ゴールデン・リタイアーズ

S20年生、後期高齢ゾーン、人生最終コーナー「遊行期」の
徒然残日写真録

180310 九州国画写真展に応募、作品出し。愛用のルミックスFZ200を300にバージョンアップ、野鳥飛び出し撮る!

2018年03月10日 | 趣味と交遊

 3年ぶりに大分県立美術館での九州国画写真展に応募。福岡支部長のTさんの勧めで再開。今日は作品の搬入日。Tさんと所属する写真愛好会代表のYさんが大分までもっていってくれる。お二方とも後期高齢者だがお元気。とはいえ道中事故なきよう祈りつつ写真を託す。明日審査で12日展示、13日から18日まで写真展。結果は水曜日にはわかるだろう。

 国画会というのはパソコンで検索してみると概略以下の通り紹介されており歴史のある芸術団体ではある。福岡県展などと比べると審査の傾向はやや特異。創作の自由性が問われる。

 ・・・1918年(大正7年)に日本画家の小野竹喬、土田麦僊、村上華岳、野長瀬晩花、榊原紫峰の5名の京都の新進気鋭の画家達により、「創作の自由を尊重するヲ持って第一義となす」の理念のもとに「国画創作協会」が創設された。

 明治末期から大正初期にかけては、文化は西欧の影響が大きくなったが、京都では日本画と洋画の垣根なく、学者・画家がともに絵画を論じ研究するグループがあった。それは西欧の画風を取り入れようとする日本画の確立と日本の風土に根差した洋画の確立を目指すという共通の課題を持ち、渡欧し西欧の芸術について研鑽し、かつ共同の展覧会を開くという清新な風潮であった。

 第5回展(1930年)に、絵画の中に含まれていた版画も平塚運一の会員推薦により版画部を新設し、翌年から独立した。そして第14回展(1939年)において福原信三、野島康三の下に写真部を新設しここに5部からなる総合美術団体となり現在の礎となった。

  戦後、芸術の分野は個性的にして様々な発想、技法、様式が拡散普遍化したのに伴い、国画会も創作の自由を尊重するのを第一義とした創立精神に基づき、世界的視野に立った創造的にして個性的な作品発表の場として、実に多様にして広角的な作品を抱合する内容となっている。それは絵画・版画・彫刻・工芸・写真の5部それぞれに日本を代表する作家を多数輩出し続けていることでもうなずけるのではなかろうか。・・・・・・と解説されている。

5年ばかり愛用したコンデジ、ルミックスFZ200を下取りに出してバージョンアップされたFZ300を購入。メインはペンタックスのK3やK20Dだがサブ機でFZ200を愛用。特徴はライカのレンズを使っており25~600mmまで通しでF2.8の明るさ。このサブ機でもコンテストで数回入選しているからコンデジといってもすぐれもの。

ただファインダーの視認度が悪かったので鳥など追っかけるのが大変だった。

 

300になって格段に見やすくなった。それに防塵防滴で4K撮影、秒間30コマの連写が可能で野鳥の飛び出しシーンや雷の稲光などチャレンジできそう

梅の樹木の質感などもよく出ている。

天満宮の心字池に人に慣れた雀が数羽飛び回っていたので試写。プリ連写を使えば飛び出し前の1秒とその後の1秒の連写でベストショットがとれるといううたい文句だがやはり慣れが必要。帰りイングリッシュガーデンによってカモの飛び出しを連写。

まあまあというところか。いつもリビングの前の庭先にきてくれるメジロとヒヨドリをモデルにトライ&エラーをかさねることにしよう・・・



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180305 啓蟄、虫がはい出て、花々も一斉に開花気配。釈迦入滅の涅槃図になぜ猫がいないか?!

2018年03月05日 | 旧暦のある暮らし

 3月5日、24節気では啓蟄。すごもりのむしとをひらく時節。庭の花々も一斉に開花気運。福岡の桜開花予想が22~23日あたりと1周間ほど前にTVで言ってたが、この2~3日の陽気で早まるかもしれない。わらび、ぜんまい、さわら、すみれ、事始めなどが季節のキーワード。

 啓蟄やレンタル畑に子らもでて(KY)   山路来てなにやらゆかしすみれそう (芭蕉)

 金色の仏ぞおはすわらびかな(水原秋櫻子)

昨日、3月第一日曜日、武蔵寺写経会。ピンクや白の梅があでやか。

天拝公園の池に亀の親子? 4月末の陽気にさそわれたか。

 武蔵寺の写経浄行会が始まって50周年。5年に1度だされる写経参加者の投稿文集。ご本尊の薬師如来にちなんで「瑠璃光」と命名された文集で今回で第七集。私も第六集から投稿させていただいている。編集にたずさわれた世話人の方々、半年も前からいろいろご尽力いただきありがとうございました。

 

 この中でMさんという女性、癌をわずらわれ余命3か月と言われ悲運の底にあられたが縁あって写経をはじめられ、般若心経の一字一字に祈りをこめて書写され続けられた結果、奇跡的な回復をとげられ、今も元気に写経を続けられているとか、そんな逸話が紹介されている。すべての邪念をすてて一意専心とりくめばそのような奇跡がおこるのかもしれませんね・・・

 いつものご住職の法話。滋賀院門跡の涅槃図が紹介され、お釈迦様最後の教えについて。仏教というのはなにも難しいことを言っているのではなく極めて当たり前な世の中の道理を説いているということ。

 弟子たちが釈迦に残された私たちはどうすればよいかと問う。「世は無常であり生まれて死なないものはない。今私の身が朽ちるのもこの無常の道理を身をもって示すということ。だから弟子たちよ、この道理にめざめなさい。あらゆる煩悩の賊は常にお前たちのすきをうかがって倒そうとしている。その毒蛇を倒さない限りお前たちは部屋でゆっくり眠ることはできない。お前たちは煩悩の蛇を追い出さねばならない。お前たちは慎んでそのその心を守るがよい」

 お釈迦様が入滅される時の様子や最後の教えは「涅槃経」のなかに書かれているとか。涅槃図は宝台にお釈迦様が北枕で西を向いてふせっておられ、そのまわりに異形の神々や動物たちが悲しみにうちひしがれ集まってきている。元来、仏教は「一切衆生悉有仏性」、あらゆる生物は本来「仏性」をもっているという考え。だから他を幸いするような善い行いは、行った人の人格を高め、自身を利する・・というのが道理なのである・と説く。

 この涅槃図の中に唯一居ないのが猫というわけ。十二支にも入っていない。これは釈迦入滅の時に、ある仏さんが薬を持ってきてくれ木の上につるした。ねずみがそれを取りに行こうとしたとき猫が鼠を食ってしまった。そのお陰で猫は涅槃図にも十二支にからも除外されてしまったとか・・・

 テレビでは煩悩に支配された連中のくだらない話で盛り上がっている。まっこともって人間とは度し難いものですね。まあ世のしがらみから、いくばくか隔離された年金生活者だから感じることかもしれませんが・・・

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180301 「梅咲いて 庭じゅうに 青鮫がきている」故、金子兜太さん

2018年03月01日 | 俳句

 先月20日、俳句界の重鎮、金子兜太さんが御年98歳で亡くなられた。豪放磊落な人間性と語り口で多くのファンがおられた。私も好きな人物だった。中経文庫の「俳句の作り方が面白いほどわかる本」など俳句の面白さ、作り方などがわかりやすく書かれている。

わが家の庭の梅がやっとピンクの彩の面積がふえてきて、ふとタイトルの俳句が思い出された。

        梅咲いて 庭じゅうに 青鮫がきている

 伝統的な「有季定型」「花鳥風月」を大事にしつつ、とらわれない自由な発想で「前衛俳句」「社会性俳句」の世界を切り開いた。「人間はなまなましく面白いもの、人間も自然も生き物としてとらえ共感しあう、そういう世界で俳句は生まれる」と強調。アニミズムこそ必要だと訴えられた。感性鈍い私など、梅が咲く庭にたって、そこから青鮫がきているなどという感覚はなかなかでてくるものではない。

 トラック諸島での戦争体験、目の前で友が非業の死をとげてゆく。その壮絶体験から

     「水脈(みお)の果て 炎天の墓標を置きて去る」

敗戦後、日本銀行長崎支店に勤務した時       

          「湾曲し火傷し爆心地のマラソン」「原爆許すまじ蟹かつかつと瓦礫歩む」

   「銀行員ら朝より蛍光す烏賊のごとく」

生まれた埼玉県秩父の農村ではぐくまれた自然との共生、アニミズム。

    「曼殊沙華どれも腹だし秩父の子」「牛蛙ぐわぐわ鳴くよぐわぐわ」

    「オオカミに蛍が一つ付いていた」

あふれる、おおらかな人間性が彷彿とする

    「酒やめようかどの本能と遊ぼうか」「谷間谷間に満作が咲く荒凡夫」

指をおりおり5、7、5と数えつつ俳句をよむ凡人の我、読む人のこころに響く句はつくれそうにありませんね。愚作八句!

  天上に声かまびすしあげひばり  赤と黒てんとうむしやファッショナブル

  啓蟄やレンタル畑の子らも出て  昇竜のごと駆け上りたる野焼きかな

  冬ばれやひとなき社に鯉二匹   節分や厄がはれる齢かな

  古希の身や香りかすかに冬至の湯 白瀑布落ち行く先や深みどり

いやはやすごい人を失ってしまった。ご冥福をお祈りします・・・・

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