ゴールデン・リタイアーズ

S20年生、元企業戦士の一身二生(いちみにしょう)、ハッピーセカンドライフ実現のための徒然実践写真日記

171017 五木寛之「孤独のすすめ」最終章、「回想力」が人間不信と自己嫌悪を癒してくれる!

2017年10月17日 | 五木寛之

 妻が熊本での同窓会から帰ってきた。60名くらいの参加だったらしいがやはり女性の方が多かったとのこと。先生は90歳をこえている。去年の熊本大震災の復興過程のなかで頑張っているいる人も多いとか。そんな中、50年前の同窓生との年一度の再会はこころの癒しになるのだろう。

まさに五木寛之さんのこの本での提案は不安多き世の中、ガラクタは捨てずに回想力をよみがえらせて、人間不信や自己嫌悪を癒してほしいということのようだ。これは決して後ろ向きの発想ではなくて、まずは心を安定させ、謙虚で元気な老人力を発揮してゆくためのベースを創れということだろうね。

第五章 なぜ不安になるのか

1、「心配停止」の時代・・物質的には超豊かな国でありながら何を信じてよいのか、ほんとに安倍政権に任しておいてよいのか、国民の見えざるところで日本の、世界のひとにぎりの人間が我々の運命を握っているに違いない。今の世相は平安末期から鎌倉初期の世の中に似ている。鴨長明の方丈記など読めばよくわかるらしい。

 2020年のあとの日本はどうなるのか?まあ、いろいろ考えても仕方ない。杞憂だ、心配はよそう。心肺停止ならぬ心配停止だ。財政問題など棚上げして目先の教育費無償化で選挙に勝とうとしている。まあ日経平均株価も20年ぶりの高値だし、失業率も低いし、就職もできたからとりあえず現状維持でいいか、まさか北朝鮮は東京にミサイルをぶち込むようなバカはしないだろう。さあクライマックスシリーズどうなるかな・・心配停止の時代! ほんものの心肺停止になる前に何をすべきか

最終章 まず「気づく」こと

1、ガラクタも捨てなくて良い

 わが書斎はまさにガラクタのヤマ。この1年見たり使ったりしていないモノであふれている。断捨離、断捨離といつも思うだけでそのまま。何が写っているのかよくわからない35mmのネガフィルムがアルバムの間に挟まっていた。カメラのキタムラでCD化してもらった。子供たちが大学生の頃、はじめて家族で海外旅行、バリへ行った時の写真や京都、清水寺界隈を散策した時の写真で実になつかしくほのぼのとした気分になった。

 さらに書棚のすみにはドーナツ版のレコードが50枚ばかり。小川知子の夕べの秘密やベルトケンプフェルト楽団の星空のブルースやこれまた5~60年前の私の青春時代に買ったしろもの。レコードプレーヤーを買うかね!まあ確かに現役時代の思い出はほのぼのとしたものは少なく思い出してもしゃくに障ることもおおいが古き良き思い出をチョイスすればよいことだ。

2、老人のための、老人によるアイデア開発、商品開発で日本を高齢カルチャーセンターに!

(1)席を譲らぬ若者に腹をたててはいけない。時代背景を背負った若者の嫌老意識の影がでていると思えばよい。社会への依存意識をすて「自覚した老人」をめざしなさい。おたがいわかり合うべきだという精神論では解決できない

(2)補聴器のポルシェを、ものが挟まらない入れ歯を、老人専用の車を老人の目線でアイデア、商品開発。世界の富裕層が日本に買い求めにやってくる。老人世代が信頼されるそんなシルバー産業を作り出す。賢老社会を作り出す。

こんな構想をリードしてくれる政治家が現れないかね。まあ、まずは、おたがい寝たきり老人にならないよう足腰を鍛え、良き思い出を回想し、心を元気にしてやっていきましょう

南無阿弥陀仏、ナンマイダ、ナンマイダ!!!

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171016 妻は中学の同窓会へ! 五木寛之「孤独のすすめ」その4、シニアは今や「階級」となった!!

2017年10月16日 | 五木寛之

 外は雨がシトシト、気温もさがり、セーターをきてちょうどよい。妻は熊本、中学の同窓会に行っている。卒業して50年、同窓会ができる人、うらやましい。私の中学時代、13~15歳時の記憶はきわめて不鮮明、当時の写真も残っているのは数枚の集合写真のみ。

私が3年連用日記など書き始めたのは32歳の頃から。物資不足の敗戦後の小学生が日記を残すなど親も本人もそれどころではないということか?

まあ、今は日記代わりの写真やビデオなどメディアがあふれているので日記を書く必要は薄れているかもしれないが孫娘なども10歳、思春期を迎えるようになると心模様なども書き留めておくこともそれなりに意味があるのではないか。

さて、「孤独のすすめ」第四章、「世代」から「階級」へ。

階級とはどういうことか? 学生時代、マルクスの資本論を学んだ。資本家階級が労働者階級を搾取するというもの。

1、五木さん曰く、いまや世代対立というよりもはや老人と若者、働き手との階級闘争の入り口に立っている。日本人は世界で初めての使用済み核燃料の処理問題と高速老齢化人口減という難題にぶちあたっており、どう日本人が解決し世界にそのモデルを示しうるか注目を浴びているというわけ。搾取するシニア階級、搾取される若者、勤労者階級であってはならない。そのためにはシニア層は健康寿命をのばし財政医療費負担をへらし、資産を子、孫に移転し、消費につなげ、億以上の金融資産をもつ1%の富裕者は年金を返上するくらいの気概をもてというわけ

2、旧世代は未来の日本人に巨額の借金や核のゴミなどツケを負わしたらダメだが若者のガス抜きのために老人階級が利用されないよう注意も必要という。70数年前の無謀な太平洋戦争もマスコミの扇動があったというが背景には国民の鬼畜米英やっちまえという空気が膨張していたから。今やSNSの時代。嫌老があおられてはいけない

3、シニア世代とて家族を犠牲にして24時間働きズメで今の日本を築きあげてきた。それに比べ今の若いのは何をしてるのかと文句をいいたい気持ちもありそれがリタイア後の横柄な老人の態度になったりしがちだがそこはぐっと押さえて精神の安定、自立を図らねばならない。死生観の確立を含めてリタイア後の林住期、遊行期をどう生きるかの心の整理をしておけというわけ。昔は神国ニッポンだった。アメリカは信ずる信じないにかかわらず「神国アメリカ」であり、見えざる神の御手が働いていると皆思っている。日本人もそういった心のよりどころを持つべき時が来た、とくに老人階級において・・・

第五章 なぜ不安になるのか 第六章まず「きづく」こと・・・は、また明日のブログで!

 

 

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171015 五木寛之の「孤独のすすめ」その3。「鈍感力」をおさえて、謙虚に自立せよ!

2017年10月15日 | 五木寛之

4時過ぎ眼がさめる。5時半、久しぶりに宝満川周辺早朝カメラ散歩、ウオーキングに出かける。早起きは三文の徳やらでなにかいい被写体との遭遇を期待して歩き始める。

朝5時58分の月。さめざめと光っている。

 日の出が6時20分、ぼちぼち薄明かりが広がってくる。ゴルフボール除けの屋根の下をライトをつけたトラックが走り去る。娑婆はすでに営業開始。

宝満川に出る。ダイサギが長い首をのばして小魚を狙っている。

山頂がうっすらピンクがかってくる。筑紫野の静かな田園風景。

さて、第三章、「老人と回想力」

最初、回想力って何か・と思ったがこの章では回想力というより想像力をもっと働かせよということか。

1、脳にしっかり命令を下すこと・・・大脳と末端筋肉との時間ギャップがつまづいたり、嚥下を失敗したりする。私も最近よく食事中、舌を噛んでしまったりする。どうも舌の筋肉、ほっぺたの柔軟性など、ちょっとしたギャップが発生して噛んでしまうのだろう。五木氏いわく、おのが脳にはっきり「これから薬を飲むよ」と命令をくだしてから飲むようにしたらあまり失敗することがなくなったという。私も車に乗ったらさっとブレーキに大腿部、足が動くように数回左右に動かしてみて足に記憶させるようにしている。ブレーキの踏み間違い、踏み遅れがなくなる。

2、戦後72年の違和感。「嫌韓」ならぬ「嫌老」社会がきているのではないかという違和感。われわれ団塊世代は日本の高度成長を必死に支えてきたが、どんどん給料があがり生活が豊かになってゆく実感があり、さらに当時10数%だったシニア世代への負担などまったく感じなかった。それが今や、「高速高齢化、人口減少時代」になった日本で年寄りが遊び惚けている姿をみたら、希望を失っている若者は頭にくるに違いない。弱者でなくなり、金をためこむ老人たちは、金がなくて結婚したくともできない独身男女がふえている現実への想像力を高めて、もっと謙虚に自立してゆくべき・・と筆者は言う。たしかに無作法で鈍感な年寄りが増えて世の中に軋轢をうんでいる! 要、注意ですね

第四章、「世代」から「階級」へは・・・また明日のブログでご紹介。

 

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171014 五木寛之「孤独のすすめ」その2、登山は下山こそ要注意だがあらたな視界が広がる!!

2017年10月14日 | 五木寛之

 右ひざの違和感を感じて以来、近場の修験の山、宝満山(900m弱)登山はご無沙汰。近くの小学生も登れば、犬をつれたおばさんものぼる、自転車をかついで走りながら筋トレをかねて大学生がのぼる、昔、遣唐使船が出るときは無事祈願のためこの山に登り安全祈願をした。

 

 そんな山だがのぼりはひたすら、何も考えずに岩の階段をよいしょこらしょと登るのみ。頂上からは360度の眺望がのぞめ、一休み。なんのため登るかはひたすら頂上制覇、大眺望をのぞむ快感のためだ。

 下山はつけたしのようなものでのぼりの6掛けの時間でかまど神社までおりてしまう。下山時に道に迷うことはないがひざや大腿部を痛めるのは下山時だ。降りる時にのぼりより急激な負荷がかかる。と同時に登りでは見えなかった、見なかった、おおいなる筑紫野平野を見渡しながら降りれるし芭蕉の俳句塚もみながら、ゆっくり下山すればひざを痛めることもないし、岩場ですべることもない。

第二章「下山」の醍醐味

1、体力、足腰の衰えを自覚し、焦らず、ゆっくりとが基本心得

2、日本社会も敗戦後焼け野原から物質的豊かさというゴールをめざしひたすら上り続け、20世紀中に世界2位の経済大国になってしまい、21世紀、空白の10年をへて、急速高齢化、人口減少のまさに下り局面に入っている。欲しいものは何もない。そんな時に日本政府はいまだデフレ脱却経済成長を志向している。もうインド、中国のように6%成長など望むべくもなく、現実1%の低成長がずっと続いている。こんな時に学ぶべき国はすでに下山した国、イギリスやイタリア、スペインなどに学ぶべきなのだ。

3、人生においても定年以後の下山のクオーターこそ楽しむべきなのである。

インドにおける人生哲学。学生期(良き社会人になるための学力体力養成)、家住期(社会に出て一生懸命働き、結婚し、子供をつくり家を買う)そして林住期(会社や妻子育成義務から解き放たれる時期)、遊行期(ひたすらガンジスへの死への旅路)。

 人生の下山、この林住期以後をほんとに自分のやりたかったことをふりかえり、あらためてそれを求め続ける人生のクライマックスなのである。これが五木流シニア族への提言なのだが家住期、現役時代の幻影をひきずり、なかなか心の豊かさ、自由な境地を満喫できないシニアが多いのではなかろうか

第三章、老人と回想力

については、また明日のブログで!!

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171013 五木寛之の「孤独のすすめ」を読む。老人と現役世代の階級闘争の時代が来る?!

2017年10月13日 | 五木寛之

新聞に広告がでていたので、五木寛之さんの「孤独のすすめ」をゆめタウンの積文館で購入。まあ五木寛之全集もあらかた読んだし、ほぼ氏の論調はわかるが新書版でもあったので買ってみた。

 妻も元気だしかわいい孫たちもいるしお陰様で一族郎党、元気でやれているので孤独感というのはないが、いろいろ考える性分故、こんな風に80あるいは90までひょっとしたら生きなくちゃいかんのかなとつい思う。

 2016年調査で独居世帯が327万、そのうち男性1人が76万世帯すなわち76万人いるということ。そのうち28万人が年収200万以下の貧困状態だと以前このブログで紹介した。まあいずれにしても76万の男たちは今一体どのような生活をしているのか?

(マガモのメスは水鏡におのが顔をうつして羽繕い)

五木さん曰く、前向きにという呪縛はすてて、セカンド、ローあたりにシフトダウン(前進ではなく後進)して、何かをもとめて右往左往してりゃいいという。私の義理の兄は一人身になって相当なるが結構、読書などしながら元気にしているという。五木さん曰く、読書は世界中のいろんな著者と1対1で対話できるこれほど強い友はない。人生の第四コーナーを楽しんで下さいというわけだ。私は読書はするがここまでの境地にはなり切れないね

 

私がこの本で発見したこと(付箋をつけた個所)

第一章。老いとはなんですか

 1、体力、気力ほかの低下を諦める(あきらかに極める)。腰痛など直そうとせずに発症や悪化しないよう養生せよ

2、生きる目的は10年後世界が日本がどうかわっているか見届けたい。老人ばかりになって現役世代、若者たちから虐待されている、世代間闘争が起こっている?などなど

3、日本は出生数はふえず大量死の時代を迎える。これからは死生観が問われる時代になる。生まれることも死ぬことも自由にはいかないわれわれ人間。

4、戦後72年、高齢者は世代ではなく、若いものから潜在的に疎まれる「老人階級」になった。この世代も格差はあるが自立することが求められる。一定以上の収入のある老人は年金返上、選挙権の返上をすべし

5、なんやかやと迷っている状態こそが生きているということ。こんなことでいいのかなと考える必要はない。中秋の名月をみながらいいなと思っていればよい。

第二章。「下山」の醍醐味

 は、また明日ご紹介!!!

 

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170720 五木寛之作品集、さらばモスクワ愚連隊(小説現代新人賞)蒼ざめた馬をみよ(直木賞)など読む!!

2017年07月20日 | 五木寛之

 作家五木寛之は1932年福岡県生まれ、中学生時代までは北朝鮮で過ごした。私は1945年5月敗戦間際、大阪で焼夷弾の雨の下で生まれた。13歳年上の85歳ということになる。よく父親がロスケの裏切りで日本は負けたとかなんとか言っていた。五木寛之さんは支配民族であった日本人がソ連の日ソ不可侵条約破棄で満州に攻め寄せられ、一転、被支配民族、難民に転落、生き残るために非情に徹した生き方を余儀なくされた原体験が五木ワールドのルーツとなっている。

 私と五木寛之作品との出会いは多分、私が大学を卒業して、週刊現代で青春の門の連載が始まったころだろう。大学卒業の2月に家業が倒産して、4月から社会人としてスタート、青春の門の世界とはタイムギャップがあった。ひたすら経済成長、生活レベル向上のために邁進した団塊世代。ということで五木作品との実質的出会いは学生期、家住期をへて定年がちかくなる頃、林住期ということになる。ひたすら仕事オンリーに邁進して、子供たちが巣立ち、家族をもち、両親が死去し夫婦ふたりの生活に戻り、人生とはいかにと振り返る頃に五木作品と多く接してきたようだ。

 ウキペディアの記述を借用すると五木さんの作品は1966年、モスクワで出会ったジャズ好きの少年を題材にした『さらばモスクワ愚連隊』(第6回小説現代新人賞)1967年にソ連作家の小説出版を巡る陰謀劇『蒼ざめた馬をみよ』で、第56回直木賞。同年『週刊読売』連載したエッセイ『風に吹かれて』は、刊行後から2001年までの単行本・文庫本の合計で460万部に達した。

 1969年に『週刊現代』で『青春の門』掲載を開始した。1972年から一度目の休筆に入り、その間の1973年に『面白半分』編集長を半年間務める。1974年委に執筆活動を再開。「カモメのジョナソン」の翻訳を刊行、ベストセラーとなる。1975年、日刊ゲンダイでエッセイ『流されゆく日々』の連載を開始。このエッセイは、2014年現在も続く長寿連載となる(2008年に連載8000回の世界最長コラムとしてギネス世界記録に認定)

 1976年、『青春の門・筑豊編』により、第10回吉川英治文学書を受賞。1981年からは再び執筆活動を一時休止し、京都の龍谷大学聴講生となり、仏教史を学ぶ。1984年山岳民の伝説を題材にした『風の王国』で、執筆活動を再開。吉川英治文学賞等の選考委員としても活躍、特に直木賞は1978年から32年間に渡り長く務めた。

 1998年には『大河の一滴』がベストセラーとなり、2001年に同タイトルが映画化された。また、2002年には菊池寛賞を受賞、同年、英語版『TARIKI』が2002年度ブックオブザイヤー、スピリチュアル部門を受賞。2004年には仏教伝道文化賞、2009年にはNHK放送文化賞、2010年には『親鸞』上・下により、第64回毎日出版文化特別賞を受賞した。・・というそうそうたる経歴である。

 ということで現在の人生論に至る30代40代の若い頃の作品を読んでみようということで市の図書館で五木寛之作品集を借り出し読み始めた次第。

 作品集1・・・さらばモスクワ愚連隊、こがねむしたちの夜、艶歌、天使の墓場、デラシネの旗、蒼ざめた馬をみよ

 作品集3・・・青年は荒野をめざす、悪い夏悪い旅

今、作品集2・・GIブルースを読み、霧のカレリヤに入っている。若かりし頃、週刊パンチや週刊プレイボーイなどに連載されそうな実に読者をひきつけるエンターテイメント性のたかいおもしろい作品ばかりである。そのベースに、大日本帝国、満州、北朝鮮、シベリヤ、ソ連、ロシアなど原体験の世界史観が深く静かに鮮明に流れているのを見ることができる。実におもしろい小説が連なっている・・・・これらがどう親鸞、蓮如につながってくるのか面白い。

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170622 むくげの第一号花開花。移動図書館で「五木寛之を読む」を借りる!平壌での壮絶の原体験!

2017年06月22日 | 五木寛之

裏庭のむくげの樹に一輪、真っ白なむくげの花が咲いた。妻の部屋から一望でき咲いたわよと呼ばれる。

秋の季語になっており、朝咲いて夕方しぼむので人の世の儚さにたとえられる。韓国の国花でもある。午後、ウオーキングにでかけると集会場横に市の移動図書館車が止まっていた。

 

何気なく覗き込むとパッと視線の正面に「五木寛之を読む」という背表紙が飛び込んできた。週刊新潮のエッセイに五木さんが左足の痛みを訴えておられた。もう84歳だからあちこち体が悲鳴をあげて当たり前だが百寺巡礼などBSテレビをみていると健脚で元気そのものの感じだったが年にはかてないということか

 この山川健一さんという作家は五木寛之さんに師事し40数年近い付き合いのようだ。カバーの版画は奥様の五木玲子さんの作品「海を渡る花」とか。いずれにしても作家五木寛之を知り尽くした作家が困難な時代を生きるテキストとしてこれからの読者への五木ワールドの案内地図をしめしたかったといううたい文句。

 序文で五木寛之が「大河の一滴」の中で「この世にしぶとく生き残った者はすべて「善き人達」の死によって生きながらえている罪深き者だ」という気がしてならないと述懐している。それは1945年終戦時の北朝鮮ピョンヤンでソビエトが日本との条約を破って攻め入って来たときの苛烈な原体験による。政府というものは国民にウソをつくということであり、大人というのは飢餓におちいれば子供をケタくっても食料にありつこうとするものであり、善人は馬鹿をみて、母親はソ連兵に犯され、そして死に至らしめられ、子供を朝鮮に置いてけぼりで自分だけ日本に逃れてゆく大人は当たり前の状況。善人は生きて帰れないのであり、中学生であった五木寛之も己が生きんがため、ひとをけたくってやっとこさ日本に帰ることができた。爾来ずっと引け目を感じて生きてきた。

 今、日本の世の中で不安を感じない、ノー天気な人間が存在することこそ恐ろしいことであり、不安を感じるのがごく普通の人間の姿なのである。戦争体験のない国会議員が憲法改正を唱え、空理空論の国会運営をし、嘘ばかりのなすりあいをしている。テロ対策と銘打って「共謀罪」法を強硬採決させてしまう。いい加減日本国民は眼をさまし声をあげ独断政治を修正せねばならない憂うべき時代になっている。

おいおい読後感を紹介してゆきたい

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170126 五木寛之氏(84歳)週刊現代に「青春の門」再開! イキイキ情報センター内トレーニングジム170円安い。

2017年01月26日 | 五木寛之

 寒い時は外でのウオーキングがついつい億劫になる。2回しか行っていない西鉄五条駅近くのイキイキ情報センター内のトレーニングジムに出かける。シルバー割引で170円。機器の操作法などの講習をうけたら会員証をもらえる。あとは自由に行きたい時にやりたいトレーニングをやればよい。縛りがなく使いよいというのが会員の声。そのかわりスタート時に健康チェックや体力測定もなくメニュー提案もないのでトレーニング内容は自分で決めるしかない。

ランニングマシーンは自宅周辺のウオーキングみたいにのんべんだらりというのではなく、歩行速度や時間設定すればそのとおりにやらざるを得ないので結構、汗ばみもする。

そのほか、自転車こぎやステッパー、大胸筋強化のウエイトリフティングや腹筋ベンチ、ダンベルなど一応のマシーンはそろっている。自分の体力や健康状態にあわせてボチボチやれる。2時間で170円(シニア料金)は安いね。まあ週に2~3回すればいいのかね。必死こいてペダルをふんでいるおばさんたちもいるがあそこまでやる必要はないと思うが人それぞれ。

前後のストレッチはやったほうがよさそう。センターからのかえりコンビニによって週刊現代を購入。

 

 作家五木寛之寛之氏が36歳の新人作家の頃、週刊現代に連載スタートした「青春の門」が半世紀をへて、第九部「漂流偏」として再開した。

2000万部以上売れている超ロングセラー、映画化やTVドラマ化、演劇にもなったようだが途中の休みをへてまた再開とはすごいね。五木寛之氏ももはや84歳、完結させるには今しかないと思われたようだが無事に終わってもらいたいものだ。

 週刊誌連載となると毎回の終わり方が次どうなるかと読者におもわせる手法がいると思うが再開第一号もそんな感じだね。左足首の骨折をかかえてパスポートも身分証明書もなくて、厳寒のシベリアでKGBの検問に会おうとしている、さあ自分が作家なら次週、どんな展開をさせるか?KGBに拘束され尋問されるのか、いままでの人脈をいかして難をのがれるのか、想像がつかない。また来週430円投資するかね.....

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161226 「玄冬の門」五木寛之。ポスト「古希」をいかに生きるか!

2016年12月26日 | 五木寛之

 五木寛之氏(84歳)の人生論は「林住期や遊行の門、他力、親鸞、青春の門、人間の関係」など読んだので大体、論調は予測できるが71になった今、これからの生きざまを五木氏はどう、提唱しているのか読んでみた

要旨は以下の通り。

大学を卒業するまでは青春期、就職して、結婚して、家を持ち、子を一人前に育てる朱夏、そして定年後の悠々自適の白秋期、75歳の後期高齢者になる玄冬期。死が近くなるこの玄冬期をどのように迎え、どう生きるか?

Ⅰ、未曽有の時代をどう生きる

1、玄冬はほのかな赤みが感じられる微妙な黑

2、定年までは人生の半分に過ぎない。あとの白秋、玄冬期は付け足しではなくそれこそ人生の最高の時なのだ

3、下流老人、老後破産など団塊世代に不安があおられ、家庭用金庫がよく売れている

(1)  経済的不安(2)地震原発など災害不安(3)死後、来世への確信がない不安

4、60から90までの人生をどう生きるかの人生観が未確立。自利利他の考え方、自らを利することと他を利することは一体!

5、絆などあてにすべきではない。プライドをすてて生活保護を受ければよいがしない老人が多い。親鸞:一人いて喜べば二人いるとおもえ、二人で喜んでいるときは三人で喜んでいると思え。その中の一人は親鸞である。昔の西行とか芭蕉は旅の途中一人で死んでいった。

6、高齢者と若者の間の階級闘争。

 

Ⅱ、孤独死のすすめ

1、高齢者格差・・年金&預金で悠々自適Or生活のため働かざるをえない高齢者

2、子孫の為に美田を残すな・・相続しない宣言で家族はどう対応するか?ななつ星やクルージングへの申し込みに子供が反対する!相続資産が減るから・・

3、家族内自立のすすめ・・家族と住む心強さがある反面、生活リズム、価値観の相違でなにかと不自由な面が多い。家庭内別居をして自分のことは自分でやる

4、再学問のすすめ・・高齢者独自の精神世界、妄想世界を楽しめ

5、死ぬとき家族が周りにいても本人には意識はほとんどない。人の絆に依存しなければ誰がなくなっても寂しくはない。

6、隠遁は憧れの的だった・・鴨長明は50歳で山中に隠遁。法然、親鸞、みな孤独の中で生きた。高齢者はコミュニケーションの輪を広げる必要ない。孤独に耐え、孤独になれて、孤独を楽しむすべを知ることが大事。

7、孤独を楽しむ・・タンゴを聞く。居眠り磐音江戸双紙を読む。俳句をつくる。写経をする。車中泊をする。パソコンで将棋、ゲームをするなどなど

8、世間と没交渉になることを恐れない。家住期、朱夏の時にいやというほどやってきたから

9、無から生まれて現実に生をうけて、また無に帰る。玄冬期の門をくぐったら自らこの世から引退してゆく、消えてゆくつもりで生きることが大事。

Ⅲ、趣味としての養生

1、健康法が多すぎる・・何が正しいのかわからない

癌はほうちしておけ、水は飲むな、ラジオ体操は体に悪い、一日一食でよい、血圧130はOKとか、みなウロウロしている

2、趣味としての養生・・病気にならないための養生を楽しみながらやる・誤えんしないように「べろは宝」を朝10回唱える。よく眠られるように体の向きとか枕の高さとかいろいろ実験する。中国人は冷たいビールを飲まないらしいが、水を摂取する時は白湯にして飲むとか、むせないように今から飲むよと脳から指令をだして飲むとか

3、自分の体と対話する・・どのくらい飲食すれば夜、寝つきがわるいとか、自分なりのガイドラインを持つようにする。とにかく過飲食は良くない、腹八分どころか70過ぎれば腹六分くらいでいいのではないか

Ⅳ、私の生命観

1、今の人は死んだら終わりと考えている。死んだ後の後生など考えない。昔の人は見えない世界を実体として考えていた。菅原道真の怨霊を鎮めるために天満宮を各地に作った

2、ヒンズー教では死んだら六道にいくがどこに行くかは生前の行いによる。天、人間、修羅、畜生、餓鬼、地獄。地獄には黒縄、叫喚、焦熱、阿鼻など恐ろしく描かれていた。仏教は輪廻の輪をストップさせる。南無阿弥陀仏と唱えていれば浄土に行って仏になれると親鸞は説いた。

3、宗教なき日本で如何に生きるか。家族に期待せず一人で生きる。自炊生活のすすめ。陶器市で見つけた好きな食器で食事し、ひとりカラオケにいき、好きな音楽を聴き、75歳からの遊行期、幻冬期とは子どもにかえってゆくなつかしい日々、ガンジス川に向かって死にに行くとき。

4、人間は大河の一滴。エネルギー不滅の法則。大海に散骨、海に溶け込み、水蒸気となって上昇し、雲となり、地上に雨となり降り注ぎ、新たな生命を生み出す

 

Ⅴ、玄冬の門をくぐれば

1、70過ぎて癌宣告されたら覚悟を決めて治療しないほうがやすらかに死ねるらしい

2、過去の楽しい体験をいつも思い出していると免疫細胞が強化されるらしい

3、付き合いが減ることを寂しがるなど甘えであり一人を楽しむすべを身につけることが肝要。TV相手に怒ったりわめいたりすればよし

4、ただでさえ年寄りは汚いから身ぎれいにしておくこと

5、老人が不便に思っていることを解決するアイデアを提供できるのは老人のみ

6、生きる知恵として仏教に親しみ

7、せめて死ぬときくらいは自分の意志で死にたいものだ

 さあ、ご同輩の方々はどう思われますか?人間は一人で生まれ、そして一人で死んでゆく。だから一人で生きてゆくことに慣れないといけない。まわりの人を当てにしてはいけない。ただでさえ汚いのだからせいぜい身ぎれいにしておく。家族に残すようなたいした美田はないが、後に残った妻が苦労することがないくらいの策は施して、せいぜい玄冬期を楽しみますか・・・

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