「風と共に去りぬ」を撮り終えたばかりのヴィヴィアンリーが非常に美しい。 古典的悲愛物語である。

バレリーナとしてロンドンで公演中のヴィヴィアンリーが、空襲を受けている最中、ウォータールー橋でロバートテイラー大尉と出会う。恋の吸引作用をお互いに受けたあと、ロバートテイラーはバレエ公演を見に行き、デートに誘う。バレエ団員は非常に厳しい管理を受けていて、ヴィヴィアンは先生に外出禁止を言い渡される。しかし、ヴィヴィアンは抜け出して2人で密会する。楽しい夜をすごす。将校は翌朝出征の予定だったが、2日間出征延期になったため、翌日再度会う。そして、求婚を受ける。将校の上司の許可を受けて、式を挙げようと教会に行くが、3時過ぎで法律では挙式は無理と、翌日に延期といわれる。それでも気分高揚させながらバレエの会場に戻ったとき、突如彼の出征が早まったとの連絡が入る。周りの制止を振り切り公演出演せずに彼の見送りにウォータールー駅に行くが彼を乗せた汽車は出発する。。。。。

このあとストーリーは二転三転する。溝口健二監督が戦後につくった現代劇のような女の悲しさを表わしながら、ロバートの出征直後、職がなく堕ちていくヴィヴィアンリーの姿を描いている。彼女の美しさはいうまでもないが、演技的にも貫禄を感じさせる。世紀の名作「風と共に去りぬ」の影響でアメリカ人と思われがちであるが、実はイギリス育ちである。この作品では前作の強い女性像とまったく対照的な女の弱さを漂わせている。
ロバートテイラーを名門の出身の設定にしているのも、イギリス舞台の映画によくあるパターン。社交ダンスの場面が多い。階級社会のイギリスらしく、イギリス軍の上層部がいかにも上流階級に見えてくる。「アラビアのロレンス」「炎のランナー」「インドへの道」など第一次大戦前後のイギリス人を描いた映画にはいずれも階級社会の強い色彩がある。この作品も同様である

このころの英語は聴いていて非常にわかりやすい。自分が中学高校と学校教育を受けたときの英語に通じる気がする。別に最近の映画の英語が難しくなっているわけではない。このころの脚本が非常に文法的にきれいな英語になっているということなのだと思う。
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逢びき  ラフマニノフ&デイヴィッドリーン

2009-03-15 06:46:48 | 映画(洋画 69年以前)
今日は品川の家泊まり、月曜は飲み会でDVD借りるのもどうかと思い、自宅の棚からDVDを選び出す。
デイヴィッドリーン監督の初期の名作「逢びき」である。

全速力で駅のホームを駆け抜ける蒸気機関車の姿にあわせて、ラフマニノフのピアノコンチェルト2番の第一主題が流れる。比較的速めにオーケストラが演奏する。ちょっと速すぎるかとも思うが、このテンポが本当のオリジナルなのか?
BGM的にこの曲を聴くことが多いので、少なくとも200回以上は聞いていると思う。だいたいこの曲の構造はわかっているつもりだ。美しい第3楽章の主題の使い方は絶妙、しかし1~3楽章まで満べんなく使われている。久々に映画を見たが、映画の場面に曲をうまくマッチさせているのがよくわかる。編集が良くできていると思う。
この映画が後世に残る映画となったのはラフマニノフが使われていることに大きく影響されているのではなかろうか。

トレバーハワードは「第三の男」の少佐役でも有名だ。晩年のデイヴィッドリーン監督「ライアンの娘」での神父役は名演技だと思う。そういえば「ガンジー」にも裁判官役で出ていたっけ
シリアジョンソンは舞台が中心の俳優だと聞いたことがある。この映画でもしっかりした演技を見せるが、映画を意識した表情のつくり方もうまい。

急行の止まらないある駅で、通過急行の蒸気の粉塵がシリアジョンソンの目に入る。あわてて入った駅の喫茶店の客でいた医師トレバーハワードがチリを目から取ってあげる。それがきっかけ。町で偶然に逢うことが続き、映画を見に行ったりするようになる。
小さい子供二人がいる普通の主婦シリアと医師トレバーは徐々にお互いの気持ちが相手に傾いていることに気づく。。。。。
ストーリーは単純だが、一線を越えるかどうかのためらいがテーマ
最近の映画だとすぐにベッドシーンになってしまうが、主婦としてのためらいをシリアが見事に演じる。
美女でないところも普通の主婦ぽいのでよろしい。

デイヴィッドリーンは蒸気機関車が好きである。「アラビアのロレンス」でも「ドクトルジバゴ」でも印象的に出てくる。
それにしても急行通過駅での蒸気機関車の映像は非常に迫力がある。
のちの「旅愁」や「アラビアのロレンス」で見せる美しいロケの片鱗は若干あるが、愛し合う二人の映像とジョンソンの家庭内が中心である。まだ自身の形を造れてなかったのであろう。のちに予算をたっぷりもらって映画をつくるが、どうみてもこれは低予算
それがいいのかもしれない。
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白鯨  グレゴリーペック

2009-02-15 15:23:37 | 映画(洋画 69年以前)
ジョンヒューストン監督といえば男気あふれ喧嘩早かった人と言われている。
クリントイーストウッドが彼が「アフリカの女王」を撮るときのエピソードを映画にしている。それを見るとヒューストンの性格がよくわかる。
そんな彼が男気あふれる文芸大作「白鯨」をとるんだからすごいのはわかる。
しかし、時代は1950年代、「モビーディック」といわれる巨大鯨をどうやって特撮するのかずっと気になってはいたが、初めて見た。

ストーリーは鯨船に乗り込もうとする場面からスタート
何人かのエピソードがあり、そのあと主演のグレゴリーペック船長が出てくるまでは少し時間がかかる。勿体つけるのは「ジョーズ」と同じである。
グレゴリー船長は白鯨との戦いで足を義足としている。自分はこの船では神だとすべてを自分の指示に動かそうとする。100匹もの鯨がいるにもかかわらず、あるところに白鯨がいると聞くと鯨漁を辞めさせ、船の方向を変えさせる。
そして白鯨に再度立ち向かうのだが。。。

割りに暗めの映画の展開、宗教的な色彩が強いせいか、登場人物が比較的労務者が多いにもかかわらず観念的なセリフも多い。
それでも白鯨がでてからの展開は「ジョーズ」をおもわせるところがある。というよりも逆にこの映画を受けて「ジョーズ」ができたのがよくわかる。
特撮もあるが、凝り性のヒューストン監督だから、かなり鯨漁の実態に近いロケでとったのであろう。そんなリアリティは十分感じる。

ペックは男っぽい役はちょっと違うかな?インテリの役のほうが似合う。
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グレゴリーペック  紳士協定

2008-09-23 18:53:16 | 映画(洋画 69年以前)
2003年グレゴリーペックが亡くなった時、日本で一番見られている洋画である「ローマの休日」のヘップバーンの相手役という紹介をテレビや新聞でされた。

それはそれで仕方ないが、いわゆる正義の味方的役をやらせると天下一品という気がする。「紳士協定」だけでなく、「アラビアのロレンス」のピーターオトゥールに競り勝って、オスカー主演男優賞をもらった「アラバマ物語」の弁護士役も無実の罪にさせられた黒人をかばう、まさに正義の味方の象徴のような役だった。
「紳士協定」の少し前に「白い恐怖」というアルフレッドヒッチコック監督の名作で、イングリッドバーグマンと共演している。ここではオドオドしている姿であまりかっこよくないが、「紳士協定」は日本で言えば「森田健作」的まじめ人間を好演している。

「紳士協定」は1947年(昭和22年)のオスカー作品賞である。
もともと西部にいた文筆家グレゴリーペックが、ニューヨークの出版社で出す雑誌に「反ユダヤ主義者」の話を書くように依頼される。グレゴリーは自分がユダヤ人になったふりをして記事を書いたほうが受けがいいと感じて、編集長、恋人以外にはユダヤ人だと公称する。
しかし、ホテルでの予約を取り消しされたり、子どもがいじめられたりすると同時に、恋人にも居心地の悪さを訴えられ悩む。。。
というストーリーだ。

監督エリアカザンのことは好きなほうではないが、「エデンの東」のようなだらだらとした映画の流れではなく、脚本も良く、簡潔な話にまとめており好感を持てた。有名なレッドパージの前だけにのびのびと演出しているのではないだろうか。

ユダヤ人差別というと、ナチス時代のドイツの強烈な差別が有名だが、アメリカの中でもここまで進んでいたとは知らなかった。その差別に対して、正義の味方グレゴリーペックが徹底的に立ち向かうのだが、壁は厚い。
途中でアインシュタインを連想させるユダヤ系物理学者が出てくるのも面白く、その彼は進んでユダヤ教を信仰しないし、ユダヤ人とも交わらないといっている場面がある。むしろユダヤを進んで名乗り出ないのがマシと言っているくらいだ。

この24年後の「黒いジャガー」の時に、黒人差別の根強さを感じたが、いったいユダヤ差別が弱まるのはいつくらいだったのであろうか?





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ベティ デイヴィスの怪演

2008-09-10 18:04:31 | 映画(洋画 69年以前)
「何がジェーンに起こったのか?」を見た。

当然この映画の存在は前から知っていたが、DVDのジャケットにあるベティデイヴィスの顔が気味が悪くて敬遠していた。ジョーンクロフォードの顔も往年の美しい姿とはほど遠いもので、ホラー映画を敬遠する感じで見なかったが、これは2大往年のスターによる凄い映画である。ベティデイヴィスの怪演は「サンセット大通り」のグロリアスワンソンに匹敵する。

妹ベティデイヴィス(ジェーン)と姉ジョーンクロフォード(ブランチ)は姉妹で子どものころから芸能界で育っている。1917年が最初の場面、ベティがショーで踊っているところからスタート、その当時はわがままベティがスターで、ジョーンはもう一歩。やがて時が経ち、1935年になると立場が逆転して、ジョーンがスターで、ベティは大根役者と評される存在であった。あるとき自宅にいるとき、ジョーンが車にひかれる。はっきりとは映らない。そこで初めて映画のクレジットがスタートする。
舞台はタイムスリップして今にもどる。ジョーンは車椅子生活で2階にいたきり、ベティは介護するが、姉に対していい気持ちを持っていないでいじめ抜く。
ここで繰り広げられるベティのジョーンに対するいじめ(と言うべきか?)はすさまじい。動物の死骸を料理に出したり、2階から外部に電話ができないようにする。精神的に問題あるベティを医者に見てもらおうとするが、電話を切られて外部と連絡させてもらえない。窓には鉄柵で隣家とも通じない。
ベティからジョーンへのいじめシーンがこれでもかというほど何度も何度も出てくる。ジョーンが逃げようとすると必ずベティが帰ってきて外部との連絡ができない。いったいジョーンはどうなるのであろうか?

家事を受け持つ家政婦や再デビューにそなえてベティが雇ったピアニストが絡んで、ストーリーは展開していき結末へと向かう。ある程度予想できる結末と思ったが、最後には意外な事実が語られる。

まさに怪演と言うべき「ベティのいじめ」はその表情も含めて怖い。
オスカー映画「イブのすべて」の時のベティデイヴィスは、現役スターで登場して、いつの間にか女優希望のアンバクスターにしてやられる役だが、性格は悪そうだけど普通の女優と変わらない。ここでは女の業を不様に見せている。
ジョーンクロフォードも「グランドホテル」の美しい姿とは違う。
2人とも回想場面で昔の映画の場面が出てくる。

元大女優がまだまだいけると踏むというストーリーは「サンセット大通り」と似ている。「サンセット」がグロリアスワンソンとウィリアムホールデンの男女だが、今回は女の二人、舞台裏でも激しい対決があったといううわさ
アルドリッチ監督もさぞかし寿命をちじめただろう。
「特攻大作戦」なんて作品はほとんど男しか出ない。女の気遣いに疲れたのであろう。

凄かった。星5つ!!の大傑作


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