SLの旅を満喫していると、時間の経つのはあっという間で、1309着の千頭駅が近づいてきました。1時間以上乗っているのですが、そう感じさせないほどあっという間に時間がすぎていました。
千頭駅で下車すると、老若男女たむろして機関車の前で記念撮影です。駅員さんもカメラマンに早変わりして記念撮影のお手伝い。こちらは機関車を撮ってから駅のすぐ横にある道の駅へ。道の駅の駐車場から転車台を目指します。
転車台は機関車の向きを変えるもので、折り返しのSL急行牽引のために機関車がやってきて向きを変えます。そのシーンをみようとの魂胆ですが、機関車がやってくる頃には雨が激しく降ってきました。
雨の降るなか、作業員4人の人力で転車台を動かして機関車の向きを変えます。写真からも雨が激しく降っているのがお分かりかと思います。 機関車の方向転換を見た後は急ぎ千頭駅へ戻りました。
千頭駅から車のおいてある新金谷駅への戻りは普通電車で。元東急の7200形電車でした。雨も降っていることですし、ロングシート車両でも別にいいですが、旅行者にはちょっときついですね。
反対側のホームには発車準備を済ませて佇むC10 8号機。誰もいないホームで気兼ねなく観察することができました。
千頭1435発の普通電車に揺られ新金谷駅まで戻ります。流石に深夜の運転で疲れたのか道中はうとうと。電車に揺られながら寝るのもまた気持ちいいものです。新金谷には1542に到着。車に戻って本日のお宿へ向かいます。
本日のお宿は今来た道の途中、川根温泉笹間渡駅近くにある、川根温泉ホテル。大井川鉄道沿いに国道473号線が走っているのですが、なかなか狭い山道が続くのと、家山駅先の駿遠橋が工事で片側通行なので、いったん国道1号島田バイパスで大井川を渡って対岸を走る県道島田川根線と藤枝天竜線を走ります。こちらは比較的整備されていて走りやすい道です。途中のコンビニで夕食などを仕入れてから川根温泉ホテルへ。
お部屋は川側の部屋で窓からは大井川と大井川鐵道の橋梁が見られました。のんびり温泉につかり、川音と時折通過する電車の音に耳を傾けてのんびりと過ごしました。
客車内に入るとニス塗りの木製の壁と青いモケットの直角座席が並んでいました。国鉄型電車のボックスシートと違い背ずりがほぼ直角になっていることから直角座席と呼ばれ、昔の客車の定番でした。また網棚も本当の網を使っているものです。
列車はほぼ満員の状態で1152に新金谷駅を発車。直前予約だったので相席となっていました。そして予約したお弁当もちゃんと座席におかれていました。列車が発車すると蒸気機関車牽引特有の前後に揺さぶられる加速感。車窓を流れる煙。のんびりとした速度で流れる車窓。SLに乗っている感覚が感じられます。
しばらく街中を走ると、列車は大井川の川沿いに走ります。ここでお弁当を食べることにしました。
今回予約したお弁当は期間限定の大井川鐵道創立90周年記念弁当。製造は東海軒大鉄フードという会社で、この2月末に大井川鐵道の子会社である南アルプス産業のフード部門が、静岡駅の駅弁業者東海軒に譲渡されて設立された部門だそうです。
中身は地元の川根茶を使った茶飯とさくら飯に静岡の海の幸、山の幸満載のおかずでした。静岡らしくわさび漬けと黒はんぺんも入っていました。ご飯の上にはお茶の葉っぱとつくしの佃煮。春らしいですね。
お弁当を頼むとセットで静岡茶がついています。大井川鐵道限定で新金谷駅前のプラザロコでも売っていました。
車窓を流れるお茶畑を見ながら美味しくいただきました。
ふと気づくとSLが出庫して客車と連結するようなので、車から出て線路沿いに。ちょうど本日の牽引機C10 8号機が客車と連結をするところでした。程なくしてSL急行の乗車開始の案内が入ったので、早速改札を受けてホームに入ります。
すでに列車はホームに入っており、改札口を抜けてくる乗客が次々にやってきて機関車のあたりで撮影をします。このC10型蒸気機関車は国鉄近代型タンク機関車の初代とも言える機関車で、1930年に製造されました。当時のテンダ機関車の技術を応用して作られており、短距離の快速列車の牽引に活躍をしました。この機関車の技術でつぎのC11というタンク機関車の名機が生まれています。当機は新製配置が新小岩機関区という千葉にも縁のある機関車です。最終配置は会津若松区で、廃車後は岩手県宮古市のラサ工業で使用されていましたが、1995年に大井川鐵道にやってきました。
SLだけではなく客車も国鉄の旧型客車を使用しており、昔の急行列車の雰囲気を楽しむことができます。そして指定された3号車はその中でも独特の形態を持っている車両でした。
3号車はオハ35 149号車で1940年に小倉工場で製造された車両で、オハ35系の中でも特異車と呼ばれる車両です。この車両は国鉄工場での溶接技術の向上を図るために試作された車両で、張り上げ屋根に窓上のヘッダがないタイプとなっています。現役唯一の試作車両で、国鉄客車史の貴重な保存車両として研究家の間でも有名な車両です。
客車の端には鉄道省小倉工場の製造銘板と土崎工場の更新修繕銘板が残っていました。ちなみに小倉工場は現JR九州小倉総合車両センター、土崎工場はJR東日本秋田総合車両センターとして現存しています。
隣の2号車は原型のオハ35 22号車でこちらは現役最古のオハ35系客車で1939年に日本車両東京支店蕨工場で製造されました。こちらはリベット止めの車体となっています。そんな車体の違いを観察して客車に乗り込みます。もちろんドアは手で開けるタイプなので、ドアを開けて乗車します。
体の調子をおかしくして以来、週末は家で寝ている生活をしていました。家で寝ていると悪いことばかり考えてしますので、ここらでちょっと出かけようと思い、以前宿泊をした川根温泉ホテルの空き状況を調べていたら、キャンセルが出たらしく空きが出たので、すぐに予約をし、さらにレンタカーやSL列車の予約も済ませました。
4月10日の夕刻にレンタカーを借り、自宅に戻るまでにディズニーリゾートの外周を回って運転感覚を取り戻します。4月11日深夜2時頃に自宅を出発。浦安ランプから首都高速湾岸線に乗ります。久しぶりの高速走行ですが、深夜で道が空いているので気兼ねなく走れます。ただし法定速度遵守で…。本牧JCTで狩場線に移り、狩場JCTで保土ヶ谷バイパスへ。保土ヶ谷バイパスを順調に走って横浜町田ICから東名高速道路に入ります。物流の大幹線の東名高速に入るとトラックの走行が多いですが、流れに乗って走ればさほど苦にはなりません。さすがはプロドライバー。こちらはペーパードライバーですが、なるべく一定の速度で走るように心がけます。順調に東名高速を走り、EXPASA足柄に5時前に到着。ここで少し休憩を取ります。30分ほどの停車で発車。御殿場JCTから新東名高速道路へ進路を向けます。
夜が明けてゆく新東名高速道路を走りますが、新清水IC付近から霧がかかり、見通しが非常に悪くなります。ライト点灯のまま慎重に走りますが、トラックはテールランプがついているのでライトはついているようですが、乗用車の中にはライトをつけずに走っている車も多く、危なくて仕方がありません。NEOPASA静岡で朝食をとってから島田金谷ICで高速を降りて大井川鉄道新金谷駅を目指します。新金谷駅には8時半過ぎに到着。SLの発車まではまだ3時間ちかくあります。
とりあえずSLの切符を買ってから、ちょうどやってきた普通電車に乗って金谷駅まで往復します。普通に切符を買うと昔懐かしい硬券でした。金谷まで往復した電車は大井川鐵道最新車両の7200形電車でした。最新型といっても元東急の7200形電車で、十和田観光電鉄に譲渡された電車を、同線の廃止に伴って再譲渡してもらった電車です。
金谷駅まで往復してもまだ時間はたっぷりあるので、新金谷駅周辺をのんびりゆっくり歩いて、電車の入れ替えやSLの出発準備の光景を眺めます。
一旦車に戻って時間まで車の中でしばし休憩します。
一度見てみたかった大井川にかかる木橋の蓬莱橋。897.4mの長さがあり、世界一長い木造歩道橋としてギネスブックに登録されています。ずっと続く一直線の橋をのんびりゆっくり川風に吹かれながら歩きました。
そのあとは東海道の難所大井川の川越史跡と島田市博物館を見学。かつての面影残る町を歩きました。
大井川の土手に上がると対岸の山肌に茶の文字が。さすがはお茶どころですね。ちなみに画面に映る橋は旧国道1号の大井川橋。橋を渡ったところに昨日訪れた新金谷駅があります。
帰りは藤枝岡部から新東名に乗りましたが、東名高速大和トンネル付近の渋滞が伸びてきていたので、海老名で先月開通したばかりの圏央道・新湘南バイパスへ入りましたが、その先で渋滞。地図と勘を頼りに大船から横浜方面へ抜けて磯子から首都高湾岸線で帰りました。